危険の現実化②(介在事情型)の書き方
元従業員の甲が社長の乙を殴り、椅子を振り上げて迫ったため、乙が窓から隣の倉庫の屋根へ飛び移ろうとして転落死し、甲に突き飛ばされて踊り場で両膝を骨折し動けなくなった丙が、階段を駆け下りてきた丁に足を取られて転落死した事例で、介在事情がある場合の因果関係を答案に書き切る回。①条件関係を前提に②行為の危険性が結果へと現実化したといえるかという危険の現実化の規範を立て、挟まった人の種類ではなく決め手で書き方を選ぶ。乙は甲の行為が被害者の行為を誘発した間接実現型、丙は行為が作り出した危険な状況にありふれた介在事情が加わった危険状況設定型として、いずれも因果関係を肯定し傷害致死罪が2つ成立、両罪は併合罪となる。介在事情を地震に置き換えると3つの書き方のどれにも乗らず因果関係が否定されることも確かめる。
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事例
図:甲・乙・丙・丁の一夜の経過
今日は、1つの事件を最後まで書き切ります。舞台は、町工場が数軒入った2階建ての貸し工場棟です。2階が各社の事務所で、廊下の端に、共用の鉄骨の外階段があります。夜は、残業を終えた人がこの階段を使います。登場するのは4人です。元従業員の甲、事務所の社長の乙、乙の事務員の丙、そして同じ棟の別の会社で働く丁です。丁は、この事件とは何の関係もない人です。解雇をめぐって、乙を恨んでいました。ある夜の午後10時ごろ、甲は乙の事務所に押しかけます。解雇のことで乙に詰め寄り、顔面を拳で数回殴りました。乙は鼻の骨を折ります。止めに入った丙は、甲に事務所の外へ突き飛ばされました。丙は外階段の踊り場に倒れ、両膝を骨折して、立ち上がれなくなります。
この踊り場は狭くて、手すりが低く、階段はかなり急です。次に、甲は机の脇にあった金属製の椅子を、両手で振り上げました。「頭を割ってやる」と怒鳴りながら、乙に迫ります。出入口は甲の背後にあって、乙は近づけません。乙は恐怖のあまり、奥の窓を開けて、外の庇に出ました。そして、隣の倉庫の波板の屋根へ飛び移ろうとして、波板を踏み抜きます。約5メートル下の地面に転落し、頭を強く打って、まもなく亡くなりました。甲は、乙が落ちたのを見て、そのまま逃げ去ります。逃げようとして、落ちてしまったんです。そして数分後です。丁が、残業を終えて、携帯電話の画面を見ながら外階段を駆け下りてきました。踊り場に倒れていた丙の体に足を取られ、丙もろとも階段を転げ落ちます。丙は頭を強く打って、亡くなりました。
図:乙の場面:挟まったのは乙自身の行為
事件を、図で整理します。まず乙の場面です。甲は、乙を殴り、椅子を振り上げて迫りました。ところが、乙が亡くなった直接の原因は、乙自身が屋根へ飛び移ろうとした行為による転落です。甲の行為と死亡の間に、被害者自身の行為が挟まっています。
図:丙の場面:挟まったのは第三者丁の行為
次に、丙の場面です。甲は、丙を突き飛ばして両膝を骨折させました。丙の死亡の直接の原因は、丁が駆け下りてきて丙に足を取られ、一緒に転げ落ちたことです。ここには、第三者の行為が挟まっています。丁は、甲とは何のつながりもありません。図でも、甲と丁の間に線は引けません。問いは、これだけです。甲の罪責を論じなさい。2人の死亡を、甲に負わせられるのか。順番に確かめていきます。
答案の入口——人ごとに分けて、罪名と要件を順に
図:傷害致死罪の要件、乙と丙は人ごとに分けて検討する
答案は、人ごとに分けて書きます。亡くなったのは2人で、甲の行為もそれぞれ別だからです。順番は、乙、丙とします。乙は被害者自身の行為が挟まる場面で、丙は第三者の行為が挟まる場面です。挟まるものが違うので、分けて書くと見通しがよくなります。人が亡くなっていて、原因は甲の暴行です。たしかに甲は、金属の椅子を振り上げ、「頭を割ってやる」と怒鳴りました。ただ、椅子は振り下ろしていません。言葉と合わせても、脅して乙を追い詰めた、という評価にとどまります。実際に加えたのは、素手で殴ることと突き飛ばすことです。死ぬ危険の高い行為ではありません。殺すつもりまでは、この事例からは認められません。そこで、殺人罪ではなく、傷害致死罪を考えます。
条文刑法205条
刑法205条(傷害致死) 身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。
