プライバシー権(後編)
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ゼロから憲法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
設例

前編は、情報の取扱いが13条で守られるか、でした。今日は、情報ではなく、自分の身体や生き方をどうするかを、自分で決める自由です。入口の要件は、前編と同じ道具を使います。そして今日は、その入口で、説の違いが結論を分ける場面を、厚く見ます。事例を1つ置きます。国が、ある植物由来の成分を含む製品を、法律で規制しました。その法律で処罰されようとしている人が、憲法13条に違反すると主張できるのか、という事例です。当たり前に見える場面でも、何のために使ったのかで、答案の分かれ目が変わります。まず事実を見ます。

国は、約15年前に、N成分製品規制法を定めました。架空の法律です。以下、N法と呼びます。植物由来のN成分を含む製品を、N製品と呼びます。N法の要点は3つです。1つ目、N製品の製造、販売、輸入、所持、使用を禁止する。2つ目、例外は、厚生労働大臣が医薬品として承認したN成分の製剤を、医師が処方して使う場合だけ。そして罰則は、製造、販売、輸入が10年以下の拘禁刑、所持と使用が3年以下の拘禁刑です。所持と使用を禁止して処罰する規定を、本件規定と呼びます。例外の運用です。承認された製剤は、国内に1つもありません。製薬会社は、国内の患者数が少なく、採算が合わないとして、承認の申請をしていません。
図:国の説明と制定後の事情|左は国の説明の4つ、右は制定後の調査と海外の例
板は、左が国の説明、右が制定後に出てきた事情です。国の説明は4つです。1つ目、N成分は、長期、多量の使用で、記憶と判断力の低下や依存が生じた例が報告されている。2つ目、使用後の自動車の運転による事故や、乳幼児の世話ができなくなった例が報告されている。3つ目、違法に流通する製品は、成分の量が一定せず、若年層にも広がり、密売組織の資金源になっている。4つ目、医薬品としての有効性と安全性は、国内では確認されていない。制定後の事情です。制定当時は、使用による重い依存の報告が、相次いでいました。その後、国内の専門学会の調査で、既存の鎮痛薬が効かないか、副作用で就労が難しい神経障害性疼痛の患者のうち、N製品で痛みが軽くなったと答えた人が、一定数いると分かりました。依存や認知機能の低下は、長期、多量の使用で目立ち、短期、少量では少ない、とも報告されています。嗜好のための使用による害は、酒類と同程度との報告もあります。海外には、医師の管理の下で、治療のための使用を認める国があります。
図:関係図|国BがAの所持と使用を処罰、主治医CはAを診察するが法の壁で処方できない
関係を図にします。国がB、規制を受けて争う人がA、Aの主治医がCです。BはAの所持と使用を処罰します。Cは診察をしますが、法の壁があり、処方はできません。Aは、50代の会社員で、独り暮らしです。約8年前から、神経障害性疼痛があります。通勤は電車で、運転はしません。既存の鎮痛薬は、眠気とふらつきが強く、服用すると勤務中に集中できません。Cは、N製品で痛みが軽くなる患者がいると知っていましたが、法により処方できず、使用を勧めませんでした。ただ、Cは、効く患者がいること、国内に承認された製剤がないこと、長期、多量の使用で依存や認知機能の低下が目立つことを、Aに説明しています。経過です。昨年、Aは知人からN製品を入手し、夜に少量だけ使うようになりました。痛みが軽くなり、日中の勤務を続けられるようになりました。AはCに使用を打ち明け、Cは、処方はできないが、定期の診察で経過を見ています。また、Aは、これとは別に、休日に気分転換の趣味として、月に数回、N製品を使ってきました。他人に提供したことはありません。今年、Aの所持が発覚し、Aは、所持と使用の罪で起訴されました。問いは1つです。本件規定は、Aとの関係で、憲法13条に違反するか。他の法令や条約との関係、刑事手続は、今日は検討しません。
入口

