憲法ゼロから憲法 論文

表現内容規制(後編)

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ゼロから憲法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

設例

事例の時系列|Z市の商店街、街宣と動画、抗議した人の晒し、啓発の失敗、条例の制定、中止命令まで

今日は、1つの事例を、答案として最後まで書き切ります。特定の民族を蔑称でののしる演説を続ける団体に、市が中止を命じる。この条例は憲法に違反しないか、という事例です。演説を、市が止めるんですか。まず事例です。Z市の中央商店街の周辺には、P国にルーツをもつ住民、以下P系住民が、約3000人暮らしています。商店街の店舗の約2割は、P系住民が営んでいます。団体Fの代表Aは、2年前から月に2回、商店街の入口で、街宣車の拡声器を使って演説を行ってきました。「P系住民は出ていけ。この町から一人残らず追い出せ」と繰り返し、P系住民を蔑称で呼んでののしる演説です。Aは演説の様子を動画サイトに投稿していて、再生回数は約8万回です。

P系住民が街宣の場で抗議し、動画のコメント欄で反論したところ、Fの支持者が、抗議した人の顔写真と勤務先を、インターネット上に載せました。それ以降、P系住民の多くは、街宣に抗議することも、公の場で意見を述べることも、控えるようになりました。市の調査では、P系住民の児童生徒の一部が、商店街を通る通学路を避けるようになり、不登校の相談も増えていました。P系住民の一人が弁護士に相談しましたが、演説が特定の個人を名指ししていないため、名誉毀損の訴えは難しい、と言われました。そこで市が動きます。Z市は、街宣の中止を求める啓発と要請を、2年間続けました。しかしFは街宣を続け、頻度は月2回から週1回に増えました。

設例の条文|Z市差別的言動の抑止に関する条例の1条から5条(架空の条例) 図:設例の条文|Z市差別的言動の抑止に関する条例の1条から5条(架空の条例)

そこで市議会が制定したのが、Z市差別的言動の抑止に関する条例です。設例のために作った、架空の条例です。板の条文を見てください。1条は、人種または民族に係る属性を理由とする差別的言動を抑止し、市民の尊厳と平穏な生活を守ることを、目的に掲げます。2条は、差別的言動を定義します。人種や民族に係る特定の属性を有する者の集団を社会から排除することを目的として、その集団に属する者を蔑称で呼ぶなどして著しく侮蔑し、またはその生命や身体に危害を加える旨を告げる、公然の表現活動です。3条は、市長が差別的言動を認めたとき、中止を勧告できる、と定めます。4条は、勧告に従わない者に、弁明の機会を与えたうえで、中止、場所や方法の変更その他の必要な措置を命じられる、と定めます。5条は、命令に従わない者を、5万円以下の過料に処する、と定めます。

勧告、弁明、命令、過料と、段階があるんです。その段階が、あとで効いてきます。

関係図|Z市長BがAに中止を命じる、AはP系住民Cを蔑称でののしる、Fの支持者は抗議した人を晒しCは声を上げられなくなる

関係を図にします。Z市長がB、P系住民がCです。Bが条例に基づいてAに中止を命じる。AはCを蔑称でののしる。Fの支持者は、抗議した人を晒し、Cは声を上げられなくなる。この線が、主な登場人物のすべてです。話を進めます。条例の施行後、市長Bは、Aの商店街入口での街宣が2条の差別的言動にあたるとして、Aに中止を勧告しました。Aが従わなかったので、弁明の機会を与えたうえで、商店街入口での街宣の中止を命じました。これを本件命令と呼びます。Aが命令にも従わなければ、5条の過料を科されえます。Aは、条例が憲法に違反すると主張しました。問いは1つです。条例は、憲法に違反するか。また、本件命令はどうか。

