177条の第三者③(立木・明認方法)
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事例
図:【事例】問題文——甲山林をめぐるA・B・C・Dの事案
今日は、前の2回で立てた物差しを、登記のない物に当てます。登記のない物とは、山に生えている杉、つまり立木です。杉だけを売ることは、できます。しかも、杉だけを買った人どうしが争うことも、土地ごと買った人と争うことも起こります。そのとき、登記の代わりに何を使うのか。そして、それは、いつまで持たせておかなければならないのか。そこを見ていきます。まず、問題文を読みます。Aは甲山林を所有し、登記名義もAである。甲山林は、杉が一面に生えている山林です。東斜面と西斜面に分かれていて、それぞれに杉が約100本ずつ生えています。杉は、立木に関する法律、略して立木法の登記はされていません。筋書きは、設問ごとに別々です。同じ山林を舞台に、順に見ていきます。1つめ。事情Bと事情C。1月10日、AはBに、甲山林の杉だけを、代金600万円で売りました。Bは同日、代金全額を支払っています。土地は、Aのままです。1月12日、Bは、両斜面の杉の幹の皮を削って「B所有」と墨で書き、山林の入口に「この杉はBの所有」と書いた立札を立てました。4月5日、AはCにも、同じ杉だけを、代金650万円で売りました。Cは同日、代金全額を支払っています。Cは、4月8日に、杉の幹に「C所有」と書いた名札を取り付けました。CはAB間の売買を知りませんでした。2つめ。事情Bの変更です。先ほどの、Bの墨書と立札について、次の事情が加わります。3月中旬の台風で、Bの立札が流され、幹の墨書も雨で読めなくなりました。Bはそれに気づかず、直しませんでした。
4月5日に杉を買ったCは、その前に現地を下見しましたが、杉には何の標示もありませんでした。Cは4月8日に名札を取り付けました。CはAB間の売買を知りませんでした。3つめ。事情D。事情Bとは別の筋書きです。1月10日、AはBに杉だけを代金600万円で売り、Bは同日全額を支払いました。1月12日、Bは、東斜面の杉にだけ、幹に「B所有」と墨で書き、東斜面の入口に立札を立てました。西斜面の杉には、何もしませんでした。5月20日、AはDに、甲山林を杉ごと、代金3000万円で売り、同日D名義の所有権移転登記がされました。DはAB間の杉の売買を知りませんでした。設問は、まず3つです。4つめは、別の筋書きとして、あとで足します。設問1、事情Bと事情Cの場合に、BはCに対し、杉の所有権の確認を請求できるか。設問2、台風で標示が消えていた場合に、BはCに対し、同じ請求ができるか。設問3、事情Dの場合に、BはDに対し、杉の所有権の確認を請求できるか。東斜面と西斜面を分けて考えます。
図:関係図その1——AからBへ杉のみ売買で明認方法あり、AからCへ杉のみ売買
図にします。まず、事情Bと事情Cです。Aから、左のBへ、1つ目の売買の矢印が伸びています。Bのさらに左には、「明認方法」の印を置いて、線で結びました。Aからは、右のCへもう1本。こちらも、杉だけの売買です。同じ杉が、2人に売られているんです。立木の二重譲渡です。

山林の絵です。事情Dの舞台になります。東斜面には、Bの墨書と立札があります。西斜面には、何もありません。この違いが、設問3の結論を割ります。

時間の並びです。1月10日に、AB間の杉の売買。1月12日に、Bの標示。4月5日に、事情CではAC間の売買。5月20日に、事情Dでは、AD間の売買と登記です。杉だけの話と、土地ごとの話が混ざっています。そこが、今日の核心です。先に、最初の問いを置きます。立木は、土地の一部のはずです。それなのに、杉だけを売りました。この売買を、人に主張するには、何があればよいのでしょうか。
物差しの確認
図:条文:177条
まず、177条を全文で確認します。
条文民法177条
不動産に関する物権の変動の対抗要件 第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
