結社の自由(後編)
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ゼロから憲法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
団体の側の自由

前編では、団体に入らされる個人の自由を見ました。今日は団体の側です。団体が自分で意見を決めて活動する自由が、国の条件や義務で縛られるとき、答案をどう書くか。国が補助金を出して、その条件で縛るなら、補助金を断ればいいだけじゃないですか。そこが今日の分かれ目です。断れる形になっていても、実態から強制と評価できる場合があります。その見分け方を、事例で書き切ります。後半では、団体に報告を求める制度も、同じ道具で検討します。前編で並べた結社の自由の中身五つは、主に、個人が団体に入る、出る、決定に加わる、という側から見たものでした。結社の自由には、団体そのものが、自律的に意思を決めて、これを実施する自由も含まれます。今日使うのは、こちらです。
設例

事実です。Z市は、高齢者の見守り活動をする団体に、要綱で補助金を出しています。補助は事業費の8割までで、補助を受けている団体は市内に6つです。担い手が、高齢者の家を一軒ずつ訪ねます。Aは、その見守りをするNPO法人です。年間の収入は1,000万円で、うち700万円が補助金です。残りの300万円は、会費と寄付です。Aは会員向けの会報を年に4回、約300部出していて、高齢者福祉の拡充を掲げる候補者を、団体名で支持してきました。

設例のための架空の要綱です。8条は、補助団体は、団体として、特定の政党又は公職の候補者を推薦し、支持し、又はこれに反対する行為をしてはならない、と定めます。9条は、市長は、補助団体が前条に違反したときは、補助金の交付決定を取り消し、既に交付した補助金の返還を命ずる、と定めます。注目してほしいのは、8条に、補助事業に限るという文言がないことです。補助を受けて行う見守りの場面に限らず、団体としての支持の表示すべてが対象になります。市の説明はこうです。公金で行う見守りを受ける高齢者に、団体が特定の政党への支持を示すと、市の事業を通じて特定の政党が支援されていると受け取られる。高齢者の投票の判断を左右するおそれがある。過去には、団体が会報で候補者を支持して、利用者から市に苦情が1件ありました。市は、Aの会報での支持を理由に、9条で交付決定を取り消して、既に交付した350万円の返還を命じました。返還すれば、Aは活動を続けられません。

関係を図にします。Z市がB、NPO法人がA、見守りを受ける高齢者がDです。BからAへ、補助金とその条件。AからDへ、見守りです。問いは一つです。要綱8条の禁止は、9条の取消しと返還で担保されていますが、憲法に違反するか。意見の表明を強制される面は、ここでは別に検討します。ここで、前編の最後を一つ思い出しましょう。前編で、加入しない自由の制約を正当化するとき、手段の過度性を何で見ましたか?他の手段で、目的を十分に達成できるか、でした。団体の活動に歯止めがあるか、も見ました。他の手段は、効き具合まで言う。今日もそれを使います。ただ、今日の本番はその手前の、制約の評価です。禁止ではなく条件の形で縛るとき、制約があると言えるのか。
入口

入口です。Aが主張する自由は、団体として、自律的に政治的な意見を表明し、活動する自由です。会報で候補者を支持することは、意見の表明です。団体が何を発信するかを自分で決めて実施することは、結社の自由にも含まれます。
条文日本国憲法21条1項
憲法第21条第1項 第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
条文は、結社の自由と表現の自由を並べています。Aの自由は、この二つにまたがります。Aは人ではなくて法人ですよね。憲法の自由が、法人にもあるんですか。あります。人権は、性質上可能な限り、法人にも保障されます。団体が政治的な意見を表明する自由は、その団体を通じて表現する構成員個人の自由と、切り離せません。だから、法人であるAにも保障されます。
制約の評価
図:市の反論|補助は受けなくてよい任意の条件で禁止そのものではないから制約はない
補助は断ればよい、というのが、市の反論です。補助は受けなくてもよい任意の条件で、禁止そのものではない。だから、Aの自由に対する制約はない、と言います。この反論を答案でどう切るか。ここが、今日いちばん厚く書くところです。
図:問い|補助は任意で応じなければ受けないだけ、これで制約がないと言えるか
問いです。補助は任意で、応じなければ受けないだけ。これで、制約がないと言えるでしょうか。少し考えてみてください。
図:答え|言えない、形式が任意でも実態で評価する、断る道が現実に残っているかで決まる
答えは、言えない、です。形式が任意でも、実態で評価します。応じなければ受けないだけ、というのは、条件の形の話です。制約があるかどうかは、断る道が現実に残っているかで決まります。例えば、補助が収入の1割で、ほかに資金の当てが十分にある団体を考えてください。条件が気に入らなければ、補助をやめて、これまでどおり活動できます。断る道が残っています。この場合、制約と評価するのは難しくなります。逆に、補助がなければ活動を続けられない団体なら、断る選択は、活動をやめる選択と同じです。形は任意でも、実態はほとんど選べません。Aはどちらか。事情を一つずつ数えます。