入口と制約と形式的正当化

答案の進め方|入口、制約、形式的正当化は短く通し、実質的正当化の目盛りの置き直しを厚く書く

答案の骨格は、前に見たとおりです。入口の特定、制約、形式的正当化、実質的正当化、違憲とする対象の選択。この事例の分かれ目は、実質的正当化のなかの、審査の目盛りの置き方です。そこへ向かうまでは、型どおりに短く通します。入口です。Aの具体的自由は、商店街の入口で、P系住民を社会から排除することを訴える街頭演説を行い、その様子を動画で公開する自由です。

条文日本国憲法21条1項

集会・結社・表現の自由 第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

街頭演説も動画の公開も、自分の意見を他の人に伝える行為です。「その他一切の表現」に入ります。差別的な内容の表現であっても、入口で切らずに通します。理由は2つです。1つ目。差別的だから保障の外、と先に決めると、何が保障に値するかを、規制する側が決めてしまうことになります。保障の範囲を、規制する側が決める転倒です。2つ目。外に置ける範囲が広がると、保障されるべき表現まで、控えようという萎縮が生じます。ですから、内容が差別的であることは、入口では数えません。審査のなかで数えます。入口は通過です。次に制約です。制約の本体は、演説そのものを止める命令です。過料は、その命令を守らせる裏づけです。街宣を名指しで止めるのですから、直接的かつ強度な制約にあたります。形式的正当化です。条例は、住民が選んだ議員でつくる市議会が、議決を経て定めたものです。国会が定める法律と同じく、民主的な手続を経たルールで、憲法94条も、法律の範囲内で条例を定めることを認めています。ですから、法律の留保は満たします。2条は、排除の目的、著しい侮蔑または危害の告知、公然性の3つを要件にしていて、行為者にも、対象かどうかの見当がつきます。明確性も欠きません。

分かれ目は、次の実質的正当化です。

審査の目盛りを動かす事情

振り分け|2条は表現の中身に着目する、表現内容規制、見解規制の色が濃く、原則は厳格審査基準

実質的正当化に入ります。まず振り分けです。これも、前に見たとおりです。2条は、排除を訴える、著しく侮蔑する、危害を告げるという、表現の中身に着目して禁じています。表現内容規制です。しかも、排除を訴える特定の見解を狙う色が濃く、見解規制に近いものです。内容規制は、原則として、厳格審査基準で見るのでした。ここで思い出してください。内容規制を原則として厳しく見るのは、なぜでしたか?政府が特定のメッセージを思想の自由市場から排除して、市場をゆがめる強度の制約だからです。政府に都合の悪い表現を狙う動機も、入りやすいからです。ところが、この事例では、その出発点を動かす事情があるかどうかを、事実から拾う必要があります。

目盛りを動かす事情|設例の事実のうち、思想の自由市場が働きにくいことを示すのはどれか(問い)

思想の自由市場とは、さまざまな意見が出そろって競り合うなかで、よい意見が残る、という考え方でした。この市場が働くには、反論する側が対等に声を上げられることが、前提になります。問いです。事例の事実のうち、この前提が崩れていることを示しているのは、どれでしょう。板には、事実を並べました。少し考えてみてください。

目盛りを動かす事情|尊厳を傷つける、差別意識を助長する、反論を封じ込める、それぞれに当たる事実(答え)

ヘイトスピーチには、3つの特徴がありました。尊厳を傷つける。差別意識を助長する。反論を封じ込める。それぞれを、事実に1つずつ当てます。1つ目、尊厳を傷つける。Aは、P系住民を蔑称で呼んでののしる演説を、2年間続けています。集団に属する人の尊厳を、直接傷つけるものです。2つ目、差別意識を助長する。動画は約8万回再生されています。しかも、P系住民の児童生徒が通学路を避けるようになり、不登校の相談が増えています。差別的なメッセージが広がって、現実の被害になっている、と書けます。3つ目、反論を封じ込める。これが、いちばん重い事実です。抗議した人は顔写真と勤務先を晒され、以後、P系住民の多くが、抗議することも意見を述べることも控えるようになりました。

