自招侵害(挑発して招いた侵害に対する反撃)の書き方
会社員の甲が、口論の末に酒屋の従業員の乙の胸ぐらをつかんで壁に押しつけて逃げ、約40メートル先で追いついた乙に頬を殴られ、殴り返して前歯2本を折った事例で、甲の反撃に正当防衛が成立するかを答案に書き切る回。暴行罪と傷害罪の構成要件該当性、36条1項の要件を順に通していったん成立しそうなところまで書いたうえで、「しかし」で自招侵害を問題提起し、規範を立てて3つの関門を事実に当て、正当防衛を否定して傷害罪と暴行罪の併合罪まで書く。結論が逆になる場合(相手の攻撃が先行行為の程度を大きく超えるとき・時間と場所が離れたとき)と、積極的加害意思との置き場所の違いも確かめる。
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事例
図:甲と乙の経過
今日は、1つの事件を最後まで書き切ります。舞台は、商店街の狭い裏通りです。酒屋の店先に、ビールケースが積んであります。登場するのは2人です。会社員の甲と、この酒屋の従業員の乙です。乙の仕事は、店先での荷下ろしです。2人は、お互いに見知らぬ同士です。乙が荷下ろしに使っていた台車が、歩いていた甲のふくらはぎに当たりました。甲が文句を言うと、乙は「通路をふさいで歩いていたのはそっちだ」と言い返します。2人は数分、言い争いになりました。腹を立てた甲は、いきなり乙の胸ぐらをつかみました。前後に激しく揺さぶって、近くの店の壁に、背中を押しつけます。乙にけがはありませんでした。そのあと甲は、走って逃げ出します。乙が追ってくるかもしれない、とは思いました。ただ、やり合うつもりはなく、とにかくその場を離れたかったのです。
ところが乙は、「待て」と叫びながら、すぐに追いかけます。約40メートル走った先の、閉まった店の前で、甲に追いつきました。乙は甲の肩をつかんで振り向かせ、拳で頬を1回殴ります。甲はよろめきましたが、けがはありませんでした。乙は肩をつかんだまま、再び拳を振り上げます。甲はとっさに、拳で乙の顔を1回殴り返しました。乙は前歯が2本折れ、全治約2週間のけがを負いました。
図:誰が誰に何をしたか
順番を、図で整理します。1番目が、甲から乙への、胸ぐらをつかんで壁に押しつける行為です。2番目が、乙から甲への、追いかけて頬を殴る行為です。3番目が、甲から乙への、殴り返しです。この順番が、今日の事件の中心です。問いは、これだけです。甲の罪責を論じなさい。
罪名と条文の特定——先行行為は短く、反撃へ
図:甲の罪責は2つの行為に分けて書く
答案は、行為ごとに分けて書きます。甲の行為は、2つあります。1つ目が、胸ぐらをつかんだこと。2つ目が、殴り返したことです。先に手を出した行為の罪も、落とさずに書きます。1つ目は、暴行罪です。暴行を加えたけれど、人を傷害するに至らなかったときの罪です。乙にけがはありませんでしたから、暴行罪を考えます。
条文刑法208条
刑法208条(暴行)
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
胸ぐらをつかんで揺さぶる行為は、不法な有形力の行使ですから、暴行にあたります。このように条文にあてはまることを、構成要件に該当する、といいます。この胸ぐらつかみについて、違法性をなくす事情は見当たりません。正当防衛は、いま迫っている侵害に対する反撃です。台車が当たったのは、数分前に済んだことです。胸ぐらをつかんだ時点で、甲に迫っている侵害は、何もありません。乙の攻撃は、そのあとに起きたものです。ですから、第1の暴行罪は、短く書いて終わります。2つ目は、殴り返しです。前歯が2本折れて、全治約2週間のけがを負わせていますから、傷害罪を考えます。
条文刑法204条
刑法204条(傷害)
人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
前歯の欠損と、2週間のけがは、人の身体を傷害したといえます。甲には、殴るという認識、つまり暴行の故意がありました。傷害させるつもりはなかったのに、傷害罪になるんですか。なります。暴行によって傷害の結果が生じた場合は、傷害の故意までは要らず、暴行の故意で足りる、というのが判例・通説です。208条が、傷害に至らなかったときを暴行罪とする、その裏返しです。以上から、殴り返しは、傷害罪の構成要件に該当します。ここまでは、条文を読めば出てくる成立要件です。ここからが本題です。傷害罪にあたる行為でも、正当防衛が成立すれば、罰せられません。そこで、殴り返しの違法性をなくす事情がないかを、順に確かめます。
