刑法ゼロから刑法 論文

保護責任の発生根拠を対立型で書く(排他的支配説)

前方不注意で歩行者をはねた甲が発覚をおそれ、Vを路上に放置して走り去り死亡させた事例で、保護責任者遺棄致死罪(218条・219条)が成立するかを検討する実演回。判例(法令説)を批判し、排他的支配説という自説を立てる対立型の規範であてはめまで書き切り、結論は不成立で終わる。

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ゼロから刑法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

結論からいうと、不成立である。そこが今日いちばんの勘所。

事例

甲とVの時系列

甲は運転中、前方不注意で歩行者Vをはねた。Vは骨折して自力では動けないが、命に別状はない状態だった。甲は発覚をおそれ、Vを路上に放置し、走り去った。Vはその後、数時間で死亡する。寒さと負傷が重なったことが原因だった。結論は不成立になる。順番に見ていく。

答案の全体像

罪責の切り分け

この事案で問題となる罪は、保護責任者遺棄致死罪、刑法218条と219条である。

条文 刑法218条(保護責任者遺棄等)

これが218条の条文。「遺棄し」「保護をしなかった」は条文どおりの要件である。

条文 刑法219条(遺棄等致死傷)

219条は、致死の結果を加重する規定。「遺棄し」「保護をしなかった」「よって死傷させた」は、条文どおりの成立要件で、丸暗記ではなく趣旨から復元すればいい部分である。「保護する責任のある者」——ここは条文に書かれていない基準を解釈で立てる規範である。

規範の出どころ・4類型

規範の出どころは、大きく4つに分かれる。判例型は判例だけで規範が固まっているもの。集積型は個別事案の判断が積み重なったもの。通説型は学説の一致で、判例の出典は付かない。そして対立型は、判例と学説の立場が割れるもの。判例(法令説)と自説(排他的支配説)が割れる。両方セットで押さえるのが対立型の書き方である。排他的支配説の考え方は、不真正不作為犯の回で扱った内容と同じで、法益の安全が行為者に具体的・排他的に依存していたことを要求する。

保護責任の規範(対立型・6層)

対立型6層の流れ

対立型6層で問題提起から書く。甲は「保護する責任のある者」にあたるか。

判例 最高裁判決(法令説)

ある判例は、法令上の救護義務を根拠にした(法令説)。ここに、2つの批判がある。第1に、法令上の義務さえあれば何でも保護責任になりかねない。行政上の義務の範囲が、そのまま刑事責任まで広がってしまう。第2に、道路交通法の義務は行政取締り目的であり、そこから直ちに刑事責任の基礎となる保護責任は導けない。そこで自説を立てる。

自説カード(排他的支配説)

保護する責任のある者とは、生存に必要な保護をなすべき法的作為義務を負う者をいう。この作為義務は、法令・契約・先行行為に加えて、生命・身体の安全が行為者に具体的かつ排他的に依存していた場合に要求される。太字だけ逐語で覚え、あとは趣旨から復元する。ここまでで、問題提起・判例・批判・自説の4層。残るあてはめと結論は次の章で行う。

あてはめ

路上放置と排他的依存の対比

規範をこの事案にあてはめる。まず甲に、法令上の根拠があるか確認する。

条文 道路交通法72条1項前段(交通事故の場合の措置)

この救護義務は、現行法でも甲に及ぶ。加えて、甲がVをはねた先行行為もある。ここからが、事実→評価→あてはめの三点セット。事実として、甲はVを路上に放置して走り去った。路上は、誰でも通りうる開かれた場所である。評価すると、通行人による発見や救護の芽は残っている。Vの安全が、甲だけに握られた状態ではない。よって、具体的かつ排他的な依存関係は生じていない。

対比を1つ挟む。もし甲がVを車に乗せ、自宅に運び込んでいたらどうか。その場合はVの安全が甲だけに依存し、排他的支配が肯定される方向に大きく傾くはずである。そこが排他的支配説の線引きである。本件は路上放置にとどまるので、排他的依存はない。したがって、保護する責任のある者にあたらず、作為義務が生じない以上、構成要件を欠く。

完成答案を通しで読む

答案の型カード

第1 甲の罪責

1 問題の所在 甲はVを救護せず、路上に放置して走り去っている。この不作為について、保護責任者遺棄致死罪の成否を検討する。同罪の成立には、甲が保護する責任のある者にあたることを要する。甲には、道路交通法上の救護義務という法令上の根拠がある。加えて、自ら事故を起こしたという先行行為もある。ある判例は、この法令上の救護義務を根拠に保護責任を認めた。しかし、法令上の義務だけで刑事責任の基礎を認めるのは、行政目的の義務の射程を超えており、妥当ではない。

