民法ゼロから民法#27

訴えることはできる。登記はできない——権利能力なき社団の対外関係と、民法上の組合

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第1章 民法総則 ㉔/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

三つの場面、三つの答え

訴訟・登記・預金という三つの場面を予告し性質の違いという結論を隠したまま示す地図板

今日は、三つの場面を、順番に見ていきます。一つ目は訴訟。二つ目は登記。三つ目は、銀行預金です。訴訟も登記も預金も、外に向けて名前を出す場面という点では、同じなんです。そこが、今日の面白いところです。答えは、三つとも違います。一つは、できる。一つは、できない。一つは、実務次第です。なぜ割れるのか、その理由まで、今日は突き止めます。まずは、訴訟から見ていきましょう。

訴訟では、社団は「一人前」

大家がサークルを直接被告にできるかという問いと窓口という視点を予告する板 図:大家がサークルを直接被告にできるかという問いと窓口という視点を予告する板

大家は、十八万円の未払い家賃を取り返すために、裁判を起こします。十五人を一人ずつ探して訴えるのは、さすがに大変すぎますよね。実は、答えが用意されています。ただし、民法ではありません。民事訴訟法という、別の法律です。今日、初めて、民法以外の条文が出てきます。条文を見てみましょう。

条文民事訴訟法29条

民事訴訟法 第二十九条(法人でない社団等の当事者能力) 法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる。

「代表者又は管理人の定めがあるもの」は、その名において訴え、訴えられる。前回確認した、四つの要件を思い出してください。四つ目に、代表や財産の管理が確立していること、がありました。写真サークルには、代表——部長がいます。大家は、部員全員ではなく、サークルを被告にできます。ここで、条文の言葉を、もう一つ確認させてください。条文は「代表者、または、管理人」と言っています。代表者がいなくても、管理人が決まっていれば、それで足ります。財産の管理だけを任された人、と考えてください。代表者とは別の場合もあります。「代表者の定めがあれば足りる」とだけ覚えると、管理人のほうが抜け落ちます。

では、逆の場合も見ておきましょう。以前見た、友達数人が時々飲み会をするだけの集まりを、覚えていますか。あっ、四つの要件を、どれも満たさない集まりですね。代表もいなければ、管理人に当たる役もいません。この29条は、使えません。窓口が、そもそも存在しないからです。窓口の有無が、そのまま裁判の手間を左右します。では、なぜ、窓口さえあれば足りるんでしょうか。近いですが、もう少し実務的な理由があります。訴訟でいちばん困るのは、誰を相手に手続を進めればいいか分からないことです。逆に、受け取ってくれる人さえ決まっていれば、手続は回ります。ここで、一つ、たとえを使わせてください。会社の代表電話に、問い合わせの電話をかけたとします。

電話を取った人が、社長本人である必要は、ありませんよね。民訴29条の代表者・管理人は、この「電話を取ってくれる窓口」に近いんです。だから、この当事者能力は、実体的な権利の話ではありません。あくまで、手続を進めるための、技術的な資格にすぎないんです。サークルが訴えられるようになっても、サークル自身が土地の所有者になる訳ではない、ということです。ここは、覚えておいてください。あとで、効いてきます。

大家とサークルが直接の訴訟当事者として向き合いサークル内部の部員は表に出ない関係図

関係を、図で見てみましょう。大家とサークル。この二者が、そのまま訴訟の当事者になります。窓口——部長という代表者が、サークルの名前で受け止めます。ここで、聞いてみます。訴訟では、社団は一人前として振る舞えました。では、この社団は、自分の土地を「自分の名義」で登記することも、できるでしょうか。その予想、覚えておいてください。次の場面で、確かめます。

登記だけは、違う

登記簿にはサークルの名前がどう書かれるかという重い問いを提示する板 図:登記簿にはサークルの名前がどう書かれるかという重い問いを提示する板

サークルの土地は、登記簿に、どう記録されているでしょうか。実は、社団の名前では、登記できません。ここが、今日いちばんの山場です。判例を見てみましょう。

判例最高裁判所判決 昭和47年6月2日(民集26巻5号957頁)

