確認の利益の書き方(後編)
画材店を営むAが、土地建物と預貯金のすべてを従業員Dに遺贈する遺言を書き、Aがまだ生きているうちに子のBが遺言の無効確認を求めた事例を素材に、遺言者の存命中でも死亡後と同じように確認の対象を言い換えられるかを、方法選択・対象選択・即時確定の利益の順に検討し、前編の2つの事例と結論が分かれる理由を確かめて、答案の形にまとめます。
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事例
図:A・B・C・Dと、遺言(Aの存命中)
前編では、Aが亡くなったあとに、Bが遺言無効確認を求める訴えを、適法と判断しました。後編は、同じ遺言、同じ当事者で、Aの生死だけが違う筋書きです。設例を、短く確かめます。Aは、80歳の画材店の経営者で、令和6年6月10日、自筆証書遺言で、店舗兼自宅の土地建物と預貯金のすべてを、10年来の従業員Dに遺贈する、つまり、遺言で無償で与える、と書きました。Aの相続人になるのは、子のBとCです。遺言を書いたとき、Aは認知症が進んでいて、意思能力を欠いていた、とBは考えています。医師の診断書もあります。一方、Dは、遺言は有効だと主張しています。
後編では、令和7年8月の時点で、Aは、まだ生きています。Aは施設に入所していて、意思疎通ができず、医師は、回復の見込みがないと診断しています。Aは、遺言を書き直せる状態でもありません。Bは、この時点で、Dを被告として、前編と同じ、「遺言が無効であることの確認」を求めて、訴えを提起しました。口頭弁論が終結するときも、Aは生きているものとします。
Dは、遺言は有効だ、という主張に加えて、「Aが生きているうちは、遺言は何も動かない」とも主張しています。問いは、「Bの訴えは許されるか」です。
検討の順番
図:方法選択、対象選択、即時確定の順に
検討の順番は、前編と同じです。確認の訴えは、確認を求める対象を、いくらでも広げられます。だから、確認の利益で絞ります。見る観点は、3つです。1つ目が、確認という方法で足りるのか、という方法選択の適否です。2つ目が、確認の対象が、現在の権利や法律関係なのか、という対象選択の適否です。そして3つ目が、今、確定する必要があるのか、という即時確定の利益です。この順に当てて、最後に、訴えの適否を言い切ります。前編では、対象選択で認められても、そこで検討を終わりにしませんでした。後編は反対に、対象選択の段階で、訴えが退けられるかどうかが山場です。3つの観点のうち、1つでも欠ければ、確認の利益がなく、訴えは却下されます。
第1 確認の利益の判断枠組み
図:規範と答案の型|確認の利益の判断枠組み
答案の最初に書く枠組みは、前編と同じです。確認の利益があるかどうかは、方法選択の適否、対象選択の適否、即時確定の利益、の3点を順に検討して決めます。この3点は、条文には書かれておらず、通説が、解釈で立ててきた基準です。引ける条文がありませんから、答案では、この基準そのものを、規範として書きます。これに対して、条文に書いてあることなら、条文どおりの成立要件として、条文番号を挙げて、その文言に事実を当てはめます。
本題に入る前に、前編の復習です。死亡後の遺言無効確認は、対象をどう言い換えて認められましたか?遺言が有効だとすれば、そこから生ずる現在の特定の法律関係、つまり、Dが遺贈を受けたという関係が存在しないことの確認と読み替えました。そして、Bに法律上の利益があるので、適法になりました。前編では、遺言無効確認は、現在の特定の法律関係の不存在確認に言い換えられれば、適法になる、と確かめたわけです。後編では、その言い換えが、Aの存命中にもできるのかを、確かめます。
第2 存命中のBの訴え——相続開始前の遺言無効確認
図:存命中でも、死亡後と同じ言い換えができるか
Bの訴えを検討します。Bが求めているのは、前編と同じ、遺言が無効であることの確認です。形式上は、過去の法律行為の確認で、確認の対象は、原則として現在の権利・法律関係に限られます。前編では、遺言が有効だとすれば生ずる、現在の特定の法律関係の不存在確認と言い換えて、許されました。存命中でも、同じ言い換えができるのか。これが、問題です。Aはもう回復しないし、遺言を書き直すこともありません。それなら、死亡後と同じように認めてよいのではないでしょうか?ここが、後編の山場です。結論から言うと、認められません。理由を、条文から確かめます。まず、遺言の効力が、いつ生ずるのかです。
条文民法985条1項
民法985条1項(遺言の効力の発生時期)
遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。
985条1項です。遺言は、遺言者の死亡の時から、その効力を生ずる。条文どおりの成立要件です。Aは、まだ生きています。ですから、令和6年6月10日の遺言は、いまだ、効力を生じていません。
