同時傷害の特例の書き方
河川敷で甲がVを殴って額に裂傷を負わせ、さらにクラブで頭部を殴った後、通りかかった乙が加勢を申し出て、甲とともに倒れているVの頭部を2回ずつ殴り、Vが頭蓋内出血で死亡した事例で、乙の罪責を答案に書き切る回。頭蓋内出血が、乙の加わる前の暴行によるのか後の暴行によるのか分からないとき、最決平28・3・24 の前提(危険性と同一の機会)を確かめたうえで、共犯関係があっても207条が適用されること(最決令2・9・30)、傷害致死罪にも適用されることから、乙の傷害致死罪を導く。乙の暴行が足でふくらはぎを1回蹴っただけで頭蓋内出血を生じさせ得る危険性が無い場合は、207条を適用できず、暴行罪の共同正犯にとどまることを、最決令2・9・30 で確かめる。
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事例
図:河川敷の広場での経過
日曜の午後4時12分頃です。河川敷の公園の広場で、50代の男性が倒れています。そのそばに、男が二人立っています。ゴルフクラブを握った一人目の男が、倒れている男性の頭部を、クラブで2回殴りました。続いて二人目の男が、ゴルフバッグから別のクラブを抜き取って、同じ頭部を2回殴ります。二人目は、2分前に、ジョギング中にここを通りかかったばかりの男です。この場面に至るまでを、順に見ます。舞台は、河川敷の公園の広場で、屋外です。登場するのは3人。ゴルフの練習帰りの、30代の甲。ジョギング中の、20代の乙。そして、犬の散歩中の、50代の男性のVです。乙は、甲ともVとも、面識がありません。
午後4時頃、Vの連れていた犬が甲に吠えかかったことから、甲とVが口論になります。甲は、Vの顔面を、拳で1回殴りました。Vの額に裂傷が生じます。全治約10日です。午後4時5分頃、甲は、肩から下ろしたゴルフバッグからクラブを取り出し、立っていたVの頭部を、クラブで1回殴りました。Vは、その場に倒れ込みます。午後4時10分頃、ジョギング中の乙が通りかかり、倒れているVと、クラブを持つ甲を見ました。甲が「この男に犬をけしかけられた」と叫ぶのを聞いて、乙は、甲に「加勢する」と言います。甲は「頼む」と答えました。
午後4時12分頃、甲が、倒れているVの頭部を、クラブで2回殴り、続いて乙が、別のクラブでVの頭部を2回殴りました。午後4時20分頃、二人は立ち去ります。通行人の通報でVは救急搬送されましたが、同日の午後9時頃、頭蓋内出血で死亡しました。頭蓋骨骨折を伴う出血でした。
図:甲と乙とVの関係
関係を、図で整理します。甲が、Vを殴っています。乙も、Vを殴っています。二人の間は、加勢する、頼む、という関係です。乙が加わったのは、午後4時10分頃です。Vの傷害の原因も、押さえます。額の裂傷は、午後4時頃の最初の暴行で生じたことが明らかです。頭蓋内出血は、午後4時5分頃の暴行によるのか、午後4時12分頃の暴行によるのか、分かりません。午後4時5分頃の甲の暴行も、午後4時12分頃の甲の暴行も、乙の暴行も、どれも頭蓋内出血を生じさせ得るものでした。乙は、Vを痛めつけるつもりで殴りました。死亡させる意思はありません。そして、乙は、自分の暴行が頭蓋内出血を生じさせていないことを示す証拠を、何も持っておらず、立証していません。問いは次の1つです。乙の罪責を論じなさい。ただし、甲の罪責は除きます。
罪名と条文の特定
答案は、乙が何をしたかから書き出します。乙がしたのは、倒れているVの頭部を、クラブで2回殴ることです。人の身体に力を加える、暴行です。そして、Vは、頭蓋内出血で死亡しています。傷害の結果から、さらに死亡の結果が生じていますから、傷害致死罪を検討します。条文を見ます。
条文刑法205条
刑法205条(傷害致死)
身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。
205条は、身体を傷害し、よって人を死亡させた者を、傷害致死として処罰する規定です。傷害の結果と、そこから生じた死亡の結果。この2つでできています。成立要件は条文どおりで、身体を傷害したこと、そして、それによって人を死亡させたこと、です。この頭蓋内出血は、午後4時5分頃の暴行か、午後4時12分頃の暴行か、分かりません。乙が加わったのは午後4時10分頃ですから、加わる前の暴行によるのか、加わった後の暴行によるのか、分からない、ということです。乙は、甲と意思を通じた上で殴っていますから、まず、共同正犯として責任を負うかを見ます。共同正犯になれば、意思を通じた後の甲の暴行で生じた結果も、乙が負うからです。先に暴行を始めた甲を先行者、途中から加わった乙を後行者と呼びます。後行者が、加わる前の分まで引き受けるか。承継的共同正犯と呼ばれる問題です。承継的共同正犯の原則を思い出してください。後行者は、加わる前に生じた結果について、原則としてどうなるのでしたか?
