訴訟上の和解
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第3章 訴訟の終了 #63/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
和解調書があるのに、相手が守らない
図:冒頭事案の関係図
- A=原告、Bを訴えて審理中
- B=被告、途中でAとBが話し合い、Bが期限までに一定額を支払う内容で和解が成立
- 期限が来てもBが支払わない、という問い
前回は、当事者が自分の意思だけで訴訟を終わらせる3つの道、取下げと放棄と認諾を見ました。取下げは訴訟をなかったことにする道、放棄と認諾は自分の負けを認めて判決と同じ効力を残す道でしたね。今日はもう1つ、当事者の意思で訴訟を終わらせる道を見ます。ただし今日のものは、一方が折れるのではなく、双方が譲り合って作る道です。こんな場面を考えます。原告Aさんが被告Bさんを訴えて、審理が始まっていました。途中でAさんとBさんが話し合い、Bさんが期限までに一定額を支払うという内容で和解が成立したとします。ところが期限が来ても、Bさんが支払いません。Aさんは、判決文ではなく和解の記録を手にしています。Aさんは次に何ができるでしょうか。
支払いを求める内容なら、それはできます。ただし、今日はもう1つ別の展開も考えます。もしAさんが「あの和解は、実は脅されて仕方なく応じただけだ」と言い出したらどうなるか、という展開です。これは終わりに戻ってきます。先に答えの形だけ言っておきます。既判力とは、確定した判断の中身を、後の裁判で当事者も裁判所も争い直せなくする拘束力のことです。和解には確定判決と同一の効力が生じますが、この既判力まで認めるかには争いがあります。だからこそ、和解を争い直す道が、争う理由に応じて2つ用意されています。
図:前回の一覧板を参照する橋渡し
- 判決・和解・取下げの内訳
- 和解の3割強が今日の主役
前回、第一審の終わり方の内訳を見ました。判決で終わるのがおよそ半分以下で、和解で終わるものが3割強ありましたね。今日はその3割強の中身を見ていきます。
和解の位置づけと、判決より優れる点
図:3層の包含図
- 民法上の和解=民695条696条・裁判外の和解契約
- 訴え提起前の和解=即決和解・275条・簡裁
- 訴訟上の和解=訴訟係属中・本回の主役
まず「和解」という言葉には3つの層があります。一番広いのは、裁判とは関係なく当事者どうしで示談する民法上の和解です。次に、そもそも訴訟を起こす前に、簡易裁判所に和解を申し立てる即決和解というものもあります。これは275条に定めがあります。今日の主役は、訴訟が始まった後、審理の途中で成立する訴訟上の和解です。
条文民事訴訟法89条1項
民事訴訟法89条(裁判所等が和解を試みること等)1項 裁判所は、訴訟がいかなる程度にあるかを問わず、和解を試み、又は受命裁判官若しくは受託裁判官に和解を試みさせることができる。
89条1項です。裁判所は、訴訟がどの段階にあっても和解を試みることができます。審理の最初でも、証拠調べの後でも構いません。
図:判決より優れる点の一覧板
和解には、判決には無い優れた点が4つあります。1つめは、柔軟な解決ができることです。判決は原告が求めた請求について白黒つけるだけですが、和解なら請求以外の関係も一緒に取り込んだり、第三者を交えたりできます。2つめは、当事者の自治が働くことです。中身を自分たちで作るので、当事者の関係を必要以上に傷つけずに済みます。3つめは、早期に紛争を終わらせられることです。控訴のような不服申立てをされる余地がありません。4つめは、任意の履行が期待できることです。自分で合意した内容だからこそ、進んで守ろうという気になります。
当事者同士の話し合いで中身を決めた分だけ話が早いし、自分で決めたことだから守る気にもなります。これが4つの優れた点の正体です。もう1つ大事な視点があります。和解は、成立した内容そのものだけでなく、そこに至るまでの話し合いや交渉の過程そのものが重要だと言われます。譲り合いのプロセスの中で、当事者が自分の主張の弱さに気づいたり、相手の事情を知ったりすることに意味があるんです。
