危険の現実化③(被害者の素因)の書き方
隣人の背中を拳で2回殴った甲について、乙が誰も知らなかった脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血で死亡した事例で、傷害致死罪(205条)の「よって」を答案に書き切る回。規範は危険の現実化のまま変わらず、動脈瘤は行為の後の出来事ではないので直接実現型で書く。あてはめは3文=1文目で行為時に客観的に存在した素因を判断の前提に入れ(最判昭46・6・17=行為者が知らず予見できなくても因果関係を認める余地がある)、2文目で素因込みの危険を実際の死因と同じ「くも膜下出血を生じさせる危険」として書き、3文目で危険が素因とあいまって現実化したと結ぶ。素因を外すと2文目が書けなくなることを対比で確かめる。
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ゼロから刑法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
事例
図:甲と乙の一夜の経過
今日は、1つの事件を最後まで書き切ります。舞台は、古いアパートの2階です。登場するのは2人。会社員の甲は35歳で、隣の部屋に住む乙は58歳の男性です。ある夜の9時ごろ、共用廊下で、騒音をめぐって2人が言い争いになりました。腹を立てた甲は、乙の背後から、背中を拳で2回、強く殴ります。乙は、背中に打撲を負いました。全治約10日の傷です。ところが乙は、前かがみになって「頭が……」と言い、その場に崩れ落ちて、意識を失いました。救急車が着く前に、亡くなっています。解剖の結果、死因はくも膜下出血でした。
図:乙の体の中にあった、誰も知らない動脈瘤
図で整理します。乙の脳には、以前から、未破裂の脳動脈瘤がありました。血管の一部が瘤のようにふくらんで、壁が薄くなったものです。これが破裂していました。この動脈瘤を、乙本人も、家族も、かかりつけの医師も、知りませんでした。甲も、もちろん知りません。図でも、甲と動脈瘤の間に線は引けません。甲が作ったものではないからです。背中を拳で殴られた程度でも、痛みと興奮で血圧が急に上がり、動脈瘤が破裂しうる状態だった、とされました。この暴行がなければ、そのとき破裂して乙が死亡することはなかった、とも言っています。一方で、動脈瘤のない人が同じ暴行を受けても、背中の打撲にとどまります。死亡することは、まず考えられません。問いは、これだけです。甲の罪責を論じなさい。順番に確かめていきます。
答案の入口——罪名と要件を順に
図:傷害致死罪の要件、争点は「よって」だけ
人が亡くなっていて、原因は甲の暴行です。ただ、甲が加えたのは、素手で背中を拳で2回殴ることだけです。殺すつもりまでは、この事例から認められません。そこで、殺人罪ではなく、傷害致死罪を考えます。
条文刑法205条
刑法205条(傷害致死)
身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。
成立要件は、条文どおりです。「身体を傷害し」と、「よって人を死亡させた」の2つです。条文を読めば出てくるので、覚えるものではありません。甲は、乙の背中に打撲を負わせています。暴行の故意もあります。身体を傷害したといえます。乙は亡くなっていますから、死亡の結果もあります。ここは、答案でも短く済ませる場所です。争点は、「よって」だけです。
「よって」で止まる——問題提起
図:条件関係はあるが、乙の死亡には素因が影響している
「よって」を確かめます。甲に殴られなければ、そのとき動脈瘤は破裂せず、乙は亡くなりませんでした。あれなければこれなし、という関係があります。これが条件関係です。条件関係があるなら、「よって」は満たされるんじゃないんですか。そうなりません。条件関係は、出発点にすぎません。あれなければこれなし、だけで決めると、どれほど偶然が重なった結果でも、きっかけを作った人が全部を負うことになるからです。今回、死亡に大きく効いているのは、乙が行為の前から持っていた動脈瘤です。前の回で見た、被害者の特異体質・隠れた病変の型です。答案では、これを素因と書きます。行為の時点で、被害者がすでに持っていた身体の弱さのことです。動脈瘤がなければ、同じ暴行でも打撲で済んでいます。この死亡を、そっくり甲の行為の責任として負わせてよいのか。この線引きが、因果関係の問題です。答案では、要件を順に見ていく途中で、条文の言葉だけでは決められない所に出会います。そこで初めて、問題提起を書きます。今回は、条件関係はあるが、死亡には被害者の素因が影響している、という形で立ちます。
規範
⭐ 論文で書く規範:因果関係の判断基準(危険の現実化)
因果関係は、結果を実行行為に帰責してよいかを決めるものである。そこで、①条件関係を前提に、②行為の危険性が結果へと現実化したと評価できるときに、因果関係を肯定すべきと解する。
(最判昭46・6・17、最決平16・2・17 ほか参照)
図:規範カード|危険の現実化による因果関係の判断
規範です。以前の回と同じく、危険の現実化で判断します。条文の「よって」の中身を決めるには、条文に書いていない基準が要ります。これが規範です。成立要件とは違って、解釈で立てるものです。中身は、行為がもともと持っていた危険が、実際の結果となって出てきたか、です。さっきの、条件関係だけでは広すぎる、という問題への答えです。乙で言えば、甲の暴行の危険が、乙の死亡として出たと言えるか、を見ます。素因があるときは、別の規範になるんですか。なりません。規範は同じです。変わるのは、あてはめの書き方です。次に、その書き方を選びます。
書き方を選ぶ——動脈瘤は行為の後の出来事ではない
