民法ゼロから民法#29

取り消されるかもしれない相手を、どう守るか——催告権と詐術

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第1章 民法総則 ⑱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——カメラを、反対側へ

前回の四人を薄く再掲し新しい軸「自分だけで決着をつけられるか」を予告する地図+三つの出口の予告板

  • 前回の四人を薄く再掲し新しい軸「自分だけで決着をつけられるか」を予告する地図
  • 三つの出口の予告板

さて、前回の最後を、思い出しておきましょう。「四人がそろったところで、視点を変える」——そう言って、終わりましたね。この四人を、まとめて、制限行為能力者と呼びましたね。そして、四人には、二つの軸がありました。「何で決まるか」——年齢か、判断する力と審判か。そして、「原則の向き」——原則、制限されているか、原則、自由か。その二つの軸で、四人を並べましたね。ただ、四人とも、共通していることが、一つあります。四人とも——一人で結んだ契約を、あとから取り消せる立場でした。そして、取り消せるということは——その契約の相手方が、必ずいる、ということです。

実は、この四人には、もう一つ、隠れた軸があります。「自分一人だけで、決着をつけられるか」という軸です。今日、この軸が——相手方の運命を、大きく左右します。詳しくは、この後、見ていきましょう。まずは、カメラを、反対側に向けます。前回の続きとして、聞いてみます。取り消される側——契約の相手方は——どうやって、自分を守ればいいのでしょうか?まず、地図から見ておきましょう。相手方に開かれている出口は——最低限、三つしかありません。一つ目。相手方が、自分から動く出口です。「認めるんですか、認めないんですか」と、はっきりさせるよう迫る権利です。これを、催告権と呼びます。

二つ目。制限行為能力者の側が、悪いことをした場合の出口です。自分から「自分は、もう成人だ」などと嘘をついて、相手をだました場合——その保護そのものを、外します。これを、詐術と呼びます。三つ目。誰も動かなくても——時間が、終わらせてくれる出口です。取り消せる権利にも、期限があります。相手方の不安定は——「取り消せる」の裏側でしか、生まれません。だから、出口も——取消権を終わらせる方法の数だけしかないんです。この三つを、今日、一つずつ見ていきましょう。

なぜ、相手方は、ここまで弱いのか

関係図(店主が転売先の客に売ってしまったサックスを保護者が取消しで取り戻せるかという問い) 図:関係図

では、相手方が、なぜ、ここまで弱いのか——まず、その”弱さ”の正体を、見ておきましょう。十七歳の高校生がサックスを分割払いで買った、あの話の続きです。実は、あのサックス、もう、店にはありません。店主が、別のお客さんに、転売してしまっていたんです。何も知らずに、買っています。ここで、聞いてみます。この状態で、その高校生の親が、契約を取り消したら——サックスは、取り戻せるでしょうか。実は——取り戻せます。転売先のお客さんが、どれだけ事情を知らなくても——親は、取消しを主張できます。

詐欺の取消しには第三者保護規定があるが制限行為能力の取消しには無いという対比板 図:詐欺の取消しには第三者保護規定があるが制限行為能力の取消しには無いという対比板

ここで、思い出してほしい条文があります。詐欺にだまされて結んだ契約を、取り消す場面です。あの条文の三項には——事情を知らずに権利を手に入れた第三者を、守る規定がありました。「対抗できない」は、これまで「主張できない」と言い換えてきた、あの言葉です。ところが——制限行為能力を理由にする取消しには——この、第三者を守る規定が、無いんです。この制度が守っているのは、本人の判断する力そのものです。だから、取引に入ってきた第三者の事情より、本人の保護を、先に置いているんです。その結果、制限行為能力者側は——取消し前に現れた第三者、たとえ何も知らない人でも——対抗できてしまいます。

取り消される可能性は——どこまでも、追いかけてきます。だからこそ、民法は——相手方のために、最低限の三つだけを、開けたんです。さっき見た、催告権、詐術、期間制限——この三つです。

出口①——催告権とは、何か

催告=返事を迫る権利から一か月以上の期間を定めて返事が無ければへと進む三段の導入板

では、一つ目の出口——催告権から、見ていきましょう。店主が、実際に、動いたとします。十七歳の子の親あてに——「この契約を、認めるかどうか、一か月以内に返事をください」と書いた手紙を、出しました。催告権の、いちばん基本の形が、これです。

