刑法ゼロから刑法 論文

具体的事実の錯誤の書き方

甲がAを殺そうと待ち伏せし、同じ服装の別人Bを角材で殴って死亡させた事例(客体の錯誤)と、Aをめがけて投げた破片がAに当たったうえ隣のBに当たってBが死亡した変形事例(方法の錯誤)で、甲の罪責を答案に書き切る回。客観的構成要件を満たしたうえで故意の検討で錯誤が問題になる位置を示し、法定的符合説(認識した事実と発生した事実が構成要件的評価として符合すれば故意を認める)を規範として立てて当てはめ、本事例はBに対する殺人罪とする。変形事例では、同じ規範でBに対する殺人罪の故意を認め、数故意犯説によりAに対する殺人未遂罪とBに対する殺人罪の2個が成立し、1個の行為なので観念的競合(54条1項前段)となることを導く。

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ゼロから刑法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事例

甲とAとBの関係 図:甲とAとBの関係

1つの事例を、答案として最後まで書き切ります。甲は、Aとの長年の確執から、Aを殺そうと決意しました。甲は、Aが毎晩午後9時ごろ、赤いウインドブレーカー姿で、河川敷の遊歩道をジョギングしていることを知っていました。ある夜、甲は、遊歩道脇の茂みに太い角材を持って潜みました。午後9時過ぎ、赤いウインドブレーカー姿の人影が近づいてきます。暗くて顔は見えませんでしたが、甲はAだと思い込み、殺意をもって、背後から角材で後頭部を力いっぱい殴りつけました。倒れたのはAではありませんでした。たまたま同じ色のウインドブレーカーを着て走っていた、別人のBです。Bは頭蓋内出血により死亡しました。

問いは、これだけです。甲の罪責を論じなさい。

罪責の検討 199条

殺人罪の要件、答案の頭の順 図:殺人罪の要件、答案の頭の順

まず、甲の罪責を、条文の要件から順に検討します。検討するのは、殺人罪です。

条文刑法199条

刑法199条(殺人)
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。

これが199条です。要件は、実行行為、結果、因果関係、そして故意です。人が死ぬ危険のある行為をして、その危険のとおりに人が死に、それを分かってやった、という4つです。上から順に見ます。実行行為です。太い角材で後頭部を力いっぱい殴る行為は、人が死ぬ現実的な危険のある行為ですから、殺人の実行行為にあたります。結果は、Bの死亡です。因果関係は、殴打によって頭蓋内出血が起き、そのまま死亡していますから、殴打の危険が結果になったといえて、認められます。しかも、ここまでの検討では、殴られたのがAかBかは、何も関係してきません。Bは「人」ですから、人を殺した、という客観面は満たされます。問題が立ち上がるのは、最後の要件、故意です。ここから先が、解釈の必要な部分です。

問題提起

故意の検討で、認識と事実がずれる 図:故意の検討で、認識と事実がずれる

入る前に、一問です。以前の回で見た法定的符合説は、行為者が認識した事実と現実に発生した事実を、何のレベルで一致させれば足りるとする立場でしたか?構成要件のレベル、でした。構成要件の範囲で一致していればよい、という立場でした。

条文刑法38条1項

刑法38条1項(故意)
罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。

38条1項本文は、罪を犯す意思がない行為は罰しない、と定めています。殺人罪なら、殺意があったかが問われます。甲は、Aだと思って殴りました。甲が認識していたのは、Aを殺すことです。ところが、現実に死んだのは、Bです。認識した客体と、現実に侵害した客体が、食い違っています。どうして、これが錯誤と呼ばれるんですか。認識した事実と発生した事実がずれているからです。ずれ方は2種類あります。狙った客体の認識そのものが誤っていた場合が客体の錯誤、認識は正しいのに、攻撃の結果が別の客体に生じた場合が方法の錯誤です。今回の甲は、Aと思い込んだ人影がAではなかったのですから、客体の錯誤です。そこで、答案では、甲に殺人罪の故意を認めてよいか、客体の錯誤の処理が問題となる、と書き出します。客観的構成要件を満たしたうえで、故意の検討でずれが出る、この位置です。