前の2回で使ってきた物差しを、1つだけ思い出します。177条の「第三者」は、当事者およびその包括承継人以外の者であって、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者でした。物権を取得した者は、原則として正当な利益があります。例外の背信的悪意者は、今日は出てきません。C、Dは、知らなかったからです。今日は、物差しは同じで、その相手が違います。登記のない物です。そこで、問いです。登記のない立木の売買を、人に主張するには、何が必要でしょうか。動画を止めて、考えてみてください。答えです。立木法の登記がないなら、明認方法です。明認方法とは、幹の皮を削って名前を書いたり、立札を立てたりして、誰の杉かを現地で分かるようにする方法です。
解説の回で見た、あの目印です。この回では、それを答案でどう使うかを、順に見ます。その前に、前の2回の確認を1問だけ。前の2回のうち、最初の回で、不法占有者は第三者にあたりませんでした。なぜ、不法占有者は、登記がなくても対抗できる相手だったのでしょうか?不法に占めているだけで、登記があるかどうかで、自分の立場が左右されるわけじゃないからです。登記の有無が、その人の法的な地位に関わるかどうか、でした。
立木と明認方法
図:条文:86条1項
まず、立木が不動産にあたることを、条文で確認します。
条文民法86条1項
不動産及び動産 第八十六条 土地及びその定着物は、不動産とする。
杉は、土地に生えている間は、土地の定着物にあたります。土地の定着物は、原則として、土地の一部として扱われます。建物は例外で、別の不動産です。杉のような立木は、原則のほうに入ります。ですから、土地を売れば、杉もついてくるのが原則です。ここで、論文での扱い方を、1つ確認します。86条1項は、条文どおりです。条文を音読すれば出てくるので、覚える対象ではありません。条文から拾えば足ります。覚えるのは、このあとに出てくる、明認方法の規範のほうです。杉だけを売ることは、できます。176条は、物権の移転は当事者の意思表示だけで効力が生じる、と定めています。ですから、AB間で「杉だけを売ります」と合意すれば、杉の所有権は、Bに移ります。立木法の登記があれば、杉を、土地とは別の不動産として登記できます。ですが、この登記がされていない立木は、登記では対抗できません。そこで使うのが、明認方法です。
登記で対抗できないままでは、何も主張できなくなってしまいます。そうならないように、判例が、登記の代わりに、明認方法を公示方法として認めました。登記の代わりの公示ですから、成立要件ではありません。所有権が移ること自体は、明認方法がなくても、意思表示で足ります。明認方法は、対抗するためのものです。たとえ話です。傘立てに、傘を置いたとします。その傘に、名前のシールが貼ってあれば、あとから来た人は、誰の傘か、見れば分かります。明認方法は、この名前シールです。この考えを、規範にします。
図:規範——立木の対抗要件は明認方法、第三者の範囲は177条に準じる
問いは、こうです。立木だけを買った者は、登記のない立木の所有権取得を、第三者にどうすれば対抗できるのでしょうか。
⭐ 論文で書く規範:立木と明認方法 立木に関する法律の適用を受けない立木について、土地に生立したまま立木だけを買い受けた者は、その所有権取得につき明認方法を施さなければこれを以て第三者に対抗し得ない。この第三者の範囲は、177条に準じて判断する。 明認方法は、登記に代るものとして第三者が容易に所有権を認識することができる手段であり、第三者が利害関係を取得する当時にもそれだけの効果をもつて存在するものでなければならず、問題の生じた当時消失その他の事由で右にいう公示として働きをなさなくなつているとすれば、明認方法ありとして当該第三者に対抗できないと解する。 (規範(最判昭28・9・18、最判昭36・5・4))
規範は、2つの段落です。1つめ。立木だけを買った者は、明認方法を施さなければ、第三者に対抗できません。その第三者の範囲は、177条に準じて決めます。ですから、前の2回で立てた、正当な利益の物差しが、そのまま使えます。2つめ。明認方法は、登記の代わりに、第三者が見て所有者を容易に知れる手段です。しかも、第三者が利害関係を取得する当時にも、その効果を持って存在していなければなりません。一度施しても、取引が起きる時点で、消えて働いていなければ、明認方法ありとは言えません。登記は、一度されれば、帳簿に残ります。ですが、明認方法は、幹の墨書や立札という、物理的な目印です。風雨で消えたり、流されたりします。取引に入る人は、現地を見て、「この杉は誰のものか」を判断します。そこで見て分からないなら、公示として働いていません。さっきの傘立てで言えば、雨でシールが剥がれたあとに来た人には、誰の傘なのか分かりません。その人に、「これは私の傘だ」とあとから言っても、通りません。