36条1項の要件を順に——いったん「成立しそう」まで
図:36条1項の3つの要件を順に通す
まず、正当防衛の条文を確かめます。
条文刑法36条1項
刑法36条1項(正当防衛)
急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
要件は3つです。急迫不正の侵害があること、権利を防衛するためであること、やむを得ずにした行為であることです。今日の主題は別にありますから、それぞれ短く通します。最初は、急迫不正の侵害です。入る前に、以前の回の内容を思い出してください。侵害が来ると分かっていた、というだけでは、急迫性はなくなりませんでした。では、どんな意思があると、急迫性が否定されるのでしたか?予期した侵害の機会を利用して、積極的に相手を傷つけてやろう、という意思で臨んだ場合、でした。これを積極的加害意思といいます。今日の甲は、乙が追ってくるかもしれないとは思いましたが、やり合うつもりはなく、逃げ出しています。ですから、この意思はありません。待ち受けたのではなく、その場を離れようとしたのですから、ほかの事情を合わせて見ても、急迫性は失われません。急迫とは、法益の侵害が現に存在しているか、間近に押し迫っていることをいいます。乙は肩をつかんだまま、もう一度、拳を振り上げています。いま目の前で暴行が続いていて、切迫しています。ですから、急迫不正の侵害があります。次は、防衛の意思です。条文では「権利を防衛するため」にあたります。甲は、乙の拳を避けようとして、殴り返しました。怒りが混じっていても、防衛の意思は失われません。ここも認めます。最後は、やむを得ずにした行為です。素手の乙に、拳で1回、殴り返しただけです。防衛のために必要な最小限度のもので、「やむを得ずにした行為」といえます。
ここまでを答案に書くと、甲の殴り返しには、正当防衛が成立しそうです。
「しかし」——自招侵害の問題提起
図:成立しそう、しかし侵害は甲自身の先行行為に起因する
ここで、事実をもう一度見ます。乙の攻撃は、突然降ってきたものでしょうか。いえ、甲が先に胸ぐらをつかんで壁に押しつけて、その直後に追いかけてきています。乙の侵害は、甲自身の胸ぐらつかみに起因しています。起因する、とは、そもそもの原因が自分にある、ということです。自分で招いた侵害ですから、自招侵害と呼びます。そこで答案では、こう立てます。以上から、正当防衛が成立しそうである。しかし、乙の侵害は、甲が胸ぐらをつかんで押しつけたことに起因する。そこで、自招侵害として、正当防衛の成立は否定されないか。この一続きを、板に出しました。
要件のあとに回す理由は、2つあります。1つ目は、急迫性を否定する形にすると、事実とずれるからです。乙の暴行が、いま現に切迫した不正の侵害であることは、動きません。甲が拳を避けようとしたことも、殴り返しが1回だけだったことも、動きません。引っかかるのは、3つの要件のどれかではなく、甲がこの場面を自分で作った、という点です。2つ目は、判例です。この場面には、最高裁の決定があります。あとで判旨を読みますが、その決定文は、反撃行為に出ることが正当とされる状況とはいえない、と述べるにとどまり、36条1項のどの要件の問題かを、言っていません。そこで答案でも、どれか1つの要件に押し込まずに、要件をいったん全部みたすと書いてから、「しかし」で自招侵害を立てます。
以前の回では、自招侵害は、そもそも土俵に乗らない、入口の話でした。要件をみたしたあとに書くのと、食い違いませんか。食い違いません。確かめている中身は、どちらも1つです。甲は、そもそも反撃してよい状況にいたのか、という点です。考える順番では、これが入口にあたります。ただ答案では、36条1項の要件を先に当てておかないと、どこが引っかかるのかが、読む人に伝わりません。そこで、書く場所だけを、要件のあとに回します。積極的加害意思は、急迫性の中で見ます。見る対象が違いますから、のちほど表にして比べます。
規範——自招侵害
図:落ち度なく襲われた人と、自分で場面を作った人
