原因において自由な行為の書き方
甲が取引先Aへの殺意を固め、金づちを隠し持って居酒屋で日本酒を飲み、心神耗弱の状態でAを殴打して殺害した事例で、甲の罪責を答案に書き切る回。殺人罪の構成要件該当性と違法性を確認したうえで、責任の段階で39条2項の必要的減軽をそのまま適用するのかを問題提起し、同時存在の原則修正説の規範(結果行為が責任能力ある状態で下した意思決定の実現過程そのものといえれば完全な責任を問える・要件は①故意の連続②原因行為と結果行為の相当な関係)と、心神耗弱の場合に足す1文を立てる。最決昭43・2・27を「飲酒の際の意思」を拾う手本として読み、①②を当てはめて減軽を否定し、殺人罪の成立を導く。
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事例
図:甲とAの関係
1つの事例を、答案として最後まで書き切ります。甲は、小さな金属加工工場を営んでいました。取引先のAが、甲の工場の設計図面を競合する他社に売り渡し、そのせいで主要な取引を打ち切られたと知った甲は、Aを殺害しようと決意し、手帳に「今夜、Aを殺す」と書き込みました。甲は、Aが毎週金曜の午後10時ごろ、勤め先の事務所を出て、人通りの少ない裏通りを一人で歩いて帰ることを知っていました。ある金曜日の夕方、甲は、工具箱から金づちを取り出して作業着の内側に隠し、駅前の居酒屋に入りました。Aが現れる午後10時までの時間をやり過ごすためと、犯行の直前に手が震えて仕損じることのないよう気持ちを鎮めるために、日本酒を飲み始めます。飲んでいる間も金づちを手放さず、Aへの憎しみを繰り返し口にしました。
図:事例の時間軸
午後10時前までの約4時間で、甲は日本酒を約1升飲み、足もとがふらつき、呂律も回らなくなりました。行為当時、甲は、飲酒による酩酊のために心神耗弱の状態にありました。店を出た甲は、金づちを握ったまま裏通りへ直行します。午後10時過ぎ、そこへ歩いてきたAを見つけると、近づいて「やっと終わらせられる」と言い、金づちでAの頭部を数回殴りつけました。倒れたAに、甲は「まだだ」と言って、さらに2、3回殴りつけます。Aは頭蓋骨骨折により死亡しました。問いは、これだけです。甲の罪責を論じなさい。
罪責の検討 199条
図:殺人罪の要件、答案の頭の順
まず、甲の罪責を、条文の要件から順に検討します。検討するのは、殺人罪です。
条文刑法199条
刑法199条(殺人)
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。
これが199条です。要件は、実行行為、結果、因果関係、そして故意です。人が死ぬ危険のある行為をして、その危険のとおりに人が死に、それを分かってやった、という4つです。上から順に見ます。実行行為です。金づちで頭部を数回殴る行為は、人が死ぬ現実的な危険のある行為ですから、殺人の実行行為にあたります。結果は、Aの死亡です。因果関係は、殴打によって頭蓋骨が折れ、そのまま死亡していますから、殴打の危険が結果になったといえて、認められます。故意です。甲は、Aを殺す意思で殴っていますから、38条1項本文の故意が認められます。
甲はお酒でふらふらだったんですよね。故意は、あるんですか。あります。故意があるかどうかは、行為者が何を分かってやっているかの問題で、責任能力があるかどうかとは、別の問題です。酔っていても、Aを殺すという意思ははっきりしていました。ここまでで、殺人罪の構成要件に該当します。正当防衛などの違法性を消す事情は見当たりませんから、違法でもあります。残るのは、責任です。
責任の検討 39条
図:責任の段階で出る問題
責任の段階では、行為のとき、物事の善悪を判断し、それに従って自分の行動を制御できる状態にあったかを見ます。この状態にあることを、責任能力といいます。
条文刑法39条1項
刑法39条1項(心神喪失)
心神喪失者の行為は、罰しない。
条文刑法39条2項
刑法39条2項(心神耗弱)
心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
心神喪失は、責任能力が完全に失われている状態です。この場合、行為は罰しません。つまり、犯罪が成立しません。心神耗弱は、責任能力が失われてはいないものの、著しく低い状態です。この場合は、犯罪は成立します。そのうえで、刑が必ず減軽されます。だから、耗弱の事例では、犯罪は成立すると言ってから、刑の減軽の話として書きます。甲は、行為当時、心神耗弱の状態にありました。原則どおりなら、殺人罪が成立しても、その刑は必ず減軽されます。
問題提起
図:酔って心神耗弱になった者の責任
ところが、ここで立ち止まります。甲は、Aの殺害を決意したうえで、自分から酒を飲んで、耗弱の状態になりました。それでも必ず刑を減軽するのは、国民の法感情に反します。そこで、答案では、完全な責任を問うための法構成ができないかが問題となる、と書き出します。法構成とは、ここでは、39条があっても完全な責任を問える、と説明する理屈のことです。構成要件と違法性を済ませた、責任の段階で出る問題です。
