訴状の名前は誰を指すのか——当事者の確定
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第1章 訴訟の開始 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
当事者とは誰か——形式的当事者概念
図:当事者の定義板
- 訴える者・訴えられる者・判決の名宛人
- 実体法上の権利の有無は問わない
まず、当事者の定義から確認します。当事者とは、訴える者と訴えられる者のこと、つまり原告と被告です。もう少し正確に言うと、判決の名宛人となる者、です。ここで大事な考え方があります。当事者かどうかは、実体法上その権利を本当に持っているかどうかを問いません。権利を持っているかどうかは、関係ありません。これを、形式的当事者概念と呼びます。
図:入口と中身が循環する板
ここに、この回いちばんの核心があります。「本当に権利者かどうか」は、審理を尽くして初めて分かることです。それを、当事者になるための入口の条件にしてしまうとどうなるか。審理する前に、審理の結論を先に決めてしまうことになりますね。入口と中身が、循環してしまいます。だから、入口は形式で決めます。実体の当否は、中に入ってから問うんです。そこは、審理してみないと分かりません。それを入口の条件にすると、入口を通す前に、貸したかどうかの結論が要ることになってしまいます。
図:当事者適格という別の問いの板(この事件との関係で正当な当事者か。専用の回で扱う)
ちなみに、いま「まず入口を通す」と言いましたが——この事件との関係で、本当に正当な当事者かという問いは、また別にあります。名前だけ、少し出しておきます。当事者適格と呼ばれる問題で、専用の回で扱います。今日のところは、訴状に書かれた名前から当事者を決めるところまでです。
二当事者対立構造とその帰結
図:二当事者対立構造の帰結3点板
- 1人では訴訟できない
- 相続人不存在で終了
- 地位が一人の人にまとまって終了
民事訴訟は、必ず利害の相反する2人が向き合う形で進みます。これを、二当事者対立構造と呼びます。この構造から、3つの帰結が出てきます。1つ目は、自分1人が自分に対して訴訟を起こすことはできません。2つ目は、訴訟の途中で当事者が亡くなり——引き継ぐ相続人が誰もいない場合、訴訟は終了します。被告の側に立つ人が、誰もいなくなります。
図:対立が消えたら終わる、その理由の板
3つ目は、相続や法人の合併で、原告と被告の地位が一人の人にまとまった場合です。この場合も、同じように終了します。そこで止まらないでください。なぜ終了するのか、理由まで押さえましょう。対立が消えたら、判決で決めるべきものが、無くなってしまうからです。二当事者対立構造は、手続を成立させるための条件です。途中でこれが失われれば、手続を続ける意味そのものが消えるんです。
当事者が決まると何が決まるか
図:当事者が決まると何が決まるか板(訴訟書類・判決の名宛人/管轄/当事者権)
当事者が決まると、いくつか大事なことが同時に決まります。1つは、訴訟書類と判決の、名宛人です。もう1つは、どの裁判所で審理するか、です。原則は、被告の住所地の裁判所——普通裁判籍でした。被告が誰かが決まらないと、これは引けません。当事者が決まって、初めて裁判所も決まるんです。もう1つ、当事者には当事者権というものが認められます。手続の全般で、当事者としての主体性が尊重され——自分の利益を守る機会が保障される、ということです。期日はいつだと知らせが届き、言い分があれば述べる機会が与えられる。そういう場面です。
以前に見た当事者主義——手続を動かす主導権を当事者の側に置く、という考え方が、この形で効いてきます。
確定が問題になる3つの場面
図:3つの場面板(氏名冒用訴訟/死者名義訴訟/当事者の表示の過誤)
ここまでは、当事者とは何か、という一般論でした。ここからは、訴状の名前と、判決を受けるべき人がズレる場面に入ります。この「ズレ」は、大きく3つの場面に分かれます。1つ目は、氏名冒用訴訟。他人の氏名を勝手に使って訴えを起こしたり——訴えられたりする場面です。2つ目は、死者名義訴訟。すでに死んでいる人の名前で訴えたり訴えられたりする場面です。3つ目は、当事者の表示の過誤。会社名の誤記のような場面です。ただ、その前に、この3つ全部の土台になる基準を確認します。訴状の名前と、判決を受ける人がズレたとき——そもそも、誰を当事者として確定するのか、という基準です。
