国際裁判管轄
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第1章 訴訟の開始 ⑯/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
裁判権と管轄権——2段に分けて考える
図:2つの段
- ①日本の裁判権が及ぶか=#1-2で確認済み
- ②そのうえで日本の裁判所が扱ってよいか=今日のテーマ
- ボード
以前、外国の国家などが被告になったとき、日本の裁判権がどこまで及ぶか、という話をしました。あれは、日本の裁判権そのものが及ぶかどうかという段でした。今日はその先の段です。裁判権が及ぶことを前提にして——そのうえで、日本の裁判所が、この事件を扱ってよいかを決めます。裁判権の免除が問題になるのは、外国の国家などが被告になる場面でした。W社は一つの会社ですから、ここでは出てきません。日本の裁判権は、当然に及んでいます。日本の裁判所が、この事件を扱ってよいかという、2段目の話です。これを、国際裁判管轄と呼びます。
当事者や請求が複数の国に関わる事件について、どこの国の裁判所が審理し、裁判を行うかという問題です。こういう事件を、渉外事件と呼びます。似ています。実は、国内の管轄の地図には、国際版の写しがあります。ただ、写されなかった条文が1つだけあって、そこで結論が変わります。今日は、それを探しながら、進めていきます。
国内の管轄と、何が違うのか
図:国内土地管轄との3つの違い
- ①移送の受け皿が無い→管轄が無ければ却下
- ②準拠法は法廷地の国際私法
- ③どこの国で裁判するかが結論を左右しうる
- ボード
国内の土地管轄と、国際裁判管轄には、大きな違いが3つあります。最初に、この3つを立てておきます。1つめ、移送の受け皿がありません。
条文民事訴訟法16条1項
民事訴訟法第16条1項(管轄違いの場合の取扱い) 第十六条 裁判所は、訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。
国内なら、管轄違いの訴えでも、この条文で管轄のある裁判所に移送してもらえます。前回、名前だけ出てきた移送とは、別のものです。今の16条は、管轄が無い訴えを正しい裁判所へ渡す移送です。ところが、国際裁判管轄には、この条文に対応する仕組みがありません。日本の裁判所には、外国の裁判所に事件を渡す権限が無いからです。日本の裁判所が、外国の裁判所に「この事件をそちらで審理してください」と命令することはできません。主権の及ぶ範囲が、そもそも違うからです。移送先が無い以上、訴えは却下されます。これが、今日いちばん結論が変わる点です。
もし、Nさんの訴えに管轄が認められなかったら——国内の管轄違いのように、では別の裁判所へ、とはなりません。何が起きるでしょうか?訴えは却下され、Nさんは改めて外国で訴訟を起こすほかありません。だからこそ、この先見ていく管轄原因の一覧が、重要になってきます。2つめの違いに進みます。どこの国の法律を適用して判断するかは、審理する国、つまり法廷地の国際私法で決まります。日本では、「法の適用に関する通則法」という法律が、この役割を果たします。中身はこのシリーズの範囲外なので、名前だけ押さえておいてください。
管轄が決まって初めて、その裁判所がどの国の法律を使うかを次に考えます。そして3つめ、1つめと2つめの結果として——どこの国で裁判するかが、事件の結論そのものを左右することがあります。Nさんのレンズの件を、日本の裁判所で審理するのか、外国の裁判所で審理するのかで——使われる国際私法が変わり、その結果、どの国の法律で判断するかも変わりえます。だからこそ、日本で訴えられるかどうかを決める今日の一覧が、重みを持ちます。
なぜ条文になったのか
図:沿革のタイムライン
- 条文が無かった時代→判例法理「特段の事情」→裁量肥大・予測不能という批判→平成23年改正で列挙方式へ
- ボード
実は、これから見ていく管轄原因の条文は、平成23年の改正で作られたものです。改正前は、条文が無かったんです。それまで裁判所は、国内の土地管轄の規定を類推適用して——その結果が、当事者間の公平や、裁判の適正・迅速に反する事情があれば——管轄を否定する、という判例法理で処理していました。この判例法理を確立したのが、次の判決です。
判例民集51巻10号4055頁
最高裁判決(ファミリー事件・預託金返還請求訴訟) 我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。
