憲法ゼロから憲法 論文

思想・良心の自由(後編)

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ゼロから憲法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

言わされる場面

前編と後編|前編は外部的行為を命じられる場面、後編は意に反することを自分の口で言わされる場面

前編では、起立して唱和することを命じられた人の答案を書きました。保障の範囲を確かめて、直接的な制約か間接的な制約かを分けて、間接的なら必要性及び合理性を見る。この順でした。今日は、自分の意に反することを、自分の口で言わされる場面です。唱和は、全員が声をそろえます。誰がどう思って言っているのか、聞いている人には分かりません。ところが、一人で「私は」と言えば、その人の考えとして聞こえます。合唱団の一員として歌うのと、舞台に一人で立って宣誓するのとの違いです。この差が、型のどこを動かすのか。今日はそこを書き切ります。問いは一つです。謝罪広告は、19条に違反しないとされました。では、議会が議員に陳謝文を朗読させる懲罰も、同じように許されるのでしょうか。陳謝を拒んだ議員の除名と、県が定めた文言の表示や、誓約書の条件も、順に見ていきます。

設例

事例の時系列|Aが委員会資料を住民説明会で配布、町議会が懲罰に付す、陳謝文の朗読を命令、Aが拒否、除名

事実です。W町議会は、定数が12です。非公開の総務委員会で、公共施設の統廃合に関する財政試算書が配られました。試算書は「取扱注意」とされ、会議規則には、委員会で取扱いを定めた資料を、議長の許可なく外部に提供してはならない、とあります。設例のための架空の規則です。Aは、議員を3期、12年務めています。試算が住民の負担を実際より軽く見せていると考えて、住民説明会で、試算書の写しを約100部配りました。試算書は、その2週間後に、町が公表しました。町議会は、会議規則に違反したとして、Cらの動議で、Aを懲罰に付しました。地方自治法134条1項に基づく手続です。懲罰の種類は、こう定められています。

条文地方自治法135条1項

地方自治法第135条第1項 第百三十五条 懲罰は、左の通りとする。 一 公開の議場における戒告 二 公開の議場における陳謝 三 一定期間の出席停止 四 除名

軽い順に、戒告、陳謝、出席停止、除名の四つです。Aに科された処分は、陳謝と除名の二つです。一つ目の処分は、陳謝です。公開の本会議で、議会が定めた陳謝文をAが朗読します。陳謝文は、三つの文でできています。

陳謝文|第1文は委員会資料を許可なく住民に配布した旨、第2文は議員として恥ずべき行為であり深く反省している旨、第3文は陳謝する旨

第1文。「私は、取扱いを定められた委員会資料を、許可なく住民に配布しました。」第2文。「このことは、議員として恥ずべき行為であり、深く反省しております。」第3文。「ここに陳謝いたします。」Aはこう述べました。住民に判断材料を届けるのは議員の責務であり、恥ずべき行為ではない。反省もしていない。ただし、第2文を除いた陳謝文なら朗読する、と議長に申し出ました。議会は認めず、Aは朗読を拒否しました。すると議会は、二つ目の処分として、Aを除名しました。理由は、陳謝の処分に従わないことは、議会の権威を軽んじる重大な行為だ、というものです。Aの任期は、まだ2年残っていました。

関係図|Bの町議会がAの議員に陳謝文の朗読の命令と除名、Cらの議員が懲罰の動議を出す

関係を図にします。町議会がB、議員がA、動議を出した議員たちがCです。BからAへ、陳謝文の朗読の命令と、拒否した場合の除名。CからBへ、懲罰の動議です。問いは二つです。一つは、陳謝文の朗読を命じる処分は、19条に違反するか。もう一つは、その処分に従わないことを理由とする除名は、21条1項に違反するか。Aは、前者を19条の問題、後者を21条1項の問題として争っています。議会の懲罰には、議会の自律、つまり議会の内部のことは議会自身に任せるという考えから、裁判所は判断しない、という見方があります。けれど、除名は議員の身分を失わせる重大な処分で、裁判所の審査の対象とされてきました。この設例では、陳謝も含めて、審査が及ぶことを前提に進めます。ここで、前編の物差しを一つ思い出しましょう。前編で、外部的行為を求める命令が直接的な制約にあたるかを分けた物差しは何でしたか? 一般的、客観的に見て、何を見ましたか?