板の五つの事情を、Aの事実に当てます。一つ目は、補助が活動に占める割合です。Aの収入1,000万円のうち700万円が補助です。補助を断れば、収入の7割が消えます。二つ目は、代わりの資金です。残りは会費と寄付の300万円で、ほかの補助もありません。7割の穴を埋める当てが乏しいのです。三つ目は、条件の及ぶ範囲です。8条は補助事業に限る文言がなく、団体としての政治的な支持の表示すべてを禁じます。Aの会報は会員向けで、補助を受けた見守りとは別の活動です。そこまで条件が及んでいます。もし条件が見守りの訪問中の発言だけを禁じるものなら、補助を受ける活動の中の話にとどまります。補助と無関係な活動にまで及ぶ点が、強制の度合いを高めます。四つ目は、違反の不利益です。以後の補助が出ない、にとどまりません。すでに交付されて、活動に使った350万円の返還です。返還すれば、Aは活動を続けられません。五つ目は、補助が給付であることです。補助は、受ける権利が当然にあるものではありません。もらえなくなっても、今ある権利を奪われたわけではない。この点は、強制とまでは言えない方向の事情です。全部を並べると、Aは、政治的な意見の表明を断念するか、活動そのものを断念するか、二者択一を迫られています。給付であることを考えても、そこは動きません。ですから、8条は禁止そのものではありませんが、実質的な強制で、Aの自由に対する強い間接的な制約です。
前編の加入の義務づけは、法令が直接に課して、制裁で担保していました。だから直接の制約でした。8条は、補助を受けると選んだ団体にだけかかる条件で、返還も、その条件に違反した結果です。法が直接に禁じるのではなく、条件を通じて効くので、間接的な制約になります。この見方の足場になる判決の文を、見ておきます。
判例東京地判平13・6・13
観察処分取消請求事件(法的に直接制約しなくても事実上の支障があるとき) 「仮に、当該規制の手段が、当該団体及び当該団体に属する信者の宗教上の行為を法的に直接制約する効果を伴わないものであったとしても、信教の自由に事実上の支障を生じさせることがあるとするならば、憲法の保障する精神的自由の一つとしての信教の自由の重要性にかんがみ、憲法がそのような規制を許容するものであるかどうかを慎重に吟味しなければならない。」
宗教団体を相手にした、地方裁判所の判決です。法的に直接制約しなくても、事実上の支障が生じるなら、慎重に吟味しなければならない、と言っています。助成の条件の事案ではありませんから、判断の中身までは借りません。禁止でなくても、事実の側から支障を見る、という足場として使います。

ここで比較を一つ入れます。条件には型が二つあります。一つは、今回のように活動を禁じる条件です。団体が意見を表明できなくなる側から見ます。もう一つは、意見の表明を求める条件です。例えば、市の施策に賛成する旨を団体として表明することを、補助の条件にする場合です。こちらは、意見を強制されない自由、つまり、自分の考えと違う意見を言わされない自由の側の構成が先に立ちます。その構成は、別に検討します。ただ、断る道が現実に残っているかを、資金への依存の割合や代わりの資金で評価する点は、二つの型で共通です。今日の五つの事情は、そのまま持ち運べます。
目盛りを決める