図:死亡に効いた事情は、行為の前か後か
書き方は、2つの決め手で選びます。以前の回で見た、2つです。1つ目は、死因を形成したのは誰の行為か。ここで、行為者の行為が死因を作ったと言えれば、直接実現型に決まります。2つ目は、行為の後に挟まった出来事、つまり介在事情が死因を作ったときにだけ問います。その介在事情を経由する危険性が、行為に含まれていたか、です。乙の場合を見ます。行為の後に起きた出来事は、ありません。死亡に効いたもう1つの事情は、行為の時点で、すでに乙の体にあった動脈瘤です。だから、行為の後に介在事情はありません。1つ目の決め手で見ると、死因の破裂を起こしたのは、甲の暴行です。間に、他の誰の行為も入っていません。2つ目の決め手は、問う必要がありません。こうして選ぶ書き方が、直接実現型です。前の回では、行為者の傷害がそのまま死因になった場合、と言いました。今回も、死因の破裂を起こしたのは甲の暴行そのもので、間に何も挟まりません。だから同じ型で、行為の危険がそのまま出る書き方です。判断の前提に入れるのは、行為の時点で存在した事情だけです。行為の後に起きた出来事も、判断の材料から外すわけではありません。前の回で見た、別の書き方で評価します。行為が呼び込んだ行動を通して死に至れば、間接実現型。行為が作った、軽い出来事でも死ぬ状態に、ありふれた出来事が加われば、危険状況設定型です。乙の動脈瘤は、行為が呼び込んだ行動でも、甲が作った状態でもないので、どちらにも当たりません。
あてはめ——3文で書く
図:あてはめは3文、2文目が山場
あてはめは、3文で書きます。1文目で、素因を判断の前提に入れます。2文目で、その前提で見た行為の危険を、実際の死因と同じものとして書きます。3文目で、現に死因が一致したことから、危険が素因とあいまって現実化したと言います。山場は、2文目です。ただ、その前に、1文目の根拠を、判例で確認します。
図:老女布団蒸し事件:被害者に行為者の知らない病変があった
この判例は、以前の回の、4つの型の表で、被害者の特異体質・隠れた病変の型の代表として載っていたものです。事実のどこを拾うかと、1文目の根拠を確かめるために使います。
判例最判昭46・6・17 刑集25巻4号567頁
老女布団蒸し事件(被害者に行為者の知らない病変があっても致死の罪の成立を妨げない例)
致死の原因たる暴行は、必らずしもそれが死亡の唯一の原因または直接の原因であることを要するものではなく、たまたま被害者の身体に高度の病変があつたため、これとあいまつて死亡の結果を生じた場合であつても、右暴行による致死の罪の成立を妨げないと解すべき……たとい、原判示のように、被告人の本件暴行が、被害者の重篤な心臓疾患という特殊の事情さえなかつたならば致死の結果を生じなかつたであろうと認められ、しかも、被告人が行為当時その特殊事情のあることを知らず、また、致死の結果を予見することもできなかつたものとしても、その暴行がその特殊事情とあいまつて致死の結果を生ぜしめたものと認められる以上、その暴行と致死の結果との間に因果関係を認める余地があるといわなければならない。
見るのは、2か所です。1つ目は、「高度の病変があつたため、これとあいまつて死亡の結果を生じた場合であつても、致死の罪の成立を妨げない」。被害者の病変と暴行が重なって死亡したときでも、致死の罪は成立します。2つ目は、「その特殊事情のあることを知らず、また、致死の結果を予見することもできなかつた」としても、「因果関係を認める余地がある」。行為者が知らなくても、予見できなくても、暴行が特殊の事情とあいまって結果を生じさせた以上、因果関係は認められうる、という判断です。ここは、行為者が悪かったかどうかの話ではありません。結果を、その行為に結びつけられるかという、因果関係の話です。行為者が知っていたかどうかは、その結びつきを切りません。この判断を、乙に使います。
図:1文目:素因を判断の前提に入れる
1文目です。ここで1つ、思い出してください。以前の回で、行為の時点で存在した事情は、行為者が知らなくても、危険の判断の材料に入りました。それは、なぜでしたか?以前の回で見たとおり、判例は、結果を前もって予測するのではなく、行為が結果にどれだけ効いたかを測ります。測るのなら、誰が知っていたかは関係ありません。たとえば、氷の薄い池があるとします。氷が薄いことを、歩く人も見ている人も知らなくても、「ここを歩くと割れる」という危険は、歩く前から池にあります。危険は、その時点で実際にあった事情で決まります。誰が知っていたかでは決まりません。まず、事実を拾います。乙の脳には、行為の前から動脈瘤がありました。解剖で確認されています。乙も家族も医師も、そして甲も、これを知りませんでした。甲の暴行は、背中を拳で2回です。次に、評価します。動脈瘤は、暴行の時点で、客観的に存在していました。客観的に存在していた、というのは、その時点で実際にあった、ということです。そして要件に当てます。一般人が気づけなくても、甲が現に知らなくても、甲の暴行の危険は、この動脈瘤を前提にして判断します。一般人と甲の両方を打ち消して書くのは、この判例の原審が、普通の人や行為者に分かった事情だけで見て因果関係を否定し、最高裁がそれを破棄したからです。
判断の基礎に含める、と書いてもかまいません。ただし、前提にするのは、行為の時点で存在した事情だけです。この1文目を落とすと、次の2文目が書けなくなります。それは、あとで確かめます。
図:2文目:書く危険は、実際の死因と同じもの
2文目に入ります。ここが、この答案の山場です。実際の死因は、くも膜下出血です。では、2文目に書く危険は、「背中に傷害を負わせる危険」と、「くも膜下出血を生じさせる危険」の、どちらでしょうか?