条文民法20条1項

民法 第二十条(制限行為能力者の相手方の催告権)第一項 制限行為能力者の相手方は、その制限行為能力者が行為能力者(行為能力の制限を受けない者をいう。以下同じ。)となった後、その者に対し、一箇月以上の期間を定めて、その期間内にその取り消すことができる行為を追認するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、その者がその期間内に確答を発しないときは、その行為を追認したものとみなす

ここが、大事なところです。期間は、一か月より、短くしてはいけません。ここを「相当な期間」と覚えていると——短答で、間違えます。条文の言葉どおりに、覚えてください。そして、大事なのは——この一項の宛先です。「行為能力者となった後」——つまり——もう、制限が外れた本人です。今は、まだ十七歳ですから——一項が使えるのは、もう少し先の話です。その根拠は、別の項にあります。宛先ごとの答え合わせで、確かめましょう。では、効果を見てみましょう。期限内に、確答を発しないとき——追認したものと、みなされます。その結果、どうなるか——この条文が、答えを持っています。

条文民法122条

民法 第百二十二条(取り消すことができる行為の追認) 取り消すことができる行為は、第百二十条に規定する者が追認したときは、以後、取り消すことができない

追認したら、以後、取り消せません。守る側の道具は、代理権・同意権・取消権・追認権の四つでしたね。今日は、その四つ目——追認権が、主役になります。返事をしない、という一つの事実が——「追認した」という意味に変わって——それで、もう取り消せなくなる。これが、一つ目の決着のつけ方です。ただ——ここで、疑問が、浮かびませんか。実は——「返事がない」の意味は、宛先によって、まったく変わります。

山場——一つの物差しを、立てる

「その人だけで決着をつけられるか」という問いから三段に分岐する物差し板 図:「その人だけで決着をつけられるか」という問いから三段に分岐する物差し板

ここで、いったん、条文の暗記を離れましょう。実は、催告のルールは、たった一つの問いから、全部導けます。こう聞いてみてください。「催告された人は、その返事だけで、決着をつけられるか」。もう少し、身近な話で、考えてみましょう。部活の連絡を、思い浮かべてください。「合宿に出席しますか。返事が無ければ、出席扱いにします」——そんな連絡が、来たとします。もし、この連絡を——もう三年生で、部の運営を任されている先輩に、送ったとします。その先輩は、自分の判断だけで、出欠を決められますよね。だとしたら、返事をしないのは——「決められるのに、あえて何も言わなかった」ということです。

これが——「その人だけで、決着をつけられる」場合です。黙っていたら——有効な方向、つまり——追認したものと、みなしていい。では、逆に——同じ連絡を、まだ仮入部中の一年生に、送ったとします。しかも、部のルールで——一年生の出欠には、必ず顧問の承認が要る、と決まっていたとします。この状態で、返事が無かったとしても——それは「決められるのに黙っていた」わけではありません。「決められないことを、求めても仕方がない」。だから、この場合は、有効な方向には、みなせません。でも、宙づりのままにも、できない。無効の方向で、決着をつけます。つまり——取り消したものと、みなす。

取り消したことになれば、契約は、初めから無かったことになります。だから、ここでは「無効の方向」と呼んでいます。そして、もう一つ——そもそも、その連絡が、届かない場合があります。一年生が、長期入院していて——連絡そのものを、受け取れる状態じゃなかったとしたら。返事の有無に、何の意味も持たせられません。この場合は、催告そのものが、無かったのと同じことになります。この三つ——「自分で決着をつけられる」「決着をつけられない」「そもそも届かない」——この一つの問いで、催告のルールは、全部決まります。では、実際の条文に、当てはめてみましょう。さっきの、店主の話に、戻ります。もし、店主が——十七歳の本人あてに、直接、手紙を出していたら——どうなるでしょうか?

