信教の自由(前編)
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ゼロから憲法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
設例

今日は、事例を一つ、答案として最後まで書き切ります。信仰を理由に、学校の必修の授業を受けられないとき、卒業を認めない処分は、憲法に反するのか。信教の自由から見ていきます。免除が不公平に見える、その疑問が今日の入口です。免除してよいか、を決める話ではありません。校長の処分が、きちんと検討を経たものだったか。それを事実で見ていきます。まず事実です。Y県立W高校の3年生Aは、Z教の信者です。W高校の必修科目、家庭基礎は、3年生の1年間に、調理実習が12回あります。そのうち9回は肉か魚を使い、3回は、野菜、穀物、豆だけを使います。Z教の教義は、生き物の命を奪って得た肉と魚を、自らの手で調理し、口にしてはならない、と教えます。同じ教団の信者には、戒めを緩やかに解する人もいます。けれどAは、幼いころから厳格に守ってきました。入学の時から、給食の代わりに、肉と魚を除いた弁当を持参すると、学校に届け出ています。教会の牧師Dも、Aの信仰を説明する文書を、学校に出しました。2年次の終わりに、Aは校長Bと家庭科の教員に、こう申し出ました。肉魚の回は、野菜や豆で同じ調理の技能を課す、別の課題とレポートに、代えてほしい。校長Bは、断りました。理由は四つです。全員が同じ内容で実習するのが、必修の趣旨だ。例外を認めると、他の生徒が不公平に感じる。信仰が真摯かどうかは、学校には判断できない。希望者が増えれば、食材の準備と班編成が回らない。そして、検討はしませんでした。肉魚の回を休んだ生徒には、病気で休んだ場合と同じ、同じ献立の追実習があるだけです。

規程を見ます。ここは設例のための架空の定めです。評価は、実習が40点、定期試験が60点の合計100点で、60点以上なら単位が認定されます。単位が認定されなければ、卒業は認められません。県の教育課程の基準は、調理実習の内容を、食品の特徴に応じた基礎的な調理の技能と衛生管理、と定めるだけです。使う食材は、指定していません。実習40点は、12回に均等に配られます。3年次、Aは、野菜等の3回には参加しました。肉魚の9回には参加せず、教室の隅で手順を記録して、毎回レポートを出しました。教員は、実習の記録として十分な内容だと認めながら、評価には入れませんでした。追実習は、同じ献立なので、Aは断りました。結果です。実習点は、参加した3回分の10点。定期試験は60点中49点。合計は59点で、あと1点足りません。家庭基礎は不認定。校長Bは、Aの卒業を認めない処分をしました。Aの他の科目は優秀です。卒業は1年遅れ、指定校推薦で合格していた大学の入学資格は、失効します。
周りの事情も一つ。県内の別の県立高校には、実習の食材を班ごとに選べるようにしている例があります。W高校の3年生240人のうち、Z教の信者は、Aを含めて3人です。他の2人は、肉魚の回にも参加しています。

関係を図にします。校長がB、生徒がA、同級生がC、牧師がDです。BからAへ、卒業を認めない処分。DからAへ、信仰を説明する文書。Cは、肉魚の回にも実習に参加しています。問いは一つです。校長Bの卒業を認めない処分は、憲法20条1項に違反するか。代替措置、つまりAが求めた別の課題とレポートを採ることが政教分離に反しないか、そして教育を受ける権利の側は、ここでは検討せず、答案では、別に検討する、と一言添えます。
入口