条文民法1022条
民法1022条(遺言の撤回)
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
1022条です。遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を、撤回することができる。これも成立要件です。Aは、生きている間は、いつでも、遺言を撤回できます。次に読む判決は、この点を、遺言はいつでも取り消すことができる、と言っていて、同じことを指しています。
死亡の時に初めて効力が生ずるのですから、生きている間の遺言は、まだ何も生んでいないことになります。この考え方を、判例が、規範として示しています。判決には、言葉が2つ出てきます。受遺者は、遺言で財産を与えられる側の人で、この事例では、Dです。心神喪失の常況は、物事を判断する能力を欠いた状態が続いていることで、今のAは、これに近い状態です。
図:規範と答案の型|相続開始前の遺言無効確認
判例最判平成11・6・11 集民193号369頁
最高裁判所判決(遺言者の生存中の遺言無効確認の訴えが許されるかが争われた事件)
遺言は遺言者の死亡により初めてその効力が生ずるものであり(民法九八五条一項)、遺言者はいつでも既にした遺言を取り消すことができ(同法一〇二二条)、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じない(同法九九四条一項)のであるから、遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らの法律関係も発生しないのであって、受遺者とされた者は、何らかの権利を取得するものではなく、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない(…)。したがって、このような受遺者とされる者の地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係には該当しないというべきである。遺言者が心神喪失の常況にあって、回復する見込みがなく、遺言者による当該遺言の取消し又は変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても、受遺者とされた者の地位の右のような性質が変わるものではない。
判例は、こう言っています。遺言者の生存中は、遺贈を定めた遺言によって、何らの法律関係も発生しない。受遺者とされた者は、単に、将来遺言が効力を生じたときに、遺贈の目的物である権利を取得できる、事実上の期待を有する地位にあるにすぎない。したがって、その地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係に該当しない。さらに、遺言者が心神喪失の常況で回復の見込みがなく、取消しや変更の可能性が事実上ない状態でも、この地位の性質は変わらない、と言っています。
事実上の期待は、権利ではありません。たとえば、Dが、遺言のおかげで土地建物をもらえそうだと思っていても、それは、もらえそうだという見込みです。今のDは、Bに対して、何も請求できません。Dの見込みは、Aが遺言を撤回すれば消えますし、Dが先に亡くなれば、遺贈の効力は生じません。判決も、この点を挙げています。Dが権利を取得するのは、Aが死亡して、遺言が効力を生じた時です。
同じ遺言なのに、前編では、確認が認められました。前編では、Aの死亡で遺言が効力を生じていて、Dが遺贈を受けたという、現在の特定の法律関係が生じていました。そこで、その不存在の確認に、言い換えられたのです。後編では、言い換える先の法律関係が、まだ存在しません。同じ遺言でも、Aの死亡の前か後かで、分かれます。
では、Aが回復する見込みがなく、遺言を書き直せる状態でなくても、同じでしょうか。同じです。今のAが、判決のいう心神喪失の常況に当たるとしても、結論は変わりません。判決が挙げた理由は3つあります。このうち、Aが書き直せない状態になって影響を受けうるのは、いつでも撤回できる、という1点だけだと考えられます。遺言が死亡の時まで効力を生じないことも、Dが先に亡くなれば遺贈の効力が生じないことも、Aの状態とは関係なく、そのまま残ります。ですから、Dの地位は、事実上の期待のままです。
図:方法選択 補充性は問題にならない
あてはめます。1つ目の観点、方法選択の適否です。事実を拾います。Bの請求は、遺言が無効であることの確認です。Dは、遺言は有効だと主張しています。評価です。Bが確定したいのは、遺言の効力です。これを、給付の訴えで、代わりに争える場面ではありません。ですから、給付の訴えができるのに確認の訴えを選んだ、という補充性を理由に、否定される場面ではありません。ただし、この観点だけでは、結論は出ません。確認の対象が何なのかは、2つ目の観点で問われます。
