簡裁か、地裁か——事物管轄と訴額の算定
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第1章 訴訟の開始 ⑬/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
事物管轄——140万円という基準
図:事物管轄の基本形
- 訴額が分かれ目
- 140万円を超えない→簡裁
- 超える→地裁
- ボード
事件をどちらが担当するかは、訴額——訴訟の目的の価額で決まります。まず、条文を見てみましょう。
条文裁判所法33条1項1号
裁判所法第33条1項1号(簡易裁判所の事物管轄) 第三十三条 簡易裁判所は、次の事項について第一審の裁判権を有する。 一 訴訟の目的の価額が百四十万円を超えない請求(行政事件訴訟に係る請求を除く。)
前回の裁判権は、日本の裁判所全体の力のことでした。33条は同じ言葉を使っていますが——ここで決めているのは、簡裁と地裁のどちらが担当するか。前回の言い方なら、管轄の話です。訴額が140万円を超えなければ、担当は簡易裁判所になります。それ以外は、地方裁判所の事物管轄になります。条文は「超えない」請求、と書いてあります。140万円ちょうどは、140万円を超えていません。だから、140万円ちょうどの事件も、簡易裁判所です。数字の丸暗記より、大事な質問をしましょう。実は、数字そのものより、背景にある考え方が大事です。
図:簡裁と地裁のトレードオフ
- 簡裁=簡易・迅速
- 地裁=慎重な審理
- 140万円は事件の重さを測る代理指標
- ボード
簡易裁判所は、簡易・迅速な手続で、少額・定型的な紛争を、早く安く解決する窓口です。一方の地方裁判所は、法曹資格を持つ裁判官による、慎重な事実認定と法律判断を行います。思い出せますか。裁判官が1人か、3人か、という話でした。合議制と単独制も、事物管轄も、まったく同じ発想です。金額の大小は、事件の軽い・重いを測る、代理の指標にすぎません。よく理解していますね。
自庁処理と不動産の競合管轄——140万円という基準の2つの例外
図:金額だけでは測れない場合がある
- 複雑さは金額に出ない
- 不動産は少額でも権利関係が複雑
- ボード
ただ、金額だけで機械的に線を引くと、不都合が出ることがあります。たとえば、Mの135万円の請求は、金額だけ見れば簡易裁判所です。でも、K社が「契約解釈をめぐる、専門的な争いだ」と主張したとします。激しく争う姿勢を見せた場合を考えてみましょう。金額だけでは、事件の複雑さまでは測りきれません。そこで、Mが最初から地方裁判所に、訴えを起こした場合を考えましょう。
条文民事訴訟法16条2項
民事訴訟法第16条2項(自庁処理) 2 地方裁判所は、訴訟がその管轄区域内の簡易裁判所の管轄に属する場合においても、相当と認めるときは、前項の規定にかかわらず、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部について自ら審理及び裁判をすることができる。ただし、訴訟がその簡易裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属する場合は、この限りでない。
本来なら簡裁が担当する事件——前回の言い方なら、移送される場面です。条文の「前項の規定にかかわらず」が、その移送の原則を指しています。これを自庁処理と呼びます。形式的な金額基準の、逃げ道になっている規定です。地裁が「自分たちで審理するのが相当だ」と認めれば、そのまま審理できます。ただし書にも、注意してください。この規定は、簡裁の専属管轄の事件には及びません。詳しくは別の回で扱いますが、法律で簡裁だけに決められた事件、と考えてください。もう1つ、金額だけでは測れない場合があります。不動産に関する事件です。
図:不動産に関する事件の競合管轄
- 訴額140万円以下でも簡裁・地裁どちらにも提起できる
- 裁判所法24条1号が根拠
- ボード
訴額140万円以下の不動産の事件は、簡裁と地裁の競合管轄になります。どちらの裁判所にも、訴えを起こせる、ということです。不動産の権利関係は、金額が小さくても、複雑になりやすいからです。誰の所有か、どこまでが自分の土地か、ほかに権利を持つ人がいないか。調べることは、金額の大小と関係なく増えていきます。根拠は、裁判所法24条1号にあります。この条文は、140万円を超える請求とあわせて——140万円以下でも不動産に関する訴訟を、地裁の第一審に含めています。金額という1つの物差しだけに頼らない、もう1つの手当てです。