その行為が、本人の思想を否定することと不可分に結び付くか、です。それと、特定の思想の表明として外部から認識されるか、でした。今日は、この物差しを、一人で述べる朗読に当てます。

入口

入口|Aの具体的自由は自分の行為を恥ずべきものと評価し深く反省している旨を公開の議場で自分の言葉として述べることを強制されない自由

一つ目の処分から書きます。入口です。Aが主張する自由は、自分の行為を恥ずべきものと評価して、深く反省している旨を、公開の議場で、自分の言葉として述べることを強制されない自由です。

条文日本国憲法19条

思想及び良心の自由 第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

19条の保障する範囲に入るか。見るのは、Aの確信です。Aは、議員は住民に判断材料を届ける責務を負い、そのための行為は恥ずべきことではない、と考えています。3期12年、その考えで議員を務めてきました。議員としての生き方の芯にある人生観です。自分の行為が恥ずべきか、反省すべきかという評価は、この確信から出てきます。信条説は、世界観や人生観など、人格を形づくる考え方に範囲を絞る、狭いほうの説です。Aの確信は、その狭い説でも入ります。それなら、ものの見方一般を含む広い内心説でも、当然入ります。前編と同じ当て方で、ここは先へ進みます。

規則に違反した人に、懲罰を科すこと自体は、別の問題です。ここで問うのは、違反をどう評価するかを、Aの口で述べさせてよいか、です。反省しているかどうかは、Aの内心の状態です。

謝罪広告の射程

問い|謝罪広告は19条に違反しないとされた、議会の陳謝の朗読も同じと言えるか 図:問い|謝罪広告は19条に違反しないとされた、議会の陳謝の朗読も同じと言えるか

問いです。謝罪広告は、19条に違反しないとされました。議会の陳謝も同じだ、と言えるでしょうか。少し考えてみてください。議会の陳謝を謝罪広告と同じに扱ってしまうのが、今日いちばん落としやすいところです。判決が何を許したのかを、文で確かめます。

判例最大判昭31・7・4 民集10巻7号785頁

謝罪広告事件(命じられた広告の文言) 「……上告人名義を以て被上告人に宛て「右放送及記事は真相に相違しており、貴下の名誉を傷け御迷惑をおかけいたしました。ここに陳謝の意を表します」なる内容のもので、結局上告人をして右公表事実が虚偽且つ不当であつたことを広報機関を通じて発表すべきことを求めるに帰する。」

「上告人」は、広告を命じられた側です。命じられた広告は、放送と記事が真相に相違していたことと、陳謝の意を表すことを、発表させる内容でした。

判例最大判昭31・7・4 民集10巻7号785頁

謝罪広告事件(止まる程度) 「……時にはこれを強制することが債務者の人格を無視し著しくその名誉を毀損し意思決定の自由乃至良心の自由を不当に制限することとなり、いわゆる強制執行に適さない場合に該当することもありうるであろうけれど、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のものにあつては、これが強制執行も代替作為として民訴七三三条の手続によることを得るものといわなければならない。」

「代替作為」は、本人でなくても代わりにできる行為のことです。強制が許されない場合もありうる、と判決は先に認めています。そのうえで、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のものなら、強制執行の手続によることができる、としました。

判例最大判昭31・7・4 民集10巻7号785頁

謝罪広告事件(結論) 「されば少くともこの種の謝罪広告を新聞紙に掲載すべきことを命ずる原判決は、上告人に屈辱的若くは苦役的労苦を科し、又は上告人の有する倫理的な意思、良心の自由を侵害することを要求するものとは解せられない……」

