既判力の作用場面と客観的範囲の書き方(前編)
ビルのオーナーXが賃借人Yに6月分から9月分の賃料を請求して一部認容の判決が確定した後、XとYの間で4つの後訴が起こされた事例を素材に、前訴の既判力がどの判断に生じるかを特定し、後訴を同一関係・先決関係・矛盾関係の順に当て、どれにも当たらない後訴では理由中の判断に既判力が生じないことを、答案の順に確認します。
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ゼロから民事訴訟法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
事例
図:X・Y・Zと前訴A・後訴1〜4
Xは、ビルのオーナーです。令和6年4月1日、デザイン会社Yに、ビルの2階の事務所を、賃料月額30万円、毎月末日払いで貸し、同じ日に鍵を引き渡しました。令和7年6月30日にYが退去し、鍵は、仲介会社の担当者Zの会社に預けられました。前に弁論主義の事例で見たのと同じ、Xのビルの事務所です。
その事例で、Xは、6月分から9月分までの賃料、合計120万円を求めて、Yを訴えました。これを、前訴Aと呼びます。Yは「6月分は、6月30日に現金で払った」と主張し、「7月分以降は、退去したのだから払う必要はない」とも述べました。ただし、6月上旬にXと6月末で賃貸借を終わらせる合意をした、とは言いませんでした。この合意は、証人Zの証言にだけ現れた事実です。裁判所は、6月分は弁済で消えたと認め、7月分から9月分は払うべきだとしました。この判決は、確定しています。
Yが払うことになったのは、7月分から9月分の賃料です。そのあと、Yは判決どおり90万円を支払いました。ところが、同じXとYの間で、新しい訴えが4つ出てくるのです。
図:前訴Aの主文
まず、前訴Aの主文です。「Yは、Xに対し、90万円を支払え。Xのその余の請求を棄却する。」主文は、判決の結論の部分です。認容された部分は、7月分から9月分の賃料90万円。棄却されたその余は、6月分の賃料30万円です。理由の欄には、6月分は弁済で消えた、賃貸借は7月以降も続いていた、といった判断が書かれています。結論は主文で、そこに至る説明は理由の欄、という分け方です。
図:後訴1〜4
後訴は、4つです。
後訴1。Xが、6月分の賃料30万円を、もう一度請求します。「やはり受け取っていない」と言います。
後訴2。Xが、7月分から9月分の賃料90万円について、遅延損害金を請求します。前訴Aでは、賃料の元本だけを請求していました。Yは、「6月上旬にXと、6月末で賃貸借を終わらせる合意をした。だから、7月以降の賃料を払う義務は、もともとなかった」と主張します。
後訴3。今度はYが、すでに払った90万円を返してほしいと請求します。理由は後訴2と同じ、6月末で賃貸借を終わらせる合意、つまり合意解約で、「賃料の義務がなかったのだから、払ったお金は不当利得だ」というものです。
後訴4。Xが、令和7年10月分の賃料30万円を請求します。Yは、ここでも合意解約を主張します。
問いは、確定した前訴Aの判断が、Yの合意解約の主張を止めるのかどうか、です。既判力は、確定した判断の中身を、当事者も裁判所も、もう争い直せなくする力でした。後訴1から後訴4のそれぞれに、前訴Aの確定判決の既判力は及ぶでしょうか。及ぶなら、後訴の結論は何になるでしょうか。
ここで、1つ問いです。既判力の範囲を前に学んだときのことを、思い出してください。確定判決の既判力が生じるのは、主文のどの部分でしょうか?主文は結論の文章ですから、書いてあることはすべて縛る、と考えたくなります。実は、主文の字面ではなく、主文が何について答えたかで決まります。この問いに、答案の言葉で答えるところから、始めます。
検討の順番
図:前訴の判断から、後訴の結論まで