入口です。答案は、何の自由が、どこまで保障されるか、から始めます。Aが主張する自由は、教義に反して肉と魚を調理する実習を、強いられない自由です。
条文日本国憲法20条
憲法第20条 第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。 ② 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。 ③ 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
1項前段が、信教の自由を保障します。2項は、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを、強制されない、と定めます。3項は政教分離で、今日は使いません。信教の自由を扱った回で見たとおり、中身は、信仰の自由、宗教的行為の自由、宗教的結社の自由の三つでした。絶対に守られるのは、信仰、つまり内心だけです。Aが争うのは、このうち宗教的行為の自由の、しない自由の側です。信仰に従って行動する自由の、裏返しです。Aは、Z教を信じることを、禁じられていません。内心の信仰は、侵されていません。侵されているのは、信仰に従って行動する自由のほうです。
2項が守るのは、宗教上の行為や行事への参加です。たとえば、ある教会の礼拝に、出席するよう強いられる場合です。調理実習は、宗教の行事ではありません。参加を強いられているのではなく、教義に反する行為をさせられているのです。だから、2項は使いません。1項前段で導きます。

上の段に問題提起、真ん中に規範、下にあてはめがあります。真ん中の規範を、区切って読みます。1つ目の区切りは、「信教の自由(20条1項前段)には、信仰の自由、宗教的行為の自由、宗教的結社の自由が含まれる」です。保障の中身を、三つ並べています。2つ目の区切りは、「そして、これらには消極面として、信仰をもたない自由、宗教的行為を強制されない自由、宗教的結社に加入しない自由も含まれる」です。三つの自由のそれぞれに、したくないことを強いられない側の面がある、という一文です。Aが主張するのは、真ん中の、宗教的行為を強制されない自由です。3つ目の区切りは、最後の一文です。宗教上の行為、祝典、儀式、行事への参加を強制されない自由は、2項が明文で保障している。ここが、先ほどの、2項は使わない理由とつながります。下の段のあてはめです。Aは、教義に反して肉と魚を調理する実習を強いられています。調理実習は宗教上の行為ではなく、2項の問題ではありません。信仰に従って行動する自由の消極面として、1項前段の保障を受けます。ただし、信教の自由は、無制限ではありません。保障の限界を、確かめておきます。
判例最大判昭38・5・15 刑集17巻4号302頁
加持祈祷事件(信教の自由の保障の限界) 「……信教の自由の保障も絶対無制限のものではない。」「……被告人の本件行為は、所論のように一種の宗教行為としてなされたものであつたとしても、それが前記各判決の認定したような他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使に当るものであり、これにより被害者を死に致したものである以上、被告人の右行為が著しく反社会的なものであることは否定し得ないところであつて、憲法二〇条一項の信教の自由の保障の限界を逸脱したものというほかはなく、……」
祈祷のために人を殴り、死なせた事件です。宗教行為としてなされても、他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使で、人を死に致した以上、保障の限界を逸脱する、としました。本件に当てます。Aが求めているのは、自分が調理に加わらないこと、これだけです。誰かの生命や身体に、危害は及びません。限界の内側です。

校長Bは、こう反論するかもしれません。信仰を理由に必修を免れてよいなら、信教の自由が万能になる。答えは、ここで問うているのは、保障の入口だけだ、ということです。自由が保障されることと、制約が正当化されることは、別の段階です。免除してよいかは、後ろの段で、校長の処分を審査して決まります。入口で保障を認めても、何でも通るわけではありません。
図:問い|実習への参加を強制されているのだから2項で書けるか
問いです。Aは、調理実習への参加を強制されています。だから、20条2項で書けるでしょうか。少し考えてみてください。

答えは、書けない、です。2項が守るのは、宗教上の行為、祝典、儀式、行事への参加です。調理実習は、そのどれでもありません。教義に反する行為を強いられない自由として、1項前段の、宗教的行為の自由の消極面で導きます。
制約

次は制約です。ここに入る前に、思想・良心の自由の回の復習です。内心そのものを狙い撃ちにする規制と、行動を求めて内心に圧力をかける規制は、それぞれ、直接的制約と間接的制約のどちらでしたか?狙い撃ちが直接的制約で、行動を求めて圧力をかけるほうが、間接的制約です。この見分け方を、今度は信教の自由に使います。

