民法ゼロから民法 論文

94条2項類推適用①(意思外形対応型・同視型)

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ゼロから民法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事例

【事例】3つの取引——登記簿の名義人から買ったCと、真の持ち主A 図:【事例】3つの取引——登記簿の名義人から買ったCと、真の持ち主A

本人の意思どおりに登記の外形ができたか、で分ける呼び名でした。今日は、対応型の2つと、そこから外れる場面を1つ、答案に書ける形にします。先に、今日の見どころを言います。登記簿の名前だけを見て買った買主が、守られる事例と、守られない事例があります。登記簿しか見ていない、という事情は同じです。それでも、結論が分かれます。分かれ目は、買主ではありません。真の持ち主が、その登記にどう関わったかです。その関わり方を、答案の中でどう拾うか。今日は、そこを練習します。事例は3つあります。どれも、同じ形です。真の持ち主がAで、登記簿には別の名義人がいます。その名義人から、買主のCが土地を買いました。あとから、AがCに「登記を消せ」と求めます。1つめは、Aが自分で他人の名義にした登記です。2つめは、弟が勝手に作った名義を、Aが知りながら放っておいた登記です。3つめは、Aが書類を全部預けて、他人が名義を移した登記です。細かい事実は、各設問で読みます。まず、3つに共通する出発点を確かめます。

日本の登記には、公信力がありません。登記簿に載っている名前を信じても、それだけでは持ち主になれないのです。表札にたとえます。表札に「山田」と出ていても、その家が山田さんのものとは限りません。登記簿の名前は、公式の表札のようなものですが、信じただけでは所有者になれない点は、表札と同じです。ですから、原則はこうなります。名義人が本当の持ち主でなければ、その人から買ったCも、所有権を取れません。Aの勝ちです。そこで出てくるのが、94条2項です。ただ、この条文は、そのままでは使えません。使えるかどうかの確かめ方から、設問1で見ます。

設問1

設問1の時系列——4月1日にAがB名義へ変更、9月10日にBがCへ売却して移転登記

設問1です。問題文を読みます。Aは、更地の甲土地を所有しています。時価は約3,000万円です。4月1日、Aは、取引先の銀行に資産があるように見せるため、甲土地の登記名義をB名義に移しました。Bの了解は得ていません。AB間に、売買などの事実はありません。9月10日、Bは、甲土地を自分のものとして、Cに代金3,000万円で売りました。Cは代金を支払い、同日に移転登記を受けました。Cは、B名義の登記を見て、Bが所有者だと信じて買いました。登記簿以外の調査は、していません。Aへの確認もしていません。AはCに対し、所有権に基づいて、移転登記の抹消を求めました。問いは2つです。AはCに、抹消登記を請求できるか。そして、Cの調査が登記簿だけだった点は、結論に影響するか。答案は、請求の根拠から始めます。Aは、所有権に基づく妨害排除請求として、抹消を求めています。認められるには、Aが甲土地の所有権を持っていることが必要です。

名義が変わっただけで、売買の事実はありません。Aは所有権を失っていません。Bは、9月10日の時点で、無権利者です。公信力が無いので、無権利者のBから買ったCも、原則として所有権を取れません。ここまでは、Aの勝ちです。そこから、Cを守れるか。94条を見ます。条文を、全文で読みます。

条文民法94条1項・2項

虚偽表示 第九十四条 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。 2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

1項は、相手方と通じてした虚偽の意思表示は無効、という定めです。2項は、その無効を、事情を知らない第三者には主張できない、という定めです。AとBが示し合わせて、売ったことにした場合が典型です。その場合に、事情を知らずに買ったCは守られます。本問は、どうでしょう。Aは、Bの了解を得ずに、登記を移しました。AとBは、通じていません。そもそも、AからBへの意思表示がありません。ですから、94条2項は、そのままでは使えません。直接適用できない。答案は、まずここを確かめます。直接は使えません。そこで、類推できないかを考えます。