訴額の算定——原則と、測れない請求のみなし規定
図:訴額の算定原則
- 原告が直接得る経済的利益
- 金銭給付はその金額
- 登記請求は目的不動産の評価額に基づいて算定
- ボード
では、その「140万円」を、どう測るかという話に入ります。ここが、今日いちばん手を動かして理解してほしいところです。まず、原則です。訴額は、その訴えで原告が手に入れようとしている利益を、お金に換算した金額です。この金額を、訴訟物の価額、または訴額と呼びます。判決の組み立ての1段目に出てきた言葉です。結局、何を求めているのか——訴えの中身のことですね。中身そのものの議論は別の回で扱います。今日測るのは、その中身に付く値段です。その主張が通ったときに、原告の手元へ直接入ってくる経済的な価値、と考えてください。
金銭の支払を求める請求は、その金額そのものが訴額になります。ちなみに、登記を求める請求なら、目的になる不動産の評価額が訴額になります。では、金額に評価できない請求を考えてみましょう。
条文民事訴訟法8条
民事訴訟法第8条(訴訟の目的の価額の算定) 第八条 裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)の規定により管轄が訴訟の目的の価額により定まるときは、その価額は、訴えで主張する利益によって算定する。 2 前項の価額を算定することができないとき、又は極めて困難であるときは、その価額は百四十万円を超えるものとみなす。
ここは、絶対に取り違えないでください。「超えるものとみなす」は、簡裁ではありません。140万円を超えるとみなされる、ということは——地方裁判所の管轄になる、ということです。金額で測れないなら軽く扱ってよさそうに見えますが、そこが、いちばんの落とし穴です。金額で測れない、ということは、軽い、という意味ではありません。物差しが答えを出さなかっただけで、「軽い」という答えが出たわけではありません。だから制度は、物差しが働かない場合を、慎重な側に倒しています。身分上の法律関係や、差止めを求める争いは、法的な重みが軽視できないことが多いんです。だからこそ、簡易な手続には落とさず、あえて地裁で扱う、という制度設計です。
図:「みなす」の向き
- 測れないことは「軽い」の証拠ではない→慎重な側=地裁に倒す
- 差止め請求の具体例ボード
具体例で確認しましょう。契約終了後もK社がデザインを無断で使い続けている、とします。Mが、使用の差止めを求める場合を考えてください。差止請求は、金銭に評価できません。だから140万円を超えるものとみなされ、地方裁判所の管轄になります。ここで、1つ注意してください。すべての「お金では測りにくそうな請求」が、こうなるわけではありません。たとえば、登記手続を求める請求は、一見お金の話に見えないかもしれません。登記請求は、実は目的物の評価額で、測ることができます。だから、8条2項のみなす規定は、適用されません。原則どおり、評価額で判断します。
ここまでが、1つの請求の測り方でした。
訴額の算定——合算と、いちばんの落とし穴
図:複数の請求をするとき(原則は合算/主張する利益が共通なら合算しない)ボード
次に、1つの訴えで、複数の請求をする場合を見ましょう。
条文民事訴訟法9条
民事訴訟法第9条(併合請求の場合の価額の算定) 第九条 一の訴えで数個の請求をする場合には、その価額を合算したものを訴訟の目的の価額とする。ただし、その訴えで主張する利益が各請求について共通である場合におけるその各請求については、この限りでない。 2 果実、損害賠償、違約金又は費用の請求が訴訟の附帯の目的であるときは、その価額は、訴訟の目的の価額に算入しない。
1項が、原則です。複数の請求をするなら、価額を合算するのが基本です。ただし書もあります。主張する利益が各請求で共通なら、合算しません。主位的請求と予備的請求のように、同じ利益を別の言い方で主張しているだけの場合です。本命の主張と、それが認められなかったときの控えの主張、という関係です。ここは深追いせず、まず原則を押さえましょう。Mの例で考えましょう。デザイン料135万円に加えて、K社がデザインを無断で改変した分の——損害賠償20万円も、一緒に請求するとします。この2つは、それぞれ別個・独立した権利にもとづく請求です。だから、合算します。デザイン料135万円と、改変の損害賠償20万円を足して——合算して155万円です。
