法律上の争訟の書き方
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ゼロから憲法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
問題提起の型
図:問題提起の定型——この訴えは「法律上の争訟」にあたり、裁判所は審理・判断できるか
まず、答案の書き出しから確認します。この種の問題は、書き出しの形がほぼ決まっています。「この訴えは『法律上の争訟』(裁判所法3条1項)にあたり、裁判所は審理・判断できるか」。この一文を、まず立てます。法律上の争訟にあたるかどうかを検討してから、審理できるかを決める。順番が逆になると、規範を立てる場所を失います。この書き出しのあと、規範、あてはめ、結論と続きます。今日はこの3段を、実際の事例で最後まで埋めていきます。
規範を逐語で言えるようにする
図:2要件の復習——①事件性②終局的解決可能性、覚えていますか
本編に入る前に、1つだけ聞かせてください。前の回で見た「法律上の争訟」の2つの要件、覚えていますか?1つめは何でしたか。ええと……当事者どうしの、具体的な権利や法律関係についての争いだった気がします。それが1つめ、事件性です。では2つめは。2つめが思い出せなくても大丈夫です。今日、規範をもう一度そのまま立てるので、そこで確認しましょう。まず、司法権そのものの条文から見ます。
条文日本国憲法76条1項
司法権 第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
この条文は、司法権がどこに属するかを定めているだけです。司法権とは何か、その対象がどこまでかは、この条文には書いてありません。もう1つ、別の条文を見ます。
条文裁判所法3条1項
裁判所の権限 第三条 裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。
ここに「法律上の争訟」という言葉が出てきます。裁判所が扱えるのは、この「法律上の争訟」の範囲だけです。だからここは、判例が中身を作った規範になります。条文を何度読んでも出てこない基準を、判例・解釈で立てる。それが規範でした。逆に、条文にそのまま書いてある要件は成立要件でしたね。今日立てるのは規範のほうです。
図:規範と答案の型|法律上の争訟(司法権の及ぶ範囲)
では、規範を立てます。
⭐ 論文で書く規範:法律上の争訟 司法権とは、法律上の争訟について、法を適用し、宣言することによってこれを裁定する国家の作用をいう。その対象である「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)とは、①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって(事件性)、②それが法令の適用により終局的に解決することができるものをいう。 (規範(最判昭56・4・7 板まんだら事件/最大判昭27・10・8 警察予備隊事件))
1つめが事件性、2つめが終局的解決可能性です。この2つのどちらか一方でも欠くと、法律上の争訟にあたらず、司法権は及びません。この規範は逐語で言えるようにしてください。本番では、その場で言葉を組み立て直している時間はありません。ただし、丸暗記ではありません。太字は「一字も崩せない場所」という意味です。理由を分からないまま押し込んだ言葉は、緊張すると出てきません。理由づけから結論に至る道筋を、何度も自分でたどることです。司法権とは何かというと、法を適用して宣言する国家の作用です。その対象になるには、まず当事者間の具体的な争いでなければならない。これが1つめです。そして、法を適用すれば決着がつく話でなければならない。これが2つめです。この順番を繰り返したどれば、結論の言葉のほうが自然と染み込みます。
具体的に、2つめの要件の境界線がどこにあるか、2つの例で見てみましょう。例えば、AがBとの間で絵画の売買契約を結び、代金の金額をめぐって争っているとします。契約書の条項をどう解釈するかが問題でも、それは法律の解釈だけで決着がつきます。2つめの要件は満たされます。一方で、その代金の前提として「その絵が本物の名画かどうか」自体が争われているとします。名画としての価値の判定は、法が用意した基準では決められません。2つめの要件を欠きます。この境目を見極めるのが、あてはめでいちばん大事な勘所です。では、実際の事例でこの規範を使ってみましょう。
設例
図:事例——Xの寄付金返還請求(信者X・宗教法人A・本尊の真贋)
今日使う設例を読みます。宗教法人Aの信者Xが、教団の本尊は「真正な霊宝である」との説明を信じて、多額の寄付をした。後にXは「本尊は後世の贋作で、説明は虚偽だった」と主張した。そしてAに対し、寄付金の返還を求めて出訴した。裁判所はこの訴えを審理・判断できるか。これが設問です。本尊や霊宝というのは、その教団が信仰の中心に置いている像や宝物のことだと思ってください。それが本物かどうかを、教団の教えの中でどう位置づけるかが、ここでの問題になります。上に、返還を求めるお金の流れがあります。Xが寄付をし、後にその返還をAに求めています。この裁判で結局何を求めているのか——訴訟物は、法律上の理由なく相手の手元にあるお金を返せという権利、不当利得返還請求権の存否です。下を見てください。この請求の当否を決める前提として、もう1つの判断が挟まっています。「本尊が真正な霊宝かどうか」という、教義そのものの判断です。