要件3つ
図:要件3つの一覧板
ただし、この手打ちは何でも認められるわけではありません。要件が3つあります。①対象につき当事者が処分権を持つこと、②内容が公序良俗に反しないこと、③訴訟能力があることです。この3つは、前回見た請求の放棄・認諾にもそのまま共通する要件です。
図:要件①の全体像
- 原則=当事者が処分できる対象でなければ和解不可
- この後、人事訴訟と会社訴訟という2つの例外類型を順に見る
要件①、処分権から見ます。以前見た処分権主義を思い出してください。訴訟を起こすかどうか、何を求めるか、判決以外の方法で終わらせるかを当事者が決められる、という原則です。和解も、当事者が処分できる対象でなければ成り立ちません。
図:人事訴訟の原則と例外
- 原則=人事訴訟は不可・19条2項
- 例外=離婚離縁は和解・放棄・認諾いずれも可・書面による認諾のみ除く・37条1項
条文人事訴訟法19条2項
人事訴訟法19条2項 人事訴訟における訴訟の目的については、民事訴訟法第二百六十六条から第二百六十七条の二までの規定は、適用しない。
離婚や親子関係のような身分関係を扱う人事訴訟では、原則としてこの規定により和解も放棄も認諾もできません。身分関係は当事者だけの問題ではなく、それ以外の多くの人にも影響する公益性があるからです。兄弟げんかの例で言えば、「お前んちの土地を俺にくれ」というような、そもそも当事者の一存で決めていい話ではない要求だと考えてください。
条文人事訴訟法37条1項
人事訴訟法37条1項 離婚の訴えに係る訴訟における和解(これにより離婚がされるものに限る。以下この条において同じ。)並びに請求の放棄及び認諾については、第十九条第二項の規定にかかわらず、民事訴訟法第二百六十六条(第二項中請求の認諾に関する部分を除く。)、第二百六十七条第一項及び第二百六十七条の二の規定を適用する。ただし、請求の認諾については、第三十二条第一項の附帯処分についての裁判又は同条第三項の親権者の指定についての裁判をすることを要しない場合に限る。
ただし例外があります。離婚訴訟と、準用される離縁訴訟です。離婚も離縁も、裁判外の協議だけで成立させられる関係なので、訴訟の中で和解して終わらせても不都合が無いんです。ここで注意が必要です。条文の括弧をよく見てください。「第二百六十六条(第二項中請求の認諾に関する部分を除く)」とあります。除かれているのは、266条の2項のうち、書面を出した当事者が期日に出頭しなくても認諾したものとみなす、という書面による認諾の仕組みだけです。離婚訴訟でも、和解・放棄・認諾はいずれもできますが、認諾は期日に出頭して口頭でする必要があります。
離婚という身分関係を、本人が期日に出て確かめることなく、書面の提出だけで成立させるべきではない、と考えられます。ただし37条1項にはただし書があって、認諾にはさらに制限がかかります。財産分与などの附帯処分についての裁判や、子の親権者の指定についての裁判をする必要がある場合は、認諾だけではその部分まで決着できないので、これらの裁判が不要な場合に限って認諾ができるとされています。子や財産の定めは当事者どうしの言い分だけで済ませず、裁判所の判断を要するからです。
図:会社訴訟の2つの例外
- (a)会社の組織に関する訴え=会社法838条・認容判決の効力が第三者に及ぶ対世効
- 認諾しても対世効は生じない・請求棄却の効力は当事者間限りだから放棄は許される・(b)株主代表訴訟=会社850条1項・会社が和解の当事者でないときは会社の承認がなければ267条の効力が会社の権利について生じない
もう1つ別の場面です。まず、会社の組織に関する訴えを考えます。例えば会社の設立や決議の効力を争う訴えでは、認容判決の効力が当事者以外の第三者にも及びます。これを対世効と呼びます。この類型では、当事者が第三者にまで及ぶはずの効力を勝手に作り出すことはできません。ですから、請求を認諾しても、その調書に第三者にまで及ぶ効力、つまり対世効は生じません。これに対して、棄却判決の効力は当事者どうしの間だけで完結します。だから、放棄という形で訴訟を終わらせても支障はありません。認容側の効力は第三者に及ぶから慎重に、棄却側の効力は当事者間で完結するから自由に、という非対称な結論です。