順番を決めます。1つ目は、前訴Aの訴訟物と、既判力が生じる判断を特定します。訴訟物は、その請求が認められるかどうか、のことで、前訴Aでは、6月分から9月分の、各賃料債権です。2つ目は、その根拠として、114条1項を当てます。3つ目は、後訴の訴訟物を前訴の訴訟物と比べます。同じものなら同一関係、前訴の答えを土台にするなら先決関係、前訴の答えとぶつかるなら矛盾関係です。次の4つ目は、その関係に応じた作用、つまり、前訴の判断と食い違う主張を遮断するのか、前訴の判断を前提として審理するのかを言います。最後の5つ目で、後訴の結論を、却下か棄却か認容か、まで言い切ります。
後訴のほうからではなく、前訴のほうから見ていきます。既判力は、前訴の主文に包含される判断にだけ生じます。縛る側が何なのかが決まらないと、後訴と比べようがありません。また、3つの関係のどれにも当たらないときは、前訴で述べられた判断が、理由の中にとどまるのではないかを見ます。この前編の本番は、その場面です。
第1 確定した前訴Aの既判力の範囲——条文どおりの要件と、読みで立てる規範
図:前訴Aの既判力は、どの判断に生じるか
最初の問題です。前訴Aの確定判決の既判力は、どの判断に生じるのでしょうか。
条文民事訴訟法114条1項
民事訴訟法114条(既判力の範囲)第1項
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
114条1項です。確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。ここは、条文を音読すれば出てくる話で、条文どおりの成立要件にあたります。114条1項の文言そのものは、覚える規範ではありません。「主文に包含するもの」が具体的に何を指すのかは、条文には書かれていません。そこを決めるのが、読みで立てる規範です。
図:規範と答案の型|前訴Aの既判力の範囲
規範は、こうです。確定判決の既判力は、主文に包含されるもの、すなわち、訴訟物たる権利関係の存否の判断に限って生じます。判断の基準時は、事実審の口頭弁論終結時、つまり、当事者が判決の前に主張できる最後の時点です。
なぜ、主文の字面ではなく、訴訟物の存否の判断なのでしょうか。主文は、原告の求めに対する、裁判所の答えです。前訴Aで、Xが求めたのは、6月分から9月分の賃料債権を、Yに払わせることでした。その答えが、「7月分から9月分はある。6月分は、ない」です。この答えを蒸し返せないようにしてこそ、争いが片づきます。しかも、当事者は、その答えをめぐって、主張と立証を尽くす機会を与えられていました。紛争を終わらせる必要と、手続で争えたこと。この2つが、既判力を認める理由です。
給付を命じる主文は、7月分から9月分の賃料債権が基準時にあるという答えの表れです。棄却は、6月分の賃料債権が基準時には無いという答えの表れです。一方、賃貸借が7月以降も続いていたことや、6月分が弁済で消えたことは、答えにたどり着くまでの道筋で、理由の欄にあります。
図:前訴Aの主文と、既判力の中身
あてはめます。主文は、7月分から9月分の賃料90万円の支払を命じて、その余を棄却しました。前訴Aの訴訟物は、6月分から9月分の、各賃料債権です。ですから、既判力は、7月分から9月分の賃料債権が存在することと、6月分の賃料債権が存在しないことに、生じます。賃貸借が続いていたことや、6月分が弁済で消えたことは、その答えにたどり着くための理由の判断にとどまります。ここには、既判力は生じません。
縛られるのは、答えだけです。判決書の、主文の欄にだけ判子が押されている、と思ってください。理由の欄は、読んで参考になりますが、判子は押されていません。後訴で問われるのは、判子の押された欄を、書き換えようとしているかどうかです。
第2 後訴1——同一関係
図:6月分を、もう一度請求する後訴1
まず、後訴1です。Xが、6月分の賃料30万円を、もう一度請求しました。前訴Aの既判力は及ぶのでしょうか。
図:規範と答案の型|同一関係
