訴え提起の手続と効果——その裁判は、いつ・どうやって始まるのか
第3編「訴訟の開始」の1本目。「訴えなければ裁判なし」=処分権主義の入口から、訴えの三類型(給付・確認・形成)と3つの効力(執行力・既判力・形成力)、訴状主義と必要的記載事項・訴状審査、職権送達と訴訟係属の発生時期、そして訴え提起の効果(実体法上=時効の完成猶予/訴訟法上=訴訟係属と二重起訴の基礎)まで、訴えを起こす「手続の線」を一本で通す前編。訴訟物・二重起訴そのものは後編#5bへ。
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第3編 訴訟の開始 ①〈前編〉/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
「ゼロから民訴」第5回。前回#4までの第2編「主体」で、誰が訴え・誰が訴えられるのか(当事者)が決まった。今回からは第3編「訴訟の開始」——実際に訴えを起こす場面に入る。この回は分量の都合で前後編に分け、前編(#5a)は訴えを起こす手続そのもの=「手続の線」に集中する。あなたが「100万円を返せ」と頭の中でどれだけ強く思っても、裁判は1ミリも動かない。裁判を動かすのは訴状というたった1枚の書面だ。訴状を出す→裁判長が審査する→被告に届く——そこで初めて訴訟の時計が回り出す。その”訴えの単位”=訴訟物そのものは、後編#5bで正面から扱う。
訴えとは何か——「訴えなければ裁判なし」
訴えとは、原告が裁判所に対して、被告との関係で一定内容の判決を求める申立てをいう。ポイントは、裁判は勝手に始まらないこと。裁判所が「この人たち、もめてるみたいだから裁判してあげよう」と自分から動くことはない。誰かが訴えを起こして初めて審理が始まる。これを一言で「訴えなければ裁判なし」という。この「訴えの存在で訴訟が始まる」という考え方は、処分権主義という大原則の入口だ(処分権主義の中身=どこまで求めるかの主導権は#6で扱う)。そして訴えを起こすには「誰と誰の間で」「何について」判決を求めるのかを特定しなければならない。この「何について」の部分が、後編#5bの主役=訴訟物になる。
訴えの三類型と3つの効力
訴えは、原告が「どんな判決の効力を得たいか」で大きく3つに分かれる。
- 給付の訴え——「100万円を払え」「建物を明け渡せ」のように、被告に一定の給付(作為・不作為)を命じる判決を求める訴え。勝てば得られるのが執行力で、相手が任意に従わなくても強制執行で実現できる。登記を移せという登記請求も給付の訴え。
- 確認の訴え——「この土地は私のものだ」(所有権確認)、「その債務は存在しない」(債務不存在確認)のように、権利・法律関係の存否を確定してもらう訴え。得られるのは既判力だけで、執行力も形成力もない。だから「本当にいま確認しておく必要があるのか」という特有の関門=確認の利益があるが、その中身は訴訟要件の回(#7)で扱う。
- 形成の訴え——離婚の訴え、株主総会決議取消しの訴えのように、判決によって法律関係そのものを変動させる訴え。得られるのは形成力で、判決が確定して初めて法律関係の変動が生じる。変動は第三者にも影響するため、法律が定めた場合に限られ(法定主義)、判決の効力は第三者にも及ぶ(第三者効)。
覚えるポイント — 3つの効力の分配
- 既判力——3類型すべての判決に共通で生じる。
- 執行力——給付判決だけ。
- 形成力——形成判決だけ。
「強制執行したいなら給付の訴え」「法律関係を変えたいなら形成の訴え」と、欲しい効力から逆算して訴えを選ぶわけだ。なお給付の訴えには変種がある。被告が同時履行の抗弁を出したとき、裁判所は「代金の支払いと引換えに引き渡せ」という引換給付判決を出すことがある(一部認容の一種。一部認容の仕組みは#6)。もう一つ、三類型に収まりきらない第4の変種が形式的形成訴訟で、代表例は隣り合う土地の境界を確定する境界確定訴訟。形は形成の訴えだが実質は非訟——当事者の言い分に裁判所が縛られず後見的に妥当な線を引く手続で、処分権主義も弁論主義も通常どおりには働かない。ここで確定するのは筆界(公法上の境界線)であって、当事者が合意で動かせる所有権界とは別物だ。
訴え提起の手続——訴状主義と訴状審査
原則は、訴状という書面を裁判所に提出すること(訴え提起は要式行為で、口頭やFAXでは起こせないのが原則)。訴状の必要的記載事項は2つ——「当事者及び法定代理人」と「請求の趣旨及び原因」(民訴134条2項)。請求の趣旨は原告が求める判決の結論そのもの(「被告は原告に100万円を払え、との判決を求める」という判決主文の下書き)。請求の原因はその結論を基礎づける理由(どういう事実からその請求が出てくるか)。趣旨が結論・原因が理由、と押さえる。例外として、簡易裁判所では口頭で訴えを起こすこともできる(民訴271条)。
提出された訴状は、裁判長がチェックする。これを訴状審査という(民訴137条・裁判長の訴状審査権)。
- 必要的記載事項に不備があれば、裁判長は補正命令を出す。手数料(訴額に応じた印紙代)未納も補正の対象。
- それでも直さなければ、訴状却下命令で訴状を突き返す。これは審理に入る前の入口で訴状の形式不備を理由に出す命令で、不服は即時抗告で争う。訴えそのものの当否を判断する却下”判決”とは場面も手続も違う(別物)。
