民法ゼロから民法#2

物を支配する権利と、人に請求する権利——所有権と債権はどう違うのか

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第1章 民法総則 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

物に向かう権利、人に向かう権利

直接支配と請求の対比ボード

今のカメラが、もう手元にある場面で考えてみます。カメラを持っているとき、それを使うのに、誰かの協力が要りますか。物を直接に支配できる。これが物権でした。前回、少しだけ触れましたね。相手は人ではなく、物そのものです。誰の力も借りずに、使ったり、貸したり、売ったりできます。では、まだ約束の段階の場面はどうでしょうか。「売ります」「買います」で止まっている状態です。買うと約束した人は、カメラを今すぐ使えますか。相手が動いてくれて、初めて実現する。これが債権でした。物権は物に、債権は人に向かう。向きが逆です。同じ「カメラを手に入れる」でも、途中に人を挟むかどうかが違います。間に人の行為が挟まるかどうか——これが基本の軸になります。この軸を、これから何度も使います。

なぜ、二つとも有効になるのか

排他性の回収ボード

もう一度、最初の問いに戻ります。カメラを売る約束は、二つとも有効でした。物権と債権、どちらの性質と関係がありそうでしょうか。人に向かう、債権のほうに関係がありそうです。理由まで、確かめていきましょう。まず、売買の約束は、何を生む約束でしたか。最初の約束で、最初の相手に対する債権が生まれます。カメラを引き渡してほしい、という債権です。では、次の約束では、何が生まれますか。別の債権が、もう一本生まれます。ここで大事なのは、債権が約束さえあれば成立するということです。物を今、実際に押さえているかどうかは、関係ありません。だから、同じカメラについての約束が二つあっても、成立する段階ではぶつかりません。約束しただけの段階では、まだ何も奪い合っていません。もし、これが物権だったら、話は変わります。物権は、物そのものに対する支配です。同じ物の上に、同じ内容の支配が二つ乗ることはできません。だから物権は、同じ物について一つしか成立しない。これを排他性と呼びます。一方、債権は相手ごとに独立して成立できる。排他性がありません。カメラが一台しかないことと、約束が二つ結べることは、実は矛盾していません。ただし、実際にカメラを受け取れるのは、どちらか一方だけです。渡せなかった側との約束は、果たせない約束として残ります。どちらのものになるかは、やはり別の回で扱います。今日の主役は、なぜ二つとも成立してしまうのか、その理由のほうです。ここで「債権は弱い」というわけではない、という点は誤解しやすいところです。強い・弱いの話ではなく、当てはまる範囲が違うだけです。物権は物一つにつき一つ、債権は相手ごとに何本でも。

同じ「返して」の、二つの意味

絶対性(自転車を持ち去られた場面)の関係図ボード

前回、友達に五万円を貸した話をしましたね。「返して」と言えるのは、誰に対してでしたか。今日は、自転車を貸した場面を並べてみます。友達に、少しの間だけ。ところが、友達が目を離した隙に、見ず知らずの人が持って行ってしまいました。この場合、自転車を返してと言えるのは、誰に対してですか。会ったことも話したこともない相手にも、「それは私の自転車だ、返してほしい」と言えます。そこが今日の核心です。物権に基づく「返して」は、今それを持っている人が誰であっても主張できます。なぜ、そうなるのでしょうか。向いている先が物である以上、その物が誰の手にあっても、同じことが言えます。これを絶対性と呼びます。一方、債権に基づく「返して」は、その相手にしか主張できません。これを相対性と呼びます。同じ「返して」でも、根っこの権利で相手の範囲が変わります。

相対性(五万円を渡してしまった場面)の関係図ボード

もう一度、五万円のほうで確認します。友達が、借りたその五万円を別の人に渡してしまったとします。あなたは、その「別の人」に返してと言えるでしょうか。答えは、言えません。約束したのは友達とだけだからです。これから先、事案を見たら、この二つを見分けられるようにしてください。「今それを持っている人になら、誰にでも言えそうか」。それなら、物権の絶対性の話です。「あの人との約束だから、あの人にしか言えない」。それなら、債権の相対性の話です。それが、今日いちばん身につけてほしい見分け方です。ただし、一つだけ留保を置いておきます。物権が誰に対してでも主張できるのは、いつでも無条件ではありません。物権が誰の手に渡ったかという経緯によっては。対抗要件という、別の条件が必要になる場面があります。今日はまだ、名前だけにしておきます。この先の回で、じっくり扱います。今日のところは、この骨格だけ持って帰ってください。誰に対してでも言えるのが物権、相手にしか言えないのが債権です。