図:2文目:落とし穴は、危険を死因とずらすこと
殴った場所に合わせると、ずれます。答えは、「くも膜下出血を生じさせる危険」です。背中に傷害を負わせる危険、あるいは頭部に傷害を負わせる危険、と書いてしまう人が多いのですが、それでは、実際の死因とのつなぎ目がなくなります。3文目で言いたいのは、危険が現に出た、ということです。出てきた結果が、くも膜下出血です。ですから、2文目の危険も、くも膜下出血でなければ、3文目で結べません。事実を拾います。動脈瘤をもつ乙の背中を、拳で2回、強く殴りました。鑑定では、この程度の暴行でも、血圧が急に上がり、動脈瘤が破裂しうる状態でした。そして、実際の死因は、くも膜下出血です。
軽い暴行ですが、ここは弱みになりません。動脈瘤のない人なら、打撲で済みます。ですが、動脈瘤をもつ乙には、同じ暴行が、破裂の引き金になります。素因が無ければ死なない程度の暴行でも、素因込みで見れば危険がある。これが、この書き方の中身です。要件に当てます。素因を前提にした甲の暴行は、くも膜下出血を生じさせる危険を有する。そうなる恐れを持っている、ということです。2文目の完成です。
図:3文目:危険が素因とあいまって現実化
3文目です。事実を拾います。乙は、殴られた直後に前かがみになって崩れ落ち、意識を失いました。解剖で、動脈瘤の破裂によるくも膜下出血と確認されています。評価します。実際の死因は、2文目に書いた危険と、同じです。しかも、行為の後に挟まった出来事は、ありません。暴行が素因に働いて、その危険がそのまま出ました。要件に当てます。甲の暴行の危険が、動脈瘤とあいまって、乙の死亡に現実化したといえます。あいまって、というのは、重なって、ということです。3文を通して、1文目が土台、2文目が山場、3文目が結びです。
対比——素因を外して見たらどうなるか
図:素因を前提に見る場合と、外して見る場合
書き落としの確認を、1つだけします。同じ暴行を、動脈瘤のない人に加えたとして見てみます。背中の打撲にとどまります。くも膜下出血の危険は、出てきません。すると、2文目に「くも膜下出血を生じさせる危険」と書く根拠が、無くなります。結論を分けているのは、1文目です。素因を判断の前提に入れて、はじめて2文目が書けます。落とし穴は、2つです。1つ目は、1文目を書かないこと。2つ目は、2文目の危険を、死因とずらして書くことです。どちらも、3文のつながりが切れます。
結論——罪責
図:因果関係あり、甲に傷害致死罪が成立
結論です。甲の暴行と乙の死亡との間に、因果関係が認められます。甲に、傷害致死罪が成立します。傷害致死罪は、結果的加重犯です。基本の犯罪の故意で、重い結果まで責任を負う犯罪、という意味です。甲は、暴行の故意で乙に傷害を負わせています。ですから、死亡の結果の認識は要りません。甲が動脈瘤を知らず、死ぬとも思っていなくても、結論は同じです。被害者は乙1人で、行為も1個です。罪数は、単一です。結論は、何罪が成立するかまで言い切ります。
まとめ
図:規範カード|危険の現実化による因果関係の判断
最後に、規範カードに戻ります。規範は同じです。素因の場面で変わるのは、あてはめの3文でした。
図:完成答案:第1 甲の罪責、1 問題の所在、2 規範
こちらが完成答案です。1枚目は、問題の所在と、規範までです。
図:完成答案:3 あてはめ、4 結論
続きの、あてはめと結論です。素因の3文が、(1)から(3)に並んでいます。
参照条文
- 刑法205条