入口に入る前に、前編の復習を1問、挟みます。人格的利益説の定義として、人格的生存に不可欠な何かを内容とする権利の総体、と言いました。この何かに入る言葉は、何でしたか?少し考えてみてください。
図:答え|人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体
答えは、利益です。人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体、でした。この定義が、今日は結論を分けます。

答案の骨格は、総論の回の型どおり、入口、制約、正当化の順です。正当化のうち、法律の根拠と文言の明確さを見る段は、本件規定が法律で定められ、文言にも争いがないので、実質的な審査に時間を使います。後編で時間を使う分かれ目は、3つあります。1つ目、入口で、説の違いが保障の有無を分けること。2つ目、自己決定の領域で、審査の目盛りを、どこに置くか。3つ目、国の目的のうち、本人を守る部分と、他人を守る部分を、分けて評価することです。とくに、入口と、手段の他の手段を、厚く見ます。入口です。まず、Aが主張する自由を特定します。Aは、N製品を2通りに使っています。1つ目は、痛みの治療のために、自らが選んだ手段としてN製品を使う自由。以下、治療の自由と呼びます。2つ目は、休日の気分転換として使う自由。以下、嗜好の自由と呼びます。
まとめると、どちらの説で書いても、書き損じます。治療の自由は、どの説でも入ります。嗜好の自由は、説によって入りません。2つを混ぜると、治療の自由まで入らないように読めたり、嗜好の自由まで入るように読めたりします。具体的自由の切り取り方で、入口の結論が変わるので、使い方ごとに分けます。
条文日本国憲法13条
幸福追求権 第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
前編と同じ条文です。この条文には、自己決定という言葉が、ありません。そこで、治療の自由と嗜好の自由が、13条後段から、憲法に明文のない新しい人権として、保障されるのかが、問題になります。人格的利益説は、人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体を保障する、と考えます。一般的行為自由説は、あらゆる生活領域の行為の自由を保障する、と考えます。前編では、狭い説で入るなら、深入りせずに、どちらの説でも入ると言い切りました。今日は、そうはいかない場面があります。Aの事実を拾います。まず、治療の自由です。既存の鎮痛薬では、眠気とふらつきのために、勤務を続けられません。どの手段で痛みを抑えるかは、自分の身体の状態と、働いて暮らすという生き方を保つ決定です。これを自分で決められなくなれば、Aは、痛みに耐えて働くことを諦めるか、処罰を覚悟で手段を選ぶかを迫られ、人格的自律が害されます。だから、人格的生存に不可欠な自己決定にあたり、人格的利益説で入ります。狭い説で入るのですから、一般的行為自由説でも入ります。治療の自由は、どちらの説でも保障される、と言い切れます。次に、嗜好の自由です。休日の気分転換という趣味です。これを欠いても、Aの身体の保全や、生き方の根幹は、損なわれません。人格的生存に不可欠とまでは、いえません。だから、人格的利益説では、保障されません。ところが、一般的行為自由説なら、あらゆる生活領域の行為の自由を保障するので、嗜好の自由も入ります。ここで、説の違いが、保障の有無を分けます。
保障されない自由だとされても、争いは終わりません。保障の外でも、公権力が、合理的な理由なく、恣意的に規制してよいことには、なりません。目的と手段に、合理性は求められます。この処理は、あとの節で見ます。反対に、一般的行為自由説で入るときは、広く拾った自由は、そのぶん制限も通りやすくなります。審査の目盛りは、低く置きます。