類推の筋道——94条2項の趣旨、3つの条件、類推 図:類推の筋道——94条2項の趣旨、3つの条件、類推

類推とは、条文そのものには当たらなくても、同じ理由が当てはまる場面に、条文の考え方を広げることです。広げてよいかは、94条2項の趣旨に戻って決めます。この条文は、なぜ、事情を知らないCを守るのでしょうか。うその外観を作った責任が、本人にある。だから、それを信じた人を守る。これが趣旨です。外観とは、登記簿の見かけのことです。表札で言えば、自分で偽の表札を掛けた人は、それを信じた人に、あとから「あれは偽物だ」と言えない、ということです。大事なのは、「通じていたか」ではありません。「本人に責任があるか」です。ですから、条件は3つに整理できます。1つめ、虚偽の外観があること。2つめ、本人に帰責性があること。3つめ、その外観を信頼したこと。この3つがそろえば、通謀がなくても、94条2項を類推します。

帰責性とは、その外観ができたことについての、本人の責任です。自分で作った。知って放っておいた。不注意で作らせた。どれも、責任の形です。さて、設問1には、もう1つ引っかかる点があります。Bの承諾です。通謀なら、AとBの合意があります。でも本問のBは、何も知りません。判例があります。事案から言います。所有者が、自分の意思で、二男の名義を使って登記をしました。その名義人から買った人は、事情を知っていたので、所有者が勝ちました。問題は、その人からさらに買った人です。事情を知らなかったかどうかの審理が足りないとして、最高裁は、その部分を差し戻しました。判旨を読みます。

判例最判昭和45年7月24日 民集24巻7号1116頁

名義人の承諾が無い不実の登記 不動産の所有者が、他人にその所有権を帰せしめる意思がないのに、その承諾を得て、自己の意思に基づき、当該不動産につき右他人の所有名義の登記を経由したときは、所有者は、民法九四条二項の類推適用により、登記名義人に右不動産の所有権が移転していないことをもつて、善意の第三者に対抗することができないと解すべきことは、当裁判所の屡次の判例によつて判示されて来たところである(略)が、右登記について登記名義人の承諾のない場合においても、不実の登記の存在が真実の所有者の意思に基づくものである以上、右九四条二項の法意に照らし、同条項を類推適用すべきものと解するのが相当である。けだし、登記名義人の承諾の有無により、真実の所有者の意思に基づいて表示された所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護の程度に差等を設けるべき理由はないからである。

前半は、名義人の承諾を得て登記をした場合の話です。この場合に類推できることは、すでに判例が示してきました。後半が、今日の論点です。名義人の承諾がなくても、不実の登記が、本人の意思に基づくものである限り、類推できます。理由は、最後の1文です。承諾の有無で、第三者の保護に差をつける理由がない。Cの立場で考えてください。登記簿に、Bの名前が載っています。その名前が、Bの承諾つきで載ったのか、Bに黙って載ったのか。Cには見えません。見えない違いで、守る守らないを分けるのは、筋が通りません。一方で、他人が作った登記は、この判例の外です。それは、設問2と設問3で見ます。

設問1のあてはめ——虚偽の外観、帰責性、外観への信頼に事実を当てる 図:設問1のあてはめ——虚偽の外観、帰責性、外観への信頼に事実を当てる

あてはめます。1つめ、虚偽の外観です。拾う事実は、4月1日にB名義の登記がされたこと、そして、AB間に売買などの事実がないことです。実体に合わない登記ですから、虚偽の外観があります。2つめ、本人の帰責性です。拾う事実は3つ。B名義に移したのは、A自身であること。目的は、銀行に資産があるように見せることだったこと。Bの了解は得ていないこと。評価します。この登記は、Aが自分の意思で作った外観です。通謀して作った場合と、責任の重さは変わりません。Bの了解がないことは、先ほどの判例の理由からすれば、責任を軽くしません。3つめ、外観への信頼です。拾う事実は、CがB名義の登記を見て、Bが所有者だと信じたことです。Cは、Bから買った人で、94条2項の「第三者」にあたります。登記が不実だとは知らなかったので、善意でもあります。