条文会社法850条1項
会社法850条1項 民事訴訟法第二百六十七条の規定は、株式会社等が責任追及等の訴えに係る訴訟における和解の当事者でない場合には、当該訴訟における訴訟の目的については、適用しない。ただし、当該株式会社等の承認がある場合は、この限りでない。
もう1つが、株主代表訴訟、条文でいう責任追及等の訴えです。こちらは対世効の話ではありません。株主が会社に代わって、取締役などの責任を追及する訴訟です。会社がこの和解の当事者になっていないときは、会社が承認しない限り、267条の確定判決と同一の効力は会社の権利については生じません。850条には、いま見た1項に続けて、裁判所が和解の内容を会社に通知し、2週間以内に書面で異議が無ければ会社が承認したものとみなす、という定めが別の項に置かれています。要件②、内容が公序良俗に反しないことです。和解や認諾には強制執行を許すなどの強い効力が生じますから、法令や公序良俗に反する内容は認められません。なお、請求の放棄は、原告の請求が無いことが定まるだけなので、この要件そのものが問題になりません。さきほど、この要件は放棄・認諾にも共通すると言いましたが、この点だけは放棄側では働かない、ということも押さえておいてください。要件③、訴訟能力があることです。被保佐人や被補助人、後見人など法定代理人によるときは本人や後見監督人等の特別授権が、訴訟代理人によるときは本人の特別委任が必要でした。これは以前、訴訟能力の回で見た内容と同じです。兄弟げんかで言えば、片方がまだ約束の意味も分からない年齢なら、その手打ちは成り立たない、という要件です。なお、和解が成り立つには、判決をもらうときに求められる訴訟要件が全部そろっている必要まではありません。
手続(IT化を含めて)
図:手続一覧板
- 89条=裁判所がいつでも試みる
- 264条=書面和解
- 265条=裁定和解
- 275条の2=和解に代わる決定
手続の方を見ていきます。原則は、当事者が期日に出頭して、裁判所の面前で合意します。ただし、出頭が難しい当事者のための特則があります。
条文民事訴訟法264条1項・2項
民事訴訟法264条(裁判所等が提示した和解条項案の受諾)1項・2項 当事者の一方が出頭することが困難であると認められる場合において、その当事者があらかじめ裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官から提示された和解条項案を受諾する旨の書面を提出し、他の当事者が口頭弁論等の期日に出頭してその和解条項案を受諾したときは、当事者間に和解が調ったものとみなす。 2 当事者双方が出頭することが困難であると認められる場合において、当事者双方があらかじめ裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官から和解が成立すべき日時を定めて提示された和解条項案を受諾する旨の書面を提出し、その日時が経過したときは、その日時に、当事者間に和解が調ったものとみなす。
これが書面和解です。1項は、一方だけが出頭困難な場合です。その当事者があらかじめ、裁判所が示した和解条項案を受諾する書面を出しておき、もう一方が期日に出頭して受諾すれば、その時点で和解が調ったとみなされます。2項は、双方とも出頭困難な場合です。双方が書面を出し、和解が成立すべき日時として定められた日が来れば、その日に和解が調ったとみなされます。
条文民事訴訟法265条1項・2項・3項・5項
民事訴訟法265条(裁定和解)1項・2項・3項・5項 裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は、当事者の共同の申立てがあるときは、事件の解決のために適当な和解条項を定めることができる。 2 前項の申立ては、書面でしなければならない。この場合においては、その書面に同項の和解条項に服する旨を記載しなければならない。 3 第一項の規定による和解条項の定めは、口頭弁論等の期日における告知その他相当と認める方法による告知によってする。 5 第三項の告知が当事者双方にされたときは、当事者間に和解が調ったものとみなす。