反論する側が対等に声を上げられる、という前提が、事実として壊れています。しかも、名誉毀損の訴えは難しいと言われています。個別の救済も、届きにくい状況です。内容規制を厳しく見る理由は、政府が市場をゆがめる強度の制約だから、でした。市場がそもそも働いていない場面では、その理由は、そのままでは当たりにくくなります。ただし、2条は特定の見解を狙う色が濃く、政府の恣意の危険は残ります。ですから、厳しく見る気持ちをゼロにはしません。手段の審査で厳しく見る、と予告しておきます。

目盛りの決定|重要性は下がり、強度は強いが刑罰ではなく、よって厳格審査基準をやや緩和した基準

目盛りを決めます。見るのは、権利の重要性と、制約の強度です。重要性です。Aの演説は、P系住民を排除する訴えと蔑称ばかりで、政策の是非を論じる要素を含みません。自己統治に資する度合いが小さいので、重要性は下げる方向です。強度です。本件命令は、演説そのものを止めるので、強度は小さくありません。ただ、従わない場合の制裁は、5万円以下の過料で、刑罰ではありません。以上に、反論が封じられている事情を加えます。厳格審査基準を、やや緩和した基準にします。目的が十分に重要であること。手段が、目的との間に実質的関連性、つまり、しっかりとしたつながりを持つこと。より制限的でない他の選びうる手段があるなら、そちらを使うべきだったとして、このつながりは認められません。これを求めます。厳格審査基準と比べると、目的は、やむにやまれぬ必要不可欠な公共的利益から、十分に重要な利益へ。手段は、必要最小限度から、実質的関連性へ。それぞれ一段ずつ緩めています。前に見た中間審査基準と、同じ形の物差しです。ただ、緩める理由が違います。ほかの時・場所・方法が残るからではなく、市場が働いていないからです。

見解規制の色が濃いので、そう書く余地もあります。けれど、この答案では、拾った事情を目盛りに反映させます。一段緩めて、そのかわり手段は厳しく見る。そう書きます。

規範と答案の型|ヘイトスピーチの規制の審査 図:規範と答案の型|ヘイトスピーチの規制の審査

ここまでの流れを、一枚にまとめます。反論が封じられて、市場による是正が働かない。だから、内容規制でも、厳格審査基準をやや緩和した基準で見る。この基準に、目的と手段の事実を当てていきます。

目的と手段のあてはめ

目的|条例1条の目的は十分に重要か、通学路を避ける児童生徒と不登校の相談という実際の被害(答え)

まず目的です。この基準では、目的が十分に重要であることを求めます。条例1条の目的は、差別的言動を抑止して、市民の尊厳と平穏な生活を守ることです。事実を当てます。街宣と動画によって、P系住民の尊厳が傷つけられています。通学路を避ける児童生徒が現れ、不登校の相談も増えました。個人の尊厳に関わる重要な利益に、実際の被害が出ている場面です。目的は、十分に重要です。

手段|尊厳の侵害と差別の助長を抑えるために、条例より制限的でない手段は何か(問い) 図:手段|尊厳の侵害と差別の助長を抑えるために、条例より制限的でない手段は何か

次は手段です。見解を狙う色が濃い規制ですから、ここを最も厚く見ます。求められるのは、手段が、目的との間に実質的関連性、つまり、しっかりとしたつながりを持つこと、でした。より制限的でない他の選びうる手段があるなら、そちらを使うべきだったとして、このつながりは認められません。問いです。尊厳の侵害と差別の助長を抑えるために、この条例より制限的でない手段は、何があるでしょう。そして、それで足りるでしょうか。板に、事実を並べました。少し考えてみてください。

手段|対象は3つの要件で絞られ、啓発と要請は失敗し、名誉毀損の訴えでは届かず、措置は段階的(答え)

まず関連性です。排除を訴えて著しく侮蔑し、または危害を告げる公然の表現に限って、中止を求める。これは、尊厳の侵害と差別の助長を抑えることに、実質的に関連します。そのうえで、より軽い手段を探します。1つ目は、対象を絞ることです。2条は、排除の目的、著しい侮蔑または危害の告知、公然性の3つがそろった表現だけを対象にしています。単なる批判や、政策の主張は入りません。2つ目は、啓発と要請です。Z市は2年間続けましたが、Fは街宣を続け、頻度は月2回から週1回に増えました。要請では足りません。3つ目は、既存の制度、名誉毀損の訴えです。演説が特定の個人を名指ししていないため、難しいと言われています。既存の制度では届きません。