制約が決まったので、目盛りです。総論の回と同じ材料で決めます。権利の重要性です。団体の政治的な意見の表明は、民主政の過程にかかわります。重要性は高いです。制約の強度です。直接の禁止ではなく、間接的です。ただ、さきほどの評価のとおり、強いです。裁量です。補助を交付するかどうかの判断は、市の裁量に委ねられています。給付であることを、ここでは目盛りを緩める事情として数えます。緩める事情ではあります。ただ、どこまで緩めるかが問題です。助成金の判断が争われた最高裁の判決が、ここの足場になります。
判例最判令5・11・17
宮本から君へ助成金不交付事件(助成の判断と表現行為への萎縮) 「……助成を必要とする者による交付の申請や助成を得ようとする者の表現行為の内容に萎縮的な影響が及ぶ可能性がある。このような事態は、本件助成金の趣旨ないし被上告人の目的を害するのみならず、芸術家等の自主性や創造性をも損なうものであり、憲法21条1項による表現の自由の保障の趣旨に照らしても、看過し難いものということができる。そうすると、本件助成金の交付に係る判断において、これを交付するとその対象とする活動に係る表現行為の内容に照らして一般的な公益が害されるということを消極的な考慮事情として重視し得るのは、当該公益が重要なものであり、かつ、当該公益が害される具体的な危険がある場合に限られるものと解するのが相当である。」
この判決は、助成金を出さないと決めた判断が、裁量の範囲を逸脱し濫用したものだとして、違法になった事件です。条件が違憲かどうかを判断した判決ではありません。助成の判断が裁量だという前提のうえで、公益を理由に出さないことが広く行われれば、助成を得ようとする人の表現に萎縮的な影響が及ぶ可能性がある。これを、看過し難いと重く見ています。そして、表現の内容に照らした公益を、助成を出さない理由として重く見てよいのは、その公益が重要で、害される具体的な危険がある場合に限る、としました。使い方は二つです。一つは、裁量があっても表現への萎縮は重く見る、という足場。もう一つは、公益を理由にするなら危険の具体性が要る、という考慮事情を絞る手本です。規範の出典にはしません。目盛りを決めます。権利が重要で、制約が強いほど、厳しい側から出発します。重要性は高く、強度は間接的だが強い。だから、厳格審査基準が出発点です。ただ、給付で裁量もあるので、一段緩めます。どの事業にどれだけ補助を出すかは、市が政策として選べる事柄だからです。前編で裁量を緩める事情にしなかったのは、団体に組み込むかどうかまで、議会に広く任せる理由はなかったからでした。ここは、そこが違います。それでも、一つ目の足場のとおり、萎縮は重く見ますから、合理性の基準までは緩めません。真ん中の、中間審査基準で見ます。

一番上の問いは、補助を受けなくてもよい任意の条件が制約になるか、なるとしてどの基準で審査するか、です。真ん中の規範を、三つに区切って読みます。一つ目は、「応じなければ受けられないだけであっても」から、「実質的な強制と評価できるときは」までです。形の話で止めずに、割合、代わりの資金、及ぶ範囲、違反の不利益という四つの実態を材料にします。先ほど五つ数えたうち、給付であることは、最後の区切りに回っています。制約の段では、給付でも二者択一は動かない、と確かめるために使いました。強さを一段割り引くのは、目盛りの段で一度だけです。二つ目は、「目的が重要であり、手段が効果的かつ過度でない場合に限り、正当化されると解する」です。目的は正当ではなく、重要です。手段は、効果的かどうかと、過度でないかどうかの二つに分けて見ます。強い制約を認めたから、この基準を選ぶ、という筋です。前編で見た中間審査基準と、中身は同じです。三つ目は、最後の一文です。給付の裁量は、基準を替えるのではなく、目盛りを一段緩める事情として考慮します。厳格と合理性のあいだに、位置を決めるということです。
目的と手段のあてはめ

まず目的です。8条の目的は、公金で行う見守りが特定の政党の支援と受け取られて、見守りを受ける高齢者の投票の判断が左右されることを、防ぐことです。投票の自由を実質的に確保することにかかわりますから、重要な目的です。ただ、裏付けを見ます。目的を支える事実、つまり立法事実は、過去に会報での支持について利用者から市に苦情が1件あった、ということだけです。さきほどの判決は、公益を理由にするなら、害される具体的な危険が要る、としていました。この裏付けは強いものではありません。
図:手段の効果|特定の政党への支持の表示を禁じれば誤解の防止に資する
手段の効果です。団体の支持の表示を禁じれば、市の事業が特定の政党を支援していると受け取られることは防げます。効果はあります。勝負はその先です。効果があることと、過度でないことは別です。他の手段を挙げて、効き具合まで言います。同じくらい目的に届く手段があると言えて初めて、今の手段が過度だと言えるからです。
図:問い|禁止を団体の全活動ではなく絞るとき、どんな手段でどこまで目的を達成できるか
問いです。誤解を防ぐという目的は、団体の全活動を禁じる以外の、どんな手段で、どこまで達成できるでしょうか。誤解が生じる場面はどこか、を考えるとヒントになります。少し考えてみてください。

