共同正犯と正当防衛(前編)
殺人の故意のある甲が背後から指示し、傷害の故意しかない乙がVの攻撃に反撃して死亡させた事例で、答案を乙→甲の順に書く実演回(前編)。乙は傷害致死罪の構成要件に該当するが正当防衛が成立すると確定させ、甲については共謀共同正犯を認定したうえで共同正犯内の錯誤を問題提起し、構成要件が実質的に重なり合う限度で軽い罪の共同正犯とする規範から「傷害致死罪の限度で共同正犯の構成要件に該当する」まで進める。甲自身の正当防衛は後編で扱う。
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事例
図:甲・乙とVの経緯
甲は、共同経営していた店舗の清算をめぐってVと深刻に対立し、Vを深く恨んでいました。甲は、ひそかにVを殺害しようと決意します。一方でVは、別の金銭トラブルから乙に激しい怒りを募らせていて、近く実力行使に出るおそれがありました。甲は、これを予期していました。甲は、Vが乙に襲いかかれば、乙の反撃でVが死ぬかもしれない、それなら好都合だと考えました。そこで甲は、乙に特殊警棒を手渡し、「Vが手を出してきたら、これで痛い目にあわせてやれ」と指示します。乙もこれを承知しました。甲は、Vと接触することが見込まれる資材置き場へ乙を向かわせ、自分は現場に行かず自宅にとどまりました。
乙は、自分からVに攻撃を仕掛けるつもりはありませんでした。乙が資材置き場に着くと、待ち構えていたVが、手にした角材でいきなり殴りかかってきます。乙は、Vの攻撃を防ぐためとっさに警棒を取り出し、Vにけがをさせてもやむを得ないと思いながら、角材を振り上げたVの腕めがけて警棒を一回振り下ろしました。警棒はVの腕に当たり、Vはよろめいて後方に倒れ、その拍子に後頭部をコンクリートの地面に強く打ちつけました。Vは、この頭部の傷害により死亡します。乙が加えた打撃は、Vの攻撃を止めるための一度限りのもので、それ以上の追撃はありません。
甲には殺人の故意、乙には傷害の故意しかありません。今日の問いは、これだけです。甲と乙の罪責は。
検討の順番
図:乙から検討し、次に甲を検討する
甲と乙、どちらから検討するかを、まず決めます。今日は、乙から検討します。甲の罪責では、最後に、実行した乙に正当防衛が成立するなら、背後にいた甲にも正当防衛が成立するのか、という問いが出てきます。乙の正当防衛の結論が決まっていないと、この問い自体が立ちません。その甲自身の正当防衛は、別の回で扱います。今日は、乙の罪責を固めたうえで、甲が何罪の限度で共同正犯になるかまでを見ます。
第1 乙の罪責——構成要件該当性
図:乙の行為は傷害致死罪の構成要件に該当する
乙の罪責から検討します。乙が、Vに警棒で打撃を加え、これによりVが転倒して死亡した行為は、傷害致死罪の構成要件に該当します。
条文刑法205条
刑法205条(傷害致死) 身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。
これが205条です。打撃を受けたVがよろめいて転倒し、後頭部を強打して死亡した経過は、乙の暴行がもたらした危険が現実化したものといえます。因果関係も認められます。ここは、あっさりで良いんですか。ここは深追いせず、一言で済ませます。問題は、ここからです。乙は、Vがいきなり角材で殴りかかってきたために、この行為をしています。そこで、乙の行為に正当防衛が成立し、違法性が阻却されないかが問題となります。
条文刑法36条1項
刑法36条1項(正当防衛) 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
これが36条1項です。急迫不正の侵害、防衛の意思、やむを得ずにした行為、この3つの要件は、正当防衛の回ですでに定義しています。今日は、事実を当てるところだけ行います。
乙の罪責——正当防衛のあてはめ
図:乙の反撃を3要件に当てる
①急迫不正の侵害です。Vがいきなり角材で殴りかかってきています。乙の身体に対する現に存在する違法な侵害ですから、急迫不正の侵害にあたります。①は、すんなり認められます。②防衛の意思です。乙は自分から攻撃を仕掛けるつもりはなく、Vの攻撃を防ぐためとっさに警棒を取り出して反撃しています。防衛の意思も認められます。③やむを得ずにした行為、つまり必要最小限度です。乙は、角材を振り上げたVの腕をめがけて警棒を一回振り下ろしたにとどまり、それ以上の追撃はしていません。Vが死亡したのは、警棒による直接の打撃ではなく、よろめいて転倒し後頭部を地面に打ちつけたという、結果的な経過によるものです。乙の反撃行為そのものは、凶器を用いた攻撃に対して腕を狙った一度限りのものにとどまっており、防衛手段として必要最小限度の範囲内といえます。
よって乙の行為には正当防衛が成立し、違法性が阻却されます。乙は、傷害致死罪の罪責を負いません。なお、乙はみずから実行行為の全部を行っているので、共同正犯の規定を使わなくても、単独で傷害致死罪の構成要件に該当します。しかも正当防衛で違法性が阻却され、結論も変わりません。ですから、乙の項では60条を論じません。
第2 甲の罪責——共謀共同正犯の認定
図:甲の共謀共同正犯を3要件で認定する
次に、甲の罪責です。まず、甲が共謀共同正犯の要件を満たすか、確認します。
条文刑法60条
刑法60条(共同正犯) 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
