意思能力だけでは、守れない——判断できる力と、外から見える札
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第1章 民法総則 ⑬/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
今日の地図——資格と力の、空欄を埋める
図:今日の地図
- 前回は権利能力=誰でも持つ資格と確認
- 今日開くのは意思能力=判断できる力と行為能力=一人で契約できる資格の中身
- 資格と力の板の空欄を今日埋めるという宣言
少し、前回までの話を、振り返っておきます。前回、権利能力について、確認しました。では、一つ、確認しましょう。権利能力が、終わるのは、どんなときだったでしょうか?終わるのは死亡だけで、失踪宣告では終わらない、でしたね。そして、そのとき、もう一つ、予告していました。意思能力という、判断できる力。行為能力という、一人で契約できる資格。あの空欄を、今日、埋めます。今日、配るのは、こういう問いです。「わかっていない人」を、民法は、どう守るのか。一つの物差しでは、実は、守りきれません。
意思能力とは、判断できる力のこと
図:三つの能力の板
- 権利能力=誰でも持つ資格
- 意思能力=判断できる力
- 行為能力の欄はまだ空けたままという確認
まず、意思能力から、見ていきましょう。自分のした行為の結果を、理解するに足る、精神能力。これが、意思能力です。その契約を結んだら、何が起きるのか。それが、分かっているかどうか、です。年齢で決まるのか、というと、実は、そうとも、言い切れません。小さな子どもに、百円玉を渡して——「このおもちゃ、百円で売って」と頼む場合と——同じ子どもに、土地の売買契約書を差し出す場合を、考えてみてください。同じ相手でも、行為が重くなれば——求められる理解の深さも、変わってくる、と考えられています。よく、「七歳から十歳くらい」という目安が、言われます。ただし、これは、よく言われる目安であって——判例が決めた、一律の年齢の線ではありません。
大事なのは、数字より、その行為の結果を理解できたかどうかです。では、意思能力が無かったとき、契約は、どうなるのでしょうか。答えが、この条文です。
条文民法3条の2
民法 第三条の二(意思能力) 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
ただ、実は、この条文、新しい条文です。二〇二〇年、四月に、施行されました。それまでは、この一文、民法には、ありませんでした。それでも、意思能力が無い人の契約は無効だと——判例や学説の上では、争いなく、扱われてきました。それを、条文に書き込んだのが、この改正です。そう考えて、いいと思います。では、この「無効」、実は、いつもの無効と、少し違います。
山場——この「無効」は、相手からは言えない
図:無効の目盛りの板
- 確定無効=誰でも主張できる
- 取消的無効=表意者だけが主張できる・有力な考え方
- 前回までの無効と取消しの目盛りに新しい一段が入るという確認
以前、無効と、取消しの違いを、見たことが、あります。実は、今日の「無効」には、その目盛りに、もう一段、入ります。無効には、実は、二つの顔があります。一つは、以前見た、賭け事の借金のような、確定無効です。誰でも主張できます。相手方でも、第三者でも、です。もう一つが、意思能力が無かったときの、無効です。こちらには、名前が付いています。取消的無効、と呼ばれます。実は、そこが、今日、最初の山場です。この無効、表意者の側からしか、主張できません。表意者というのは、その意思表示をした、本人の側のことです。相手方からは、言えません。ここで、一つ、場面を、考えてみましょう。さっきの、屋根の修理の契約です。契約の後、資材の値段が、急に、上がったとします。
そこで、業者のほうが、こう言い出したとします。「あのお年寄りは分かっていなかったから、無効だ」。この言い分、通ると、思いますか。通りません。業者からは、言えません。なぜだと、思いますか。守るための無効を——守られる側でない人が、使う理由が、ありません。だから、主張できるのは、表意者だけです。今回なら、あのお年寄りだけです。ちなみに、この扱い、判例で確定した話ではなく——そう考える見解が、有力、という段階です。言葉の使い分け、覚えておいてください。では、確定無効の側も、もう一つ、例を、見ておきましょう。賭博で負けた借金の取立て——以前、90条で見た話です。
こちらは、誰でも、無効だと言えます。業者でも、貸した本人でも、無関係な第三者でも、です。無効の目盛りに、一段、増えました。
山場——それでも、意思能力だけでは、足りない
図:二つの穴の板
- 一つ目=証明が要る・事後に本人側が過去の精神状態を
- 二つ目=相手方が予測できない・契約するまで分からない
- 意思能力だけでは足りない理由という確認
さて、ここまでは、意思能力の話でした。分かっていない人の契約は、無効。筋の通った話です。ところが、実は、これだけでは、足りません。理由は、二つ、あります。一つ目から、いきましょう。冒頭の、屋根の修理の話に、戻ります。実際に、この契約が無効かどうかを争うとしたら——どうやって、決めると、思いますか。契約から、半年後、裁判になったとします。「あの日の午後、この人はどこまで分かっていたのか」を——本人のほうが、証明しなければ、なりません。手がかりは、カルテ、診断書——その場に立ち会った人の記憶、そのくらいしか、ありません。