善意で足りる理由——自分で作った本人は通謀した本人と責任が同じ、悪意なら守られない

それでも、守られます。この場面では、善意であれば足りて、過失の有無は問いません。理由は、Aの責任の重さです。自分で外観を作った本人は、通謀して作った本人と、責任が同じです。直接適用される場面と、本人の責任に違いがありません。ですから、第三者に求めるものも、直接適用と同じ、善意だけでよいのです。境界のすぐ外も見ます。もしCが、AがB名義にしたのは見せかけだと知って買っていたら、どうでしょう。知っているなら、悪意ですね。守られない気がします。分かれ目は、調査をしたかどうかではなく、知っていたかどうかです。結論です。AはCに対し、Bが所有権を取得していないことを、対抗できません。Cは甲土地の所有権を取得し、Aの請求は認められません。ここで、問いです。もしCが、甲土地を相場よりかなり安く買っていて、しかも登記簿しか見ていなかったとしたら、結論は同じでしょうか。考えてみてください。答え合わせです。同じです。善意である限り、安く買ったことも、調査不足も、結論を変えません。この答えを、頭の隅に置いておいてください。設問3で、反対の結論になる場面が出てきます。

設問2

設問2の時系列——3月5日にAが登記に気づく、10月3日にDがCへ売却して移転登記

設問2です。問題文を読みます。Aは、亡くなった父から、乙土地を、ただ一人の相続人として相続しました。A名義の登記も済んでいます。Aの弟のDは、Aに無断で、Aの実印と必要書類を持ち出しました。そして、乙土地をAからDに売ったことにして、D名義の所有権移転登記をしました。AD間に、売買はありません。3月5日、Aは登記簿を見て、乙土地がD名義になっていることに気づきました。ところがAは、「面倒だ」と考えて、Dにも法務局にも何も言わず、抹消の手続もしないまま、放置しました。Dは、そのまま、乙土地の固定資産税をD名義で納め続けました。Aも、それを知りながら、何も言いませんでした。10月3日、Dは乙土地を、時価相当の代金でCに売りました。Cは、同日に移転登記を受けました。Cは、登記簿のD名義を信じて買っています。AはCに対し、所有権に基づいて、移転登記の抹消を求めました。問いは、AはCに抹消登記を請求できるか。変形は、あとで読みます。設問1と、決定的に違う点があります。外観を作ったのは、Aではありません。弟のDです。

何もしていないAに対して、Cが勝てる可能性があるのか。そこが、この設問の問いです。表札で言います。他人が、無断で、あなたの家の門に偽の表札を掛けました。あなたは気づきました。ところが、「面倒だ」と思って、外さずに、何か月もそのままにしました。この場合、「私は掛けていません」と言い切れるでしょうか。掛けたのは別の人ですけど、外せたのに外さなかったのは、私ですね。外さずにいたことは、その表札を認めていることと、同じに見えます。これが、承認という考え方です。答案は、設問1と同じ入口から入ります。AからDへの売買はありません。乙土地は、父から相続したAのものです。Dは無権利者で、登記に公信力はありませんから、Dから買ったCも、原則として所有権を取れません。AD間に通謀はなく、虚偽の意思表示もありません。94条2項は、直接適用できません。しかも、Aは外観を作ってもいません。そこで、Aが外観を知りながら放置した場合に、類推できないかを考えます。ここで、少し思い出してみましょう。解説の動画で見た内容です。94条2項の「第三者」とは、どんな人のことでしたか?

不実の登記の当事者と、その包括承継人以外の人で、その不動産に利害関係を持った人です。この事例では、買主のCがあたります。

問題提起と規範——他人が無断で作った不実の登記も、知りながら存続を承認したなら94条2項を類推

問いを立てます。他人が無断で作った不実の登記を、本人が知りながら放置していたとき、買主のCは保護されないか。

⭐ 論文で書く規範:不実登記の承認と94条2項の類推適用 ある不動産につき不実の所有権移転登記がされたとしても、所有者の意思表示がない限り、その不動産の所有権は移転しない。 また、虚偽の意思表示も事前の通謀もない以上、94条2項を直接適用することはできない。 しかし、不実の登記に対する真の権利者の承認が、登記経由の前に与えられたか後に与えられたかによって、虚偽の外観を信頼した第三者の保護に差をつける理由はない。 そこで、所有者に無断で不実の所有権移転登記がされた場合でも、所有者が不実の登記のされていることを知りながら、これを存続せしめることを明示又は黙示に承認していたときは、94条2項を類推適用し、所有者は、登記名義人が所有権を取得していないことをもって善意の第三者に対抗することができないと解する。 (規範(最判昭45・9・22))

