民法ゼロから民法#5

自分の物を返せと言える理由——物権的請求権と対抗要件

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第1章 民法総則 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

なぜ言えるのか——物権の直接支配性から導く

物権の支配権から請求権を導く理由づけボード 図:物権の支配権から請求権を導く理由づけボード

物を支配する権利と、人に請求する権利を分けた回がありましたね。あのとき、物権は誰に対しても主張できる、と言いました。でも、具体的にどうやって主張するのでしょうか?そこを、今日の入り口にします。さっきの、物置小屋の場面に戻ります。「どかせ」と言いたいのに、根拠となる条文が見当たらない。ここで、物権の性質を、もう一度思い出してください。物権は、物そのものに向かう権利です。では、考えてみましょう。もし、物権が侵害されても、何も言えないとしたら、どうなりますか。誰かに勝手に使われても、黙って見ているしかない。それでは、その「支配する権利」は、名前だけのものになります。

それでは、物権を認めた意味がありません。だから、こう考えます。物権を実際に守れるものにするために。物権から、人に向けた請求権が、派生的に認められる。物権そのものとは別に、実効性を持たせるための道具として。侵害してきた相手に向けて、請求する権利が生まれる、ということです。実は、この権利だけを定めた条文はありません。所有権の効力——物を直接支配できるという性質から。論理的に、当然に導かれる権利だと考えられています。民法には、こうした「明文はないが当然に導かれる」制度が、いくつかあります。物権的請求権は、その代表格です。

物権の種類や中身によって、必要になる請求の形は少しずつ違います。すべてを一つの条文で書き切るより、物権の性質そのものから導くほうが、柔軟に対応できます。一つの条文で書き切らず、性質そのものから導く。その理解で構いません。自分の土地を直接支配する権利があるからこそ。それを妨げている人に対して、どかせと言える。この筋道を、まず持ち帰ってください。

侵害のされ方で切ると、一本の線になる

侵害のされ方から3つの請求への分岐ボード 図:侵害のされ方から3つの請求への分岐ボード

物権的請求権には、実は三つの顔があります。名前を三つ、順に覚えるのではなく。「侵害のされ方」という一本の軸で見ると、自然に分かれます。まず一つめ。さっきの物置小屋の場面です。自分の土地を、知らない人にまるごと使われています。つまり、占有そのものを、奪われている状態です。占有とは、物を事実上支配している状態のことです。所有が権利で、占有は事実でした。この場合に使うのが、物権的返還請求権です。占有を取り戻せ、と求める権利です。場面を変えます。この土地の登記簿を確認したところ。登記簿とは、その土地の持ち主が誰かを記録した、役所の帳簿です。いつのまにか、登記の名義が自分以外の名前に書き換えられていました。

ただ、こちらは物置小屋の場面と違います。自分は、今もその土地に立ち入って、使うことができます。占有以外の方法で、権利を妨害されている状態です。この場合に使うのが、物権的妨害排除請求権です。名義を戻せ、と求める権利です。二つめまで、見えましたか。三つめは、まだ何も起きていない場合です。もう一つ、別の場面を見てみましょう。隣の敷地に、古い看板が立っているとします。強風で傾いて、今にもこちらの土地の方へ倒れかかりそうです。まだ実害は出ていませんが、このままでは危険です。この場合に使うのが、物権的妨害予防請求権です。侵害のおそれがある段階で、あらかじめ予防を求める権利です。

侵害のされ方が三通りあるから、請求も三通り。名前を丸暗記するのではなく、この分岐で覚えてください。この物置小屋の場面を使って、次はもう少し深掘りします。

所有権に基づく返還請求権の三つの要件

返還請求権の3要件ボード 図:返還請求権の3要件ボード

物権的請求権のうち、いちばんよく使うのは。さっきの、所有権に基づく返還請求権です。これには、確実に押さえておくべき要件が、三つあります。物置小屋の場面に当てはめながら、見ていきましょう。一つめ。自分が、その物を所有していること。二つめ。相手方が、その物を占有していること。物置を建てた人が、実際にその土地を使っている状態です。三つめ。相手方に、占有する権原がないこと。そこにいてよい、正当な理由のことです。これを占有権原と呼びます。音は同じですが、代理で出てきた「けんげん」とは別の言葉です。あちらは代理人ができることの範囲、こちらはそこにいてよい理由の「もと」です。たとえば、自分が「使っていいよ」と貸していたら、権原があります。