規範
図:規範カード|原因において自由な行為
規範に入る前に、一問です。責任能力は実行行為のときに要る、というのが、以前の回で見た同時存在の原則でした。その修正説は、責任非難が向けられるのを、行為のどの場面の何だと考える立場でしたか?責任能力のある状態で下した、意思決定、でした。規範は、その修正説と同じものです。
⭐ 論文で書く規範:原因において自由な行為と完全な責任
この点、責任能力が要求されるのは、責任能力のある状態で下した意思決定が犯罪結果として実現した場合にはじめて、行為者を非難できるからである。
そこで、実行行為である結果行為が、責任能力のある状態で下した意思決定の実現過程そのものといえるときは、結果行為の時点で責任能力が欠けていても、なお完全な責任を問えると解する。
そして、かかる場合といえるためには、①原因行為から結果行為まで故意が連続していること、②原因行為と結果行為の間に相当な関係があることが必要であると解する。
(規範(同時存在の原則修正説))
責任とは、行為者を非難できるかどうかです。そして、非難できるのは、責任能力のある状態で自分が決めたことが、結果になったときです。甲でいえば、酔う前の、判断力も抑制力も十分なときに、Aを殺すと決めました。酔ったあとの殴打は、その決めたことの続きです。続きであれば、非難は、酔う前の決意に向けられます。そこで2つ目の文です。結果行為、つまり殴打が、責任能力のあるうちに下した意思決定の実現過程そのものといえるなら、殴打のとき責任能力が欠けていても、完全な責任を問えます。3つ目の文が、そういえるための要件です。①は、原因行為から結果行為まで故意が連続していること。②は、原因行為と結果行為の間に相当な関係があることです。この②は、199条で見た、殴打と死亡の因果関係とは、別のつながりです。
甲の場合、原因行為は、酔う原因になった飲酒です。結果行為は、殺害の実行行為になった殴打です。
⭐ 論文で書く規範:心神耗弱の場合に足す1文
なお、結果行為が責任能力ある状態での意思決定の実現過程といえるかは、結果行為時に心神喪失か心神耗弱かで変わらないから、この理は心神耗弱の場合にも妥当する。
(規範(同時存在の原則修正説))
心神耗弱の事例では、規範のすぐあとに、この1文を足します。理由は2つあります。1つ目は、責任能力が必要な理由は、非難が、責任能力のある状態での意思決定に向けられることにあります。結果行為のとき、責任能力が完全にないか、著しく低いだけかは、その理由を動かしません。ですから、耗弱でも同じ理屈が使える、と明示します。2つ目は、別の考え方との違いです。以前の回で見た、間接正犯に似せる考え方は、酔って責任能力を失った自分自身を、他人を道具に使うときと同じように、道具として利用したと捉えます。道具といえるのは、自分では判断できない状態だからです。判断力と抑制力が残る耗弱の自分は、道具とはいいにくく、この考え方では、適用を認めがたくなります。この1文は、その弱点を受けない修正説で書いている、と答案の上で示す働きもあります。この1文を落とすと、耗弱の事例で適用してよいかが、答案から抜けます。喪失の事例なら、足しません。
自分が酔えば心神耗弱になるという認識は、この規範の要件には入っていません。酔うこと自体を分かっていたかどうかは、殴打が、酔う前に決めたことの実現過程かどうかを左右しないからです。ですから、問題文に、自分が酔うと抑えが利かなくなると分かっていた、といった手がかりがなければ、答案では論じません。本事例の問題文にも、その事情はありません。
判例
図:事例の時間軸
あてはめに入る前に、決定を1つ見ます。この決定は、規範の出典としてではなく、あてはめで事実のどこを拾うかの手本として使います。
判例最決昭43・2・27 刑集22巻2号67頁
耗弱でも減軽しないとした決定
なお、本件のように、酒酔い運転の行為当時に飲酒酩酊により心神耗弱の状態にあつたとしても、飲酒の際酒酔い運転の意思が認められる場合には、刑法三九条二項を適用して刑の減軽をすべきではないと解するのが相当である。
読むところは、「飲酒の際」です。耗弱だった行為の時点ではなく、飲酒の際に、その行為をする意思があったかを見ています。酔っていた時点の意思ではなく、酔う前の意思を見る、という点が決め手です。そして、もう1つ。この結論は、耗弱でも減軽しない、というものです。さきほど足した耗弱の1文と、合っています。事案は酒酔い運転ですが、飲酒の際の意思を見るという点は、殺人のあてはめでも手本になります。ここから、あてはめです。見るのは、飲酒の際の意思と、結果行為の時点の意思です。
① 故意の連続のあてはめ
図:何と何を比べるか