個別に判断するということは——そのつど、事後に、証明する重さを、背負うということです。これが、一つ目の穴です。もう一つの理由に、いきましょう。今度は、相手方の側から、考えてみます。家電量販店のレジで、目の前のお客さんが——契約書に、サインしようとしています。店員さんは、その人が、一人で完全に契約できる人かどうかを——その場で、判定しなければならない、としたら、どうでしょう。相手方は、契約してみるまで、分かりません。もし、いつ無効になるか、予測がつかないなら——安心して商売ができなくなる——これを、取引の安全が、脅かされる、と言います。まとめましょう。意思能力という物差しには、二つの穴があります。一つ目は、証明が重いこと。二つ目は、相手方が予測できないこと。
だから、民法は、もう一つ、別の仕組みを、用意しました。
山場——だから、外から見える札がある
図:二階建ての板
- 1階=意思能力・そのつど内側を測る・どんな人にも届くが証明が要る
- 2階=行為能力・あらかじめ外から見える札・証明は要らないが札のある人だけに届く
- 届く範囲と証明の要否が裏返しという確認
ここで、答えとなる、もう一つの仕組みを、出します。行為能力です。行為能力とは——一人で、法律行為ができて——しかも、それが、確定的に有効になる。そういう資格です。法律行為とは、以前見た、契約のような行為のことです。かみ砕くと、一人で、確実に契約を完成させられる資格のことです。意思能力との違い——そこが、今日、いちばん大事な部分です。意思能力は、そのつど、内側を測る物差しでした。契約のたびに、確かめる必要が、あります。それに対して、行為能力は——あらかじめ、外から見える形で、決めておく仕組みです。
例えば、年齢です。生年月日を見れば、誰でも、すぐに、分かります。もう一つ、家庭裁判所の審判という、道具もあります。判断力が十分でない人について——家庭裁判所が、あらかじめ、審判を出しておく制度です。この審判は、登記という形で、記録されます。戸籍に書き込んでしまうと——私生活に関わる情報が、広く、知られやすくなります。だから、専用の登記という仕組みに、分けてあります。この審判の登記は、以前見た、土地の帳簿とは、別のものです。詳しい中身は、また、別の回で扱います。では、ここで、二つの物差しを、並べてみましょう。意思能力は、そのつど、内側を測ります。どんな人にも届きますが、証明が要ります。行為能力は、あらかじめ、外から見える札を貼っておきます。証明は要りませんが——札の貼られた人にしか、届きません。
届く範囲と、証明の要否が、裏返し——そこが、この二つの物差しの、いちばんの関係です。この、外から見える札のことを、行為能力と呼び——その札が、貼られている人のことを、制限行為能力者と呼びます。
札を貼られた、四人
図:四人の札の板
- 未成年者=年齢で一律
- 成年被後見人・被保佐人・被補助人=事理弁識能力の程度で三段階、被補助人はもう一段の審判があって初めて制限される
- 要件や保護者の権限はこの先の回で扱うという確認
では、この札を、貼られているのは、誰なのでしょうか。民法は、四人を、決めています。一人目は、未成年者。年齢という、一律の軸で、決まります。残りの三人は、事理弁識能力——物事の是非を、正しく判断する力の、程度で、決まります。この程度によって、三段階に、分かれます。もっとも重いのが、成年被後見人。中間が、被保佐人。もっとも軽いのが、被補助人です。軽い順に、補助、保佐、後見と、覚えると、いいかもしれません。そして、被補助人には、一つ、大事な注意点があります。後見と保佐は、審判が出れば、それだけで、札が貼られます。補助だけは、もう一段、別の審判が必要です。保護者の同意が必要だ、と定める審判です。その審判を受けて、初めて、制限行為能力者になります。審判が無ければ、制限されません。
審判が無ければ、この四人目には入らない——この一言、落とさずに覚えておいてください。それぞれの、要件や、保護者の権限、取り消せる範囲は——この先の、それぞれの回で、扱います。今日、持ち帰ってほしいのは、名前と、この二つの軸だけです。この四人が、自分ひとりで結んだ契約は、一定の範囲で——取り消すことができる、とされています。
効果は、無効ではなく、取消し
図:取消すまでは有効の一枚板
- 制限行為能力者の契約は取り消すまでは有効・本人や保護者がそのまま通すこともできる
- 前回の無効取消しの整理を呼び戻すという確認
ここで、一つ、確認しておきたいことが、あります。制限行為能力者が、単独で、契約をしたとき——その効果は、無効ではなく、取消しです。以前、配った、あの目盛りが、ここで効いてきます。取り消すまでは、いったん、有効な状態です。本人や、保護者が望めば、そのまま通すことも、できます。なぜ、無効ではなく、取消しなのでしょうか。行為能力の制限は、年齢や、審判という、外側の形で決まります。その日、本当に分かっていなかったかどうかは、問いません。だとすれば、本人にとって、続けてよい契約も、あるはずです。例えば、必要なものを、見合った値段で、買っていた場合です。一律に無効にしてしまうと、そのまま残すという道まで、消えてしまいます。だから、通すか、やめるかを、本人の側に、委ねてあります。
意思無能力の無効は、選ぶ余地なく、無効。制限行為能力者の取消しは、通すか、やめるかを選べます。