この三つめは、少し特殊な要件です。最初から「相手には権原が無い」と決めてかかるのではありません。もし相手が、「実は借りているんです」と言ってきたとします。そういう言い分が出てくれば、結論が変わる可能性がある要件なんです。細かい理屈は、また別の回に譲ります。今日は、三つめが「条件付き」の要件だ、ということだけ覚えてください。所有・占有・権原の不存在。この三つが骨格です。

物権はどうやって動くのか——176条と意思主義

物権変動の定義ボード 図:物権変動の定義ボード

ここまでは、物権が侵害されたとき、どう反撃するか、という話でした。ここからは、少し話を変えます。物権は、そもそもどう動くのか、です。物権が新しく生まれたり、内容が変わったり、消えたりすることです。これをまとめて、物権変動と呼びます。場面を変えて、考えてみましょう。今度は、新しく宅地を買う場面です。ある宅地について、自分が売買契約を結んだとします。「売ります」「買います」で、話がまとまりました。ここで聞きます。この宅地は、いつから自分の物になりますか。お金を払ったとき——その答えを、条文がくつがえします。もう一度その条文を出して、今日はその先まで行きます。

条文民法176条

民法 第176条(物権の設定及び移転) 物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。

意思表示、前に習った言葉ですね。こうしたい、という意思を外に向けて表すこと。契約も、これでできていました。契約した、その瞬間に、所有権は移ります。お金を払ったかどうかは、関係ありません。この考え方を、意思主義と呼びます。物権変動が、意思表示だけで生じる、という制度です。ちなみに、物権が動く原因は、意思表示だけではありません。亡くなった人の財産を引き継ぐ相続。長い間ある状態が続くことで権利が動く、時効。こうした原因でも、物権は動きます。中身は、また別の回で扱います。今日は、いちばん基本になる意思主義を、押さえてください。

意思主義は、当たり前ではない

意思主義と形式主義の対比ボード 図:意思主義と形式主義の対比ボード

「契約しただけで所有権が移る」——当たり前に聞こえたかもしれません。でも、これは自然の摂理ではありません。日本が選んだ制度の一つです。たとえば、ドイツの法律を見てみましょう。ドイツでは、契約しただけでは、所有権は移りません。登記を済ませて、初めて所有権が移ります。これを、形式主義と呼びます。登記という形式を備えて、初めて物権が動く、という考え方です。日本は意思主義、ドイツは形式主義。どちらも成り立つ、制度の選択の問題です。日本が意思主義を選んだのは、当事者が決めた中身を、そのまま効力にするからです。それが民法の建前です。前に、契約の中身は当事者が自由に決められる、という話をしましたね。

意思表示だけで物権まで動かせるのは、その考え方と相性がいいからです。根っこは同じです。ただ、ここで一つ、疑問が出てきませんか。意思表示だけで物権が動くなら、外から見て、それが分かるでしょうか。外から見えない——それが問題です。意思だけで動く制度を選んだからこそ。外から見ても分かる「印」が、別に必要になります。それが、次に見る対抗要件です。

だから、印が要る——対抗要件主義

不動産と動産、対抗要件の対比ボード 図:不動産と動産、対抗要件の対比ボード

宅地の買主の場面に戻ります。契約した瞬間に、所有権は移っていました。176条のとおりです。ただ、まだ登記はしていない、とします。この状態で、誰かに向かって「これは私の土地だ」と主張したい場面が来たとき。登記が無いと、その主張ができない場合があります。条文を見てみましょう。

条文民法177条

民法 第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない

「得喪」は、権利を得たり失ったりすること、という意味です。そして、この「対抗」という言葉。今日はずっと「主張」と言い換えて使います。登記をしなければ、第三者に主張することができない。そういう意味です。今日のところは、条文の構造だけ押さえてください。不動産——土地や建物は、登記が無いと、主張できない場合がある。不動産以外の物は、すべて動産——あの区別が、ここでも生きてきます。178条を見てみましょう。