もう1つが裁定和解です。当事者双方が共同で申し立てて、裁判所に和解条項を決めてもらう仕組みです。1項のとおり、事件の解決に適当な和解条項を裁判所が定められます。2項で、この申立ては書面でし、あらかじめその和解条項に服すると記載しておく必要があります。3項で、その中身は期日での告知などで示され、5項で、その告知が当事者双方にされた時点で和解が調ったとみなされます。書面和解が当事者どうしの受諾で決まるのに対し、裁定和解は中身の決定そのものを裁判所に委ねる点が違います。なお、265条4項により、告知の前であれば、この申立ては相手方の同意なしに取り下げられます。
内容を自分たちで決めていないように見えても、当事者双方が「裁判所の決める条項に服する」と自分の意思で選んだ結果ですから、やはり当事者の意思にもとづく和解の一種です。
図:和解に代わる決定の分岐図
- A=原告が金銭請求
- B=被告が事実を争わず防御方法も出さない
- 裁判所がBの資力等を考慮し分割払等を決定
- Bが異議なし=裁判上の和解と同一の効力
- Bが異議あり=決定失効
もう1つ、和解に代わる決定という仕組みもあります。これは簡易裁判所の特則として詳しくは別の回で扱いますが、骨子だけ見ておきます。
条文民事訴訟法275条の2第1項・第3項・第5項
民事訴訟法275条の2(和解に代わる決定)1項・3項・5項 金銭の支払の請求を目的とする訴えについては、裁判所は、被告が口頭弁論において原告の主張した事実を争わず、その他何らの防御の方法をも提出しない場合において、被告の資力その他の事情を考慮して相当であると認めるときは、原告の意見を聴いて、第三項の期間の経過時から五年を超えない範囲内において、当該請求に係る金銭の支払について、その時期の定め若しくは分割払の定めをし、又はこれと併せて、その時期の定めに従い支払をしたとき、若しくはその分割払の定めによる期限の利益を次項の規定による定めにより失うことなく支払をしたときは訴え提起後の遅延損害金の支払義務を免除する旨の定めをして、当該請求に係る金銭の支払を命ずる決定をすることができる。 3 第一項の決定に対しては、当事者は、その決定の告知を受けた日から二週間の不変期間内に、その決定をした裁判所に異議を申し立てることができる。 5 第三項の期間内に異議の申立てがないときは、第一項の決定は、裁判上の和解と同一の効力を有する。
金銭の支払いを求める訴えで、被告が事実を争わず、何の防御もしてこない場合、裁判所は被告の資力などを考慮して、支払時期や分割払いの定めをした決定ができます。分割払いを定めるときは、支払いを怠った場合の期限の利益喪失についても定めておく必要があります。この決定に対しては、告知から2週間以内なら異議を申し立てられます。異議が無ければ、この決定は裁判上の和解と同一の効力を持ちます。異議が出れば、決定はその効力を失います。
図:ウェブ会議の板
- 89条2項=音声の送受信により同時に通話をすることができる方法
- 映像は要件ではない
- 89条3項=出頭しないで関与した当事者は出頭したものとみなす
条文民事訴訟法89条2項・3項
民事訴訟法89条2項・3項 裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、和解の期日における手続を行うことができる。 3 前項の期日に出頭しないで同項の手続に関与した当事者は、その期日に出頭したものとみなす。
