民訴ゼロから民事訴訟法 論文

規範的要件と弁論主義の書き方

雑貨店のXが、エアコン洗浄の翌朝の水漏れについて清掃業者のYに損害賠償を求めた事例を素材に、証人尋問で出ただけで当事者が主張していない事実を判決の基礎にできるか、90条や過失相殺の主張がないまま裁判所が判断できるかを、過失・免責条項・過失相殺の3つの場面で、答案の順に仕分けます。

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ゼロから民事訴訟法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事例

雑貨店を個人で営むXと、業務用エアコンの清掃を個人で営むY、請求の向き 図:雑貨店を個人で営むXと、業務用エアコンの清掃を個人で営むY、請求の向き

登場するのは、雑貨店を個人で営むXと、業務用エアコンの清掃を個人で営むYです。どちらも、事業として契約をした個人です。令和7年8月5日、雑貨店のXは、店の天井に埋め込まれたエアコン1台の内部洗浄を、Yに頼みました。代金は6万円です。契約書には、Yが用意したひな形を使いました。その第7条には、こう書かれています。「本作業に起因して生じた損害については、理由のいかんを問わず、Yは責任を負わない。」Xは、これに署名しました。この第7条を、免責条項と呼びます。XもYも事業として契約をしたので、消費者契約ではありません。消費者を守る特別な法律は当てはまらないので、免責条項の効力は、民法90条で考えます。

契約から訴え提起まで 図:契約から訴え提起まで

8月19日に、清掃業者のYと、そのアルバイトのZが、エアコンを洗浄しました。洗浄では、水を排出する排水ホースを、本体から外して作業します。作業のあと、Yは帰りました。翌日の8月20日の朝、店の天井から水が落ちました。陳列していた紙雑貨と木工品が水に濡れて、損害は118万円、廃棄と買い直しの費用です。同じ日の朝に撮った写真が、甲3号証です。排水ホースが、本体から外れて垂れ下がっている様子が写っています。ただ、水漏れの本当の原因は、ここでは問いません。12月9日に、Xは民法709条に基づいて、118万円の支払を求める訴えを起こしました。損害賠償を請求するのが雑貨店のXで、請求を受けるのが清掃業者のYです。

訴え提起から弁論終結まで 図:訴え提起から弁論終結まで

訴えのあと、令和8年1月23日に、Yが答弁書を出しました。過失はなかったと争い、さらに、第7条の免責条項があるから責任を負わない、と主張しています。3月17日に、Yが準備書面を出し、4月21日に、Xが準備書面を出しました。この2通に何が書かれていたかは、場面ごとに見ていきます。6月11日に、証人尋問がありました。証人は、アルバイトのZです。原告のX本人も、尋問を受けました。この日に、弁論が終結しています。弁論が終わった時点で、主張として出ているものは、もう決まっているのです。尋問で出た事実のうち、どれが主張に出ていて、どれが出ていないのか。それを仕分けるのが、この事例での作業です。

今日の2つの問い 図:今日の2つの問い

今日の問いは、2つです。まず、1つめです。証人のZや、原告のX本人の尋問で出てきた事実の中に、XもYも主張していない事実があります。裁判所は、そうした事実を、判決の基礎にできるでしょうか。2つめです。原告のXは、準備書面で公序良俗という言葉も90条という言葉も使っていません。被告のYも、過失相殺や損害の減額を求めていません。この2つの主張がないまま、裁判所は、免責条項の効力を判断したり、賠償額を減らしたりできるでしょうか。使える事実と、使えない事実が、混ざっています。場面ごとに、1つずつ仕分けます。

検討の順番

訴訟が進む順に、3つの場面 図:訴訟が進む順に、3つの場面

検討する順番は、訴訟が進む順です。1つめは、請求原因です。709条の過失があるかを見ます。2つめは、Yの抗弁です。第7条の免責条項が、公序良俗に反しないかを見ます。3つめは、損害額です。過失相殺で、賠償額を減らせるかを見ます。この順番で見る理由です。請求原因で過失が認められなければ、免責条項も賠償額も、問題になりません。免責条項で責任が消えなければ、賠償額の判断へ進めません。答案も、この順に書くと、読む人が流れを追えます。3つの場面で、同じ問いを立てます。この事実は、当事者が主張しているか。この問いを、事実ごとに確かめます。2つめと3つめの場面では、問いがもう1つ増えます。90条や過失相殺という、法の適用そのものを、当事者が主張していなくてもよいのか、という問いです。

第1 請求原因=過失

請求原因の事実:誰が主張し、何が証拠から出てきたか 図:請求原因の事実:誰が主張し、何が証拠から出てきたか

1つめの場面、請求原因の過失から始めます。ここで拾う事実は、3つあります。事実のAは、Yが、作業のあと、排水ホースを本体につなぎ直さないまま、作業を終えた、という事実です。原告のXが、訴状で主張しました。Yは否認しています。証拠は、甲3号証の写真です。事実のBは、Yが、洗浄液を規定量の約3倍使って、水の受け皿があふれた、という事実です。事実のCは、当日、Yが次の現場に間に合わせるため、予定の約半分の時間で作業を切り上げた、という事実です。この2つは、どちらも、証人のZの証言で出てきました。ところが、XもYも、事実のBと事実のCを、主張していません。

