一部請求の書き方(前編)
事故の損害800万円のうち500万円を一部だと明示して請求し、棄却されたXが、残りの300万円を求めてまた訴えた事例を素材に、明示のある一部請求の訴訟物と既判力の範囲、明示がなかった場合の扱い、棄却後の残部請求を信義則で止める判例の規範とあてはめを、答案の順に確認します。
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ゼロから民事訴訟法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
事例
図:X・Y・Wと、前訴・後訴
Xは、ビルのオーナーです。令和6年4月1日、デザイン会社Yに、ビルの2階の事務所を、賃料月額30万円で貸しました。令和7年6月30日にYが退去する、その最後の週の話です。令和7年6月28日、立ち会いに来たXが、Yの従業員Wの搬出作業の場面に居合わせました。Wが運び出していた大型のスチール書棚の角が、Xの右肩に当たり、Xは右肩を骨折しました。Wは、Xに「搬出中は通路に入らないでください」と声を掛けていましたが、Xは通路に入っていました。
Xは、Yの使用者責任を問うことにしました。損害は、治療費150万円、休業損害350万円、慰謝料300万円で、合わせて800万円と見込まれます。ただ、裁判でどこまで認められるのか、見通しが立ちません。そこでXは、令和7年10月、A地方裁判所に訴えを提起しました。その訴状には、「本件事故による損害は総額800万円であるところ、本訴ではその一部の500万円を請求する」と書きました。これを、前訴と呼びます。残りについて、あとで請求するとも、しないとも、書きませんでした。
Yは、Wに過失はなく、Xが自分で通路に入ったのだと争いました。裁判所は、Wは搬出する経路に仕切りを置き、声も掛けていて、過失はないと判断して、請求を棄却しました。この判決は、令和8年4月に確定しました。ところが、令和8年6月、Xは、同じ事故による損害の残りの300万円、つまり800万円から500万円を引いた額の支払を求めて、Yを被告に、また訴えました。これを、後訴と呼びます。Yは「前訴の蒸し返しだ」と争っています。
前訴で負けたのに蒸し返しに見えることと、一部として請求したのだから残りは別だと言えそうなこと。この2つの引っ張り合いが、この問題の中心です。問いは、「後訴は許されるか」です。ここでは、前訴が棄却された場合を見ます。前訴が認められた場合は、後編で見ます。あわせて、もし前訴の訴状に一部だという記載がなく、「損害は500万円」とだけ書いてあったら、結論はどう変わるのかも確かめます。
検討の順番
図:既判力から、信義則まで
順番を決めます。後訴が許されるかは、まず、前訴の確定判決の既判力が、残りの300万円に及ぶかで決まります。既判力が及ぶなら、前訴の判断と食い違う主張は、もうできないからです。そこで、まず114条1項を示し、次に、前訴の訴訟物が何だったのかが条文に書かれていないことを、問題の所在として挙げます。そのうえで、既判力が及ぶかを言い切ります。
既判力が及ばなければ終わり、ではありません。そこからが、本番です。既判力が及ばなくても、別の理由で後訴が許されないことがあります。ここでは、既判力の次の段階まで、続けて検討します。
条文民事訴訟法114条1項
民事訴訟法114条1項(既判力の範囲)
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
114条1項です。確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。音読すれば出てくる条文ですから、成立要件です。覚える規範ではありません。
ここで、確認です。確定判決の既判力が生じるのは、主文のどの部分でしょうか?
