着手前の共犯関係からの離脱の書き方
甲・乙・丙がVの殺害を共謀し、乙がロープを用意して甲に渡したあと、実行の前日に丙と乙がそれぞれ抜けると告げて甲が了承し、甲が単独で乙のロープを使ってVを殺した事例で、乙と丙の罪責を答案に書き切る回。共犯の処罰根拠を結果への物理的・心理的因果性に求め、離脱には①離脱の意思の表明②他の共犯者の了承を要し、因果性がなお残る場合はさらに③積極的な結果発生防止措置を要するとする規範を立てる。ロープを渡したまま回収しなかった乙は③を欠き殺人罪の共同正犯、賛成しただけの丙は着手前の離脱が認められ殺人未遂も成立しないが、離脱前に済んでいた予備により殺人予備罪の共同正犯となる。
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事例
図:甲・乙・丙とVの経過
今日は、1つの事例を最後まで書き切ります。甲・乙・丙の3人は、同じ人物Vに強い恨みを持っていました。甲の家で話し合って、Vを殺害することを決めました。計画はこうです。Vは夜、自転車で堤防道を通ります。そこで甲が待ち伏せして、荷造り用のロープでVの首を絞めて殺します。実行するのは甲で、ロープは乙が用意することも、その場で3人で決めました。計画を言い出したのは甲です。丙は話し合いの席で「Vは許せない。やるなら甲に任せる」と賛成しただけで、道具も情報も出していません。乙は、ホームセンターで荷造り用のロープを買って、実行の3日前に甲へ渡しました。
そして実行の前日、2人は甲に、抜けると告げました。まず丙が、電話で「やっぱり俺は降りる。もう関わらない」と言いました。甲は「分かった。あとは俺と乙でやる」と答えました。その日の夜、乙が甲に「俺も抜ける」と言いました。甲は「分かった。ロープは使わせてもらう」と答えました。乙は何も言いませんでした。ロープを返せとも、計画をやめろとも言っていません。翌日、甲は1人で堤防道に待ち伏せして、乙から渡されたロープでVの首を絞めて殺しました。今日の問いは、これだけです。乙と丙は何罪か。2人とも責任を負わない、という見立てで答案が書けるかどうかを、これから確かめます。
罪責の検討——60条・199条
図:60条・199条の要件、乙・丙が実行前に抜けると告げた事実
まず、甲の罪責です。
条文刑法199条
刑法199条(殺人) 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。
甲は、ロープでVの首を絞めて殺しています。殺人罪の構成要件に当たり、違法性や責任を否定する事情もありません。甲は殺人罪です。ここは、答案でも短く済ませる場所です。乙と丙は、自分の手でVを殺してはいません。それでも、甲の殺害について責任を負わせられるかを、検討します。
条文刑法60条
刑法60条(共同正犯) 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
60条です。実行を分担していなくても、共謀して、その共謀に基づいて誰かが実行したなら、共同して実行したと評価できる場合があります。共謀と、共謀に基づく実行、そして結果です。3人は、Vの殺害を話し合って決め、全員に殺意があります。共謀があります。甲は、その計画どおりにロープでVを殺しました。共謀に基づく実行があります。Vも死亡しています。乙には、ロープを用意して渡したという大切な役割があります。丙には、道具も情報もありません。賛成しただけです。この事実は、あとで効いてきます。ここまでは条文どおりの成立要件です。共謀の意味や、正犯意思の細かい話は、今日は扱いません。ところが、2人には見過ごせない事実があります。どちらも、甲の実行の前に、抜けると告げています。ここからが、解釈の話です。
問題提起
図:離脱が認められれば責任を負わず、認められなければ共同正犯
もし、乙や丙について共犯関係からの離脱が認められるなら、抜けたあとの甲の行為と、Vの死亡という結果は、その人の責任にはなりません。離脱が認められないときは、一部実行の全部責任により、殺人罪の共同正犯です。自分では手を下していない殺害と、Vの死亡まで、甲と同じように全部背負うことになります。「抜ける」と告げただけで、そこまで結論が変わるんですか。変わります。この落差があるから、実行の着手前の離脱の要件が、問題になります。
規範
図:着手後に抜けるとき、結果を防ぐ行動はなぜ要るのでしたか
規範に入る前に、1つ思い出してください。以前、実行に着手したあとで抜けた事例を書きました。そこでは、抜けると告げて了承されても足りず、結果を防ぐ行動まで要りました。それは、なぜでしたか?今日も、同じ物差しで考えます。以前見た共犯関係の解消と、考え方は変わりません。共犯が処罰されるのは、結果に因果性を及ぼしたからです。ですから、その因果性を切れば、離脱が認められます。