加わる前に生じた結果には、因果性を及ぼしようがないので、原則として、共同正犯の責任を負いません。加わる前の結果には、後から力を貸しようがありません。乙に当てはめます。額の裂傷は、午後4時頃の暴行で生じたことが明らかです。乙が加わる前の結果ですから、乙は責任を負いません。頭蓋内出血は、加わる前の暴行によるのか、加わった後の暴行によるのか分かりません。刑事裁判には、疑わしきは被告人の利益に、という原則があります。加わった後の暴行で生じたことを、検察官が証明できなければ、その結果を乙に負わせることはできません。ですから、共同正犯として、乙に頭蓋内出血の責任を負わせることはできません。
そこで使えないかを考えるのが、207条です。条文を見ます。
条文刑法207条
刑法207条(同時傷害の特例)
二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。
207条は、二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合に、その傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による、と定めています。共犯の例によるとは、共犯と同じ扱いをする、ということです。二人以上が暴行を加えた事案では、どの暴行が傷害の原因かを特定すること自体が難しい場合が多い。その立証の困難を避けるための規定です。乙の罪責は、3段で検討します。1つ目は、207条を使うための前提が、乙の暴行にそろっているか。2つ目は、乙は甲と意思を通じていますが、共犯関係がある乙にも使えるか。3つ目は、死亡の結果まで生じたときも使えるか。この順に見ます。
207条の前提のあてはめ——危険性と同一の機会
まず、条文の要件を、乙に当てます。成立要件は、条文どおりです。1つ目は、二人以上で暴行を加えて人を傷害したこと。甲と乙がVに暴行を加えて、Vに頭蓋内出血が生じています。2つ目は、その傷害を生じさせた者を知ることができないこと。頭蓋内出血は、どの暴行によるのか分かりません。どちらもそろっています。ただ、条文に書いてあるのは、ここまでです。207条を使うには、さらに、条文に書かれていない前提が要ると、最高裁は述べています。解釈で立てる規範で、条文から拾う成立要件とは区別します。
判例最決平28・3・24 刑集70巻3号1頁
同時傷害の特例の前提と効果を示した決定
同時傷害の特例を定めた刑法207条は、二人以上が暴行を加えた事案においては、生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み、共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとしている。同条の適用の前提として、検察官は、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと、すなわち、同一の機会に行われたものであることの証明を要するというべきであり、その証明がされた場合、各行為者は、自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れないというべきである。
決定の言葉を、噛み砕きます。前提は2つです。1つ目は、各暴行が、その傷害を生じさせ得る危険性を持つこと。2つ目は、各暴行が、外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況で行われたこと、つまり、同一の機会に行われたことです。この2つは、検察官が証明します。証明されると、各行為者は、自分の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを、自分で立証しない限り、傷害の責任を免れません。原則と比べます。疑わしきは被告人の利益に、が原則でした。