答え合わせ——催告の一覧板

関係図(店主が保護者・本人・被保佐人・未成年者本人それぞれに手紙を出す場合の宛先) 図:関係図

答え合わせを、していきましょう。店主が手紙を出せる宛先は、実は、何通りもあります。一つずつ、確かめていきましょう。まず、最初の場面です。十七歳のうちに、店主が、親あてに——「この契約を、認めるかどうか、返事をください」と手紙を出しました。一か月経っても、返事が、ありません。親は、法定代理人として——自分の判断だけで、この契約を追認できます。この根拠は、この条文です。

条文民法20条2項

民法 第二十条 第二項 制限行為能力者の相手方が、制限行為能力者が行為能力者とならない間に、その法定代理人、保佐人又は補助人に対し、その権限内の行為について前項に規定する催告をした場合において、これらの者が同項の期間内に確答を発しないときも、同項後段と同様とする。

そこも、大事です。保護者に催告できるのは——その保護者が、権限を持っている行為についてだけです。たとえば、以前、見ましたね。代理権だけしか持たない補助人に——同意が要らない行為について催告しても、意味がありません。今日は、深入りしません。話を戻しましょう。この親は、自分だけで、決着をつけられる立場でした。だから、返事が無ければ——一項の後段と、同じルールで——追認したものと、みなされます。次の場面です。店主が、忘れているうちに——その子が、十八歳になりました。今度は、本人あてに、同じ手紙を、出します。一か月経っても、返事が、ありません。

もう行為能力者になった本人は——自分だけで、決着をつけられます。だから、同じように、追認したものと、みなされます。

被保佐人本人あてに手紙を出すと中身が変わり取消し擬制になる場面 図:被保佐人本人あてに手紙を出すと中身が変わり取消し擬制になる場面

では、少し違う場面を、見てみましょう。別の日、同じ店に、五十代の男性が来ました。高価なアンプを、買っていきます。実は、この人には、保佐人が、付いていました。店主は、この人にも、本人あてに手紙を出します。ところが——この手紙の中身が、さっきまでと、違います。「認めるかどうか返事をください」ではなく——「保佐人の追認をもらってきてください」という内容になります。考えてみてください。被保佐人本人は、自分一人だけの判断で——この契約を、追認できるでしょうか。追認は、取消しとは逆なんです。取り消すのは、本人一人でできます。でも——追認するには、保佐人の同意が要ります。

だから、この本人には——「決めてください」ではなく——「決められる人の確認を、取ってきてください」と頼むしかないんです。この根拠が、これです。

条文民法20条4項

民法 第二十条 第四項 制限行為能力者の相手方は、被保佐人又は第十七条第一項の審判を受けた被補助人に対しては、第一項の期間内にその保佐人又は補助人の追認を得るべき旨の催告をすることができる。この場合において、その被保佐人又は被補助人がその期間内にその追認を得た旨の通知を発しないときは、その行為を取り消したものとみなす

前回のとおり、同意を要する旨の審判を受けた被補助人だけです。審判が無ければ、取り消せる行為が、そもそもありません。取り消したものと、みなされます。この人は、自分だけでは、決着をつけられません。だから、「何もしなかった」ことを、有効な方向には使えないんです。宙づりだけは、終わらせる。だから、無効の方向で、決着をつけます。

未成年者本人あてに出した手紙はそもそも届かないという場面 図:未成年者本人あてに出した手紙はそもそも届かないという場面

さて、最後です。もし、店主が、十七歳のうちに——本人あてに、直接、手紙を出していたら——どうなるでしょうか。さっき、予想させられた、あの問いですね。答えを、見てみましょう。実は、この手紙は、そもそも届きません。取消し擬制にも、なりません。この根拠が、これです。

条文民法98条の2

民法 第九十八条の二(意思表示の受領能力) 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に意思能力を有しなかったとき又は未成年者若しくは成年被後見人であったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし、次に掲げる者がその意思表示を知った後は、この限りでない。 一 相手方の法定代理人 二 意思能力を回復し、又は行為能力者となった相手方

未成年者や、成年被後見人は——意思表示を受け取る力そのものを、持っていない、とされています。だから、店主が、いくら手紙を出しても——法律上、届いたことに、なりません。何も、起きません。ここで、一つ、聞いてみたいことがあります。なぜ、被保佐人には手紙が届くのに——未成年者には、届かないんでしょうか。そこが、この回、いちばんの落とし穴です。もし、「自分一人で追認できないから」が理由だとしたら——被保佐人も、届かないはずですよね。でも、実際は届きます。つまり、理由は「追認できるかどうか」ではありません。この条文が挙げているのは——意思能力を持たない人、未成年者、そして成年被後見人——この三種類だけです。意思能力は、判断できる力のことでしたね。

