憲法ゼロから憲法 論文

思想・良心の自由(前編)

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ゼロから憲法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

設例

事例の時系列|市制100年の式典、全職員の唱和を職務命令とする通達、Aの3年間の経過

今日は、1つの事例を、答案として最後まで書き切ります。Z市が、式典で職員全員に、決まった文章を声に出して唱えるよう命じました。従わなかった職員は、処分を受けます。その職員が、この命令は憲法19条に反すると言えるのか、という事例です。式典で声をそろえることを、ごく普通の行為と受け止める人は多いはずです。ただ、受け止め方の違いが、答案の分かれ目になります。まず事実を見ます。Z市は、職員が約3,000人の市です。市制100年を機に、毎年10月1日の市民の日の式典で、市長の式辞のあと、職員全員が起立して、市民宣言を一斉に唱和することを、市長名の通達で定めました。所要時間は約30秒です。式典は、市民会館で約40分、招待された市民と職員が参列します。所属長が、各職員に職務命令として、この唱和を発する運用になりました。従前は、式典の運営を担当する職員、約50人だけが唱和していて、その他の職員の参列は任意でしたが、式典は支障なく進んでいました。この約50人をCとします。

市民宣言の全文|われらは港とともに歩んだ先人に学びこのまちを愛します、市民の安全と暮らしを守ります、臨海再開発を力を合わせて成し遂げます

全部で3文あります。1文目は、港とともに歩んだ先人に学び、このまちを愛します。2文目は、市民の安全と暮らしを守ります。3文目は、臨海再開発を力を合わせて成し遂げます。3文目に注目してください。まちを愛する、安全を守る、という文と違って、特定の事業への賛成を言い切る文です。

懲戒処分基準|1回目は戒告、2回目は減給、3回目は停職、4回目以降は停職の期間を加重、例外の定めなし

次は、命令に従わなかった場合の処分です。Z市の職員懲戒処分基準は、唱和命令に従わなかった職員を、1回目は戒告、2回目は減給で給与の10分の1を1か月、3回目は停職で期間は1か月、その間の給与は支給されません。4回目以降は、停職の期間を加重します。例外の定めは、ありません。ただし、病気や出張で参列できない職員は、従来どおり、参列そのものを免除されています。

関係図|Z市Bが技師Aに唱和を命令し、拒否のたびに処分を加重、Cは従来から唱和している

関係を図にします。Z市がB、命令を受けたのがA、従来から唱和してきた運営担当の職員がCです。Bは、Aに唱和を命じ、従わなければ処分を重ねます。Cは、命令の前から、自分の仕事として唱和していました。Aは、Z市の港湾課の技師で、勤続20年です。職務は、港湾施設の設計と工事監理で、唱和は、日常の職務に含まれません。Aは、学生時代に所属した団体で、納得していない言葉を全員で唱えさせられた経験があります。それから約30年、こう考えて生きてきました。人は、自分が納得していない言葉を、他の人と声をそろえて唱えてはならない。声をそろえて唱えるとき、人は自分で考えることをやめる。職場の朝礼の標語の唱和にも加わってきませんでしたが、これまで問題とされたことはありません。またAは、臨海再開発の環境への影響に疑問を持ち、意見書を出してきました。

Aの経過|運用開始の年は起立したが唱和せず戒告、翌年も同じで減給、その翌年も同じで停職1か月

経過です。運用が始まった年の式典で、Aは起立しましたが、唱和しませんでした。戒告です。翌年も同じで、減給。その翌年も同じで、停職1か月です。Aは、唱和を命じる本件職務命令が、憲法19条に違反すると主張しています。問いは1つです。唱和を命じる本件職務命令は、これを担保する懲戒処分基準を含めて、Aとの関係で、憲法19条に違反するか。懲戒処分の量定、つまり、どの重さの処分を選ぶかの当否は、今日は検討しません。

