成年被後見人は、同意があっても取り消せる——それでも、残されているもの
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第1章 民法総則 ⑮/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
今日の地図——前回、無いと言った道具は

- 四人の比較板の二人目を濃くした地図
- 今日の問い(同意が意味を持たない人とどう取引するか/何が残されているか)
前回の、最後を、振り返っておきましょう。守る側の道具は、四つ、あると、言いました。次に扱う人には——そのうち一つが、無いんです、とだけ言って、終わりましたね。覚えていますか?今日、扱う人には——同意権が、ありません。その理由は、前回、もう、お渡ししています。同意しても、そのとおりに、行動できるとは、限らない——それが理由です。前回、そのまま、お伝えしています。では、今日の問いです。同意という道具が、無い人と——どうやって、取引するのか。そして、それでも、この人の手に——残されているものは、何なのか。
今日は、そこを、見ていきましょう。
要件——三つ、そろって、はじめて
図:要件の三段板
- ①いつもの状態として判断する力を欠く
- ②本人・検察官を含む請求
- ③後見開始の審判
- 審判が無ければどれだけ重くても成年被後見人ではないという注記
この人は、成年被後見人と、呼ばれます。でも、その名前がつくには——条件が、三つ、そろわないと、いけません。まず、この条文です。
条文民法7条
民法 第七条(後見開始の審判) 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。
「常況」と「状況」は、発音は、まったく同じですが、違う言葉です。条文の「常況」は——一時的ではなく、いつも、その状態にある、という意味です。判断する力が、いつもの状態として、失われている——これが、一つ目です。二つ目は、請求です。この条文、たくさんの人が、並んでいますね。今日は、この中の、二つに、注目してください。「本人」と、「検察官」です。判断する力を、欠く常況にあっても——本人が、自分から、この審判を、請求することができます。保護を始めるかどうかを——本人の側からも、言い出せるように、してあるんです。
身寄りのない人のためです。頼れる家族がいない場合でも——保護の網から、こぼれ落ちないように、検察官が、請求できます。三つ目は、家庭裁判所の、後見開始の審判です。以前、外から見える札の話を、しましたね。ここが、大事なところです。どれだけ、判断する力が、落ちていても——審判が、無ければ、成年被後見人には、なりません。中身ではなく、札です。この三つが、そろって、はじめて——審判を受けた人は、成年被後見人となります。条文で、確認しましょう。
条文民法8条
民法 第八条(成年被後見人及び成年後見人) 後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人とし、これに成年後見人を付する。
ここで、一度、確認しておきます。「被」という字が、入っているほうが——守られる、本人のほうです。「被」が、入っていないほうが——守る側です。この先、両方の言葉が、何度も、出てきます。迷ったら——「本人のほう」「守る側」と、言い換えて、聞いてください。最後に、一つ、注意点です。今の三つの条件、よく見ると——年齢が、入っていません。だから、未成年者でも、成年被後見人に、なり得ます。「成年」という名前が、ついていますが——これは、審判の名前であって、年齢の話では、ないんです。ここは、短答式試験で、よく問われるところです。
山場——同意は、意味を持たない
図:5条1項本文と9条本文の並置板
- 5条=法定代理人の同意を得なければならない
- 9条=取り消すことができる
- 9条には同意という言葉が無いという注記
では、次に、効果を、見ていきましょう。成年被後見人が、自分で、法律行為をしたら——どうなるのでしょうか。この条文です。
条文民法9条
民法 第九条(成年被後見人の法律行為) 成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない。
でも、よく見比べてみてください。前回の、5条1項本文は——「法定代理人の同意を、得なければならない」と、書いてありました。5条には、「同意」という言葉が、入っています。では、9条の本文を、確認しましょう。見てのとおり、「同意」という言葉は、一度も、出てきません。「取り消すことができる」——それだけです。同意という言葉どおりに、必ず動けるとは、限らない——確か、そんな、話でしたね。その理由が——9条に「同意」という言葉が、一度も出てこないことにも、そのまま、現れているんです。だから、この人の保護者には——あらかじめ「いいよ」と言っておく、という道具が、そもそも、無いんです。