3つは、同じ扱いにはなりません。仕分けるために、まず条文を開きます。

条文民法709条

民法709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

709条です。過失があることは、不法行為が成立するための要件で、条文を読めば出てきます。損害や因果関係など、ほかの要件は、満たされているものとして進めます。ただ、条文は、過失とだけ書いています。主張しなければならない事実が、過失そのものなのか、別の事実なのかは、書いていません。過失のように、具体的な事実に法的な評価を下して初めて中身が決まる要件を、規範的要件と呼びます。

Yの過失の認定に、証言だけの事実を使えるか 図:Yの過失の認定に、証言だけの事実を使えるか

弁論主義が及ぶのは、主要事実だけです。間接事実は、主張がなくても、証拠から認定して、主要事実を推し測るのに使えます。主要事実は、権利の発生や消滅を直接決める事実です。では、過失の場合、主要事実になるのは、どれでしょうか。「過失があった」という評価でしょうか。それとも、その評価を支える、具体的な事実でしょうか。原告のXが主張したのは、事実のAだけです。そこで、証言で出てきた事実のBと事実のCを、Yの過失の認定に使えるかが、問題になります。聞いたのだから使ってよい、とも、主張がないから使えない、とも言えそうで、迷います。その迷いに答える物差しを、規範で立てます。

規範と答案の型|規範的要件と主要事実 図:規範と答案の型|規範的要件と主要事実

規範は、通説で立てます。過失などの規範的要件では、規範的評価それ自体ではなく、評価を根拠づける具体的事実が、主要事実です。そして、証拠調べによって現れた主要事実は、当事者が弁論で主張して訴訟資料とならない限り、判決の基礎とすることができません。どちらも、判例の言葉そのものではなく、通説の整理です。尋問は、証拠を調べる手続で、尋問で事実が出ただけでは、当事者の主張にはなりません。主張は、準備書面などでします。答案に入れる理由の一文は、評価そのものを主要事実とすると、主張の内容が漠然として、相手方にとって不意打ちになるから、です。「Yに過失があった」とだけ言われても、Yは、何を争えばよいのか分かりません。

評価そのもの、評価根拠事実、間接事実 図:評価そのもの、評価根拠事実、間接事実

区別を、例で確かめます。「Yに過失があった」は、評価そのものです。「Yが排水ホースをつなぎ直さなかった」は、その評価を根拠づける具体的な事実です。これを評価根拠事実と呼びます。こちらが主要事実です。もう1つ、境目があります。評価根拠事実があったかどうかを、経験則から推し測る材料は、間接事実です。間接事実は、主要事実ではありませんから、主張がなくても、証拠から認定して使えます。この境目は、ある事実が、過失を根拠づける行為そのものか、その行為があったことを推し測る材料にとどまるかで、決まります。実際に当てはめて、確かめます。

AとB:どちらも主要事実。主張があるのはAだけ 図:AとB:どちらも主要事実。主張があるのはAだけ

あてはめます。まず、事実のAです。原告のXが、訴状で主張しています。つなぎ直さなかったことは、Yの過失を根拠づける具体的な事実で、評価根拠事実、つまり主要事実です。弁論に出ているので、判決の基礎にできます。Yが否認していても、主張はされています。事実のAが本当にあったかは、証拠で判断することで、主張の有無とは別の話です。次に、事実のBです。洗浄液を規定量の約3倍使って、水の受け皿があふれたことは、事実のAとは別の原因で、それだけで、Yの過失を根拠づけます。ですから、事実のBも、別の評価根拠事実で主要事実です。ところが、証人のZの証言にだけ出ていて、XもYも主張していません。訴訟資料になっていないので、事実のBは、判決の基礎にできません。

証言で、あふれたと分かっても、使えないのですか。使えません。主張がないまま使うと、Yは、洗浄液の量や、あふれたかどうかを、争う機会のないまま、不利な判断を受けるからです。

C:Aを推し測る材料にすぎない間接事実 図:C:Aを推し測る材料にすぎない間接事実

事実のCです。次の現場に間に合わせるため、予定の約半分の時間で、作業を切り上げたことは、どうでしょうか。急いで切り上げたのなら、最後のつなぎ直しも、省いたのではないか、と推し測れます。つまり、事実のCは、水漏れを招く具体的な行為そのものではなく、事実のAがあったことを推し測る材料です。間接事実です。間接事実は、主張がなくても、証拠から認定して、主要事実の推認に使えます。

BとCの違い:別の主要事実か、Aを推し測る材料か 図:BとCの違い:別の主要事実か、Aを推し測る材料か

事実のBも事実のCも、証言にだけ出ているのに、扱いが分かれます。主張がないという点は同じです。違いは、事実のBが別の主要事実で、事実のCが事実のAを推し測る材料だという点です。証言で出たから使える、というわけでも、主張がないから使えない、というわけでもありません。事実のAは、甲3号証の写真と、事実のCから、認められる場合があります。認めるかどうかは、裁判所が、自由な心証で決めます。