入口と骨格

答案の進め方|保障の範囲は短く通し、直接か間接かの振り分けと、他の手段と態様のあてはめを厚く書く

答案の骨格は、総論の回の型どおりです。入口、制約、正当化の順に進みます。形式的正当化は、職務命令が地方公務員法32条の、上司の命令に従う義務のもとで出されているので、答案では一言で通します。19条に固有の分かれ目は、3つあります。保障の範囲をどう当てるか。制約が直接的か間接的か、どう振り分けるか。間接的な制約を、どう較量するか、つまり、何と何を天秤にかけて比べるか。今日は、この3つに時間を使います。とくに2つ目の振り分けを、いちばん厚く見ます。入口です。Aが主張する具体的な自由は、自分が納得していない言葉を、他の人と声をそろえて唱えることを強制されない自由です。以下、本件自由と呼びます。

条文日本国憲法19条

思想及び良心の自由 第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

条文は、これだけです。思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。ここで最初に引っかかるのは、本件自由が、この「思想及び良心」に入るのか、という点です。市は、こう反論するはずです。唱和を好まないのは、単なる好みや、社会生活上の心情にすぎない。思想や良心と呼べるほどのものではない、と。範囲の狭い説と広い説があります。解説の回で見た、信条説と内心説です。信条説は、世界観や人生観など、その人の人格を形づくっている考え方に絞ります。内心説は、ものの見方や考え方一般を、限定なく含めます。答案では、この対立に深入りしません。設例の内心が、狭いほうの説でも入るなら、どちらの説でも保障される、と言い切れるからです。Aの事実を拾います。学生時代の経験から、約30年間、同じ考えを貫き、朝礼の標語の唱和にも加わらずにきました。これは、Aの生き方の芯にある人生観です。だから、信条説でも入ります。信条説で入るのですから、内心説でも、当然入ります。

規範と答案の型|信条説に立てば19条の思想は人格形成の核心に関わる内面的精神活動、Aの考えは生き方の芯にある人生観で信条説でも内心説でも保障

この板の真ん中の規範を、区切って読みます。1つ目の区切りは、「個人の世界観や歴史観など」です。思想として保障される内心の例が、ここに挙がっています。好みや気分ではなく、ものの見方の土台になる考えです。2つ目の区切りは、「人格形成の核心に関わる内面的精神活動」です。この言葉が、範囲を絞る線です。信条説の考え方そのものを、規範の形に置いています。下の段のあてはめです。Aの考えは、30年にわたり、職場の唱和にも加わらずに貫いてきた、生き方の芯にある人生観です。この事実で、人格形成の核心に関わる、と言います。「人は声をそろえて唱えてはならない」という考えは、世界観や人生観の一種として、内容の面でも、無理なく入ります。もう1つ。3文目の再開発への賛否は、具体的な政策への判断です。信条説なら、保障の範囲から外れるかもしれません。ただ、本件自由は、特定の政策への賛否ではなく、声をそろえて唱えること自体を拒む自由です。本件自由で足りるので、再開発の賛否そのものには立ち入りません。

制約の振り分け

振り分けの流れ|命令が向く先は内心か外部的行為か、行為が思想の表明と不可分か、直接的な制約か間接的な制約か

次は制約です。ここが、今日いちばん厚いところです。保障の範囲に入ると言えても、そのまま違憲になるわけではありません。まず、命令が何に向いているかを見ます。本件職務命令が求めているのは、市民宣言を声に出して唱和する、という行為です。Aの内心を直接変えさせたり、内心を探ったりする命令ではありません。内心にとどまっている限り、他人の権利とぶつかりようがなく、調整の土俵にも乗りません。ところが唱和は、外に出る行動です。ここで、問いが立ちます。この外部的行為を求める命令は、直接的な制約か、間接的な制約か。解説の回で立てた言葉を使います。直接的な制約とは、特定の思想の強制や禁止、思想の有無の告白の強要、そして、その人の世界観それ自体を否定することです。間接的な制約は、思想に由来する行動の制限にとどまるものです。直接的な制約なら、例外なく許されません。間接的な制約なら、許される場合があり、その先の較量に進みます。この振り分けで、答案の行き先が分かれます。足にたとえると、足そのものを踏まれるのが直接で、歩く道に石を置かれて、遠回りか通行料かを迫られるのが間接です。