ここが、設問2の核心です。答案では、毎回、3つを言い切ります。1つめ。何についての物権変動か。立木だけを買ったのか、土地ごと買ったのか。2つめ。誰が、何の対抗要件を備えたか。明認方法か、登記か。3つめ。それは、第三者が利害関係を取得した当時に、備わっていたか。この3つを、設問ごとに、実際に言い切ります。
設問1
図:設問1の請求——BのCに対する杉の所有権確認とCの言い分
設問1です。BはCに、杉の所有権の確認を請求します。Bの請求が認められるには、Bが杉の所有権を持っている必要があります。Bは、1月10日の売買で、176条により、杉の所有権を取得しています。ところが、Cも、4月5日に、同じ杉を買っています。Cは、「Bは、杉の所有権の取得を、私に対抗できない」と言います。ここで、1つめの確認です。何についての物権変動か。杉だけの売買です。Bは、杉だけを買った人です。ですから、規範のとおり、必要な対抗要件は、明認方法です。そこで、問いが立ちます。Cは第三者にあたるか。そして、Bは明認方法を備えているか。
図:設問1のあてはめ——Bの明認方法は、Cの取得当時にも存在
型どおり、書いていきます。まず、Cは、AB間の売買の当事者でも、包括承継人でもありません。次に、原則です。Cは、4月5日に、Aから杉を買いました。杉について物権を取得した者です。Bが対抗できるとすれば、Cは杉を失います。Cは、Bの明認方法しだいで、自分の立場が変わる人です。原則として、正当な利益があります。例外は、短く済みます。CはAB間の売買を知りませんでした。ですから、背信的悪意者の問題は生じません。次に、Bは明認方法を備えているでしょうか。Bは、1月12日に、両斜面の杉の幹に「B所有」と墨書して、山林の入口に立札を立てました。
第三者が、所有者を容易に認識できる方法です。明認方法にあたります。さらに、Cが杉を買った4月5日にも、この標示は、そのまま存在していました。一方、Cが名札を付けたのは、4月8日です。Bの明認方法より、あとです。よって、先に明認方法を備えていたBが、優先します。立木だけの二重譲渡は、先に明認方法を備えた者が勝つ。これが、判例の考え方です。代金の額は、決め手ではありません。決め手は、対抗要件の先後です。不動産の二重譲渡で、先に登記を備えた者が勝つのと、同じ形です。結論です。BはCに、杉の所有権の取得を対抗できます。Bの請求は、認められます。
設問2
図:設問2の事情——台風で標示が消え、そこへCが買う
設問2です。設問1の事実を、1点だけ変えます。3月中旬の台風で、Bの立札が流れ、幹の墨書も読めなくなりました。Bは気づかず、直しませんでした。その状態で、Cが4月5日に杉を買います。Cは、買う前に現地を下見しましたが、杉には何の標示もありませんでした。図では、Bと明認方法を結ぶ線が、点線になっています。消えた、という意味です。ここで、問いです。Bは、一度は、明認方法を施しました。でも、台風で消えてから、Cが買いました。Bは、なお勝てるでしょうか?動画を止めて、考えてみてください。答えを言います。Bは、負けます。
一度施したことは、結論を救いません。規範の2つめの段落に戻ります。明認方法は、第三者が利害関係を取得する当時にも、それだけの効果をもって存在していなければなりません。Cが杉を買った4月5日、杉には何の標示もありませんでした。Cは、現地を見ても、杉がBのものだと知る手がかりを、得られません。その時点で、Bの明認方法は、公示として働いていません。ですから、明認方法ありとして、Cに対抗することはできません。ここで、判例を見ておきます。
判例最判昭和36年5月4日