この板の真ん中の規範を、区切って読みます。1つ目の区切りは、「自己決定権は、自分の人生に関わる私的な事柄を、公権力に干渉されずに自ら決定する権利である」です。保障を求める自由の中身を、ここで置きます。2つ目の区切りは、「個人の人格的生存に不可欠な自己決定は、憲法13条後段により保障されると解する」です。入口の要件を、人格的利益説の形で置いています。人格的生存に不可欠な利益のうち、今日は、自分で決めることそのものが問われるので、要件を、不可欠な自己決定、という形で置きます。下の段のあてはめです。治療の自由は、自分の身体の状態と、働いて暮らすという生き方を保つ決定なので、人格的生存に不可欠です。どちらの説でも保障されます。嗜好の自由は、休日の趣味なので、不可欠とまではいえません。人格的利益説では保障されず、一般的行為自由説では保障されます。この、説ごとの当て分けが、今日の入口の本番です。解説の回で見たとおり、ライフスタイルの領域、つまり生活の様式に近い自己決定が、人格的生存に不可欠といえるかには、争いがあります。だから、答案では、規範は人格的利益説で立て、説によって保障の有無が分かれる自由についてだけ、一般的行為自由説に立った場合の結論も、両方、書きます。今日の嗜好の自由が、その場面です。

問いです。Aが、休日の気分転換としての使用だけを理由に争っていたら、人格的利益説と一般的行為自由説で、何が変わるでしょうか。少し考えてみてください。

答えです。人格的利益説では、13条の保障がありません。13条の審査には進まず、不合理でないかだけを見ます。一般的行為自由説では、保障されます。そして、目盛りの低い審査に進みます。治療の自由なら、どちらの説でも保障され、同じ審査に進みます。説の選択が結論に響くのは、嗜好の自由のような、生活の様式に近い自由だけです。
保障の範囲

次は、保障の範囲です。保障される自己決定を、領域で分けて、地図にします。上から、生命、身体の処分。家族の形成、維持、つまり結婚するかどうか、子を持つかどうか。そして一番下が、ライフスタイルで、髪型、服装、嗜好がここに入ります。上の2つは、人格的生存に不可欠とみる見方が、ほぼ一致しています。ライフスタイルは、争いがあります。自己決定の対象には、濃淡があります。私生活の根幹に近いほど、権利の重要性は高くなります。Aの2つを、地図に置きます。治療の自由は、自分の身体の状態を、自らの意思で保つ決定です。生命、身体の処分の領域に置きます。嗜好の自由は、趣味や習慣に近いので、ライフスタイルです。身体や医療に関する意思決定の位置づけを、解説の回で見た、輸血拒否の判決で確かめます。
判例最判平12・2・29 民集54巻2号582頁
エホバの証人輸血拒否事件の判決(身体、医療の意思決定が人格権の一内容として尊重される手本) 「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない。」……「本件においては、W医師らは、右説明を怠ったことにより、Tが輸血を伴う可能性のあった本件手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪ったものといわざるを得ず、この点において同人の人格権を侵害したものとして、同人がこれによって被った精神的苦痛を慰謝すべき責任を負うものというべきである。」
Tは患者、W医師らは、病院の医師です。医師が、病院の方針を説明しなかった事案です。判決は、輸血を伴う可能性のある手術を受けるかどうかを、患者が決める機会を、奪ったことを、人格権の侵害としました。輸血そのものが違法とされたのではありません。説明を怠って、選ぶ機会を奪ったことが、問題とされたのです。射程を確認します。これは、医師と患者の間の、不法行為の判断です。患者は、宗教上の信念に基づいて、輸血を拒否していました。判決は、憲法13条に言及していません。自己決定権という語も、使っていません。

問いです。輸血事件は、輸血を拒否する意思決定をする権利を、人格権の一内容として尊重しました。では、Aが治療のために選んだ物質を使う自由も、この判決で、13条の権利として認められた、と言えるでしょうか。少し考えてみてください。