この形、覚えておいてください。お金の話に見えて、実は判断の土台が教義にある。今日いちばん大事な形です。なぜこの設例が「法律上の争訟」の判断を呼ぶのか、一言で言います。さきほどの規範の2要件のうち、1つめの事件性は、寄付金という具体的なお金の争いなので、まず問題になりません。問題は2つめです。請求の当否を決める前提に、法の外にある判断が沈んでいる。だから2つめの要件があやしいんです。ここから、1つめ・2つめの要件を順番に検討していきます。
1つめの要件へのあてはめ
図:①事件性へのあてはめ——寄付金返還という具体的な権利義務の紛争
まず1つめ、事件性から見ます。ここはよくある誤りが1つあります。「宗教が絡むから、裁判所はこの訴えを扱えない」と、要件を経ずにいきなり結論を出してしまう誤りです。その近道は危ないところでした。規範は1つめと2つめの2段構えです。1つめを素通りしてはいけません。順に見ていきましょう。Xは、Aに対して寄付金という特定の金額の返還を求めています。これは、特定の当事者どうしの、特定の給付をめぐる権利義務の存否についての争いです。文章で書くと——Xは、寄付金の返還という具体的な給付を求めており、当事者間の具体的な権利義務の存否をめぐる紛争にあたる。よって1つめの要件を充足する。
1つめはあっさり通ります。問題はここからです。
2つめの要件へのあてはめ
図:②終局的解決可能性へのあてはめ——三点セット:生の事実→評価→要件に当てる
1つめは充足していますね。では2つめはどうですか?本尊が本物かどうかを、法律のどこかで決められますか。法律のどこかで……いえ、法律に「本尊が本物かどうかの判断基準」なんて、書かれていない気がします。ここが今日の本番です。あてはめは、思いつきで結論を書いてはいけません。3つの手順を踏みます。1つめ、生の事実を拾う。2つめ、それを評価する。3つめ、要件に当てる。この3つを、順番に見ていきましょう。まず、生の事実を拾います。Xの返還請求権があるかどうかは、寄付をした原因に錯誤——思い違いがあったかどうかにかかっています。その錯誤とは、本尊が真正な霊宝であるという説明が、本当だったか嘘だったかです。つまり、Xの請求が認められるかどうかは、本尊の真贋という1点にかかっています。
ここまでが、生の事実です。次に、これを評価します。本尊が真正な霊宝かどうかというのは、いったいどういう問題でしょうか。これは、その宗教の教義や、信仰の対象の価値そのものについての判断です。そして、この価値をどう判定するかについて、法令はいっさい基準を定めていません。法が用意している物差しが、そもそも存在しないんです。ここまでが、評価です。最後に、要件に当てます。Xの請求が認められるかどうか、訴訟の帰すうを左右する必要不可欠な前提問題があります。それが、信仰の対象の価値、あるいは宗教上の教義の判断そのものです。法が物差しを持たない問題を前提にしている以上、法を適用しても終局的な解決には至りません。文章で書くと——Xの請求の当否は、本尊が真正な霊宝であるか否かという、信仰の対象の価値及び宗教上の教義に関する判断を前提とし、その判断は訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものである。しかるに法令はかかる判断の基準を何ら定めておらず、法の適用によっては終局的な解決に至らない。よって2つめの要件を欠く。
いきなり結論を言う書き方は、なぜ終局的解決ができないのかを、誰にも説明していません。三点セットを踏めば、採点者はどの事実からどう評価してその結論に至ったか、全部たどれます。同じ結論でも、点数の付き方がまったく違います。この判断は、実際にあった裁判例の考え方をなぞったものです。
判例最判昭56・4・7(板まんだら事件)
法律上の争訟にあたらないとされた判断(信仰の対象の価値が前提問題になる型) 本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとつており、その結果信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるにとどまるものとされてはいるが、本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものと認められ、……結局本件訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであつて、裁判所法三条にいう法律上の争訟にあたらないものといわなければならない。
「紛争の形式をとつている」という言い方に注目してください。権利義務の形はしている、でも中身を見ると法では解決できない。この判例の見方そのものです。決め手は、形式ではなく実質です。
結論
図:結論——②を欠くため「法律上の争訟」にあたらず、訴えは却下される
