不真正不作為犯の実行行為性(通説型・判例型)
同居の高齢親族を単独で介護していた甲が、あえて世話をせず放置し死亡させた事例で、不作為による殺人罪(199条)が成立するかを検討する実演回。①法的作為義務、②作為の可能性・容易性という通説型の規範であてはめまで書き切り、因果関係だけは判例型の規範に切り替える出典の使い分けを扱う。
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ゼロから刑法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
理解できたことと、答案に書けることの間には、もう一段ギャップがある。①法的作為義務、②作為の可能性・容易性、この2つを条文から立てて、事例に当てはめて答案にする——理解を「書ける」に変える回です。
今日の流れ

まず事例を確認して、答案全体の地図を描く。次に、不作為が「実行行為」といえるための規範を条文から立てる。そのあと、事例に規範を当てはめる本番——ここを一番厚くやる。最後に、完成した答案を通しで読む。規範を暗記するだけでは答案は書けない。事実をどう拾って、どう評価して、要件にどう当てるか——そこを実演します。
答案の全体像

甲の罪責を考えるとき、問題になるのは不作為による殺人罪(199条)の成否だけである。Vが死亡したという結果と、甲がVの死を認識しながら放置したという故意——ここは条文どおりに認定できる部分で、争いはほとんどない。答案の重心は、「甲の”何もしなかったこと”が、殺人罪の実行行為だといえるのか」、この一点に絞られる。地図はこうなる。一つは、いちばんの重心である不作為の実行行為性。もう一つは、その先の因果関係。結果と故意は条文どおりに確認すれば足りる成立要件で、規範を立てるこの二か所とは扱いが分かれる。規範は条文を読んでも出てこない物差しなので、趣旨から導いて、押さえるべき言葉だけを逐語で覚える。成立要件は条文にそのまま書いてある言葉なので、条文番号を添えて確認すれば足りる。
199条の条文と問題提起

まず出発点の条文。
条文 殺人罪(刑法199条)
「人を殺した」——この文言に、不作為、つまり何もしなかったことを読み込めるかが問題になる。実行行為とは、構成要件的結果が発生する現実的な危険性を持つ行為をいう。不作為でもその危険性を実現することは可能だから、理屈のうえでは不作為も実行行為になりえる。そこが核心である。自由保障の観点から、処罰範囲を限定する必要がある。誰でも彼でも「何もしなかった」というだけでは足りず、作為をしたのと同じだけの重みがあるといえる場合に絞り込む。
規範を立てる(通説型)

太字にした「構成要件的同価値性」「①法的作為義務」「②作為の可能性・容易性」「具体的かつ排他的に依存」——ここだけ押さえれば十分で、あとは「なぜ規範が要るか」という問題提起の流れから、そのつど言葉を組み立て直せる。ここが今日いちばん間違えやすいところである。①②というこの物差し自体を、最高裁が一般論として「こう判断する」と正面から言い切ったことはない。積み重なった判例や実務の議論を踏まえて、学説——通説が組み立てた定式である。だから、答案でもカードでも、ここに判例番号を付けない。「判例は①②と解している」と書くのは誤り。関連する決定は、作為義務が問題になった重要な事例ではあるが、①②という定式そのものを一般論として判示したわけではない。だから、①②の典拠として引くのは避ける。この使い分けが今日いちばんの注意点である。
たとえで腹落ちさせる

あるビルで停電が起きて、エレベーターが階の途中で止まり、人が閉じ込められたとする。このビルには、警備員室に緊急の再起動ボタンがあって、それを押せるのは常駐の警備員一人だけ。外を歩いている通行人は、ボタンの場所どころか警備員室に入る鍵さえ持っていない。もしその警備員が、閉じ込められた人の遺産を早く手に入れたいと考えて、簡単に押せるボタンをあえて押さなかったら——警備員には①この事故を防ぐ立場を引き受けていて他の誰も代われない排他的な立場があり、②ボタンを押すのは容易、もある。だから「押さなかった」ことを、自分で故障させたのと同じ重さで裁いてよいことになる。他方、通行人には①がない。ボタンの存在も操作権限も持たない以上、同じように見て見ぬふりをしても、警備員と同じようには裁かれない。仮に警備員が鍵を持たされていても操作方法を知らされていなければ、①はあっても②がなく、同じ重さでは裁けない。
あてはめ①② 法的作為義務・作為の可能性容易性(本番・最厚)