確定基準をどう決めるか——意思説・行動説の壁
図:対立説板(意思説=内心で決める/行動説=実際の振る舞いで決める、それぞれの弱点)
当事者を確定する基準は、実は1つではありません。まず、対立する考え方から見てみましょう。内心で決めるという考え方が、意思説です。原告がこの人を訴えるつもりだった、という効果意思で決めます。弱点があります。内心というのは、外から見えません。誰が見ても同じ答えになる、という明確性を欠いてしまいます。岡田さんが内心で誰を訴えるつもりだったかは、本人にしか分かりません。
図:行動説の板
実際に訴訟でどう振る舞ったかで当事者を決めるのが、行動説です。ただ、これにも弱点があります。実際の振る舞いは審理が進んでみないと分かりません。つまり、訴状を受け取ったその時点では、当事者を決められないんです。訴状が届いた日に、誰が被告かを決められないことになります。では、この2つの弱点を避けられる基準はあるでしょうか。
実質的表示説——3つの根拠
図:実質的表示説の導入板
そこで採られているのが、実質的表示説です。訴状に書かれていることを、丸ごと読みます。当事者欄の記載を軸にしながら——そこに書かれた請求の趣旨や、原因事実の記載まで重ね合わせるんです。名前欄だけを見る立場は、形式的表示説と呼ばれる別の考え方で、実質的表示説とは区別されます。実質的表示説は、訴状全体から合理的に読み取るんです。
⭐ 論文で書く規範:実質的表示説——訴状の記載を合理的に解釈して当事者を決める 当事者欄の記載を軸としながら、請求の趣旨・請求の原因まであわせて読み込み、訴状に現れた一切の表示を、筋道立てて合理的に解釈し、そこから当事者を導き出す。 支持される理由は3つある。①明確性——書面という誰でも確認できるものが基準になるので、判断が割れない。②迅速性——訴え提起の直後に判断でき、審理の進行を待つ必要がない。③妥当性——記載全体を見るので、単純な誤記があっても柔軟に読み替えて救うことができる。 意思説(原告の内心)は外から見えず①を欠き、行動説(実際の訴訟活動)は審理を待たねば分からず②を欠く。実質的表示説は、この2つの弱点を同時に避けている。 (規範(通説で立てる))
書面という誰でも見られる基準だから明確性がある。訴え提起の直後に判断できるから、迅速性もある。そして、記載全体を柔軟に見るので単純な誤記も救えて、妥当性もある。ただ、1つ確認しておきたいことがあります。これは、条文に書かれた基準ではありません。氏名冒用訴訟や死者名義訴訟という、個々の場面での判例の処理を——学説が「実質的表示説」という1つの基準として整理したものです。だから、これは規範ですが、特定の判例の言葉として引用はできません。条文に書いていないことを解釈で導き出したもの——それを規範と呼びます。通説が組み立てた基準として、押さえておいてください。
図:実質的表示説の当てはめ板
具体例で、この基準がどう働くか見ておきましょう。訴状の当事者欄に、「田中一郎」と書かれていたとします。請求の原因まで読むと、実際に取引していた相手の住所や会社が——訴状に書かれた田中一郎さんと、きちんと一致しているとします。この場合は、名前欄の記載どおりの人が当事者だと、すんなり確定できます。ところが、請求の原因を読むと、住所も会社もまるで違う——同姓同名の、別の田中一郎さんの話だったとしたら、どうでしょう。実質的表示説は、名前欄だけでなく記載全体を見るからこそ——この2つを、きちんと見分けられるんです。
確定後の3つの分かれ道
図:確定後処理3分岐板(却下/当事者の変更/表示の訂正)
実質的表示説で当事者を確定できたとして、それが訴訟に出ている人と別人なのか——それとも、名前の誤記なのか、どうやって見分けるのでしょうか。確定した当事者と、実際に訴訟に出ている人を突き合わせて見分けます。処理は3つに分かれます。