主文で判断された、訴訟物の存否です。前訴でいえば、Xの「Yに500万円を払わせる権利」があるかどうか、という判断です。理由の中で述べられた事実の認定などには、既判力は生じません。つまり、後訴に既判力が及ぶかは、前訴の訴訟物が何だったかで決まります。ここで、問題が出てきます。
第1 前訴の訴訟物は何か——一部請求と明示
図:800万円のうち500万円。訴訟物は、どこまでか
前訴でXが求めたのは、800万円のうちの500万円でした。でも、これは、1つの損害賠償の債権の、数量的な一部です。この場合、前訴の訴訟物は、800万円の債権の全部なのでしょうか。それとも、500万円の部分だけなのでしょうか。
請求したのは500万円だけなのだから、訴訟物も500万円だけ、と考えたくなります。この、請求した額だけが訴訟物になる、という見方は、半分は正しくて、半分は危ういところです。訴訟物が全部だとすれば、既判力は800万円の全部に及び、残りの300万円も、もう争えません。一部だとすれば、残りには及びません。結論が、まるごと変わります。そして、どちらなのかは、条文のどこにも書かれていません。そこで、一部請求の訴訟物は何か、が問題になります。
図:規範と答案の型|一部請求の訴訟物
判例最判昭和37年8月10日 民集16巻8号1720頁
最高裁判所判決(一部であることを明示して訴えが提起された事件)
一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合は、訴訟物となるのは右債権の一部の存否のみであつて、全部の存否ではなく、従つて右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である。
判例は、こう言っています。一個の債権の数量的な一部についてだけ、判決を求めると明示して訴えた場合には、訴訟物になるのは、その一部の存否だけです。全部の存否ではありません。だから、その一部についての確定判決の既判力は、残りの請求には及びません。前に処分権主義のところで見た、3つの立場のうちの、判例の立場です。明示説と呼びます。
なぜ、明示した場合に限るのでしょうか。判決は、理由を短くしか述べていません。学説は、3つの調和で説明します。1つ目は、処分権主義のもとでは、原告が、どこまで請求するかを自分で決められます。2つ目、一部だと分かれば、被告は、残りも、あとで請求されうると、前もって分かります。不意打ちにはなりません。必要なら、146条の反訴、つまり、同じ裁判の中で被告のほうから訴え返して、残りの債務がないことの確認を求め、全部をこの裁判で決着させることもできます。3つ目、原告には、結果の見通しが立たないときに、まず一部だけ試しに請求したい事情があります。1つ目と3つ目は、原告が一部だけ請求できることを求めます。2つ目は、それが被告に分かる形で行われることを求めます。この両方を満たすのが、一部だと明示した場合です。
身近なたとえにしてみます。クリーニング店に、スーツを預けるとき、「このうち、上着だけ仕上げてください」と言われたら、店は、上着だけを仕上げる心づもりをします。ズボンはまだ手つかずで、あとで頼まれるかもしれない、と分かります。何も言われずに、「スーツを仕上げて」と言われたら、上下のセットで預かった、と考えます。仕上げて返せば、上下とも済んだ、と考えます。一部だけの依頼だと、店に分かる形で伝えたかどうかで、店の見通しが変わります。一部請求の明示は、これと同じ働きをします。
図:前訴に当てはめ:明示はあったか
あてはめます。前訴の訴状には、「本件事故による損害は総額800万円であるところ、本訴ではその一部の500万円を請求する」と書いてありました。総額が800万円であることが、書いてあります。そのうえで、500万円は、「その一部」だと、書いてあります。
明示の程度は、どれくらい書けば足りるのでしょうか。判例は、明示の形式を細かく定めてはいません。答案では、訴状の記載や請求原因から、請求が債権の一部であることが、外から分かれば足りる、と書けば足ります。前訴は、一部だということを、そのまま書いていますから、明示は、はっきりあります。
図:結論 既判力は、残部300万円には及ばない
結論です。明示がありましたから、前訴の訴訟物は、損害賠償債権のうち、500万円の存否だけです。前訴の既判力は、残り300万円の部分には、及びません。したがって、既判力を理由には、後訴を止められません。
では、Xは、残りの300万円を請求できるのでしょうか。まだ、結論は出せません。既判力が及ばなくても、後訴を止める別の理由がありえます。その前に、今の結論の裏側を確かめます。もし、明示がなかったら、結論はどう変わるのでしょうか。
第2 もし、明示がなかったら
図:前訴の訴状が「損害は500万円」だけだったら
事実を、1つだけ変えます。前訴の訴状に、一部だという記載がなく、「Xの損害は500万円である」と書いて、500万円を請求していたとします。そのほかは、同じで、前訴は棄却され、確定しました。そして、Xが、残りの300万円を求めて、また訴えます。これを、後訴乙と呼びます。現実の後訴は、後訴甲と呼びます。