無いのは、保護者の側の、同意権です。だから、たとえ、保護者が「その契約、いいよ」と——あらかじめ、言っていたとしても——成年被後見人が、自分でした法律行為は——やはり、取り消すことができます。これが、この条文の原則です。
山場——日用品の買い物だけは、取り消せない
図:日用品の境目板
- ○コンビニの弁当とお茶
- ×訪問販売の高額な羽毛布団
- 日用品の購入その他日常生活に関する行為という枠(本人の暮らしぶり・資産収入に照らして判断)
- 理由(残っている力と自主性の尊重/取り消せることが暮らしを止める)
では、冒頭の、コンビニの話に、戻りましょう。さきほどの条文には、ただし書が、ついていました。もう一度、そこだけ、見てみましょう。「日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない」。日用品の購入、その他——日常生活に関する行為だけは、取り消せません。日常生活に関する行為に、あたります。だから、冒頭の、答えです。あのコンビニでの、買い物は、取り消せません。では、境目を、確かめておきましょう。同じ人が、訪問販売で——八十万円の、羽毛布団を、買ったとします。この場合は、取り消せます。日常生活に関する行為には、あたりません。
金額だけで、決まるわけでは、ありません。いくら以上はダメ、という、決まった線は、ないんです。見るのは——その人の、暮らしぶりや、収入、財産に、照らして——ふつうに、必要な買い物と、言えるかどうかです。八十万円の羽毛布団は——この人の、暮らしぶりからすると、大きく、外れています。だから、日常生活に関する行為には、あたらないんです。ちなみに、訪問販売には、また別の法律の話も、ありますが——それは、今日は、扱いません。理由は、二段、あります。一段目は、この人に、まだ残っている力と——その人らしい暮らし方を、尊重するためです。
もう一段、掘り下げてみましょう。もし、日用品の買い物まで——いつでも、取り消される可能性が、あったとします。すると、お店の側は、この人と、契約したがらなくなります。毎日の買い物が、あとから、全部、取り消されるかもしれない——それでは、お店の側は、身構えてしまいます。取り消せることが、かえって、この人を、不自由にしてしまう。だから、日用品の買い物だけは——取り消せないと、定めてあるんです。
山場——他人の代理人には、なれる
図:任意代理と法定代理の対比板
- 任意代理=取り消せない・効果は依頼した人に帰属・自分で選んだ
- 法定代理=取り消せる・守るべき別の本人がいる・選んでいない
ここまでは、成年被後見人、自身が——当事者になる話でした。ここで、もう一つ、別の場面を、見てみましょう。この人が、誰かに頼まれて、代理人になった場合です。でも、条文を、見てみると——意外な、答えが、書いてあります。
条文民法102条
民法 第百二条(代理人の行為能力) 制限行為能力者が代理人としてした行為は、行為能力の制限によっては取り消すことができない。ただし、制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為については、この限りでない。
制限行為能力者が、代理人として——した行為は、行為能力の制限によっては、取り消せません。前に見た、外から見える札が、貼られている人たちのことです。今日の、この人も、その一人です。具体例で、見てみましょう。知人から——「自分の代わりに、この絵を——五十万円以上で、売ってきてほしい」と、頼まれたとします。その契約は、取り消せません。そこが分かれ目です。安く売られたとき、損をするのは——誰でしょうか。代理の効果は、すべて、依頼した側に、帰属します。前に見た、代理の条文を、覚えていますか。だから、成年被後見人自身は——この行為で、損をしません。損をしないなら——守る必要が、ないんです。
ここで、一つ、考えてみてください。成年被後見人が、今度は——“法定代理人”として、代理した場合は、どうなるでしょうか?実は、逆です。法定代理として代理した場合は、取り消せます。条文の、ただし書を、見てください。「他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為については——この限りでない」。さっきの絵の例を、思い出してください。頼んだ知人は——自分で、成年被後見人を、代理人に、選んでいます。では、法定代理の場合は、どうでしょうか。例えば、前回、こういう話を、しました。親が、子ども名義で——学習用の、パソコンを買った、あの話です。