口を動かす点では、外部的行為です。内心に触れるかどうかは、行為の中身で決まります。その物差しになる判例を、2つ見ます。1つ目は、ピアノ伴奏事件の判決です。

判例最判平19・2・27 民集61巻1号291頁

ピアノ伴奏事件の判決(歴史観それ自体を否定するものと認めることはできない) 「……学校の儀式的行事において「君が代」のピアノ伴奏をすべきでないとして本件入学式の国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否することは、上告人にとっては、上記の歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろうが、一般的には、これと不可分に結び付くものということはできず、上告人に対して本件入学式の国歌斉唱の際にピアノ伴奏を求めることを内容とする本件職務命令が、直ちに上告人の有する上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものと認めることはできないというべきである。」

上告人とは、最高裁まで不服を申し立てた、音楽の先生のことです。先生にとっては、伴奏を拒むことは、自分の歴史観や世界観に基づく一つの選択でした。しかし、一般的には、その歴史観や世界観と不可分に結び付くものではない。だから、伴奏を求める命令は、直ちに歴史観や世界観それ自体を否定するものとは認められない、と言います。見てほしいのは、物差しの置き方です。本人がどう思うかではなく、一般的に見て、その行為が内心と不可分か、で決めています。なぜ、本人の受け止めで決めないのか。本人が、この行為は自分の信念と結び付く、と言うだけで直接的な制約になるなら、どんな職務命令も、本人の申し出ひとつで、許されないものになってしまいます。だから、行為の性質で、一般的に決めます。2つ目は、起立斉唱事件の判決です。直接的な制約を否定する部分を見ます。

判例最判平23・5・30 民集65巻4号1780頁

起立斉唱事件の判決(直ちに制約するものと認めることはできない) 「上記の起立斉唱行為は、その性質の点から見て、上告人の有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえず……」……「また、上記の起立斉唱行為は、その外部からの認識という点から見ても、特定の思想又はこれに反する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり、職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には、上記のように評価することは一層困難であるといえるのであって、本件職務命令は、特定の思想を持つことを強制したり、これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するものということもできない。そうすると、本件職務命令は、これらの観点において、個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないというべきである。」

前半は、行為の性質の点から見て、歴史観や世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえない、と言います。次の「また」の文は、外からの見え方です。起立斉唱は、特定の思想の表明として外から認識されるとは評価しにくく、職務上の命令に従って行うなら、なおさらだ、と言います。外から思想の表明と見られる行為を命じれば、その思想を言わせることに近づくので、ここも確かめます。後半は、三つの観点を並べています。特定の思想を持つことの強制ではない。これに反する思想を持つことの禁止でもない。思想の有無の告白の強要でもない。そうすると、これらの観点において、直ちに制約するものとは認められない、という流れです。この2つを、本件に当てます。まず、唱和がAの人生観を否定することと不可分に結び付くか。見る材料は、行為の形です。唱和は、市民の日の式典で、職員全員が起立して一斉に行います。市制100年の節目の式典の、定例の行事の一部です。しかも、市長の指示を受け、職務命令に従って行う形です。だから、一般的、客観的に見て、Aの人生観の否定と、不可分に結び付くとはいえません。外からの見え方も同じです。参列した市民も、同僚も、これを個々の職員が自分の見解を述べている、とは受け取りません。特定の思想の表明として、外から認識されるものでもありません。

迷うところです。3文目には、儀礼的な面だけでなく、特定の立場の表明と読める面があります。ここで、答案が試されます。迷いを隠して「儀礼だ」と書けば、Aの側から崩されますし、「再開発への賛成の表明だ」と書けば、事実を言い過ぎます。3文目も、全員が一斉に、職務命令で唱える形であることは、変わりません。個々の職員の意見としては聞かれない。そこで、3文目を含めても、不可分に結び付くとはいえない、と着地させます。迷う面を一度書いたうえで、形式で決める。この運びを、答案で見せます。次に、三つの観点です。本件職務命令は、特定の思想を持つことを強制するものではありません。反対の思想を持つことの禁止でもありません。思想の有無を告白させるものでもありません。さらに、処分は、唱和をしなかったことを理由にしており、Aがその考えを持っていることを理由に不利益を課すものでもありません。この最後の点は、解説の回で見た四つの型の二つ目、思想を理由にした不利益処遇にあたらない、ということです。この型の手本には、内申書事件の判決があります。高校入試の内申書に、生徒の行動が書かれた事案で、判決は、記載が思想や信条そのものを記載したものではない、という事実から結論を出しました。本件でも、処分の理由は唱和しなかったという行動で、思想そのものではない、と一言で足ります。ここまでで、直接的な制約にはあたりません。