結論です。この種の謝罪広告を命じても、恥をかかせたり、苦しい労役を負わせたりするものではなく、本人の倫理的な意思や良心の自由を侵害するものでもない、としています。この判決から取れるのは、強制してよい内容の線です。事態の真相の告白と、陳謝の意の表明。良心がどこまでを指すかを定めた判決ではありません。ですから、議会の陳謝が同じかどうかは、陳謝文の中身が、その線の内側かどうかで決まります。

答え|言えない、内容が止まる程度か、本人の内心の表明と聞こえるか、の二つの列で分ける

答えは、言えない、です。見る列は二つ。一つは内容です。事態の真相の告白と、陳謝の意の表明に止まる程度か。もう一つは形です。述べたことが、本人の内心の表明として聞こえるか。

陳謝文の三つの文|各文の内容は何か、止まる程度に収まるか、超えるか 図:陳謝文の三つの文|各文の内容は何か、止まる程度に収まるか、超えるか

陳謝文を、一文ずつ分けます。それぞれの内容は何で、止まる程度に収まるのか、超えるのか。考えてみてください。

陳謝文の三つの文|第1文は事実の告白で射程の内、第2文は倫理的評価と内心の状態で射程の外、第3文は陳謝の意の表明で射程の内

第1文は、資料を許可なく配布した、という事実の告白です。止まる程度に収まります。第3文は、陳謝いたします、という陳謝の意の表明です。これも収まります。第2文が違います。「恥ずべき行為」は、倫理的な評価です。「深く反省」は、心の状態です。事実の告白でも、陳謝の意の表明でもありません。Aの確信に反する評価と内心を、Aの言葉で表明させるものです。第2文は、射程の外です。判決の「止まる程度」という一句には、心からの反省まで言わせるなら結論は変わりうる、という含みがありました。第2文は、その場面です。「陳謝いたします」は、陳謝するという行為を、その場で行う言葉です。謝る気持ちがあるかどうかを、述べてはいません。一方、第2文は、「恥ずべき」「深く反省」と、評価と気持ちを述べます。Aが線を引いたのも、ここでした。第2文を除けば朗読する、という申し出です。事実と陳謝は受け入れて、評価と反省だけを拒んだのです。判決は、規範の出典としてよりも、この線の位置の手本として使います。事実の告白と陳謝の意の表明までが内側。評価と内心の状態は外側です。

規範と答案の型|謝罪広告の射程を超える表明で、一般的客観的に見て本人の内心の表明と認識されるときは直接的な制約

一番上の問いは、陳謝文の朗読を命じる懲罰が、謝罪広告事件の射程に入るか、入らないときどんな制約にあたるか、です。規範は二つに区切って読みます。一つ目は、「単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のもの」から、「良心の自由を侵害することを要求するものとは解せられない」までです。射程の内側の話です。二つ目は、「これを超えて」から後です。本人の倫理的判断や内心の状態を、自らの言葉として表明させる文は、射程の外にあります。そこで、表明が、一般的、客観的に見て、本人の内心の表明として認識されるかを見ます。認識されるなら、直接的な制約にあたります。

直接的な制約か

朗読の形|議場でA一人が私はと一人称で述べる、傍聴人にはAの内心の表明と聞こえる、前編の一斉の唱和との違い

第2文が射程の外だと分かりました。次は、第2文の朗読が、直接的な制約にあたるのか、間接的な制約にとどまるのか。冒頭の物差しを当てます。朗読の形を見ます。公開の議場で、傍聴人や住民が聞いています。Aは一人で、「私は」と述べます。前編の唱和は、職員が全員で一斉に行いました。聞く人は、個々の職員の見解とは受け取りません。今回は、Aだけが述べます。聞く人は、これはAが自分の評価として述べている、と受け取ります。内容も見ます。第2文は、議員として恥ずべき行為だった、と述べます。Aの確信は、住民に判断材料を届ける行為は恥ずべきことではない、でした。第2文は、この確信を否定する文です。ですから、第2文の朗読は、Aの確信を否定することと不可分に結び付き、特定の思想の表明として外部から認識されます。直接的な制約です。