図:規範と答案の型|明示がない一部請求
規範は、こうです。一部であることを明示せずに請求した場合は、債権の全部が訴訟物になり、前訴判決の既判力は、残部にも及びます。判例は、こう述べています。請求の全部につき勝訴の確定判決をえた後において、今さら、その請求が訴訟物の一部の請求にすぎなかった旨を主張することは、とうてい許されない。
判例が勝訴の場面の判断だという点は、押さえておくところです。判例の事案は、前訴で勝訴した原告が、あとから「実は一部だった」と主張した場面です。棄却に当てはめるのは、訴訟物が債権の全部になる、という同じ理屈の帰結です。ですから、棄却の場面については、通説の立場として書きます。判例そのものの判断としては、書きません。
明示がなければ、なぜ訴訟物が全部になるのでしょうか。先ほどのクリーニング店のたとえに戻ります。何も言われずに預かれば、上下セットで預かったことになります。同じように、訴状に何も書かなければ、被告は、損害の全体を相手に争うと考えます。被告は、500万円の請求に対して、全体の事故の経緯や、損害が本当にあるのかを、全部、争うことになります。つまり、何も書かなければ、Xは、この事故の損害賠償債権を、丸ごと裁判に持ち出したと扱われます。訴訟物は債権の全部になり、裁判所の判断も、債権の全部についての判断になります。既判力は、訴訟物についての判断に生じるのでしたから、債権の全部に及ぶのです。
図:後訴乙に当てはめ:既判力の結論
あてはめます。前訴の訴状は、「損害は500万円」とだけ書いていて、総額にも、一部であることにも、触れていません。ですから、明示はありません。前訴の訴訟物は、損害賠償債権の全部、つまり800万円です。そうすると、前訴の棄却判決の既判力は、残りの300万円にも及びます。前訴で、Yに損害賠償の責任はないと判断された、その判断に、既判力が生じます。後訴乙で、Xが、残りの300万円を求めて同じ責任を主張しても、前訴の判断と食い違う主張は、遮断されます。
結論は、後訴乙は、請求棄却です。既判力が及ぶ場合は、後訴の裁判所は、前訴の判断に拘束されて、請求に理由がないとして、棄却します。この形は、前に既判力のところで見たものと同じです。
ここで、後訴甲と後訴乙の違いを、並べておきます。明示のある後訴甲は、既判力では止まりません。明示のない後訴乙は、既判力で止まります。つまり、止めるための根拠が、違います。甲は、これから見る別の理由が、問題になります。乙は、既判力の問題で、すでに終わっています。
第3 前訴が棄却された後の残部請求——信義則
図:既判力は及ばない。それでも、後訴甲は許されるか
ここからが、前編の本番です。現実の後訴甲に戻ります。前訴は、明示のある一部請求で、棄却されました。既判力は、残りの300万円には及びません。既判力が残りに及ばないなら、Xは残りの300万円を請求できるのでしょうか?
答案では、ここが分かれ道です。「既判力が及ばないから適法」と書いて終わると、問いの半分で止まった答案になります。前訴で棄却された原告が、同じ債権の残りを、改めて請求することは許されるのか。これを、次の問題として立てます。
前訴で負けたのに、また請求して通るのは、おかしい。けれども、既判力は及ばない。この綱引きを、どう整理するかです。判例は、既判力ではなく、信義則で整理しました。前に処分権主義のところでも、理由まで見た判例です。ここでは、答案に書く形で、規範を確かめます。
図:規範と答案の型|棄却後の残部請求
判例最判平成10年6月12日 民集52巻4号1147頁
最高裁判所判決(数量的な一部請求が棄却された後、残部が請求された事件)
数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、…前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。
判例の筋道を、順に追います。まず、数量的な一部請求は、一部だけを審理するわけではありません。一部を認めるかどうかを決めるには、その債権が、そもそも発生したのか、消えていないのかを、全部について、審理しなければならないからです。
倉庫にたとえます。「倉庫の手前の棚に品があるか、見てほしい」と頼まれても、倉庫の鍵を開けて、台帳を全部調べなければ、手前の棚の在庫は、分かりません。調べた結果、「在庫がない」と言われたのに、あとから、「奥の棚を見てほしい」と持ち出されたら、頼まれた側は、もう終わったはずの調べを、もう一度させられます。判例は、これを、こう言い表しました。棄却判決は、債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。