答えは、言えない、です。理由は3つあります。民事の、医師の説明をめぐる事案であること。宗教上の信念に基づく輸血拒否であること。そして、13条に触れていないことです。治療の自由が13条で保障された根拠には、できません。使えるのは、身体や医療に関する意思決定が、人格に関わる法的な利益として尊重される、という位置づけです。答案には、その手本として引きます。
判例最大決令5・10・25 民集77巻7号1792頁
性別変更の生殖腺要件の大法廷決定①(身体に関する自由の位置づけと較量の式) 「憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しているところ、自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由(以下、単に「身体への侵襲を受けない自由」という。)が、人格的生存に関わる重要な権利として、同条によって保障されていることは明らかである。」……「身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されないというべきである。そして、本件規定が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法13条に適合するか否かについては、本件規定の目的のために制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度等を較量して判断されるべきものと解するのが相当である。」
この決定も、解説の回で見たものです。この決定の本件規定は、性別の取扱いの変更の審判を受けるための要件として、生殖腺がないことなどを求める、法律の規定です。違憲としたのは、この生殖腺の要件だけです。守られる自由は、身体への侵襲を受けない自由です。Aは、身体への侵襲を強いられているのではなく、治療の手段を選ぶ自由を求めています。別の自由なので、Aの自由が保障される規範の出典には、できません。ここで使い方を変えます。1つ目は、身体に関わる自由が、重要な権利の位置にある手本として。2つ目は、後で見るとおり、制約の較量の組み方の手本として、です。

審査の目盛りを、領域から決めます。上げる事情は、生命、身体や生き方の根幹に近いこと、取り返しがつかない結果になること。下げる事情は、趣味や習慣に近いことです。治療の自由は上、嗜好の自由は下、と言い切ります。

この板の真ん中の規範を、区切って読みます。1つ目の区切りは、「自己決定の対象には濃淡があり」です。自己決定は、どれも同じ重さではない、という前提を置きます。2つ目の区切りは、「生命・身体の処分や家族の形成・維持のように私生活の根幹に関わるものほど権利の重要性は高く、趣味や習慣に近いものほど低い」です。ここで、重さの物差しが決まります。根幹に近いか、趣味や習慣に近いかです。下の段のあてはめです。治療の自由は、生命、身体の処分の領域に属します。治療の手段が奪われる限り、痛みと就労不能が続くので、人格的生存への関わりは深く、重要性は高い。嗜好の自由は、ライフスタイルの領域で、趣味や習慣に近いので、重要性は低い。ここまでが、保障の範囲です。
制約と審査基準

次は制約です。本件規定は、所持と使用に、3年以下の拘禁刑を科します。治療のための使用も、処罰の対象です。だから、治療の自由を、直接制約します。一般的行為自由説に立てば、嗜好の自由も制約します。治療の自由の審査の目盛りを、総論の回と同じ三つの枠で決めます。権利の重要性、制約の強度、裁量です。権利の重要性は、先ほどのとおり、高いです。制約の強度です。刑罰という強い制裁である拘禁刑が科されます。例外は、国が承認した医薬品の処方だけですが、承認された製剤は国内に1つもなく、申請もありません。現実には使えません。Aは、痛みに耐えて勤務を諦めるか、処罰の危険を負って使い続けるか、という二者択一を迫られます。強度は、強いです。
そこで、3つ目の枠の裁量が効きます。薬物の有害性の評価には、医学、薬学の専門的な知見が要ります。国民の健康や公衆衛生にも関わります。国会の判断を、ある程度尊重する必要があり、裁量が認められます。ただし、治療に使う場合の有効性や害についての知見は、進展し得ます。進展に応じた見直しを欠くことまで、許す広い裁量では、ありません。

この板の規範を、区切って読みます。前編と同じ形です。1つ目の区切りは、「権利の重要性が高く制約の強度が強いときは厳格審査基準が出発点」です。重要性が高く、強度も強いので、まず厳格審査を考えます。2つ目の区切りは、「裁量が認められるときは一段緩め、中間審査基準による」です。厳格審査は、目的が必要不可欠で、手段が必要最小限であることまで求めます。合理性の基準は、目的が正当で、手段が目的と合理的な関連性を有すれば足ります。薬物の評価には専門性があるので、厳格審査までは上げません。けれど、権利が重く、制約も強いので、合理性の基準までは下げません。3つ目の区切りです。「①目的が十分に重要であり、②手段が目的との間に実質的関連性を有し、より制限的でない他の選びうる手段がない」です。目的、手段の関連性、他の手段、の順に当てはめます。
目的