議会はそう反論するでしょう。外部的行為として、文を読み上げる動作だけを見る見方です。けれど、一人称で、公開の場で、Aの確信を否定する内容を述べます。傍聴人から見れば、動作ではなく、Aの評価の表明です。外部的行為を求められているのではなく、内心の表明そのものを求められています。この反論は採れません。第2文を除いた二つの文なら、どうなるか。事実の告白と、陳謝の意の表明です。Aの確信を否定する内容でもありません。直接的な制約にはあたらず、問題が残るとしても、前編の間接的な制約の型で見ることになります。Aが朗読すると申し出たのは、この二つの文でした。直接的な制約は、内心そのものへの干渉です。公共の福祉による調整という土俵に、乗りません。議会の秩序を保つという目的があっても、正当化されません。

違憲の対象|135条1項2号は陳謝の内容を限定していない、違憲の原因は倫理的評価と反省を含む第2文を定めた点、第2文の朗読を命ずる限度で違憲

規定の中身を見てください。2号は、公開の議場における陳謝、と定めるだけで、陳謝の内容を限定していません。事実の告白と陳謝の意の表明だけの文を命じることは、できます。違憲の原因は、規定そのものではなく、倫理的な評価と反省を含む第2文を、議会が定めた点にあります。ですから、違憲とする対象は、処分です。第2文の朗読を命じる限度で、19条に違反します。

除名と議員の活動

入口|二つ目の自由は議員として活動する自由、住民の代表として多様な意見を議会に反映する、21条1項の表現の自由

二つ目の処分、除名です。同じ事例の続きですが、守られる自由が変わります。Aが主張するのは、議員として活動する自由です。

条文日本国憲法21条1項

憲法第21条第1項 第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

議員は、住民が選挙で選んだ代表です。議員を住民が直接選挙で選ぶという93条2項の定めと、公務員を選ぶのは国民の権利だという15条1項の趣旨から、議員は、住民の間にある多様な意見を、議会に反映する役割を担います。発言や表決は、その意見の表明です。ですから、議員として活動する自由は、21条1項の表現の自由として保障されます。除名で奪われるのは、心の中ではなく、議場で意見を言い、表決する立場だからです。前者の処分は、内心に踏み込みます。後者の処分は、内心に由来する拒否を理由に、活動の場を奪います。この二つのつながりが、このあとの山場です。

懲罰の重さ|戒告は身分に影響しない、陳謝、一定期間の出席停止、除名は身分を失い任期中の発言と表決がすべてできなくなる

制約です。除名は、議員の身分を失わせます。Aは、残り2年の任期中、発言も表決も、議員としての活動をすべてできません。懲罰は、戒告、陳謝、出席停止、除名と重くなり、除名は最も重いものです。制約は強いと言えます。目盛りです。審査の厳しさは、厳しい順に、厳格審査基準、中間審査基準、合理性の基準と並びます。議員の活動は、住民の意思を政治に反映するもので、自己統治に連なります。重要性は高い。制約も強い。厳格な側から出発します。一方で、議会には、自分の秩序を保つために懲罰を科す権限があります。議会の中の規律は、議会自身がいちばんよく分かります。だから裁判所も、その判断を一定程度尊重します。これが、目盛りを一段緩める事情です。ただし、緩めるのは一段だけです。除名は、住民が選んだ議員の身分そのものを奪う、最も重い懲罰です。議会の内輪の判断に、任せきれる処分ではありません。議会の自律、の一語で審査を軽く済ませず、目的と手段を見ます。厳格審査基準と合理性の基準のあいだの、中間審査基準で見ます。