令和4年改正で加わった2項も見ておきます。裁判所は相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、音声の送受信により同時に通話をすることができる方法で和解の期日を行えます。映像も映さないといけないんですか。そこが引っかけになりやすい所です。条文が求めているのは「音声の送受信により同時に通話をすることができる方法」であって、映像は要件ではありません。電話会議のような方法でも足ります。そして3項のとおり、その期日に出頭しないでこの方法に関与した当事者は、出頭したものとみなされます。以前、口頭弁論とウェブ会議の回で見た対比を思い出してください。口頭弁論の期日だけは映像と音声の両方が必要で、審尋や弁論準備手続の期日は音声だけで足りる、という区別でしたね。和解の期日も、音声だけで参加できる側に入ります。ここで離婚訴訟に話を戻します。人事訴訟法37条3項により、離婚の訴えに係る訴訟では、いま見た書面和解・裁定和解の規定は使えません。さらに37条4項により、音声だけの期日、つまりいまの89条2項の方法で関与した当事者は、その期日の中で離婚の和解や認諾をすることができません。ただし映像も送受信するウェブ会議の方法で行われた場合は別です。いずれも、身分関係にかかわる重い決断を、本人の姿が見えない形で済ませるべきではない、という同じ考え方にもとづきます。実務では、期日に一方の当事者だけを退席させて、裁判所がもう一方から個別に話を聴くという方式がよく使われます。これを交互面接方式と呼びます。リラックスした雰囲気で本音を引き出しやすいという利点がある一方、退席させられた側は、その場で何を話されているか分からず、反論もできません。裁判所が両者に異なる心証を示して和解に誘導しているのではないか、という不信感につながる危うさもあります。
両方を同席させて話を聴くべきだという批判は、学説にも実際にあります。当事者双方が同席する対席方式を採るべきだという指摘です。交互面接方式は実務で多用されていますが、この批判があることも押さえておいてください。
効力と、既判力の争い
図:効力の板
- 267条1項=確定判決と同一の効力
- 給付条項なら執行力・民執22条7号
- 形成条項なら形成力
和解が成立すると、どんな効力が生まれるでしょうか。前回見た267条1項がここでも効いてきます。裁判所書記官が電子調書を作成しファイルに記録すると、和解にも確定判決と同一の効力が生じるのでしたね。この効力から、訴訟を終わらせる効果に加えて、内容に応じた効力が枝分かれします。金銭の支払いのような給付を内容とする条項には執行力が生じ、そのまま強制執行ができます。権利関係を変動させる形成条項には形成力が生じます。そこで、今日の一番の争点にたどり着きます。判決と同じ効力と言うとき、既判力、つまりあとの裁判で争い直せなくする拘束力まで含めてよいかどうかは、争いがあるんです。前回、放棄や認諾に既判力まで認めてよいかは、和解とまとめて扱うと言いました。ここでその宿題を回収します。
⭐ 論文で書く規範:訴訟上の和解に既判力を認めるか 訴訟上の和解の効力について、既判力を認めるかどうかは考え方が分かれる。無制限に認める説、場合により制限する説、既判力そのものを否定する説が対立しており、否定的な立場の理由づけは、和解は当事者の意思にもとづく行為であって瑕疵があれば効力を欠くはずであり、放棄・認諾と同様に裁判所による内容審査を経ていないから、というものである。 (規範(通説で立てる))
図:既判力をめぐる3つの説の対比板
- 無制限に認める説=267条の文言どおり・蒸し返しを防ぐ
- 場合により制限する説=錯誤や強迫などで無効・取消しなら既判力は生じない
- 否定する説=合意にすぎず裁判所が中身を審査していない・既判力なし
もし既判力を全面的に認めてしまうと、当事者はもう「あの和解は錯誤だった」というような主張ができなくなり、再審事由が認められる場合にしか争えなくなります。以前見た338条1項の再審事由を思い出してください。詐欺や強迫が絡む極端な場合しか救済されない、かなり狭い入口です。条文だけを読めば、確定判決と同一の効力なのだから既判力も含む、と考えるのが素直です。同じ争いを蒸し返させずに済むという利点もあります。ただ、それでは合意に傷があっても判決並みに縛られてしまう。そこが硬直しすぎている、というのが多くの学説の出発点です。兄弟げんかの例に戻ります。親が最初、「お前たちで決めたなら、それでいい」と受け入れたとします。