では、結論を書きます。1つめは充足するが、2つめを欠く。どちらか一方でも欠けば、法律上の争訟にはあたりません。よって本件訴訟は「法律上の争訟」にあたらず、裁判所は審理・判断できない。ここは言葉を正確に使い分けてください。「法律上の争訟」にあたらないというのは、そもそも裁判所が扱える土俵に乗っていない、ということです。中身を審理して、Xの言い分が正しいか間違っているかを判断したわけではありません。ですから、判決の結論は「棄却」ではなく「却下」になります。訴訟要件を欠くから却下。中身の当否を判断して負けたのが棄却。この違いは必ず区別してください。
では、ここまでを答案の言葉で、頭から通して読みます。本件訴えは「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)にあたり、裁判所は審理・判断できるか。司法権とは、法律上の争訟について、法を適用し、宣言することによってこれを裁定する国家の作用をいう。その対象である「法律上の争訟」とは、①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、②それが法令の適用により終局的に解決することができるものをいう。本件で、Xは寄付金の返還という具体的な給付を求めており、当事者間の具体的な権利義務の存否をめぐる紛争にあたる。よって①を充足する。もっとも、Xの請求の当否は、本尊が真正な霊宝であるか否かという、信仰の対象の価値及び宗教上の教義に関する判断を前提とし、その判断は訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものである。しかるに法令はかかる判断の基準を何ら定めておらず、法の適用によっては終局的な解決に至らない。よって②を欠く。よって本件訴訟は「法律上の争訟」にあたらず、訴えは却下される。
入口で落ちる型との違い
図:対比①——①事件性で落ちる型(具体的な当事者間の紛争ではない)
ここで、混同しやすい型を1つ、比べておきます。今日の設例は2つめで落ちました。1つめはあっさり通っています。でも、1つめで落ちる型もあります。特定の相手との具体的な紛争を経ずに、法令そのものの違憲を、いきなり裁判所に問う場合です。
判例最大判昭27・10・8(警察予備隊事件)
具体的事件を離れた抽象的審査を否定した判断(事件性を欠く型) 要するにわが現行の制度の下においては、特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ裁判所にその判断を求めることができるのであり、裁判所がかような具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有するとの見解には、憲法上及び法令上何等の根拠も存しない。
ある政党の代表者が、特定の相手との争いなしに、ある組織の設置そのものが違憲だと最高裁に直接問うた事案です。具体的な当事者間の紛争がそもそも存在しません。だから1つめの事件性を欠きます。今日の設例は、X対Aという具体的な当事者間で、寄付金という具体的な給付が争われています。1つめは満たしています。落ちたのは2つめのほうでした。同じ「法律上の争訟にあたらない」という結論でも、1つめで落ちるのか2つめで落ちるのかで、答案に書く理由がまったく違います。だから、1つめで止まるのか2つめで止まるのか、必ず区別して書いてください。
限界で控える型との違い
図:対比②——入口(争訟性なし)と限界(統治行為・部分社会)は別の話
もう1つだけ、区別しておきたい型があります。この区別だけは短く済ませます。統治行為の法理や、部分社会の法理という言葉を聞いたことはありますか。今日はそこまで踏み込みません。1つだけ区別してください。今日見てきたのは、そもそも「法律上の争訟」の入口に立てるかどうかの話でした。統治行為や部分社会の話は、いったん法律上の争訟にはあたると認めたうえで、それでも裁判所が審査を控える、という別の場面です。この2つを同じ理由で片付けてしまうのが、よくある誤りです。統治行為・部分社会それぞれの中身は、別の論文回で実演します。今日は、入口の話だけをきっちり書き切れるようになってください。
今日の地図(保存版)
図:規範と答案の型|法律上の争訟(司法権の及ぶ範囲)
最後に、型に戻ります。問題提起は、この訴えは「法律上の争訟」にあたり審理・判断できるか、という定型でした。規範は、1つめが事件性、2つめが終局的解決可能性の2要件。あてはめは、生の事実を拾い、評価し、要件に当てる。この3手順です。2つめのあてはめだけは、思いつきで書いてはいけません。本尊の真贋という生の事実、それが宗教上の教義の判断そのものだという評価、そして法が物差しを持たないから終局的解決に至らないという当てはめ。この3段を踏めば、今日と違う設例が出ても、同じ手順で書き切れます。形式ではなく実質を見る。今日の1本の軸でした。規範は逐語で言えるようにする。ただし、理由づけから結論への道筋を、何度もたどってください。それができれば、今日の答案は一人で書き切れます。
参照条文
- 日本国憲法76条1項
- 裁判所法3条1項