規範と答案の型|議員の活動の自由は21条1項、除名は最も重い懲罰で制約は強い、懲罰権は目盛りを一段緩める、目的が重要で手段が効果的かつ過度でない場合に限り正当化

一番上の問いは、陳謝に従わないことを理由とする除名が、議員としての活動の自由を侵害しないか、です。規範を三つに区切って読みます。一つ目は、「議員としての活動の自由は」から、「保障される」までです。住民の代表として、多様な意見を議会に反映する、という点が、21条1項に結ぶ理由です。二つ目は、「除名は議員の身分を失わせる最も重い懲罰で、制約は強い」です。強さは、事実から言います。身分を失い、任期中の活動がすべてできなくなる。これが制約の強さの中身です。三つ目は、「目的が重要であり、手段が効果的かつ過度でない場合に限り」までです。その手前に、懲罰権は目盛りを一段緩める事情として考慮する、とあります。最初から合理性の基準に替えるのではありません。厳格の側から出発して、懲罰権の分だけ一段下げ、中間に置きます。そのうえで、目的と手段を見ます。

除名のあてはめ

目的と手段の効果|目的は議会の秩序の維持で重要、除名の理由は陳謝の処分に従わなかったこと、拒んだのは違憲な第2文の朗読で19条の自由の行使

まず目的です。除名の目的は、議会の秩序を維持して、懲罰の実効性を確保することです。重要な目的です。手段の効果を見ます。除名の理由は、Aが陳謝の処分に従わなかったこと、でした。ところが、その処分のうち、第2文の朗読を命じる部分は、違憲でした。Aが拒んだのは、その違憲な部分です。拒否は、19条が保障する自由の行使です。議会の権威を軽んじ、秩序を乱す行為とは、評価できません。Aは、命令の全部を拒んだのではありません。第2文を除けば朗読する、と申し出ていました。拒んだのは、違憲な第2文の朗読だけです。ここが決め手です。さらに、除名は、陳謝の処分の違憲な部分を強いる力として働いています。一つ目の自由への制約を、担保する役目も果たしているのです。除名は、目的との関連を欠いて、効果的とはいえません。

問い|議会は、除名よりも軽い手段で、どこまで目的を達成できるか 図:問い|議会は、除名よりも軽い手段で、どこまで目的を達成できるか

次は、他の手段です。除名でなければ、議会の目的は達成できないのか。議会が使える手段を、効き具合まで考えてみてください。

他の手段の表|第2文を除く朗読を認める、戒告、一定期間の出席停止、それぞれの目的への効き具合と結論

一つ目は、第2文を除いた陳謝文の朗読を認めることです。議会は、事実の告白と、陳謝の意の表明を得られます。議会の権威を示すという目的は、これで保たれます。Aは、朗読すると申し出ていました。二つ目は、戒告です。違反があったことを、公開の議場で明らかにします。身分には影響しません。三つ目は、一定期間の出席停止です。期間を区切って、活動を止めるだけです。どちらも、懲罰の実効性は確保できます。実害も見ます。試算書は、配布の2週間後に町が公表しました。配布で生じた害は、大きくありません。この事情で、最も重い懲罰が要る、とは言えません。

不利益の重さ|除名は残り2年の議員活動をすべて奪う、奪う理由は内心に由来する拒否という行動

不利益の重さです。除名は、Aから、残り2年の議員としての活動を、すべて奪います。しかも、奪う理由は、内心に由来する拒否という行動です。前編では、拒否に対する不利益が重くなるほど、必要性と合理性を欠く方向に傾きました。今回は、その不利益が、最初から最も重いものです。結論です。目的は重要です。けれど、除名は目的との関連を欠き、第2文を除く朗読の承認や、戒告、出席停止で足ります。それなのに、最も重い不利益を課しています。過度です。中間審査基準で、正当化されません。除名の規定そのものが使えなくなるわけではありません。4号は、除名の懲罰そのものを認める規定で、それ自体は違憲ではありません。違憲の原因は、違憲な処分に従わなかったことを理由に、除名した点にあります。ですから、違憲とする対象は、除名の議決、つまり二つ目の処分です。

完成答案

完成答案|第1 処分1(陳謝の懲罰)について、1 入口の特定 図:完成答案|第1 処分1(陳謝の懲罰)について、1 入口の特定

陳謝と除名の事例を、答案の形にしました。こちらが完成答案です。動画を止めて見てみてください。最初の板は、陳謝の処分の入口です。Aの確信を事実から拾って、どちらの説でも入る、と運ぶ流れを見てください。