この事件は、ドイツから自動車などを輸入していた日本の会社が、原告でした。相手は、長年ドイツで暮らしていた日本人です。業務委託契約に基づく、預託金の返還を求めた訴訟でした。契約はドイツで結ばれ、被告はドイツに20年以上、生活と営業の本拠を置いていました。証拠もドイツに集中していました。そもそも、日本の裁判所に訴えられることは、被告の予測の範囲を超えていました。他方で、原告は、ドイツから輸入していた業者です。ドイツの裁判所で訴えることが、過大な負担とまではいえませんでした。控訴審は日本の国際裁判管轄を否定し、最高裁も、特段の事情を認めて上告を棄却しました。
国内の裁判籍のいずれかが日本にあれば、原則として日本の裁判権に服させるのが相当としつつも、例外的に、特段の事情があれば、国際裁判管轄を否定してよい、という判断枠組みです。この判例法理には、強い批判がありました。「特段の事情」の中身を、結局は裁判所が個別に判断するので——裁判所の裁量が大きくなりすぎて、当事者が結論を予測できない、という批判です。そこで平成23年の改正で、立法はこう方針を変えました。国内の土地管轄の規定を参照しつつ、そのまま適用すると行き過ぎになる場合はあらかじめ排除して——日本と関連の深い場面を、条文にあらかじめ列挙する、という方針です。
これから、その一覧を見ていきます。ちなみに、この判決より前に、マレーシア航空事件という有名な判例もあります。そちらは、国内の裁判籍規定から国際裁判管轄を推し量る、逆推知説と評される先行判例です。今見た判決は、その後に「特段の事情」という考え方を正面から打ち出した判例です。今日の条文に直接つながるのは、こちらの判決だと覚えておいてください。
一覧の入口——被告の住所等
図:管轄原因の一覧
- ア被告の住所等
- イ契約上の債務・財産所在地
- ウ不法行為
- エ消費者・労働
- オ併合請求
- 目次ボード
では、日本で訴えられる場面を、順番に見ていきます。全部で5つあります。被告の住所、契約上の債務、不法行為、消費者と労働、そして併合請求です。1つめから見ていきましょう。
条文民事訴訟法3条の2
民事訴訟法第3条の2(被告の住所等による管轄権) 第三条の二 裁判所は、人に対する訴えについて、その住所が日本国内にあるとき、住所がない場合又は住所が知れない場合にはその居所が日本国内にあるとき、居所がない場合又は居所が知れない場合には訴えの提起前に日本国内に住所を有していたとき(日本国内に最後に住所を有していた後に外国に住所を有していたときを除く。)は、管轄権を有する。 2 裁判所は、大使、公使その他外国に在ってその国の裁判権からの免除を享有する日本人に対する訴えについて、前項の規定にかかわらず、管轄権を有する。 3 裁判所は、法人その他の社団又は財団に対する訴えについて、その主たる事務所又は営業所が日本国内にあるとき、事務所若しくは営業所がない場合又はその所在地が知れない場合には代表者その他の主たる業務担当者の住所が日本国内にあるときは、管轄権を有する。
4条2項は、住所、居所、最後の住所、という3段の階段でした。この条文も、同じ3段の階段です。ただ、細部が2か所違います。違いの1つめは、こうです。4条2項は「日本国内に住所がないとき」と書きますが——この条文は「その住所が日本国内にあるとき、住所がない場合」と書きます。文言そのものはよく似ていますが、指している範囲が違います。国内の4条2項でいう「住所」は、日本のどこかにある住所です。この条文の「住所」は、世界のどこかにある住所です。「住所が無い」の意味そのものが、国内版と国際版で違います。2つめは、3段目です。4条2項は「最後の住所」で終わります。この条文は、「訴えの提起前に日本国内に住所を有していたとき」となっています。しかも、括弧書きの除外がついています。
かつて日本に住んでいた、というだけでは足りず——その後、外国に生活の本拠を移していないことが必要です。この2つの罠は、条文をそのまま覚えていれば大丈夫です。慌てず条文を読み直してください。2項は、外国にいる大使や公使など、相手国の裁判権から免除される日本人についての特則です。3項は、法人や社団、財団についての規定です。主たる事務所や営業所が、日本国内にあるかどうかで決まります。
図:設例P:3条の2のあてはめ(W社の主たる営業所は外国=×)ボード
では、Nさんの相談に当てはめてみましょう。W社は法人ですから、3項で見ます。日本国内に事務所や営業所があるという事情は、出てきません。この条文を使う限り、日本には管轄が認められません。まだ、他に4つの場面が残っています。焦らず、次を見ていきましょう。
契約と不法行為——履行地・財産・不法行為地
図:契約上の債務に関する訴えの対象