⭐ 論文で書く規範:確定後の処理——3つの分かれ道 ①当事者がどうしても確定できない——訴え却下。 ②確定した当事者と、現に訴訟に出ている者が別人——当事者の変更(任意的当事者変更。手続の要件は別の回で扱う)。 ③確定した当事者と同じ人物だが、名称だけ誤っている——表示の訂正で足りる。 ②と③の分かれ目は、実質的表示説で確定した結果と突き合わせて決まる。別人か、名前の誤記か、で判定する。 (確定後の処理(実質的表示説の帰結))
中身の判断に入らないまま、門前で訴えを退ける判決です。前に、訴訟要件のところで見ました。具体例で考えましょう。中村さんが、取引先の会社を被告として訴えました。訴状には、「有限会社丸山商店」と書きました。丸山商店は3年前に組織変更していて、正しくは「株式会社丸山商店」でした。これは、②の当事者の変更にはなりません。ここが分かれ目です。住所も代表者も、一致しています。実質的表示説で確定すれば、当事者は同じ人物だと分かります。これは③の表示の訂正で足ります。もし、住所も代表者も違う、まったく無関係の別会社を訴えていたら——
さっき見た実質的表示説の基準が、ここでそのまま働いています。
氏名冒用訴訟①原告側——係属中に気づいたら
図:氏名冒用①関係図(中村=名義人/関口=冒用者/吉田=相手方)
ここから、3つの場面のうち1つ目、氏名冒用訴訟を見ていきます。まず、原告側の冒用です。内装業を営む中村さんに、関口さんという元同僚がいました。関口さんは、中村さんに無断で「中村」と名乗り——取引先の吉田さんに対して、代金の支払いを求める訴えを勝手に起こしました。中村さんの名前を騙って、関口さんが手続を進めているんです。
図:氏名冒用①フロー板(係属中判明→無権代理と同視→本人が追認しなければ訴え却下)
訴訟の係属中に判明すれば、無権代理と同視します。代理権が無いのに、代理人のように振る舞った状態のことです。そこは、判決の後に気づいた場面で、正面から見ます。順番に行きましょう。本人である中村さんが、これを追認しない限り訴え却下になります。中村さんが認めれば、有効な訴訟行為として扱われます。認めなければ、訴え却下です。
氏名冒用訴訟①原告側——判決後に気づいたら、なぜ代理権の欠缺か
図:氏名冒用①フロー板
- 判決後判明→当事者は名義人に判決効
- 救済=代理権欠缺の上訴・再審
判決が出たあとで気づいた場合こそ、この論点でいちばん大事なところです。実質的表示説で確定すると、当事者は名義人である中村さんです。形式上は、判決の効力が名義人である中村さんに及んでしまいます。
図:なぜ代理権の欠缺かの板
だから、救済が必要になります。ここで問いです。なぜ、この救済は代理権の欠缺という理屈で構成できるんでしょうか。欠けている、という意味です。代理権が無いということです。当事者は名義人です。ところが、その名義人である中村さんは——誰にも、この手続をやっていいとは言っていません。授権していないんです。これは、代理人に代理権が無かった場合とまったく同じ形をしています。だから、既存の救済——上訴と再審が、そのまま使えるんです。控訴と上告を、まとめた呼び方です。
条文民事訴訟法312条2項4号
民事訴訟法第312条2項4号(上告の理由) 第三百十二条 2 上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第四号に掲げる事由については、第三十四条第二項(第五十九条において準用する場合を含む。)の規定による追認があったときは、この限りでない。 四 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
まず、上告です。312条2項4号に、この事由が挙げられています。「代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと」とあります。判決が確定する前なら、この号を理由に上告できます。
条文民事訴訟法338条1項3号
民事訴訟法第338条1項3号(再審の事由) 第三百三十八条 次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。 三 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
