民法 ゼロから民法#8

94条2項類推適用と権利外観法理

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第1章 民法総則 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回までの地図と、今日の位置 〔想起接続〕

シリーズ全体の地図

本題に入る前に、意思表示シリーズ全体の中で、今日がどこに当たるかを確認します。前々回、内心と表示がズレる場面の全体地図を見た上で、心裡留保93条を扱いました。前回は、相手方と通じてウソの意思表示をする、通謀虚偽表示94条を扱いました。今日で、意思表示①と呼んできたこの3本のシリーズが完結します。まず前回のおさらいと、なぜ「類推」という技術が必要なのかを確認します。次に、類推適用を支える三つの要件を見ます。そのあと、本人の関わり方の違いによる四つの型を、代表的な判例とセットで見ていきます。型は一枚の表にまとめ、なぜ第三者に求められる主観のレベルが変わるのかを、一本の軸で理解します。最後に、登記の要否と、この先どこにつながっていくかを確認して、シリーズを締めくくります。一つ一つは単純です。順番に積み上げていきましょう。

94条のおさらいと、今日の問い 〔短答・論文共通〕

94条のおさらいボード

まず前回の94条を、条文で振り返ります。

【条文】 民法 第94条(虚偽表示)1項・2項

そして2項で、その無効は善意の第三者には主張できない、という保護規定も確認しました。よく覚えていますね。前回はずっと、甲と乙が通謀していたことが前提でした。もしその通謀が無かったら、94条はどうなるでしょうか?そのとおりです。1項が満たされないなら、1項の無効を前提にする2項も、条文をそのままの形で使う理屈が立ちません。ところが実際には、通謀は無いのに、虚偽の登記だけがある、というケースは山のようにあります。94条をそのままの形では使えないのに、94条2項が守ろうとしている価値は、ここでも問題になる。

なぜ「類推」が必要なのか 〔短答・論文共通〕

類推の考え方ボード

条文の要件を、形式的には満たしていない場面に、その条文と同じ結論を及ぼす解釈の技術です。「要件は満たさないけれど、条文が守ろうとしている趣旨は、ここでも同じように当てはまる」というときに使います。前々回と前回、93条2項や94条2項が第三者を守る理由として、権利外観法理という考え方に何度か触れてきましたね。よく覚えていますね。94条2項は、その権利外観法理という発想を、「甲乙が通謀した場合」に具体化した条文だった、と言い換えられます。だから、通謀という要件が欠けていても、「虚偽の外観がある」「本人に責任がある」「第三者がそれを信じた」という権利外観法理の中身が同じように揃っているなら、94条2項を借りてきて、同じ結論を出せます。これが94条2項の類推適用です。直接適用は、条文の要件を字句どおり全部満たす場合です。類推適用は、要件の一部、ここでは通謀が欠けているけれど、条文の趣旨がそのまま当てはまるので、同じ条文を借りて同じ結論を導く場合です。そこは注意が必要です。通謀があれば、それはただの94条2項の直接適用で足ります。「94条2項類推」という言葉が出てくるのは、あくまで通謀が欠けている場面に限られます。「虚偽の外観があれば何でも類推」という理解は、厳密には正確ではありません。この線引きを、まず押さえてください。

類推適用の三つの要件 〔短答・論文共通〕

三要件ボード

整理し直します。

論文で書く規範:94条2項類推適用の三要件

典型は、実体を伴わない他人名義の登記です。同じ中身を指しています。「帰責性」という言い方に統一します。大きく分けて三通りあります。1つ目、自分でその外観を作った場合。2つ目、他人が作った外観を知りながら、そのままにしておいた場合。3つ目、不注意で外観ができる原因を与えてしまった場合です。この三つの強弱が、この先の「型」の分かれ道になります。型によっては、善意だけでなく無過失まで求められることがあるんです。なぜそうなるかは、この後の帰責性の話とセットで理解してください。

今日の設例——甲・乙・丙 〔具体例〕

甲乙丙の関係図

甲は、地方の実家の土地建物を持つ会社員です。乙は、甲の身近な知人で、その不動産の管理を任されている人物とします。丙は、乙からその不動産を買い受けた、事情を何も知らない買主です。この先、甲が乙に関与する度合いが変わることで、四つの型に分かれます。甲の関与が強いか弱いかを意識しながら聞いてください。

型1・型2——本人の意思どおりの外形 〔短答・論文共通〕

型1・型2ボード

まず1つ目の型です。甲が、海外赴任を機に、乙に「管理を楽にするため」と言って、自分から乙名義に移転登記をしてしまったとします。これを意思外形対応型・自己作出型と呼びます。「自己作出」は、本人が自分で外観を作った、という意味です。

【判例】 意思外形対応型・自己作出型の代表判例

通謀に一番近い強さの関与です。だから、丙に求められる主観は善意だけで足ります。無過失までは要りません。今度は、乙が甲に無断で移転登記を済ませてしまったとします。ただし甲は、後日それに気づきながら、乙との関係を気まずくしたくないという理由で、そのまま放置した、というケースです。これを意思外形対応型・他人作出型、事後承認のケースと呼びます。