図:クライマックスの罠(元本と利息のように、合算しない請求もある)ボード
では、ここで質問です。デザイン料135万円に、支払遅延の遅延損害金8万円を足したら——簡易裁判所と地方裁判所、どちらになるでしょうか?143万円だから地裁、と答えたくなるところが、この回でいちばんの落とし穴です。9条2項を見てください。果実、損害賠償、違約金、費用の請求が、訴訟の附帯の目的であるとき——その価額は、算入しません。講学上は、「主従関係にある請求」と呼ばれます。元本と、利息の関係のようなものです。遅延損害金は、あくまで元本の支払が遅れたことへの、付随的な請求です。独立した権利ではなく、主たる請求におまけとして付いてくるものです。だから、合算しません。
訴額は135万円のまま。事件は、簡易裁判所の管轄です。ここを取り違えると、間違った裁判所に訴えを起こしてしまいます。
図:合算する請求としない請求の違い
- 改変の損害賠償20万円は独立した権利だから合算
- 遅延損害金8万円は元本に附帯するだけだから不算入
- ボード
さっきの、デザイン改変の損害賠償20万円と、比べてみてください。改変の損害賠償は、元本が無くても成り立つ別の権利。遅延損害金は、元本があってはじめて生まれる請求です。独立した請求か、付随するだけの請求か——ここが、境界線です。気をつけてください。9条2項に「損害賠償」とあっても、名前では決まりません。分かれ目は、主たる請求が無くなっても残る権利かどうか、です。数字をそのまま当てはめない——今日の一点は、ここです。
4つの変化形、1枚にまとめる
図:M×K社135万円の4つの行き先
- 合算155万円→地裁
- 不算入135万円→簡裁
- 差止めみなし→地裁
- 自庁処理→地裁
- ボード
ここまでの4つのパターンを、1枚にまとめておきましょう。デザイン料135万円だけなら、簡易裁判所です。改変の損害賠償20万円を足すと、合算して155万円、地方裁判所です。遅延損害金8万円を足しても、合算せず135万円のまま、簡易裁判所です。使用差止めを求めると、金額に評価できず、地方裁判所です。K社が激しく争う姿勢を見せ、Mが最初から地裁に訴えれば——地裁が相当と認める限り、そのまま地方裁判所で審理できます。同じ最初の135万円の相談だったのに、請求の中身しだいで、行き先が変わりました。
今日のまとめ
図:今日のまとめ
- 140万円という代理指標
- 2つの例外
- 訴額算定3ルール
- 送り先一覧ボード
では、今日の話を、1枚に畳んでおきましょう。事物管轄は、140万円という数字が、簡裁と地裁を分ける代理指標でした。簡裁は簡易・迅速、地裁は慎重な審理——その重さを、金額に置き換えているだけでしたね。金額の物差しが働かないときの受け皿が、2つありました。地裁が相当と認めれば審理できる自庁処理と、不動産の競合管轄でしたね。そして、その140万円をどう測るかにも、3つのルールがありました。直接の経済的利益で測るのが原則。金額で測れない請求は、あえて重く扱って地裁になる。複数の請求は合算するのが原則ですが、付随するだけの請求は合算しない。
数字だけを覚えるのではなく、その向きと理由を持ち帰ってください。最後に、今日、地図だけ置いて送ったものがあります。どの土地の裁判所が担当するか——土地管轄は、すぐ次の回で、じっくり扱います。当事者どうしの合意で決める合意管轄、争わずに応じる応訴管轄も、そこで扱います。訴えが海外にも関わる場合の、国際裁判管轄は、別の回で扱います。管轄違いのときの、移送の具体的な手続も、後の回です。訴額に応じた、手数料や訴訟費用の話も、専用の回で扱います。今日出てきた140万円とは別に、もっと簡単に済む制度もあります。また別の数字で線を引く、少額訴訟という制度です。
書面のやり取りだけで相手に支払を促す督促手続も、専用の回で扱います。管轄が、訴訟を進めるための前提条件になっていることも、後の回で扱います。今日は、Mの135万円の答えが、ようやく出ましたね。金額を足す前に、その請求が独立した権利かどうかを見る——それが今日の道具です。
参照条文
- 裁判所法33条1項1号
- 民事訴訟法16条2項
- 民事訴訟法8条
- 民事訴訟法9条