社団名義の登記を、認めるか——ある最高裁判例 権利能力なき社団の資産たる不動産については、社団の代表者が、社団の構成員全員の受託者たる地位において、個人の名義で所有権の登記をすることができるにすぎず、社団を権利者とする登記をし、または、社団の代表者である旨の肩書を付した代表者個人名義の登記をすることは、許されないものと解すべきである。

この判決は、三つの登記の仕方を、はっきり分けています。一つ目——「写真サークル」という社団名義そのままの登記。これは、できません。二つ目——「写真サークル代表者、誰それ」という、肩書き付きの代表者名義。これも、できません。ここを、混同しないでください。片方だけ覚えると、不正確になります。三つ目——肩書きを付けない、代表者個人の名義。これだけは、できます。

社団名義は不可・肩書き付き代表者名義も不可・代表者個人名義だけ可という三択板 図:社団名義は不可・肩書き付き代表者名義も不可・代表者個人名義だけ可という三択板

図で並べてみましょう。社団名義は駄目。肩書き付き代表者名義も駄目。代表者個人名義だけが、できます。ここからが、今日の核心です。さっき、訴訟の当事者能力は、実体的な権利の話ではない、と言いましたね。登記は、まったく違います。登記簿に名前を載せるということは、「この人が、法律上の権利の主体だ」と。世の中に向けて、宣言することなんです。だから、法律上そもそも権利の主体になれない者は、載せようがありません。だから、肩書きを付けた代表者名義も、認められないんです。判決も、それは実質において社団を権利者とする登記だ、と言っています。その大もとの理由も、判決は、はっきり言葉にしています。

判例最高裁判所判決 昭和47年6月2日(民集26巻5号957頁)判決理由

なぜ、社団には登記請求権が無いのか——同じ判決の理由 権利能力なき社団の資産はその社団の構成員全員に総有的に帰属しているのであつて、社団自身が私法上の権利義務の主体となることはないから、社団の資産たる不動産についても、社団はその権利主体となり得るものではなく、したがつて、登記請求権を有するものではないと解すべきである。

「社団自身が私法上の権利義務の主体となることはない」。総有と解した結果、社団自身は、所有権の主体になれませんでした。だから、そもそも「自分の名義に登記してくれ」と求める権利——登記請求権を。社団は、持っていないんです。ここで、大事な区別をしておきます。「登記には29条のような条文が無いから、できない」と考えると、少し粗いんです。条文がたまたま無いだけなら、いつか条文を作れば、解決しそうに聞こえますよね。でも、そうではありません。訴訟の当事者能力は、実体を動かさない、手続だけの資格でした。登記は、実体的な権利の帰属を、そのまま映す仕組みです。ここで、一つ、たとえを使わせてください。登記簿は、今そこにある権利の実体を映す、鏡のようなものです。

鏡は、実在しないものを、映すことができません。社団は、法律上の権利の主体として、そもそも実在しないんです。だから、登記の場面にだけ条文を作っても、この壁は動きません。訴訟と登記の違いは、条文の有無ではなく——両者の役割の違いなんです。では、なぜ、代表者個人の名義だけは、認められるんでしょうか。代表者は、生身の個人として、権利の主体になれます。この判決は、こう言っています。「構成員全員のために、信託的に、代表者個人の所有とされる」。預かっているだけで、本当の持ち主はみんなだけれど。形の上では、代表者個人の物として扱う、という意味です。判決文にあった「受託者たる地位において」も、この預かる立場のことです。

代表者が勝手に売ってよいかどうかは、代表者と構成員の内部の責任の話です。外から見た危うさは、このあと担保と相続の二つで、正面から見ていきます。もう一つ、実務でよく使われる方法があります。代表者一人の名義ではなく、構成員全員、または数人の名前を並べる方法です。ただし、これは、さっきの判決が直接認めたものではありません。この判決が扱ったのは、社団名義・肩書き付き・代表者個人名義の三つだけです。共有名義は、登記の実務が編み出した、別の代替手段なんです。ここで、一つ、注意してほしいことがあります。登記簿の書式には、総有という持ち方を書き込む欄が、そもそも無いんです。