重い面はあります。でも、措置は段階を踏みます。勧告、弁明の機会を与えたうえでの命令、5万円以下の過料。刑罰ではありません。命令の内容も、中止のほかに、場所や方法の変更を選べます。ですから、より制限的でない他の選びうる手段で、同程度に目的を達成できるとはいえません。手段は、目的との間に実質的関連性を有します。

本件命令|Aの演説は2条にあたり、命令は4条が認める措置の範囲内、条例も本件命令も合憲(答え)

次に、本件命令です。Aの演説は、「一人残らず追い出せ」と繰り返し、蔑称で呼んでののしるものです。2条の差別的言動にあたります。本件命令は、Aが勧告に従わなかったので、弁明の機会を与えたうえで、4条が認める措置のなかから、商店街入口での街宣の中止を命じたものです。同じ審査で、目的は十分に重要で、手段にも実質的関連性があります。条例も、本件命令も、憲法21条1項に反しません。法令と処分のどちらを違憲とするかを選ぶ段も、どちらも合憲なので、この事例では問題になりません。ただ、命令の内容が、商店街入口での街宣の中止だったことは、板に残しておいてください。あとで使います。

最高裁の示した物差し

判決の物差し|表現の自由の制限が許される限度と、三つの較量の要素に、本件で拾える事実はどれか(問い)

この条例を、最高裁が、大阪市のヘイトスピーチ対処条例について示した物差しでも、見てみます。判例のある論点では、判例の物差しに当てても結論が変わらないかを、実質的正当化の終わりに確かめます。違う結論になりうるなら、どの事実で分かれるかを書くためです。判決の事案を、先に1つだけ言っておきます。市長が、表現活動の拡散を防ぐ措置や、表現の内容の概要と表現した者の氏名などを公表する措置を行える仕組みの条例で、要請に応じない者に対する制裁はなく、氏名を特定するための法的強制力を伴う手段もない、という事案でした。判決の言葉は、こうです。

判例最高裁判所第三小法廷判決・令和4年2月15日

大阪市ヘイトスピーチ対処条例事件 「憲法21条1項により保障される表現の自由は,立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって,民主主義社会を基礎付ける重要な権利であるものの,無制限に保障されるものではなく,公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることがあるというべきである。そして,本件において,本件各規定による表現の自由に対する制限が上記限度のものとして是認されるかどうかは,本件各規定の目的のために制限が必要とされる程度と,制限される自由の内容及び性質,これに加えられる具体的な制限の態様及び程度等を較量して決めるのが相当である」

読み取るのは2つです。表現の自由は無制限ではなく、公共の福祉による、合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることがある。そして、その限度かどうかは、制限が必要とされる程度、制限される自由の内容及び性質、具体的な制限の態様及び程度の、3つを較量して決める。この判決は、事案について、こう結論しています。

判例最高裁判所第三小法廷判決・令和4年2月15日

大阪市ヘイトスピーチ対処条例事件 「本件各規定により制限される表現活動の内容及び性質は,上記のような過激で悪質性の高い差別的言動を伴うものに限られる上,その制限の態様及び程度においても,事後的に市長による拡散防止措置等の対象となるにとどまる。」……「当該要請等に応じないものに対する制裁はなく,認識等公表についても,表現活動をしたものの氏名又は名称を特定するための法的強制力を伴う手段は存在しない。」……「本件各規定による表現の自由の制限は,合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものというべきである。」

判決の物差しを当てる|必要とされる程度は高い、内容及び性質は絞られている、態様及び程度は過料がある点で判決の事案より重いが限度にとどまる(答え)