【判例】 意思外形対応型・他人作出型(事後承認)の代表判例

そのとおりです。「知りながら容認した」という点で、自分で作ったのとほぼ同じ強さの帰責性があると評価されます。だから、こちらも丙は善意だけで足ります。結論は同じです。適用条文も、どちらも94条2項だけの単独類推で足ります。この二つが、一番シンプルなパターンです。

型3・型4——本人の意思を超えて広がった外形 〔短答・論文共通〕

型3・型4ボード

ここからは、事情が変わります。まず3つ目の型です。甲は乙に、「信用を得るための見せかけ」として、所有権移転の仮登記だけを許したとします。ところが乙は、甲に無断で、これを本登記に格上げしてしまいました。甲が意図した外観と、実際に存在する外観が食い違う。これを意思外形非対応型と呼びます。ここで110条が出てきます。表見代理の規定です。まず条文を見てください。

【条文】 民法 第110条(権限外の行為の表見代理)

少しだけ109条にも触れます。109条1項本文は、他人に代理権を与えたと表示した人は、その表示した範囲内で責任を負う、という規定です。110条は、代理人がその権限を超えて行為した場合にも、相手方が「代理権があると信じるだけの正当な理由」があれば、同じように本人が責任を負う、と定めています。110条そのものの詳しい仕組み、基本代理権が要るかどうかといった話は、代理の回で扱います。今日借りるのは、「与えた範囲を超えて広がった外観でも、信じたことに正当な理由があれば保護する」という考え方だけです。そのとおりです。だから型3では、94条2項単独ではなく、94条2項と110条を併用して類推します。

【判例】 意思外形非対応型の代表判例

乙に代理権があったわけではないので、110条の直接適用ではありません。110条の趣旨、つまり法意を借りて、94条2項と組み合わせて類推する、というのが正確な理解です。ここから丙には、善意だけでなく無過失まで求められます。甲の関与が、型1・型2より一段弱いからです。甲が承認していたのは仮登記の範囲までで、本登記への格上げまでは知りません。関与が弱い分、第三者の側にも「注意していれば気づけたはずだ」という、もう一段重い要求をしてバランスを取っているんです。甲は乙に不動産手続を頼み、実印と権利証を渡したまま、中身を確認せずに任せていたとします。乙はこれを悪用して、甲に無断で移転登記をしてしまいました。ただ、実印と権利証という「外観を作る道具」を、不用意に渡してしまった。これを外形与因型と呼びます。「与因」は、原因を与えた、という意味です。

【判例】 外形与因型の代表判例

そこが急所です。甲は何も作っていないし、承認もしていない。それでも、実印や権利証をずさんに管理していたことが、「自分で作ったのと同視できるくらい重い」と評価されて、初めて類推が認められます。だから、この型は帰責性のハードルが一番高い。そのとおりです。ただ印鑑を貸しただけ、といった軽い不注意では、「同視し得るほど重い」とまでは評価されません。ここは判例の言葉そのものが採点のキーワードになりますから、太字にした部分は覚えておいてください。型3と同じく、94条2項と110条を併用して類推し、丙には善意無過失が求められます。

四つの型を一枚の表で見る 〔短答・論文共通〕

4類型比較表

四つの型は別々に暗記するのではなく、関係を一望するために、一枚の表にまとめます。型1、自己作出型。甲が自分で外観を作った。適用条文は94条2項の単独類推。丙は善意で足ります。型2、他人作出型、事後承認。他人が作った外観を甲が知って黙認した。適用条文は94条2項の単独類推。丙は善意で足ります。型3、意思外形非対応型。甲が承認した範囲を超えて外観が広がった。適用条文は94条2項と110条の併用類推。丙は善意無過失が必要です。型4、外形与因型。甲が不注意で外観作出の原因を与えた。適用条文は94条2項と110条の併用類推。丙は善意無過失が必要です。そのとおりです。ここで一つ、大事な注意点があります。この「四つの型」という数え方は、実は教材によってブレます。2つにまとめる教材もあれば、「4つが唯一の正解」と言い切ることはできません。型4の外形与因型を、独立した型として名前をつけて説明する教材もあれば、非対応型の一種として扱い、名前を立てない教材もあります。数え方の違いは、いわば教材ごとの整理のクセです。試験で問われるのは、数え方そのものより、「本人の関与が強いか弱いかで、適用条文と第三者の主観要件が変わる」という実質の判断軸です。そこさえ押さえていれば、2つで説明されても4つで説明されても対応できます。

なぜ主観の要件が変わるのか——帰責性のグラデーション 〔短答・論文共通〕

帰責性のグラデーション図

四つの型は、バラバラの暗記対象ではありません。本人の関与の強さという一本の軸の上に、並べて理解してください。一番強い関与が、自分で外観を作った型1です。次に強いのが、他人の外観を知って容認した型2。ここまでは、94条2項がもともと想定している「本人が外観そのものに関わっている」状態に近いので、丙は善意だけで足ります。型3は、承認した範囲を超えて外観が広がってしまった。型4は、外観作出の原因を不注意で与えてしまっただけです。94条2項だけでは理由づけとして弱くなるので、110条の「正当な理由」という趣旨まで借りて、丙に無過失まで求めることでバランスを取っています。まさにそこが、今日いちばん腑に落としてほしいポイントです。帰責性が弱くなるほど、第三者に要求される主観のハードルは上がる。本人の保護と、取引の安全とのバランスを、要件の重さで調整しているんです。そのとおりです。丸暗記より、この軸を体に入れておくことをおすすめします。