なお、令和4年のIT化改正で訴状のオンライン提出・訴訟記録の電子化が導入され、DV被害者などのために当事者の住所を相手に伏せる秘匿制度も入った。
訴状の送達と訴訟係属
訴状が受理されると、裁判所はその訴状を被告に届ける。これが送達だ。大事なのは、送達は当事者が勝手に送るのではなく、裁判所(裁判所書記官)が職権で行うこと=職権送達主義。原則は名宛人に直接手渡す交付送達で、本人がいなければ補充送達、受取りを拒めば差置送達、それも難しければ付郵便送達、所在がまったく分からなければ最後の手段として公示送達、というバリエーションがある。
そして、この送達によって決定的なことが起きる。被告に訴状が届いた瞬間、訴訟係属が発生する。訴訟係属とは「特定の請求について、特定の当事者の間で、審理が現に裁判所に係属している状態」をいう。
覚えるポイント — 訴訟係属の発生時期(急所)
- 訴訟係属が生じるのは、原告が訴状を出した時ではなく、被告に訴状が送達された時。
- 訴え提起の時点と、係属発生(送達)の時点にはタイムラグがある。
- この起点の違いは、後編#5bの二重起訴が「いつから禁止されるか」で効いてくる。被告が手続に取り込まれて初めて重複が問題になる。
訴え提起の効果——時効の完成猶予と訴訟係属
訴えを起こすと、実体法上と訴訟法上の2種類の効果が生じる。
① 実体法上の効果=時効の完成猶予。裁判上の請求として、時効の完成猶予が生じる(民法147条)。旧法の「中断」は改正民法で完成猶予と更新に整理された。訴えを起こすとまず時効の完成が猶予され(止まり)、勝訴して権利が確定すればそこで時効は更新されゼロから数え直しになる。逆に取り下げ・却下で権利が確定しなかった場合は、そこから6か月の猶予が残るだけ。
② 訴訟法上の効果=訴訟係属と二重起訴の基礎。中心は上で見た訴訟係属の発生と、それを前提にした二重起訴の禁止(次の#5b後編のクライマックス)。なお訴訟係属が生じると、それを土台に派生的な仕組みが使えるようになる——相手に訴え返す反訴、途中で請求を入れ替える訴えの変更、第三者が加わる訴訟参加など。ただしこれらの要件・手続は、反訴・訴えの変更が#14、訴訟参加が#15と、それぞれ専用回で扱う。
短答ひっかけ
- 3つの効力の分配——既判力は3類型すべて/執行力は給付判決だけ/形成力は形成判決だけ。「強制執行したいならどの訴えか」=給付の訴え。
- 必要的記載事項は2つ——「当事者及び法定代理人」と「請求の趣旨及び原因」(134条2項)。趣旨=結論、原因=理由。混同しない。
- 訴状却下”命令”と却下”判決”は別物。訴状却下命令=入口の形式不備・即時抗告。却下判決=訴えの当否の門前払い。
- 訴訟係属の発生は「送達時」(訴状提出時ではない)。二重起訴の起点として効く。
- 形式的形成訴訟(境界確定訴訟)=形は形成・実質は非訟。処分権主義・弁論主義が通常どおり働かない。確定するのは筆界(公法上の境界)で所有権界とは別。
- 時効は「中断」ではなく「完成猶予」と「更新」(改正民法)。訴え提起で完成猶予→勝訴確定で更新。
📝 論文の型
この回は第3編の入口を作る解説(理解)回。手続の骨格と各制度の所在を示し、規範定式・あてはめは対応する論文回・専用回で実演する。
- 訴えの利益・確認の利益——確認の訴えに特有の「いま確認する必要があるか」という関門。規範定式と3要件のあてはめは訴訟要件回(#7)で扱う(この回は所在を示すだけ)。
- 訴え提起の効果の整理——実体法上(時効の完成猶予・更新/民法147条)と訴訟法上(訴訟係属→二重起訴の基礎)を切り分けて論じる型。「いつ・何が生じるか」を送達時を軸に時系列で示す。
今日の地図(保存版)
- 手続の線:訴え(訴状)→裁判長の訴状審査→被告への送達→訴訟係属の発生、という一本の流れ。
- 訴えの三類型:給付=執行力/確認=既判力のみ(+確認の利益の関門・#7)/形成=形成力+第三者効(法定主義)。欲しい効力から逆算して選ぶ。形式的形成訴訟(境界確定)は形は形成・実質は非訟。
- 訴え提起の手続:訴状主義(要式行為)。必要的記載事項=当事者及び法定代理人/請求の趣旨及び原因(134条2項)。訴状審査(137条)→補正命令→訴状却下命令(即時抗告)。簡裁は口頭可(271条)。令和4年IT化・秘匿制度。
- 送達と係属:職権送達主義(書記官が職権で)。係属は被告への送達時に発生(提出時ではない)=二重起訴の起点。
- 訴え提起の効果:実体法上=時効の完成猶予(147条・勝訴確定で更新)/訴訟法上=訴訟係属と二重起訴の基礎。派生手続(反訴・訴えの変更=#14/訴訟参加=#15)。
次回は #5b〈後編〉「訴訟物と二重起訴の禁止——『同じ事故』で、二度訴えられるか」。前編で何度も出てきた”訴えの単位”=訴訟物の正体、その数え方をめぐる旧説と新説、そして二重起訴の禁止まで、前編の手続の線と合流させて一気に決着させる。
参照条文
- 民訴134条(訴え提起の方式・訴状の記載事項)
- 民訴137条(裁判長の訴状審査権)
- 民訴271条(口頭による訴えの提起)
- 民法147条(裁判上の請求等による時効の完成猶予・更新)