順に見ます。最初の2文は、前提です。答案の入口で確かめたことと同じです。3文目が、理由です。登記の前に承認があるとは、本人があらかじめ了解して、名義を移させる場面です。本人の意思でできた外観ですから、類推できます。承認が登記のあとでも、外観を信じた第三者から見れば、違いはありません。だから差をつけない、という考え方です。設問1の判例と、同じ形の理由です。承諾の有無で差をつける理由がない。ここは、承認の時期で差をつける理由がない。どちらも、信じた人から見て違いのないものを、分けないということです。4文目が、要件です。所有者が、不実の登記のされていることを知りながら、存続を明示または黙示に承認していたとき、類推します。

はっきり口に出していなくても、態度から、受け入れていると言えることです。何も言わずに受け入れていたこと、と考えてください。

⭐ 論文で書く規範:承認があった場合の第三者の要件 ここで「第三者」とは、不実の登記の当事者又はその包括承継人以外の者であって、不実の登記のされた不動産について利害関係を有するに至った者をいい、「善意」とは、利害関係を有するに至った時点で登記が不実であることを知らなかったことをいう。 そして、所有者は事後的にせよ虚偽の外観全体に承認を与えており、直接適用の場面と比べて所有者を保護する必要性に違いはないから、第三者は善意であれば足りる。 また、虚偽の外観を事後的に承認した所有者と第三者とは対抗関係に立たず、所有者の帰責性は非常に大きいから、第三者が登記を備える必要はない。 (規範(参考:最判昭45・9・22))

1文目は、先ほど思い出した、第三者と善意の意味です。2文目と3文目が、結論です。第三者は、善意であれば足ります。そして、登記を備える必要はありません。理由は、あてはめの中で見ます。判例の事案も言います。所有者は、実印を勝手に使われて作られた不実の登記を、直後に知りました。ところが、経費の都合で、抹消を見送りました。その後も、その名義のまま、自分の借金の担保として、根抵当権の登記までしています。期間は4年余りです。最高裁は、これを承認にあたるとして、類推できると判断しました。

黙示の承認——拾う事実と評価を並べる 図:黙示の承認——拾う事実と評価を並べる

あてはめます。1つめの要件、知っていたことから、拾う事実は、3月5日に、Aが登記簿を見て、乙土地がD名義になっているのに気づいたことです。AD間に売買はありませんから、この登記は不実です。Aは、遅くとも3月5日には、不実の登記を知っていました。2つめ、黙示の承認です。ここが、この設問の山場です。拾う事実は、5つあります。気づいたのが3月5日であること。「面倒だ」という理由で、何もしなかったこと。Dにも法務局にも、何も言わなかったこと。10月3日まで、約7か月、そのままだったこと。そして、Dが名義人として固定資産税を納め続けるのを、知りながら黙っていたことです。評価します。Aは、抹消を求めることが、いつでもできました。抹消できない事情は、ありません。それなのに、「面倒だ」という消極的な理由で、何もしませんでした。さらに、Dの納税を黙って見ていました。これは、Dを乙土地の所有者として扱うことを、受け入れていたということです。

判例の4年余りに比べれば、7か月は短いです。ですから、期間の長さだけで決めてはいけません。見るのは、抹消できたのに、積極的な理由なく放置を続けたか。そして、名義人を所有者として扱うのを、受け入れたか。本問は、その両方が言えます。ですから、Aは、不実の登記が存続することを、黙示に承認していた、と言えます。境界のすぐ外も見ます。もしAが、3月5日に気づいてすぐ、Dに抹消を求め、法務局にも相談していたら、どうでしょう。その間にDがCに売ったとしても、Aは存続を受け入れていません。承認とは言えなくなります。同じ「気づいていた」でも、受け入れたのか、拒んだのか。そこで分かれます。

第三者の善意——善意で足り、無過失は要らない 図:第三者の善意——善意で足り、無過失は要らない

3つめ、第三者の善意です。Cは、D名義の登記を見て、Dが所有者だと信じて買いました。登記が不実だとは、知りませんでした。善意の第三者です。善意で足ります。Aは、あとからではありますが、不実の登記という外観の全体を、承認しています。直接適用の場面と比べて、Aを守る必要性に違いがないからです。全体、というのは、一部だけではない、ということです。仮登記だけを認めたのに、本登記まで作られた場面なら、本人が受け入れたのは一部です。設問2のAは、D名義の登記そのものを受け入れています。最後に、登記です。Cは、10月3日に、移転登記を受けています。ただ、Cが登記を備えている必要は、ありません。