規範は、こうです。後訴の訴訟物が、前訴の訴訟物と同一であるとき、前訴の基準時前の事由にもとづく主張は遮断され、後訴の裁判所は、前訴の判断を前提に判決します。前訴で敗訴した当事者が再び訴えたときは、請求棄却となります。前訴で勝訴した当事者の再訴は、特別の必要がない限り、訴えの利益がなく、却下されます。同一関係、先決関係、矛盾関係という3つの関係の処理は、条文に書かれていません。通説の整理で、覚えるほうの規範です。
同じ債権をもう一度請求したXは、なぜ負けるのでしょうか。前訴Aで、6月分の賃料債権は、基準時には存在しない、と確定しています。後訴1で問題になる債権も、同じ6月分の賃料債権です。同じ債権の存否を、後訴の裁判所が、前訴と違う答えにすることは許されません。Xが「やはり受け取っていない」と主張しても、それは、前訴の基準時の前に出せた主張です。前訴の答えを争い直すだけですから、遮断されます。
後訴1は、却下ではなく、棄却になります。却下は、訴えそのものを、中身に入らずに退けることです。棄却は、中身を判断して、請求を退けることです。後訴1は、訴えとしては適法で、既判力に縛られて、請求が理由なしとされるので、棄却です。
図:後訴1に要件を当てる
あてはめます。後訴1の訴訟物は、6月分の賃料債権で、前訴Aの訴訟物と同一です。前訴Aでは、その不存在が、主文で確定しました。Xの「受け取っていない」は、基準時前の事由を持ち出して、前訴の答えを争い直す主張ですから、遮断されます。結論です。後訴1は、既判力により、請求棄却になります。
逆に、前訴Aで勝った7月分から9月分を、Xがもう一度請求する場合は、すでに判決があって、同じ内容を求める必要がありませんから、訴えの利益がなく、却下されるのが原則です。例外は、時効の完成が迫っていて、ほかに手段がない、といった特別な場合に限られます。
第2 後訴2——先決関係の問題提起と規範
図:遅延損害金の請求に、合意解約を主張する後訴2
次は、後訴2です。Xが、7月分から9月分の賃料に対する、遅延損害金を請求しました。Yは、「6月上旬に、6月末で賃貸借を終わらせる合意をした。7月以降の賃料債務は、なかった」と主張します。前訴Aの既判力は及ぶか。Yの合意解約の主張は、通るのか。そこが問題です。遅延損害金は、前訴Aでは請求していません。それなら、前訴Aとは関係がないようにも見えます。
図:規範と答案の型|先決関係
規範は、こうです。後訴の訴訟物を判断する前提として、前訴の訴訟物の存否を決めなければならないとき(先決関係)、前訴の訴訟物を争い直す主張は遮断され、後訴の裁判所は、前訴の判断を前提に、後訴固有の争点について審理します。これも、通説の整理です。
この、先に決めておくべき問題のことを、先決問題と呼びます。遅延損害金の請求が認められるには、そもそも元本の賃料債権があって、その支払が遅れたことが、必要です。つまり、後訴2を判断するときは、7月分から9月分の賃料債権が存在するかどうかを、先に決めなければなりません。その、先に決めるべき問題が、前訴Aで、すでに決まっています。これが、先決関係です。
そうなると、前訴の判断は、2つの働きをします。1つは、後訴の裁判所が、その判断を前提として使う働き、積極的作用です。判子の押された数字を、そのまま計算の元にする、と考えてください。もう1つは、前訴の判断を覆すような主張を、止める働き、消極的作用です。
Yは、前訴Aで合意解約を主張していませんでした。主張していないことまで、止められるのでしょうか。前訴で主張しなかった事由も、止まります。止められるのは、前訴で主張した事由だけではありません。前訴の判断、すなわち、7月分から9月分の賃料債権が基準時にあるという答えを覆す事由のうち、基準時までに生じていたものは、主張したかどうかに関わらず、原則として止まります。Yには、前訴の口頭弁論で出す機会が、十分にありました。その機会を使わなかった責任を、後訴で、別の訴えにすることで取り戻すことは許されません。
第2 後訴2——先決関係のあてはめと結論
