早すぎた構成要件の実現の書き方
両手足を縛り口をテープでふさぐ第1行為のあと屋上から突き落とす計画のもと、第1行為の段階で鼻までふさがれていたVが死亡した可能性があり、死因が窒息か墜落か特定できない事例で、甲の罪責を答案に書き切る回。実行の着手は、結果発生の現実的危険性を惹起した時点とし、犯人の計画も考慮して①必要不可欠性②障害となる特段の事情の不存在③時間的場所的近接性を見る規範から第1行為の時点で肯定する。因果関係の錯誤は、認識した経過と現実の経過が構成要件的評価として符合すれば故意を阻却しないとして、甲に殺人既遂罪1罪を認める。
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ゼロから刑法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
事例
図:甲とVの関係
今日は、1つの事例を最後まで書き切ります。甲は、かねて恨んでいたVを殺そうと考えました。甲が立てた計画は、2段階です。夜、甲が管理している取り壊し予定の無人の雑居ビルの1階事務室に、Vを呼び出します。背後から結束バンドで両手首と両足首を縛り、口に粘着テープを貼って、動きと声を封じます。これが第1行為です。そのうえで、縛ったVを担いで非常階段で屋上へ運び、フェンス越しに地上へ突き落とします。殺すのはここ、という計画で、これが第2行為です。どうして、一度縛るんですか。Vは柔道の有段者で、正面から取り押さえることは難しいからです。ビルには他に誰もおらず、周囲に住宅はなく、夜は人通りもありません。屋上へ通じる非常階段の扉の鍵は、甲が持っています。
図:計画と実際の経過
実際の経過です。甲は計画どおり、午後10時ごろ、事務室でVを縛り、粘着テープを貼りました。ところが、暗がりで手元を誤り、テープは鼻まで覆っていました。甲は、そのことに気づいていません。Vは動かなくなりました。甲は、Vが気を失ったと思い、10分ほどあとにVを担いで屋上へ運び、突き落としました。後日の解剖で、Vの死因は、窒息か、墜落による頭部損傷か、そのどちらかだとされました。ただ、どちらかは特定できません。しかも、Vは屋上に運ばれる前の時点で、窒息により死亡していた可能性がある、とされました。今日の問いは、これだけです。甲は何罪か。
縛っただけなら殺人にならない、という見方で答案が書けるかどうかを、これから確かめます。
罪責の検討——199条
図:199条の要件、Vの死亡が第1行為によるかもしれない事実
まず、甲の罪責を、条文の要件から順に検討します。甲について検討するのは、殺人罪です。
条文刑法199条
刑法199条(殺人) 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。
これが199条です。実行行為、結果、その間の因果関係、それから故意です。結果は、Vの死亡です。これは、はっきりあります。故意も、甲は殺意をもって計画していますから、問題なさそうです。Vが突き落とされた時点で生きていたなら、そのとおりです。第2行為が殺人の実行行為で、Vの死亡との因果関係も問題なく、殺人既遂です。生きていなかった場合は、どうなりますか。そこが問題です。屋上へ運ぶ前にVが窒息死していたなら、Vの死亡を生じさせたのは、第1行為です。第2行為は、すでに亡くなったVに向けた行為になります。ところが、甲にとって第1行為は、計画では、殺すための準備のつもりでした。
ですから、Vの死亡を殺人既遂に結びつけるには、第1行為を殺人の実行行為と評価できるかを、検討する必要が出てきます。ここまでは、条文どおりの成立要件の検討です。解釈が必要になるのは、ここからです。
問題提起
図:第1行為の時点で実行に着手したといえるか
入る前に、復習です。以前の回で見た、早すぎた構成要件の実現の型の決め手は、結果が出たのが第1行為か第2行為か、でしたね。今回の事例で、結果が出たかもしれないのは、どちらの行為でしょうか?第1行為、ですよね。縛ったときに、窒息したかもしれないので。結果が出たかもしれないのは、第1行為です。
条文刑法43条
刑法43条(未遂減免) 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
43条は、未遂の条文です。「犯罪の実行に着手して」という言葉が、実行の着手の根拠になります。実行の着手とは、実行行為が始まる時点のことです。第1行為の時点で、殺人の実行に着手したといえなければ、第1行為は殺人の実行行為ではありません。そうなると、Vの死亡を、殺人既遂に結びつけることができません。そこで、第1行為の時点で実行の着手があったといえるかが、問題になります。ここまでが、問題提起です。
規範
図:実行の着手の基準、計画が一連のときは
今回は、殺すための行為が、第1行為と第2行為に分かれています。このように計画が一連になっているときの、実行の着手の規範です。以前の回で見た基準の土台は、実行行為の意味にあります。実行行為は、人が死ぬ現実的な危険のある行為です。ですから、その危険を生じさせた時点で、着手があります。ただ、犯人がこのあとどう動くつもりかで、危険の大きさは変わります。そこで、犯人の主観や計画も考えに入れます。計画も入るんですね。具体的には、何を見るんですか。3つ見ます。その3つを入れて、規範を立てます。