規制には、二つの型があります。一つ目は、狙いうち規制です。信教の自由では、狙う先は、内心ではなく、宗教そのものです。宗教を理由に、不利益を課します。たとえば、Z教の信者だけは、卒業させない、という定めです。これは、当然に制約です。二つ目は、中立的・一般的規制です。宗教とは無関係に、誰にでも当たる定めです。本件の、単位認定と卒業認定の定めは、こちらです。宗教を名指ししません。全生徒に一律です。だから、直接的な制約とは言えません。校長Bは、そう言いたいでしょう。反論は二つ考えられます。一つ目。一般的な定めを適用しただけで、制約にはあたらない。二つ目。Aは、自らの志望でW高校に入学した。

一つ目から切ります。名指しさえしなければ、どれだけ重い負担でも憲法の問題にならない、としたらどうでしょう。信者に重い負担をかける定めが、野放しになります。見るべきは、定めの形ではなく、適用された結果です。結果を見ます。Aは、卒業を認めてもらうには、家庭基礎の単位を取らなければなりません。肉魚の9回に参加しなければ、実習点は10点にとどまり、単位には試験で60点中50点以上が要ります。参加すれば、教義に反します。重大な不利益を避ける現実的な道が、教義に反する行動しかないのです。この性質があるので、間接的ながら、制約にあたります。二つ目です。自分で選んだ学校だから、不利益は仕方ない、という反論です。けれど、自分で入学を選んだことは、著しい不利益を、当然に許す理由にはなりません。入学した時点で、信仰の行動を諦めた、とは言えないからです。
判例最判平8・3・8 民集50巻3号469頁
剣道実技拒否事件(間接的な制約と、余儀なくさせられる性質) 「……また、本件各処分は、その内容それ自体において被上告人に信仰上の教義に反する行動を命じたものではなく、その意味では、被上告人の信教の自由を直接的に制約するものとはいえないが、しかし、被上告人がそれらによる重大な不利益を避けるためには剣道実技の履修という自己の信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせられるという性質を有するものであったことは明白である。」
この判決は、処分そのものが教義に反する行動を命じたものではないので、直接的に制約するものとはいえない、と認めています。そのうえで、重大な不利益を避けるには、教義に反する行動を採ることを余儀なくさせられる、という性質を拾いました。この運びを、答案でも使います。

この板も、区切って読みます。1つ目の区切りは、制約に二つの型があるところです。宗教を理由に不利益を課す直接的な制約と、中立的・一般的な定めの適用が信者に負担を課す、間接的な制約です。2つ目の区切りは、「信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせられる」性質、です。後者が制約にあたるかを分ける言葉は、ここです。重大な不利益と、教義に反する行動の、二つがつながっているかを見ます。下の段のあてはめです。定めは中立的・一般的で、直接的な制約ではありません。けれど、肉魚9回の実習に参加しないと、卒業を認めない処分を避けるのは著しく困難です。間接的な制約にあたります。自分で選んだ学校でも、不利益が当然に許されるわけではありません。
審査の密度