図:後訴2に要件を当てる
あてはめます。後訴2の訴訟物は、7月分から9月分の賃料の遅延損害金です。遅延損害金は、元本の賃料債権が存在することを前提としますから、前訴Aの訴訟物、つまり7月分から9月分の賃料債権の存在が、先決問題です。先決関係にあたります。Yの合意解約は、6月上旬のできごとで、前訴Aの基準時より前の事由です。しかも、7月以降の賃料債務はなかった、という主張ですから、前訴の判断を争い直すものです。したがって、遮断されます。
全部がYに不利になるわけではありません。Yが90万円を払ったのは、判決が確定したあとのことで、前訴の基準時よりあとの事由です。基準時のあとに生じた事由は、前訴の答えを覆す主張ではなく、遮断されません。遅延損害金は、支払の期限の翌日から払った日までの分ですから、支払日が、終わりの日を決める事実として使われます。
そこで、後訴2の裁判所は、賃料債権の存在を前提に、後訴固有の争点、つまり、支払日、起算点、利率、額だけを審理します。起算点は、各月の末日の翌日、利率は、約定がなければ法定利率です。結論です。後訴2は、既判力により、Yの合意解約の主張が遮断され、請求が認容されます。額は、期限の翌日から支払日までの日数と、利率による計算で決まります。
第2 後訴3——矛盾関係
図:払った90万円の返還を求める後訴3
後訴3です。今度は、Yが原告です。払った90万円を返せ、という不当利得の返還請求です。不当利得は、法律上の原因がないのに、他人の財産から利益を受けた場合の請求で、民法703条が定めています。Yは、合意解約で賃料の債務はなかったのだから、払ったお金には、法律上の原因がなかった、と言います。
図:規範と答案の型|矛盾関係
規範は、こうです。後訴の訴訟物が、前訴の訴訟物と同一でも先決関係でもないが、実体法上、両立しない関係にあるとき、前訴の判断と矛盾する主張は遮断されます。これも、通説の整理です。
後訴3の訴訟物は、賃料債権ではなく、不当利得の返還請求権ですから、前訴の訴訟物と同一ではありません。ただ、不当利得の請求が認められるには、払ったお金に、法律上の原因がなかったこと、つまり、賃料債務が無かったことが必要です。前訴Aが確定した、7月分から9月分の賃料債権が存在する、という判断とは、両立しません。これが、矛盾関係です。
あてはめます。Yの合意解約は、7月分から9月分の賃料債務はなかった、という主張で、前訴の判断と矛盾します。矛盾する主張は遮断されます。ほかに、請求の根拠はありません。結論は、後訴3は、既判力により、請求棄却です。却下ではなく、棄却になるのは、後訴1と同じ理由です。
補足を1つ。前訴の答えをそのまま土台にするなら先決関係、前訴の答えと逆のことを土台にするなら矛盾関係、と分けるのが、ここでの整理です。後訴3は、賃料債務が無いことを土台にするので、矛盾関係で書きます。ただ、賃料債権があるかないかが請求の前提になる、という面をとらえて、先決関係だと説明する考え方もあります。どちらで書いても、遮断されて請求棄却、という結論は同じです。
第3 後訴4——理由中の判断の問題提起と規範
図:同じ合意解約を10月分で主張する後訴4
ここからが、前編の本番です。後訴4。Xが、令和7年10月分の賃料30万円を請求します。Yは、後訴2や後訴3と同じ、6月上旬の合意解約を主張します。前訴Aの既判力で、Yの合意解約の主張を、遮断できるのでしょうか。
ここで、1つ問いです。Yの合意解約の主張は、後訴2では遮断されました。後訴4の10月分の訴えでも、遮断されるでしょうか?後訴2と同じ合意解約だから、また遮断される。この見方が、答案で一番多い誤りです。確かめましょう。まず、3つの関係に当てはめます。
図:後訴4を、3つの関係に当てる
