上訴の利益の書き方
運送会社のXが洋菓子メーカーのYに運賃を請求した2つの訴訟を素材に、相殺の抗弁で請求棄却を得た被告のYの控訴と、元本の全部認容を得たあとで遅延損害金を足したい原告のXの控訴について、控訴の利益の有無を、原審での申立てと判決主文の比較という原則と、その例外にあたるかの順で検討し、答案の形にまとめます。
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事例
図:原告のXと被告のY、2つの運賃請求
登場するのは、冷蔵配送を営む運送会社の原告のXと、洋菓子メーカーの被告のYです。XはYの商品を運ぶ仕事をしています。ここに、2つの訴訟があります。訴訟Aと訴訟Bと呼び分けます。訴訟Aから見ます。XはYの商品の冷蔵配送を、月額240万円で引き受けた、とXは主張しています。Yは、正式な契約はしていない、見積りを出してもらっただけだ、と争っています。配送は4月分から6月分まで行われて、運賃は3か月分で720万円です。支払期日を過ぎても、Yは払っていません。もう1つ、別の出来事があります。配送の期間中に、Xの運転手が、Yの工場で荷積みの作業をしていて、誤ってYの冷蔵庫の主電源を落としました。保管していた洋菓子はすべて傷み、Yの損害は720万円だ、とYは言っています。不法行為に基づく損害賠償債権です。
図:時系列:訴訟A
その後、原告のXは、運賃の720万円の支払を求めて提訴しました。遅延損害金の請求は書いていません。訴訟Aでは、ここは問題にしません。被告のYは、請求棄却を求めて、2つのことを主張しました。1つめは、契約は成立していない、というものです。2つめは、予備的に、自分の損害賠償債権720万円で相殺する、というものです。予備的とは、1つめが通らなかった場合に備えて出す、という意味です。一審判決が出ました。裁判所は、運賃債権720万円は成立していると認めました。そのうえで、Yの損害賠償債権720万円も成立していると認めて、重なり合う720万円の分だけ、互いに消し合う相殺をしました。主文は、原告の請求を棄却する、です。この判決に対して、Yが控訴しました。求める内容は、運賃債権はそもそも成立していない、という理由で、請求を棄却することです。Xは控訴していません。
主文は申立てどおりなのに、Yは控訴できるのか。これが1つめの問いです。頭に置いておいてください。
図:訴訟Aの別件:弁済の抗弁だった場合
訴訟Aには、分かれ道の別件もあります。Yの予備的な主張が、相殺ではなく、弁済だった場合です。Yは、契約は成立していない、と争い、予備的に、運賃720万円はもう支払った、と主張しました。一審は、運賃債権720万円の成立を認めたうえで、弁済を認めました。主文は、同じく、原告の請求を棄却する、です。Yは、理由のうち、契約が成立した、という判断が不満で、控訴したいと考えています。この別件は、第2で使います。
図:時系列:訴訟B
訴訟Bです。訴訟Aとは別に、XはYの依頼で、催事用の特別便を走らせました。運賃は180万円です。支払期日を過ぎても、Yは払いません。Xは提訴しました。請求の趣旨は、Yは、Xに対し、180万円を支払え、だけです。遅延損害金の請求は、書き落としました。一審判決が出ました。主文は、Yは、Xに対し、180万円を支払え、です。請求の全部が認められました。ところが、Xが控訴しました。支払期日の翌日から支払済みまでの法定利率による遅延損害金を、追加して請求するためです。Yは控訴していません。
図:事実の整理:ア・イ・ウ・エ
記号で整理します。事実アは、訴訟Aの請求です。運賃債権720万円で、Yの申立ては請求棄却です。事実イは、Yが持つ損害賠償債権720万円と、予備的な相殺の抗弁です。事実ウは、一審の判断で、運賃債権も損害賠償債権も成立を認めて相殺し、請求棄却です。事実エは、Yの控訴で、求めるのは、運賃債権が成立していない、という理由での請求棄却です。
図:事実の整理:オ・カ・キ
事実オは、別件です。抗弁が弁済で、主文は請求棄却、理由の中で契約の成立が認められています。事実カは、訴訟Bの請求で、運賃180万円、遅延損害金の請求はなく、一審は全部認容です。事実キは、Xが、遅延損害金を追加するために控訴したことです。
図:申立てと主文を並べる
申立てと主文を、並べてみます。訴訟AのYは、請求棄却を求めて、主文は請求棄却です。別件のYも同じです。訴訟BのXは、運賃180万円の支払を求めて、主文は180万円の支払です。3つとも、求めたとおりの主文に見えます。
図:この事例で問うこと