明認方法の存続 ……明認方法は、立木に関する法律の適用を受けない立木の物権変動の公示方法として是認されているものであるから、それは、登記に代るものとして第三者が容易に所有権を認識することができる手段で、しかも、第三者が利害関係を取得する当時にもそれだけの効果をもつて存在するものでなければならず、従つて、たとい権利の変動の際一旦明認方法が行われたとしても問題の生じた当時消失その他の事由で右にいう公示として働きをなさなくなつているとすれば明認方法ありとして当該第三者に対抗できないものといわなければならない……
判旨は、規範の2つめの段落のとおりです。注目したいのは、事案のほうです。この事案では、先に買った人が標示を施しましたが、その標示が、あとで見当たらなくなりました。先に買った人は、そのまま放置します。そのあとに、別の買主が、自分の標示を施しました。結論は、あとの買主が勝ちました。この事案が、事実の拾い方の手本になります。標示が消えたことと、それを放置していたことです。今日のBは、これと方向が重なりますが、事実は別物です。自分の頭で、拾い直します。設問2の事実で、あてはめます。
図:設問2のあてはめ——Cの取得当時、Bの標示は消えていた
あてはめます。まず、Cは第三者にあたるか。設問1と同じ運びです。Cは、当事者でも包括承継人でもありません。4月5日に杉を買った、物権を取得した者です。原則として、正当な利益があります。AB間の売買を知らなかったので、背信的悪意者でもありません。よって、Cは第三者にあたります。次に、Bの明認方法です。何を見るのでしょうか。見るのは、Cが利害関係を取得した当時、つまり4月5日です。Bが標示を施した1月12日ではありません。立札は流され、墨書は読めません。Cが下見をしても、杉には何の標示もありません。杉の所有者がBだと、第三者が容易に認識できる手段は、Cが買った当時、すでに存在していませんでした。Bの明認方法は、その時点で、公示として働きをなさなくなっていた、と評価できます。結論です。BはCに、明認方法ありとして、杉の所有権の取得を対抗できません。Bの請求は、認められません。
気づかなかったという事情は、結論を動かしません。守られるのは、現地を見て取引に入る人です。目印が働いていないなら、その人に、あとから「実は私の杉だ」とは言えません。ここで、射程を1つだけ押さえます。判旨が見るのは、第三者が利害関係を取得した当時です。もし、Cが買った4月5日に、Bの標示が立っていたなら、あとで台風が来て消えても、結論は動かないと考えられています。動くのは、取得したときに、標示が無かった場合です。設問1と設問2は、対になっています。明認方法は、備えるだけでは足りません。買う人が現れるときまで、保つ必要があります。
設問3
図:設問3の請求——BのDに対する杉の所有権確認とDの言い分
設問3です。事情Dを出します。1月10日にBが杉だけを買い、1月12日に、東斜面の杉にだけ標示を施しました。西斜面には何もしていません。その後、5月20日に、Dが、甲山林を杉ごと買って、D名義の登記を備えました。DはAB間の杉の売買を知りませんでした。BはDに、杉の所有権の確認を請求します。Dは、「Bは、私に対抗できない」と言います。ここで、1つめの確認です。何についての物権変動か。Bは、杉だけを買った人です。Dは、土地を杉ごと買った人です。立木だけを買った人と、土地ごと買った人は、同じ杉をめぐって、ぶつかっています。問いです。Bと、土地ごと買って登記したDは、どちらが勝つのでしょうか。東斜面と西斜面で、結論は同じでしょうか。動画を止めて、考えてみてください。答えを言います。結論は、東斜面と西斜面で、割れます。東斜面はBの勝ち、西斜面はDの勝ちです。
同じ山の杉で結論が割れる理由を、順に見ます。
図:判定の図——Bの対抗要件は明認方法、Dの対抗要件は土地の登記