完成答案|第1 2 制約の(1)問題の所在と(2)判例の射程 図:完成答案|第1 2 制約の(1)問題の所在と(2)判例の射程

次は制約の前半です。ここが、今日の本番の一つ目です。陳謝文を文ごとに分けて、射程の内と外を書き分ける運びを見てください。

完成答案|第1 2の(3)直接的な制約にあたるか、3 実質的正当化、4 違憲とする対象、5 小括 図:完成答案|第1 2の

  • 3
  • 直接的な制約にあたるか、3 実質的正当化、4 違憲とする対象、5 小括

続きです。朗読の形と内容から直接的な制約と言い切り、反論を一つ潰して、違憲とする対象まで進みます。

完成答案|第2 処分2(除名の懲罰)について、1 入口の特定、2 制約、3 実質的正当化の(1)審査基準の定立

除名の側です。議員の活動を21条1項に結ぶ入口と、懲罰権を目盛りを緩める事情として置く審査基準の運びを見てください。

完成答案|第2 3の(2)あてはめのアからオ、目的、手段の効果、他の手段、不利益の重さ、小括 図:完成答案|第2 3の

  • 2
  • あてはめのアからオ、目的、手段の効果、他の手段、不利益の重さ、小括

あてはめの板です。ここが、本番の二つ目です。陳謝の処分の違憲を、除名の目的との関連に結びつける運びと、他の手段、不利益の重さを並べる運びを見てください。

完成答案|第2 4 違憲とする対象、5 小括、第3 結論 図:完成答案|第2 4 違憲とする対象、5 小括、第3 結論

最後は、違憲とする対象と結論です。ご自身の答案と見比べてみてください。

表示の強制

事例の時系列|Y県が条例で広告の冒頭に事業者自身の表示として警告文の掲載を義務づける、A社は自社の臨床試験で効果を確認したと考える

三つ目の場面です。ここから設例が変わります。役も割り直します。通信販売で健康食品を売る株式会社がA、Y県がB、消費者がCです。Y県は、健康食品表示条例を定めています。体重減少をうたって食品を通信販売する事業者は、広告の冒頭に、事業者名と並べて、事業者自身の表示として、次の文を掲載しなければなりません。「この食品の体重減少の効果は、科学的に確認されていません。」違反には、勧告と公表があります。設例のための架空の条例です。A社は、自社の臨床試験で、体重減少の効果を確認したと考えています。Y県は、試験の質が不十分と判断しています。A社は、自社の見解と異なる評価を自社の名で掲載させられるのは、21条1項に違反する、と主張します。問いは、この表示義務は、A社との関係で憲法に違反するか、です。

構成の選び方|事実についての表示、言わされるのは法人、人格の核心に触れる程度は薄い、21条1項の消極的表現の自由

19条で書くのか、21条1項で書くのか。まず、何を言わされるかを見ます。効果が確認されているかどうか、という事実についての表示です。世界観や人生観に連なる見解ではありません。次に、誰が言わされるか。会社です。人権は、性質上可能な限り、法人にも保障されます。ただ、人格の核心に触れる程度は薄いので、19条より、21条1項で組むのが素直です。自分の見解と異なる評価を、自分の名で表示させられない自由、つまり消極的表現の自由です。間違いと決まるわけではありません。ただ、会社の広告の文言について、人格の核心を侵されると書いても、説得は苦しくなります。事実から素直に選ぶのが、書きやすい道です。制約は、条例が掲載を義務づけ、違反に勧告と公表を予定するので、あります。