問い|唱和は職員全員が一斉に行う所作でAの信念を否定するものではない、これで19条の問題は終わりと言えるか

問いです。唱和は、職員全員が一斉に行う所作で、Aの信念を否定するものではない。これで、19条の問題は終わり、と言えるでしょうか。少し考えてみてください。

答え|直接的な制約でなくても、信念に由来する行動と異なる行為を求められるので間接的な制約が残る

答えは、言えない、です。直接的な制約にあたらなくても、まだ、間接的な制約が残るからです。この答案の落とし穴は、ここにあります。直接的でないと書いて、そこで手を止める答案です。起立斉唱事件の判決は、続けて、こう述べました。

判例最判平23・5・30 民集65巻4号1780頁

起立斉唱事件の判決(間接的な制約となる面) 「もっとも、上記の起立斉唱行為は、教員が日常担当する教科等や日常従事する事務の内容それ自体には含まれないものであって、一般的、客観的に見ても、国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であるということができる。」……「……個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり、その限りにおいて、その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。」

見るべき点は、2つです。1つ目は、行為の性質です。その行為が、日常担当する事務の内容それ自体には含まれず、一般的、客観的に見ても、敬意の表明の要素を含む、と言います。2つ目は、その結果として、その人の世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められること。解説の回で見た中心は、この2つ目です。そして、その限りで、間接的な制約となる面があることは否定し難い、と言います。本件に当てます。唱和は、Aの日常の職務である、港湾施設の設計と工事監理には含まれません。そして、市が定めた宣言を声に出して唱える行為で、一般的に見ても、宣言の中身に賛同を示す要素を含みます。個々の職員の意見としては受け取られなくても、この要素は残ります。Aの人生観に由来する行動は、唱えないことです。ところが、本件職務命令は、唱える、という、それと異なる外部的行為を求めます。したがって、その限りで、間接的な制約となる面があります。運営担当のCは、事情が違います。Cにとって唱和は、命令の前からの、自分の仕事そのものでした。職務の外の行為を求められる、という1つ目の事情が、Cには当たりません。Aとは事情が違います。足にたとえた話に戻すと、足は踏まれていません。しかし、歩く道に石が置かれ、遠回りか通行料かを迫られている。通行料の重さ、遠回りの長さは、次に見る、較量で量ります。ここまでの規範を、板にまとめます。

規範と答案の型|外部的行為を求める命令は思想の否定と不可分でなく強制禁止告白の強要でもなければ直ちに制約するものとは認められない、ただし間接的な制約となる面がある

この板の真ん中の規範を、区切って読みます。1つ目の区切りは、「一般的、客観的に見て、個人の思想を否定することと不可分に結び付くものとはいえず」です。本人の主観ではなく、行為の性質で決めます。伴奏でも起立斉唱でも、この物差しでした。2つ目の区切りは、「特定の思想の表明として外部から認識されるものでもなく、特定の思想を持つことの強制・禁止や思想の有無の告白の強要でもない」です。ここには、外から特定の思想の表明と見えるか、という点と、さきほどの三つの観点が並んでいます。1つでも当たれば、直接的な制約の側に動きます。3つ目の区切りは、「直ちに制約するものと認めることはできない」です。判決の言い方で、答案でも、この言葉を使います。制約が無い、とまでは言っていません。4つ目の区切りは、「もっとも」から始まる後半です。個人の世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められる限りで、間接的な制約となる面がある。前半で直接的な制約を否定しても、ここで間接的な制約を認める。この2段を、続けて書きます。下の段のあてはめです。前半は、先ほどの、式典の定例の行事の一部として全員が一斉に行う所作で、職務命令に従う形、という事実です。後半は、日常の職務に含まれず、納得していない言葉を声に出す行為、という事実です。