最初に、1つ考えてください。故意の連続では、どの時点の何と、どの時点の何を比べればよいでしょうか?飲酒の際の意思と、殴打のときの意思、です。飲酒の際の意思が、殴打のときも同じ内容で続いているか、を見ます。
図:生の事実を拾う
生の事実を拾います。甲は、図面を売り渡されて取引を失ったことへの憎しみから、Aの殺害を決意しました。手帳に「今夜、Aを殺す」と書いています。Aの帰宅の時刻と経路を知っていて、工具箱から金づちを持ち出して隠しました。飲んでいる間も、金づちを手放さず、Aへの憎しみを口にしています。そして殴るとき、「やっと終わらせられる」と言い、倒れたAに「まだだ」と言いました。手帳も金づちも、飲む前に用意しているんです。そこが大事です。次に、評価します。甲は、判断力も抑制力も十分にある飲酒の前に、「今夜Aを殺す」と確定的な意思を固め、凶器まで用意しています。ですから、飲酒の際にすでに、Aを殺す意思がありました。その意思は、飲酒の間も揺らぎません。そして殴るときの言葉は、そのAを殺す意思が、そのまま行為に現れたものです。
図:要件に当てる
要件に当てます。飲酒の際のAを殺す意思と、殴打のときのAを殺す意思は、内容が同じで、途切れていません。ですから、①の故意の連続が認められます。連続しないのは、たとえば、飲酒の際には殺意がなく、酔ってから初めてAを殺そうと思った場合です。飲酒の際の意思が見つからず、連続は否定されます。この場合は、この規範では完全な責任を問えません。この殺人罪については、原則どおり、殴打のときが心神耗弱なら刑が減軽され、心神喪失なら罰せられません。
② 相当な関係のあてはめ
図:何のつながりを見るか
次は、②の相当な関係です。①は、意思の内容を見ました。②で見るのは、飲酒で生じた酩酊、つまり心神耗弱の状態が、そのまま殺害という結果行為につながっているか、です。途中に、別の原因が割り込んでいないかを見ます。割り込んでいれば、殺害は、酔う前に決めたことの続きとはいえなくなるからです。ここで、また1つ考えてください。この設例から、飲酒と殺害をつなぐ事実を拾うとしたら、どの場面のどの事実でしょうか?飲んだ理由と、店を出てから殴るまでの流れ、でしょうか。そこから拾います。
図:生の事実を拾う
生の事実を拾います。飲んだ理由は、Aが現れるまでの時間をやり過ごすためと、犯行の直前に手が震えないよう気持ちを鎮めるためです。約4時間で日本酒を約1升飲み、足もとがふらつき、呂律も回らなくなりました。店を出ると、金づちを握ったまま裏通りへ直行します。予定の時刻に予定のAが現れ、決意したとおり金づちで殴っています。途中に、別の動機も、口論も、第三者の介在もありません。そして、倒れたAを、さらに殴っています。評価します。飲酒は、殺害の実行に向けた準備の一部でした。飲酒から心神耗弱、そして殺害までが、一本の流れです。途中に偶然の事情は割り込んでいません。そして、倒れたAをなお殴り続けたことは、酔いが行為を妨げるどころか、歯止めを弱める方向に現れたことを示します。欠ける場合の例を1つ挙げます。Aを殺す意思は飲酒の前から最後まで保たれていますが、関係のない理由で飲みに行った店で、偶然Aに出くわして殺した場合です。飲酒で生じた状態が、そのまま殺害につながったとはいえません。今回は、その逆です。
図:要件に当てる
要件に当てます。飲酒によって生じた心神耗弱の状態が、そのままAの殺害という結果行為につながっています。原因行為と結果行為の間に、相当な関係があります。
結論とまとめ
図:本事例の結論
結論です。甲の殴打は、責任能力のある状態で下した意思決定の実現過程そのものといえます。ですから、完全な責任を問えます。甲に、39条2項による刑の減軽は認められません。甲には、殺人罪が成立し、甲はその罪責を負います。耗弱でも、規範の理屈は変わりませんでした。なお、本事例は、単独犯で、殺意の対象と被害者が同じで、故意犯の事例です。別の人を殺してしまった場合や、過失で結果を生じさせた場合は、別の型です。
図:規範カード|原因において自由な行為
最後に、規範カードに戻ります。責任能力のあるうちに下した意思決定が、そのまま結果になったなら、結果行為のとき心神耗弱でも、完全な責任を問います。
完成答案
図:完成答案:第1 甲の罪責(問題の所在・規範)
こちらが完成答案です。1枚目は、責任の段階で出る問題の所在と、規範です。規範が答案のどこに入るかを確かめてください。
図:完成答案:第1 甲の罪責(あてはめ①故意の連続)
続きの、あてはめの1つ目です。飲酒の際の意思と殴打のときの意思を比べ、故意の連続を認めます。
図:完成答案:第1 甲の罪責(あてはめ②相当な関係・結論)
あてはめの2つ目と、結論です。飲酒から心神耗弱、殺害までの流れで相当な関係を認め、39条2項による減軽を否定して、殺人罪の罪責を導きます。
参照条文
- 刑法38条1項
- 刑法39条1項
- 刑法39条2項
- 刑法199条