目盛りを決める軸|表示の主体が誰に見えるか、事業者名と並べて事業者自身の表示なら強い、Y県の調査ではと主体を明示すれば弱い、事実の表示か意見の表示か

目盛りを決める軸は、二つです。一つ目は、表示の主体が、誰に見えるか。事業者名と並べて、事業者自身の表示として載せると、閲覧者は、A社がそう評価していると受け取ります。強い制約です。「Y県の調査では、効果は確認されていません」と、主体を県と明示するなら、A社の評価とは受け取られません。弱い制約です。二つ目は、事実の表示か、意見の表示か。この文は、商業広告の中の、効果についての事実の表示です。事実は、真か偽かを、調べて確かめられます。確かめられるので、規制が行き過ぎても誤りを見つけやすく、国が気に入らない考えを抑える道具になりにくいのです。また、商品を売るための広告は、利益という動機に支えられていて、規制されても消えにくい。ですから、意見を強制する場合よりは、目盛りは低くなります。ただ、A社は、試験の結果から反対の評価を持っています。自社の評価と異なる評価を、自社の名で述べさせられる点で、制約は軽くありません。ですから、中間審査基準で見ます。

他の手段|主体を県と明示させる、県が自ら公表する、消費者の誤認の防止とA社の名で述べずに済むことの両方が足りる

目的は、消費者が効果を誤認して買うことの防止です。重要です。表示の義務づけは、誤認の防止に資します。効果はあります。他の手段を、効き具合まで見ます。一つは、「Y県の調査では、効果は確認されていません」と、主体を県と明示させること。もう一つは、県が自ら公表すること。どちらも、消費者の誤認は防げます。そして、A社は、自社の評価と異なる評価を自社の名で述べずに済みます。目的は、同じくらい達成できるのです。ですから、主体を明示させず、A社の表示として評価を掲載させる点が、過度です。違憲とする対象は、条例の表示義務のうち、A社自身の表示として掲載させる限度です。

完成答案|警告表示の答案、第1 入口の特定、第2 制約、第3 実質的正当化 図:完成答案|警告表示の答案、第1 入口の特定、第2 制約、第3 実質的正当化

この事例も、短い答案にしました。動画を止めて見てください。入口で、19条ではなく21条1項を選ぶ理由を書いている段が、本番です。

誓約書の条件

事例の時系列|Y県の郷土研究助成は申請に誓約書を求める、Aはダム建設で失われる生活と歴史を重く見て誓約書を出せず不支給、助成は研究費の約7割で他に助成なし

最後の設例です。また役を割り直します。地域史を研究する個人がA、Y県がBです。Y県の郷土研究助成は、個人の研究者に、年額で最大120万円を出します。申請書には、誓約書の添付が必要です。要綱の誓約書は、こう書いてあります。「私は、県が進める川上ダム建設計画の意義に賛同し、研究成果を通じて、その意義を広く県民に伝えることを誓約します。」設例のための架空の要綱です。Aは、故郷の集落がダムの建設で水没した経験から、ダム建設で失われる生活と歴史を重く見て、計画に強い疑問を持っています。助成は、年間の研究費の約7割です。同じ分野の、他の助成はありません。Aは誓約書を出せず、不支給とされました。問いは、誓約書の提出を助成の条件とすることは、Aとの関係で憲法に違反するか、です。

構成の選び方|言わされるのはダム計画に賛同する見解、言わされるのは個人、人生観に連なる、19条の沈黙の自由

構成を選びます。何を言わされるか。ダム計画に賛同する、という見解です。事実の表示ではありません。誰が言わされるか。個人です。しかも、Aの考えは、故郷が水没した経験に根を持つ、人生観に連なるものです。思想について黙っている自由、つまり19条で組むのが素直です。前の設例とは、ここが違います。Aが主張するのは、県の計画への賛同を誓約させられない自由です。

問い|誓約書は出さなければ済む任意の条件、これで制約はないと言えるか 図:問い|誓約書は出さなければ済む任意の条件、これで制約はないと言えるか

制約です。県は、こう反論するでしょう。誓約書は、出さなければ助成を受けないだけの、任意の条件だ。だから制約はない、と。問いです。これで、制約がないと言えるでしょうか。少し考えてみてください。