挙げられていない人には、手紙は、ちゃんと届きます。挙げられている人だけ、そもそも、受け取る力が無いんです。これが、この回、いちばんの弁別ポイントです。もう一つだけ、付け加えておきます。この、未成年者への手紙——永久に無意味というわけでは、ありません。ただし書を、見てください。法定代理人が、その手紙の中身を、知った後は——対抗できるようになります。ここから先の細かい仕組みは——また別の回で、扱います。

催告の相手方×確答が無い場合の効果×理由の一覧表 図:催告の相手方×確答が無い場合の効果×理由の一覧表

ここまでの四つを、一枚の表に、まとめておきましょう。能力者になった本人、そして、保護者——どちらも、自分だけで、決着をつけられるので——返事が無ければ、追認擬制です。被保佐人、そして、審判を受けた被補助人——自分だけでは、決着をつけられないので——返事が無ければ、取消し擬制です。そして、未成年者と、成年被後見人——そもそも受け取れないので、何も起きません。

山場——20条3項も、同じ物差し

未成年後見人と後見監督人の組み合わせで催告しても取消し擬制になるという場面+物差し板の再掲

  • 未成年後見人と後見監督人の組み合わせで催告しても取消し擬制になるという場面
  • 物差し板の再掲

では、もう一つ、別のパターンを、見てみましょう。もし、あの十七歳に、両親が、いなかったとします。代わりに、未成年後見人が、付いていました。しかも、この後見には——後見監督人という、もう一人が付いていて——この種の契約を追認するには——後見監督人の同意が、必要でした。店主は、この後見人あてに、手紙を出します。一か月経っても、返事が、ありません。さて、どうなるでしょうか。実は——取消し擬制になります。ここで、もう一度、あの問いを、使ってみましょう。「この人だけで、決着をつけられるか」。後見人は、この契約を——自分一人の判断だけで、追認できるでしょうか。

後見人一人では、決着をつけられません。だから、返事が無ければ——無効の方向、つまり、取消し擬制になります。この根拠が、これです。

条文民法20条3項

民法 第二十条 第三項 特別の方式を要する行為については、前二項の期間内にその方式を具備した旨の通知を発しないときは、その行為を取り消したものとみなす

この「特別の方式」というのが——保護者が一人では決められず、もうひと手続き要る場面です。法律が、こう決めていることがあります。「この種の行為には、監督人の同意も要る」と、いま見ている、後見監督人の同意が、その代表例です。制度としては、います。ただ、監督人の同意が要る、と法律が決めているのは——後見の場合です。今日は、ここから先には、深入りしません。後見人が、一人で決められる範囲が、とても大きいからです。財産に関わる重大な判断は——後見人一人の判断だけには、任せません。もう一人の目で、チェックが入ります。

そして、大事なのは、ここからです。この三項——一見、例外に、見えませんか。でも、実は、例外ではありません。さっきの、たった一つの問いに——そのまま、当てはまっているだけです。後見人一人では、決着をつけられない。だから、取消し擬制になる。それだけの話です。この一つの問いが——一項から四項まで、全部を、説明してしまう。これが、今日、いちばん見てほしかった景色です。

山場——取消し擬制は、なぜ、相手方の保護になるのか

相手方が欲しいのは有効になることではなくどちらかに決まることだという対比板 図:相手方が欲しいのは有効になることではなくどちらかに決まることだという対比板

さて、ここで、一度、立ち止まりましょう。ここを、はっきりさせておきましょう。相手方が、本当に欲しいものは——何だと思いますか。実は、相手方が欲しいものは、少し違うんです。相手方が、いちばん欲しいものは——「有効になること」ではなくて——「どちらかに、決まること」です。思い出してください。サックスを売った店主は、いつまで待てばいいのか。それが、この回の出発点でした。相手方が、いちばんつらいのは——有効か無効か分からないまま、ずっと待たされることです。もし、ここで、無効に確定したら——店主は、どうなるでしょうか。もう、待つ必要は、ありません。サックスを、在庫として、扱い直せます。別のお客さんに、堂々と、売ることもできます。支払いを、回収できる見込みが無いことも、はっきり分かります。

無効という結論でも——「決着がついた」というだけで——相手方は、次の一歩を、踏み出せます。だから、取り消したことになる、という結末でも——相手方にとっては、ちゃんと意味があるんです。この視点が無いと——さっきの、催告の一覧が、理不尽に見えてしまいます。でも、実際は、どちらの結論も——相手方を、宙づりから、救っているんです。