条文民法178条

民法 第178条(動産に関する物権の譲渡の対抗要件) 動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない

この買主が、今度は冷蔵庫を買った場面で考えてみましょう。代金を払って、店から運んでもらい、自分の手元で受け取る。この受け取りが、引渡しです。不動産には登記、動産には引渡し。この、物権の取得を第三者に主張するために必要な要件のことを。対抗要件と呼びます。この、対抗要件を要求する仕組み全体を、対抗要件主義と呼びます。ちなみに、引渡しにも実は、いくつか種類があります。中身は、また別の回で扱います。登記の手続きそのものも、別の法律が細かく決めています。ちなみに、登記が無くても、契約した当事者どうしの間では、話は別です。

買主と売主の間では、もう所有権は移っています。問題になるのは、その外にいる第三者に対してです。では、ここで一つ、聞いてみます。契約した瞬間に所有権を取得した、あの宅地の買主。登記していない今、所有権を持っているのでしょうか、持っていないのでしょうか?持っているけれど、主張できないだけ——そこまで来ましたね。答え合わせを、次でしっかりやりましょう。

「取得した」と「主張できる」は、別の箱

取得した箱と主張できる箱、二段の関門ボード 図:取得した箱と主張できる箱、二段の関門ボード

先ほどの問い、答え合わせをします。登記していない買主は、所有権を持っているのか、持っていないのか。答えは——持っています。176条により、契約した瞬間に、所有権は取得済みです。取得していない、のではありません。ただ、それを第三者に向かって主張する段になると。登記が無いと、主張できない場合がある、という話でした。ここが、今日いちばん大事なところです。この二つを、二つの別の箱として考えてください。一つめの箱は、「取得した」箱。176条が担当します。契約という意思表示だけで、この箱には入ります。二つめの箱は、「主張できる」箱。177条と178条が担当します。登記や引渡しという印を備えて、初めてこの箱に入ります。

そして、二つめの箱に入っていないからといって。一つめの箱から、追い出されるわけではありません。以前、無効は「法律上の効果がそもそも生じないこと」だと確認しました。今回の話は、それとは違います。取得という効果は、もう生じています。ただ、それを主張できる相手の範囲に、まだ制限がある。それだけです。意思表示だけで物権が動く制度だからこそ、必要になる仕組みです。外から見えない意思表示だけを信じろと言われても、誰も安心して取引できません。だから、取得はすぐに認めつつ、対外的な主張には別に印を求めます。ここで、さっきの登記の話を、もう一度使います。登記名義を勝手に書き換えられて、困った場面がありましたね。

あのときの登記は、自分を脅かす道具でした。今度は、逆の角度から見てみます。もし、自分がきちんと登記を備えておいたら、どうなるでしょうか。自分の側で登記を備えておけば。その登記そのものが、誰に対しても主張できる盾になります。「取得した」箱と、「主張できる」箱。この二段の関門を、しっかり持ち帰ってください。

今日埋めた二つの穴、そして次の問い

二つの穴が埋まった地図ボード 図:二つの穴が埋まった地図ボード

物を支配する権利と、人に請求する権利を分けた回で。物権は誰に対しても主張できる、と言いました。実は、あのとき、二つの宿題を残していました。一つめ。誰に対しても主張できる、と言っても、具体的にどう主張するのか。この答えが、今日見た物権的請求権でした。侵害のされ方に応じて、返還・妨害排除・妨害予防、三つの請求ができる。二つめ。誰にでも主張できる、には留保がある、という話でした。この留保の正体が、今日見た対抗要件です。不動産なら登記、動産なら引渡し。この印が無いと、主張できない場合がある。

あの回に残した二つの宿題、これで両方、片づきました。ただ、今日もまた、一つだけ宿題を残します。「登記が無いと主張できない」と言いましたが。その「主張できない相手」とは、具体的に誰のことでしょうか。実は、誰にでも、というわけではありません。この「第三者」の中身を、次は見ていきます。今日は、物権を「持っているだけ」では足りない、という話をしました。侵害されたときに押し返す武器と、誰にでも主張を通せる保証。この二つがそろって、初めて物権は名ばかりでなくなります。

参照条文

  • 民法176条
  • 民法177条
  • 民法178条

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