ここから、本番の前半です。制約はありました。次は、その処分が許されるか、どう審査するか、です。校長Bには、単位認定や卒業認定について、合理的な教育的裁量があります。そしてAは、定めそのものは争っていません。争うのは、その定めを自分に適用した、処分です。定めそのものを争うなら、定めの目的と、それを達する手段を測ります。けれど、適用を争うなら、見るのは、適用した校長が、何をどう考えて判断したか、その過程です。だから、校長の裁量の逸脱や濫用がないか、を審査します。総論の回で見た、厳格審査基準のような目盛りを決める型では書きません。信教の自由を扱った回で見た、間接的な制約なら中間的な審査に緩むこともある、という話も、定めそのものを測る場面のものです。この型は、同じ回で見た、剣道実技拒否事件の判決から借ります。この判決も、憲法判断はせず、裁量権の範囲を超えるとして違法としました。論点は、審査の密度です。裁量の審査でも、見る深さに幅があります。深さを決める事情が、二つあります。一つ目は、処分の性質、つまり、学生に与える不利益の大きさ。二つ目は、信教の自由への不利益の程度です。
判例最判平8・3・8 民集50巻3号469頁
剣道実技拒否事件(処分の裁量審査と処分の性質) 「……校長の裁量権の行使としての処分が、全く事実の基礎を欠くか又は社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである……。しかし、退学処分は学生の身分をはく奪する重大な措置であり、……特に慎重な配慮を要するものである……。また、原級留置処分も、……その学生に与える不利益の大きさに照らして、原級留置処分の決定に当たっても、同様に慎重な配慮が要求されるものというべきである。」
原則は、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超えるか濫用した場合に限り、違法です。つまり、校長にはひろく任されています。ところが、退学や、原級留置、つまり留年のように、学生に与える不利益が大きい処分は、慎重な配慮が要る、としています。一つ目の事情です。不利益が大きいほど、校長に求める配慮が重くなります。
判例最判平8・3・8 民集50巻3号469頁
剣道実技拒否事件(信教の自由への不利益と相応の考慮) 「……被上告人が剣道実技への参加を拒否する理由は、被上告人の信仰の核心部分と密接に関連する真しなものであった。……その不利益が極めて大きいことも明らかである。」「……本件各処分が右のとおりの性質を有するものであった以上、上告人は、前記裁量権の行使に当たり、当然そのことに相応の考慮を払う必要があったというべきである。また、被上告人が、自らの自由意思により、必修である体育科目の種目として剣道の授業を採用している学校を選択したことを理由に、先にみたような著しい不利益を被上告人に与えることが当然に許容されることになるものでもない。」
二つ目の事情です。拒否の理由が、信仰の核心部分と密接に関連する真摯なものか。教義に反する行動を採るほかないか。そして、不利益は大きいか。この三つを見ます。これが揃うとき、校長は、裁量権の行使にあたり、相応の考慮を払う必要があります。なぜ考慮が重くなるのか。処分が、卒業か信仰かの二択を迫るなら、校長の判断の中に、憲法が守る自由が入り込みます。教育上の都合だけで決めてよい場面では、なくなるのです。続く、自由意思で学校を選んだという点は、先ほどの再反論と同じです。選んだことで、著しい不利益が当然に許されるわけではありません。

この板も、区切って読みます。1つ目の区切りは、冒頭の原則です。「学校長の処分は合理的な教育的裁量にゆだねられ、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超え又は濫用したと認められる場合に限り違法となる」。広い裁量が出発点だ、と書きます。2つ目の区切りは、「しかし、学生に与える不利益の大きさに照らして慎重な配慮を要する」です。処分の性質が、ここに入ります。3つ目の区切りは、「処分が信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせるものであるときは、裁量権の行使に当たり相応の考慮を払う必要があり、代替措置を採ることの是非、その方法、態様等について十分に考慮しなければならない」です。信教の自由への不利益の側から、校長に求められる考慮が決まる。求められる中身は、代替措置の十分な考慮です。なぜ、代替措置なのか。信仰に反する行動を強いる処分なら、まず、その行動をさせずに教育の目的を果たす別の道は無いか、を見るのが筋だからです。その別の道が、代替措置です。4つ目の区切りは、最後の一文です。これを欠くとき、考慮すべき事項を考慮しておらず、又は考慮された事実に対する評価が明白に合理性を欠き、裁量権の範囲を超える違法になります。本件なら、代替措置を検討しなかったことが前者、信仰による不参加を病欠と同じに扱ったことが後者にあたります。あてはめで、どこを見るかの、ゴールです。
図:問い|卒業を認めないのは退学処分ほど重くない、それなら審査の密度は下がるか
問いです。卒業を認めない処分は、退学処分ほど重くありません。それなら、審査の密度は下がるでしょうか。少し考えてみてください。