登記が要らない理由——二重譲渡と違い、AとCは取り合う関係に立たない 図:登記が要らない理由——二重譲渡と違い、AとCは取り合う関係に立たない

理由は2つです。1つめ。登記で勝ち負けが決まるのは、同じ物を取り合う関係の場合です。AがBにもCにも土地を売った二重譲渡なら、先に登記を備えたほうが勝ちます。本問のAは、Cに何も売っていません。AとCは、取り合う関係にありません。Aは、Dが持ち主でないことを、Cに言えない立場にあるだけです。登記で順位を決める場面では、ありません。2つめ。承認したAの責任は、非常に大きいです。登記まで備えなければ守らない、とまで言って、Aを守る理由がありません。ここで、変形です。Cが、10月3日の売買の時点で、まだ移転登記を受けていなかったとします。AがCに、乙土地の所有権の確認を求めたら、どうでしょう。今の理由のとおりです。Cは、登記がなくても保護されます。Aの請求は、認められません。本問の結論です。AはCに対し、Dが所有権を取得していないことを、対抗できません。Aは、Cに抹消登記を請求できません。

設問3

設問3の時系列——6月1日に登記識別情報を預ける、8月20日に実印と印鑑登録証明書、9月5日に登記、11月20日に売却

設問3です。この設問が、答案の差がつくところです。問題文を読みます。Aは78歳です。丙土地を所有していて、10年以上、その駐車場の収入を得ています。不動産取引の経験は、乏しいです。丙土地の時価は、約3,000万円です。Aは、数年来、駐車場の貸し出しの手配と、賃料の管理を、知人のBに任せていました。6月1日、Bは「駐車場の契約更新の手続に要る」と言って、丙土地の登記識別情報を預けるよう求めました。Aは、使い道を尋ねないままBに預け、返してもらおうともしませんでした。登記識別情報は、名義を移す登記の申請で、登記名義人本人の申請だと確かめるために使う情報です。あとで読む判例に出てくる登記済証と、同じ役割のものです。8月20日、Bは「更新の書類にまとめて実印が要る」と言って、書類の束を示しました。Aは、どんな書類かも尋ねず、中身も読まないまま、言われるとおり、3通に実印を押しました。そのうちの1通が、丙土地をAからBに売り渡す旨の登記申請書でした。同じ日、Bに頼まれて、印鑑登録証明書も1通、Bに渡しました。9月5日、Bは、これらを使って、「9月4日売買」を原因とする、AからBへの所有権移転登記をしました。売買の事実はありません。Aは、この登記がされたことを知りませんでした。11月20日、BはCに、丙土地を代金3,000万円で売りました。時価相当です。Cは代金を支払い、同日に移転登記を受けました。Cは、登記簿でB名義を確認して買いました。不審な点は、何も感じませんでした。

AはCに対し、所有権に基づいて、移転登記の抹消を求めました。問いは、AはCに抹消登記を請求できるか。変形は、あとで読みます。型の確認です。この登記を作ったのは、Bです。Aは申請していません。そして、登記されたことも、知りませんでした。設問1の「自分で作った」にも、設問2の「知って放置した」にも、あたりません。作っても知ってもいないのだから、Aに責任はなくCは守られない、と思えます。ただ、Aは、書類を全部渡していました。それでも、責任は軽いと言えるか。ここが、今日の問いです。規範を見る前に、もう1つ、道具が要ります。110条です。ここで、少し思い出してみましょう。表見代理で見た、110条の「正当な理由」は、相手方のどんな落ち度の無さを指していましたか?