- ①履行の請求②事務管理・不当利得③不履行の損害賠償④その他契約上の債務に関する訴え
- ボード
2つめは、契約上の債務に関する訴えです。条文をまとめて見ておきましょう。
条文民事訴訟法3条の3(1号・3号・8号)
民事訴訟法第3条の3(契約上の債務に関する訴え等の管轄権・抜粋) 第三条の三 次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。 一 契約上の債務の履行の請求を目的とする訴え又は契約上の債務に関して行われた事務管理若しくは生じた不当利得に係る請求、契約上の債務の不履行による損害賠償の請求その他契約上の債務に関する請求を目的とする訴え 契約において定められた当該債務の履行地が日本国内にあるとき、又は契約において選択された地の法によれば当該債務の履行地が日本国内にあるとき。 三 財産権上の訴え 請求の目的が日本国内にあるとき、又は当該訴えが金銭の支払を請求するものである場合には差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき(その財産の価額が著しく低いときを除く。)。 八 不法行為に関する訴え 不法行為があった地が日本国内にあるとき(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)。
この条文は号がたくさんあるので、今日は特に大事な3つに絞って見ていきます。まず1号、契約上の債務に関する訴えです。対象は4つの類型に分かれます。履行の請求、事務管理や不当利得の請求、不履行による損害賠償の請求——そして、その他契約上の債務に関する請求です。事務管理は頼まれずにした事務処理、不当利得は理由なく得た利益のことです。どちらも、契約に関して生じたものが、ここに入ります。どの類型でも、決め手は同じです。債務の履行地が日本国内にあるかどうかです。ここに罠があります。履行地は、契約で定められた履行地か、契約で選ばれた地の法によって決まる履行地です。民法の弁済のルール、つまり持参債務から、自動的に履行地を導くわけではありません。
あれは国内5条1号の話でした。国内では、契約に履行地の定めが無くても——民法の持参債務のルールから、履行地を導けます。でも、国際裁判管轄の3条の3第1号は違います。契約自体に履行地の定めがあるか——または契約で選んだ地の法によって履行地が決まる場合に限られます。もう1つ、注意してほしいことがあります。この1号は、あくまで契約上の債務についての規定です。不法行為でできた債務の履行地では、国際裁判管轄は生まれません。次に3号、被告の財産所在地です。財産権上の訴えで請求の目的が日本国内にあるとき、または金銭の支払いを求める訴えで——差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるときです。
土地管轄の回の「財産権上の訴え」は、義務履行地につながりました。同じ言葉でも、この3号がつなげる先は、財産の所在地です。「その財産の価額が著しく低いときを除く」という括弧書きです。ここにも罠があります。参考書によっては、「訴額に見合う程度の財産」と説明していることがありますが——条文の言い方は違います。著しく低いときを除く、です。訴額よりだいぶ少なくても、著しく低くなければ足ります。たとえば、W社が日本の銀行に口座を持っていたとします。その残高が訴額に届かなくても——著しく低いと言えない限り、この号は使えます。答えるときは、条文の言い方で答えてください。
図:設例Q:不法行為地の分かれ方
- 外国の工場で作られた充電池が、日本の事務所で発火
- 関係図
では、3つめ、8号の不法行為に関する訴えを見ましょう。こちらは、不法行為があった地が日本国内にあるときです。加害行為が行われた地も、損害が発生した地も、どちらも含みます。具体例で考えましょう。外国の工場で作られた充電池が、日本の事務所に納品されて——そこで発火し、備品が焼けたとします。この場合、日本国内に不法行為があった地がある、と言えます。だから、日本に管轄が認められます。そこに、括弧書きの限定があります。外国で行われた加害行為の結果が日本で発生した場合でも——日本での結果の発生が、通常予見できないものだったときは、この号は使えません。