目的です。国が挙げた理由は、二手に分かれます。まず、本人保護です。使用する本人の、依存や、記憶と判断力の低下を防ぐ。もう一方は、第三者と社会の保護です。運転事故、乳幼児の世話、若年層への流通、密売組織の資金源を断つ。答案では、この2つを分けて評価します。「健康被害の防止」とひとまとめにして、正当な目的と言ってはいけません。本人を守る目的と、他人を守る目的では、許される範囲が違うからです。優しく見えて、危うい面があります。本人のためを思って、本人の自由を制約することを、パターナリズムと言います。本人が自分で決めたことを、国が置き換えることになるので、個人の自律を否定するおそれがあります。だから、成人の自己決定に対しては、原則として許されません。例外は、2つです。1つ目、本人の判断能力が、十分でないとき。2つ目、制約しなければ、本人に回復できない重大な不利益が、生じるときです。許される場面を、この2つに絞ります。境界の例で確かめます。使った人が、強い依存で、判断そのものが蝕まれているなら、1つ目に近づきます。一度の使用で命に関わるような取り返しのつかない結果なら、2つ目にあたります。これに対して、長期、多量に使い続けたときに、じわじわ害が出るだけなら、まだ回復できない重大な不利益とは言えません。短期、少量なら、なおさらです。

流れを図にします。この図を、頭に置いてください。

この板の真ん中の規範を、区切って読みます。1つ目の区切りは、「個人の自律を否定するおそれがあるから、成人の自己決定に対しては原則として許されない」です。原則と、その理由を一緒に置きます。2つ目の区切りは、「本人の判断能力が十分でないとき、又は制約しなければ本人に回復できない重大な不利益が生じるとき」です。例外は、この2つだけです。3つ目の区切りは、「例外として許される」です。2つのどちらかにあたれば、本人保護の目的でも、制約の目的になり得ます。下の段のあてはめです。Aは成人で、判断能力に問題がありません。Cから、効く患者がいること、承認された製剤がないこと、長期、多量の使用で依存や認知機能の低下が目立つことの説明を受けています。そのうえで、夜に少量だけ使い、定期の診察で経過を見ています。害は、長期、多量で目立ち、短期、少量では少ない。だから、Aに回復できない重大な不利益が生じるとはいえません。本人保護は、治療の自由を制約する目的としては、十分に重要とはいえません。国の側の事実も、一言拾います。依存は、判断能力そのものを蝕むおそれがあります。違法に流通する製品は、成分の量が一定しません。ただ、Aは、説明を受け、少量で、定期の診察で経過を見ています。異変があれば、主治医が気づける状態です。この事実の下では、結論は動きません。

もう1つの目的、第三者と社会の保護です。使用後の運転事故、乳幼児の世話の放棄、若年層への流通、密売組織への資金流入。これらは、他者の権利と、社会の安全を守るものです。十分に重要です。ここは認めます。認めるべきところを争って、答案の信用を落とさないためです。したがって、本件規定の目的は、第三者と社会の保護で立ちます。本人保護だけでは、立ちません。この分けが、次の手段の審査を決めます。
手段

ここからが、今日の本番です。手段を審査します。まず、実質的関連性です。所持と使用を処罰すれば、需要が減って、流通が抑えられ、運転事故なども減ります。本件規定は、一般には、目的に資します。ただし、Aは、独り暮らしで、運転をせず、他人に提供もしていません。Aの治療のための使用が、第三者の害につながる蓋然性は、低いです。この点は、次の他の手段で、拾い直します。