傷害致死罪は、殺すつもりは無くても、傷害の罪が、死という重い結果を生んでしまったときに、より重く処罰する犯罪です。成立要件は、条文どおりです。「身体を傷害し」と、「よって人を死亡させた」の2つです。条文を読めば出てくるので、覚えるものではありません。甲の暴行と死亡の間に、つながりがあることです。傷害を負わせた暴行があり、人が死亡した。その死亡が、その暴行によるものだといえること。この一語が、それを求めています。まず、乙です。甲は乙の顔面を拳で数回殴り、鼻の骨を折りました。身体を傷害しています。傷害の故意もあります。乙は亡くなっていますから、死亡の結果もあります。
ここは、答案でも短く済ませる場所です。争点は、「よって」だけです。
「よって」で止まる——乙の問題提起
図:条件関係はあるが、乙の死因は乙自身の転落
乙について、「よって」を確かめます。殴られ、脅されていなければ、乙は窓から外に出ませんでした。あれなければこれなし、という関係があります。これを条件関係といいます。条件関係があるなら、「よって」は満たされるんじゃないんですか。そうなりません。乙の死亡の直接の原因は、乙自身が屋根へ飛び移ろうとして、転落したことだからです。条件関係だけで足りるなら、この棟を建てた人がいなければ起きなかった、とまで遡れてしまいます。それでは、責任を負わせる範囲が広がりすぎます。結果を、その人の行為の責任として負わせてよいか。この線引きが、因果関係の問題です。答案では、要件を順に見ていく途中で、条文の言葉だけでは決められない所に出会います。そこで初めて、問題提起を書きます。今回の「よって」が、まさにそこです。条件関係はあるが、直接の原因は被害者自身の行為だ。だから因果関係が問題になる、という形で立ちます。
規範
図:条件関係を前提に、危険性が結果へ現実化したか
規範です。以前の回で立てた規範の、中心の部分を、そのまま使います。条文の「よって」の中身を決めるには、条文に書いていない基準が要ります。これが規範です。成立要件とは違って、解釈で立てるものです。
⭐ 論文で書く規範:因果関係の判断基準(危険の現実化) 因果関係は、実行行為に結果を帰責させることができるかという問題であるから、①条件関係を前提に、②行為の危険性が結果へと現実化したといえる場合に、因果関係が認められると解する。 (最決平15・7・16、最決平18・3・27、最決平16・2・17 ほか参照)
図:規範カード|危険の現実化による因果関係の判断
判例は、危険の現実化という定式を、一般論として言い切っていません。事件ごとの判断が積み重なっているだけです。この規範は、その集積から立てるものです。行為には、結果を生みやすい性質、つまり危険が含まれています。それを種にたとえます。結果が、その種から出た芽といえるか。これが現実化です。挟まった事情が、行為の危険とは別のものから結果を生んだのなら、現実化したとはいえません。逆に、挟まった事情も含めて、行為の危険の中で起きたといえるなら、現実化したといえます。その見極めが、あてはめの勝負どころです。次に、どう見極めるかを決めます。
型を選ぶ——挟まった人でなく、決め手で選ぶ
図:何が挟まったかの4つの型と、どう書くかの3つの型
型を選ぶ前に、仕分けを1回だけ整理します。型という言葉が、2通りに使われるからです。1つ目は、何が挟まったか、の仕分けです。行為と結果の間に挟まった事情を、介在事情といいます。被害者の特異体質・隠れた病変、被害者の行為、行為者の事後行為、第三者の行為。以前の回で見た、4つの型です。2つ目は、答案にどう書くか、の仕分けです。直接実現型、間接実現型、危険状況設定型。以前の回で名前だけ出た、3つの型で、書き方の名前です。ひとことで言うと、直接実現型は、行為者の傷害がそのまま死因になった場合です。間接実現型は、行為が呼び込んだ行動を通して死に至った場合です。危険状況設定型は、行為が作った、軽い出来事でも死ぬ状態に、ありふれた出来事が加わった場合です。