原因の暴行を検察官が証明できなければ、その傷害の責任は負わせられません。207条は、その例外です。前提の2つが証明されると、立証する側に回るのは、暴行をした側です。どの暴行からもその傷害が生じ得て、外から見れば共同実行と変わらない。そこまで証明されているからです。ただ、共同正犯そのものとは違います。共同正犯なら、意思を通じた相手の暴行で生じた結果も負いますから、自分の暴行が原因でないと立証できても、結果を負います。207条では、立証できれば免れます。共犯と同じ扱いといっても、免れる道が残る点が違います。最決平28・3・24 の事案は、意思を通じた二人が被害者に暴行を加えた後、時間をおいて、別の一人が暴行を加え、被害者が死亡した事案です。どちらの暴行も、死因となった傷害を生じさせることが可能なものでしたが、どちらで生じたのかは分かりませんでした。この前提を、乙の事案に当てはめます。観点だけを、表にして示します。
図:前提を拾う観点
左は、3つの暴行です。真ん中は、頭蓋内出血を生じさせ得る危険性。右は、同一の機会です。
図:前提を事実で拾う
危険性から拾います。まず、午後4時5分頃の甲は、Vの頭部を、クラブで1回。午後4時12分頃の甲は、同じ頭部をクラブで2回。乙は、同じ頭部を、別のクラブで2回。3つとも、クラブで頭部を殴る暴行です。頭部への強い打撃は、頭蓋内出血を生じさせ得ますから、3つとも、危険性があります。次に、同一の機会です。場所は、3つとも、同じ河川敷の広場です。午後4時5分頃にVが倒れ込んだ後、Vは倒れたままの状態で、午後4時12分頃の暴行まで、約7分の間に、続けて暴行が加えられています。場所も近く、時間も近く、連続していて、外から見れば、共同実行と変わりません。外形的には共同実行に等しいと評価できますから、同一の機会に行われたといえます。
時間も場所も離れた別の機会の暴行は、外から見て共同実行と変わらないとはいえません。その暴行は、前提を欠いて、207条では拾えません。原則に戻って、自分の暴行で生じたと証明された傷害だけを負います。乙の事案に戻ります。3つの暴行は、いずれも頭蓋内出血を生じさせ得る危険性を持ち、同一の機会に行われました。ですから、乙の暴行を含めて、207条適用の前提が認められます。
共犯関係がある乙にも使えるか
2段目です。乙は、午後4時10分頃、甲に「加勢する」と言い、甲が「頼む」と答えて、意思を通じました。共犯関係があります。意思を通じた乙には207条を使えない、という考え方にも理屈があります。甲は、自分が加えた暴行について、責任を問われる立場です。誰かが責任を負えるのなら、乙との関係で、わざわざ207条を持ち出す必要はない。207条は、誰も責任を負えなくなる場合の例外だ、という発想です。最高裁は、この考え方を採りませんでした。規範は、こうです。
⭐ 論文で書く規範:共犯関係がある場合の同時傷害の特例
意思の連絡がない場合でさえ207条の適用があることとの均衡から、共犯関係がある場合であっても、同時傷害の特例は適用されると解する。
(規範(最決令2・9・30))
図:規範カード|共犯関係がある場合の同時傷害の特例
意思の連絡が全く無い人にさえ、207条は使えます。それなのに、途中から意思を通じた人にだけ使えない、というのは、つり合いが取れません。意思を通じた分だけ、つながりは、むしろ強いからです。ですから、共犯関係があっても、同時傷害の特例は適用されます。
判例最決令2・9・30 刑集74巻6号669頁
途中から共謀加担した者にも207条を適用できるとした決定