ところがあとから「実はお兄ちゃんに脅されて、もう泣かないと言わされただけだった」と分かったとき、親が「もう決まったことだから」と押し通していいはずがありません。和解に既判力を全面的に認めるかどうかの議論は、この直感を条文の言葉でどう説明するか、という話なんです。3つの説は、条文の文言を貫くか、和解が当事者の合意だという性質を貫くか、その間で線を引くか、の違いです。冒頭の、Aさんが「脅されて応じた」と言い出す場面で、3つの説を比べます。無制限に認める説では、再審事由に当たらない限り、Aさんはもう争えません。場合により制限する説では、強迫を理由に和解が取り消されれば既判力は生じず、Aさんは争えます。否定する説では、そもそも既判力が無いので、Aさんは取消しを主張して争えます。
後の2つは、裁判所が中身を審査していない和解に、判決と同じ重さを与えるのは行き過ぎだ、と考える点で共通しています。例えば、実際にあった判決を見てみます。ある和解は、代物弁済、つまり本来の給付に代えて別の物を渡して弁済したとする合意でしたが、その受け取った品物が粗悪品だったことから、契約の重要な部分についての勘違い、つまり要素の錯誤があったとして無効と判断されました。
判例最判昭和33年6月14日(民集12巻9号1492頁)
和解が要素の錯誤で無効なら実質的確定力を持たないとした判決 しかし、原判決は、本件和解は要素の錯誤により無効である旨判示しているから、所論のごとき実質的確定力を有しないこと論をまたない。
この判決は、和解が錯誤で無効なら、その和解には確定判決と同じような実質的確定力、つまり既判力にあたるものは無い、と述べています。もし既判力を全面的に認める立場を採るなら、こうした結論は出てきません。この判決は、既判力を制限的に考える立場と親和的だと言えます。ただし、なぜ既判力を否定してよいのかという理由づけは、そもそも既判力とは何かという考え方そのものに左右されます。この既判力の意義そのものは、この後の回で扱いますので、今日は「争いがある」ということと、多数の立場が争い直しの必要性を認めている、という結論だけ押さえてください。
和解の争い直し
図:争い直し2つの道の分岐図
- A=原告が和解内容に不服
- 無効・取消しの主張=①期日指定の申立てで訴訟復活
- 契約の解除の主張=②新訴の提起
少し前の内容を思い出してください。取下げは訴訟をなかったことにする、と見ましたね。和解も同じように、後から簡単になかったことにできるのでしょうか?さっきの既判力の話からすると、簡単には無理そうですね。ただ、争い直す道自体は用意されています。当事者は、代理権が無かったことや、錯誤、詐欺による取消し、成立後の事情の変更などを理由に、和解を争い直そうとすることがあります。その方法には2つの道があります。1つは、期日指定の申立てをして、和解の前の訴訟手続を復活させる道です。前回、取下げを争い直す場面で見た、あの期日指定の申立てと同じ道具です。もう1つは、新しく訴えを起こす道です。和解が無効だという確認を求める訴え、原告がもう一度給付を求める訴え、被告からは、強制執行を止めるための請求異議の訴えなどがこれにあたります。
図:判例の整理板
- 無効・取消しの主張=期日指定の申立てで訴訟を続ける道として整理されてきた
- 契約の債務不履行による解除の主張=新訴の提起・最判昭和43年2月15日
そこを整理する視点の1つが、無効・取消しと、解除とで理由を分けて考えることです。無効・取消しを主張する場合は、和解がそもそも無かったことになるわけですから、期日指定の申立てをして、和解より前の訴訟手続を続行し、その中で和解の効力を争う、という道が考えられてきました。さきほど見た昭和33年の判決も、この考え方と親和的です。品物が粗悪品だったことから代物弁済の意思表示に要素の錯誤があり、和解が無効だと判断された事件でしたね。あの事件では実際、和解の後も元の訴訟の審理がそのまま続けられ、最終的に請求が認容されています。苺ジャム事件と呼ばれる有名な事件です。もう1つは、和解が成立した後になって、和解の内容である私法上の契約が守られなかったことを理由に、その契約を解除できるかが争われた事案です。