一つ目は、禁止を、補助事業を実施する場面に限ることです。訪問のときの発言や、利用者向けの資料。高齢者が市の事業と受け取るのは、こういう場面です。この場面での支持の表示だけを禁じれば、誤解は防げて、目的は十分に達成できます。会員向けの会報での意見表明まで禁じる必要はありません。二つ目は、補助金を政治活動に使わないよう会計を区分して、使途を報告させることです。公金が政治に流れていないことが、数字で確かめられます。公金で特定の政党を支援している、という誤解の根にあたる部分を断てます。三つ目は、補助事業は団体の自主事業で、市の見解ではないと表示させることです。利用者が市の事業と団体の意見を混同しなければ、誤解は解けます。市は、こう反論するでしょう。場面で絞っても、団体名で候補者を支持していれば、見守りの団体と市の事業が結びつけられる、と。けれど、結びつけられる場面は、補助事業の場面の表示で押さえられます。場面に限った禁止と表示を組み合わせれば、足ります。

結論です。目的は重要で、禁止には効果があります。けれど、裏付けは苦情1件で、会員向けの会報まで禁じなければならないほどの危険は示されていません。補助事業の場面に絞れば足りるのに、8条は団体の全活動に及んで、会員向けの会報まで禁じています。しかも、違反の不利益は、既に交付した補助金の返還で、重いです。補助事業と関係のない活動に及ぶ限度で、過度です。中間審査基準で、正当化されません。
違憲とする対象

最後に、違憲とする対象です。8条は、補助事業に限る定めがなく、文言が一義的です。どう運用しても、補助事業と関係のない活動まで、禁止の対象に入ります。違憲の原因は、Aへの取消しの個別の事情ではなく、規定の中身にあります。だから、取消しの処分だけを違憲とするのではなく、要綱8条そのものを、補助事業と関係のない活動に及ぶ限度で違憲とします。ここから、Aの会報での意見表明を理由にした取消しと返還は、許されないことになります。
団体への観察処分

二つ目の事例は、団体への観察処分と報告義務です。同じ道具が、どこで違う動きをするかを見てください。設例のための架空の法律です。団体の活動として、役員が主導した集団暴行で3件の傷害が生じた団体について、公安委員会は、同様の行為に及ぶ具体的な危険があると認めるに足りる事実があるときに、3年以内の観察処分に付すことができます。処分を受けた団体は、役員と構成員の氏名と住所、活動拠点、公開している機関誌とウェブサイトの名称、3か月ごとの活動状況と意思決定の内容を報告して、立入検査を受けます。違反には罰則があります。立案のときの国会答弁には、団体の活動が慎重になる効果も期待される、という言葉がありました。Aは市民団体で、構成員は約400人です。5年前に、役員Pが主導した集会で集団暴行が3件あり、Pは有罪になりました。Pは今も顧問です。団体は政治的な主張を、機関誌とウェブサイトで公開しています。公安委員会は、Aに観察処分を決めました。

関係を図にします。国がB、団体がA、一般の構成員がCです。BからAへ、観察処分と報告義務。CはAの構成員で、氏名が報告の対象に入ります。問いは、観察処分と報告義務は、団体Aとの関係で憲法に違反するか、です。入口で、分けておくことがあります。団体Aの権利と、構成員Cの権利は別です。Aの権利は、結社が自律的に活動する自由と、機関誌などで意見を表明する自由。Cの権利は、自分の氏名や住所を国に明らかにされない自由などです。今回の問いは、Aとの関係です。だから、主眼はAの権利です。報告義務がCの側でも制約になりうることは、区別して、一言置くだけにします。

制約です。観察処分も、報告も、立入検査も、団体の活動を禁止するものではありません。禁止でないから制約がない、とは言えません。禁止でなくても事実上の支障が出るなら、慎重に吟味します。さきほどの判決は、報告の強制についても述べています。
判例東京地判平13・6・13
観察処分取消請求事件(報告の強制と結社の自律的な活動に関わる情報) 「……右報告を強制されることにより、宗教的結社の自由の一内容である、当該結社の自律的な活動に関わる情報を開示しない自由が侵害されることも明らかである。」
借りるのは、宗教的結社についての言葉ですが、結社の自由の一内容として、自律的な活動に関わる情報を開示しない自由を見る、という見方です。ここでも規範の出典ではなく、足場として使います。そのうえで、報告事項を一つの塊にせず、分けて評価します。公開されている機関誌とウェブサイトの名称は、誰でも見られる情報です。国に報告しても、新しく開示される中身はほとんどありません。制約は小さいです。構成員全員の氏名と住所は、非公開です。団体が誰とともに活動しているかを明らかにさせます。団体の活動と、構成員自身の自由の両方に及びます。一般の構成員の氏名まで含みますから、制約は強いです。活動状況と意思決定の内容は、団体が何をどう決めたかを、定期的に国へ知らせることです。萎縮が大きい項目です。同じ法律の中でも、報告事項によって制約の強さが違います。