登記は、共有か、単独所有かしか、書式として用意していません。だから、総有の財産を登記しようとすると、共有という書式を借りるしかないんです。共有は、持分に実線が引かれていて、いつでも分割を請求できる形でした。総有は、その線が一本もありません。その別物どうしを同じ欄に書くところが、引っかかる点です。登記簿の上で「共有」と書かれていても、財産の中身が本当に共有に変わった訳ではありません。実質は、あくまで総有のままです。登記という仕組みの限界が、生んだズレです。このズレには、あとでもう一度、別の角度から出会います。覚えておいてください。

代表者個人名義の土地に担保設定と相続という二つの危うさが外部から刺さる図 図:代表者個人名義の土地に担保設定と相続という二つの危うさが外部から刺さる図

さて、登記簿の上で、この土地は誰の物に見えるでしょうか。ここに、実務の悩みどころがあります。一つ目——代表者が、自分の借金の担保に、この土地を使ってしまったら。登記簿だけを見た金融機関には、それが分かりません。見た目は、ただの個人の土地です。担保の設定は、成立してしまいます。もう一つの危うさもあります。二つ目——代表者が、急に亡くなったら。登記簿の上では個人の土地なので、相続の対象になってしまいます。代表者の家族が、この土地を、自分たちの遺産だと思ってしまうかもしれません。財産の帰属では、総有が守ってくれました。でも、登記の場面だけは、この守りが、そのままでは効きません。正直に言うと、ここは今も、実務の悩みどころなんです。

銀行預金は、実務が埋めている

訴訟と登記の対比から預金という第三の場面へ視点を移す板 図:訴訟と登記の対比から預金という第三の場面へ視点を移す板

もう一つ、身近な場面を見てみましょう。銀行預金です。サークルの口座は、どんな名義になっているでしょうか。実は、預金では、ちょうど逆になります。「写真サークル」という団体の名前そのままでも、多くの場合、口座を作れます。肩書きを付けた代表者名義でも、受け付けてもらえます。同じ名前の使い方なのに、登記と預金で、答えが正反対になります。登記は、世の中に向けて「この人が権利者だ」と宣言する仕組みでした。口座の名義は、銀行と客の間で、誰との取引かを見分けるための目印です。鏡の話は、ここには及びません。実は、この預金の扱いを直接決めた条文や判例は、ありません。

銀行のほうが、実務として、そういう名義の口座開設を受け入れているんです。サークルのような、法人化していない団体のお客が、実際には多いからです。全部、個人名義でしか受け付けないとなると、実務のほうが回りません。規約や会則に書かれた団体の名前を、そのまま口座名義にすると案内している金融機関もあります。ただし、学問上、確立した一つの規範として断定はできません。あくまで「実務上、そう扱われている」という言い方に、留めておきます。

訴訟は条文がある登記は条文も判例も認めない預金は実務が埋めているという三層の板 図:訴訟は条文がある登記は条文も判例も認めない預金は実務が埋めているという三層の板

ここで、今日見てきた三つの場面を、並べてみましょう。一つ目——訴訟。条文が、はっきり手当てしている場面です。二つ目——登記。条文も判例も、社団の名前を認めない場面でした。三つ目——預金。条文も判例も無いまま、実務が埋めている場面です。ここで、今日いちばん大事な考え方をまとめます。「法人と同じに扱ってもらえるか」は、実体が似ているかでは、決まりません。誰かが、その場面に、手当てをしてくれたかどうかで、決まるんです。訴訟には、法律が手当てしました。登記には、誰も手当てしていません。預金には、銀行という実務が、独自に手当てをしました。