規範に入ります。この基準は、条文に書いてありません。先ほどの36条1項の3つは、条文を読めば出てきました。こちらは、判例の枠と学説の理由づけで立てるものですから、成立要件とは別のものです。規範は、2つの文でできています。1つ目の文が理由づけ、2つ目の文が3つの関門です。まず、理由づけです。正当防衛が特別に許されるのは、落ち度なく突然襲われて、公の助けを待っていられないからでした。ところが、先に手を出した甲は、その場面を自分で作っています。落ち度なく襲われた人ではありませんから、特別に許す前提が、欠けています。行為の経過を全体で見ると、争いは、乙が殴った時ではなく、甲が胸ぐらをつかんだ時点で始まっています。乙の殴打も、甲の殴り返しも、その争いの続きです。このお互いが違法に争う場面を、不法な相互闘争といいます。自分で始めた争いの中での反撃を、防衛として守る理由はない、と考えるのです。
根っこは同じです。自分で作った場面で反撃するのは、社会生活上許された行為とはいえない、という考えです。今日の規範では、同じことを、不法な相互闘争という言い方で立てます。
⭐ 論文で書く規範:自招侵害
自招侵害の場合、行為の経過を全体的に観察すると、先行行為の時点で不法な相互闘争が開始されたといえるから、正当防衛の成立は制限すべきである。
そこで、①先行行為が不正の行為であり、②相手方の侵害が、先行行為に触発された、時間的・場所的に近接した一連一体の事態である場合には、③侵害が先行行為の程度を大きく超えるなどの特段の事情がないかぎり、正当防衛は成立しないと解する。
(規範(最決平20・5・20の枠+理由づけは学説))
図:規範カード|自招侵害
2つ目の文が、3つの関門です。1つ目の関門は、先行行為、つまり侵害を招くもとになった先の行為が、不正の行為であること。2つ目の関門は、相手の侵害が、先行行為に触発された、時間も場所も近い、一連一体の事態であること。そして3つ目の関門で、侵害が先行行為の程度を大きく超えるなどの特段の事情が、ないことです。触発とは、きっかけになった、ということです。近接は、時間は直後で、場所は近い、ということです。一連一体は、切れ目なく1つの流れになっている、ということです。この3つが、2つ目の関門を作っています。3つ目の関門だけは、働き方が逆です。1つ目と2つ目がそろえば、原則として、正当防衛は成立しません。ただし、侵害が先行行為の程度を大きく超えるなどの特段の事情があれば、その原則が外れます。先ほど触れた最高裁の決定で、この枠を確認します。以前の回で見た、ごみ集積所の事件です。被告人が先にAの頬を殴って逃げ、追いついたAに殴られて、警棒で殴り返しました。事案はここまでにして、判旨を読みます。
判例最決平20・5・20 刑集62巻6号1786頁
自招侵害
被告人は、Aから攻撃されるに先立ち、Aに対して暴行を加えているのであって、Aの攻撃は、被告人の暴行に触発された、その直後における近接した場所での一連、一体の事態ということができ、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから、Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては、被告人の本件傷害行為は、被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないというべきである。
読むのは、3か所です。1つ目は、「不正の行為により自ら侵害を招いた」という部分です。規範の1つ目の関門に、あたります。2つ目は、「触発された、その直後における近接した場所での一連、一体の事態」という部分です。規範の2つ目の関門です。3つ目は、「暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては」という限定の部分です。規範の3つ目の関門が、ここから来ています。そして結論は、反撃行為に出ることが正当とされる状況とはいえない、です。答案には、これを「正当防衛は成立しない」と書きます。
決定文に出てくるのは、触発、近接した場所、一連、一体、程度を大きく超える、といった言葉です。全体的に観察すること、不法な相互闘争という説明は、学説が理由づけとして足したものです。
あてはめ——1つ目と2つ目の関門
図:関門に当てる事実:胸ぐらつかみから殴打まで