取り消せない形で、有効に、決まっている——ということでしたね。では、その親のほうが——後見開始の審判を、受けていたら、どうなるでしょうか。その場合、親は——子どもの、法定代理人として、パソコンを、買っています。この行為は——取り消すことが、できます。そこに、いる、子どもを、考えてみてください。子どもは——その親を、自分で、選んで、いません。この場面の「本人」は——代理を、してもらう側。つまり、この、子どものことです。任意代理は、依頼した人が、自分で選んだ——自業自得です。でも、法定代理は——選んでいない、守るべき、別の本人が、います。だから、こちらは、取り消せるんです。
身分行為——本人の意思、そのものを、尊重する
図:身分行為
- 婚姻
- 協議上の離婚
- 認知
- 本人の意思そのものを尊重するという共通の理由
ここまでは、財産に関わる話でした。最後に、財産とは、まったく別の話を、見ておきましょう。身分行為——婚姻や、離婚、親子の関係に関わる、行為です。ここまでの理由とは、まったく違います。財産の、損得ではなく——本人の意思、そのものを、尊重すべき、場面だからです。まず、婚姻を、見てみましょう。後見が、始まっている方が——「結婚したい」と、言ったとします。成年後見人の同意は、要りません。条文には、こう、書いてあります。「成年被後見人が婚姻をするには——その成年後見人の同意を要しない」。婚姻の要件そのものは、また、別の章で、扱います。今日は、この一点だけ、押さえてください。同じことが、協議上の離婚にも、及びます。婚姻の条文の内容が、離婚の場面にも、準用されているんです。
中身まで、深入りしませんが——「婚姻と同じ扱いが、離婚にも及ぶ」とだけ、覚えておいてください。もう一つ、認知——これは、前回、すでに、扱いましたね。今日は、そこに、付け加えることは、ありません。今日、見た、婚姻、離婚、認知——この三つに、共通しているのは——本人の意思、そのものを、尊重するという、考え方です。これは、前回の、未成年者のときと、同じ考え方です。誰について、考えるかで——並ぶものは、変わります。
保護者は、誰が、選ぶのか

- 「成年被後見人/成年後見人」一字違い板(本人のほう=被が入る/守る側=被が入らない)
- 家庭裁判所が職権で選任
- 複数可
- 法人も可
では、ここで、守る側——成年後見人が、どうやって、決まるのかを、見てみましょう。家族が、決めるのでは、ありません。家庭裁判所が、職権で、選びます。本人も、家族も、自分では、選べません。家庭裁判所が、決めます。実際に、家族が、選ばれることも、多いですが——決めるのは、あくまで、家庭裁判所です。もう一つ、大事な点が、あります。成年後見人は、一人とは、限りません。必要があれば——複数の人が、同時に、成年後見人に、選ばれることも、あります。たとえば、お金や、財産のことと、日々の暮らしのことを——二人で、分けて、受け持つ、といった場面です。さらに、もう一つ。成年後見人になれるのは、人だけでは、ありません。
法人も、選ばれることが、あります。社会福祉法人や、弁護士法人などです。直接、そう定めているわけでは、ありません。選任のときに、考慮すべき事情を、定めた条文の——かっこ書きの中に——「成年後見人となる者が法人であるとき」という前提が、書かれています。ここで、もう一度、確認しておきましょう。「成年被後見人」——「被」の字が入っているほうが、本人のほうです。「成年後見人」——「被」の字が入っていないほうが、守る側です。この先も、同じ言い方を、続けます。「本人のほう」「守る側」——迷ったら、そこに、戻ってください。
山場——代理権にも、外してあるものが、二つある
図:代理権から外してある二つの板
- 住まいの処分=家庭裁判所の許可が要る
- 遺言・臓器提供=本人にしかできない
- 日用品と同じ理屈だという注記
さて、守る側の権限に、話を、移しましょう。成年後見人は——成年被後見人の、法定代理人として——財産に関する、幅広い、代理権を、持っています。でも、この、強い権限にも——外してあるものが、二つ、あります。一つ目を、見てみましょう。例えば、この人が——施設に、入ることになったので——成年後見人が、本人の住んでいた家を——売ろうとしたとします。権限自体は、あります。でも、これだけは——家庭裁判所の、許可が、要ります。八百五十九条の三という条文が、これを、定めています。「代理できない」という意味では、ありません。ここが、大事なところです。「もう一段、手続きが、重い」んです。成年後見人の、判断だけでは、決められず——家庭裁判所の、許可を、得なければ、なりません。