問いです。他の手段を3つ挙げます。1つ目、医師の管理の下で、治療のためにだけ使用を認める例外を置く。2つ目、第三者への害は、害そのものに応じた個別の規制で防ぐ。3つ目、流通を断つ目的は、製造、販売、輸入を重く処罰する規定を、維持して担う。それぞれ、目的をどこまで達成できるでしょうか。少し考えてみてください。

1つ目は、医師の管理の下の使用の例外です。診察を行う医師が管理すれば、使う量と経過を、医師が把握できます。本人保護の目的は、相当程度達成できます。現行の例外は、国が承認した医薬品に限られ、承認の申請がない以上、機能していません。承認制度に頼らない例外を設けることは、立法で可能です。海外にも、このような例外を置く国があります。2つ目は、第三者への害に応じた個別の規制です。運転事故や、乳幼児の世話の放棄は、使用の影響下での運転や、養育の放棄そのものを規制すれば足ります。治療のための使用を、一律に処罰する必要はありません。第三者への害は、相当程度防げます。3つ目は、流通を断つ規定の維持です。若年層への流通や、密売組織への資金流入は、製造、販売、輸入を重く処罰する規定が担っています。治療のための所持や使用を処罰しなくても、これらの規定は維持できます。流通を断つ目的は、保たれます。他の手段を挙げるときは、効き具合まで書きます。他にも手段があります、とだけ書いても、答案になりません。
確実さでは、全面禁止が上回ります。ただし、判断の尺度は、目的を十分に達成できるか、であって、最大限に達成できるか、ではありません。医師の管理の下の使用を認めても、流通を断つ規定は残ります。そして、治療のための使用に絞った例外なら、第三者や若年層への害は、増えません。

次は、態様です。ここは、規範の最後の区切り、より制限的でない他の選びうる手段がない、の続きです。他の手段で目的を達成できると分かったら、次に、国が実際に選んだ処罰が、それよりどれだけ踏み込んでいるかを、制約の仕方の事実で示します。二者択一の事実は、強度を決めるときにも使いました。そこでは、審査をどれだけ厳しくするかの材料でした。ここでは、選んだ手段が過度だ、と言うための材料です。ここで、令和の大法廷決定の拾い方を、手本にします。
判例最大決令5・10・25 民集77巻7号1792頁
性別変更の生殖腺要件の大法廷決定②(必要性の低減、二者択一の態様、結論) 「特例法の制定当時に考慮されていた本件規定による制約の必要性は、その前提となる諸事情の変化により低減しているというべきである。」……「治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができる。」……「その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない。よって、本件規定は憲法13条に違反するものというべきである。」
見てほしい拾い方は、2つです。1つ目、制定当時に考慮されていた必要性が、前提となる事情の変化で低減した、という見方。2つ目、一方を放棄するか、他方を放棄するかという、二者択一を迫っている点です。ただし、この決定の事案は、身体への侵襲を受けない自由に関するものです。Aの事案は、治療の手段を奪われる場面で、事案が違います。借りるのは、規範ではなく、事実の拾い方です。本件に当てます。制定当時は、重い依存の報告が相次いでいました。その後の専門学会の調査では、効かないか、副作用で就労が難しい患者の中に、N製品で痛みが軽くなった人が一定数います。依存や認知機能の低下は、短期、少量では少ない、と報告されています。制定当時に前提とされた事情は、知見の進展で、変化しています。ところが、例外は、形式的に残るだけです。承認の申請がなく、治療のための使用を許す道が、閉ざされています。Aは、痛みに耐えて勤務を諦めるか、処罰の危険を負って使うか、という二者択一に置かれています。国の側の事実も、拾います。N成分の有効性と安全性が、国内では確認されていない、という点は、残っています。薬物の評価には専門性があり、例外の道が、承認制度として法に置かれている、という点も、合憲方向の事実です。ただ、承認が現実に機能していないことと、知見の変化を考えると、結論は動きません。以上を合わせます。本件規定は、治療のための所持と使用を処罰する点で、より制限的でない他の選びうる手段があります。手段として、過度です。