種類を決めるのは、誰か

物権法定主義と契約自由の対比ボード

もう一つ、カメラの取引に戻って考えます。分割払いにするか、いつ引き渡すか。こうした取引の条件は、誰が決めますか。契約の中身は、当事者どうしが自由に決めてよい。条文にも、はっきり書いてあります。

条文民法521条

民法 第521条(契約の締結及び内容の自由) 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。 2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる

ただし、「法令の制限内」とあるとおり、無制限ではありません。公序良俗に反するような内容には、別の歯止めがあります。その歯止めは、また別の回で扱います。今日は、当事者が自由に決めてよいという原則の側だけ、押さえてください。では、今度は物権のほうを考えます。「代金を払わなくても、契約した瞬間から独占して使い続けられる権利」。こんな新しい種類の物権を、当事者どうしで勝手に作れると思いますか。条文を見てみましょう。

条文民法175条

民法 第175条(物権の創設) 物権は、この法律その他の法律に定めるもののほか、創設することができない

物権の種類は、法律が定めたものに限られます。これを物権法定主義と呼びます。理由は、さっきの絶対性に戻ります。契約は、その相手にしか効きません。二人が自由に決めても、迷惑するのはせいぜい二人の間だけです。ところが物権は、誰に対しても主張できる権利でした。もし当事者が勝手に新種の物権を作れてしまうと。その物を買おうとする、まったく無関係な人まで縛られます。それでは、誰も安心して取引できません。だから物権の種類は、法律があらかじめ決めたものだけにしてあります。誰が見ても分かる状態にしておく。それが物権法定主義の理由です。相手にしか効かない契約は自由に決められる一方、誰にでも効く物権は法律の管理下に置かれている、というわけです。ちなみに、物権には所有権のほかにも、十種類ほどの仲間があります。その中身は、また別の回で扱います。今日は、種類そのものは法律だけが決められる、ということだけ持ち帰ってください。

債権は、どこから生まれるのか

債権の発生原因4つの一覧ボード

ここまで、物権と債権の違いを見てきました。ここからは、債権に絞って、もう少し深く見ていきます。そもそも債権は、何がきっかけで生まれるのでしょうか。さっきのカメラのように、約束をしたときが一番多いパターンです。条文を見てみましょう。

条文民法555条

民法 第555条(売買) 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

「渡します」「払います」。この二つの約束が揃うと、契約が成立します。カメラで言えば、売る人には代金を求める債権が生まれます。買う人には、カメラの引き渡しを求める債権が生まれます。そして、民法が定める債権の発生原因は、あと三つあります。一つ目は事務管理です。友達が入院している間のことを、考えてみます。頼まれてもいないのに、飼い猫の世話を代わりに引き受けました。エサ代も、立て替えたとします。義務がないのに、他人のために動いてしまうこと。これを事務管理と呼びます。この場合、立て替えたエサ代を返してもらえる債権が生まれます。二つ目は不当利得です。フリマアプリで、返金の処理が二重に行われたとします。代金が、誤って二回振り込まれてしまいました。ラッキーに見えますが、そうではありません。法律上の原因なく利益を得ています。だから、その分を返す義務、つまり返還を求める債権が相手に生まれます。三つ目は不法行為です。カフェで、隣の席の人が不注意でコーヒーをこぼしたとします。それが、あなたのノートパソコンにかかってしまいました。故意や過失で他人の権利を侵害した場合。損害を賠償させる債権が生まれます。事務管理も、不当利得も、不法行為も、誰も約束していません。それでも、法律が定める条件を満たせば当然に発生する債権です。まとめて法定債権と呼びます。それぞれの細かい要件は、また別の回でじっくり扱います。今日は、契約・事務管理・不当利得・不法行為。この四つの入り口がある、ということだけ押さえてください。