2つめの確認です。誰が、何の対抗要件を備えたか。Bの対抗要件は、明認方法です。杉だけを買った人だからです。Dの対抗要件は、土地の登記です。杉は土地の一部ですから、Dは、土地の登記を備えれば、その登記は、杉にも及びます。立木法の登記がない杉は、土地の一部として扱われます。ですから、土地の登記が、杉の分も公示します。そうすると、BもDも、Aから同じ杉を取得した者です。同じ杉をめぐる、対抗関係に立ちます。優劣は、何で決まるのでしょうか。登記と、明認方法の先後です。先に備えたほうが勝ちます。先に公示した者がいれば、あとから来る者は、現地の目印か登記簿を見て、それに気づけたはずだからです。設問1の、先に明認方法を備えたほうが勝つ、という形の延長です。ここまでを、答案の規範の形で言います。立木だけを買った者が杉の所有権取得を対抗するための要件は、明認方法です。土地を立木ごと買った者の要件は、土地の登記です。両者は、同じ立木をめぐって対抗関係に立ちます。ですから、両者の優劣は、明認方法と登記の先後で決まります。立木だけを買った者が、先に明認方法を備え、その後に土地を立木ごと買った者が登記を備えた場合、立木を買った者は、その者に対抗できます。では、あてはめます。
図:設問3のあてはめ——東斜面は標示が先で、西斜面は標示なし
まず、Dは、AB間の売買の当事者でも、包括承継人でもありません。次に、原則です。Dは、5月20日に、Aから甲山林を杉ごと買って、登記を備えました。杉について物権を取得した者にあたります。Bが対抗できるとすれば、Dは杉を失います。原則として、正当な利益があります。DはAB間の杉の売買を知りませんでした。背信的悪意者の問題は生じません。東斜面から見ます。Bは、1月12日に、東斜面の杉に墨書して、入口に立札を立てました。第三者が所有者を容易に認識できる、明認方法です。この明認方法は、Dが利害関係を取得して、登記を備えた5月20日にも、存在していました。Bの明認方法は、Dの登記より先に備えられています。よって、Bは、東斜面の杉の所有権の取得を、Dに対抗できます。次に、西斜面です。Bは、西斜面の杉には、何もしていません。明認方法を備えていません。一方、Dは、甲山林について登記を備えています。その登記は、土地の一部である西斜面の杉にも及びます。よって、Bは、西斜面の杉の所有権の取得を、Dに対抗できません。結論です。東斜面の杉については、Bの請求は認められます。西斜面の杉については、認められません。
1月10日に買ったことは、先後の基準にはなりません。基準は、対抗要件を備えた先後です。一つの杉林が、標示のある所と、ない所で割れる。これが設問3の答えです。先後が逆なら、どうなるでしょうか。もし、Dが先に登記を備え、Bの明認方法が、そのあとだったなら、Bは負けます。もう1つ、型の違いを確認します。立木だけを買った人は、明認方法です。土地ごと買った人は、登記です。解説の回でも見たとおり、土地ごと買った人が、杉に明認方法だけを施しても、土地の登記を備えた相手には勝てません。必要な対抗要件が違うからです。
設問4
図:設問4の事情——Aは土地だけを売り、杉は手元に残す
設問4です。設問3とは、別の筋書きです。3月1日、AはDに、甲山林の土地を、代金2400万円で売りました。ただし、杉はAのものとして残す、という約束をしました。Aは、杉に何の標示もせず、立木法の登記もしませんでした。3月15日に、D名義の所有権移転登記がされました。5月20日、Dは、杉も含めて甲山林全部を、Cに代金3000万円で売りました。同日、C名義の所有権移転登記がされています。CはAD間の杉についての約束を知りませんでした。設問4、AはCに対し、杉の所有権の確認を請求できるか。問いです。売主のAは、「杉は自分のものとして残す」と約束して、土地だけを売りました。Aは、その約束を、杉ごと買ったCに主張できるでしょうか。ここでも、1つめの確認から入ります。何についての物権変動か。土地を売るとき、杉をAに残しました。杉を、土地から切り離して、Aのものにしておく動きです。これを、立木所有権の留保といいます。立木は、土地の一部が原則です。土地を売れば、杉もついていく。留保は、その例外です。
杉だけをAに残すと、土地の持ち主と、杉の持ち主が分かれます。これも、権利の動きです。しかも、土地の登記を見た人には、杉も土地と一緒にDへ移ったように見えます。ですから、土地とは別に杉がAにある、ということを、人に主張するには、公示が要ります。設問3と、同じ考え方です。判例を見ます。
判例最判昭和34年8月7日
