民法ゼロから民法#3

「契約」と言わずに契約を説明する——法律行為という道具

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第1章 民法総則 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

条文はなぜ「契約」ではなく「法律行為」と書くのか

「契約」では足りない場面を示すボード 図:「契約」では足りない場面を示すボード

前回、176条にも、555条にも、共通して出てきた言葉がありました。意思表示です。「売ります」「買います」のように、意思を外に向けて表すこと。今日は、この意思表示を要素とする行為が、契約だけではない、という話から始めます。

条文を作る人の立場になって考えてみましょう。もし90条が、こう書かれていたとします。「公序良俗に反する契約は、無効とする」。では、次の場面を考えてください。ある人が遺言で「私の決めた相手と結婚しなければ、財産は一切渡さない」と書きました。ところが、遺言は契約ではありません。相手の承諾もいらない、一人だけの行為です。

つまり「契約」だけで作った条文は、契約以外の行為を、素通りしてしまいます。漏れるのは遺言だけではありません。何人かで力を合わせて団体を作る行為も、契約とは呼びません。こうした行為ひとつひとつに、同じルールを何度も書くのは大変です。契約も、遺言のような単独の行為も、団体を作るような行為も、まとめて呼ぶ言葉が要る。それが、法律行為です。実際の条文を見てみましょう。

条文民法90条

民法 第90条(公序良俗) 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

この一語のおかげで、契約も、遺言も、団体を作る行為も、まとめて条文の対象になります。

法律行為とは、正式には——物権や債権を、発生させたり、変えたり、消したりする行為のうち、意思表示を要素とするものを指します。物権も債権も、前回までに出てきた言葉です。あの二つの権利が動くとき、その代表的な動かし方が、契約をはじめとする法律行為です。意思表示という部品でできている行為、それが法律行為です。この部品の話は、このあともう一度触れます。

法律行為の三つの顔——契約・単独行為・合同行為

法律行為三類型の対比ボード 図:法律行為三類型の対比ボード

法律行為には、大きく三つの顔があります。一つ目は、今のギターの約束のような契約です。あなたと友人、二人の意思表示が、向き合って一致しています。二つ目は単独行為。一人の意思表示だけで成立する行為です。さっき出てきた遺言が、その代表です。財産を譲られる側の意思表示は、いりません。書いた本人の意思表示だけで足ります。三つ目が、合同行為です。複数の意思表示が要る点は、契約と同じですが、向きが違います。例えば、何人かの友人が「サークルを作ろう」と、それぞれ意思表示をする場面です。大事な違いがあります。契約は、売る側と買う側、利害が向かい合っています。サークルを作る三人は、全員が同じ目的を共有しています。利害はぶつかりません。

意思表示が何人分要るか、そしてどの向きか。この二つの軸で見分けられます。

法律行為の中身は、意思表示という部品でできている

法律行為を作る部品としての意思表示ボード 図:法律行為を作る部品としての意思表示ボード

今見た三つの顔——契約、単独行為、合同行為。共通しているものがあります。契約も、遺言も、サークル設立も、中身は意思表示という部品の組み合わせです。「売ります」も、「譲ります」も、「サークルを作ります」も、すべて意思表示です。法律行為は、この部品なしには成立しません。だまされて「買うよ」と言わされていたら、どうでしょう。部品である意思表示に問題があれば、法律行為そのものも揺らぎます。この部品の壊れ方は、また別の回でじっくり扱います。今日は、法律行為の中身が意思表示だ、という関係だけ押さえてください。

契約が効くまでに通る、四つの関門

契約の四つの関門ボード 図:契約の四つの関門ボード

ここまでの話を、一枚の地図にまとめます。冒頭のギターの約束、思い出してください。「もう成立している」と言いました。実は、契約が実際に効くまでには、四つの関門があります。一つ目は、成立要件。契約が生まれたかどうか、という関門です。二つ目は、有効要件。生まれた契約が、効くに値する中身かどうか、という関門です。成立したからといって有効とは限らない——そこが今日の核心です。三つ目は、効果帰属要件。効果が誰に届くか、という関門です。そして四つ目が、効力発生要件。その効果が、いつから動き出すか、という関門です。