事例に戻って当てはめる。まず①法的作為義務。生の事実、評価、要件への当てはめ、この順で拾う。
生の事実は、甲は、寝たきりで自力では食事も移動もできない同居の親族Vを、ただ一人で介護しており、Vの生命維持はもっぱら甲に依存していた、ということ。甲は、Vの介護という保護を単独で引き受けており、Vの生命の維持が甲以外の誰にも代わりえない形で、具体的かつ排他的に依存する関係にあった、と評価する。他の家族や第三者が代わりに助けられる状況ではなく、文字どおり甲しかいなかった。この評価を①の要件に当てはめる。法令や契約の明文がなくても、法益の維持存続が行為者に具体的かつ排他的に依存していた場合には、法的作為義務が認められる——甲にはこれが認められ、①は満たされる。
甲は、自力で食事も移動もできないVを単独で介護し、Vの生命維持はもっぱら甲に依存していたのであるから、Vの保護を引き受け、その生命が甲に具体的かつ排他的に依存する関係にあったといえる。したがって、甲には法的作為義務が認められる。
次に②作為の可能性・容易性。生の事実は、食事の介助や医師への連絡は、甲にとって容易にできたことである。評価としては、結果を回避するための作為——食事の介助・受診の手配——が、甲にとって現実に可能であり、しかも容易だったといえる。これを要件に当てはめると、②作為の可能性・容易性も認められる。
食事の介助や医師への連絡は、甲にとって容易にできたことであったから、結果回避のための作為は現実に可能かつ容易であったといえる。したがって、②も認められる。
作為との構成要件的同価値性が認められ、甲の不作為は殺人罪の実行行為にあたる。ここまでが今日いちばんの本番だった。
あてはめ③ 因果関係(判例型)

実行行為性が認められても、それだけでは既遂にならない。次は③因果関係。ここだけは規範の扱いが変わる。③は判例が正面から物差しを示した場面である。
判例 不作為と死亡の因果関係
①②の同価値性の定式そのものは、最高裁が一般論として言葉にしたものではなく通説が組み立てたものだったが、この因果関係の物差しは、最高裁が実際に示したものである。だから、こちらには判例を出典として添える。同じ答案の中で「出典を付けない規範」と「出典を付ける規範」が両方出てくる——ここを混同しない。
当てはめる。生の事実は、甲が適切に介護——食事の介助や医師の受診——をしていれば、Vは救命できたということ。評価としては、期待された作為をしていれば、Vの救命は合理的な疑いを超える程度に確実だったといえる。これを要件に当てはめると、不作為と死亡との間の因果関係が認められる。
あてはめ④ 故意→結論

最後に④故意。故意とは、罪となる事実——ここではVの死という結果——の認識・認容をいう。結果を認識・認容していれば反対動機を形成できたのに、あえて行為に及んだ点に重い非難を向けられるからである。刑法は、38条1項本文で、原則として故意犯を処罰することとしている。
生の事実は、甲は遺産を早く得たいと考え、衰弱し死に向かっていくVの状態を認識しながら、あえて世話をせず放置したこと。評価としては、甲はVの死という結果を認識し、それでよいと認容していたといえる。これを故意の要件に当てはめると、殺人の故意も認められる。
①法的作為義務、②作為の可能性・容易性が認められ不作為の実行行為性が肯定され、③因果関係、④故意もすべて認められた。したがって、甲には不作為による殺人罪(199条)が成立する。
完成答案を通しで読む

今組み立てたものを、法律家が書く形——法的三段論法の階層で、通しで読む。
第1 甲の罪責——不作為による殺人罪(199条)の成否
1 問題の所在 甲は、Vに対し食事の介助や医師への連絡をしなかったにとどまり、積極的な挙動をしていない。「人を殺した」(199条)といえるためには実行行為が必要であるところ、不作為がこれに当たるか、当たるとしてどのような場合かが問題となる。
2 規範 実行行為とは構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為をいう。そして不作為によってもかかる危険性を実現することは可能であるから、不作為も実行行為にあたりうる。もっとも、自由保障の観点から処罰範囲を限定する必要がある。そこで、作為との構成要件的同価値性が認められる場合、すなわち、①法的作為義務の存在、②作為の可能性・容易性が認められる場合に、不作為の実行行為性を肯定できると解する。そして、法的作為義務の存在は、法令・契約・先行行為に加えて、法益の維持存続が不作為の行為者に具体的かつ排他的に依存していた場合に認められる。
3 あてはめ
(1) 法的作為義務——ア 法的作為義務は、原則として法令・契約・先行行為といった明文の根拠から認められる。イ もっとも、本問のように明文の根拠がない場合でも、法益の維持存続が行為者に具体的かつ排他的に依存していたといえるときは、法的作為義務が認められる。本問で、甲は、自力で食事も移動もできないVを単独で介護し、Vの生命維持はもっぱら甲に依存していたのであるから、Vの保護を引き受け、その生命が甲に具体的かつ排他的に依存する関係にあったといえる。したがって、甲には法的作為義務が認められる(①)。
(2) 作為の可能性・容易性 食事の介助や医師への連絡は、甲にとって容易にできたことであったから、結果回避のための作為は現実に可能かつ容易であったといえる。したがって、②も認められる。以上より、①②が認められ、作為との構成要件的同価値性が肯定されるから、甲の不作為は殺人罪の実行行為にあたる。
(3) 因果関係 甲の不作為とVの死亡との間に因果関係が認められるか。不作為犯における因果関係は、期待された作為がなされていれば結果を回避できたであろうことが、合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められる場合に肯定される(判例)。本問では、甲が適切に介護をしていればVを救命できたのであるから、因果関係が認められる。
(4) 故意 甲は、Vの死という結果を認識し、これを認容していた。故意(38条1項本文)も認められる。
4 結論 以上より、甲には不作為による殺人罪(199条)が成立する。
今日やったことは、規範を暗記することではなく、事実をどう拾って、どう評価して、要件にどう当てるかという「橋の架け方」だった。
まとめ