被害者の行為が挟まったら、書き方もこれ、と決まるんですか。決まりません。表を見てください。被害者の行為が挟まった事案でも、治療の指示に従わなかった事案は、直接実現型です。逃げる途中で高速道路に入った事案は、間接実現型です。第三者の行為でも同じです。死因をすでに行為者が作っていた大阪南港の事案は、直接実現型です。停車中の車に追突された事案は、危険状況設定型です。以前の回で見た、2つの決め手です。4つの型は、どこを見るかの、道しるべです。3つの型は、何を書くかの名前です。書き方を選ぶのは、決め手です。行為者の事後行為が挟まる場面も、同じ決め手で選べます。今日は、被害者と第三者の場面で見ていきます。
図:決め手の順に、書き方を選ぶ流れ
選び方の流れを、図にしました。先に、1つ思い出してください。以前の回で、傷害が死因になっているなら、あとから別の事情が挟まっても、因果関係は肯定されました。それは、なぜでしたか?傷害が死因なら、あとから挟まった事情は、結果の形を少し動かしたにすぎません。それこそ、1つ目の決め手の使い方です。1つ目の決め手は、死因を形成したのは誰の行為か、です。死亡に直接つながる原因を作ったのは誰か、ということです。死因を形成したのが行為者の傷害なら、介在事情があっても、直接実現型です。介在事情は無視できます。ここで終わります。死因を形成したのが介在事情のほうなら、2つ目の決め手に進みます。その介在事情を経由する危険性が、行為に含まれていたか、です。
言い方が2通りあります。1つ目は、行為が、介在した行動を呼び込んだ場合です。相手の行為に追い込まれて取った行動なら、行為が誘発した、といえます。行為がその行動を生んだのですから、その行動の危険も、行為の危険の一部です。これが間接実現型です。2つ目は、呼び込んではいないが、行為が条件を整えた場合です。軽い出来事でも死んでしまう状態に置いた。そして、その軽い出来事が、ありふれていて、十分あり得る。以前の回で、しばしば起きることか、と問うたのと同じ問いです。それなら、結果を決めたのは、行為が作った状態のほうです。これが危険状況設定型です。どちらの言い方も成り立たなければ、因果関係は否定されます。このあと、誘発で受ける、ありふれで受ける、と言います。どちらかの言い方で、介在事情を、行為の危険の中に収める、という意味です。
迷いそうです。決めるための目安はありますか。3つあります。1つ目は寄与度です。介在事情が、死亡にどれだけ効いたかを見ます。傷害がそれだけで命を奪うほど重いなら、介在事情の寄与度は小さくなります。以前の回でも使った、1つ目の決め手を読むための物差しです。2つ目は、介在の異常性です。介在が普通の出来事なら、ありふれで受けられます。異常なほど、ありふれでは受けられません。そのときは、行為が呼び込んだといえるか、誘発を見ることになります。3つ目は、実行行為との結びつきです。呼び込んだのか。条件を整えただけなのか。この結びつきが、2つの言い方を分けます。
図:治療拒否事件:傷害がそれ自体死因になり得る場合
1つ目の決め手が働く例を、判例で確かめます。
判例最決平16・2・17 刑集58巻2号169頁
治療拒否事件(被害者の行為が挟まっても直接実現型に乗る例) 以上のような事実関係等によれば,被告人らの行為により被害者の受けた前記の傷害は,それ自体死亡の結果をもたらし得る身体の損傷であって,仮に被害者の死亡の結果発生までの間に,上記のように被害者が医師の指示に従わず安静に努めなかったために治療の効果が上がらなかったという事情が介在していたとしても,被告人らの暴行による傷害と被害者の死亡との間には因果関係があるというべきであり,本件において傷害致死罪の成立を認めた原判断は,正当である。
被害者の行為が挟まっています。それでも、傷害が、それ自体死亡の結果をもたらし得るものでした。死因を形成したのは行為者の傷害です。だから、ここで因果関係は肯定されます。乙も、被害者自身の行為が挟まっていますよね。同じ書き方になりますか。なりません。乙の死因は、鼻の骨折ではありません。転落です。丙の死因も、両膝の骨折ではなく、転落したときに頭を強く打ったことです。どちらも、死因を形成したのは介在事情のほうです。1つ目の決め手では終わらずに、2つ目の決め手に進みます。
あてはめ——乙の死亡(間接実現型)
図:乙:死因を形成したのは誰か、介在した行動を呼び込んだか