この四つは、独立した別々の問いです。一つに「はい」と答えられても、次の問いには何の保証もありません。

今日はこのあと、一つ目と二つ目の関門を、中心に見ていきます。三つ目と四つ目は、名前と中身を少しだけ触れます。この先の民法総則の学習の多くが、この四つの関門のどこかを深掘りする形で進みます。今日渡すのは、その入り口の地図です。

第一の関門——契約はどうすれば生まれるのか

申込みと承諾の関係図ボード 図:申込みと承諾の関係図ボード

今は、四つの関門のうち、一つ目——成立要件を見ています。冒頭のギターの約束が、なぜもう成立していたのか。条文で確認しましょう。

条文民法522条

民法 第522条(契約の成立と方式) 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。 2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない

申込みに対して承諾があった、その瞬間に契約は成立します。2項を見てください。書面などの方式は、原則として要りません。契約書がなくても、口約束だけで、契約は成立します。前回、結ぶかどうかも、中身も自由だと見ました。契約自由には、誰と結ぶかの自由と、この方式の自由も含まれます。もう一歩踏み込みます。「合致していれば足りる」とは、どこまでの意味でしょうか。大事なのは、外から見て、内容がかみ合っているかどうかです。心の中で何を思っていたかまでは、問いません。相手に見えているのは、外に表れた言葉だけだからです。

ただし、見た目すら合っていなければ、話は別です。もし友人が「買うよ」ではなく、「二万円なら買うよ」と返してきたら、どうでしょう。この場合、これは承諾ではありません。新しい申込み、つまり対抗提案になります。かみ合っていない以上、この時点では契約は成立していません。かみ合っているかどうかで、成立するかどうかが決まります。

第二の関門——生まれた契約が、効くに値する中身かどうか

有効要件の二分岐ボード 図:有効要件の二分岐ボード

今は、四つの関門のうち、二つ目——有効要件を見ています。成立した契約が、効くに値する中身かどうか、という関門です。契約が「効くに値する」かどうかは、二つの側面から判定されます。一つ目は、主観的有効要件。契約する人の側に問題がないか、という側面です。中身は四つあります。権利能力——誰でも持っている、権利を持てる資格そのものです。意思能力——自分の判断で、意味を理解して決められる力です。行為能力——年齢などで一律に決まる、一人で契約などを完全に行える資格です。そして、意思表示に問題がないこと——だまされた、勘違いした、脅されたなどがないことです。順に、詐欺、錯誤、強迫と呼びます。

この四つの中身は、また別の回で扱います。二つ目は、客観的有効要件。契約の中身の側に問題がないか、という側面です。こちらも三つあります。確定性——中身が何をするか、特定できていることです。適法性——法律のルールに反していないことです。そして、社会的妥当性——社会常識や公序良俗に反していないことです。人に問題がなくても、中身に問題があれば、有効とは言えません。逆に、両方をくぐり抜けて初めて契約は効き、物権や債権が実際に動き出します。次は、この客観的有効要件、とくに社会的妥当性が欠けた実例を見てみましょう。それが、今日いちばん深く見ていく話です。

「効かない」の二つの意味——無効と取消し

賭けの負け金をめぐる関係図ボード 図:賭けの負け金をめぐる関係図ボード

今は、四つの関門のうち、二つ目——有効要件の続きです。友人どうしで、賭けのポーカーをしたとします。負けたほうが、勝ったほうに「五万円払うよ」と約束したとします。当事者どうし、真剣に約束したとします。この約束、有効でしょうか。ここで、さっき出てきた90条を、もう一度見てみましょう。

条文民法90条

民法 第90条(公序良俗) 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

賭け事は、法律が公認していない賭博です。公序良俗に反する行為にあたります。ここで出てくるのが「無効」という言葉です。

🔴 「無効」を「法律違反をした人への罰」だと思っていると、ここでつまずきます。 実は、罰でも非難でもありません。無効という言葉は、もっと機械的な意味です。その約束には、権利も義務も、そもそも生まれてこない、というだけのことです。この賭けの約束で言えば、負けた人には「五万円を払え」と言われる債権は、そもそも発生しません。では、勝ったほうが、裁判所に「払ってもらいたい」と訴えても、認められません。まるで、そんな約束は最初からこの世に存在しなかったかのように扱われます。