規範

規範カード|具体的事実の錯誤 図:規範カード|具体的事実の錯誤

規範を立てます。さきほどの法定的符合説と、同じものです。

⭐ 論文で書く規範:具体的事実の錯誤と故意
故意の本質は、規範に直面して反対動機を形成できたのに、あえて行為を選んだ点に向けられる強い道義的非難にある。
そして、規範は構成要件として類型化されているから、認識していた事実と発生した事実が構成要件的評価として符合すれば、故意が認められると解する(法定的符合説)。
(規範(判例・通説=法定的符合説))

ここでいう規範は、「人を殺すな」という、法の命令のことです。故意を強く非難できるのは、この命令に直面して、やめようと思えたのに、あえてやったからです。そして、この命令は、殺人罪の構成要件という形で示されています。構成要件とは、以前の回で見たとおり、条文が定めている犯罪の型のことです。殺人罪の型が向けられているのは「人」で、Aという特定の人ではありません。ですから、「人を殺すな」という命令に直面していた点で、認識した事実と発生した事実が重なっていれば、非難の中身は変わりません。重なっていれば、故意を認めるのに足ります。

宛先が「人」だという、この点が、次のあてはめで効いてきます。

あてはめ

何と何を比べるか 図:何と何を比べるか

あてはめです。ここが答案の山場で、いちばん厚く書きます。最初に、1つ考えてください。比べるのは、甲が認識していた事実と、現実に発生した事実です。この2つを、どのレベルで比べればよいでしょうか?さっきの規範だと、構成要件的評価として、です。AとBという、名前のレベルで比べると、食い違っています。でも、殺人罪の構成要件的評価のレベルで比べるのが、規範です。

生の事実を拾う 図:生の事実を拾う

まず、生の事実を拾います。甲は、Aとの確執から殺意を固めました。Aが走る時刻と、赤いウインドブレーカーという服装を知ったうえで、茂みで待ち伏せしています。暗くて顔は見えず、服の色だけでAと思い込みました。そして、後頭部を角材で力いっぱい殴っています。ところが、倒れたのは、同じ色の服を着た別人のBでした。殺す相手の特定が誤っただけで、人を殺す意思そのものは、固まっていました。次に、評価します。殺人罪の構成要件が保護しているのは、「人」の生命です。Aという特定の人の生命ではありません。甲は、「人」を殺そうとして行為に及んでいます。AであってもBであっても、「人を殺すな」という命令に直面していた点に、変わりはありません。

要件に当てる 図:要件に当てる

最後に、規範に当てます。甲は、およそ「人」を殺そうとして、「人」を殺しました。認識した事実と発生した事実は、殺人罪の構成要件的評価として符合します。Aを殺す故意とBを殺す故意が別々にあるのではなく、「人を殺す」という故意があり、それが現実の死亡と重なっている、と見ます。対照的な例を挙げます。たとえば、甲が人影だと思って角材で殴ったものが、実は遊歩道の案内板だった場合です。認識していたのは「人」を殺すこと、発生したのは物が壊れたことで、殺人罪の構成要件的評価としては符合しません。構成要件をまたぐこの形は、以前の回で見た抽象的事実の錯誤で、別に処理します。

結論

本事例の結論 図:本事例の結論

結論です。客観的構成要件を満たし、故意も認められますから、甲には、Bに対する殺人罪が成立します。Aは、その場にいません。甲の行為は、Aに何の危険も及ぼしていませんから、Aに対する罪は問題になりません。

変形 方法の錯誤

変形事例の関係図 図:変形事例の関係図

事実を変えます。別の夜のことです。今度は、甲は人違いをしていません。甲は遊歩道で、Aが友人のBと並んで歩いてくるのを見つけました。甲はAを殺すつもりで、約4メートル離れた位置から、手にしていたコンクリートブロックの破片を、Aの頭をめがけて投げつけました。破片は約3キログラムあります。破片は、Aの左肩をかすめて、全治約1週間の打撲傷を負わせました。そのうえ、勢いを保ったまま、Aの右隣にいたBの頭部に当たり、Bは頭蓋骨骨折で死亡しました。甲は、Bに当たる可能性があるとは、全く考えていませんでした。1回投げた破片が、狙った相手と隣の人の、2人に結果を出しています。以前の回で見た、併発事例の形です。ここでも、問いは同じです。甲の罪責を論じなさい。