⭐ 論文で書く規範:着手前の共犯関係からの離脱 共犯の処罰根拠は、相互利用補充関係のもと、結果に対して物理的・心理的因果性を及ぼす点にあるから、この因果性を切断すれば、共犯関係からの離脱が認められる。 そこで、離脱には、①離脱の意思を表明し、②他の共犯者がこれを了承したことを要し、実行の着手後など結果への因果性がなお残る場合には、さらに、③それを除去する積極的な結果発生防止措置をとったことを要すると解する。 (規範(通説で立てる))
図:規範カード|着手前の共犯関係からの離脱
見るのは「など」の先です。③が要るかどうかを決めるのは、着手の前か後かではありません。結果への因果性が、まだ残っているかどうかです。着手後は、危険がもう生じているので、ほぼいつも残ります。着手前は、まだ危険が生じていません。残るのは、ふつう「一緒にやろう」という気持ちのつながりだけです。それなら、抜けると告げて、相手が了承すれば切れます。だから、表明と了承の2つで足ります。ただ、着手前でも因果性が残っていれば、③が要ります。たとえば、共犯関係の解消の回でも見た、犯行に使う道具を渡した人です。道具が、実行する人の手元に残ります。これが物理的因果性です。計画の言い出しっぺとして他の人を引き込んだ首謀者なら、強い心理的因果性が残ります。マッチを渡したあとに「僕は抜ける」と言っても、マッチは相手の手の中にあります。言葉は口から出ても、渡した物は戻りません。反対に、話し合いの席で賛成しただけの人は、残るものがほとんどありません。だから乙と丙は、同じ「抜ける」でも、③の要否が分かれる可能性があります。事実で確かめていきます。
あてはめ——乙
図:①乙は離脱の意思を表明したか
まず、乙です。①から見ます。生の事実は、乙が甲に「俺も抜ける」とはっきり告げていることです。これは、以後の関与をやめる意思を、他の共謀者に明示的に伝える行為です。①、離脱の意思の表明に、あたります。
図:②甲は乙の離脱を了承したか
次に、②です。生の事実は、甲が「分かった。ロープは使わせてもらう」と応じていることです。これは、乙の離脱を受け入れて、乙抜きで計画を続ける意思を示すものです。②、他の共犯者の了承に、あたります。「ロープは使わせてもらう」は、乙の関与が続くという意味ではなく、甲の側の予定です。乙が抜けることは、受け入れています。では、ここで1つ聞きます。乙は抜けると言い、甲も了承しました。ロープは、今どこにありますか。まだ何か残っていませんか?
図:③が要るか——乙に残る因果性
③が要るかを判定します。何が残っているかを、先に特定します。生の事実は、ロープを乙が買い、実行の3日前に甲へ渡していることです。そのロープは、実際の殺害に使われました。評価します。着手前ですから、Vに対する現実の危険は、まだ生じていません。でも、ロープは殺害の手段として、甲の手に残ったままです。乙が与えた物理的因果性は、口で「抜ける」と言い、甲が了承しただけでは、消えません。結果への因果性は、なお残っています。ですから、③が要ります。
図:③積極的な結果発生防止措置——対比で見る
では、乙は、③をとったでしょうか。生の事実は、乙が、ロープの返還も、甲の説得も、警察への通報もせず、抜けると告げただけであることです。対比してみます。たとえば、乙が甲からロープを取り戻していれば、物理的因果性を除去できました。あるいは、甲に計画を思いとどまらせたり、Vに危険を知らせたりして、結果の発生を防ぐ行動をとっていれば、③を満たしたと評価できました。乙は、何もしていません。③の、積極的な結果発生防止措置をとったとはいえません。共犯関係の解消の回で見た最高裁の決定も、同じ方向です。仲間が家に侵入したあと、見張り役が電話で「先に帰る」と伝え、被告人も一緒に離れた事案でした。強盗に着手する前でしたが、防止措置をとらずに離れただけでは、共謀関係の解消は認められませんでした。この決定は因果性という言葉を使っていませんが、規範の目で読むと、そこでは侵入という形で、乙ではロープという形で、結果へのつながりが残っていると整理できます。
あてはめ——丙
図:乙と丙、同じ「抜ける」で何が違うか
次に、丙です。①の生の事実は、丙が電話で「やっぱり俺は降りる。もう関わらない」と告げていることです。関与をやめる意思を、はっきり伝えています。①にあたります。②の生の事実は、甲が「分かった。あとは俺と乙でやる」と応じていることです。丙を外して続ける意思を示す応答です。②にあたります。
図:③が要るか——丙に残る因果性