債権は、どこへ消えるのか

債権の消滅原因7つの一覧ボード

発生したものがあれば、当然、消える場面もあります。債権は、どうやって消えるのでしょうか。約束どおり果たせば消えます。それが一番基本の弁済です。借りたものを、約束どおり返す。民法は、弁済のほかにも、消える場面を条文順であと六つ挙げています。今日は名前だけ、一つずつ確認します。代物弁済。本来渡すはずの物の代わりに、別の物で済ませる方法です。供託。お金や物を法務局に預けて、それで済ませる制度です。相殺。お互いに同じ種類の債権を持っているとき、重なっている分だけ、両方まとめて消すことです。更改。今の債務をいったん消して、新しい内容の債務に入れ替えることです。免除。債権者の側から、一方的に手放すことです。混同。債権者と債務者が、同じ一人になってしまうことです。貸していた相手を、あとで相続した場合などに起こります。七つも並ぶと、全部覚えなければならないように見えますが、そうではありません。今日は名前と順番を知っておくだけで十分です。中身は、あとの回でじっくり扱います。ついでに触れておくと、債権には他にも制度があります。支払いを確実にする担保や保全の制度。債権そのものを、別の人に譲る制度もあります。これらも、この先の回でまとめて扱います。まずは全体の地図を持っておくことが、今日の目的です。

なぜ、総則が最初にあるのか

前回の176条と、今日の555条の「意思表示」共通点ボード

前回、民法典には五つの部屋——総則、物権、債権、親族、相続——があるという話をしました。最初の部屋、総則には共通ルールが置いてある、とも話しましたね。総則がなぜ最初に置かれているのか、という話は、まだでしたね。ここで、二つの条文を並べてみます。前回、物権のところで見た176条と、さっき見た555条です。176条は「物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる」でした。555条は「移転することを約し」「代金を支払うことを約する」でした。どちらにも「約する」、つまり意思表示が出てきます。そこです。意思表示とは、こうしたい、という意思を外に向けて表すことです。176条は物権の条文、555条は債権の条文。編としては別々の場所にあるのに、どちらも同じ言葉を要件にしています。意思表示という言葉です。もし、意思表示のルールを、176条にも555条にも書き込むとしたら。意思表示が要件になる条文は、この二つだけではありません。数えきれないほどあります。そのたびに同じルールを書けば、量が膨れ上がります。書き方が少しずつずれて、内容がバラバラになる危険もあります。共通して使われる部分を、最初にまとめて置いておくしかない。これが、総則が最初に置かれている理由です。この条文の並べ方に、名前が付いています。パンデクテン方式と呼びます。意思表示の詳しいルールを定めた条文群も、総則の中にあります。だまされて結んだ約束や、勘違いで結んだ約束をどう扱うか。93条から先に並んでいます。中身は、また別の回で扱います。

権利濫用1条3項の構造ボード

もう一つだけ、似た例を見ておきます。民法1条3項には、こう書いてあります。「権利の濫用は、これを許さない」。この一文の「権利」は、物権にも債権にも、どちらにもかかります。だから、これも総則にまとめて置くしかないんです。「意思表示」も「権利」も、両方に共通する言葉だから、総則にくくり出されている、というわけです。総則は、便宜的にまとめただけの部屋ではありません。同じ言葉が、あちこちで繰り返し必要になるから、前に置くしかなかった。そういう部屋なんです。

物権と債権、四つの違いを表にする

物権と債権の対比表ボード

今日出てきた違いを、一つの表にまとめます。一つ目、支配の対象。物権は物そのものに、債権は特定の人に向かいます。二つ目、排他性。物権は同じ物について一つしか成立しませんが、債権は何本でも成立します。三つ目、効力の及ぶ範囲。物権は誰に対してでも主張できる絶対性。債権はその相手にしか主張できない相対性です。四つ目、種類の決定者。物権の種類は法律だけが決められる、物権法定主義。契約の内容は当事者どうしが決められる、契約自由です。この一本の軸から、残りの三つは説明がつきます。そして、「意思表示」や「権利」といった共通の言葉が、両方を貫いています。だからこそ、民法は最初に、総則という共通の部屋を置いていました。次に約束や、物の貸し借りに出会ったら、この四つの軸で見分けてみてください。それが、これから先の回を読み解く土台になります。

参照条文

  • 民法521条
  • 民法175条
  • 民法555条

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