同じ充電池が、実は日本には一度も輸出されない仕様だったとします。それを、第三者が個人輸入して、勝手に日本に持ち込んでいたとしましょう。この場合、日本での結果発生は通常予見できないものとして——8号の管轄は認められません。加害者の立場から見て、日本での被害を予想できたかどうかが決め手になります。さて、ここまでの一覧に、Nさんを救う場面はありましたか?もう一度、住所地、履行地、不法行為地を思い出してみてください。住所地は、W社が外国なので使えません。履行地も、契約書に定めが無ければ使えません。そして不法行為地も、品が壊れていたというだけでは足りません。故意や過失で壊された、という事情まではないからです。
ここまでの一覧では、Nさんを救う場面が見当たりません。次に見る場面が、Nさんの立場に効いてきます。
消費者と労働者を守る特則
図:国内には無い、国際だけの保護規定
- 消費者から事業者への訴え
- 労働者から事業主への訴え
- 逆向きは3条の3を使えない
- ボード
4つめの場面は、消費者契約と労働関係です。これは国内の土地管轄には無い、国際だけの規定です。
条文民事訴訟法3条の4
民事訴訟法第3条の4(消費者契約及び労働関係に関する訴えの管轄権) 第三条の四 消費者(個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。以下同じ。)と事業者(法人その他の社団又は財団及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。以下同じ。)との間で締結される契約(労働契約を除く。以下「消費者契約」という。)に関する消費者からの事業者に対する訴えは、訴えの提起の時又は消費者契約の締結の時における消費者の住所が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる。 2 労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(以下「個別労働関係民事紛争」という。)に関する労働者からの事業主に対する訴えは、個別労働関係民事紛争に係る労働契約における労務の提供の地(その地が定まっていない場合にあっては、労働者を雇い入れた事業所の所在地)が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる。 3 消費者契約に関する事業者からの消費者に対する訴え及び個別労働関係民事紛争に関する事業主からの労働者に対する訴えについては、前条の規定は、適用しない。
事業として契約する個人は、消費者に含まれません。1項を見てください。消費者から事業者への訴えは——訴え提起の時、または契約締結の時、どちらか一方の時点で——消費者の住所が日本にあれば、日本で訴えられます。契約したときは日本に住んでいたけれど、訴えるときは引っ越していた、という場合でも構いません。逆でも構いません。当てはめてみましょう。
図:設例P:3条の4第1項のあてはめ(Nの住所が日本にある=○)ボード
Nさんは個人で、事業としてレンズを買ったわけではありませんから、消費者にあたります。W社は、通販事業を行う法人ですから、事業者にあたります。そして、Nさんの住所は、訴え提起のときも契約締結のときも、日本国内にあります。この1項によって、Nさんは日本の裁判所でW社を訴えられます。被告の住所という原則だけを見ていたら、Nさんは救われませんでした。でも、消費者を守るための特則が、別に用意されていたんです。消費者は、事業者に比べて、情報や交渉力で不利な立場に置かれがちです。もし住所地の原則だけだったら、事業者の本拠地でしか戦えないことになり——消費者が泣き寝入りする場面が増えてしまいます。
2項は、労働者と事業主の関係でも、同じ発想です。労働者からの訴えは、労務を提供していた地——それが決まっていなければ雇い入れた事業所の所在地で、日本に訴えられます。
図:設例P’:逆向き
- W社がNを訴える場合
- 3条の3は使えず被告Nの住所地だけ
- ボード
そこが3項です。事業者から消費者への訴え、事業主から労働者への訴えには——前条、つまり3条の3の規定を使えません。W社が、Nさんに未払いの追加請求があると主張して、訴えるとしましょう。この場合、3条の3は使えませんから、頼れるのは3条の2、被告の住所地だけです。W社は、日本のNさんの住所地でしか、訴えられません。1項は消費者の住所地でも訴えられるようにして間口を広げ——3項は、事業者側からは被告の住所地に絞り込んで、消費者を守っています。ただ、W社の契約書に、もし何か書いてあったら、この結論が動くかもしれません。
当事者どうしが管轄を動かす話は、この先に控えています。そこで、この契約書の一文にもう一度戻ってきます。
併合請求——1つの訴えにまとめられるか
図:併合請求の管轄権
- 客観的併合は密接な関連が必要
- 主観的併合はさらに38条前段の場合に限る
