刑法ゼロから刑法 論文

共同正犯と正当防衛(後編)

前編と同じ事例(殺人の故意の甲が背後から指示し、傷害の故意の乙がVの攻撃に反撃して死亡させた)で、甲自身の正当防衛を検討する後編。侵害を予期していただけでは急迫性は失われないが、予期された侵害の機会を利用して積極的に加害する意思で臨んだときは急迫性を欠くという規範を立て、甲が凶器を渡して指示した事情からこれを認める。さらに違法の相対性から、乙に正当防衛が成立しても甲の結論は左右されないとして、甲に殺人罪が成立し乙と傷害致死罪の限度で共同正犯になると結論づけ、完成答案で通して確かめる。

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ゼロから刑法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事例

甲・乙とVの経緯(承前) 図:甲・乙とVの経緯(承前)

前編と同じ事案から続けます。甲は、共同経営していた店舗の清算をめぐってVと深刻に対立し、ひそかにVの殺害を決意していました。Vは別の金銭トラブルから乙に激しい怒りを募らせていて、甲はこれを予期していました。甲は、Vが乙に襲いかかれば乙が反撃してVが死ぬかもしれない、それなら好都合だと考えます。そこで甲は、乙に特殊警棒を渡し、「Vが手を出してきたら、これで痛い目にあわせてやれ」と指示しました。甲は、Vと接触することが見込まれる資材置き場へ乙を向かわせ、自分は現場に行かず自宅にとどまりました。乙のもとへVが角材でいきなり殴りかかり、乙は警棒を一回振り下ろします。Vはよろめいて後方に倒れ、後頭部を強打して死亡しました。

乙については、Vがいきなり角材で殴りかかってきたことが急迫不正の侵害に、乙が自分から攻撃するつもりはなく身を守るために反撃したことが防衛の意思に、警棒を一回振り下ろしただけで追撃していないことがやむを得ずにした行為に当たりました。だから乙の行為には正当防衛が成立し、乙は傷害致死罪の罪責を負いません。甲については、乙に警棒を渡して指示し、乙も承知していたので、2人の間に共謀があります。ただ、甲には殺人の故意、乙には傷害の故意しかありませんでした。そこで甲は、Vに対する殺人罪の構成要件に単独で該当するとともに、人の身体に傷害を加える点で重なり合う傷害致死罪の限度で、乙と共同正犯の構成要件に該当します。

60条は構成要件の修正形式、つまり一人で実行する前提の構成要件を、何人かで実行する場面に広げる規定にすぎず、違法性と責任の検討が残っていました。今日は、その続きです。甲の罪責の、違法性阻却の場面を見ていきます。

甲の罪責——急迫性の問題提起

甲は、Vが乙を襲う機会を予期し、利用しようとしていた 図:甲は、Vが乙を襲う機会を予期し、利用しようとしていた

そうだとしても、甲の行為に正当防衛が成立し、違法性が阻却されないか、次はこれを検討します。

条文刑法36条1項

刑法36条1項(正当防衛) 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

これが36条1項です。要件は、乙の罪責ですでに確認しています。甲は、傷害致死罪の限度で乙と共同正犯の構成要件に該当しています。犯罪が成立するかは、構成要件の次に、違法性と責任を見て決まりますから、甲自身についても正当防衛の成否を見る必要があります。ここで、甲の側の事実に注目してください。甲は、Vが乙に襲いかかってくることを予期していました。しかも、乙の反撃によってVが死ねば好都合だと考えていました。単に予期していただけなら、それだけで急迫性が失われるわけではありません。問題は、甲が予期していただけなのか、それとも別のことをしていたのか、というところです。甲は、Vが乙に襲いかかってくることを見越して、乙に凶器を渡し、乙を現場へ向かわせ、自分は自宅にとどまっていました。この事実がある場合に、正当防衛の要件である「急迫」性が否定されないかが問題となります。