既判力が及ばない部分についても、前訴は、見てしまっているのです。ただし、既判力が生じるのは、500万円の存否の判断だけでした。それでも、実質的には、残りも存在しないという判断を、前訴が、下している。そこで、判例は、既判力の代わりに、信義則を使いました。信義則は、形のうえでは許される訴えでも、相手の正当な信頼を裏切る使い方なら許さない、という道具です。既判力が、訴訟物という線で区切るのに対して、信義則は、その線の外で起きる、実質的な蒸し返しを止めます。
規範は、こうです。金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されない。根拠になる条文は、民事訴訟法2条です。
条文民事訴訟法2条
民事訴訟法2条(裁判所及び当事者の責務)
裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
2条です。裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。後半の、当事者の責務が、信義則の根拠です。
信義則は、条文に書いてある要件のようなものなのでしょうか。条文に書いてある要件とは、違います。民事訴訟法2条は、信義則の根拠を示しているだけで、「棄却後の残部請求は許されない」とは書いていません。許されない、という基準は、判例が立てたものです。ですから、答案では、判例の規範として書きます。
理由づけは、2つです。1つ目、前訴の確定判決で、その債権の全部について、紛争が解決されたと、被告が期待するのは、合理的だということ。2つ目、その期待に反して、残部を請求すれば、被告に、二重の応訴の負担を強いることになる、ということです。判例の言葉では、被告の合理的期待と、被告に二重の応訴の負担、です。この2つが、答案でも、理由づけとして使う言葉です。
図:後訴甲に当てはめ:前訴の審理と蒸し返し
あてはめます。4つの事実を拾います。1つ目、前訴の審理です。前訴では、Wに過失があったのか、Xが通路に入った経緯はどうだったのか、という、損害賠償債権の発生の原因が、全面的に争われました。そして、Wに過失はないと判断して、請求が棄却されました。ですから、前訴は、500万円の部分だけではなく、債権の全体について、審理されています。
2つ目、後訴甲の中身です。後訴甲は、同じ事故による、同じ請求原因の、残り300万円分を求めるものです。新しい主張も、新しい証拠も、事例には出てきません。これは、前訴で認められなかった請求を、残りの部分に言い換えて、繰り返しているにすぎません。蒸し返しです。
図:後訴甲に当てはめ:被告の期待と特段の事情
3つ目、Yの期待です。Yは、前訴で、Wに過失はないという判断を得て、判決が確定しました。Yが、この事故の件は終わった、と期待するのは、合理的です。それなのに、同じ事故の残りの300万円で、もう一度訴えられれば、Yは、同じ事故について、2回目の応訴を強いられます。判例の言う、被告に二重の応訴の負担です。
4つ目、特段の事情です。Xが、前訴を500万円にとどめたのは、結果の見通しが立たず、まず一部だけ試したかったからです。しかし、それは、X側の事情です。特段の事情があるかは、規範の理由だった、Yの合理的な期待を崩す事情があるかで見る、と答案では整理します。たとえば、残りを別に請求することをYが了承していた、というような事情なら、Yは、もう終わったとは期待しません。見通しが立たなかったというXの事情は、Yの期待を崩しません。Yが了承していたというような事情は、事例に出てきません。したがって、特段の事情は、ありません。
負けたら残りも請求できなくなる点が、この判例の重いところです。まず一部だけ試す、という使い方は、勝ったときに意味を持ちます。前訴で500万円が認められれば、裁判所は、少なくとも500万円の債権がある、と判断しただけで、残りの300万円があるかどうかは、まだ判断していません。だから、残りを請求する余地が残ります。けれども、負けたときは、債権の全体がすでに審理されて、「ない」と判断されています。その判断のやり直しまでは、認められないのです。
特段の事情の中身は、判例は具体的に示していません。答案では、「特段の事情はない」と、その根拠になる事実を一言添えれば、足ります。どんな事情があれば特段の事情にあたるかの比較までは、ここでは、扱いません。
図:結論 後訴甲は、信義則に反し、却下される
結論です。後訴甲は、前訴の既判力には妨げられません。しかし、前訴で敗訴した原告が、特段の事情のないまま、残部を請求するもので、信義則に反します。よって、後訴甲は不適法で、裁判所は、訴えを却下します。判例の事案でも、最高裁は、訴えを不適法として却下した第一審の判決を、正当としました。
後訴乙のような、既判力が及ぶ場面は、請求に理由がないとして、棄却です。信義則で止まる場面は、訴えそのものが許されないとして、却下です。結論の言い方も、根拠によって分かれます。
明示したのに、棄却されたら、結局は、全部が遮断されてしまうのでしょうか。前訴が棄却された場合は、そうなります。ここで、前訴が認められた場合を、一言だけ見ておきます。判例の言葉は、敗訴した原告の残部請求、でした。前訴で請求の全部が認められて勝った原告には、この信義則の問題は、生じません。この場面は、後編で、詳しく見ます。