刑法207条適用の前提となる上記の事実関係が証明された場合、更に途中から行為者間に共謀が成立していた事実が認められるからといって、同条が適用できなくなるとする理由はなく、むしろ同条を適用しないとすれば、不合理であって、共謀関係が認められないときとの均衡も失するというべきである。したがって、他の者が先行して被害者に暴行を加え、これと同一の機会に、後行者が途中から共謀加担したが、被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたものとまでは認められない場合であっても、その傷害を生じさせた者を知ることができないときは、同条の適用により後行者は当該傷害についての責任を免れないと解するのが相当である。先行者に対し当該傷害についての責任を問い得ることは、同条の適用を妨げる事情とはならないというべきである。
決定の言葉を、噛み砕きます。共謀とは、犯罪を一緒にやると、意思を通じ合うことです。先行者が暴行を加え、同一の機会に、後行者が途中から共謀に加わりました。被害者の傷害が、共謀が成立した後の暴行で生じたとまでは認められません。それでも、傷害を生じさせた者を知ることができないときは、207条の適用によって、後行者は、その傷害の責任を免れません。そして、先行者に責任を問えることは、207条の適用を妨げる事情になりません。理由は、適用しないとすれば不合理で、共謀関係が認められないときとの均衡も失する、という点です。乙に当てはめます。乙は、甲と、午後4時10分頃に意思を通じました。甲に責任を問えることは、乙への適用を妨げません。そして、乙の暴行は、先ほど確かめたとおり、頭蓋内出血を生じさせ得る危険性を持ち、甲の暴行と同一の機会に行われています。ですから、乙にも207条が適用されます。1つ、押さえておきます。この適用で、後行者に責任を問えるのは、後行者の暴行が、その傷害を生じさせ得る危険性を持つときに限られます。この限定が、後で結論を分けます。
図:共犯関係がある場合の結び
結びです。乙に207条が適用される根拠は、2つです。共犯関係があっても適用されること。そして、甲に責任を問えることは、適用の妨げにならないことです。
死亡の結果まで生じたとき——傷害致死罪への適用
3段目です。Vは、死亡しています。205条は、傷害の結果から、死亡の結果が生じる型です。ところが207条は、人を傷害した場合、と書いてあります。死亡の結果まで生じたとき、傷害致死罪にも使えるのでしょうか。疑問はもっともです。207条は例外規定で、傷害した場合としか書いていないのだから、傷害罪にとどめるべきだ、という考え方があります。けれども、判例は、傷害致死罪にも適用されるとします。答案は、判例の立場で書きます。規範は、こうです。
⭐ 論文で書く規範:同時傷害の特例と傷害致死罪
207条の因果関係の立証の困難の回避という趣旨は、傷害致死罪にもあてはまるから、207条は傷害致死罪にも適用されると解する。
(規範(最決平28・3・24))
図:規範カード|同時傷害の特例と傷害致死罪
207条の趣旨は、どの暴行が傷害の原因かを特定する立証の困難を、避けることでした。傷害に死亡の結果が加わっても、この困難は変わりません。死因となった傷害を、どの暴行が生じさせたのかが、やはり特定できないからです。だから、傷害致死罪にも使えます。
判例最決平28・3・24 刑集70巻3号1頁
傷害致死罪にも207条を適用するとした決定
共犯関係にない二人以上による暴行によって傷害が生じ更に同傷害から死亡の結果が発生したという傷害致死の事案において、刑法207条適用の前提となる前記の事実関係が証明された場合には、各行為者は、同条により、自己の関与した暴行が死因となった傷害を生じさせていないことを立証しない限り、当該傷害について責任を負い、更に同傷害を原因として発生した死亡の結果についても責任を負うというべきである。