乙の場面から、書き方を選びます。1つ目の決め手です。乙の死因を形成したのは、誰の行為でしょうか。乙自身が窓から飛び移ろうとして、転落したことです。鼻の骨折では、亡くなっていません。死因を形成したのは、乙自身の行為です。1つ目では終わらず、2つ目に進みます。2つ目の決め手は、飛び移りを経由する危険性が、甲の行為に含まれていたか、です。飛び移りを、甲が呼び込んだといえるかを見ます。命じたかどうかは、関係ありません。殴られ、脅され、追い込まれた中で取った行動かどうかを見ます。追い込まれて取った行動なら、行為が誘発した、といえます。
ありふれでは書けません。2階の窓から隣の屋根へ飛び移るのは、ありふれた出来事ではないからです。介在した行動が異常なときは、ありふれでは受けられません。誘発で受けます。ですから乙は、間接実現型で書きます。
図:逃走中の被害者の行為が挟まった例
間接実現型の言い回しを、判例で確かめます。
判例最決平15・7・16 刑集57巻7号950頁
高速道路侵入事件(逃走中の被害者の行為が挟まっても肯定された例) 以上の事実関係の下においては,被害者が逃走しようとして高速道路に進入したことは,それ自体極めて危険な行為であるというほかないが,被害者は,被告人らから長時間激しくかつ執ような暴行を受け,被告人らに対し極度の恐怖感を抱き,必死に逃走を図る過程で,とっさにそのような行動を選択したものと認められ,その行動が,被告人らの暴行から逃れる方法として,著しく不自然,不相当であったとはいえない。そうすると,被害者が高速道路に進入して死亡したのは,被告人らの暴行に起因するものと評価することができるから,被告人らの暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定した原判決は,正当として是認することができる。
見るのは、3か所です。1つ目は、「それ自体極めて危険な行為であるというほかない」。介在した行動の危険を、先に認めています。2つ目は、「著しく不自然、不相当であったとはいえない」。暴行から逃れる方法として、そこまで不自然ではない、という評価です。3つ目は、「暴行に起因する」。そう評価できれば、死亡は暴行の結果といえます。危険な行動だと認めたのに、結論は肯定なんです。そこが、間接実現型の特徴です。危険だと認めたうえで、それでも行為に誘発されたと言います。この順番を、乙に使います。
図:乙の場面で拾う事実
事実を拾います。乙は、顔面を数回殴られ、鼻の骨を折りました。出入口は甲の背後にあって、近づけません。近づけば、金属製の椅子で殴られます。甲は、椅子を振り上げて、「頭を割ってやる」と怒鳴りながら迫りました。窓以外に、逃げ道はありません。窓の外は庇です。隣の倉庫の波板の屋根へ飛び移るのは、約5メートルの高さで、足場も不安定でした。そして乙は、まもなく転落しました。
図:評価ア:飛び移りは、それ自体極めて危険
評価します。まず、飛び移りそれ自体の危険を、認めます。約5メートルの高さで、足場は踏み抜く波板です。落ちれば、大けがをするか、死ぬ危険が高い。それ自体、極めて危険な行為です。ここで、1つ止まって考えてください。飛び移りそれ自体は、これほど危険です。それでも因果関係を否定しないで済むのは、何を確かめられたからでしょうか?ほかに逃げ道がなかった、ということでしょうか。それが1つ目です。もう1つ、その選び方がとっさのものだったことがあります。この2つを、次の評価で使います。
図:評価イ:逃げ場のなさから、暴行に誘発された行動
評価のイです。殴られ、出入口を塞がれ、椅子を振り上げられました。ほかに逃げ道がありません。そこで、極度の恐怖から、とっさに窓を選んだものです。暴行や脅迫から逃れる方法として、著しく不自然、不相当とはいえません。甲の暴行に誘発された行動です。判例の事案では、長く激しい暴行が続いていました。ただ、長さそのものが要件なのではありません。判例は、極度の恐怖から、とっさにその行動を選んだ事情として、暴行を挙げています。とはいえ、短い時間だったことは、反論の材料にはなります。そこで、乙の事情で補います。乙は、椅子を振り上げられ、出入口を塞がれて、窓のほかに逃げ道がありませんでした。この事情があれば、短い間でも、成り立ちます。
図:乙:含まれていた危険が、死亡に現実化
要件に当てます。乙が、暴行から逃れる過程で転落して死亡する。この危険は、甲の暴行の中に含まれていました。種の中にあった危険が、乙の死亡という芽になって出ています。危険が現実化したといえます。因果関係は、認められます。異常な介在は、無視して書くのではなく、認めたうえで受ける。それが間接実現型の運びです。