③が要るかを判定します。ここでも、何が残っているかを先に特定します。生の事実は、丙が話し合いの席で賛成しただけで、道具も情報も出していないことです。計画を言い出したのでも、他の人を引き込んだのでもありません。評価します。残るのは、賛成したという弱い心理的なつながりだけです。それも、甲が「あとは俺と乙でやる」と、丙を外して計画を組み直した時点で、切れています。甲はもう、丙の賛成を支えにして動いてはいないからです。着手前なので、現実の危険もまだ生じていません。共謀の中で特別な役割を果たしたといえる具体的な事情も、見当たりません。結果への因果性は、残っていません。③は不要です。表明と了承の2つで、離脱が認められます。
何もしなくていいのは、除去すべき因果性が残っていないからです。乙は、ロープという渡した物が残っていました。丙には、それがありません。同じ規範、同じ「抜ける」でも、残る因果性の中身が違うから、③の要否が分かれます。
図:乙と丙の対比
2人を並べると、告げたことも、了承されたことも同じです。違うのは、残っている因果性だけです。
首謀者だったら
図:丙が首謀者だったら
1つだけ、設例を変えてみます。丙が、計画を言い出して、甲と乙を引き込んだ首謀者だったとします。この場合、丙の影響で甲と乙が犯行に向かった、という強い心理的因果性が残ります。言葉で抜けると言っても、引き込んだ張本人の影響は消えません。ですから、着手前でも、③まで要ります。「着手前だから表明と了承で足りる」と、機械的に書いてはいけません。ただし、今日の事例の丙は、首謀者ではありません。結論は、さきほどのとおりです。
結論と効果
図:乙は離脱否定、丙は離脱肯定
結論です。乙は、表明と了承は満たしますが、③を満たしません。因果性は切断されておらず、離脱は認められません。一部実行の全部責任により、乙には、殺人罪の共同正犯が成立します。丙は、離脱が認められます。離脱したあとの甲の行為と、Vの死亡については、責任を負いません。
条文刑法203条
刑法203条(未遂罪) 第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。
丙は着手前に離脱していますから、203条の殺人未遂罪も成立しません。全く責任がない、ということですか。違います。離脱の前に済んでいたことが、残っています。
条文刑法201条
刑法201条(殺人予備) 第百九十九条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の拘禁刑に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。
201条の殺人予備罪です。殺人をする目的で、その準備をすれば成立します。甲・乙・丙の3人は、殺人の目的で共謀し、ロープを乙が用意することも、その共謀の内容でした。その共謀に基づいて、乙がロープを用意して甲に渡しています。共謀に基づいて1人がしたことは、60条により、共謀した全員がしたことになります。予備罪にも、この共同正犯が成り立つとされています。ですから、その共謀に加わっていた丙にも、乙のロープの用意が及びます。しかもロープを渡したのは、丙が抜けると告げるより前です。丙の離脱は、その前に済んでいた予備まで消すものではありません。ですから、丙には、殺人予備罪の共同正犯が成立します。60条と201条です。
中止未遂を定めた43条ただし書は、実行に着手したあとの規定です。乙は、離脱が否定されてVの死亡まで負うので、出てきません。丙は少し違います。予備罪が成立したあとで手を引いているので、予備の中止という別の論点はありえます。ただ、判例は、予備罪に43条ただし書を準用することを認めていません。殺人予備罪には、201条のただし書に、情状による刑の免除があります。今日は、そこまでにします。
完成答案
図:規範カード|着手前の共犯関係からの離脱
答案を読む前に、もう一度、規範カードに戻っておきます。規範が、答案のどこに入るかを確かめるためです。
図:完成答案:第1 甲の罪責 第2 乙の罪責(共謀共同正犯・問題の所在・規範)
こちらが完成答案です。乙について、共謀共同正犯の要件を確かめたうえで、抜けると告げた事実から、離脱の問題を立てています。動画を止めて、見てみてください。
図:完成答案:第2 乙の罪責(あてはめ・結論)
続きの、乙のあてはめと結論です。決め手は③のところです。渡したロープが甲の手に残り、殺害に使われた事実から、因果性が切れていないと書いています。
図:完成答案:第3 丙の罪責
最後に、丙の罪責です。③が要らずに離脱が認められること、それでも離脱前の予備が残ることまで書いています。こちらも止めて確かめてください。
参照条文
- 刑法60条
- 刑法199条
- 刑法203条
- 刑法201条