代理権があると信じたことに、落ち度がないこと、つまり、無過失でした。その考え方を借ります。条文を、全文で読みます。

条文民法110条

権限外の行為の表見代理 第百十条 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

110条は、本来、代理人が権限を超えて行為した場合の条文です。本問は、代理ではありません。借りるのは、考え方です。本人が任せた範囲を超えて、他人が動いた。そのとき、相手方を守るのは、相手方が落ち度なく信じたときだけにする。この「落ち度なく信じた」を、今日の場面にも使います。

問題提起と規範——帰責性が重ければ94条2項に110条を重ねて類推し、善意かつ無過失を求める

問いを立てます。Cは、B名義の登記を信じて買っています。AB間に通謀はなく、94条2項は直接使えません。類推できるでしょうか。

⭐ 論文で書く規範:94条2項・110条の類推適用 この点、94条2項の趣旨は、本人の帰責性のもとに虚偽の外観が作出され、それを信頼して取引に入った者を保護する点にある。 そこで、①虚偽の外観、②本人の帰責性、③外観への信頼がある場合には、94条2項を類推適用すべきと考える。 そして、本人が虚偽の外観の作出に関与していないとしても、その帰責性の程度が、自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視しうるほど重いときは、94条2項に加えて110条を類推適用し、外観に対する信頼があるというためには善意かつ無過失であることを要すると考える。 (規範(参考:最判平18・2・23))

前半の2文は、設問1で見た枠組みです。外観、帰責性、信頼。この3つがそろえば、類推します。3文目が、新しい部分です。本人が外観を作るのに関わっていなくても、その帰責性が、自分で外観を作った場合や、知りながらあえて放置した場合と並べられるほど重ければ、110条も類推します。そして、第三者には、善意かつ無過失を求めます。知って放置した場合は、設問2の型です。110条を重ねる対象ではなく、比べる相手です。自分で作った設問1も同じで、どちらも94条2項だけで、善意で足ります。3文目を答案で使うのは、そのどちらでもない場面です。本問のように、本人は作っておらず、知りもしなかったのに、その2つと並べられるほど重い場合です。このあと読む判旨でも、同じ2つが、比べる相手として出てきます。

その2つと並べられるほど重い、と見ることです。94条2項を使ってよいだけの責任がある、という意味です。では、なぜ、無過失まで求めるのか。Aは、外観を作っていませんし、知ってもいません。ですから、受け入れてもいません。94条2項を使えるだけの重さはあっても、外観を自分で作った設問1や、受け入れた設問2の本人と同じだ、とまでは言えないのです。その差の分、第三者に求めるものを重くして、釣り合いを取ります。それが、110条を借りる理由です。判例の事案も言います。所有者は、不動産の賃貸の手配などを、ある人に任せていました。その人に、登記済証を、理由なく預けて、放置しました。印鑑登録証明書も渡しました。売買契約書には、言われるまま署名押印しました。実印を渡して、登記申請書に押させるのも、漫然と見ていました。判旨を読みます。

判例最判平成18年2月23日 民集60巻2号546頁

同視しうるほど重い帰責性 そうすると,甲が本件不動産の登記済証,上告人の印鑑登録証明書及び上告人を申請者とする登記申請書を用いて本件登記手続をすることができたのは,上記のような上告人の余りにも不注意な行為によるものであり,甲によって虚偽の外観(不実の登記)が作出されたことについての上告人の帰責性の程度は,自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重いものというべきである。そして,前記確定事実によれば,被上告人は,甲が所有者であるとの外観を信じ,また,そのように信ずることについて過失がなかったというのであるから,民法94条2項,110条の類推適用により,上告人は,甲が本件不動産の所有権を取得していないことを被上告人に対し主張することができないものと解するのが相当である。

上告人が所有者のAにあたり、被上告人が買主のCにあたります。甲は、登記を作った人です。手がかりにしたいのは、判決が、帰責性をどう拾ったかです。登記済証を預けて、放置した。印鑑登録証明書を渡した。署名押印した。そして、勝手に処分されかねない状況を生じさせていたのに、顧みなかった。事実を並べて、最後に、状況を自分で作った、という評価につなげています。ただし、判例の事案と本問は、同じではありません。賃貸の手配を任せていた点は似ています。でも判例は、売買契約書に署名押印しています。本問のAは、売買契約書ではなく、「更新の書類」と言われて、中身を見ずに実印を押しました。細部が違いますから、判例の結論をそのまま借りてはいけません。本問のAの事実で、重さを言い切る必要があります。