まとめ
図:規範と答案の型|一部請求の訴訟物
ここまでの結論を、規範ごとに確かめます。後訴が許されるかは、まず、前訴の確定判決の既判力が、残部に及ぶかで決まります。一部請求の訴訟物は、一部であることを明示した場合には、その一部だけです。前訴は、総額800万円のうちの一部として500万円と書いてあり、明示がありました。既判力は、残りの300万円には及びません。
図:規範と答案の型|明示がない一部請求
明示がなければ、債権の全部が訴訟物です。前訴の訴状が「損害は500万円」とだけだったなら、既判力は残りの300万円にも及び、後訴乙は、請求棄却でした。
図:規範と答案の型|棄却後の残部請求
そして、明示のある後訴甲は、既判力では止まりません。けれども、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されません。前訴は、Wの過失の有無などの発生原因を、全面的に審理していて、Yには、紛争は終わったという合理的な期待があります。特段の事情もありませんから、後訴甲は、却下です。
図:完成答案:第1 後訴甲(前半)
こちらが、完成答案です。答案の第1の、後訴甲に既判力が及ぶかから見ていきます。問題の所在と、規範の前半です。答案の第1は上の第1、答案の第2は上の第3(信義則)、答案の第3は上の第2(明示がなかった場合)に当たります。図と同じ文面を、本文でも置きます。
第1 後訴甲について
1 問題の所在
Xは、前訴で損害総額800万円のうち500万円の支払を求め、請求棄却の判決が確定した。後訴甲は、残額300万円を求めるものである。
後訴甲の適否は、前訴の確定判決の既判力が残部に及ぶかで決まる(114条1項)。一部請求の訴訟物は条文に定めがなく、前訴の訴訟物が債権全体か一部かが問題となる。
2 規範
一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合は、訴訟物となるのは右債権の一部の存否のみであつて、全部の存否ではなく、従つて右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばない。
図:完成答案:第1 後訴甲(後半)
答案の第1の続きです。規範の理由づけと、あてはめを読んでみてください。
2 規範(続き)
これは、処分権主義のもとで原告が請求の範囲を決められること、一部と分かれば被告は残部の請求を予測でき、不意打ちとならないこと、原告に試験的に請求する必要があることを調和させたものである。
3 あてはめ
前訴の訴状には、損害総額800万円のうちの一部として500万円を請求すると記載されており、明示がある。
したがって、前訴の訴訟物は500万円の存否のみで、既判力は残部300万円に及ばない。
図:完成答案:第2(前半)
答案の第2は、信義則です。後訴甲についての検討の続きで、問題の所在と規範を確かめてください。
第2 信義則
1 問題の所在
既判力が及ばないとしても、前訴で敗訴した原告が残部を請求することは許されるか(民訴2条)。
2 規範
金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されない。
数量的一部請求の当否の判断は債権の全部について審理判断することになるから、棄却判決は後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。
残部請求は、被告の合理的期待に反し、二重の応訴の負担を強いる。
図:完成答案:第2(後半)
答案の第2の続きで、あてはめと結論です。4つの事実の拾い方を、結論の一文まで、目で追ってください。
3 あてはめ
(1)前訴では、Wの過失の有無・Xの立入りの経緯という債権の発生原因が争われ、審理のうえで請求が棄却された。
(2)後訴甲は、同じ事故・同じ請求原因の残額請求で、新しい主張がなく、前訴で認められなかった請求の蒸し返しである。
(3)Yは前訴の確定で紛争が終わったと期待してよく、二重の応訴の負担を強いられる。
(4)Xが500万円にとどめたのは見通しが立たなかったためで、残額の別途請求をYが了承していた等の事情はなく、特段の事情はない。
4 結論
よって、後訴甲は信義則に反して不適法であり、却下される。
図:完成答案:第3 後訴乙(明示なし)
最後の、答案の第3は、前訴の訴状に一部だという記載がなかった場合です。
第3 前訴の訴状に一部であるとの記載がなかった場合(後訴乙)
1 規範
一部であることを明示せずに請求した場合は、債権の全部が訴訟物となり、前訴判決の既判力は残部にも及ぶ。
2 あてはめ
前訴の訴状は「損害は500万円」とだけ記載し、総額にも一部であることにも触れていない。明示がなく、前訴の訴訟物は損害賠償債権の全部である。
棄却判決の既判力は残部300万円にも及び、Xの残額の主張は前訴の判断に反するものとして遮断される。
3 結論
よって、後訴乙は請求棄却となる。
参照条文
- 民事訴訟法114条1項
- 民事訴訟法2条