条文の有無だけで決めるのは粗い、という話でしたね。手当ての有無は、答えではなく結果なんです。登記は、権利の実体を映す鏡でした。民訴29条のような、場面だけの手当てでは鏡は動きません。動かすには、法人格という実体の線そのものを、引き直すしかないんです。訴訟は、窓口さえあれば回る仕組みでした。だから、その手当てで足りたんです。場面ごとに、継ぎ接ぎされているんです。

誰を訴えるかは○・土地の差し押さえはズレが影を落とすという冒頭の答え合わせ板 図:誰を訴えるかは○・土地の差し押さえはズレが影を落とすという冒頭の答え合わせ板

さて、冒頭の問いに、答えましょう。大家は、サークルを被告にして、十八万円を請求できます。では、勝訴したとして——サークルの土地は、差し押さえられるでしょうか。正確には、ここは、答えが一つに決まりません。家賃の債務は、前回見たとおり、サークルの総有財産が引き当てになります。本来なら、土地も、差し押さえの対象になり得ます。でも、登記簿を見ただけでは、その土地はサークルの物だとは書いてありません。差し押さえる側は、この土地が総有財産だと、別途、証明する必要が出てきます。今日、何度も見た、あのズレが、ここでも顔を出しています。鏡は、権利の主体になれない者を映せません。でも、映った姿が、いつも中身どおりとは限りません。

登記をどこまで信じてよいかは、公示と公信の回で、別に扱いました。この先の細かい手続は、民事執行という別の分野の話なので、今日はここまでにします。でも、なぜすっきり終わらないのか、その理由は、今日ちゃんと分かりましたね。

法人格の無い、もう一つの団体——組合

組合という別の団体を導入し社団との違いを予告する板 図:組合という別の団体を導入し社団との違いを予告する板

ここまで、権利能力なき社団を見てきました。実は、法人格の無い団体は、社団だけではありません。組合という団体です。条文を見てみましょう。

条文民法667条1項

民法 第六百六十七条第一項(組合契約) 組合契約は、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約することによって、その効力を生ずる。

各当事者が、出資をして、共同の事業を営むことを約束する契約です。典型例は、複数の会社が組む共同事業や、法人化していない共同経営の事務所です。ここで、社団と組合の違いを、図で見てみましょう。

サークルが中心のハブとなり構成員が間接的につながる社団のつながり方の図 図:サークルが中心のハブとなり構成員が間接的につながる社団のつながり方の図

まず、社団のつながり方です。あの写真サークルを、思い出してください。部員たちは、サークルという一つの団体を、間に挟んで、つながっています。誰かが新しく入っても、その人は、サークルに加わるだけです。あとで、そこも使います。

法律事務所の共同経営者どうしが個別の契約で直接つながる組合のつながり方の図 図:法律事務所の共同経営者どうしが個別の契約で直接つながる組合のつながり方の図

次に、組合のつながり方です。共同経営の法律事務所を、考えてみましょう。経営者たちは、それぞれが、直接、個別の契約で結ばれています。新しく一人加わるなら、既にいる全員と契約を結び直します。この二つの図の違いから、五つの対比が、全部導けます。

組合と権利能力なき社団を人数結合の密接さ組織加入財産の五点で対比した表 図:組合と権利能力なき社団を人数結合の密接さ組織加入財産の五点で対比した表

一つ目——構成員の数です。組合は、個別の契約が増えるほど、大変になります。だから、比較的少人数です。社団は、団体というハブを通すから、人数が増えても回ります。二つ目——結合の密接さです。組合は、直接の契約関係なので、結びつきが密接です。社団は、間接的なので、密接ではありません。組織のルールです。組合は、個別の契約で、その都度、内容が決まります。社団は、定款という一つのルールで、画一的に決まります。加入です。組合に新しく加わるには、既にいる全構成員の同意が、必要です。社団は、既存の構成員、一人一人の同意は、要りません。

表だけを丸暗記する必要は、無いんです。五つ目——財産の帰属です。ここは、前回の復習になります。合有は、抜けるときには、持分が現金で払い戻されます。加えて、今日、新しく確定させたいことがあります。組合員は、個人としての責任を、負うのかどうかです。社団に個人責任が無いのに対して、組合は違います。条文を見てみましょう。