最決平28・3・24 が述べているのは、こういうことです。207条の前提が証明されれば、各行為者は、自分の関与した暴行が死因となった傷害を生じさせていないことを立証しない限り、その傷害の責任を負います。そして、さらに、その傷害から生じた死亡の結果についても、責任を負います。1点、注意します。最決平28・3・24 の事案は、共犯関係にない二人以上の暴行についてのものです。乙のように、共犯関係がある後行者の傷害致死罪への適用は、共犯関係があっても適用される理屈と、傷害致死罪にも適用される理屈を、組み合わせた結論です。最高裁が、この組み合わせの事案を直接判断したものではありません。乙に当てはめます。頭蓋内出血は、死因となった傷害です。207条適用の前提は、確かめたとおり、そろっています。乙は、自分の暴行が頭蓋内出血を生じさせていないことを、立証していません。ですから、乙は、頭蓋内出血の傷害について責任を負い、さらに、これを原因として発生した死亡の結果についても、責任を負います。
死亡させる意思は、要りません。傷害致死罪は、結果的加重犯です。基本になる犯罪に、故意を超えた重い結果が乗って、刑が重くなる型です。故意が要るのは、基本になる暴行そのものです。そこから生じた傷害や死亡の結果まで、意図している必要はありません。ですから、傷害致死罪の成立に、死亡の結果の予見は要りません。乙は、Vを痛めつけるつもりで、頭部をクラブで殴っています。暴行の故意があります。死亡させる意思が無くても、傷害致死罪の成立に妨げはありません。
図:傷害致死罪への適用の結び
結びです。乙が死亡の結果まで責任を負う根拠は、傷害致死罪にも207条が適用されること、そして、乙が、自分の暴行が頭蓋内出血を生じさせていないことを、立証していないことです。
結論
図:乙の罪責の検討結果
結論です。乙には、頭蓋内出血の傷害と、これによる死亡について、傷害致死罪、刑法205条と207条が成立します。刑は、3年以上の有期拘禁刑です。額の裂傷は、午後4時頃の暴行で生じたことが明らかですから、乙は責任を負いません。
事実を1か所変える——乙の暴行に危険性が無い場合
図:変形の事実
事実を1か所変えて、結論が動く場面を見ます。共犯関係がある乙にも207条が使える、その限界が見えます。午後4時頃から午後4時10分頃までは、同じです。乙は、午後4時10分頃、甲と意思を通じています。変わるのは、午後4時12分頃の乙の暴行です。甲は、クラブで、倒れているVの頭部を2回殴ります。ここまでは同じです。続いて乙は、クラブを使わず、倒れているVの右のふくらはぎを、足で1回蹴りました。それだけです。他は同じです。午後4時20分頃に二人が立ち去り、Vが同日午後9時頃に頭蓋内出血で死亡したことも、同じです。頭蓋内出血が、午後4時5分頃の暴行によるのか、午後4時12分頃の暴行によるのか、分からないことも、同じです。ふくらはぎには、傷害は生じませんでした。問いは、同じです。乙の罪責を論じなさい。ただし、甲の罪責は除きます。観点を、表にして示します。
図:乙の罪責を拾う観点
左は、乙の暴行が、頭蓋内出血を生じさせ得るか。真ん中は、207条の適用。右は、乙の罪責です。
図:乙の罪責を事実で拾う
乙の暴行から見ます。乙がしたのは、倒れているVの右のふくらはぎを、足で1回蹴ることです。この蹴りは、頭蓋内出血を生じさせ得るものではありません。危険性がありません。窓ガラスに例えます。同じ窓に向かって、一人が野球のボール、もう一人が丸めた紙を投げて、ガラスが割れました。割れた瞬間は、誰も見ていません。このとき、丸めた紙を投げた人まで、割った人と同じに扱うのは、おかしいはずです。紙では、割れようがないからです。ですから、乙の暴行には、207条を使う前提の危険性がありません。共犯関係があっても、後行者の暴行にその傷害を生じさせ得る危険性が無ければ、207条は使えません。さきほど押さえた限定の出番です。乙は、頭蓋内出血と死亡について、責任を負いません。乙に残るのは、暴行罪です。意思を通じた後の甲の殴打は、共同正犯として、乙も負います。けれども、頭蓋内出血が、その殴打で生じたと証明されていません。ですから、傷害の結果までは負わず、暴行の限度にとどまります。条文を見ます。
条文刑法208条
刑法208条(暴行)