答えは、下がらない、です。密度は、処分の性質だけで決まりません。信教の自由への不利益の側でも、密度が上がります。そして、処分が退学かどうかという名前ではなく、実態で見ます。卒業が1年遅れ、推薦合格が失効する。この実態は、重い不利益です。
代替措置のあてはめ

ここから、本番の後半です。いちばん厚く書くところです。順に当てます。一つ目、処分の性質です。卒業を認められないと、卒業は1年遅れ、指定校推薦で合格した大学の入学資格が失効します。学生に与える不利益は大きく、慎重な配慮を要します。二つ目、信教の自由への不利益です。三つ見ます。1つ目は、信仰との距離です。Aは、幼いころから戒めを厳格に守り、入学の時から弁当を届け出ています。牧師Dは、Aの信仰を説明する文書を出しています。同じ教団に緩やかな人がいても、問われるのは、Aにとって、その戒めがどこにあるか、です。Aにとって、戒めは生活の中心にあります。拒否は、信仰の核心部分と密接に関連する、真摯なものです。2つ目は、両立しない関係です。肉魚の9回に参加しないと、単位には試験で60点中50点以上が要ります。参加すれば教義に反します。3つ目は、不利益の大きさです。Aの実習点は40点中10点。定期試験で60点中49点を取っても、合計59点で、あと1点足りません。他の科目は優秀です。信仰上の理由による不参加の結果として、卒業を認められない事態に追い込まれました。不利益は極めて大きいです。したがって、校長Bは、代替措置を採ることの是非、その方法、態様について、十分に考慮する必要がありました。

三つ目、代替措置です。まず、性質上可能か。県の基準は、調理実習の内容を、基礎的な調理の技能と衛生管理と定めるだけで、食材を指定していません。肉魚の回で身に付ける、切る、煮る、焼く、衛生を保つ、といった技能は、野菜や豆の調理でも習得できます。校長Bは、全員が同じ内容で実習するのが、必修の趣旨だ、と述べました。けれど、教育の目的は、技能と衛生管理です。食材が同じであることまでは、求めていません。代替措置は、性質上可能です。

次に、校長Bは、考慮したか。校長Bは、Aの申出を検討しないまま断りました。示したのは、病気で休んだ場合と同じ、同じ献立の追実習だけです。同じ献立なら、Aにとっては、教義に反する行動を、後から重ねるだけです。意味のない措置です。さらに、Aのレポートは、実習の記録として十分な内容だと、教員が認めていました。それでも、評価に入れていません。代替措置の是非、方法、態様について、十分に考慮したとは言えません。
判例最判平8・3・8 民集50巻3号469頁
剣道実技拒否事件(代替措置の十分な考慮と、障害の否定) 「……本件各処分の前示の性質にかんがみれば、本件各処分に至るまでに何らかの代替措置を採ることの是非、その方法、態様等について十分に考慮するべきであったということができるが、本件においてそれがされていたとは到底いうことができない。」「……他の学生に不公平感を生じさせないような適切な方法、態様による代替措置を採ることは可能であると考えられる。また、履修拒否が信仰上の理由に基づくものかどうかは外形的事情の調査によって容易に明らかになるであろうし、信仰上の理由に仮託して履修拒否をしようという者が多数に上るとも考え難いところである。」
校長Bは、障害を四つ挙げていました。一つ目の、全員が同じ内容で実習するのが必修の趣旨だ、という点には、性質上可能かのところで応えました。残る、不公平と、信仰の真否と、運営の三つを、判決が拾った事実を手本にして、一つずつ事実で応えます。この判決は、規範の出典としてだけでなく、事実のどこを拾うかの手本としても使います。