これが60条です。共謀共同正犯の要件は、共謀、共謀に基づく実行行為、正犯意思、この3つでした。①共謀です。甲は乙に対し、特殊警棒を手渡して「Vが手を出してきたら、これで痛い目にあわせてやれ」と指示し、乙もこれを承知しています。Vが攻撃してきた場合にはVに暴行を加える、という意思の連絡があります。②共謀に基づく実行行為です。乙は現に、Vの攻撃を受けて警棒でVに打撃を加えています。共謀の内容どおりの実行が行われています。③正犯意思です。甲はVの殺害をみずから決意し、乙を利用してこれを実現しようとした主導者であり、Vの死亡という結果に自己の強い利害を有しています。
ここまでは、共謀共同正犯の回で見た要件を、事実に当てはめただけです。したがって甲は、共謀共同正犯として「共同して犯罪を実行した」と言えそうです。「成立」とは言わないんですか。まだ言いません。ここから先に、今日いちばんの問題があります。
問題提起
図:甲は殺人の故意、乙は傷害の故意
甲には殺人の故意があります。ところが、乙には傷害の故意しかありません。乙にあったのは傷害の故意であって、殺人の故意ではありません。さて、甲と乙が共同して実行した「犯罪」とは、何罪になるでしょうか?甲は殺人罪、乙は傷害致死罪と、罪名が別々のまま共同正犯になると考える立場もあります。ただ今日は、両者が共同して実行した「犯罪」(60条)が何罪か、すなわち、いかなる範囲で共同正犯が成立するかという形で、問題提起を立てます。ここから、規範を立てます。
規範
図:故意が食い違ったとき、覚えていますか
ここで1つ、共犯の本質の回で見たことを思い出してください。甲と乙のように、故意の内容が食い違ったとき、通説はどう処理しましたか?重なり合う限度で、軽い罪の共同正犯を認める、という説でした。答案では、その考え方を、次の規範の形で書きます。
⭐ 論文で書く規範:共同正犯内の錯誤 共同正犯(60条)の処罰根拠は、相互利用補充関係のもと、特定の犯罪を実現する点にある。そして、罪刑法定主義の下では、犯罪は構成要件として類型化されている。 もっとも、構成要件は社会通念に基づいて法益侵害行為を類型化したものであるから、その重なり合いの有無も実質的に判断すべきである。 そこで、保護法益や行為態様の共通性を基礎として、構成要件が実質的に重なり合う限度で、軽い罪の共同正犯が成立すると解する。 (規範(通説で立てる))
図:規範と答案の型|共同正犯内の錯誤
この規範は、3つの段階で理由づけています。まず、共同正犯がなぜ全員正犯になるのか。甲と乙が互いを利用し補い合って、1つの犯罪を実現するからです。ただ、刑法には、あらかじめ何が犯罪かを条文で示しておく、という罪刑法定主義の原則があります。ですから、その「犯罪」は、条文の構成要件という型で決まっています。そこで次の段階です。構成要件は、社会通念から見て法益を侵害する行為を、型にまとめたものです。ですから、型が重なるかどうかも、罪名で比べるのではなく、中身で比べます。守ろうとする法益と、行為のやり方が共通していれば、重なり合う限度では、2人は同じ犯罪を一緒に実現したといえます。だから、軽いほうの罪の限度で、共同正犯になるのです。共犯の本質の回で見た「同質的で重なり合う構成要件」を、答案では、この法益とやり方の物差しで書きます。共犯の錯誤の回で見た実質的符合説と、中身は同じ物差しです。
あてはめ
図:殺人罪と傷害致死罪、重なる部分はどこか
甲は殺害の意図で乙に凶器を渡し、乙は傷害の意図でこれを用いてVに打撃を加えました。しかし、両者が現に実現したのは、Vの身体に有形力を行使して傷害を負わせるという、共通の行為です。殺人罪も傷害致死罪も、人の身体に対する有形力の行使と、その結果としての死亡を内容とする点で、保護法益——生命と身体——、そして行為態様——暴行や傷害を加える行為——が共通しています。人の身体に傷害を加える点、この一言です。したがって、殺人罪と傷害致死罪は、この点で構成要件が実質的に重なり合います。逆に、重なり合わない組み合わせもあるんですか。あります。たとえば、甲は乙にVの財布を盗ませるつもりだったのに、乙がVを殺してしまった場合です。窃盗罪が守るのは財産、殺人罪が守るのは生命で、行為のやり方も違います。重なる部分が無いので、2人は殺人罪についても窃盗罪についても、共同正犯にはなりません。
次は、この重なりを使って結論を書きます。
結論
図:傷害致死罪の限度で、共同正犯の構成要件に該当する
結論を書きます。甲は、Vに対する殺人罪の構成要件に単独で該当します。そして、重なり合う傷害致死罪の限度で、乙と共同正犯の構成要件に該当します。「共同正犯が成立する」とは、言わないんですか。まだ言いません。60条は、構成要件の修正形式にすぎません。つまり、1人で実行する場面を前提にした各条文の構成要件を、何人かで実行する場面にまで広げる規定です。ですから、共同正犯かどうかは、構成要件段階の問題です。犯罪の成立には、違法性と責任の検討も要ります。違法性阻却——甲自身の正当防衛——を見終えるまでは、ここではまだ「成立」とは言いません。
そうだとしても、甲に正当防衛は認められるか。
今日の地図(保存版)
図:規範と答案の型|共同正犯内の錯誤
今日の結論を、規範カードで確かめます。乙は、正当防衛が成立し、罪責を負いません。結論は、甲が傷害致死罪の限度で、乙と共同正犯の構成要件に該当する、というところまでです。
図:完成答案:第1 乙の罪責
こちらが、前編分の完成答案です。まず、乙の罪責の部分です。動画を止めて、見てみてください。
図:完成答案:第2 甲の罪責
続いて、甲の罪責の部分です。共謀共同正犯の認定から、今日の結論までが書かれています。こちらも、止めて確かめてください。
参照条文
- 刑法36条1項
- 刑法60条
- 刑法199条
- 刑法205条