⭐ 論文で書く規範:一連の行為と実行の着手 実行行為とは、構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為をいうため、このような危険性を惹起した時点において実行行為性が認められ、実行の着手があるといえると解する。 そして、犯人の主観もこのような危険性に影響することから、犯人の主観、犯行計画をも考慮するべきである。 具体的には、①第1行為が第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠であるか、②第1行為に成功すれば、第2行為を遂行するうえで障害となる特段の事情がないか、③両行為が時間的場所的に近接しているか、を考慮する。 (規範(判例・通説))
図:規範カード|早すぎた構成要件の実現
段落ごとに見ます。最初の段落が、着手の基本です。次の段落が、計画も考えに入れること。最後の段落が、その中身で、①から③です。以前の回で覚えた「特殊の事情」と、中身は同じです。判例の言葉は「特段の事情」ですから、判例の規範で書く答案では、「特段の事情」にそろえてください。縛る行為だけを切り取れば、人が死ぬ危険は小さく見えます。でも、そのあと屋上から突き落とす計画があるなら、話は別です。①第1行為が第2行為に欠かせず、②成功すればもう邪魔が入らず、③間も空かずに続くなら、第1行為を始めた時点で、殺人へ向かう流れはもう止まらない段階に入っています。これが、結果発生の現実的危険性を惹起した、ということです。
判例は、3つの要素を考慮したうえで、第1行為は第2行為に密接な行為であり、第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められる、と結論づけています。この言葉は規範ではなく、あてはめの結論の側で使います。
あてはめ
図:①第1行為が第2行為に必要不可欠か
あてはめです。最初に、甲の計画を押さえます。甲は、Vを縛って動きと声を封じる第1行為のあと、屋上から突き落として殺す第2行為を行う計画でした。ここで、1つ考えてください。Vが柔道の有段者だという事実は、3つの要素のどれに効くでしょうか?縛る必要があった、ということだから、必要不可欠のところでしょうか。①から見ます。生の事実は、Vが柔道の有段者で、正面から取り押さえることが難しいこと、そして、屋上まで運んで突き落とすには、声と動きを封じる必要があったことです。これを評価します。縛って声を封じなければ、搬送の途中で激しく抵抗されるか、大声で人に知られてしまいます。要件に当てます。第1行為は、第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠でした。
図:②障害となる特段の事情はなかったか
次に、②障害となる特段の事情です。生の事実は、ビルに他の人がおらず、周囲に住宅もなく、夜間の人通りもないこと。屋上へ通じる非常階段の鍵を、甲が持っていること。そして、縛られたVは、自力で逃げられないことです。これを評価します。第1行為が成功すれば、屋上への搬送と転落を妨げる人も物も、ありません。要件に当てます。障害となるような特段の事情は、存しませんでした。
図:③時間的場所的に近接しているか
続いて、③時間的場所的近接性です。生の事実は、1階の事務室と屋上が、同じ建物の中にあること。そして、同じ夜、10分ほどの間に続けて行う計画で、実際もそうなったことです。これを評価します。計画の流れは、途切れていません。要件に当てます。第1行為と第2行為は、時間的場所的に近接しています。①から③がそろいますから、第1行為は、第2行為に密接な行為です。
図:第1行為そのものの危険性
最後に、客観的な危険性です。生の事実は、ここまでの①から③に加えて、粘着テープが鼻まで覆っていたことです。ここで見るのは、行為そのものがもつ危険です。甲が窒息に気づいていたかどうかは、この判断に関わりません。評価すると、縛り終えれば、あとは邪魔が入らず、間も空かずに突き落としまで進みますから、第1行為を始めた時点で、殺人へ向かう流れはもう止まりません。しかも、口と鼻を塞がれれば呼吸ができませんから、第1行為それ自体も、窒息という死に至る危険を含んでいます。要件に当てます。第1行為を開始した時点で、殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められます。したがって、殺人の現実的危険性を惹起した、第1行為を開始した時点で、殺人の実行の着手があります。
因果関係と故意
図:計画した経過と実際の経過がずれている
着手が認められたので、第1行為は、殺人の実行行為です。因果関係は、以前の回で見た危険の現実化で判断します。その行為がもっていた危険が、そのまま結果になったといえるかを見ます。Vが屋上へ運ばれる前に窒息死していたとしても、口と鼻を覆われたことによる窒息の危険が、そのまま死亡に現実化していますから、第1行為との因果関係が認められます。次は、故意です。
条文刑法38条1項
刑法38条1項(故意) 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