2 規範 保護する責任のある者とは、生存に必要な保護をなすべき法的作為義務を負う者をいい、法令・契約・先行行為に加え、生命・身体の安全が行為者に具体的かつ排他的に依存していた場合に認められると解する。これが排他的支配説の規範である。

3 あてはめ

(1) 甲はVをはねており、先行行為がある。道路交通法上の救護義務、つまり法令上の根拠もある。

(2) しかし甲は、誰でも通行しうる路上にVを放置したにとどまる。Vを自己の支配下に置き、外界から遮断したわけではない。通行人による発見や救護の可能性は、なお残されていた。 仮に甲がVを自己の車や自宅に運び入れ、外部との関わりを断っていたなら、話は別である。Vの安全はもっぱら甲の行動に依存する関係となり、排他的依存が肯定される方向に働く。 しかし本件は、そのような事情にない。甲がVの保護を独占的に担う関係を作り出したとは評価できない。

(3) したがって、生命・身体の安全が具体的かつ排他的に依存する関係は認められない。法令上の義務と先行行為の存在だけでは、保護責任を基礎づけるに足りない。

4 結論 以上より、甲は保護する責任のある者にあたらず、保護責任者遺棄致死罪の構成要件を欠くため、同罪は成立しない。自説を明示するからこそ、そこに届く。

第2 その他の罪責 なお、甲には過失運転致死罪が別途成立しうる(自動車運転死傷行為処罰法5条本文)。また、道路交通法上の救護義務違反、いわゆるひき逃げも別途成立しうる。

まとめ

今日の振り返り

「保護する責任のある者」は、規範として解釈で立てた。「遺棄し」「保護をしなかった」は、条文どおりの成立要件だった。対立型は、判例(法令説)を批判し、自説(排他的支配説)を立てる型だった。今日いちばん大事な一言は、自説は法令や先行行為に加えて排他的依存を要求するということ。甲は路上に放置しただけで、その依存関係を作り出していない。だから、保護責任は生じず、不成立になる。


★コア規範(逐語で覚えるのはここだけ)

「保護する責任のある者」とは、生存に必要な保護をなすべき法的作為義務を負う者をいう。作為義務は法令・契約・先行行為に加え、生命・身体の安全が行為者に具体的かつ排他的に依存していた場合に認められる(排他的支配説)。

復元キー(趣旨から再構成する鎖)

  1. 「保護する責任のある者」=生存に必要な保護をなすべき法的作為義務を負う者。
  2. 根拠=法令・契約・先行行為+具体的かつ排他的な依存(排他的支配説)。
  3. 対立型=判例(法令説)を批判し自説を立てる(両方セットで押さえる)。
  4. 法令説批判=行政目的の義務の射程を刑事責任にそのまま流用できない。
  5. あてはめの線引き=路上放置(依存×)/車内・自宅へ運び込み(依存○)。

短答ひっかけ

  • 判例(法令説)は、道路交通法上の救護義務という法令上の根拠だけで保護責任を認めた立場であり、排他的支配説とは根拠づけが異なる。両方をセットで書く(自説だけを書いて判例を省略しない)。
  • 甲には先行行為・法令上の根拠があるにもかかわらず、路上放置にとどまる限り、具体的かつ排他的な依存関係は認められない。「先行行為があれば当然に保護責任が生じる」わけではない。
  • 車内・自宅へ運び込む等、外界から遮断すれば依存関係が認められる方向に働く——排他性の有無が結論を分ける唯一の分水嶺
  • 保護責任者遺棄致死罪が不成立でも、過失運転致死罪・道路交通法上の救護義務違反(ひき逃げ)は別途成立しうる

参照条文:刑法218条・219条(e-Gov 現行正文)/道路交通法72条1項前段

論文の型

  • この回全体が論文の型の演習です。対立型(判例批判→自説)の規範を立て、事実→評価→あてはめの三点セットで検討し、完成答案を組み立てる流れがそのまま論文の型となっています。

今日の地図(保存版)

  • テーマ:保護責任者遺棄致死罪(218条・219条)の「保護する責任のある者」を、対立型の規範(判例批判→自説)で判断する実演。結論は不成立。
  • ★コア規範:法令・契約・先行行為に加え、生命・身体の安全が行為者に具体的かつ排他的に依存していた場合に法的作為義務が認められる(排他的支配説)。
  • 判例(法令説)への批判:①行政上の義務の射程がそのまま刑事責任に広がる/②道路交通法の義務は行政取締り目的であり刑事責任の基礎に直結しない。
  • あてはめの線引き:路上放置(誰でも発見・救護できる=依存関係なし)/車内・自宅へ運び込み(外界から遮断=依存関係あり)。
  • 事例の結論:甲は「保護する責任のある者」にあたらず、保護責任者遺棄致死罪は不成立(過失運転致死罪・ひき逃げは別途成立しうる)。

参照条文

  • 刑法218条
  • 刑法219条
  • 道路交通法72条

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