着手後の共犯関係からの離脱の書き方
殺人を共謀して2人でVを刺した後、甲だけが「抜ける」と告げて立ち去り、乙がVを死亡させた事例で、甲の罪責を答案の順に書き切る実演回。60条・199条の検討から離脱の問題提起を立て、処罰根拠から導く3要件(意思の表明・了承・積極的な結果発生防止措置)を三点セットで当てはめ、離脱否定・殺人罪の共同正犯で結ぶ。
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事例
図:甲・乙とVの経過
今日は、1つの事例を最後まで書き切ります。甲と乙は、Vを殺害しようと共謀しました。2人で、包丁を使ってVを何度も突き刺しました。Vが逃げようとする途中、甲が翻意しました。甲は乙に「俺は抜ける」と告げました。乙は「じゃあ帰れ、あとは俺がやる」と答えました。甲は、Vに刺した包丁を取り上げることもせず、Vを救護することも、通報することもせずに、その場を立ち去りました。乙は単独で、さらにVを何度も刺しました。Vは、その後、失血で死亡しました。致命傷が甲の立ち去り前と後、どちらのひと突きだったかは、法医学的に特定できません。甲が立ち去る前か後かを含めて、不明です。
今日の問いは、これだけです。甲は何罪か。離脱を告げて乙も了承していれば、その後の結果は甲の責任にならない、という見立てもあり得ます。その見立てで答案が書けるかどうかを、これから確かめます。
罪責の検討——60条・199条
図:60条・199条の3要件、甲が途中で抜けた事実
まず、甲の罪責を、条文の要件から順に検討します。甲について、答案でまず検討するのは、殺人罪の共同正犯です。
条文刑法60条
刑法60条(共同正犯) 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
これが60条です。
条文刑法199条
刑法199条(殺人) 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。
そしてこれが199条です。共同正犯の成立要件は、共謀と、共謀に基づく実行行為、この2つです。甲と乙は、Vの殺害について意思を通じ合っています。これで共謀があります。甲も乙も、自分の手で包丁を使ってVを刺しています。共謀に基づく実行も、甲自身にあります。ここまでは、条文どおりの成立要件です。問題は、ここからです。甲は、途中で立ち去っています。甲と乙が共謀に基づいて実行に着手した以上、原則としては、以前の回で見た一部実行の全部責任によって、結果は共同正犯者全員に帰責されます。甲がVを直接刺していない部分についても、原則としては責任を負います。ただし、甲は乙より先に、その場を離れています。ここが、今日いちばんの見どころです。
問題提起
図:離脱が認められれば未遂、認められなければ既遂の共同正犯
もし甲について、共犯関係からの離脱が認められるなら、離脱した後の乙の行為とVの死亡という結果は、甲には帰責されません。
条文刑法203条
刑法203条(未遂罪) 第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。
この場合、甲は殺人未遂罪の共同正犯にとどまります。認められなければ、一部実行の全部責任により、甲にも殺人罪の共同正犯が成立します。「抜ける」と告げただけで結論が未遂と既遂まで分かれるからこそ、着手後の共犯関係からの離脱の要件が、真剣に問題になります。文章で書くと——甲は、乙とVの殺害を共謀し、共同して包丁を使ってVを刺しており、Vは死亡しているから、殺人罪の共同正犯(刑法60条、199条)が成立しうる。もっとも、甲は、乙との共謀に基づき実行に着手した後、途中で「俺は抜ける」と告げて立ち去っている。共犯関係からの離脱が認められれば、離脱後の乙の行為及びVの死亡という結果は甲に帰責されず、甲は殺人未遂罪の共同正犯にとどまる。そこで、着手後の共犯関係からの離脱の要件が問題となる。
ここまでが、問題提起です。
規範
図:共犯関係の解消、覚えていますか
ここで1つ、以前の回で確認したことを思い出してください。共犯関係の解消は、実行の着手前なら、何がそろえば認められるのが原則でしたか?——離脱の意思の表明と、他の共謀者の了承、この2つがそろえば足りる、という原則でした。