登記は必要か 〔短答〕

登記の要否ボード

判例、いわゆるA説はこう答えます。登記は不要です。

【判例】 登記不要説の代表判例

理由は二つあります。一つは、丙と甲は、いわば前主・後主の関係にあり、177条が想定する対抗関係には立たないこと。もう一つは、そもそも自分の帰責性で虚偽の外観を作った甲を、登記の有無で追加的に保護する必要はないことです。有力な少数説として、登記を権利保護要件として要求する見解もあります。甲が先に登記を取り戻してしまった場合との公平感を理由にするものですが、ここは名前と発想だけ触れる程度にとどめます。試験対策としては、まず判例の「登記不要」を押さえてください。

この先の送り先 〔短答〕

送り先の地図ボード

今日立てた三要件と四つの型は、この先いろいろな場面でそのまま使う道具になります。どこにつながるか、名前だけ確認して締めます。丙から買った転得者の扱いは、前回、通謀虚偽表示94条の「第三者の範囲」で扱った考え方の延長で処理します。詳しくはそちらを振り返ってください。それは177条の対抗問題です。対抗関係に立つかどうかは学説が分かれる論点で、二重譲渡や背信的悪意者を扱う回で、深く掘り下げます。基本代理権が必要かどうかといった110条本体の話は、代理の回でまとめて扱います。意思の不存在のもう一つの型、錯誤95条は、すでに別の回で公開しています。合わせて確認しておいてください。民法の中で何度も形を変えて登場します。受け取った権利者らしい人への弁済を保護する規定や、財産分与・遺産分割にからむ虚偽表示の場面でも、同じ発想が土台になっています。

ここも論文で問われる論点です 〔予告(論文動画へ送る)〕

論文の型は別シリーズへ

94条2項類推は、答案で規範を立てて書く、論文の頻出論点でもあります。事案があって、問題提起をして、規範を立てて、あてはめる、という答案の型で書かれます。ただ、この解説動画では、答案の規範定式や、あてはめの書き方そのものには踏み込みません。詳しい書き方は、概要欄からリンクする論文シリーズで扱います。しっかり理解することに集中しましょう。

今日のまとめ 〔まとめ〕

まとめ①:類推の理由と三要件

94条1項の「通謀」が欠けている場面には、94条2項を直接は使えません。そこで、権利外観法理という同じ趣旨が当てはまるなら、94条2項を類推適用します。そのとおりです。そして四つの型は、本人の関与の強さという一本の軸の上に並んでいて、関与が強い型1・型2は94条2項単独類推で丙は善意で足り、関与が弱い型3・型4は94条2項と110条の併用類推で、丙には善意無過失まで求められます。

まとめ②:登記・射程・シリーズの締め

最後に、判例上、登記は不要であること、そしてこの三要件・四つの型が、この先いろいろな場面で使い回される道具だということも確認しました。

理解度チェック 〔まとめ〕

ここで自己テストです。声に出さなくてもかまいません。1つ目、なぜ「虚偽の外観がある登記」だからといって、常に94条2項の直接適用で済ませられないのでしょうか?2つ目、自己作出型と他人作出型、事後承認は、どちらも94条2項の単独類推でよいでしょうか、それとも110条の併用が必要でしょうか?3つ目、非対応型や外形与因型で、第三者に善意だけでなく無過失まで求められるのはなぜでしょうか?4つ目、94条2項類推で保護される第三者は、登記を備えている必要があるでしょうか?5つ目、本人が外観の作出にも存続の容認にもまったく関与していない場合、94条2項類推は成立するでしょうか?完璧です。

意思表示①シリーズ、三本まとめての振り返り 〔まとめ〕

シリーズ全体まとめボード

最後に、この3本のシリーズ全体を振り返っておきましょう。1本目は、意思表示という言葉の設計図と、心裡留保93条でした。表示行為と内心の効果意思がズレる場面の入口として、単独のウソは原則有効、相手方が悪意か有過失なら無効、というルールを見ました。相手方と通じたウソは、原則から一転して無効になり、それでも善意の第三者は保護される、というルールを見ました。単独のウソから、通じたウソ、そして通謀の無い虚偽の外観へと、場面を広げながら、権利外観法理という一つの発想が、形を変えて繰り返し出てくることを確認してきました。そのとおりです。この3本で、意思の不存在という大きな枠組みの半分を固めたことになります。

この続きは 〔次回予告〕

錯誤95条、そして詐欺・強迫96条は、すでに公開していますので、続けてそちらもご覧ください。今日出てきた権利外観法理の考え方は、この先も繰り返し登場しますので、忘れたころにまた戻ってきてください。はい、概要欄からご確認ください。意思表示①、これで完結です。では、また次の回でお会いしましょう。

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