違憲とする対象を選びます。規定そのものを違憲とするか、規定は残して、一部の場面への適用だけを違憲とするか、です。前編の条例には、必要な限度で提供できる、という限定の文言がありました。だから、運用を限定する道が残っていました。本件規定には、治療目的の使用を除く文言がありません。例外も、承認医薬品の処方に限られます。合憲限定解釈、つまり、規定の意味を狭く読んで、違憲になる部分を外す読み方で、治療目的の使用を除くことは、できません。では、規定の全体が違憲になるのか。そうではありません。嗜好のための所持と使用に当てる限りでは、後で見るとおり、規定は合憲です。違憲になるのは、治療目的の所持と使用に、規定を当てる場面だけです。前編は、規定を狭く読めたので、規定に基づく提供の措置を違憲としました。今日は、規定を狭く読めないので、規定をこの場面に当てること自体を違憲とします。したがって、本件規定は、治療目的の所持と使用を処罰する限度で、治療の自由を侵害し、違憲です。適用違憲です。
嗜好の自由

最後に、嗜好の自由です。人格的利益説では、保障されません。それでも、国の規制である以上、理由のない区別を禁じる平等原則や、目的に比べて重すぎる規制を禁じる比例原則には、縛られます。だから、恣意的な規制は許されず、目的が合理的で、手段が目的と合理的な関連性を有することは求められます。目的は、第三者と社会の保護で、合理的です。手段も、所持と使用の処罰が、需要を抑え、流通を断つことに資するので、合理的な関連性があります。13条には違反しません。一般的行為自由説では、保障されます。ただし、重要性は低く、広く保障される自由は、制限も通りやすい。薬物の有害性の評価には専門性があり、裁量も大きい。目的が正当で、手段が目的と合理的な関連性を有すれば足りる、合理性の基準によります。同様に、違反しません。結論は同じでも、経路が違います。保障の外に出るか、保障の中で目盛りが低くなるかです。違いが表に出るのは、嗜好の自由だけを争う場合の、審査に進むかどうかの点です。また、酒類との釣り合いは、目盛りの置き方で効き方が変わります。合理性の基準なら、どの薬物をどこまで規制するかは立法の裁量に委ねられ、結論は動きません。目盛りを上げて、他の手段まで問う審査なら、害が酒類と同程度との報告があるのに、N製品だけを処罰する必要があるのかが問われ、違憲の方向に働きます。
完成答案
図:完成答案|第1 入口の特定、治療の自由
ここまでを、答案の形にしました。こちらが完成答案です。動画を止めて見てみてください。この板は、入口の段です。治療の自由と嗜好の自由を分け、説ごとに当て分ける運びが、今日の最初の本番です。
図:完成答案|第1 嗜好の自由と結論、第2 保障の範囲の規範
嗜好の自由を説ごとに当て分けて入口を閉じ、領域と目盛りの段に入ります。
図:完成答案|第2 あてはめと結論、第3 制約
この板は、領域と目盛りの段です。判例の射程を添えて、重要性を言い切る運びに注目してください。
図:完成答案|第4 審査基準の定立
この板は、重要性、強度、裁量から目盛りを決める段です。
図:完成答案|第4 目的、本人保護と第三者保護
目的を、本人保護と第三者保護に分ける段です。分けて評価する運びが、もう1つの本番です。
図:完成答案|第4 手段、他の手段
この板は、他の手段を、効き具合まで書く段です。
図:完成答案|第4 態様、小括、違憲とする対象
態様と、違憲とする対象を選ぶ段です。
図:完成答案|第5 嗜好の自由、第6 結論
最後に、嗜好の自由と、結論です。ご自身の答案と見比べてみてください。今日は、自己決定の答案を、入口の説の当て分けから、目的の分けと他の手段まで、通して書きました。この運びを、持ち帰ってください。
参照条文
- 日本国憲法13条