出口②——詐術

積極的な嘘・単なる黙秘・黙秘と他の言動・同意書偽造の四段の線引き板 図:積極的な嘘・単なる黙秘・黙秘と他の言動・同意書偽造の四段の線引き板

では、二つ目の出口——詐術に、進みましょう。こちらは、待つのではなく——制限行為能力者側が、悪いことをした場合の話です。根拠は、この条文です。

条文民法21条

民法 第二十一条(制限行為能力者の詐術) 制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため****詐術を用いたときは、その行為を取り消すことができない

制限行為能力者を守る、この制度も——だました人まで、守る必要はありません。では、どこからが詐術にあたるのか——四つの場面で、線引きを見ていきましょう。一つ目。あの十七歳が、店主に、こう言いました。「もう十九です。大学生なので」。これは、はっきり詐術にあたります。積極的に嘘をついているので——この後、取り消すことは、できません。

単なる黙秘は詐術にあたらないが黙秘と他の言動が重なれば詐術にあたるという対比板 図:単なる黙秘は詐術にあたらないが黙秘と他の言動が重なれば詐術にあたるという対比板

二つ目。今度は、違う場面です。店主は、年齢を聞きませんでした。十七歳の側も、自分からは、何も言いませんでした。これは——詐術にあたりません。気持ちは、分かります。でも——ただ黙っていただけでは、足りません。相手方の側にも——年齢を確認する余地は、あったはずです。黙秘だけで詐術と認めてしまうと——制限行為能力者は、いつも——自分から「未成年です」と名乗らないと、危ない、ということになってしまいます。だから、単なる黙秘は、それだけでは足りません。三つ目。ここが、いちばん微妙な場面です。同じように、年齢は言いませんでした。でも、店主に——勤め先だという会社の名刺を、差し出しました。「平日は仕事なので、週末に取りに来ます」と、話を合わせています。

この場合は、詐術にあたります。ここで、大事な判例があります。古い最高裁の判例が、こう言っています。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和44年2月13日(民集23巻2号291頁)

詐術の判断枠組み——黙秘は、それだけでは足りない 無能力者であることを黙秘することは、無能力者の他の言動などと相まつて、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときには、民法二〇条にいう「詐術」にあたるが、黙秘することのみでは右詐術にあたらない

そこは、当時の条文番号です。今の二十一条にあたります。番号の付け替えがあった、と思ってください。単なる沈黙と——沈黙プラス、誤信させる言動——この二つを、分けたのが、この判例です。名刺を差し出して、話を合わせる行為は——まさに「ほかの言動」にあたります。一つ、付け加えておきます。この判例は——「相手が、実際に誤信したこと」も、求めています。もし、店主が、はじめから未成年だと見抜いていたら——名刺を出されても、誤信させたことにはなりません。

同意書の偽造は21条の類推適用にあたるという場面 図:同意書の偽造は21条の類推適用にあたるという場面

四つ目。最後の場面です。あの十七歳が——親の名前を書いて、ハンコを押した同意書を、店主に持ってきました。でも、ここは、少し注意が要ります。もう一度、二十一条を見てください。「行為能力者であることを信じさせるため」——この同意書は、「自分が成人だ」と偽っているわけでは、ありません。だから、二十一条を、そのままあてはめることは、できません。そこで、使われるのが、類推適用です。条文の言葉は——「能力者だと信じさせた場合」を、想定しています。でも、条文の趣旨——「悪質な人を、保護しない」という考え方は——同意書を偽造した場合にも、同じように、あてはまります。だから、言葉はそのまま使えなくても——同じ結論を、及ぼすんです。この根拠として、挙げられているのが、これです。

判例大審院判決 明治37年6月16日(民録10輯940頁)・大審院判決 大正12年8月2日(民集2巻577頁)参照

同意書の偽造——21条の類推適用 制限行為能力者が、法定代理人や保佐人、補助人の同意書を偽造するなどして、同意を得ていると誤信させた場合にも、二十一条が類推適用されるとされている。