答え|言えない、形式が任意でも実態で評価する、助成の割合と他の助成の有無で実質的な強制か決まる

答えは、言えない、です。形式が任意でも、実態で評価します。助成が研究費の1割で、ほかにも助成があるなら、断る道は現実に残っています。Aは違います。助成は研究費の約7割で、同じ分野に他の助成はありません。誓約書を出さなければ、研究の継続が難しくなる。断る選択は、研究をやめる選択に近いのです。実質的な強制で、Aに誓約を強いる制約があります。次に、直接的な制約か、間接的な制約かです。誓約の中身を見ます。ダム計画の意義に賛同する。これは、見解の表明そのものです。唱和のように、皆で同じ所作をするのとは違います。Aの人生観を否定する見解を、Aの言葉で表明させます。直接的な制約にあたります。

緩める目盛りの話は、直接的でない制約を、審査するときのものです。助成の条件が、政治的な意見の表明を控えさせる中身なら、条件を通じて効く間接的な制約として、裁量を目盛りを緩める事情にできます。今回の誓約書は、控えさせるのではありません。県の計画に賛同する見解を、Aの言葉で言わせます。直接的な制約は、内心そのものへの干渉で、調整という土俵に乗りません。助成の判断が県の裁量に委ねられていても、正当化されません。違憲とする対象は、誓約書の提出を条件とする要綱の定めです。

完成答案|誓約書の答案、第1 入口の特定、第2 制約、第3 実質的正当化 図:完成答案|誓約書の答案、第1 入口の特定、第2 制約、第3 実質的正当化

こちらも短い答案です。動画を止めて見てください。任意の条件という反論を、実態で切って、直接的な制約へ進む第2の段が、本番です。

構成の選び方

構成の選び方の比べ|何を言わされるか、誰が言わされるか、構成する条文、警告表示は事実で法人で21条1項、誓約書は見解で個人で19条

二つの設例を、見比べます。選ぶ軸は二つでした。何を言わされるか。事実か、見解か。誰が言わされるか。法人か、個人か。警告表示は、事実で、法人でした。21条1項です。誓約書は、見解で、個人でした。19条です。事実から素直なほうを選んで、理由を書きます。どちらにも置けるなら、説得的に書ければ、他の構成でもかまいません。大切なのは、構成を選んだ理由が、事実に結び付いていることです。

規範と答案の型|19条か21条1項かは何を誰の名で言わされるかで選ぶ、助成の条件は形式は任意でも実態で評価、事実の表示か意見の表示かで目盛りを置き他の手段で目的を達成できるかを見る

一番上の問いは、表明の強制は、19条と21条1項のどちらで構成するか、助成の条件として課されるとき制約といえるか、どの基準で審査するか、です。規範を三つに区切って読みます。一つ目は、「個人が自らの見解の表明を強いられない自由は」から、「21条1項で構成する」までです。個人が見解を言わされるなら19条。事実や他者の評価を自らの名で表示させられるとき、また法人が見解を言わされるときは、21条1項。さきほどの二つの軸が、そのまま入っています。二つ目は、「助成の条件は、形式は任意でも、実態で評価し」から、「制約になる」までです。割合と、ほかの助成の有無が、実態の中身です。三つ目は、審査の段です。何を誰の名で表示させるか、事実の表示か意見の表示かで目盛りを置き、他の手段で目的を達成できるかを見ます。見解の表明そのものを求める直接的な制約なら、この目盛りの段には進まず、許されない、と書きます。

今日の地図(保存版)

後編のまとめ|言わされる内容と形を事実から見る、一人称の単独の表明は内心の表明と聞こえる、除名は内心に由来する拒否への最も重い不利益、表示と誓約は何を誰がで条文を選ぶ

前編と合わせて、まとめます。前編は、外部的行為を命じられる場面でした。後編は、自分の意に反することを、自分の口で言わされる場面でした。見るのは、何を、どんな形で言わされるか、です。内容が事実の告白や陳謝の意にとどまるのか、評価や内心にまで踏み込むのか。形が、皆で声をそろえる唱和なのか、一人で述べる表明なのか。一人称の表明が確信の否定と重なるとき、直接的な制約になります。そこから先の除名や、表示や誓約は、前編までの道具で書けます。

参照条文

  • 地方自治法135条1項
  • 日本国憲法19条
  • 日本国憲法21条1項

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