基準の定立

基準の考え方|間接的な制約でも許容されうる、権利は重要で制約は間接的にとどまる、公務員の地位は目盛りを緩める事情

間接的な制約があるとき、そこで、違憲と決まるわけではありません。許される場合があります。では、どの基準で審査するのか。審査をどれだけ厳しくするか、という目盛りを決める事情を、総論の回と同じ三つの枠で見ます。権利の重要性は、高いです。思想及び良心の自由は、人格的な生存に不可欠な権利です。制約の強度は、間接的にとどまります。思想そのものを禁止してはいません。ここでは、強度が弱いほうに寄ります。処分が回ごとに重くなる不利益は、ここではなく、あてはめの態様で量ります。判決が、較量の事情に、制約の態様を挙げているからです。三つ目は、目盛りを緩める事情です。総論の回では、裁判所が立法や行政の判断を尊重する、裁量でした。本件で緩める側に働くのは、Aの地位です。Aは、Z市の職員です。全体の奉仕者として、憲法15条2項のもとに置かれ、上司の職務上の命令に従う立場にあります。地方公務員法32条です。この地位は、目盛りを緩める事情として、一言で拾います。一方、判例は、この物差しを、次のように述べています。

判例最判平23・5・30 民集65巻4号1780頁

起立斉唱事件の判決(総合的な較量) 「このような間接的な制約が許容されるか否かは、職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量して、当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。」

判決は、職務命令の目的及び内容と、制約の態様を、総合的に較量します。そして、制約を許容し得る程度の必要性及び合理性があるかを見ます。比べるのは、命令で得たい利益と、命令がAに及ぼす不利益です。答案では、これを2つの段に分けます。目的の側で、その利益がどれほど重要か。手段の側で、その命令が効果的か、そして過度でないか。目的、手段の効果、手段の過度さ、という順です。

規範と答案の型|間接的な制約は目的が重要で手段が効果的かつ過度でない場合に限り正当化される、中間審査基準

この板の規範は、1文です。区切って読みます。1つ目の区切りは、「①本件職務命令の目的が重要であり」です。必要性の側を、目的が重要か、という問いに置き換えています。2つ目の区切りは、「②その手段が効果的かつ過度でないと認められる場合に限り」です。合理性の側を、手段が効果的か、過度でないか、の2つに分けています。過度でないかは、他の手段で、目的を十分に達成できないかまで見る問いです。総論の回で、目的が十分に重要、手段が目的と実質的関連性、と言った基準と、中身は同じです。3つ目の区切りは、「正当化されると解する(中間審査基準)」です。判例の言葉は、総合的に較量して必要性及び合理性、でした。答案では、判例の言葉を引いたうえで、目的と手段の二段に分けて当てはめる、という順で書きます。なぜ真ん中か。厳格審査基準は、目的が必要不可欠で、手段が必要最小限であることまで求めます。合理性の基準は、目的が正当で、手段が目的と一応つながっていれば足ります。権利が重要なので、合理性の基準までは緩めません。けれど、制約は間接的にとどまり、公務員の地位もあるので、厳格審査基準までは上げません。下の段のあてはめは、板のとおりです。次に、事実で一つずつ当てます。

あてはめ

目的|一体感の醸成と市民への表示は、式典の円滑な進行に不可欠ではなく重要とまではいえない

ここから、あてはめです。まず目的です。Z市の説明は、市制100年の節目に、全職員が市政の目標を共有していることを市民に示し、職員の一体感を高める、というものです。一体感の醸成は、組織の運営上の意義が、あります。では、全職員に唱和させることは、どれほど重要か。判例の事案で、職務命令の目的として重く見られたのは、式典の秩序と円滑な進行でした。まず、その点が本件にあるかを確かめます。従前は、運営担当の約50人だけが唱和し、他の職員の参列は任意でしたが、式典は支障なく進んでいました。式典の円滑な進行のために、全職員の唱和が要るわけではありません。残るのは、一体感と市民への表示です。また、この目的は、個々の職員に、具体的な施策への賛意を声に出させること自体を狙う面があります。つまり、内心への働きかけの色彩を帯びます。命令が求める行為は、制約の段で見たとおり、内心を直接変えさせるものではありません。それでも、目的にこの色が混じることは、目的の重さを割り引く事情になります。この点を割り引いて見ると、目的が重要であるとまではいえません。ただし、答案では、ここで終わりません。仮に重要だとしても、手段で過度だと言える、と次へつなぎます。この書き方が、安全です。目的の評価が分かれても、結論が崩れません。