一番上の問いは、団体への報告義務が、団体と構成員のどの自由を、どう制約するか、です。規範は二つに区切れます。一つ目は、「団体の権利と構成員の権利を区別し」です。Aとの関係を問われたら、Aの権利を主眼に置いて、Cの権利は分けて一言で触れます。二つ目は、「報告事項ごとに、情報の公開の程度と目的との関連で」です。公開の程度で制約の強さが動き、目的との関連で手段の過度性が決まります。さきほど表で分けたのが、この二つの軸です。
観察処分の目的と手段

目盛りの決め方は、助成の条件と同じです。団体の自律と政治的な主張の表明は、重要です。強度は、報告事項で動きます。公開の媒体の名称は小さく、非公開の氏名や住所は強い。公開かどうかで強度が動くところが、助成の条件と違います。ただ、報告しても、活動そのものは続けられます。助成の条件のように、意見を捨てるか活動を捨てるかの二者択一までは迫られません。だから、厳格審査基準からは出発しません。それでも、非公開の情報を出させる強い項目を含みますから、合理性の基準にも緩めず、中間審査基準で見ます。目的は、公共の安全です。同じ集団暴行の再発を、早く見つけることです。重要です。観察処分の要件は、同様の行為に及ぶ具体的な危険があると認めるに足りる事実でした。目的に沿った絞りです。ただ、立案のときの答弁に、団体の活動が慎重になる効果も期待される、とありました。団体を萎縮させること自体は、結社の自由への制約を正当化する目的にはなりません。立法目的に萎縮の狙いが読み取れるなら、目的の審査でその部分を外して、公共の安全の目的だけで見ます。手段は、報告事項ごとに、目的との関連を見ます。役員と活動拠点と公開されている媒体の名称は、再発の危険を見張るのに合理的で、制約も小さいです。構成員全員の氏名と住所はどうでしょう。危険の把握に必要なのは、団体を動かす役員と、暴行に関与しうる者です。そこまでで足ります。一般の構成員約400人の氏名と住所まで集めるのは、過度です。
活動状況と意思決定の内容は、萎縮は大きいものの、再発の兆しを早く見つけるという目的にいちばん近い情報です。答案では、萎縮の大きさと目的との近さを並べて、どちらに傾くかを理由とともに書きます。この設例では、処分が具体的な危険を要件にし、期間も3年以内に限られています。目的との近さが勝つとして、是認する側で書けます。差がいちばんはっきり出るのは、構成員全員の氏名と住所です。結論です。観察処分の要件と制度は、活動状況と意思決定の報告も含めて、是認します。構成員全員の氏名と住所の報告義務の限度で、違憲です。
完成答案
図:完成答案|第1 入口の特定
助成の条件の事例を、答案の形にしました。こちらが完成答案です。動画を止めて見てみてください。最初の板は入口です。団体の自由を、表現と結社の活動に結ぶ運びを見てください。
図:完成答案|第2 制約
次は制約です。ここが、今日の本番の一つ目です。任意の条件を、割合と代わりの資金と範囲と不利益で見て、二者択一に落とす運びを見てください。
図:完成答案|第3 実質的正当化の1と2の(1)と(2)
審査基準を立てて、目的と手段の効果を当てる段です。裁量を認めつつ、表現への萎縮を重く見て、基準の位置を決める運びを見てください。
図:完成答案|第3の2のと(4)、3、第4 他の手段、小括、違憲とする対象、結論
最後は他の手段の段です。ここが、本番の二つ目です。三つの手段を効き具合まで書くのは、それで初めて過度と言えるからです。そのうえで、違憲とする対象と結論に至ります。ご自身の答案と見比べてみてください。
今日の地図(保存版)

前編と合わせて、まとめます。前編は、団体に入らされる個人の自由でした。後編は、団体の側が、国から条件や義務を課されるときの自由でした。国が団体を縛るとき、禁止の形をとるとは限りません。補助の条件でも、報告の義務でも、形で止めずに事実で見ます。補助が活動に占める割合、代わりの資金、条件が及ぶ範囲、違反の不利益。報告なら、公開されているか、団体の自律にどこまで入り込むか。強制の程度を事実から評価できれば、そのあとの目盛りと他の手段は、前編と同じ道で書けます。
参照条文
- 日本国憲法21条1項