帰責性の事実の拾い方——重くする事実と軽くする事実を並べて、同視しうるかを判断する

あてはめます。1つめ、虚偽の外観です。9月5日に、「9月4日売買」を原因とする、AからBへの移転登記がされています。売買の事実はありません。虚偽の外観があります。2つめ、本人の帰責性です。ここが、この設問の核心です。まず、関与の有無を確かめます。Aは、9月5日の登記を自分で申請していません。登記されたことも、知りませんでした。ですから、作出に関与したとも、知りながら放置したとも、言えません。そこで、同視しうるほど重いかを、検討します。拾う事実は、3つです。1つめ、預けた。6月1日に、登記識別情報を、使い道を尋ねないままBに預けて、返してもらおうともしなかったこと。2つめ、押した。8月20日に、どんな書類かも尋ねず、中身も読まず、3通に実印を押したこと。そのうちの1通が、登記申請書だったこと。3つめ、渡した。同じ日に、頼まれるまま、印鑑登録証明書もBに渡したこと。評価します。登記識別情報、実印の押された登記申請書、印鑑登録証明書。この3つがそろえば、他人が登記の名義を移せます。Aは、その3つを全部、Bの手に渡しました。しかも、使い道も中身も、一度も確かめていません。表札で言えば、偽の表札を掛けるための道具を、使い道も聞かずに、全部渡してしまったのと同じです。これは、Bによって丙土地が勝手に処分されかねない状況を、Aが自分で作った、ということです。

Aは78歳で、取引の経験もほとんどありません。「契約更新の手続」と、もっともらしく言われています。大事な指摘です。それは、帰責性を軽くする方向の事実です。答案は、そこにも触れます。そのうえで、なお重いと言い切ります。Aは、10年以上、丙土地から収入を得てきた所有者です。自分の土地の登記識別情報、実印、印鑑登録証明書が、大事な書類だということは、分かるはずです。そして、使い道を一度尋ねれば、防げました。尋ねるだけで防げたのに、尋ねなかった。ここが、決め手です。ですから、Bが登記を移せたのは、Aの余りにも不注意な行為によるものです。帰責性は、知りながら放置した場合と、同視しうるほど重いと言えます。

外観への信頼——善意かつ無過失を、代金、確認の方法、不審の有無で見る 図:外観への信頼——善意かつ無過失を、代金、確認の方法、不審の有無で見る

3つめ、外観への信頼です。今回は、善意に加えて、無過失も要ります。拾う事実は、Cが登記簿でB名義を確認して買ったこと、代金が時価相当の3,000万円だったこと、不審な点を何も感じなかったことです。評価します。Cは、登記が不実だとは知りませんでした。善意です。そして、安すぎる値段も、不自然な事情もなく、Bの所有権を疑うべき事情がありません。疑うべき事情を、見落としていません。無過失です。ですから、3つの条件がそろいます。94条2項に加えて、110条が類推されます。結論です。AはCに対し、Bが丙土地の所有権を取得していないことを、主張できません。AはCに、抹消登記を請求できません。

変形の対比——本問と変形を、Cの代金、売却までの期間、不審の有無、結論で並べる 図:変形の対比——本問と変形を、Cの代金、売却までの期間、不審の有無、結論で並べる

ここから、変形です。Cが、代金を時価の約3分の2の、2,000万円にしていたとします。しかも、B名義になってから、わずか2か月余りで売りに出されていました。Cは、それを不審に思いながら、登記簿を見ただけで、AにもBにも確認せずに買いました。結論は、変わるでしょうか。考えてみてください。答え合わせです。変わるのは、Cの無過失です。安い代金と、名義が変わった直後だという事情は、Bが本当の所有者ではないかもしれない、と疑わせます。不審に思っていたのに、確認しなかった。ですから、Cには過失があります。Cは、善意ではありますが、無過失ではありません。94条2項と110条の類推では、保護されません。AはCに、抹消登記を請求できます。ここで、もう1つの問いです。同じように登記簿しか見ていないCが、設問1では守られました。設問3の変形では、守られませんでした。その差は、どこから来るのでしょう。考えてみてください。

差は、Aの関わり方の重さです。設問1のAは、自分で外観を作りました。責任が重いので、Cには善意だけを求めました。設問3のAは、不注意で作らせたにとどまります。責任が軽い分、Cには無過失まで求めました。