手段の効果|全職員が唱和すれば全職員が市政の目標を共有していることを市民に示すことに資する

手段の効果です。全職員が唱和すれば、全職員が市政の目標を共有していることを、市民に示すことには資します。効果は、あります。ここは、短く認めます。認めるべきところを争って、答案の信用を落とさないためです。

問い|他の手段で目的はどこまで達成できるか、運営担当職員のみの唱和、起立と黙礼、参列の免除

問いです。他の手段を3つ挙げます。運営担当の職員だけが唱和する。他の職員は、起立と黙礼にとどめる。病気や出張のときと同じように、参列を免除する。それぞれ、目的をどこまで達成できるでしょう。少し考えてみてください。

答え|運営担当のみの唱和は式典の進行に足りる、起立と黙礼は場の秩序と一体感の表示を相当程度達成、免除は市自身が既に認めている

1つ目は、運営担当の職員だけの唱和です。従前の運用がこれでした。式典は円滑に進行していましたし、他の職員は参列するだけでも、市民に式典の趣旨を示せます。全員の唱和に比べて、市民への表示は弱くなります。しかし、式典を成り立たせるという面では、足りています。2つ目は、起立と黙礼です。Aは、これまでも起立はしていました。起立して黙礼を求めるにとどめれば、式典の場の秩序は保たれ、市政の目標を職員が重んじる姿勢も、相当程度は、市民に伝わります。3つ目は、参列の免除です。市は、病気や出張の職員には、すでに参列の免除を認めています。Aにだけ、代替の取扱いを認められない理由は、見当たりません。他の手段を挙げるときは、効き具合まで書きます。ここでは、式典の進行は足りる、市民への表示は相当程度、と目的ごとに書き分けています。他に手段があります、とだけ書いても、答案になりません。

確実さでは、全員の唱和が上回ります。ただし、判断の尺度は、目的を十分に達成できるか、であって、最大限に達成できるか、ではありません。そして、一体感の醸成という目的は、Aが唱和しなくても、他の職員が唱和し、Aが起立して黙礼すれば、ほとんど損なわれません。1人の欠けが、市政の目標の共有を、市民の目に疑わせるとは考えにくいからです。

態様|拒否のたびに戒告減給停職と重くなる、毎年の反復、代替措置なし、信念を曲げるか生計に関わる不利益かの二者択一

次は、態様です。ここが、今日の最後の山です。制約が間接的でも、不利益の重さで、必要性や合理性を欠く方向に書ける、ということを見ます。事実を拾います。代替措置の定めは、ありません。拒否すれば、1回目は戒告、2回目は減給、3回目は給与の支払われない停職と、回を重ねるごとに重い不利益が課されます。唱和は、年に1回、約30秒にすぎません。しかし、毎年反復されます。そして、Aは、30年貫いた人生観に反して唱和するか、生計に関わる不利益を受けるか、の二者択一を迫られます。さらに、3文目は、具体的な施策への賛意を声に出すことを求めます。Aは、再開発に疑問を持ち、意見書を出してきた人です。Aの人生観との食い違いは、小さくありません。ここで、判例との違いを、短く置きます。起立斉唱事件は、慣例上の儀礼的な所作を求めるもので、式典の秩序と円滑な進行を図る命令とされました。目的の段で見たとおり、本件では、その事情が弱いのです。

態様の表|事情と、Aの事実と、重さを並べた表、代替措置なし、処分の加重、反復、二者択一

板に、事情、Aの事実、重さを並べました。代替措置が無いこと、処分が回ごとに加重されること、毎年反復されること、二者択一を迫られること。この4つが、重い方向に働きます。以上を合わせます。他の手段で、目的を相当程度達成できます。それなのに、代替措置を認めず、拒否のたびに処分を加重して、唱和を例外なく義務づけるのは、手段として過度です。必要性及び合理性を欠く、と結論します。