不作為が実行行為といえるためには、作為との構成要件的同価値性——①法的作為義務、②作為の可能性・容易性——が必要だった。この①②は、最高裁が一般論として示した定式ではなく通説が組み立てた定式なので、判例を出典として付けない。他方、③因果関係の判断基準は、判例が実際に示したものなので、こちらは判例を出典として添える。同じ答案の中に、出典の付け方が違う規範が同居する——ここが今日いちばんの弁別ポイントだった。この型さえ守れば、事例が変わっても書き方はぶれない。
★コア規範(逐語で覚えるのはここだけ)
不作為も結果発生の現実的危険性を実現しうるが、処罰範囲を限定するため、作為との構成要件的同価値性が認められる場合、すなわち①法的作為義務の存在と②作為の可能性・容易性がある場合に限り、不真正不作為犯の実行行為性を肯定する。作為義務は法令・契約・先行行為に加え、法益の維持存続が行為者に具体的かつ排他的に依存していたことから基礎づけられる。
復元キー(趣旨から再構成する鎖)
- 実行行為=結果発生の現実的危険性ある行為(不作為でも実現可)。
- 無限定は不当 → 自由保障から構成要件的同価値性で絞る。
- 同価値性=①法的作為義務 ②作為の可能性・容易性。
- 作為義務の根拠=法令・契約・先行行為+具体的かつ排他的依存。
- あてはめの勝負どころ=「結果を防げたのはその人だけか」(排他性)。
短答ひっかけ
- ①②(不作為の実行行為性の定式)は通説が組み立てた定式であって、最高裁が一般論として言い切ったものではない。答案に「判例は①②と解している」と書くのは誤り。
- ③因果関係の判断基準は判例が実際に示したものなので、こちらは判例を出典として添えてよい。同じ答案の中で出典の付け方が規範ごとに違う点を混同しない。
- 甲には契約・法令上の根拠となる先行行為は存在しない。作為義務は具体的かつ排他的な依存関係という事実状態から基礎づけられている点に注意する。
- ④故意は、Vの死という結果の認識・認容があれば足りる(38条1項本文)。
参照条文:刑法199条(殺人罪)・38条1項本文(e-Gov 現行正文)
論文の型
- この回全体が論文の型の演習です。①法的作為義務→②作為の可能性・容易性→③因果関係→④故意の順に当てはめ、完成答案を組み立てる流れがそのまま論文の型となっています。
今日の地図(保存版)
- テーマ:不作為による殺人罪(199条)の成否を、通説型・判例型の2つの規範を使い分けて完成答案まで書き切る実演。
- ★コア規範:作為との構成要件的同価値性=①法的作為義務、②作為の可能性・容易性。
- ①法的作為義務:法令・契約・先行行為に加え、法益の維持存続が行為者に具体的かつ排他的に依存していた場合に認められる(排他的支配の考え方)。
- ②作為の可能性・容易性:結果回避のための作為が現実に可能かつ容易であったか。
- 出典の使い分け:①②は通説の定式(判例出典を付けない)/③因果関係は判例の定式(出典を付ける)。
- あてはめの公式:生の事実を拾う → 評価する → 要件に当てる、の三点セット。
- 事例の結論:甲には不作為による殺人罪(199条)が成立する。
参照条文
- 刑法199条
- 刑法38条