条文民法675条1項・2項

民法 第六百七十五条(組合の債権者の権利の行使) 1 組合の債権者は、組合財産についてその権利を行使することができる。 2 組合の債権者は、その選択に従い、各組合員に対して損失分担の割合又は等しい割合でその権利を行使することができる。ただし、組合の債権者がその債権の発生の時に各組合員の損失分担の割合を知っていたときは、その割合による。

一項です。組合の債権者は、組合財産に対して、権利を行使できます。でも、二項が、決定的に違います。組合の債権者は、各組合員に対しても、権利を行使できる、とあります。損失を分担する割合、または、等しい割合で、請求できます。ここが、社団と組合の、大きな違いです。社団の構成員は、総有財産の陰に、完全に隠れていました。組合員は、組合財産だけでは足りないとき、個人の財布まで、届いてしまいます。つながり方の違いが、責任の重さの違いにも、そのまま出ています。ここで、一つだけ、注意しておきたい条文があります。

六百六十八条は共有と書くが講学上は合有と呼ぶという条文と学問上の呼び方のズレを示す板

民法668条という条文は、組合財産を「総組合員の共有に属する」と書いています。その「共有」という言葉が、引っかかる点です。条文の言葉では「共有」ですが、講学上は、これを合有と呼びます。実は、これと同じ種類のズレに今日もう一度出会っていますよね。民法には、こういう場所が、他にもあります。条文の言葉と、実質の中身が、必ずしも一致しない場所です。中身で理解しておけば、驚かずに済みます。最後に、正直に言っておきたいことがあります。組合と社団の区別は、理念的には、きれいに分かれます。でも、実際の団体では、区別が難しい場合も、少なくありません。

近年は、無理に二つに一つを選ばず。争いになっている点ごとに、どちらの扱いが妥当かを決めればよい、という考え方も有力です。今日の五点は、あくまで、考えるための道具です。

財団の実体はあるが、法人格が無いもの

権利能力なき財団の定義と破産財団という典型例を示す短い板 図:権利能力なき財団の定義と破産財団という典型例を示す短い板

もう一つだけ、名前を渡しておきます。権利能力なき財団です。法人の回で見たとおり、財団は、人ではなく財産の集まりでしたね。その財産の集まりとしての実体はあるのに、法人格を持たない団体です。典型は、破産財団です。破産した人の財産のうち、管理・処分する権利を。破産管財人という専門家が持つもの、と考えてください。破産手続を進める専門家、とだけ、今日は覚えておいてください。正直に言うと、これは試験対策としての重要度は、高くありません。破産という、特殊な場面でしか出てこないからです。ただ、名前と位置づけだけは、渡しておきたいんです。さっきの条文を、思い出してください。

「法人でない社団又は財団」と、書いてありましたね。権利能力なき財団にも、この当事者能力の規定は、及びます。今日は、ここまでにしておきます。

「だいたい同じ」の、穴が開いた場所

三層のまとめと到達点を束ねるまとめ板 図:三層のまとめと到達点を束ねるまとめ板

今日、見てきたことを、まとめましょう。前回、権利能力なき社団の財産は、実質的に法人と同じ扱いだと分かりました。今日は、その「ほとんど」の中身を、開けました。訴訟では、社団は一人前でした。代表者・管理人という窓口さえあれば良かったんです。でも、登記では、社団の名前は、一切使えませんでした。そして、預金は、実務が独自に埋めていました。実体が似ているかどうかでは、扱いは決まりません。だから、誰かが、その場面に、手当てをしてくれたかどうかで、決まるんです。法人格という線は、引いてもらえなかった側から見ると。「だいたい同じ」の、ところどころに、穴が開いている形をしています。

これで、法人・権利能力なき社団のブロックは、終わりです。人ではないものに「人」の線を引く——その線の内側と外側を、この五回で歩き切りました。

参照条文

  • 民事訴訟法29条
  • 民法667条1項
  • 民法675条1項・2項

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