38条1項本文は、罪を犯す意思がない行為は罰しない、と定めています。殺人罪なら、殺意があるかが問われます。第1行為が殺人の実行行為と評価される以上、甲は、殺人の実行行為の時点で、殺意を有していたことになります。着手と同じ基準で、故意も第1行為の時点に繰り上がります。故意は、実行行為をするその時点で必要です。殺す気なくおこなった行為を、殺人として処罰することはできないからです。実行行為の始まりを第1行為まで繰り上げた以上、故意も第1行為の時点で見ます。そして甲は、縛るところから突き落とすところまでの一連の流れを、Vを殺すために始めていますから、第1行為の時点で、殺意はもうあったといえます。
思い描いた殺し方と実際の死に方が違う。そこが、ずれです。甲が認識していた経過は、縛って運んで突き落とす、墜落による死亡です。Vが屋上へ運ばれる前に窒息死していたなら、実際に生じた経過は、第1行為による窒息死です。このずれがあっても、殺人の故意が認められるか。これが、2つめの問題提起です。
図:因果関係の錯誤の規範
規範を立てます。故意の本質は、規範に直面して反対動機の形成が可能であったにもかかわらず、あえて行為に及んだことに対する強い道義的非難にある。そして、規範は構成要件として類型化されているから、認識していた因果経過と発生した因果経過が構成要件的評価として符合すれば、故意が認められると解します。ここでいう規範は、「人を殺すな」という、法の命令のことです。故意を非難できるのは、この命令に直面して、やめようと思えたのに、あえてやったからです。そして、この命令は、殺人罪の構成要件という形で示されています。ですから、人を殺すという点で認識と事実が重なっていれば、甲は「人を殺すな」という命令に直面していたことになり、故意を認めるのに足ります。墜落死でも窒息死でも、人を殺すという点は同じです。構成要件的評価として符合する、というのは、認識していた経過にも実際に生じた経過にも、ともに刑法上の因果関係が認められることです。答案では、2つの経過のそれぞれに因果関係を当てる、この形で書きます。
図:認識した経過と実際の経過を当てはめる
物差しは、さきほどの因果関係と同じ、危険の現実化です。あてはめます。まず、甲が認識していた経過です。生の事実は、Vを縛り、屋上へ運び、突き落として墜落死させる、という経過です。評価すると、縛って屋上から突き落とす行為には墜落死の危険がありますから、その危険が、そのまま死亡になったといえます。刑法上の因果関係が認められます。次に、実際に生じた経過です。Vが屋上へ運ばれる前に窒息死していた場合の経過で、生の事実は、Vの口と鼻をテープで覆い、窒息死させた、という経過です。評価すると、口と鼻を塞ぐ行為には窒息死の危険がありますから、その危険が、そのまま死亡になったといえます。こちらも、刑法上の因果関係が認められます。
ですから、甲の殺人の故意は否定されません。甲は、殺人の一連の行為に着手して、その目的を遂げたのですから、殺人の故意に欠けるところはありません。
結論
図:甲には殺人罪が成立する
結論です。第1行為の時点で殺人の実行に着手し、因果関係もあり、故意も否定されません。甲には、殺人既遂罪が成立します。死因が窒息でも墜落でも、結論は同じです。Vが生きていたなら第2行為で、屋上へ運ぶ前に亡くなっていたなら第1行為で、殺人既遂になります。ですから、死因を特定する必要はありません。第1行為と第2行為は、2つの殺人罪になるんですか。違います。殺されたのはV1人で、第1行為と第2行為は、Vを殺すための一連の行為ですから、まとめて殺人罪1罪です。
図:着手が肯定される場合と否定される場合
たとえば、甲の計画が、縛ったVをいったん自分の家の物置に閉じ込めておき、1週間後に、別の町の高い建物へ連れて行って突き落とす、というものだったとします。③の近接性が欠けますし、間に計画を止める事情が入る余地もあります。縛った時点では、殺人へ向かう流れが、もう止まらないとまでは言えません。ですから、第1行為の時点では着手がなく、そこでVが窒息死したなら、殺人既遂罪にはならず、殺人予備罪の201条と、閉じ込めた行為から死亡した点について、逮捕監禁致死罪の221条などの成否を検討する構成になります。今回の事例は、3つの要素がそろっていますから、物置の場合とは違い、第1行為の時点で着手があり、殺人既遂罪の結論のままです。なお、第1行為で死んだと思い込んで第2行為をし、結果が第2行為から出た事例は、以前の回で見たウェーバーの概括的故意の型です。結果が出た行為が逆なので、型が別です。今日は扱いません。
完成答案
図:規範カード|早すぎた構成要件の実現
答案を読む前に、もう一度、規範カードに戻っておきます。規範が、答案のどこに入るかを確かめるためです。
図:完成答案:第1 実行の着手(問題の所在・規範)
こちらが完成答案です。動画を止めて、見てみてください。
図:完成答案:第1 実行の着手(あてはめ①②)
続きの、あてはめの前半です。
図:完成答案:第1 実行の着手(あてはめ③④・結論)
あてはめの後半と、着手の結論です。
図:完成答案:第2 故意(問題の所在・規範)
続いて、故意の問題の所在と規範です。
図:完成答案:第2 故意(あてはめ) 第3 罪責
故意のあてはめと、全体の結論です。こちらも止めて確かめてください。
参照条文
- 刑法199条
- 刑法43条
- 刑法38条1項