規範——急迫性と積極的加害意思

⭐ 論文で書く規範:急迫性と積極的加害意思 36条1項が「急迫」性を要件とした趣旨は、国家による法益の保護を待ついとまがない状況において、補充的に私人の緊急行為を許容する点にある。 そうだとすれば、侵害をあらかじめ予期していたとしても、そのことだけで直ちに急迫性が失われるわけではない。 しかし、予期された侵害の機会を利用して積極的に相手方に加害行為をする意思(積極的加害意思)をもって侵害に臨んだ場合には、もはや上記のような緊急行為として保護するに値せず、正当防衛の要件である「急迫」性は否定されると解する。 (規範(最高裁の決定による理由づけ))

規範|急迫性と積極的加害意思 図:規範|急迫性と積極的加害意思

この規範は、3つの段階でできています。まず、なぜ「急迫」性が要件になっているのか。国家が助けに来るのを待っていられない、緊急の場面でだけ、私人が自分で防衛することを認める、という趣旨です。予期していても、避けようがなかったり、避けなかっただけなら、緊急事態であることに変わりはありません。しかし、その予期した機会を「利用」して、積極的に相手を害する意思で侵害に臨んだ場合は違います。そのとき、その人はもう緊急事態に居合わせただけの人ではなく、自分の目的のために状況を利用した人です。だから、緊急行為として保護するに値せず、「急迫」性が否定されます。

あてはめ——予期と積極的加害意思

予期の確実性と、機会を利用した積極的加害意思 図:予期の確実性と、機会を利用した積極的加害意思

甲は、Vが乙を襲ってくることを知っていました。でも、それだけでは急迫性は失われませんでしたね。では、甲のどんな事実があれば、急迫性は否定されるんでしょうか。まず①予期です。甲は、Vが乙に襲いかかってくることを予期していました。しかも、Vと乙との間には金銭トラブルがあり、Vが近く実力行使に出るおそれがあったという事情のもとでの予期です。単なる漠然とした可能性ではなく、確実性の高い予期といえます。②が本題です。機会を利用した積極的加害意思です。甲は、Vが乙を襲えば、乙の反撃でVが死ねば好都合だと考えていました。単に侵害を避けなかった、というだけではありません。

甲が乙に特殊警棒という凶器を手渡し、「Vが手を出してきたら、これで痛い目にあわせてやれ」と指示したことに表れています。さらに、Vとの接触が見込まれる資材置き場へ乙を向かわせ、自分は現場に赴かず自宅にとどまったこと。乙を自分の代わりに使い、自分は安全な場所から結果の発生を待つ、という態勢そのものが、積極的加害意思を裏づけます。今の、確実性の高い予期、凶器を渡したこと、接触が見込まれる場所へ乙を向かわせたことに、甲がVと前から深刻に対立していたことも加えます。どれも、急迫性の回で見た、行為全般の状況として並べる事情です。答案でも、こうした事実を並べたうえで、積極的加害意思を認定します。

急迫性の回で見た、脅されて身を守る棒を用意し、家で待っていた人は、予期していても防御のために備えていただけで、急迫性がありました。甲は、Vが乙を襲う場面を、Vを死なせる機会として使おうとしていた点が違います。甲は、予期された侵害の機会を利用して、積極的にVに加害行為をする意思をもって侵害に臨んだといえます。したがって、甲の行為については「急迫」性が否定されます。よって、甲の行為には正当防衛は成立しえず、違法性は阻却されえません。なお、過剰防衛も、急迫不正の侵害があることが前提です。急迫性を欠く甲には、過剰防衛も問題になりません。

甲の罪責——違法の相対性

乙には正当防衛が成立し、甲には成立しない 図:乙には正当防衛が成立し、甲には成立しない

乙の行為が適法なら、それを使った甲の行為も適法になるのではないか、という疑問が出てきます。共同正犯者の一方である乙には、正当防衛が成立しています。そこで、共同正犯の一方には正当防衛が認められ、他方には認められない場合がありうるのか、これが次の問題です。ここで1つ、思い出してください。違法性の実質の回で、この講義の立場は、違法性の実質を何だと考えましたか?