問うのは、2つです。1つめは、訴訟Aで、請求棄却を求めて請求棄却の判決を得たYは、控訴できるか。2つめは、訴訟Bで、全部認容されたXは、遅延損害金を足すために、控訴できるか、です。
条文と検討の順番
図:検討の順番
検討の順番は3つです。1つめは、控訴の利益の判断基準。2つめは、訴訟AのYの控訴で、別件の弁済と対比します。3つめは、訴訟BのXの控訴です。この順番にする理由は、2つあります。控訴の利益は条文に書かれていないので、どの事案を見る前にも、基準を立てる必要があるからです。そして、訴訟Aは、基準を当てると原則どおりの結論が不自然になる事案で、基準の限界が見えます。訴訟Bは、基準そのものはきれいに当たりますが、何と何を比べるのかが論点になります。先に、条文を開きます。
条文民事訴訟法281条1項
民事訴訟法281条1項(控訴をすることができる判決等) 控訴は、地方裁判所が第一審としてした終局判決又は簡易裁判所の終局判決に対してすることができる。ただし、終局判決後、当事者双方が共に上告をする権利を留保して控訴をしない旨の合意をしたときは、この限りでない。
281条1項は、控訴できる判決を定めています。地方裁判所が第一審として出した終局判決などに対して、控訴ができます。訴訟Aも訴訟Bも、この判決にあたります。条文に書いてあるのは、ここまでです。控訴をする人に利益が要るかどうかは、書かれていません。訴えの利益の上訴版として、解釈で要求されています。だから、基準も、解釈で立てることになります。ここで、条文どおりの部分と、解釈で立てる部分を分けておきます。この回で条文どおりなのは、281条1項と、114条と、246条です。条文を音読すれば出てくる内容なので、成立要件として、条文番号を添えて書けば足ります。条文に書いていない基準を、解釈で立てるものが、規範です。この回の規範は3つです。控訴の利益の判断基準。相殺の抗弁で勝った被告の控訴の利益。そして、申立てと主文を何の単位で比べるか、です。
第1 控訴の利益の判断基準
図:控訴の利益は、何を基準に判断するか
第1は、判断基準です。控訴の利益は、条文に書かれていません。では、何を基準に、誰に認めるのでしょうか。上訴の回では、原審での申立てと、原判決の主文を比べる、と習いました。ただ、答案では、基準を結論だけ書いても足りません。なぜその基準なのか。基準だけで足りない場面はないか。そこまで書きます。規範を確認します。
図:規範と答案の型|控訴の利益の判断基準
規範は、通説の整理で立てます。判例が、この定式をそのまま述べたわけではありません。控訴の利益は、原審における当事者の申立てと原判決の主文とを比べて、主文が申立てに及ばないときに認められる。これが形式的不服説です。及ばない、とは、求めたものに主文が届いていない、ということです。全部勝訴した当事者には認められず、判決理由中の判断に不服があるだけでも認められない。ただし、確定により既判力その他の拘束力であとの訴えでは救済されない不利益があるときは、例外的に認められる。既判力の回で見たとおり、既判力は、確定した判決の判断と食い違う主張を、あとの裁判で許さない力です。この基準をとる理由は、3つあります。1つめは、上訴が、原判決で不利益を受けた人を救うための制度だからです。求めたものを得た人に、上級審の審判まで求めさせる必要はありません。出前で頼んだ品が、注文どおりに届いたなら、苦情の窓口は要りません。注文より少なく届いたときに、はじめて窓口に行く資格が生まれる、という感覚です。2つめは、基準が明確なことです。申立てと主文は、判決書を見れば分かります。だから、裁判所も相手方も、控訴が適法かどうかを、早く確定できます。3つめは、自己責任です。自分の求めたとおりの主文を得た人が、もっと良い理由を求めて、さらに控訴することを認めるのは、自分の申立ては自分で決めた、という考え方に合いません。
図:申立てと主文の比べ方
比べ方を、訴訟Aとは別の例で確かめます。原告が600万円を求めて、その600万円が全部認められたなら、主文は申立てに届いています。控訴の利益は、ありません。400万円しか認められなかったなら、200万円が届いていません。控訴の利益があります。被告のほうは、請求棄却を求めて請求棄却なら、届いています。利益はありません。請求棄却を求めたのに、400万円の支払を命じられたなら、届いていません。利益があります。境目は、求めたものに、主文が届いているかどうかです。上訴の回でも見た判例を、答案の目で読み直します。この事案は、上告です。控訴も上告も上訴なので、利益は同じ枠で考えます。事案を言います。原告と被告の間で、いくつかの請求がありました。そのうち、判決文が(イ)と呼ぶ請求は、原告が、不動産の移転登記を求めるものでした。(ロ)と(ハ)は、被告が負けた、別の請求です。原審は、(イ)の請求を退けて、被告を勝たせました。被告は、勝った(イ)の請求について、判決の理由の中の判断に不満があって、上告しました。判決文は、被告を上告人、原告を被上告人と呼んでいます。聞いてください。