三つの型の仕分け

仕分け——本人の関わり方、類推の根拠、第三者に求めるものを3行で対応させる 図:仕分け——本人の関わり方、類推の根拠、第三者に求めるものを3行で対応させる

3つの設問を、1枚の図にします。左が、本人の関わり方です。自分で作った。他人が作ったのを知って放置した。不注意で作らせた。真ん中が、類推の根拠です。上の2つは、94条2項だけです。3つめは、94条2項に110条を加えます。右が、第三者に求めるものです。上の2つは、善意で足ります。3つめは、善意かつ無過失が要ります。上の2つは、意思外形対応型です。設問1は、本人が自分の意思で外形を作りました。解説の動画の、自己作出型です。設問2は、外形を作ったのは他人でも、本人が存続を受け入れたので、あとから本人の意思が外形に結びつきました。他人作出の承認・放置の型です。3つめは、本人が外形を知らず、受け入れてもいません。意思と外形は、対応していません。それでも、不注意が、知って放置したのと並べられるほど重い。この型を、同視型と呼びます。解説の動画では、非対応型の仲間として見た型です。

迷ったら、本人がその外観にどう関わったかを、まず事実から拾ってください。

完成答案

完成答案① 第1 設問1——AのCに対する登記抹消請求 図:完成答案① 第1 設問1——AのCに対する登記抹消請求

ここまでを、答案の形にしました。動画を止めて、見てみてください。まず設問1です。

完成答案①(続き) 第1 設問1——AのCに対する登記抹消請求 図:完成答案①(続き) 第1 設問1——AのCに対する登記抹消請求

設問1の続きです。調査が登記簿だけだった点を、どう処理しているかを確かめてください。

完成答案② 第2 設問2——AのCに対する登記抹消請求 図:完成答案② 第2 設問2——AのCに対する登記抹消請求

設問2です。止めて見てください。

完成答案②(続き) 第2 設問2——AのCに対する登記抹消請求 図:完成答案②(続き) 第2 設問2——AのCに対する登記抹消請求

設問2の続きです。黙示の承認が、どの事実を拾っているかを確かめてください。

完成答案②(続き) 第2 設問2——AのCに対する登記抹消請求と変形 図:完成答案②(続き) 第2 設問2——AのCに対する登記抹消請求と変形

設問2の最後です。登記の要否と、変形の結論を確かめてください。

完成答案③ 第3 設問3——AのCに対する登記抹消請求 図:完成答案③ 第3 設問3——AのCに対する登記抹消請求

設問3です。同じく、止めて見てください。

完成答案③(続き) 第3 設問3——AのCに対する登記抹消請求 図:完成答案③(続き) 第3 設問3——AのCに対する登記抹消請求

設問3の続きです。帰責性が、事実、評価、結論の順に書かれているかを確かめてください。

完成答案③(続き) 第3 設問3——AのCに対する登記抹消請求 図:完成答案③(続き) 第3 設問3——AのCに対する登記抹消請求

設問3の最後です。外観への信頼と、結論を確かめてください。

完成答案③(続き) 第3 設問3——変形(Cに過失がある場合) 図:完成答案③(続き) 第3 設問3——変形(Cに過失がある場合)

変形です。結論が反対になる理由を、確かめてください。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ——3つの設問を、本人の関わり方、決め手、結論で仕分ける 図:今日のまとめ——3つの設問を、本人の関わり方、決め手、結論で仕分ける

まとめます。登記簿しか見ていない買主が、守られたり守られなかったりしたのは、ばらばらではありませんでした。設問1は、Aが自分で外観を作りました。決め手は、通謀した場合と責任が同じことです。Cは善意で足り、Aの請求は認められません。設問2は、Aが知りながら放置しました。決め手は、抹消できたのに放置し、Dを所有者として扱うのを受け入れたことです。Cは善意で足り、登記も要りません。Aの請求は認められません。設問3は、Aが不注意で作らせました。決め手は、預けた、押した、渡した、そして一度も確かめなかったことです。善意かつ無過失が要り、本問のCは満たしました。変形では満たさず、Aの請求が認められます。ここまでは、Aが外観を自分で作るか、知っていたか、不注意が重かった場合でした。では、Aが一度は承認した外観を、Bが勝手に超えて、別の外観を作ったらどうでしょう。解説の動画で、110条と同じ形だと見た、非対応型です。また、Aの不注意がもっと軽かったらどうでしょう。続きの動画で、見ていきましょう。

参照条文

  • 民法94条1項・2項
  • 民法110条

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