1つ目、同一関係かどうか。後訴4の10月分の賃料債権は、月ごとに別の債権ですから、前訴の訴訟物である、6月分から9月分とは別です。同一ではありません。2つ目、先決関係かどうか。7月分から9月分の賃料債権があるかどうかは、10月分の賃料債権が成り立つための前提ではありません。毎月の債権が、並んでいるだけです。先決ではありません。3つ目、矛盾関係かどうか。仮に10月分の賃料債権があっても、7月分から9月分があることと、両立します。矛盾でもありません。
3つの関係に当たらなくても、合意解約の主張が前訴の判断とぶつかるように見える点は、確かに引っかかります。前訴は賃貸借が続いていたと判断したのに、Yは、6月末で終わっていた、と言うからです。ぶつかる相手を、はっきりさせましょう。前訴Aの判決が、7月分から9月分の賃料債権の存在を認めたのは、賃貸借が7月以降も続いている、という判断を通ってきた結果です。この「賃貸借の存続」の判断は、判決の中にあります。でも、主文には出てきません。理由の中の判断です。
判例最判昭和30・12・1 民集9巻13号1903頁
判決理由中の判断に既判力が生じるかが争われた事件
判決の既判力は主文に包含される訴訟物とされた法律関係の存否に関する判断の結論そのもののみについて生ずるのであり、その前提たるに過ぎないものは大前提たる法規の解釈、適用は勿論、小前提たる法律事実に関する認定、その他一切の間接判断中に包含されるに止まるものは、たといそれが法律関係の存否に関するものであつても同条第二項のような特別の規定ある場合を除き既判力を有するものではない。
この判決は、改正前の民事訴訟法の事案ですが、今の114条1項も、同じ考え方です。最高裁は、判決の既判力は、主文に包含される、訴訟物とされた法律関係の存否に関する判断の結論そのものについてだけ生じる、と述べています。そして、その前提にすぎないもの、つまり、結論に至るまでの法律の解釈や事実の認定は、既判力を有しない、としています。「同条第二項のような特別の規定」は、理由中の判断にも例外的に既判力を認める別の条文のことで、この事例には出てきません。
図:規範と答案の型|理由中の判断
規範は、こうです。判決理由中の判断には、既判力は生じません。理由づけは、3つです。1つ目、当事者が、訴訟物に攻撃と防御を集中できること。2つ目、裁判所が、審理の順序を自由に選べること。3つ目、手続の保障が、訴訟物の判断に向けられていること。この3つの理由づけは、判例そのものの言葉ではなく、通説の説明です。
理由の中の判断まで縛ると、なぜ困るのでしょうか。順に、見ていきます。
1つ目。もし理由の中の判断まで縛られるなら、Yは、7月分の賃料を争うときに、賃貸借が続いているか、といった前提のひとつひとつを、これから先のすべての訴えに響く大勝負として、戦わなければなりません。理由の判断は縛らない、と決めておけば、争いの焦点を、請求そのものに絞れます。
2つ目。裁判所は、たとえば、賃料を払ったかどうかを先に調べて、結論が出たなら、賃貸借が続いているかには踏み込まずに、判決を出せます。理由の判断にまで既判力が付くなら、どの前提も慎重に判断しなければならなくなり、審理の順序を選べなくなります。
3つ目が、決め手です。当事者に与えられた、主張と立証の機会は、訴訟物、つまり、その請求が認められるかどうかに向けられています。前提のひとつひとつについて、この先ずっと縛られる覚悟で戦ったわけではありません。だから、縛られるのは、手続保障が向けられた、訴訟物の判断だけです。判子が主文の欄にしか押されていないのは、そのためです。
先決関係の後訴2では、賃料債権の存在という、判子の押された答えを、そのまま使いました。後訴4は、そこが違います。ここで、2つを並べておきます。
図:後訴2と後訴4——同じ合意解約、扱いの違い
後訴2と後訴4で、Yの主張は同じ、6月上旬の合意解約です。後訴2では遮断され、後訴4では遮断されません。分かれ目は、後訴の訴訟物が、前訴の訴訟物の存否そのものを前提にしているか、それとも、前訴の理由の中の事項にだけ関わっているか、です。後訴2は、前訴の訴訟物の存否を前提にしています。後訴4は、賃貸借の存続という、理由の中の事項にだけ関わります。