結論と対象|通達と処分基準が唱和を例外なく義務づける限度で違憲、懲戒処分の量定は別の判断

違憲とする対象を選びます。総論の回で見たとおり、規定そのものを違憲とする場合と、規定は残して、それに基づく処分だけを違憲とする場合があります。規定に措置の幅があり、その中の選び方に問題があるなら、処分の側。規定そのものが一律に義務を課すなら、規定の側です。通達は、唱和を例外なく義務づけています。処分基準は、代替措置を認めずに、処分を一律に加重します。どちらも、文言が一義的で、選ぶ幅がありません。違憲の原因は、規定の中身にあります。代替措置が無いことも、処分が重なることも、信念から唱えられない職員の誰にでも、同じように働きます。Aの事情は、その重さが現に生じていることを示す事実です。そこで、通達と処分基準が、唱和を例外なく義務づける限度で違憲です。唱和を定めたこと自体ではなく、例外を認めない部分が違憲、ということです。これに基づく本件職務命令も、その限度で違憲になります。注意が1つあります。今日の問いは、唱和を命じる職務命令の当否でした。個々の懲戒処分の量定は、また別の判断です。解説の回の最後に見た、戒告を超える処分には、その処分を選ぶ具体的な事情が要る、という判決の物差しです。これは処分ごとの重さの審査で、19条の審査とは別です。この物差しを、今日の較量に混ぜません。最後に、判例の使い方を確認します。ピアノ伴奏事件と起立斉唱事件は、どちらも、合憲とされた判決です。ここから使えるのは、振り分けの物差しと、総合的に較量するという枠組みです。結論の合憲は、使えません。本件は、代替措置の欠如と、不利益の重さという事情が、判決の事案と違うので、違憲に書けます。判決の結論ではなく、判決の物差しを使う。これが、今日の判例の使い方です。

完成答案

完成答案|第1 入口の特定、保障の範囲 図:完成答案|第1 入口の特定、保障の範囲

ここまでを、答案の形にしました。こちらが完成答案です。動画を止めて見てみてください。この板は、入口の段です。本件自由を設定して、信条説でも内心説でも保障される、と言い切る運びを見てください。

完成答案|第2 制約、直接的な制約にあたるか 図:完成答案|第2 制約、直接的な制約にあたるか

今日の本番の前半です。直接的な制約にあたるかを、全員が一斉に行う所作、第3文、三つの観点の順に当てる段です。第3文の迷いを書いたうえで、形式で決める運びに注目してください。

完成答案|第2 第3文の迷いから、直接的な制約のまとめ 図:完成答案|第2 第3文の迷いから、直接的な制約のまとめ

この板は、その続きです。第3文の迷いと、直接的な制約のまとめが、ここにあります。

完成答案|第2 間接的な制約にあたるか、第3 審査基準の定立 図:完成答案|第2 間接的な制約にあたるか、第3 審査基準の定立

上のほうは、直接的でなくても間接的な制約が残る、と書く段です。続いて、公務員の地位を目盛りを緩める事情として一言で拾い、判例の言葉から目的と手段の二段へ移る基準の段に入ります。

完成答案|第3 あてはめ、目的、手段の効果 図:完成答案|第3 あてはめ、目的、手段の効果

今日の本番の後半です。まず、目的と、手段の効果を書く段です。

完成答案|第3 他の手段と態様 図:完成答案|第3 他の手段と態様

この板が、他の手段を効き具合まで書く段と、態様で不利益の重さを拾う段です。

完成答案|第3 小括、違憲とする対象、第4 結論 図:完成答案|第3 小括、違憲とする対象、第4 結論

最後に、結論と、違憲とする対象の選択です。ご自身の答案と見比べてみてください。今回は、行為を命じられる場面を見ました。では、行為ではなく、意に反する言葉そのものを、自分の名で表明させられる場面では、この型のどこが変わるのでしょうか。

参照条文

  • 日本国憲法19条

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