すでに判決が確定してしまった場合は、338条1項3号の再審です。上告の理由と、再審の事由が対になっているんです。どちらも、代理権の欠缺という同じ理屈で中村さんを救います。この救済の道すじは、学説が後から当てはめたものではありません。古い判例そのものが、そう示しています。ただ、その判例を見る前に、逆の場面も押さえておきましょう。
氏名冒用訴訟②被告側——なりすまして応訴していたら
図:氏名冒用②関係図(吉田=名義人・真の被告/林=冒用者、吉田になりすまして応訴)
もう1つ、逆の場面もあります。被告側の冒用です。別の事件で、中村さんが、代金を払わない吉田さんを被告として訴状を送りました。ところが、吉田さんの知人である林さんが——吉田さんになりすまして、法廷に出て応訴していました。吉田さんは、自分が訴えられていることすら知りません。冒用者である林さんを、手続から排除します。当事者は、名義人である吉田さんのままなので——改めて吉田さん本人に訴状を送達して、期日を指定し直します。もし、これに判決後まで気づかなければ、どうなるでしょう。当事者は名義人の吉田さんなので、判決の効力は形式上及びます。救済も、同じく代理権の欠缺による上訴・再審です。この被告側の冒用にこそ、代表的な先例があります。
判例大判昭和一〇・一〇・二八 民集14巻1785頁〈百選5〉
大審院判決(偽造委任状による応訴が争われた事件) 株式の払込みを求められた被告の氏名が冒用され、偽造された委任状で被冒用者名義の訴訟代理人が選任されて、冒用者の側が応訴したまま判決が確定した事案。大審院は、判決が確定する前であれば上訴で、確定した後であれば再審で争えるとした(当時の再審事由は現行の338条1項3号にあたる)。
しかも大事なのは、さっき見た上訴と再審という救済が——学説が後から当てはめたものではなく、この判例自身の示した道すじだ、ということです。救済の理屈は同じです。当事者は名義人で、その名義人が授権していないからです。
図:氏名冒用の対比板
原告側の冒用と、被告側の冒用を並べてみましょう。どちらも、実質的表示説で確定すれば、当事者は名義人です。冒用者ではありません。この「当事者は名義人」という1本の軸が——原告側でも、被告側でも、まったく同じ形で効いています。ここを逆にしてしまうと、代理権の欠缺という救済の説明が根本から崩れます。
死者名義訴訟——死亡と発覚の組み合わせで決まる
図:死者名義訴訟の関係図(岡田=原告/坂本=死亡した名義人/坂本の息子=相続人)
さて、冒頭の岡田さんと坂本さんの話に戻りましょう。亡くなった人の名前で訴えを起こしてしまった場合、いつ・誰が気づいたかによって——結論は変わるのでしょうか、変わらないのでしょうか。さっきの話の流れからすると、変わりそうですね。死者名義訴訟は、大きく4つに分かれます。まず、最初の3つから見ていきましょう。
図:死者名義訴訟の前半3パターン板
- ①訴え提起時に死亡=却下
- ②係属中に死亡=中断・受継
- ③相続人が応訴=変更で治癒
1つ目。訴え提起の時点で、すでに死亡していた場合です。この場合は、訴え却下になります。権利や義務の主体になれる資格——それが権利能力です。亡くなった人には、それがありません。だから、向き合う二人がそろわず、二当事者対立がそもそも成り立たないんです。2つ目。訴訟の係属中に死亡した場合です。これは、中断・受継という手続で処理されます。124条1項1号です。
条文民事訴訟法124条1項1号
民事訴訟法第124条1項1号(訴訟手続の中断及び受継) 第百二十四条 次の各号に掲げる事由があるときは、訴訟手続は、中断する。この場合においては、それぞれ当該各号に定める者は、訴訟手続を受け継がなければならない。 一 当事者の死亡 相続人、相続財産の管理人、相続財産の清算人その他法令により訴訟を続行すべき者
「相続財産の清算人」という言葉が入っているのは——相続財産の管理の制度が整理された、現在の条文の形です。3つ目。実は係属前に死亡していたのに、相続人が訴状を受け取って——応訴していた、という場合です。この場合は、任意的当事者変更という手続で瑕疵を治癒します。手続の不備のことです。あとから直せる、という意味で「治癒」といいます。さっき、名前が別会社と食い違ったときにも出てきた、あの処理です。ここまでの3つは、まだ判決に至っていない段階の話でした。