あてはめ——丙の死亡(危険状況設定型)
図:条件関係はあるが、丙の死因は丁の足の接触による転落
次は、丙です。丙も、まず要件を短く確かめます。甲は丙を突き飛ばして、両膝を骨折させました。身体を傷害しています。突き飛ばす暴行の故意もあります。丙は亡くなりました。そして、突き飛ばされなければ、丙は踊り場に倒れておらず、転げ落ちることもありませんでした。条件関係はあります。違うのは、そのあとです。丙の死因は、丁が駆け下りて丙に足を取られ、一緒に転げ落ちたことです。甲の傷害ではなく、第三者である丁の行為が挟まっています。そこで、因果関係が問題になります。規範は、さきほどのとおりです。次は、書き方を選びます。
図:丙:死因を形成したのは誰か、介在した行為を呼び込んだか
1つ目の決め手です。丙の死因を形成したのは、誰の行為でしょうか。転落して頭を強く打ったことが死因です。そのきっかけは、丁の行為です。両膝の骨折では、亡くなっていません。寄与度で見ても同じです。両膝の骨折は、丙を立てなくしただけで、命を奪うほどのものではありません。死に効いたのは、転落のほうです。1つ目では終わらず、2つ目に進みます。丁の行為を経由する危険性が、甲の行為に含まれていたかを見ます。まず、丁の行為を、甲が呼び込んだかどうかです。丁の行為は、甲の暴行と何のつながりもありません。ですから、誘発とはいえません。間接実現型では、書けません。そこで、見方を変えます。甲の暴行は、丙を、軽い出来事でも死んでしまう状態に置いたといえないか。そして、その軽い出来事は、ありふれているか。この2つがそろえば、危険状況設定型で書けます。
図:第三者の過失行為が挟まった例
危険状況設定型の言い回しを、判例で確かめます。
判例最決平18・3・27 刑集60巻3号382頁
トランク監禁事件(第三者の過失行為が挟まっても肯定された例) 以上の事実関係の下においては,被害者の死亡原因が直接的には追突事故を起こした第三者の甚だしい過失行為にあるとしても,道路上で停車中の普通乗用自動車後部のトランク内に被害者を監禁した本件監禁行為と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができる。
判旨は、死亡原因が直接的には第三者の甚だしい過失行為にある、と認めています。そのうえで、なお因果関係を肯定しています。決め手に当てて読むと、こうなります。トランクは、人が乗るための場所ではありません。追突されれば、中の人は身を守れず、命を落としかねない状態に置かれています。そして、道路上で止まっている車に、後ろから車がぶつかることは、十分あり得ます。だから、実際の追突が甚だしい過失によるものでも、受け流して、肯定できます。この言い回しを、丙で使います。ここで、書き方のコツがあります。実際に起きたのは、丁が携帯の画面を見ながら駆け下りた、という重い不注意です。これを真正面から「ありふれている」と書くのは、難しい。そこで、評価は、一段軽くした出来事で行います。通りかかった人の足が、軽く触れた。そのくらいの出来事なら、ありふれているか。こう置き換えて見ます。
評価するのは、実際の丁の行為の重さではなく、甲が作った状態の危うさだからです。軽く足が触れる程度でも死ぬ状態だったと言えれば、実際の接触がそれより重くても、結果はその状態から出たといえます。ですから、ありふれかどうかを問うのも、軽い出来事のほうです。重い実際は、最後に受け流します。
図:丙の場面で拾う事実
事実を拾います。踊り場は狭く、手すりが低く、階段は急な鉄骨製です。丙は両膝を骨折して、立てません。踏ん張ることもできません。倒れた位置は、階段の最上段のすぐ脇です。この階段は共用で、夜も、残業の人が出入りします。そして丁は、携帯の画面を見ながら駆け下りて、足を取られました。
図:丙:軽い出来事でも死ぬ状態、ありふれ、受け流し