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
条文刑法60条
刑法60条(共同正犯)
二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
208条は、暴行を加えた者が、人を傷害するに至らなかったときの規定で、暴行罪として処罰します。60条は、二人以上が共同して犯罪を実行すると、全員が正犯になる、という規定です。乙は、午後4時10分頃、甲に加勢すると言って意思を通じ、その後で、Vの右のふくらはぎを蹴りました。乙は、加わった後の暴行、つまり、甲の頭部への殴打と自分の蹴りについて、暴行罪の共同正犯の責任を負います。
判例最決令2・9・30 刑集74巻6号669頁
後行者の暴行に危険性がないとき207条を適用できないとした決定
同条の適用により後行者に対して当該傷害についての責任を問い得るのは、後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであるときに限られると解するのが相当である。後行者の加えた暴行に上記危険性がないときには、その危険性のある暴行を加えた先行者との共謀が認められるからといって、同条を適用することはできないというべきである。
図:決定の事案
最決令2・9・30 の事案を、確かめます。先行者らが被害者に暴行を加えている途中で、被告人が、加勢しようと考えて、暗黙のうちに共謀を遂げました。被害者には複数の傷害が生じていて、加わる前の暴行で生じたもの、加わった後の暴行で生じたものは、明らかでした。ところが、そのうちの二つの傷害は、どの段階の暴行で生じたのか、分かりませんでした。被告人の暴行は、一方の傷害を生じさせ得る危険性は認められますが、もう一方の傷害を生じさせ得る危険性は認められません。決定は、一方の傷害については、後行者の暴行に生じさせ得る危険性があるので、207条の適用により責任を免れない、としました。もう一方の傷害については、危険性のある暴行をしていないから、207条適用の前提を欠いている、としています。後行者の暴行に危険性が無ければ、共謀が認められても、207条は適用できない。ここが、結論の分かれ目です。乙のふくらはぎの蹴りは、決定のもう一方の傷害と同じ立場にあります。頭蓋内出血を生じさせ得る危険性が無い。ですから、207条は適用できず、乙は、暴行罪の共同正犯にとどまります。1つ、足しておきます。加わる前に原因が明らかな傷害は、そもそも207条の対象外です。額の裂傷が、そうでした。原因が分かっているので、207条の出番はありません。
207条が及ぶ範囲の境目
図:207条が及ぶ範囲の境目
3つの場面を、1枚の表にして並べます。1つ目は、額の裂傷です。加わる前の暴行で生じたことが明らかで、原因が分かっています。207条の対象外で、乙は責任を負いません。2つ目は、頭蓋内出血で、乙の暴行に危険性がある場合です。207条が適用されて、乙が立証しない限り、傷害致死罪になります。共犯関係があっても、死亡の結果が生じていても、同じです。3つ目は、頭蓋内出血で、乙の暴行に危険性が無い場合です。207条は適用できず、暴行罪の共同正犯にとどまります。分かれ目は、2つです。1つ目は、原因が分からない傷害かどうか。2つ目は、原因が分からない傷害について、後行者の暴行が、その傷害を生じさせ得る危険性を持つかどうかです。
完成答案
図:完成答案:問題の所在、承継的共同正犯の成否
こちらが完成答案です。1枚目は、問題の所在と、承継的共同正犯の成否です。
図:完成答案:適用の前提
2枚目は、同時傷害の特例の、適用の前提です。
図:完成答案:前提のあてはめ、共犯関係がある場合
3枚目は、前提のあてはめと、共犯関係がある場合です。
図:完成答案:傷害致死罪への適用、結論
4枚目は、傷害致死罪への適用と、結論です。
参照条文
- 刑法60条
- 刑法205条
- 刑法207条
- 刑法208条