動機の錯誤と表意者の重過失
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第1章 民法総則 ㉞/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
先に、三つだけ立て直します
図:前提の立て直し3点を並べた軽い一覧板
- 判別の一問
- 重要性の二重の絞り
- 動機は外側
- 新規の図は作らない
茶碗を高値で買った人と、置き忘れたと思ってコートを買い直した人。この二つを追いかける前に、三つだけ、先に立て直しておきます。一つ目は、今確認した判別の一問です。口から出たものは、出すつもりだったものと同じか。同じなら、基礎事情の錯誤です。冒頭の二つに当ててみます。茶碗を買った人も、コートを買った人も、言葉どおりに買っています。どちらも、基礎事情の錯誤です。二つ目は、「重要」性です。勘違いが取消しにつながるには、重要でなければなりません。物差しは、主観的因果性と客観的重要性の二重の絞りでした。本人の重さだけで測ると、あとから「あれが決定的だった」と言えてしまいます。それでは、どんな契約も後から壊せます。逆に、一般の人の目だけで測ると、本人が実際には気にしていなかった事情まで、取消しの理由になってしまいます。だから、両方そろったときだけ「重要」とします。
この物差しは、今日も変わりません。三つ目は、動機の位置です。動機は、意思表示の外側にあります。相手からは見えません。この「見えない」ということが、今日の山場につながります。
基礎事情の錯誤——要件を三つ並べる
図:95条1項2号の要件を3段の縦フローで示す板
- ①認識が真実に反する②重要③表示されていた
- ③だけが2号固有
では、基礎事情の錯誤の要件を、条文に沿って並べます。95条1項2号の要件は、三つです。一つ目、基礎とした事情についての認識が、真実に反していること。二つ目、それが重要であること。これは柱書の要件で、一号とも共通する関門です。そして三つ目です。その事情が、法律行為の基礎とされていることが、表示されていたこと。これは、95条2項が定める要件です。そこが大事です。三つ目は、一号には無い、二号だけの独特の要件です。なぜ二号にだけ余分な条件が要るのか。それを、これから二つの山場で解いていきます。
山場——「重要」性は、どこで分かれるか
図:「重要」性の分かれ目を示す対比表
- 目的物の性状・品質=重要になりやすい
- それに関連しない生活事実=重要とはいえない
- 茶碗とコートを対応させる
まず、「重要」性です。物差しは、さっき立て直したものと同じです。分かれ目は、勘違いした対象が何かです。一つ目は、目的物の性状・品質についての勘違いです。茶碗の真贋が、まさにこれに当たります。このタイプは、重要といえるのが通常です。性状や品質は、その物を買う目的そのものだからです。名工の作だからこそ、その値段を払っています。真贋は、値段を決めた前提そのものです。二つ目は、生活事実としての動機です。コートの例が、これに当たります。コートを置き忘れたという思い込みは、コート自体とは無関係です。壊れていたのは、買う理由のほうだけです。だから、このタイプは重要とはいえないのが通常です。これで、冒頭の二つが割れる理由が分かります。茶碗は、買う目的そのものが崩れているので重要です。コートは、買う物の中身とは無関係なので、重要とはいえません。
図:同じ買い物で二つの勘違いを並べる板
- 同じ仕立屋の同じスーツ
- ①生地が説明と違った=物の中身がズレた
- ②式が延期になった=買う理由だけがズレた
もう一度、同じ物を買う場面で、二つを並べてみます。結婚式に着ていくスーツを、仕立屋で新調するとします。一つ目です。店員から「このスーツは、ウール百パーセントです」と説明を受けて、その値段で買いました。ところが、届いたのは化学繊維の混じった生地でした。これは、目的物の性状・品質についての勘違いです。だから、重要といえます。二つ目です。別の日に、同じ仕立屋で、同じウール百パーセントのスーツを新調しました。来週の友人の結婚式に着ていくためでした。出来上がりを待つ間に、結婚式が延期になりました。それでも、届いたスーツは、注文どおりウール百パーセントの上質な一着でした。
壊れていたのは、着ていく予定のほうだけです。ここで、仕立屋の身になって考えてみてください。約束どおりの物を渡した仕立屋に、契約を壊される理由はありません。結婚式が延期になったことは、仕立屋には関係の無い、こちらの都合だからです。これが、重要とはいえない生活事実としての動機です。いい問題です。楽器そのものは思ったとおりで、勘違いしていたのは「有名な演奏家が使っていた」という由来のほう。この場合ですね。今の物差しに当ててみてください。楽器そのものの性状・品質についての勘違いでしょうか。それとも、それに関連しない生活事実でしょうか。
楽器そのものは、思ったとおりです。でも、由来については勘違いしています。性状・品質そのものというより、それに付随する事情という面もあります。由来が、値段を決める前提としてどれだけ重かったかで、評価が分かれます。分かれ目は、一段だけ具体にできます。その由来が、値段そのものに乗っていたかどうかです。由来を抜きにした同じ楽器の相場と、実際に払った額が大きく離れていれば、由来は買う目的そのものに食い込んでいます。境界線上の例は、そこまで見て初めて向きが決まります。ここまでで、「重要」性の分かれ目を見ました。次は、二号だけに要る、三つ目の要件です。
山場——「表示」とは何をすれば足りるのか
図:黙示の表示を示す関係図