- ボード
5つめの場面は、併合請求です。
条文民事訴訟法3条の6
民事訴訟法第3条の6(併合請求における管轄権) 第三条の六 一の訴えで数個の請求をする場合において、日本の裁判所が一の請求について管轄権を有し、他の請求について管轄権を有しないときは、当該一の請求と他の請求との間に密接な関連があるときに限り、日本の裁判所にその訴えを提起することができる。ただし、数人からの又は数人に対する訴えについては、第三十八条前段に定める場合に限る。
条文はもう少し慎重です。1つの請求に管轄があっても、他の請求には——「密接な関連」があるときに限り、一緒に訴えられます。そして、訴える相手や訴える側が複数人になる場合は——さらに38条前段の場合に限る、というただし書きがつきます。似ていますが、実は要件が1つ増えています。国内の7条は、1つの請求について管轄がある裁判所になら——他の請求も、当然に一緒に提起できました。密接な関連までは要求していません。主観的併合、つまり相手や原告が複数人になる場合だけ、38条前段の条件がつきました。その38条前段は、権利義務が数人に共通するときか——同一の事実上・法律上の原因に基づくときに、共同を認める条文でした。
1つの請求だけでなく、他の請求についても、密接な関連があることまで要求します。つまり、同じ被告への複数請求——客観的併合の段階から、すでに条件が加わっているんです。さっきの充電池でいえば——日本の事務所で焼けた備品の損害は、不法行為地で日本に訴えられます。ところが、同じメーカーとの、日本と関係のない別の取引についての請求は——それだけを取り出すと、管轄原因が見当たりません。この2つをまとめて1つの訴えにできるか——そこで見るのが、密接な関連です。無関係な請求まで、ついでに日本へ持ち込めるわけではありません。
国内なら、ついでに引き込まれても、被告が出向くのは、同じ国の中の別の裁判所でした。国際では、被告は自分の国の外の法廷に立たされます。しかも、管轄が無ければ移送ではなく却下でした。引き込む範囲を、国内より慎重にしてある——そう読むと、この違いが腑に落ちます。「国内条文の国際版だから、同じだろう」と思い込むと——この違いを見落とします。条文を1つずつ、ちゃんと読む理由が、ここにあります。
今日のまとめ
図:部分対応表
- 国内条文↔国際条文
- 4条↔3条の2
- 5条↔3条の3
- 7条↔3条の6
- 16条↔対応する条文なし=却下
- 3条の4↔国内に対応条文なし
- 11条・12条・14条・15条の国際版はこの先の回
- ボード
では、今日見てきたものを、国内の地図の横に並べて、1枚に畳んでおきましょう。被告の住所地——4条は、3条の2に対応していました。契約上の債務や財産所在地、不法行為——5条は、3条の3に対応していました。併合請求——7条は、3条の6に対応していました。ただ、1つだけ、対応する条文が無いものがありました。国内の16条は、管轄違いのときの移送を定めていました。でも、国際裁判管轄には、対応する仕組みがありませんでした。移送先が無い以上、日本に管轄が無ければ、訴えは却下されます。そして、対応する条文が無いものは、逆向きにも1つありました。
消費者と労働者の特則——3条の4です。国内の土地管轄には、これに当たる条文がありません。写しきれなかった16条と、ちょうど裏返しになっています。空いているのは、当事者どうしが動かす経路の国際版です。合意管轄や応訴管轄にあたる部分は、この先の回で埋まります。では、今日1本の筋を、もう一度たどっておきます。まず、裁判権と管轄権という、2段の話をしました。そのうえで、国内と何が違うのかを見ると、いちばん大きいのは移送の受け皿が無いことでした。だから、裁量ではなく、条文で場面を並べておく方針に変わりました。それが、平成23年の改正でした。そして、並んだ5つの場面を、順番に全部読みました。
冒頭のNさんは、この5つのうち、消費者契約の特則で救われました。Nさんは、日本の裁判所でW社を訴えられます。これが、今日の問いへの答えです。最後に、持ち帰ってほしい宿題を2つ、残しておきます。宿題の1つめです。W社の契約書に、こんな一文があったとします。「この国の裁判所でしか、訴えられない」。もし本当にそう書いてあったら、今日の結論は動くのか。これを、この先の回で確かめます。宿題の2つめです。今日、対応する条文が無いと言った16条——国内で管轄違いだったときの移送の中身は、また別の回で扱います。
参照条文
- 民事訴訟法16条1項
- 民事訴訟法3条の2
- 民事訴訟法3条の3(1号・3号・8号)
- 民事訴訟法3条の4
- 民事訴訟法3条の6