3つの要素に、本件の事実を並べます。制限が必要とされる程度です。街宣が月2回から週1回に増え、通学路を避ける児童生徒が現れています。高いといえます。制限される自由の内容及び性質です。蔑称で呼んで排除を訴える演説に、絞られています。制限の態様及び程度です。勧告と弁明の機会を経た命令にとどまります。ただし、判決の事案には制裁がありませんでした。本件には、5万円以下の過料があります。この点は、制限の程度を高める方向に働きます。それでも、対象が3つの要件で絞られていること、事前の勧告と弁明の機会があること、過料が軽いことに照らせば、制限は、合理的で必要やむを得ない限度にとどまる、と評価します。

過料があるかないかで、結論が変わることもあるんですか。ありえます。過料が重かったり、命令に従わせる手段が強力だったりすれば、制限の程度はさらに高まります。判決の事案の延長で、当然に合憲とは書けません。事案がどこまで及ぶかを、事実で測ります。ここまでが、ヘイトスピーチの規制です。保障の外に出さず、反論が封じられている事情を目盛りに入れる。次は、ほかの表現の目盛りの置き方と並べて、違いを確かめます。

三つの類型を並べる

比較|ヘイトスピーチ、営利的言論、せん動で、目盛りを動かす事情と置き方が違う 図:比較|ヘイトスピーチ、営利的言論、せん動で、目盛りを動かす事情と置き方が違う

ここで、3つを並べます。営利的な広告や、せん動でも、目盛りの置き方を見てきました。ヘイトスピーチと並べて、違いを確かめます。どれも、保障の外には出しませんでした。違うのは、目盛りを動かす事情です。ヘイトスピーチは、反論が封じられて、市場による是正が働かないことが、事情でした。目盛りは、厳格審査基準をやや緩和した基準です。営利的言論は、自己統治の価値がなく、真偽の判定が容易で、萎縮しにくいことが、事情でした。事実かどうかを確かめやすく、営利の動機があるので、規制しても控えすぎが起きにくい。目盛りは、同じく、やや緩和した基準です。せん動は、政策の批判と一体のことが多く、重要性が高いので、目盛りは緩めませんでした。そのかわり、聞き手が従って初めて害悪が生じることから、害悪の危険の大きい場合に限って許す、という絞りをかけました。

止まらない理由が、それぞれ別です。答案では、その理由を、設例の事実から拾って書きます。

変形 選挙演説への適用

変形の事例|Z市議会議員選挙の候補者Dの街頭演説と市長Bの中止命令、Aの場合と同じ条例

ここで、最初の条例をもう一度使います。条例は、Aの場合には合憲でした。それでも、ある場面への当てはめが、違憲になることがあります。Z市議会議員選挙の、選挙運動期間は7日間です。新人の候補者Dは、定住外国人の受入れ枠を現在の半分に抑えるよう、国に求めることを公約に掲げました。告示から3日目、Dは、市内で最も人通りの多い商店街の入口で、約15分の街頭演説を行いました。大半は、市の財政と治安についての政策論です。最後に、こう述べました。「P国の人たちが増えれば、この町の治安は悪くなる。この町の主役は私たちだ。いずれ出ていってもらう日が来る。」Dは、蔑称を使っていません。危害を加える旨も、述べていません。聴衆にはP系住民も含まれ、不安を訴える声が市に寄せられました。市長Bは、4日目、Dの演説が条例2条の差別的言動にあたるとして、中止を勧告しました。Dは従わないと明言しました。そこで5日目、弁明の機会を与えたうえで、選挙運動期間の終わりまで、商店街での街頭演説を中止するよう命じました。これを、この事例の本件命令と呼びます。Dは、条例そのものが合憲だとしても、選挙演説に本件命令を当てはめるのは、憲法に違反すると主張します。問いは、本件命令は、憲法に違反するか、です。