住まいは、この人の、生活の本拠です。それを、失うことは——生活そのものに、重大な、影響を、与えます。だから、もう一段、慎重な、手続きが、必要なんです。ここで、二つ目を、見てみましょう。遺言や、臓器提供の、意思表示——これらは、成年後見人が、代わりに、行うことは、できません。これらは、本人にしか、できないと、考えられているからです。誰に、財産を遺すか。自分の、体を、どうするか——どちらも、その人自身が決めた、ということ、そのものに、意味があります。誰かが、代わりに決めてしまえば——それは、もう、その人の意思では、ありません。だから、代理には、なじまない、と考えられています。
「なじまない」というのは、条文に、直接、書いてある話では、ありません。判例でもなく——広く支持されている、通説の考え方です。この二つ、実は——さっきの、日用品の話と、同じ理屈です。財産を守るための制度が——本人の、生活の本拠と——本人にしか、できないことは、取り上げていません。これが、今日、いちばん、大事な、まとめ方です。
守る側の道具、四つのうち、一つが無い
図:四つの道具の欠け方板(代理権○・取消権○・追認権○・同意権×)
では、前回、整理した——守る側の、四つの道具を、この人の場合で、確かめ直しましょう。一つずつ、見ていきましょう。代理権は——さきほど見た、住まいの処分の話に出てきたとおり、ちゃんと、あります。未成年者のところで見た、あの取消権の条文——制限行為能力者本人に、加えて——その、代理人も、取消権を持ちます。成年後見人は、この、代理人にあたります。ですから、取消権も、あります。前回、名前を挙げた、あの、追認権も、あります。取り消せる行為を、あとから「これで確定でいい」と、決める権利です。今日、ずっと見てきたとおり——同意権だけは、無いんです。
前回の、「無いのは、どれか」という問いへの、答えが——ここで、はっきり、形になりました。
登記——審判は、どこに、記録されるのか
図:登記の場所
- 戸籍ではなく法務局の後見登記等ファイルに記録される
- 記録される事項(審判の種別/本人の氏名等/成年後見人の氏名等)
以前、この、審判のことを——「外から見える札」と、呼びました。覚えていますか。あのとき、こう言いました。この審判は、戸籍ではなく——専用の、登記という、仕組みに、記録される、と。今日、その、続きを、扱います。この審判は——法務局の、後見登記等ファイルという、専用の記録に、記録されます。審判の種類、それを、決めた裁判所——本人の氏名や、生年月日、住所——そして、成年後見人の、氏名なども、記録されます。私生活に関わる情報を——広く知られやすい、戸籍ではなく——専用の記録に、分けてある、という理由は、以前、お伝えしたとおりです。登記事項の証明書を、どう取るか、といった——実務の細かい話には、今日は、入りません。
審判の取消し——治っても、当然には、終わらない
図:審判で始まり審判で終わる板(原因の消滅→請求→後見開始の審判の取消し)
最後に、もう一つ、大事な話を、しておきます。今日の、最初に——成年被後見人になるには、審判が、要る、と学びました。では、判断する力が、戻ったら、どうなるでしょうか。例えば、治療が、うまくいって——判断する力が、戻ってきたとします。実は、それだけでは、終わりません。原因が、消滅しても——審判が、取り消されるまでは、成年被後見人のままです。請求権者の、請求によって——家庭裁判所が、後見開始の審判を、取り消して——はじめて、終わります。この「取消し」は——契約を、取り消す話では、ありません。審判という、外側の札を、外す手続きです。「札」は——実際の判断能力とは、別に、動いています。中身が、変わったからといって——自動的に、外側の札まで、書き換わるわけでは、ないんです。
今日の地図(保存版)
図:まとめ板
- 本人の側に残る三つ:日用品
- 他人の代理
- 身分行為
- (守る側の代理権から外してある二つ:住まいの処分/本人にしかできないこと)
今日、見てきたことを、数え直してみましょう。成年被後見人は、原則、すべての法律行為が——取り消せる対象でした。同意という道具も、ありません。でも、条文をよく読むと——残されているものが、ありました。本人の側に、残っているものが、三つ、ありました。そして、保護者の側の、代理権にも——外してあるものが、二つ、ありましたね。全部で、五つ。財産を守るための、この制度は——本人の生活と、意思、そのものは、取り上げていません。次は、残り、二人に、入っていきます。今日の、この人とは——原則の、向きが、逆になる人です。
次の人は、原則、ぜんぶ、自由。決められた行為だけが、制限されます。
参照条文
- 民法7条
- 民法8条
- 民法9条
- 民法102条