今から百年以上前の判例です。判断のポイントは、さっきと同じです。「能力者だと偽ったか」ではなく——「悪質な、だましがあったか」。そこが共通しています。最後に、この詐術の効果について——一つ、大事な注意点があります。もう一度、条文を見てください。「その行為を、取り消すことができない」——「制限行為能力者は、取り消せない」とは、書いていません。効果の対象は、「その行為」そのものです。だから、本人だけでなく——親も、保佐人も、補助人も——誰も、この契約を、取り消せなくなります。ここを「本人だけ取り消せない」と覚えると——短答で、間違えます。取消権者、全員に効いてくる。これが、詐術の効果です。

出口③——期間制限

追認をすることができる時からの5年と行為の時からの20年という二本の時間軸 図:追認をすることができる時からの5年と行為の時からの20年という二本の時間軸

では、三つ目の出口——期間制限に、進みましょう。誰も動かなくても——時間が決着をつけてくれる話です。根拠は、この条文です。

条文民法126条

民法 第百二十六条(取消権の期間の制限) 取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

数字が二つ、出てきますね。一つずつ確かめましょう。まず、五年のほうです。十五歳のときに、あの子が、契約を結んだとします。親は、その契約に気づかないまま、時間が過ぎました。三年後、この子は十八歳になり、そのころ、この契約に気づきます。ここから、五年のカウントが、始まります。「追認をすることができる時から」——この起算点の中身は、この条文が決めています。

条文民法124条1項

民法 第百二十四条(追認の要件)第一項 取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。

「かつ」が大事です。未成年という状況が終わっていて——なおかつ、取り消せることを知っている——この両方がそろって、初めて、カウントが始まります。この子は、十八歳になったころ、未成年という状況が終わり——ちょうど、同じころ、本人も、取り消せることを知りました。両方の条件が、そろったわけです。だとすると、そこから五年後——二十三歳で、取消権は、消滅します。では、逆の場合を、考えてみましょう。もし、親も本人も、この契約に、ずっと気づかなかったら——どうなるでしょうか。「知った後」という条件が——いつまでも、満たされません。だから、五年のほうは、永遠に、動き出さない可能性があります。

消えないわけでは、ありません。ここで、後段が効いてきます。「行為の時から、二十年」——こちらは、誰も気づいていなくても——契約をした、その瞬間から、静かに進んでいます。十五歳で契約したなら——そこから二十年後——三十五歳で、取消権は消えます。誰も気づかないまま時間が過ぎても——この二十年だけは、確実に、効いてきます。二つの数字は——どちらかの、念のため、というわけではありません。起算点そのものが、違うんです。前段は「気づいた時」から。後段は「行為の時」から、先に来たほうで、取消権は、終わります。

もう一つだけ、名前だけ、触れておきます。実は、返事をしなくても——履行してしまえば、追認したことになる仕組みも、あります。法定追認と呼ばれるものです。詳しい中身は、また別の回で、扱います。

今日の地図(保存版)

誰が動くか×何が終わるかの三行まとめ板 図:誰が動くか×何が終わるかの三行まとめ板

では、今日、見てきたことを、まとめましょう。相手方に開かれていた出口は、三つでした。一つ目、催告権。相手方が、自分から動く出口です。誰に催告するかで——自分だけで決着をつけられるか、つけられないか——そして、そもそも受け取れるかどうか。ここだけは、別の物差しでした。二つ目、詐術。制限行為能力者側が、悪いことをした場合の出口です。積極的な嘘、そして、黙秘にほかの言動が重なった場合は——保護そのものが、外れます。三つ目、期間制限。誰も動かなくても、時間が決着をつけてくれる出口です。気づいた時からの五年と、行為の時からの二十年——どちらか早いほうで、消えます。

相手方の不安定は——「取り消せる」の裏側でしか、生まれません。だからこそ、民法は——終わらせる方法を、三つだけ、用意したんです。一つの問いで、全部が説明できる——表を丸暗記しなくても——この問いさえ、覚えておけば——自分で、結論を、導き出せます。さて、これで、人の能力の話が、一区切りつきました。未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人——そして、その相手方。全員が、そろいました。次は、少し違う問いに、進みます。人には、必ず判断する力があるかどうかが、問題でした。でも、それ以前に——そもそも、その人が、どこにいるか分からなかったら——どうなるでしょうか。

気になりますよね。それは、次の話です。

参照条文

  • 民法20条1項
  • 民法122条
  • 民法20条2項
  • 民法20条4項
  • 民法98条の2
  • 民法20条3項
  • 民法21条
  • 民法126条
  • 民法124条1項

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