要件を順に検討する、AとB 図:要件を順に検討する、AとB

要件を順に検討します。今回は、AとBの2人に結果が及んでいますから、人ごとに見ます。

条文刑法203条

刑法203条(未遂罪)
第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。

203条は、199条の罪の未遂も罰する、という条文です。未遂とは、殺人の実行に取りかかったのに、人が死ななかった場合のことです。まず、Aに対する関係です。殺意をもって、頭をめがけて約3キログラムの破片を投げていますから、Aの死亡の現実的な危険を持つ行為で、実行に着手しています。Aは死亡していません。ですから、殺人未遂罪の客観的構成要件を満たします。Aは狙った相手なので、故意には問題がありません。次に、Bに対する関係です。破片がBの頭部に当たれば、Bの死亡の現実的な危険があり、殺人の実行行為にあたります。破片の勢いがそのままBの頭に当たって、Bは死亡していますから、投擲の危険が結果になったといえて、因果関係も認められます。Bに対する殺人罪の客観的構成要件を満たします。

そこで、Bについて、故意の検討に進みます。

問題提起と規範 方法の錯誤

客体の錯誤と方法の錯誤、比べるものは同じ 図:客体の錯誤と方法の錯誤、比べるものは同じ

甲は、Aを殺そうとして投げたところ、Bに当たって死亡させています。狙った客体の認識に、誤りはありません。攻撃の結果が、別の客体に生じています。そこで、答案では、甲にBに対する殺人罪の故意を認めてよいか、方法の錯誤の処理が問題となる、と書き出します。客体の錯誤との区別は、狙った客体の認識が正しいかどうか、この1点です。規範は変わりません。変わるのは、あてはめで何と何を比べるか、その中身だけです。

規範カード|具体的事実の錯誤 図:規範カード|具体的事実の錯誤

規範の本文は、本事例と一字も変わりません。

方法の錯誤へのあてはめ 図:方法の錯誤へのあてはめ

あてはめます。生の事実は、甲が人違いをしておらず、Aの頭をめがけて約3キログラムの破片を約4メートルから投げたこと、Aを殺す意思だったこと、破片が狙いを外れて隣のBの頭部に当たり、Bが死亡したことです。評価します。AもBも、殺人罪にいう「人」です。甲が認識していたのは、「人」であるAの殺害です。発生したのは、「人」であるBの死亡です。「人を殺すな」という命令に直面していた点に、差はありません。要件に当てます。甲は、およそ「人」を殺そうとして「人」を殺しましたから、認識した事実と発生した事実は、殺人罪の構成要件的評価として符合します。甲には、Bに対する殺人罪の故意が認められます。

Bの死は予想外でした。でも、規範が問うのは、Bという個人の認識ではなく、「人」を殺すという点で重なっているかどうかです。甲がBに当たる可能性を考えていなかったことは、結論を動かしません。

故意の個数と罪数

成立する故意犯は何個か 図:成立する故意犯は何個か

ここで、もう1つ問題が出ます。Aに対する殺人未遂罪と、Bに対する殺人罪の、両方が成立するのでしょうか。甲が殺そうとしたのは、Aという1人だけです。それなのに、故意犯が2個成立するのか。成立する故意犯の個数が、問題となります。

⭐ 論文で書く規範:故意の個数
符合を構成要件の範囲で判断して故意を抽象化するのであれば、故意を1個、2個と数えることには意味がない。そこで、成立する故意犯の数は、現に発生した犯罪事実の数によって決まると解する。
(規範(判例・通説=数故意犯説))

規範です。前の規範と、つながっています。符合を構成要件のレベルで見る以上、甲の故意は、「人を殺す」という形で捉えられます。そうすると、Aを殺す故意とBを殺す故意を、1個、2個と数えることはできません。以前の回で見たとおり、数えられないのは故意のほうで、故意犯は数えられます。「人を殺す」という型に当たる事実が2つ起きれば、故意犯も2つです。そこで、数える単位を、発生した犯罪事実に置きます。