死者名義訴訟④——判決後に分かったら、なぜ信義則で救えるか
図:死者名義訴訟④板
そして4つ目。判決が出たあとで、初めて死亡が判明した場合です。ここは、「原則無効」という一言だけで覚えないでください。原則は、たしかに無効です。しかし、例外があります。相続人が、自分のこととして実質的に訴訟を追行していた場合です。この場合は、信義則を根拠に判決の効力が相続人に及ぶことがあります。判決の効力を認めるかどうかは、最終的には——攻撃防御の機会が実質的に保障されていたかで決まります。相続人が、現実にその機会を使って争っていたなら——それなのに、名義の食い違いという形式の瑕疵だけを理由に——実際に手続を尽くした人の判決を、無効にしてしまうのは筋が通りません。
条文民事訴訟法2条
民事訴訟法第2条(裁判所及び当事者の責務) 第二条 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
この、当事者の信義誠実の責務を定めた条文が、④の効かせどころです。④そのものを示した古い判例はありません。ここは学説と裁判例の積み重ねです。ただ、死者名義訴訟には、①の言い切りを揺さぶる有名な先例があります。
図:死者名義訴訟の古い先例の板
そこに例外を開いた判例があります。
判例大判昭和一一・三・一一 民集15巻977頁〈百選6〉
大審院判決(死亡した者を被告として提起された訴訟の事件) 訴え提起の2年前に被告が死亡しており、訴状は同居の妻が受け取って、相続人が欠席のまま一審で原告勝訴の判決が出た事案。大審院は、実質上の被告は相続人であり、ただその表示を誤ったにすぎないとして、訴えを却下した原審を破棄し、訴状の被告の表示を相続人に訂正させたうえで手続を進めるべきだ、とした。
図:原則と例外の板
ここが大事なところです。①の「提起の時点で死亡していたら却下」は、あくまで原則です。訴状の全体から、実質上の被告が相続人だと読み取れるときは——表示の訂正で救う、という道が判例で開かれています。実質的表示説で当事者を確定した結果が、ここでも効いています。なお、この判例は信義則を使ってはいません。④の理屈とは別物です。
図:冒頭の問いへの答えの板
さて、冒頭の岡田さんと坂本さんの話に答えを出しましょう。1つ目のパターンです。訴え却下になります。2つ目です。中断して、相続人が手続を受け継ぎます。3つ目です。任意的当事者変更で、当事者を息子さんに切り替えます。4つ目です。原則は無効。ただ、息子さんが実質的に争っていたなら信義則で救われます。「無効」の一言に落とすと、この場合分けを丸ごと取りこぼしてしまいます。
この回の軸を1枚に畳む
図:この回の1枚地図板
今日はここまでです。この回で通してきた、1本の軸を確認しましょう。当事者かどうかは、実体法上その権利を持っているかどうかとは切り離して——訴訟法の側で、形式によって決める。これが、形式的当事者概念でした。当事者を確定する基準が、実質的表示説でした。意思説は外から見えず、行動説は審理を待たないと分からない——この2つの弱点を避けているのが、実質的表示説でしたね。だからこそ、代理権の欠缺という理屈で救済できました。攻撃防御の機会が実質的に保障されていたかどうか、でしたね。
図:送り先一覧板
最後に、今日の話がつながる先をまとめておきます。任意的当事者変更の手続の中身は、訴えの変更を扱う回で。中断・受継の細かい手続は、期日や期間を扱う回で。氏名冒用の救済である上訴と再審の中身は、それぞれ専用の回で。判決の効力が誰に及ぶかという問題そのものは、既判力を扱う回で。訴え却下の判決の位置づけは、判決の種類を扱う回で、あらためて扱います。訴状の名前から、当事者は決まりました。では、そもそも当事者になれる資格は、誰にでもあるんでしょうか。そこを、次に見ていきます。
参照条文
- 民事訴訟法312条2項4号
- 民事訴訟法338条1項3号
- 民事訴訟法124条1項1号
- 民事訴訟法2条