判例最判昭和31・4・3 民集10巻4号297頁
最高裁判所判決(勝訴した請求について、判決理由中の判断だけを攻撃する上告) すべて上告人が勝訴した被上告人の(イ)の請求につき、原審がなした判決理由中の判断を攻撃するにとゞまり、上告人が敗訴した(ロ)及び(ハ)の請求に対する不服でないことが明らかである。そして所有権に基く登記請求の訴についてなされた判決の既判力は、その事件で訴訟物とされた登記請求権の有無を確定するにとゞまり、判決の理由となつた所有権の帰属についての判断をも確定するものではないから……、上告人は本件において(イ)の請求につき敗訴しても、なお、自ら訴を提起し又は相手方の請求に応訴することによつて、(一)の不動産の所有権が自己に存することを主張して争うことができるのであるから、所論は結局上告の前提たる利益を欠くものと云わなければならない。
判決は、勝った請求について、理由の中の判断を攻撃するだけの上告は、上告の前提となる利益を欠く、と言いました。理由は、既判力が訴訟物の判断にとどまり、理由となった所有権の判断には及ばないことです。だから、被告は、あとで自分で訴えを起こしたり、相手の請求に応訴したりして、争えます。争える以上、いま上告させる必要はない、という筋です。答案での注意があります。この判決は、申立てと主文を比べる、という言い方はしていません。述べているのは、理由中の判断だけを攻撃する上告は利益を欠く、という結論と、その理由です。上訴の回で、判例もこの枠で考えている、と話しましたが、正確には、結論の出し方がこの枠と合う、ということです。ですから、答案では、判例はこの立場と整理される、と書きます。判例が形式的不服説と言った、とは書きません。この判決の理由は、あとの訴えで争える、でした。覚えておいてください。第2で、この理由が当てはまらない場面が出てきます。相殺に使った債権が、判決の確定で消えてしまう場面です。もう1つ、対立する見方があります。新実体的不服説です。確定の結果、既判力その他の拘束力であとの訴訟でも取り戻せない不利益を負うか、を基準にする説です。例外を1つの基準で説明できる良さがあります。ただし、不利益があるかどうかを、1件ごとに判定しなければなりません。答案では、形式的不服説を原則に置き、例外を、あとの訴えでは救済されない不利益で補います。この回の3つの事案、つまり訴訟Aと別件と訴訟Bでは、どちらの説に立っても結論は同じです。
図:あてはめ:訴訟AのYの申立てと主文
訴訟AのYに当てます。事実アで、Yの申立ては請求棄却です。事実ウで、主文は、原告の請求を棄却する、です。主文は申立てに及んでいます。Yは全部勝訴で、不満があるとすれば、理由の中の判断です。結論です。原則どおりなら、Yに控訴の利益は認められません。そこで止めると、おかしなことになります。原則どおりに結論を出すと、Yは、損害賠償債権720万円を失うのに、控訴できない結果になりそうだからです。原則で足りない場面ではないか。それが第2の問題です。
第2 Yの控訴
図:相殺の抗弁を容れて棄却されたとき、何に既判力が生じるか
第2に入る前に、相殺の抗弁と既判力の回の復習です。相殺の抗弁を容れて請求が棄却されたとき、確定すると、相殺に使った債権について、何に既判力が生じるのでしたか?114条2項で、相殺をもって対抗した額について、その債権の成立または不成立の判断に、既判力が生じます。ここでは、この結論を道具として使います。額の切り分けには、今回は立ち入りません。条文を開きます。
条文民事訴訟法114条
民事訴訟法114条(既判力の範囲) 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。 2 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。
1項は、原則です。既判力は、主文に包含するものに限って生じます。理由中の判断には、生じません。2項が、明文の例外です。相殺のために主張した請求、つまり自働債権の成立又は不成立の判断が、対抗した額について既判力を持ちます。ここまでが、条文に書いてあることです。訴訟Aに戻ります。Yが相殺に使った損害賠償債権が、自働債権です。Xが訴えで支払を求めている運賃債権が、訴求債権です。問題はこうです。主文は請求棄却でも、相殺の抗弁を容れて棄却されたYは、あとの訴えでは救済されない不利益を受けないか。