今日は、実行の着手後に離脱した場合の規範を、実際の事例で書いていきます。中身は、以前見た共犯関係の解消と同じ規範です。共犯の処罰根拠は、相互利用補充関係のもとで、特定の犯罪を実現する点にあります。相互利用補充関係とは、以前の回で見たとおり、互いに相手の行為を自分の計画に組み込み、自分1人では足りない部分を相手に埋めてもらう関係でした。今日の事例なら、甲が乙と共謀し、一緒にVを刺したことが、そのあとの乙の犯行を、物理的にも心理的にも後押ししています。乙だけが刺した分まで甲が責任を負わされる理由は、この後押し、つまり結果への因果性にあります。
この処罰根拠から、規範を立てます。
⭐ 論文で書く規範:着手後の共犯関係からの離脱 共犯の処罰根拠は、相互利用補充関係のもと特定の犯罪を実現する点にあるから、この関係を解消し、結果への因果性を切断すれば、共犯関係からの離脱が認められる。そこで、離脱には、①離脱の意思を表明し、②他の共犯者がこれを了承したことを要し、実行の着手後など結果への因果性がなお残る場合には、さらに、③それを除去する積極的な結果発生防止措置をとったことを要すると解する。 (規範(通説で立てる))
図:規範と答案の型|着手後の共犯関係からの離脱
太字のところが、4か所あります。4か所です。1つめが「切断」、2つめが「離脱の意思を表明」、3つめが「他の共犯者がこれを了承」、4つめが「積極的な結果発生防止措置」という部分です。この規範は、逐語で言えるようにしてください。本番で、その場から言葉を組み立て直している時間はありません。太字は「一字も崩せない場所」という意味です。ここを落とすと、採点で削られます。ただし、丸暗記ではありません。覚え方は、理由づけから結論に至る道筋を、何度も自分でたどることです。共犯の処罰根拠は、相互利用補充関係のもとで特定の犯罪を実現する点にある。だから、その関係を解消し、結果への因果性を切断すれば、共犯関係からの離脱が認められる。そこで、離脱には、離脱の意思を表明し、他の共犯者がこれを了承したことを要する。実行の着手後など、結果への因果性がなお残る場合には、さらに、それを除去する積極的な結果発生防止措置をとったことを要する。この順番を繰り返したどれば、結論の言葉のほうが自然と染み込みます。
③は、以前の回で「それ以後の犯行を防止する措置」と呼んでいたものです。③がつくかどうかは、着手の前後そのものではなく、結果への因果性がまだ残っているかどうかで決まります。実行の着手後は、ほとんどの場合、この因果性が残っています。だから、着手後は、③が常に必要になる、と考えてください。
あてはめ
図:三点セット:生の事実→評価→要件に当てる
ここで、一度立ち止まって考えてみてください。甲は、①離脱の意思を表明し、②乙もそれを了承しているように見えます。それだけで、離脱は認められますか。表明も了承もあるので、いい気もします。でも、もう刺してしまった後です。ただ、直感だけで「要件を満たす」と書いてはいけません。生の事実を拾って、評価して、要件に当てる。この三点セットで、1つずつ埋めていきます。
図:①離脱の意思の表明——三点セット
まず、①離脱の意思の表明です。生の事実は、甲が乙に対して「俺は抜ける」と告げていることです。これを評価します。これは、以後の犯行への関与をやめる意思を、他の共謀者に対して明示的に伝える行為です。要件に当てます。文章で書くと——甲は乙に対し「俺は抜ける」と明確に告げており、これは以後の犯行への関与を止める意思を他の共謀者に明示的に伝える行為であるから、①離脱の意思の表明にあたる。
図:②他の共犯者の了承——三点セット
次に、②他の共犯者の了承です。生の事実は、乙が「じゃあ帰れ、あとは俺がやる」と応じていることです。これを評価します。これは、甲の離脱を受け入れて、自分だけで犯行を続ける意思を示すものであり、甲を仲間から外すことを認める趣旨と評価できます。要件に当てます。文章で書くと——乙は「じゃあ帰れ、あとは俺がやる」と応じており、これは甲の離脱を受け入れ自分だけで犯行を続ける意思を示すものであるから、②他の共犯者の了承にあたる。①離脱の意思の表明、②了承、この2つは満たしていますね。では、甲がこの場でもう一つやるべきだったことは何でしょうか?