関係図|Z市長BがDに選挙運動期間の終わりまでの中止を命じる、DはP系住民Cも含む聴衆に政策を訴える

関係を図にします。Z市長がB、候補者がD、P系住民がCです。Bが条例に基づいてDに中止を命じ、Dは、Cも含む聴衆に政策を訴える。この線だけです。入口です。Dの具体的自由は、選挙運動期間中、商店街の入口で、公約と政策を訴える街頭演説を行う自由です。自分の意見を有権者に伝える行為ですから、21条1項の保障を受けます。制約です。本件命令は、選挙運動期間の終わりまで、街頭演説を禁じます。有権者に訴える手段を直接封じるので、直接的かつ強度な制約です。形式的正当化です。本件命令は、条例4条に基づきます。条例そのものが21条1項に反しないことは、Aの場合に見たとおりです。ただし、条例が合憲でも、その適用が憲法に反することはありえます。そこで、Dの演説に条例を適用した、本件命令の合憲性を検討します。

目盛りの置き直し|重要性、強度、反論の封じ込めの有無を、Aの場合とDの場合で見比べる(問い)

問いです。同じ条例なのに、目盛りは、Aの場合と同じでよいでしょうか。板には、見比べる観点だけを並べました。権利の重要性、制約の強度、反論の封じ込め。考えてみてください。

目盛りの置き直し|重要性は最も高く、強度は強く、反論が封じられた事情はなく、厳格審査基準に戻す(答え)

重要性です。選挙は、住民が自治の担い手を選ぶ民主政の基礎です。

条文日本国憲法15条1項

公務員の選定罷免権 第十五条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

条文日本国憲法93条2項

地方公共団体の議会の議員の選挙 第九十三条 ②地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

15条1項と93条2項です。候補者が政策を有権者に訴える選挙運動は、この自己統治に直結します。Dの演説の大半は、市の財政と治安、定住外国人の受入れ枠という、公共的な事項を扱う政策論です。蔑称ばかりで政策を含まなかったAの街宣と違い、重要性は最も高い。強度です。選挙運動期間は7日間で、命令は5日目から期間の終わりまで続きます。有権者に訴える機会は、後から取り戻せません。強度は強い。目盛りを動かす事情です。Dの最後の一文には、P系住民を排除する趣旨が含まれうる。でも、Aの街宣では、抗議した人が晒されて、P系住民が声を上げられなくなった、という事情がありました。Dの場合には、そのような事情がありません。ですから、Aの場合に緩めた目盛りを、厳格審査基準に戻します。目的がやむにやまれぬ必要不可欠な公共的利益であること。手段が必要最小限度であること、つまり、目的を達するのにどうしても必要な範囲にとどまること。Aの場合の実質的関連性では、より軽い手段で同程度に目的を達成できるかを問いました。必要最小限度では、目的に要らない部分まで制限していれば、それだけで超えます。

重要性も強度も、反論の封じ込めの有無も、Aの場合とは逆の向きに動きました。

2条への該当性|選挙演説の重要性から要件を厳格に解する、蔑称も危害の告知もなく、最後の一文は政策論に続く文脈(答え)

厳格審査基準に戻したうえで、本件命令の前提を確かめます。Dの演説が、2条の差別的言動にあたるか、です。2条の「著しく侮蔑し」「危害を加える旨を告げる」という要件は、選挙演説の重要性から、政策論の枠内の主張を含まないよう、狭く読みます。答案では、厳格に解する、と書きます。広く読むと、21条1項が強く守る選挙演説まで、条例で止めることになるからです。Dは、蔑称を使っていません。危害を加える旨も述べていません。最後の一文は、排除を思わせます。ただ、政策論に続けて受入れの抑制を主張する文脈で述べられたもので、P系住民を著しく侮蔑するものとまではいえません。ですから、Dの演説は2条にあたりません。21条1項が求める狭い読み方の外にある選挙演説を、2条にあたるとして止めた。そこに、Dの表現の自由の侵害があります。

仮に2条にあたるとしても|問題とされうる発言は最後の一文だけ、本件命令より軽い措置は何か(問い)