図:規範と答案の型|相殺の抗弁で勝訴した被告の控訴の利益
規範は、通説の整理で立てます。相殺の抗弁で勝った被告の控訴の利益について、判例が定式を示しているわけではありません。答案では、判例は、とは書かず、通説は、と書きます。相殺の抗弁を容れて請求を棄却する判決が確定すると、相殺に供した自働債権の不存在について、対抗した額の限度で、114条2項により既判力が生じる。被告はその債権をあとの訴えで請求できなくなる。この不利益はあとの訴えでは救済されないから、請求棄却判決であっても、被告に控訴の利益が認められる。決め手は、2つあります。1つめは、第1で見た判決の理由が、ここでは当てはまらないことです。あの判決は、理由中の判断には既判力が及ばないから、あとの訴えで争える、と言いました。ところが、相殺の抗弁だけは、理由の中の判断なのに、114条2項で既判力が生じます。あとの訴えで争えません。2つめは、確定を止められる機会が、控訴だけだということです。試合に勝ったのに、勝ち方の規定で、貯金箱から720万円が抜かれて、戻ってこない。そうなる前に、手を打てる場面は、確定の前の控訴しかありません。
Yが控訴審で変えたいのは、主文ではなく、理由です。Yが求めるのは、運賃債権はそもそも成立していない、という理由での請求棄却です。この理由で棄却されれば、相殺の判断には入りません。損害賠償債権は使われずに、Yの手元に残ります。主文ではなく、相殺に使われるかどうかが、Yの目当てです。
図:あてはめ:訴訟AのYの控訴の利益
あてはめます。事実イとウです。一審は、運賃債権720万円とYの損害賠償債権720万円の成立を認めて、相殺しました。相殺の判断が示されたので、114条2項の既判力が生じます。対抗した額は、運賃債権と損害賠償債権が、どちらも720万円で同額なので、全額の720万円です。この判決が確定すると、Yの損害賠償債権は、720万円について、不存在と確定します。たとえば、Yが、冷蔵庫の件でXに720万円の賠償を求めて、別の訴えを起こしたとします。前訴の判断と食い違う主張になるので、既判力で遮られます。あとの訴えでは救済されない不利益です。事実エです。控訴でYが求める理由が通れば、損害賠償債権は残ります。結論です。Yに控訴の利益が認められ、控訴は適法です。ただし、控訴の利益があることと、控訴審でYの主張が通ることは、別の問題です。この回は、控訴が適法かどうかまでを書きます。
図:対比:相殺の抗弁と弁済の抗弁
同じ請求棄却でも、利益が分かれる場面を見ます。別件の、弁済の抗弁です。一審は、運賃債権720万円の成立を認めたうえで、Yが払った、として、請求を棄却しました。弁済を認めた判断は、理由中の判断にとどまります。114条1項のとおりで、既判力は生じません。2項が認めているのは、相殺だけです。Yは、何も失いません。運賃は、払い済みだからです。契約が成立した、という判断が不満でも、あとの訴えで争えます。第1の判決と、同じ理屈です。よって、別件のYには、控訴の利益がありません。第1の原則どおりです。決め手は、その判断に既判力が生じるか、です。弁済は、Yがすでに払ったことを認めるだけで、判決によってYが新たに失うものはありません。相殺は、運賃債権を消すと同時に、Y自身の損害賠償債権も消します。しかも、その判断に既判力が生じるので、取り戻せません。新実体的不服説からも、結論は同じです。相殺は取り戻せない不利益があり、弁済はありません。
第3 Xの控訴
図:申立てと主文で、届いていないものはあるか
第3は、訴訟BのXです。訴訟Bでは、運賃の全額が認められています。申立てと主文を比べると、届いていないものはあるでしょうか? 遅延損害金は、比べる対象に入っているでしょうか?申し立てていないものは、比べる土台に載りません。そうなる理由を、条文で確かめます。
条文民事訴訟法246条
民事訴訟法246条(判決事項) 裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。
裁判所は、当事者が申し立てていない事項については、判決ができません。一審が遅延損害金を認めなかったのは、裁判所の取りこぼしではありません。Xが申し立てていないので、判決できなかったのです。ここから規範です。問題はこうです。全部認容されたXが、遅延損害金を追加するために控訴する。申立てと主文は、何を単位に比べるのか。