一つ目、他の生徒への不公平です。代わりの課題の水準と、評価の基準を、同じにすれば、他の生徒に、不公平感を生じさせない方法があります。同じ技能を、同じ物差しで測るのですから、楽をしている、とは見えません。二つ目、信仰の真否は学校には判断できない、という点です。Aには、入学時から続く弁当の届出と、牧師Dの文書があります。こうした外形的事情の調査で、容易に明らかになります。しかも、Z教の信者は240人中3人です。信仰を口実にして免れようとする人が、多数に上るとも考えにくいです。三つ目、希望者が増えると、食材と班編成が回らない、という点です。県内の別の高校には、食材を班ごとに選べる例があります。そして、現に代替を求めているのは、Aだけです。実習の運営に、重大な支障を生ずるおそれは、認められません。したがって、代替措置を採ることが、実際上不可能だったとは言えません。
判例最判平8・3・8 民集50巻3号469頁
剣道実技拒否事件(結論) 「……考慮すべき事項を考慮しておらず、又は考慮された事実に対する評価が明白に合理性を欠き、その結果、社会観念上著しく妥当を欠く処分をしたものと評するほかはなく、本件各処分は、裁量権の範囲を超える違法なものといわざるを得ない。」
結論です。校長Bは、代替措置が不可能でもないのに、これを検討せず、信仰上の理由による不参加を、単なる欠席と区別しませんでした。考慮すべき事項を考慮しておらず、社会観念上著しく妥当を欠きます。裁量権の範囲を超える違法です。判決は、違法、と述べるところで止まりました。けれど、今日の問いは、20条1項に違反するか、です。信教の自由への考慮を欠いた裁量の逸脱は、Aの信教の自由を不当に制約するものなので、答案では、20条1項に違反する、まで書きます。違法は、校長が任された判断の幅を超えた、ということ。違憲は、そのことで、憲法が守る自由を不当に狭めた、ということです。本件では、幅を超えた原因が信教の自由への考慮を欠いたことなので、両方を書けます。

ここで、取り違えを一つ防ぎます。この判決は、信仰を理由にすれば必ず免除される、と言ったのではありません。問題にされたのは、校長が、代替措置を一切検討しなかったことです。事案が外れると、結論が動きます。たとえば、食肉の加工そのものを学ぶ実習で、野菜に代えると学ぶ内容が成り立たない場合。あるいは、検討したうえで、代替措置を採ると運営に重大な支障が出る、と事実で示せる場合。この二つは、答案でも、別の結論になりえます。本件は、検討せず、障害も事実で崩れました。だから、違法です。
違憲とする対象

最後に、違憲とする対象です。総論の回で見たとおり、法令そのものを違憲とする法令違憲と、法令は残して、それに基づく処分だけを違憲とする処分違憲があります。単位認定と卒業認定の定めは、中立で、全員に一律に当たる、合理的なものです。定めそのものに問題はありません。問題は、これをAに適用して、信仰上の理由による不参加について、代替措置を検討せずに卒業を認めなかった点です。だから、定めではなく、本件の処分を違憲とします。処分違憲です。
完成答案
図:完成答案|第1 入口の特定
ここまでを、答案の形にしました。こちらが完成答案です。動画を止めて見てみてください。最初の板は、入口の段です。2項を使わず、1項前段で導く運びを見てください。
図:完成答案|第2 制約
制約を置く段です。校長Bの二つの反論を切る運びを見てください。
図:完成答案|第3 実質的正当化の1と2
審査の枠組みを定立する段です。今日の本番の前半はここです。審査の密度を決める二つの事情を見てください。
図:完成答案|第3の3 あてはめ、処分の性質と信教の自由への不利益
あてはめの段です。処分の性質と、信教の自由への不利益を、事実で通します。
図:完成答案|第3の3 あてはめ、代替措置
代替措置の段が、今日の本番の後半です。性質上可能か、校長Bは考慮したか、そして校長Bが挙げた障害への応答を、見てください。
図:完成答案|第3の3の小括、違憲とする対象、第4 結論
最後は、小括と、違憲とする対象、結論です。ご自身の答案と見比べてみてください。今回は、個人の側の自由を見ました。では、団体をめぐる場面で、信教の自由は、どう働くのでしょうか。
参照条文
- 日本国憲法20条