評価の1つ目です。甲の暴行によって、丙は、足が軽く触れただけでも階段を転げ落ちて、死亡しうる状態に置かれました。狭くて、手すりが低くて、階段が急です。しかも丙は、立てず、踏ん張れず、倒れた位置は最上段のすぐ脇です。立てる人なら踏みとどまれる程度の接触でも、丙は落ちてしまいます。評価の2つ目です。夜も残業の人が出入りする共用階段で、人が通りかかって足が触れることは、十分あり得ます。ありふれた出来事です。状態を作っただけでは、足りないんですか。足りません。たまたま起きた異常な出来事で亡くなったのなら、甲の作った危険が出たとはいえないからです。ありふれた出来事だからこそ、その状態に置かれた丙に結果が出たといえます。この2つ目を落とすと、成り立ちません。評価の3つ目です。丁には、携帯の画面を見ながら駆け下りたという、大きな不注意がありました。しかし、それがあっても、甲の暴行が作り出した危険が、丙の死亡に現実化したといえます。受け流します。
図:丙:作り出した危険が、死亡に現実化
要件に当てます。甲の暴行が作り出した危険が、丙の死亡に現実化しました。因果関係は、認められます。ここまでの2人を、並べます。
図:乙と丙の対比:書き方を分けたもの
死因を形成したのは、どちらも介在した側です。寄与度も、どちらも介在側が大きい。ここまでは同じです。分かれるのは、2つです。介在の異常性と、実行行為との結びつきです。乙の飛び移りは異常な介在でしたが、甲が追い込んで呼び込んだものでした。だから、誘発で受けます。丙の場面は、甲が呼び込んだものではありませんが、人が通りかかって足が触れるという、普通の出来事でも死ぬ状態でした。だから、ありふれで受けます。丁自身が罪に問われるかどうかは、別の問題です。甲の罪責の判断に、持ち込む必要はありません。
否定に転ぶ条件——設例を1か所だけ変える
図:丙の転落のきっかけが、地震の揺れだったら
否定に転ぶ条件も、見ておきます。丙の場面で、1か所だけ変えます。丙が転げ落ちたきっかけが、丁の通行ではなかったとします。その夜、たまたま起きた震度6強の地震の揺れで、丙は転げ落ちて亡くなった、という場合です。結論は、変わりますか。変わります。同じ順番で、決め手を見ます。1つ目の決め手です。死因を形成したのは、自然現象です。行為者の傷害ではありません。直接実現型には、乗りません。2つ目の決め手です。地震は、甲が呼び込んだものではありません。誘発とはいえません。間接実現型にも、乗りません。最後です。地震は、軽い出来事でしょうか。ありふれた出来事でしょうか。
震度6強の地震は、ふつう、いつも起きることではないです。軽くもなければ、ありふれてもいません。危険状況設定型にも、乗りません。
図:3つの書き方のどれにも乗らなければ、因果関係は否定
3つの書き方のどれにも乗りません。因果関係は、否定されます。すると、甲に傷害致死罪は成立しません。丙に両膝骨折の傷害を負わせた点だけが残ります。傷害罪です。
条文刑法204条
刑法204条(傷害) 人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
ここから分かるとおり、危険状況設定型で効いているのは、ありふれです。状態を作っただけでは、足りません。3つの書き方が、すべて外れる必要があります。1つでも乗れば、肯定です。ただし、今日の事件の丙は、地震ではなく、丁の通行でした。ですから、結論は肯定のままです。
結論——罪責と罪数
図:乙と丙、それぞれに傷害致死罪、両罪は併合罪
結論です。乙については、因果関係が認められ、甲に傷害致死罪が成立します。丙についても、因果関係が認められ、傷害致死罪が成立します。書き方は違っても、結論はどちらも肯定でした。2つの罪の関係は、こう考えます。被害者も行為も別です。乙は殴った行為、丙は突き飛ばした行為で、1つの行為で2人を死なせたのではありません。別々の行為で成立した2つの罪は、確定裁判を経ていない限り、まとめて併合罪として扱います。刑法45条前段です。結論は、何罪が成立し、どういう関係に立つか、まで言い切ります。
まとめ
図:規範カード|危険の現実化による因果関係の判断
最後に、規範カードに戻ります。問題提起、規範、あてはめ。今日書いた答案の骨組みが、このカードの上から下へ並んでいます。規範は、1つです。書き方を分けたのは、2つの決め手でした。
図:完成答案:第1 乙に対する罪責
こちらが完成答案です。乙について、問題の所在から結論までを書いています。動画を止めて、見てみてください。
図:完成答案:第2 丙に対する罪責、第3 罪数
続きの、丙の罪責と、罪数です。丙のあてはめが、危険状況設定型の3文で書かれています。こちらも止めて、確かめてください。
参照条文
- 刑法205条
- 刑法204条