どこまでが、対象か——法律行為だけ
図:法律行為と事実行為の板
- 法律行為=契約・遺言・婚姻・行為能力が問題になる
- 事実行為=拾得など・意思表示と関係なく法律効果が生じる
- 行為能力が問題になるのは法律行為だけという確認
もう一つ、確認しておきたいことが、あります。行為能力が問題になるのは、法律行為だけです。自分の意思で、権利や義務を動かそうとする行為でした。それ以外の行為も、あります。例えば、道で、落とし物を拾ったとします。拾ったことで所有権を得られる場合があっても——それは、その人が望んだからでなく——法律が、そう定めているからです。こうした行為を、事実行為と呼びます。行為能力が問題になるのは、法律行為だけです。
山場——両方に当たったら、どちらでもよい
図:二重効の板
- 成年被後見人が意思能力を欠く状態で契約した場合=無効でも取消しでも攻められる
- 通説は二重効肯定説
- 実益は証明が楽なほうを使えることという確認
ここが、今日、最後の山場です。ここまで、二つの物差しを、別々に見てきました。では、両方に、当たってしまう人がいたら、どうでしょうか。すでに、後見が始まっている人——成年被後見人が——体調の悪い日に、内容をまったく理解しないまま——契約書に、署名したとします。意思無能力者であり、同時に、制限行為能力者でもある——二つの立場が、重なっている状態です。二つの道が、出てきます。意思能力の側から——分かっていなかったから、無効。行為能力の側から——制限行為能力者だから、取消し。実は、どちらを主張しても、いい、というのが、通説です。これを、二重効肯定説、と呼びます。
意思能力の制度も、行為能力の制度も——どちらも、わかっていない人を守るための仕組みです。どちらか一方に、縛る理由が、ありません。では、選べると、何が違うのでしょうか。意思能力の側で、無効を主張しようとすると——また、あの証明の重さが、必要になります。一方、行為能力の側で、取消しを主張するなら——審判が出ている、という記録を出すだけで、足ります。証明が楽なほうを、選んで使える——それが、二重効を認めることの、実益です。
決着——一つの物差しでは、守らなかった
図:回収の板
- 三段階で回収=一段目は無効になるはず・二段目はその日の判断能力を証明するのは重い・三段目は審判が出ていれば証明なしに取消せる
- 届く範囲と証明の要否が裏返しという確認
さて、ここまでの話を、一つに、つなげましょう。民法は、「わかっていない人」を——一つの物差しでは、守りきりませんでした。一つは、事後に測る物差し——意思能力。どんな人にも届きますが、証明が要ります。もう一つは、事前に貼る札——行為能力。証明は要りませんが、札の貼られた人にしか届きません。だから、両方、要る。だから、両方、使える。では、冒頭の、あのお年寄りの話に、戻りましょう。五百万円の、屋根の修理の契約です。まず、一段目。もし、あの日、判断ができていなかったなら——3条の2により、この契約は、無効になるはずです。
ここで、二段目です。無効だと言うためには——あの日、どこまで分かっていたかを、証明しなければ、なりません。事前に、何の準備も無かったなら——そのつど、この重い壁と、向き合うことになります。ところが、三段目です。もし、このお年寄りに、あらかじめ、後見開始の審判が——出ていたなら、どうでしょうか。その場合は——証明など、しなくても、審判の記録を出すだけで、取り消せます。届く範囲と、証明の要否が、裏返しになっているからこそ——民法は、両方を、用意しておいたんです。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ
- 三つの能力の全体像=権利能力=誰でも持つ資格・意思能力=判断できる力・行為能力=一人で契約できる資格
- 意思能力の無効は表意者だけが言える取消的無効
- だから行為能力という外から見える札がある
- 二重効肯定説で両方使える
- 次回は未成年者という予告
今日、配ったものを、まとめましょう。以前、預けていた、三つの能力の話——今日、すべて、埋まりました。誰でも持つ資格、判断できる力、一人で確定的に契約できる資格——この三つでした。そして、意思能力を欠いた契約は、無効。ただし、この無効、表意者だけが言える無効でした。それでも、意思能力だけでは、二つの意味で足りません。証明が重いことと、相手方が予測できないこと。だから、民法は、外から見える札——行為能力を、用意しました。年齢と、審判プラス登記で、あらかじめ、決めておく仕組みです。未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人。この四人が、自分ひとりで結んだ契約は、取り消すことができます。取消すまでは、有効な状態です。
両方に当たれば、どちらを主張してもよい——二重効肯定説でした。今日、名前だけ置いていったものも、並べておきます。四人それぞれの、要件や、保護者の権限は——また、それぞれの回で、扱います。それから、無効の効果や——取消しの期間制限も、また、別の回で扱います。今日、見てきたのは、すべて——「わかっていない人を守るには、一つの物差しでは足りない」——その、一つの発見に、つながっています。次は、いよいよ、四人のうちの、一人目——未成年者の、中身に、入っていきます。
参照条文
- 民法3条の2