図:対象選択 受遺者とされた者の地位は対象に当たらない
2つ目の観点、対象選択の適否です。ここが、最も大事なところです。事実を拾います。Aは、令和7年8月の今も生きていて、口頭弁論が終結するときも、生きています。遺言は、令和6年6月10日に作られて、Aは、撤回していません。Aは、施設に入所して、意思疎通ができず、医師は、回復の見込みがないと診断しています。そして、Bの狙いは、Aの死亡によってDが遺贈を受けることとなる地位にないことを、確認しておくことです。そうすれば、将来、Bが相続する財産が減る可能性を、あらかじめ除いておけます。
評価です。まず、遺言から、現在の法律関係が生じているかを見ます。民法985条1項により、遺言は、Aが死亡した時に、効力を生じます。Aは、生きていますから、遺言は、まだ効力を生じていません。1022条のとおり、Aは、いつでも、撤回もできます。ですから、Aの生存中、遺言から法律関係は、何も生じていません。Dは、なんの権利も取得しておらず、将来、遺言が効力を生じたときに権利を取得できる、事実上の期待を持つ地位にあるにすぎません。この地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係に、当たりません。次に、Aが回復せず、取消しや変更の可能性が事実上ないことを、どう扱うかを見ます。たしかに、Aが遺言を書き直すことは、まず、ありません。しかし、遺言が効力を生ずるのは、Aが死亡した時で、これは、Aが書き直せるかどうかとは、関係がありません。ですから、Aが生きているかぎり、Dの地位は、事実上の期待のままで、その性質は変わりません。
あてはめます。Bの請求を、現在の関係に言い換えようとすると、Aの死亡によってDが遺贈を受けることとなる地位にないことの確認、になります。しかし、そのDの地位は、事実上の期待にすぎず、確認の対象となる権利・法律関係に当たりません。前編のような言い換えは、できません。したがって、対象選択の適否は、認められません。
診断書が示すとおり、遺言のときにAに意思能力がなかったのなら、遺言は無効ではないか、とも思えます。しかし、遺言のときの意思能力の有無は、ここでは考えません。それは、遺言が無効かどうかという、本案の中身です。確認の利益は、本案の審理に入ってよいかを決める段階で、対象選択で認められなければ、本案には進みません。
図:即時確定の利益 現に生じた不安・危険とはいえない
3つ目の観点、即時確定の利益です。先に断っておきます。判例は、この観点では落としていません。2つ目の観点の、対象選択で、訴えを退けています。ですから、ここは、同じ結論を支える、別の道として、短く確かめます。事実を拾います。Aは、生きていて、相続は、開始していません。Bは、Aの相続人になる立場ですが、いまだ、なんの権利も取得していません。評価です。Bの不安は、将来、Aが死亡して、遺言が効力を生じたときに、相続する財産が減るかもしれない、という将来の可能性です。いま、Bの権利や地位が、侵害されているわけではありません。ですから、Bの法律上の地位に、現に危険や不安が生じているとは、いえません。Aが回復せず、取消しや変更の可能性が事実上ない、という事情も、それだけでは、Bの地位が今変わることを、意味しません。また、Aの死亡後に、前編のとおり、同じ訴えを起こせますから、今、確定しなければ回復できない不利益も、Bには、生じません。したがって、即時確定の利益も、認められません。
結論です。対象選択の適否が認められませんから、Bの訴えは、確認の利益を欠き、不適法で、却下されます。Bは、Aの死亡後に、あらためて、遺言の有効性を争うことになります。今のBは、待つしかありません。Aの死亡後、Dが遺言どおりに名義の移転を求めたときに、前編のとおり、遺言無効確認の訴えで争えます。
第3 3つの事例の分かれ目
図:3つの事例の対比、分かれ目は2つ
前編で扱った2つの事例(死亡後の遺言の事例と、敷金の事例)と、後編の事例の3つを、ならべて見ます。分かれ目は、2つあります。1つ目は、確認の対象となる現在の権利・法律関係が、すでにあるかどうかです。死亡後の遺言は、Dが遺贈を受けたという、現在の特定の法律関係に言い換えられました。前編の2つ目の事例では、借り手のYが、賃貸借が続いているうちに、ビルのオーナーXを相手に、敷金返還請求権を有することの確認を求めました。この権利は、条件付きの権利として、契約の終了前から、現在の権利として存在します。ところが、存命中の遺言は、受遺者とされた者の、事実上の期待があるだけで、対象となる権利・法律関係が、まだありません。2つ目は、その対象について、今、確定すべき現実の争いがあるかどうかです。死亡後の遺言の事例では、Dが名義の移転を求め、Bが争っています。敷金の事例では、Xが、受け取っていないと言って、差入れの事実そのものを争っています。存命中の遺言の事例では、Bがなんの権利も取得しておらず、現に生じた不安や危険とは、いえません。