ここで止めずに、仮に2条にあたるとしたらどうなるかも、続けて書きます。目的は、少数者の尊厳と平穏な生活を守ることです。やむにやまれぬ必要不可欠な公共的利益にあたりうる、と書けます。手段です。問いです。問題とされうる発言は、演説の最後の一文だけです。目的を達するために、本件命令より軽い措置は、何があるでしょう。条例4条の中身も、思い出してみてください。

手段|4条は場所や方法の変更その他の必要な措置を認める、最後の一文を控えるよう求める措置で足りる、本件命令は演説の全部を禁じ必要最小限度を超える(答え)

4条は、中止のほかに、場所や方法の変更、その他の必要な措置を命じることを認めています。最後の一文を控えるよう求める措置でも、目的は達成できます。ところが本件命令は、政策論を含む演説の全部を、期間の終わりまで禁じています。より制限的でない他の選びうる手段があり、必要最小限度を超えています。ですから、本件命令は、憲法21条1項に反し、違憲です。違憲とする対象を選ぶ前に、思い出してください。措置に幅がある法令では、違憲とするのは、法令と処分のどちらでしたか?

違憲とする対象の選択|条例は合憲、措置の幅の中から最も重い措置を選んで選挙演説に当てた本件命令が違憲、処分違憲(答え)

処分です。幅の中から、重い措置を選んだ点が問題になります。条例は、中止のほか、場所または方法の変更その他の必要な措置を認めていて、措置に幅があります。条例そのものは、憲法21条1項に反しません。問題は、その幅の中から、最も重い措置を選んで、選挙演説に当てはめた点にあります。ですから、条例そのものではなく、本件命令が違憲です。これを、処分違憲と呼びます。法令を残したまま、それに基づく処分を違憲とする、ということです。法令は残して、この表現への当て方だけを止めるので、処分違憲と書きます。同じ条例でも、Aの街宣には合憲、Dの選挙演説には違憲。目盛りを事実で置き直した結果です。

完成答案

完成答案|ヘイトスピーチを抑止する条例、第1 入口の特定、第2 制約、第3 形式的正当化

ここまでを、答案の形にしました。こちらが完成答案です。動画を止めて見てみてください。

完成答案|ヘイトスピーチを抑止する条例、第4 実質的正当化、審査基準の定立(表現内容規制か、審査の目盛りを動かす事情) 図:完成答案|ヘイトスピーチを抑止する条例、第4 実質的正当化、審査基準の定立

審査基準の定立の答案です。まず、振り分けと、目盛りを動かす事情までです。

完成答案|ヘイトスピーチを抑止する条例、第4 実質的正当化、審査基準の定立(権利の重要性、制約の強度、審査基準) 図:完成答案|ヘイトスピーチを抑止する条例、第4 実質的正当化、審査基準の定立

続いて、重要性、強度、そこから決まる審査基準です。

完成答案|ヘイトスピーチを抑止する条例、第4 実質的正当化、目的と手段 図:完成答案|ヘイトスピーチを抑止する条例、第4 実質的正当化、目的と手段

目的と手段の答案です。

完成答案|ヘイトスピーチを抑止する条例、第4 実質的正当化、最高裁の示した枠組みによる確認と結論、第5 本件命令の合憲性

判決の物差しによる確認と、本件命令の答案です。

完成答案|変形 選挙演説への適用、第1 入口の特定、第2 制約、第3 形式的正当化、第4 実質的正当化の冒頭

選挙演説への適用の答案です。まず、入口から形式的正当化と、実質的正当化の入り口までです。

完成答案|変形 選挙演説への適用、第4 実質的正当化、審査基準の定立の続きと2条への該当性

続いて、実質的正当化の続きです。

完成答案|変形 選挙演説への適用、第4 実質的正当化、仮に2条にあたるとしても、第5 違憲とすべき対象の選択

最後に、違憲とする対象の選択までの答案です。ご自身の答案と見比べてみてください。保障の外に出さずに、目盛りの置き場所を、事実で動かす。今日の答案は、その一点でできています。

参照条文

  • 日本国憲法21条1項
  • 日本国憲法15条1項
  • 日本国憲法93条2項

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