「ダメな約束」なのではなく、約束としては成立しているんです。成立しているのに、法律上の効果だけが最初から無い。それが無効です。もし、賭けの約束にも少しでも法律の力を貸したら、どうなるでしょう。裁判所という国の機関が、賭博の後始末に手を貸すことになってしまいます。だから民法は、公序良俗に反する法律行為には、一切の法律上の効果を与えない、という態度を取ります。これが、無効の正体です。無効になるのは、公序良俗に反する場合だけではありません。相手と示し合わせた見せかけの契約——通謀虚偽表示、94条1項も無効です。この中身も、また別の回で扱います。

無効と取消しの対比ボード 図:無効と取消しの対比ボード

ここで、もう一つ、似ているけれど違う場面を挙げます。だまされて、ある物を買う約束をさせられた、という場面です。これも問題のある約束ですが、扱いが変わります。だまされた場合——詐欺です。無効ではなく、取り消せる契約になります。根拠は、96条1項です。無効な約束は、最初から一貫して効果がありません。一方、取り消せる契約は、取り消されるまでは、いったん有効です。だまされた本人が、「やっぱりやめます」と取消しの意思表示をして、初めて話が変わります。取り消すと、その契約は、最初にさかのぼって無効だったことになります。121条です。この、さかのぼる効き方を、遡及効と呼びます。

この、取り消されるまでの状態を、不確定的に有効と呼びます。賭け事は、当事者双方が納得ずくで、社会そのものに反する約束をしています。だから、誰の意思も特別に守る必要がなく、法律は最初から効果を認めません。一方、だまされた側は、本当は自由な意思で決めたかった人です。だまされた本人に、続けるか、やめるかを選ばせます。だから、誰でも無効を主張できる形にはせず、本人だけが使える取消権という形にしてあります。まとめると、成立していても、有効とは限りません。無効も、取消しも、どちらも「有効の関門でつまずいた」結果です。ただ、つまずき方が違います。無効は、最初から一貫して効果が無いこと。取消しは、取り消されるまでは有効な、不確定な状態のことです。

第三・第四の関門——誰に効くか、いつから効くか

効果帰属要件と効力発生要件の一覧ボード 図:効果帰属要件と効力発生要件の一覧ボード

残り二つの関門にも、名前だけ触れておきます。三つ目は、効果帰属要件。契約の効果が、誰に及ぶかを決める関門です。自分で契約すれば自分に効果が及ぶのは当たり前に見えますが、代理人という他人を使っても、本人に効果を及ぼせる仕組みがあります。この仕組みは、また別の回で扱います。四つ目は、効力発生要件。契約の効力が、いつから生じるかを決める関門です。例えば、「試験に合格したら、この時計をあげる」。こうした、将来起こるかどうか未定の事実にかからせることができます。これを条件と呼びます。また、「来年の四月になったら」というように、将来必ず来る時点にかからせることもできます。こちらは期限です。

この二つも、また別の回で扱います。今日は、残り二つの関門に、こういう名前がついている、というところで十分です。

今日埋めた関門、これから埋める関門

四つの関門の差分まとめボード 図:四つの関門の差分まとめボード

今日渡した四つの関門の地図を、もう一度見ます。一つ目、成立要件。申込みと承諾が、外から見てかみ合えば、契約は成立します。書面などの方式も要りません。ここは、今日しっかり埋めました。二つ目、有効要件。契約する人の側と、中身の側、両方に問題が無いかを見る関門でした。中でも、社会的妥当性を欠いた約束は、無効。権利や義務が、そもそも生まれてこない、という結果です。だまされた場合は無効ではなく、取り消されるまでは有効な取消しでした。この中身、そして有効要件の残りの項目は、まだこれから埋めていく部分です。効果帰属要件と、効力発生要件。名前と、大まかな中身だけ渡しました。ここもまだ空欄です。

契約は、生まれただけでは終わりません。効くに値する中身か、誰に届くか、いつから動くか。順番に問いが続きます。この四つの関門は、この先ずっと使う道具です。しっかり持ち帰ってください。

参照条文

  • 民法90条
  • 民法522条

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