図:規範と答案の型|別個の訴訟物と控訴の利益
規範は、通説の整理で立てます。申立てと主文の比較は、訴訟物、つまり請求ごとに行う。元本と遅延損害金は別個の訴訟物であり、遅延損害金を申し立てていない以上、元本が全部認容されていれば、主文は申立てに及んでいる。あとの訴えで請求できる以上、例外にもあたらない。決め手は、比べる単位です。遅延損害金は、支払が遅れたことへの賠償です。事物管轄の回では、元本があってはじめて生まれる付随的な請求として、訴額に足しませんでした。付随してはいても、実体法のうえでは、元本とは別の請求権です。だから、別個の訴訟物になります。請求書の料理代を、満額払ってもらったとします。書き忘れたサービス料があっても、その分は、請求していないのですから、料理代の請求が届かなかった、とは言えません。同じです。元本の請求について見れば、Xは全部勝訴です。
申立てを出したのは、請求ごとです。判決も、請求ごとに、認めるか退けるかを決めます。だから、比べる単位も、請求ごとです。
図:あてはめ:訴訟BのXの控訴の利益
あてはめます。事実カです。Xの申立ては、運賃180万円で、主文は180万円の全部認容です。元本については、主文が申立てに及んでいます。遅延損害金は、別個の訴訟物で、申立てがありません。申立てがない以上、比べる対象になりません。例外にあたるかも確かめます。既判力は、主文に含まれるもの、つまり訴訟物の判断に生じます。114条1項です。遅延損害金は別個の訴訟物で、元本の判決の主文には含まれないので、既判力は及びません。ですから、Xは、別の訴えで遅延損害金を請求できると考えられます。あとの訴えでは救済されない不利益は、ありません。結論です。Xの控訴は、控訴の利益を欠き、不適法です。控訴が不適法なら、控訴審で中身の審理に入れないので、請求を追加することもできません。
遅延損害金を取る道は、閉ざされていません。控訴が不適法になるだけで、遅延損害金の請求権が否定されたわけではありません。別の訴えで請求する道は残っています。ほかに、相手のYが控訴していたなら、その控訴に乗って、Xが自分の請求を広げる道があります。附帯控訴です。ただし、本件では、Yは控訴していません。新実体的不服説からも、結論は同じです。別の訴えで取り戻せるので、取り戻せない不利益がありません。
図:もしXが、遅延損害金も請求していたなら
比べる対象を取り違えない、という点を、もしもの話で確かめます。仮に、Xが訴状で遅延損害金も請求していて、一審が元本だけを認容したとします。主文は、Yは、Xに対し、180万円を支払え。Xのその余の請求を棄却する。と書いてあります。この場合、遅延損害金の部分は、申立てに届いていません。主文が、その部分の請求を棄却しているからです。だから、遅延損害金の部分について、Xに控訴の利益があります。実際の訴訟Bと違うのは、遅延損害金を申し立てていたかどうかです。ここが決め手です。
図:一部請求の、申立てと主文
同じ型の別例として、一部請求を、短く見ます。復習です。一部だと示さないまま請求して、全部勝訴した原告は、残りの分を、あとの訴えで請求できましたか?できません。債権の全部が訴訟物になって、既判力が残りにも及ぶからです。一部請求の回で見たとおりです。
図:対比:一部請求の明示の有無
訴訟物の線の引き方で、比べる対象が変わります。一部であることを明示した請求は、訴訟物が、明示した一部だけです。残りは、別の訴訟物で、あとの訴えで請求できます。全部認容されても、不利益はありません。控訴の利益はなく、元本と遅延損害金と同じ型です。一部だと示さないまま、全部勝訴した場合は、事情が違います。残りを、あとで請求できません。控訴して広げる以外に、道がありません。ですから、例外として利益を認める考え方があります。ただ、最高裁が、これを直接認めたわけではありません。確立した扱いとは言えないので、答案では、結論を断定せず、考え方を示す程度にとどめます。訴訟Bの遅延損害金は、この型にはあたりません。運賃債権の数量的な一部ではなく、別の請求権だからです。
まとめ
図:完成答案:第1 Yの控訴の適否(問題の所在・規範・あてはめ)
こちらが完成答案です。
図:完成答案:第1 Yの控訴の適否(例外の検討)
続きです。例外の検討と、弁済の場合との対比を並べています。
図:完成答案:第2 Xの控訴の適否
最後です。Xの控訴について、問題の所在から結論までを並べています。
参照条文
- 民事訴訟法281条1項
- 民事訴訟法114条
- 民事訴訟法246条