⭐ 論文で書く規範:共同正犯と違法の相対性 この点について、違法性の実質は、社会倫理秩序を逸脱した法益侵害またはその危険の惹起にあると解される。 そうだとすれば、違法は、個々の行為者の主観・客観を総合考慮して判断されるべきであるから、違法の相対性は認められる。 そこで、共同正犯者の一方に正当防衛が認められ、他方に認められない場合がありうると解する。 (規範(違法の実質から導く))

規範|共同正犯と違法の相対性 図:規範|共同正犯と違法の相対性

規範の最初の文のとおり、違法性の実質には、行為者がどんなつもりで行動したかという心のうちも入ります。ここが効いてきます。秩序を逸脱したかどうかは、その人がどんなつもりで行動したかでも変わります。そうだとすれば、違法かどうかは、それぞれの行為者の主観と客観を総合して判断されるべきものです。だから、違法は行為者ごとに違って構いません。共同正犯者の一方に正当防衛が認められ、他方に認められない場合はありえます。最高裁も、過剰防衛が問題になった事案で、共同正犯者の各人について、それぞれ要件を満たすかどうかを検討して決める、という判断を示しています。急迫性は正当防衛と過剰防衛に共通の要件ですから、正当防衛でも同じように考えられます。最初の疑問に戻ると、一部実行の全部責任は、乙がしたことを甲がしたこととしても扱う、という構成要件の段階の話でした。違法かどうかまで、自動的にそろえる仕組みではありません。

共同正犯と従属性の回では、客観的な要件は連帯し、心のうちの要件は一人ずつ見る、と整理しました。ただ判例は、積極的加害意思という心のうちを、急迫性の中で見ます。心のうちは一人ひとり違うので、急迫性も、甲と乙で分かれるのです。したがって、乙に正当防衛が成立していることは、甲の結論を左右しません。甲の行為には正当防衛は成立しえず、違法性は阻却されえません。

最終結論

甲には殺人罪が成立し、傷害致死罪の限度で共同正犯となる 図:甲には殺人罪が成立し、傷害致死罪の限度で共同正犯となる

甲について、正当防衛は成立せず、違法性は阻却されません。責任の段階でも、甲の責任能力を疑わせる事情は、事例にありません。したがって、違法性・責任の検討をすべて終えたことになります。甲には、Vに対する殺人罪が成立し、傷害致死罪の限度で乙と共同正犯となります。前編で「成立」と言わずに止めたのは、60条が構成要件の修正形式にすぎず、違法性と責任の検討が残っていたからでした。乙は、正当防衛が成立し、傷害致死罪の罪責を負いません。

今日の地図(保存版)

規範|急迫性と積極的加害意思 図:規範|急迫性と積極的加害意思

今日の結論を、規範カードで振り返ります。甲は、予期された侵害の機会を利用して積極的に加害する意思をもって臨んだので、急迫性が否定され、正当防衛は成立しえませんでした。

規範|共同正犯と違法の相対性 図:規範|共同正犯と違法の相対性

そして、違法性は行為者ごとに個別に判断されるので、乙に正当防衛が成立していても、甲の結論は左右されません。甲には殺人罪が成立し、傷害致死罪の限度で乙と共同正犯となります。

完成答案:第1 乙の罪責 図:完成答案:第1 乙の罪責

こちらが、乙の罪責の完成答案です。動画を止めて、見てみてください。

完成答案:第2 甲の罪責 1・2(構成要件) 図:完成答案:第2 甲の罪責 1・2(構成要件)

こちらは、甲の共謀共同正犯の認定から、共同正犯内の錯誤までです。前編分にあたります。こちらも止めて確かめてください。

完成答案:第2 甲の罪責 3〜5(違法性阻却・結論) 図:完成答案:第2 甲の罪責 3〜5(違法性阻却・結論)

そして、今日書いた急迫性と積極的加害意思、違法の相対性、最終結論までがこちらです。同じように、止めて確かめてください。

参照条文

  • 刑法36条1項
  • 刑法60条
  • 刑法199条
  • 刑法205条

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