1つ目の関門から、当てていきます。事実を拾います。甲は、乙の胸ぐらをつかんで、前後に激しく揺さぶり、近くの店の壁に背中を押しつけました。乙にけがはありませんでした。評価します。人の身体に向けた、不法な有形力の行使です。第1で認めた暴行罪にあたります。ですから、甲の胸ぐらつかみは、不正の行為です。次に、2つ目の関門です。乙の行動の事実を拾います。乙は「待て」と叫びながら、すぐに追いかけました。約40メートル走った先で追いつき、肩をつかんで振り向かせて、頬を殴っています。
図:2つ目の関門:触発、近接、一連一体
評価します。まず、触発です。乙が追いかけたのは、胸ぐらをつかまれて、壁に押しつけられたことがきっかけです。「待て」という叫びが、それを表しています。ですから、先行行為に触発されています。近接は、時間と場所に分けて見ます。時間は、すぐに追いかけています。直後です。場所は、約40メートル先です。距離の数字だけでなく、追跡が途切れずに続いたかを、あわせて見ます。乙は追うのをやめず、その延長で、甲に追いつきました。ですから、近い場所です。そして一連一体です。胸ぐらつかみ、追跡、殴打が、切れ目なく1つの流れになっています。乙が追うのをいったんやめて、別の機会に殴ったわけではありません。以上から、2つ目の関門も満たします。
あてはめ——3つ目の関門、程度を大きく超えるか
図:3つ目の関門:先行行為と侵害を比べる
ここが本番です。3つ目の関門は、先行行為と、乙の侵害を、比べます。比べる前に、一度考えてください。先行行為と乙の攻撃の程度を比べるとき、何と何を並べて見ればよいでしょうか?けがの重さも、物差しの1つです。ただ、けがだけでは足りません。けがに至らなくても、危険が大きい攻撃はあるからです。道具、回数、けが、生命や身体への危険を、同じ物差しで両方に当てて、並べます。並べてみます。先行行為は、素手で、1回、けがはなし。胸ぐらを揺さぶって壁に押しつけましたが、押しつけたのは背中で、頭を打ちつけてはいません。生命や重大な身体の危険を高める行為ではありません。乙の侵害も、素手で、1回、けがはなしです。甲はよろめきましたが、けがはありません。拳で頬を殴っていて、再び拳を振り上げましたが、これも生命や重大な身体の危険を高めるものではありません。
たしかに、乙の侵害のほうが、一段強いです。ただ、規範が求めているのは、一段強いかどうかではなく、「程度を大きく超える」かどうかです。大きく超えるかどうかは、乙の侵害が、先行行為から通常予想される範囲に収まっているかで見ます。どちらも素手の、けがに至らない暴行で、同じ種類のものです。胸ぐらをつかんで壁に押しつければ、拳で殴り返されることは、通常予想される範囲です。評価をまとめます。乙の侵害は、先行行為から通常予想される範囲にとどまります。ですから、先行行為の程度を大きく超えるとはいえず、特段の事情はありません。
図:3つ目の関門:特段の事情はなく、正当防衛は成立しない
3つの関門を、すべて通りました。ですから、正当防衛は成立しません。甲の殴り返しには、傷害罪が成立します。要件をみたすように見えても、そもそも、反撃に出てよい状況ではなかった、ということです。自分で作った場面に、返ってきた侵害に反撃したのですから、36条1項の要件を並べただけでは、守られません。ひとつ補っておきます。乙の暴行が違法でないと言っているのではありません。今日の問いは、甲の罪責です。甲の殴り返しが、正当防衛として守られるかどうかだけを論じています。
罪数と結論
図:暴行罪と傷害罪、両罪は併合罪
結論です。甲には、胸ぐらをつかんだ行為に暴行罪が、殴り返した行為に傷害罪が成立します。この2つの罪の関係を、考えます。胸ぐらをつかんだ行為と、殴り返した行為は、別々の行為です。別々の行為で、2つの罪が成立していますから、併合罪になります。
条文刑法45条
刑法45条(併合罪)
確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について拘禁刑以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。
条文の前段です。甲の2つの罪は、どちらも確定裁判を経ていません。ですから、前段の併合罪です。結論は、何罪が成立して、どういう関係に立つか、まで言い切ります。甲は、暴行罪と傷害罪の罪責を負い、両罪は併合罪になります。なお、過剰防衛の成否や、けんかの場面での扱いは、この回では扱いません。