敷金も、まだ返してもらえる段階ではないのに、存命中の遺言と何が違うのでしょうか。敷金は、Yの主張では、契約のときに、すでに預けてあります。預けた時点で、返してもらう関係は始まっていて、決まっていないのは、未払いの賃料などを引いて、残りが出るかどうか、出るならいくらか、だけです。ですから、明渡しの時に残額があることを条件とする権利が、いまも存在しています。存命中の遺言は、遺言者が死亡するまでは、なんの法律関係も生じません。条件がついた権利が、すでにあるのか、期待にすぎないのか、という違いです。
遺言の死亡後と存命中は、Aの生死が違うだけなのに、結論が逆になります。まず対象となる権利・法律関係があるかを見て、あるときに、現実の争いがあるかを見る。この順に見るとき、Aの生死が、結論を分けました。
まとめ
図:完成答案:第1 確認の利益の判断枠組み
こちらが、完成答案です。第1の、確認の利益の判断枠組みです。図の文面を、本文でも置きます(規範の結びの言い回しだけ、図と変えています)。
第1 確認の利益の判断枠組み
1 問題の所在
確認の訴えは、対象が無限定になりうるため、確認の利益が認められなければ、訴えは却下される。そこで、確認の利益の判断枠組みが問題となる。
2 規範
確認の利益は、①確認の訴えという方法を選択することが紛争解決にとって有効・適切か(方法選択の適否)、②選択された訴訟物が原告・被告間の紛争解決にとって有効・適切か(対象選択の適否)、③原告の法的地位に現に生じている危険・不安を、判決で今すぐ取り除く法律上の利益があるか(即時確定の利益)、の3点を順に検討して決める。
図:完成答案:第2 存命中のBの訴え(規範まで)
第2の、存命中のBの訴えです。問題の所在と規範です。
第2 存命中のBの訴え
1 問題の所在
Bの訴えは、遺言が無効であることの確認を求めるもので、形式上は過去の法律行為の確認である。Aの死亡後であれば、現在の特定の法律関係の不存在確認と解して許されるが、Aの生存中でも同様に解されるかが問題となる。
2 規範
遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らの法律関係も発生しないのであって、受遺者とされた者は、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない。したがって、受遺者とされる者の地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係には該当しない。遺言者が心神喪失の常況にあって回復の見込みがなく、取消し・変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても、この地位の性質は変わらない。
図:完成答案:第2 存命中のBの訴え(あてはめ前半)
第2の、あてはめの前半です。方法選択と対象選択です。
3 あてはめ
(1)方法選択の適否=Bが確定したいのは遺言の効力であり、給付の訴えで代わりに争える場面ではない。補充性を理由に否定される場面ではない。
(2)対象選択の適否=ア 民法985条1項により遺言はAの死亡の時に効力を生じ、同法1022条によりAはいつでも撤回できる。Aは生存しており、遺言から何らの法律関係も発生していない。Dは何の権利も取得しておらず、事実上の期待を有する地位にあるにすぎず、確認の訴えの対象となる権利・法律関係に当たらない。
イ Aは意思疎通ができず、回復の見込みがなく、取消し・変更の可能性が事実上ない。しかし、遺言が効力を生ずるのはAの死亡の時であることに変わりはなく、Dの地位の性質は変わらない。したがって、対象選択の適否は認められない。
図:完成答案:第2 存命中のBの訴え(あてはめ後半・結論)
第2の、あてはめの後半と結論です。即時確定の利益です。
3 あてはめ(続き)
(3)即時確定の利益=Aは生存しており相続は開始していない。Bは何の権利も取得しておらず、Bの不安は、将来Aが死亡し遺言が効力を生じたときに相続財産が減りうるという将来の可能性にとどまる。現に危険・不安が生じているとはいえず、Aの取消し・変更の可能性が事実上ないことも、これを左右しない。したがって、即時確定の利益も認められない。
4 結論
よって、Bの訴えは、確認の利益を欠き、不適法であり、却下される。
参照条文
- 民法985条1項
- 民法1022条