故意犯の個数と罪数のあてはめ 図:故意犯の個数と罪数のあてはめ

あてはめです。生の事実から見ます。本件で発生した犯罪事実は、2つです。Aに対する殺人未遂の事実と、Bに対する殺人の事実です。評価と要件への当てはめは、こうなります。甲の故意は、「人を殺すこと」として捉えられ、1個、2個とは数えられません。ですから、発生した犯罪事実の数に応じて、Aに対する殺人未遂罪と、Bに対する殺人罪の、2個の故意犯が成立します。破片がAに全く当たらなかった場合でも、Aに対する殺人未遂罪は成立します。故意犯の個数は、Aに結果が及んだかどうかでは変わりません。

条文刑法54条1項

刑法54条1項(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)
一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。

次に、罪数です。2個の罪が成立したとき、どう処理するか。そこで使うのが、54条1項です。前段は、一個の行為が二個以上の罪名に触れるとき、その最も重い刑で処断する、という観念的競合です。一個の行為とは、以前の回で見たとおり、自然的観察のもとで、社会的見解上1個の行為と評価されるものをいいます。破片を1回投げた行為は、社会的に見て1個の行為です。別の日にもう一度投げていれば、行為は2個になります。ですから、2つの罪は観念的競合となります。殺人未遂罪の刑も、もとは殺人罪と同じ199条の刑ですから、殺人罪の刑で処断、つまり刑を決めることになります。

結論とまとめ

甲の罪責 図:甲の罪責

結論です。本事例の甲は、Bに対する殺人罪の罪責を負います。変形事例の甲は、Aに対する殺人未遂罪と、Bに対する殺人罪の罪責を負い、両者は観念的競合となります。客体の錯誤でも方法の錯誤でも、使った規範は1つです。変わったのは、狙った客体の認識が正しいかという点と、あてはめで比べる対象だけです。なお、さきほどの案内板のように、異なる構成要件にまたがる錯誤や、思っていた道筋と違う経過で結果が起きる、因果経過のずれの問題は、別の型です。ここでは、殺人罪の中で完結する事例だけを扱いました。

規範カード|具体的事実の錯誤 図:規範カード|具体的事実の錯誤

最後に、規範カードに戻ります。人違いでも、狙いが外れても、「人」を殺そうとして「人」を殺したなら、殺人の故意は消えません。

完成答案

完成答案:第1 本事例における甲の罪責 図:完成答案:第1 本事例における甲の罪責

こちらが完成答案です。規範が答案のどこに入るかを確かめてください。1枚目は、本事例の問題提起と規範です。

完成答案:第1 本事例における甲の罪責(あてはめ・結論) 図:完成答案:第1 本事例における甲の罪責(あてはめ・結論)

2枚目は、本事例のあてはめと結論です。

完成答案:第2 変形事例のBに対する殺人罪 図:完成答案:第2 変形事例のBに対する殺人罪

3枚目は、変形事例のBに対する殺人罪の、問題提起と規範です。

完成答案:第2 変形事例のBに対する殺人罪(あてはめ・結論) 図:完成答案:第2 変形事例のBに対する殺人罪(あてはめ・結論)

4枚目は、Bについての、あてはめと結論です。

完成答案:第3 Aに対する殺人未遂罪と故意の個数・罪数 図:完成答案:第3 Aに対する殺人未遂罪と故意の個数・罪数

5枚目は、Aに対する殺人未遂罪と、故意の個数・罪数の問題提起と規範です。

完成答案:第3 Aに対する殺人未遂罪と故意の個数・罪数(あてはめ・結論) 図:完成答案:第3 Aに対する殺人未遂罪と故意の個数・罪数(あてはめ・結論)

6枚目は、個数と罪数の、あてはめと結論です。

完成答案:第4 甲の罪責 図:完成答案:第4 甲の罪責

7枚目は、甲の罪責の全体の結論です。

参照条文

  • 刑法38条1項
  • 刑法54条1項
  • 刑法199条
  • 刑法203条

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