包丁を取り上げる、あるいはVを助けるといった行動が、③です。
図:③積極的な結果発生防止措置——対比で見る
最後に、③積極的な結果発生防止措置です。ここが、今日の勝負どころです。まず、生の事実を拾います。甲は、Vに刺した包丁を取り上げることもせず、Vを救護することも、119番通報することもせず、その場を立ち去っただけです。これを評価します。実行の着手により、Vの死亡という結果への現実的な危険は、すでに発生しています。①離脱の意思の表明と②他の共犯者の了承、この2つだけでは、この危険、つまり因果性は除去されません。いわば、火にかけた鍋から煙が上がっている場面で「もう手伝わない」と言うのと同じです。火を止める、あるいは消火するという行動を取らない限り、言葉だけでは責任を免れません。
ここで対比してみます。たとえば、もし甲が、Vに刺さった包丁を取り上げて、以後の攻撃そのものを物理的に阻止していれば。あるいは、甲自身が119番通報するなどしてVを救護し、死亡という結果の発生を防いでいれば。それなら、③を満たしたと評価できたはずです。要件に当てます。文章で書くと——実行の着手により、Vの死亡という結果への現実的な危険はすでに発生していたにもかかわらず、甲は、Vに刺した包丁を取り上げることもせず、Vを救護することも、119番通報することもせず、その場を立ち去ったにすぎない。したがって、甲が、③積極的な結果発生防止措置をとったとはいえない。
表明と了承だけでは、答案は終わりません。
結論
図:因果性は切断されておらず、離脱は認められない
では、結論を書きます。表明と了承は満たしますが、③を満たしません。結果への因果性は切断されておらず、共犯関係からの離脱は認められません。一部実行の全部責任により、甲には、Vに対する殺人罪の共同正犯が成立します。致命傷がどちらのひと突きかが分からないままでも、因果性が切れていない以上、甲は乙の行為も含めた結果全体について責任を負います。ですから、致命傷がどちらのひと突きによるものかを特定する必要はありません。同じ考え方は、以前見た、着手後に防止する措置を取らずに立ち去った判例や、住居侵入の後に防止する措置なく離脱した判例でも、離脱が認められなかった帰結として示されています。文章で書くと——甲は、①離脱の意思を表明し、②乙もこれを了承しているものの、③積極的な結果発生防止措置をとったとはいえないから、結果への因果性は切断されておらず、共犯関係からの離脱は認められない。したがって、一部実行の全部責任により、致命傷の時期を問わず、甲にはVに対する殺人罪の共同正犯が成立する。
離脱が認められた場合には、中止未遂が問題になります。ただ、今日の事例は離脱が否定されたので、その論点自体が出てきません。ここまでが、結論です。
今日の地図(保存版)
図:規範と答案の型|着手後の共犯関係からの離脱
最後に、型に戻ります。問題提起は、甲は実行の着手後に「抜ける」と告げて立ち去った、離脱が認められれば殺人未遂罪の共同正犯にとどまる、そこで着手後の離脱の要件が問題となる、という形でした。規範は、処罰根拠から導く①離脱の意思の表明、②他の共犯者の了承、③積極的な結果発生防止措置の3要件でした。あてはめは、表明と了承は満たすけれど、③が満たせなかった、というところが勝負でしたね。因果性が切れていない以上、甲には殺人罪の共同正犯が成立します。では、ここまでを答案の階層で、頭から通して読みます。
図:完成答案:甲の罪責(問題提起・規範・あてはめ①②)
第1、甲の罪責です。1、問題の所在。甲は、乙とVの殺害を共謀し、共同して包丁を使ってVを刺しており、Vは死亡しているから、殺人罪の共同正犯(刑法60条、199条)が成立しうる。もっとも、甲は、乙との共謀に基づき実行に着手した後、途中で「俺は抜ける」と告げて立ち去っている。共犯関係からの離脱が認められれば、離脱後の乙の行為及びVの死亡という結果は甲に帰責されず、甲は殺人未遂罪の共同正犯にとどまる。そこで、着手後の共犯関係からの離脱の要件が問題となる。2、規範。共犯の処罰根拠は、相互利用補充関係のもと特定の犯罪を実現する点にあるから、この関係を解消し、結果への因果性を切断すれば、共犯関係からの離脱が認められる。そこで、離脱には、①離脱の意思を表明し、②他の共犯者がこれを了承したことを要し、実行の着手後など結果への因果性がなお残る場合には、さらに、③それを除去する積極的な結果発生防止措置をとったことを要すると解する。3、あてはめ。(1)、①離脱の意思の表明。甲は乙に対し「俺は抜ける」と明確に告げており、これは以後の犯行への関与を止める意思を、他の共謀者に対して明示的に伝える行為であるから、①離脱の意思の表明にあたる。(2)、②他の共犯者の了承。乙は「じゃあ帰れ、あとは俺がやる」と応じており、これは甲の離脱を受け入れ、自分だけで犯行を続ける意思を示すものであるから、②他の共犯者の了承にあたる。
図:完成答案:甲の罪責(あてはめ③・結論)
(3)、③積極的な結果発生防止措置。実行の着手により、Vの死亡という結果への現実的な危険はすでに発生していたにもかかわらず、甲は、Vに刺した包丁を取り上げることもせず、Vを救護することも、119番通報することもせず、その場を立ち去ったにすぎない。したがって、甲が、③積極的な結果発生防止措置をとったとはいえない。4、結論。以上より、結果への因果性は切断されておらず、共犯関係からの離脱は認められない。したがって、一部実行の全部責任により、致命傷の時期を問わず、甲にはVに対する殺人罪の共同正犯(60条、199条)が成立する。
これで、一人で書き切れます。
参照条文
- 刑法60条
- 刑法199条
- 刑法203条