- 買主Aが相場どおりの高値を売主Bに支払う流れ
- 支払った金額そのものが土台を語る
なぜ、二号にだけ余分な条件が要るのか。理由は、さっき立て直した三つ目の前提に戻ります。動機は、相手からは見えません。見えない思い込みを理由に契約を壊されたら、相手はたまりません。売る側の景色で、具体的に考えてみます。茶碗の売主は、代金を受け取って、もう次の仕入れに使ってしまったとします。そこへ、買主から「実は、贋作だとは知らなかった。自分は名工の作だと思い込んでいた」とだけ言われて、契約を壊されたらどうでしょうか。売主からすれば、そんな思い込みがあったなんて、知りようがありません。相手の頭の中を、売主は覗けません。もし、何も伝わっていない思い込みだけで契約が壊れるなら、売る側は怖くて物を売れなくなります。
だから、動機の勘違いを救うときにだけ、法は条件を一つ足しました。その思い込みが契約の土台になっていることが、相手に表示されていたか。これが、95条2項です。条文を見てみましょう。
条文民法95条2項
民法 第九十五条(錯誤)第2項 2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
基礎とされている、を普段の言葉にすると、土台になっている、です。ただし、この表示は、明示的でなくてよいとされています。黙示の表示でも足ります。要求されているのは、「言葉にすること」そのものではありません。「相手が、その土台を分かっていること」です。茶碗の例で、体感してみます。買主は、名工の作だという前提で、相場どおりの高値を払いました。贋作に、その金額を払う人はいません。支払った金額そのものが、「名工の作という土台」を語っています。そして、売主も、その金額を受け取っています。受け取る以上、売主もその前提を了解していたといえます。
これが、黙示の表示の中身です。ただし、この「表示」という言葉の意味には、実は対立があります。
図:「表示」の意味の対立を示す対比表
- ①事実行為としての表示
- ②意思表示の内容と見る説
- 近時判例は②の出典キャプション
一つは、土台を相手に伝える行為があったかどうかを見る見解です。もう一つは、その土台が意思表示——つまり法律行為の内容になっていたかを見る見解です。見るものが違うので、結論も変わります。後者では、土台が契約の内容——相手も含めた合意の中身——になっていたことまで求められます。伝える行為があっただけでは足りません。その土台が、契約の内容として共有されていたことまで要ります。表示のハードルが、一段上がるということです。そして、近時の判例は、この後者の立場に立っています。茶碗の例で、もう一段、具体的に比べてみます。買主が、会計の場で「名工の作だと思って買います」と、口では言ったとします。ただ、それだけで、契約書にも、その後のやり取りにも、その前提を共有した形跡が残らなかったとします。
前者の見解なら、これで足ります。土台を伝える行為があったからです。しかし、後者の見解では、これだけでは足りない場合があります。一方、値段の交渉の途中で、売主が「名工の作という前提で、この金額です」と念を押し、買主もそれを了解したうえで契約書にその金額が書き込まれていたとします。この場合は、後者の見解でも、表示があったと認められます。ここまでが、二号に独特の要件、表示です。「動機が表示されたか」で線を引く場面は、ほかにもあります。借りた金の使いみちを貸主が知っていた、というあの話です。あちらは、その動機が社会的に許されないものだから、契約そのものを無効にしてよいか、という話です。こちらは、勘違いを取消しに結びつけてよいか、という話です。同じ「動機が表示されたか」を問いながら、その先で聞いていることが違います。
山場——重過失という壁
図:重過失の壁を示す3行の対比表
- 原則・例外①相手方悪意重過失・例外②共通錯誤
- 守るべき相手方がいるかで統一
ここまでの三つの要件が全部そろっても、まだ壁があります。錯誤が、表意者——勘違いした本人の重大な過失によるものだったとします。そのときは、原則として取り消せません。条文を見てみましょう。
条文民法95条3項
民法 第九十五条(錯誤)第3項 3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。 一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。 二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
重過失がある表意者は、保護に値しないからです。ここで、大事な短答知識があります。重過失があったことは、取消しを争う相手方のほうが証明します。証明するのは、取り消したい側ではありません。重過失は、取消しを妨げる側の事情です。それを主張したい相手方が、証明します。一度、逆の世界を想像してみてください。もし、取り消したい表意者のほうが、「自分に重過失は無かった」と証明しなければならない世界だったとします。そして、証明できなければ、取消しは認められません。どれだけ確認していても、「もっと確認すべきだった」と言われてしまえば、言い返せません。
この世界では、ほとんどの表意者が証明に失敗して、取消しはほとんど機能しなくなります。だから、実際には逆になっています。重過失を主張したい相手方のほうが、証明する側に回ります。では、重過失があると、どんな場合でも取り消せないのでしょうか。例外は二つあります。一つ目は、相手方が表意者の錯誤を知っていた場合です。または、重大な過失によって知らなかった場合です。この場合、相手方はもともと自分で気づけたはずです。二つ目は、相手方も同一の錯誤に陥っていた場合です。これを、共通錯誤と呼びます。相手方も同じ土台を共有していたので、驚く要素がそもそもありません。この二つは、一つの理由でまとめられます。重過失の壁は、相手方を守るために立っています。だから、守るべき相手方がいなければ、壁は立ちません。