同じ「賃貸借の存続」の判断が、後訴2では効いて、後訴4では効かない、というわけではありません。賃貸借の存続そのものが、後訴2で効くわけではないのです。後訴2で縛られたのは、賃貸借の存続ではなく、7月分から9月分の賃料債権が存在する、という答えです。賃貸借の存続は、後訴2でも、理由の中の判断のままです。ただ、後訴2では、答えそのものを争い直すことになるので、その主張が遮断されるのです。後訴4では、答えそのものを争い直すわけではありません。
第3 後訴4——理由中の判断のあてはめと結論
図:後訴4に要件を当てる
あてはめます。後訴4の訴訟物は、10月分の賃料債権で、前訴Aの訴訟物とは別です。同一でも、先決でも、矛盾でもありません。Yの合意解約は、前訴Aの判決の中では、賃貸借の存続という理由中の判断に関わるだけです。主文の答えである7月分から9月分の賃料債権の存在を争い直すものでもありません。理由中の判断には、既判力が生じませんから、Yの主張は、遮断できません。
前訴Aでは、賃貸借は続いていた、と判断されています。後訴4で、6月末で終わっていた、と認められれば、前訴と食い違います。そういう食い違う結論も、ありえます。それが、理由中の判断に既判力が生じない、ということの帰結です。前訴Aで賃貸借が続いていると判断したのは、7月分から9月分の請求に答えるための途中の一歩で、当事者も、そこに向けて主張と立証を尽くしたわけではないからです。それを、既判力とは別の道具で止められるかは、ここでは扱いません。答案では、既判力では遮断できない、と書いて止めます。
結論です。後訴4では、Yは合意解約を主張できます。裁判所は、合意解約があったかどうかを、証拠で判断します。Yが立証できれば、10月分の請求は棄却されます。立証できなければ、請求は認容されます。
前訴で言わなかった主張を、後訴で言えるのは、不公平に見えるかもしれません。けれども、7月分から9月分については、Yは、その存否を争う機会を、前訴で与えられていました。後訴4の10月分は、別の債権です。10月分の存否を争う場は、10月分の訴えです。判子が押されているのは、7月分から9月分と、6月分の答えまでです。
まとめ
図:規範と答案の型|前訴Aの既判力の範囲
結論を、規範ごとに確かめます。前訴Aの既判力は、主文に包含される、訴訟物たる権利関係の存否の判断に生じます。7月分から9月分の賃料債権の存在と、6月分の賃料債権の不存在です。
図:規範と答案の型|同一関係
後訴1は同一関係で、遮断されて、請求棄却です。
図:規範と答案の型|先決関係
後訴2は先決関係で、合意解約は遮断され、支払日、起算点、利率、額を審理して、請求が認容されます。
図:規範と答案の型|矛盾関係
後訴3は矛盾関係で、遮断されて、請求棄却です。
図:規範と答案の型|理由中の判断
そして後訴4は、理由中の判断ですから、既判力では遮断できず、合意解約の有無を証拠で判断します。
図:完成答案:第1 前訴Aの既判力の範囲
こちらが、完成答案です。答案の第1の、前訴Aの既判力の範囲から見ていきます。答案の文面を、本文でも置きます。
第1 前訴Aの既判力の範囲
1 問題の所在
前訴Aの確定判決の既判力は、どの判断に生じるか。
2 規範
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する(民事訴訟法114条1項)。主文に包含するものとは、訴訟物たる権利関係の存否の判断をいう。判例も、判決の既判力は主文に包含される訴訟物とされた法律関係の存否に関する判断の結論そのもののみについて生ずるとする。判断の基準時は、事実審の口頭弁論終結時である。
3 あてはめ
前訴Aの訴訟物は、6月分から9月分の各賃料債権である。主文は、7月分から9月分の賃料90万円の支払を命じ、その余を棄却した。賃貸借の存続や6月分の弁済は、理由中の判断にとどまる。
4 結論