判例最判昭和43年2月15日(民集22巻2号184頁)
和解成立後の契約解除では訴訟は復活しないとした判決 訴訟が訴訟上の和解によつて終了した場合においては、その後その和解の内容たる私法上の契約が債務不履行のため解除されるに至つたとしても、そのことによつては、単にその契約に基づく私法上の権利関係が消滅するのみであつて、和解によつて一旦終了した訴訟が復活するものではないと解するのが相当である。
なぜそう言えるのでしょうか。和解によって訴訟が終わるという効果は、和解が成立した時点でもう発生しています。後になってその中身である契約が債務不履行を理由に解除されても、消えるのは私法上の権利関係だけです。一度終わった訴訟そのものが、それで生き返るわけではありません。だから、この場合は新しく訴えを起こして、権利関係をあらためて確定させるべきだ、という考え方になります。
⭐ 論文で書く規範:和解の争い直しの手続選択 和解の無効・取消しを主張する場合は、期日指定の申立てにより従前の訴訟手続を続行して和解の効力を争う道が考えられてきた。和解の内容である契約を債務不履行により解除する場合は、訴訟は当然には復活せず、別訴を提起して権利関係を確定すべきである。 (規範(判例・通説))
整理すると、無効・取消しなら期日指定の申立て、契約の債務不履行による解除なら新訴、という使い分けです。それぞれに利点があります。期日指定の申立てなら、これまでの訴訟状態をそのまま使えて申立ても簡便ですし、和解に関与した裁判官のもとで条項の解釈をしてもらえます。新訴を起こす道なら、三審級の審理を受けられるという保障があります。そこで、無効・取消しを主張する場面では、当事者がこの利点を踏まえて、期日指定の申立てと、和解が無効だという確認を求める訴えのような新訴のどちらでも選べる、という立場が有力です。解除の場面は、昭和43年の判決のとおり新訴の道になります。具体的に言うと、冒頭の事案そのものが、この解除の場面に近い例です。Bさんは期限までに支払うと約束していたのに、それを守りませんでした。この場合、Aさんは和解の内容である支払いの合意を、Bさんの債務不履行を理由に解除することができます。もちろん、そのまま強制執行で取り立てることもできます。それでも和解そのものをやめにしたい、というときの話です。ただし、それで訴訟が生き返るわけではなく、Aさんは新しく訴えを起こして、あらためて権利を確定させる必要があります。もし逆に、Aさんが「あの和解は、実は脅されて仕方なく応じただけだ」と無効を主張するなら、期日指定の申立てで、和解より前の訴訟手続に戻って争うことができます。同じ「和解を蒸し返す」場面でも、理由によって使う道具が違うんです。
4つの問いを1周する
図:締めの4問対比板
今日の4つの問いを1周します。まず、和解には判決より優れた点がありました。柔軟な解決、当事者の自治、早期終結、そして任意の履行という4つです。次に、誰でも自由に和解できるわけではありませんでした。処分権、公序良俗、訴訟能力という3つの要件が歯止めになっていました。手続では、書面和解、裁定和解、そして令和4年改正のウェブ会議まで見ました。そして、和解にも判決と同じ既判力を認めてよいかという問いでは、多くの学説がそのまま認めることに慎重で、争い直しには期日指定の申立てと新訴という2つの道が用意されていました。
冒頭の事案で言えば、Aさんは和解調書を持っている以上、まずはそれにもとづいて強制執行を求められます。ただ、もしその和解自体に問題があったのなら、Aさんにも争い直す道が残されている。今日はそのことを一本の線で見てきました。取下げ・放棄・認諾・和解、これで当事者の意思による訴訟の終わらせ方を一通り見ました。次は、当事者ではなく、裁判所が判断を下して終わらせる、判決による終了に移ります。
参照条文
- 民事訴訟法89条1項
- 人事訴訟法19条2項
- 人事訴訟法37条1項
- 会社法850条1項
- 民事訴訟法264条1項・2項
- 民事訴訟法265条1項・2項・3項・5項
- 民事訴訟法275条の2第1項・第3項・第5項
- 民事訴訟法89条2項・3項