立木所有権の留保 ……留保もまた物権変動の一場合と解すべきであるから、この場合には立木につき立木法による登記をするかまたは該留保を公示するに足る明認方法を講じない以上、第三者は全然立木についての所有権留保の事実を知るに由ないものであるから、右登記または明認方法を施さない限り、立木所有権の留保をもつてその地盤である土地の権利を取得した第三者に対抗し得ないものと解するを相当とする。
判旨は、留保も物権変動の一場合だ、と述べます。だから、立木法の登記か、留保を公示するに足る明認方法がなければ、土地の権利を取得した第三者に対抗できません。設問3で見たとおり、土地の登記は、杉の分も公示します。登記簿の上では、Dは杉ごとの持ち主に見えます。ですから、Dから杉ごと買って登記したCと、杉を残したAは、同じ杉をめぐる対抗関係に立ちます。では、あてはめます。
図:設問4のあてはめ——Aは留保を公示していない
Cは、AD間の土地の売買の当事者でも、包括承継人でもありません。Cは、5月20日に、Dから甲山林を杉ごと買って、登記を備えました。土地の権利を取得した者です。原則として、正当な利益があります。CはAD間の約束を知らなかったので、背信的悪意者の事情もありません。よって、Cは第三者にあたります。次に、Aは、留保を公示したでしょうか。Aは、杉に何の標示もせず、立木法の登記もしませんでした。留保を公示するに足る明認方法を、講じていません。ここが、公示が要る理由です。設問1から3と同じで、仮にAが明認方法を施していたとしても、Cが買った当時にも、その標示が存在していなければなりません。結論です。AはCに、留保をもって、杉の所有権を対抗できません。Aの請求は、認められません。
完成答案
図:完成答案① 第1 設問1——BのCに対する杉の所有権確認請求
ここまでを、答案の形にしました。動画を止めて、じっくり見てください。まず設問1です。立木だけの二重譲渡は、先に明認方法を備えたBが勝つ、という流れを確かめてください。
図:完成答案①(続き) 第1 設問1——BのCに対する杉の所有権確認請求
設問1の続きです。結論まで、通して読んでください。
図:完成答案② 第2 設問2——台風で明認方法が消えていた場合
設問2です。止めて見てください。明認方法を、Cが利害関係を取得した当時で見ている箇所を探してください。
図:完成答案②(続き) 第2 設問2——台風で明認方法が消えていた場合
設問2の続きです。結論まで、通して読んでください。
図:完成答案③ 第3 設問3——BのDに対する杉の所有権確認請求
設問3です。東斜面と西斜面で、結論が分かれる書き方を確かめてください。
図:完成答案③(続き) 第3 設問3——BのDに対する杉の所有権確認請求
設問3の続きです。結論まで、通して読んでください。
図:完成答案④ 第4 設問4——AのCに対する杉の所有権確認請求
設問4です。同じく、止めて見てください。売主が立木を残すときも、公示が要る、という点が書かれています。土地を買う人から見れば、杉は土地の一部にしか見えないからです。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ——設問1から4を、何の物権変動か、誰の対抗要件か、で仕分ける
まとめます。今日の物差しは、前の2回と同じです。「この人に、明認方法、つまり登記の代わりの公示の欠缺を、主張させてよいか」です。設問1。杉だけの二重譲渡です。Bは明認方法を備え、Cが買った当時にも存在しました。Bの勝ちです。設問2。台風で標示が消え、Cが買った当時には、何の標示もありませんでした。Bは、明認方法ありとして対抗できず、負けます。設問3。Bは杉だけを買い、対抗要件は明認方法。Dは土地ごと買い、対抗要件は登記。先後で決まります。標示のある東斜面はBの勝ち。標示のない西斜面はDの勝ちです。設問4。Aは杉を残しましたが、公示をしていません。土地を杉ごと買って登記を備えたCに、対抗できません。Aは負けます。
最初に言うのは、何についての物権変動か、です。立木だけなのか、土地ごとなのか。次に、誰が何の対抗要件を備えたか。立木だけなら明認方法、土地ごとなら登記です。最後に、それが、第三者が利害関係を取得した当時に、備わっていたかを見ます。明認方法は、備えるだけでは足りません。買う人が現れるときまで、保っておく必要があります。答案でこの順に書けるかを、確かめてください。
参照条文
- 民法177条
- 民法86条1項