よって、既判力は、7月分から9月分の賃料債権の存在と、6月分の賃料債権の不存在に生じる。
図:完成答案:第2 後訴1
続いて、答案の第2です。後訴1から後訴3を、順に書きます。まず、後訴1の答案です。
第2 後訴1〜3
1 後訴1(同一関係)
(1) 問題の所在
後訴1は、6月分の賃料債権の存在を主張する。前訴Aの既判力は及ぶか。
(2) 規範
後訴の訴訟物が前訴の訴訟物と同一であるとき、前訴の基準時前の事由にもとづく主張は遮断され、後訴裁判所は前訴の判断を前提に判決する。前訴で敗訴した当事者の再訴は、請求棄却となる。
(3) あてはめ
6月分の賃料債権は前訴Aの訴訟物と同一である。Xの「受け取っていない」との主張は、前訴の基準時前の事由に基づき、前訴の判断を争い直すものであり、遮断される。
(4) 結論
よって、請求棄却となる。
図:完成答案:第2 後訴2
後訴2の答案です。基準時の前の事由と、後の事由を、分けて書いているところを読んでみてください。
2 後訴2(先決関係)
(1) 問題の所在
後訴2は、7月分から9月分の賃料の遅延損害金を請求する。前訴Aの既判力は及ぶか。
(2) 規範
後訴の訴訟物を判断する前提として、前訴の訴訟物の存否を決めなければならないとき(先決関係)、前訴の訴訟物を争い直す主張は遮断され、後訴裁判所は前訴の判断を前提に、後訴固有の争点について審理する。
(3) あてはめ
遅延損害金の請求は、7月分から9月分の賃料債権が存在し、履行が遅れたことを前提とする。したがって、前訴Aの訴訟物は先決問題にあたる。Yの合意解約の主張は、基準時前の事由に基づき、前訴の訴訟物を争い直すものであり、遮断される。Yの90万円の支払は、基準時後の事由であり、遮断されない。後訴裁判所は、支払日、起算点、利率、額を審理する。
(4) 結論
よって、請求は認容される。
図:完成答案:第2 後訴3
後訴3の答案です。
3 後訴3(矛盾関係)
(1) 問題の所在
後訴3は、払った90万円の返還を不当利得として請求する。前訴Aの既判力は及ぶか。
(2) 規範
後訴の訴訟物が前訴の訴訟物と同一でも先決関係でもないが、実体法上両立しない関係にあるとき、前訴の判断と矛盾する主張は遮断される。
(3) あてはめ
不当利得返還請求は、法律上の原因のないこと、すなわち賃料債務の不存在を前提とする。これは、前訴Aで確定した賃料債権の存在と両立しない。Yの合意解約の主張は、前訴の判断と矛盾するものであり、遮断される。
(4) 結論
よって、請求棄却となる。
図:完成答案:第3 後訴4(問題の所在・規範)
最後は、答案の第3の、後訴4です。問題の所在と規範を確かめてください。
第3 後訴4
1 問題の所在
後訴4は、10月分の賃料債権を請求し、Yは6月上旬の合意解約を主張する。前訴Aの既判力により、Yの主張を遮断できるか。
2 規範
判決理由中の判断には既判力は生じない。判例は、その前提たるに過ぎないものは、既判力を有するものではないとする。理由は、当事者が訴訟物に攻撃防御を集中できること、裁判所が審理の順序を自由に選べること、手続保障が訴訟物の判断に向けられていることにある。
図:完成答案:第3 後訴4(あてはめ・結論)
答案の第3の、あてはめと結論です。結論の一文まで、目で追ってください。
3 あてはめ
後訴4の訴訟物は10月分の賃料債権であり、前訴Aの訴訟物とは別である。したがって、同一関係にも、先決関係にも、矛盾関係にも当たらない。Yの合意解約の主張は、前訴Aの理由中の判断である賃貸借の存続に関わるにとどまり、7月分から9月分の賃料債権の存在という主文の判断を争い直すものではない。理由中の判断には既判力が生じないから、既判力により遮断することはできない。
4 結論
よって、Yは合意解約を主張でき、裁判所は合意解約の有無を証拠により判断する。
後編では、前訴が、訴えそのものの不適法を理由に却下されていた場合に、その既判力を、答案でどう書くかを見ます。
参照条文
- 民事訴訟法114条1項