結論が逆になる場合——設例を1か所だけ変える
図:乙の手に割れたビール瓶があったら
結論が逆になる場面も、見ておきます。事実を、1か所だけ変えます。たとえば、乙が、追いかける前に、店先のケースからビール瓶を1本つかんだとします。追いついたところで、瓶を路面に打ちつけて割り、割れた先を、甲の顔に向けて突き出しました。甲が、拳で1回殴り返し、乙の前歯が2本折れた点は、同じです。結論は、変わるんですか。変わります。同じ順番で見ます。1つ目の関門は、変わりません。胸ぐらつかみは、不正の行為です。2つ目の関門も、変わりません。乙はすぐに追いかけ、近い場所で、途切れずに襲っています。変わるのは、3つ目の関門です。先行行為は、素手で、けがもない、胸ぐらつかみでした。これに対して、割れた瓶の先を顔に向けて突き出す行為は、目や顔を傷つけかねない、生命や身体への重大な危険のある攻撃です。道具が違い、危険の質が違います。ですから、侵害は、先行行為の程度を大きく超えています。特段の事情があります。そうすると、正当防衛は、否定されません。
なぜ、道具が変わっただけで、結論が反対になるんですか。招いた責任は、自分がまいた種の大きさまでだからです。胸ぐらをつかんだだけの人に、割れた瓶で顔を狙われる責任まで、負わせることはできません。その部分では、落ち度なく襲われた人と、同じ場面に戻ります。甲の殴り返しは、拳を1回でした。割れた瓶に対して、必要最小限度の範囲です。ですから、傷害罪は成立せず、甲の罪責は、暴行罪だけになります。規範は、同じです。3つ目の関門にあたる事実が変わると、結論が反転します。ただし、今日の事例の乙は、素手です。ですから、本編の結論は、そのままです。
図:2つ目の関門が崩れる場合:翌日の待ち伏せ
もう1つ、短く見ます。今度は、2つ目の関門が崩れる場合です。乙が、その場では追わなかったとします。翌日、甲の勤め先の前で待ち伏せて、殴りかかりました。この場合は、時間も場所も離れています。胸ぐらつかみとの、一連一体の事態とはいえません。ですから、自招侵害の規範は働かず、36条1項の通常の判断に戻ります。
図:積極的加害意思と自招侵害:置き場所の違い
最後に、積極的加害意思との違いを、表で整理します。どちらも、先に手を出した人の話に見えるからです。まず、答案のどこで書くか、です。積極的加害意思は、36条1項の急迫性の中で書きます。自招侵害は、36条1項の要件をみたしたあとに、「しかし」で書きます。何を見るかも違います。積極的加害意思が見るのは、侵害に臨むときの意思です。予期した侵害の機会を利用して、積極的に加害するつもりで臨んだかどうか、です。自招侵害が見るのは、侵害が、自分の先行行為に起因するかどうかです。不正の行為、触発、近接、一連一体、そして程度を見ます。今日の甲は、乙が追ってくるかもしれないとは思いましたが、やり合うつもりはなく、逃げました。意思はありませんから、急迫性は認めました。そのうえで、自招侵害の規範で判断した、という運びです。では、甲が、追ってきたら叩きのめしてやろうと考えながら、逃げるふりをしていたとしたら、どうでしょうか。
甲にその意思があれば、問題になるのは急迫性の側です。答案の置き場所は、36条1項の急迫性の中です。侵害に臨むときの意思が、論点の中心だからです。
まとめ
図:規範カード|自招侵害
最後に、規範カードに戻ります。先に手を出した人は、原則として、正当防衛で守られません。ただし、招いた責任は、自分がまいた種の大きさまでです。今日の答案は、このカードの順に書きました。
図:完成答案:第1と第2 構成要件該当性、正当防衛の成否
こちらが完成答案です。まず、暴行罪と、傷害罪の構成要件該当性、そして36条1項の要件までです。動画を止めて、見てみてください。
図:完成答案:第2 問題の所在と規範
続きです。「しかし」で立てる問題の所在と、自招侵害の規範を書いています。こちらも止めて、確かめてください。
図:完成答案:第2 あてはめと結論
続きの、あてはめです。3つの関門を順に当てて、結論まで書いています。こちらも止めて、確かめてください。
図:完成答案:第3 罪数
最後に、罪数です。併合罪まで書いて、答案が完結します。こちらも止めて、確かめてください。
参照条文
- 刑法36条
- 刑法204条
- 刑法208条
- 刑法45条