境界も確かめておきます。真贋の鑑定に、時間も費用も惜しまなかった人がいたとします。それでも見抜けなかった贋作なら、重過失はありません。逆に、極端に安い言い値で「真筆保証書付き」と売られていたとします。それを、何も確認せず即決したなら、重過失が疑われます。
特別法という上書き
図:電子消費者契約法3条のフロー
- 押し間違い→原則は重過失でも取消し可→確認画面があれば適用除外
- 最終確認ボタンの役割
最後に、この重過失の壁を、法律で上書きしている場面を見ます。ネット通販の押し間違いです。買うつもりが無いのに、ボタンを押してしまった。あるいは、一万円のつもりで、十万円の商品を押してしまった。中身は単純です。ボタンの押し間違いについては、重過失があっても取り消せる、と読み替えてください。95条3項の適用を、外しているんです。画面の操作は、店頭のやり取りと違って、その場で確かめてくれる相手がいません。指先ひとつで、そのまま確定します。だから、この場面では、多少の不注意があっても救う側に倒しました。
条文電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律3条本文
電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律 第三条(本文) 第三条 民法第九十五条第三項の規定は、消費者が行う電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示について、その意思表示が同条第一項第一号に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであり、かつ、次のいずれかに該当するときは、適用しない。 一 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該事業者との間で電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行う意思がなかったとき。 二 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示と異なる内容の意思表示を行う意思があったとき。
ただし、ただし書があります。事業者が確認画面を出していた場合には、この条文は適用されません。
条文電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律3条ただし書
同法 第三条ただし書 ただし、当該電子消費者契約の相手方である事業者(その委託を受けた者を含む。以下同じ。)が、当該申込み又はその承諾の意思表示に際して、電磁的方法によりその映像面を介して、その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じた場合又はその消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合は、この限りでない。
あの最終確認ボタンは、まさにこの条文を外すために置かれています。具体的な場面で、確かめておきます。ネット通販で、数量を「1」のつもりで、うっかり「3」まで増やしてしまったとします。そのまま、確認画面も出ないサイトで、購入を確定してしまいました。この場合は、ただし書に当たりません。だから、この特別法がそのまま適用されます。重過失があったとしても、取り消せます。では、同じ場面で、購入ボタンを押す前に「数量3、合計いくら、よろしいですか」という画面が出ていたとします。それでも、中身を見ずにそのままクリックしてしまったとします。
同じ押し間違いですが、結果は変わります。事業者が確認を求める措置を講じているので、ただし書に当たります。この特別法は適用されず、95条3項の原則に戻ります。画面が出ていたのに見なかった、ということ自体が、重過失と評価される可能性が出てきます。事業者の側からすれば、確認画面さえ用意しておけば安心です。この特別な取消しを、心配しなくてよくなります。
到達点
図:到達点をまとめる板
- ①土台がズレていた②重要である③表示されていた
- ④重大な落ち度が無いこと
- 一本の理由でつながる
今日の道のりを、一本にまとめます。動機の勘違いが救われるには、三つの条件が要ります。土台がズレていたこと。それが重要であること。そして、その土台が相手に表示されていたこと。そのうえで、まだ一段あります。自分に重大な落ち度が無いこと。あるいは、相手を守る必要が無いことです。一本の理由でつながっています。動機は見えない。だから、表示が要る。表示があっても、重過失があれば相手はたまらない。だから、壁が立つ。ただし、守るべき相手がいなければ、壁を立てる理由もありません。取り消せたとして、その間に現れた第三者はどうなるか。それは、また別の機会に。
参照条文
- 民法95条2項
- 民法95条3項
- 電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律3条本文
- 電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律3条ただし書