結論:Bは使えず、Aを前提にYの過失を認められる 図:結論:Bは使えず、Aを前提にYの過失を認められる

結論です。裁判所は、事実のBを理由に、Yの過失を認めることはできません。他方、事実のAを前提に、排水ホースをつなぎ直さないまま作業を終えた点で、Yに過失がある、と判断できます。仮に、XかYが準備書面で事実のBを主張していたら、証言と合わせて、判決の基礎にできます。弁論主義は、裁判所と当事者の役割分担なので、どちらの当事者が主張したかは、問われません。請求原因は、損害と因果関係は満たされているものとして、そろいます。次は、Yが抗弁として出した、第7条の免責条項です。

第2 免責条項と公序良俗

第7条の効力の事実:誰が主張し、何が証拠から出てきたか 図:第7条の効力の事実:誰が主張し、何が証拠から出てきたか

2つめの場面です。Yは、答弁書で、第7条の免責条項を主張しました。Xは、その効力を争っています。ただ、Xは、準備書面に、公序良俗という言葉も、90条という言葉も、書いていません。「第7条の効力を認めるのは相当でない」とだけ述べています。そのうえで、Xが準備書面で主張した事実が、2つあります。事実のD1は、第7条が、Yのひな形の末尾に小さな字で書かれ、Yは読み上げも説明もせず署名欄を示しただけだった、という事実です。事実のD2は、第7条の文言が、Yの故意や重大な過失の場合を除外していない、という事実です。契約書という書証にも、出ています。Xは、公序良俗と言わないまま、第7条は相当でないと、事実を挙げているのです。このほかに、もう1つ、事実のEがあります。事実のEの中身は、条文を見てから、取り上げます。

条文民法90条

民法90条(公序良俗)
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

90条です。公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする、と定めています。第7条がこれに反するかどうかが、2つめの場面の中身です。1つめの場面の709条と同じく、90条も、条文どおりの成立要件です。ここで、問題は2つあります。最初の問題は、Xが90条を主張していないのに、裁判所が第7条の効力を90条によって判断できるか、です。2つめは、事実のEです。Yが「第7条に署名しないなら、作業は引き受けない」と述べた、という事実で、X本人の尋問で出てきました。XもYも、準備書面でも弁論でも、主張していません。事実のEを、この判断に使えるか、です。

規範と答案の型|一般条項と主張の要否 図:規範と答案の型|一般条項と主張の要否

規範は、判例と、一般条項についての整理を、組み合わせて作ります。まず、判例の言葉です。裁判所は、当事者が特に民法90条による無効の主張をしなくとも、同条違反に該当する事実の陳述さえあれば、その有効無効の判断をなしうる。公序良俗、信義則、権利濫用のような一般条項については、次のように解されます。法の適用そのものを、当事者が主張する必要はありません。ただし、適用を基礎づける具体的な事実は、当事者の主張に現れていなければなりません。判例が述べているのは、90条についてです。あとの整理は、判例の言葉ではありません。とくに公序良俗については、基礎づける事実の主張も要らない、とする見解も多くあります。ここでは、判例の、事実の陳述さえあれば、という言葉に沿って、事実の主張は要る、という立場で書きます。この判例は、二重売買の事件です。原告は、先に山林を買いましたが、登記がまだでした。相手は、原告の登記がまだなのに乗じて、その山林を安く買って、登記を備えました。原告は、この相手に、請求しました。原告は、一審から、相手が共謀して横領したという事実を主張していました。原審は、相手の売買を公序良俗に反して無効とし、最高裁は上告を退けています。

判例最判昭和36・4・27 民集15巻4号901頁

最高裁判所判決(二重売買の後の売買を、公序良俗に反し無効とした原判決が維持された事件)
裁判所は当事者が特に民法九〇条による無効の主張をしなくとも同条違反に該当する事実の陳述さえあれば、その有効無効の判断をなしうるものと解するを相当とする。

判決が言っているのは、事実の陳述さえあれば、90条の主張がなくても、有効無効を判断できる、という点です。答案に入れる理由の一文は、こうです。一般条項は公益性が高いので、適用の主張までは要りません。しかし、基礎づける事実が主張に現れていないと、相手方は防御できません。適用の主張は要らないのに、事実の主張は要る、という組み合わせになるのは、守っているものが違うからです。公序良俗は、社会全体の秩序を守るための規定です。当てはめるかどうかまで当事者の主張に任せると、当事者が言い出さない限り、秩序に反する合意が放置されます。だから、当てはめるかは、裁判所が自分で判断してよい、と考えられています。事実の主張を要るとするのは、相手方に、反論の機会を残すためです。1つめの場面で、主張のない事実のBを使えなかったのも、相手方が争えないからでした。理由は、ここでも同じです。

90条の主張と、基礎づける事実 図:90条の主張と、基礎づける事実

この規範で一番まぎらわしい線を、例で確かめます。「第7条は公序良俗に反する」は、法の適用の主張です。主張がなくても、裁判所は同じ判断ができます。「第7条は、ひな形の末尾に小さな字で書かれ、Yは説明しなかった」は、その適用を基礎づける、具体的な事実です。こちらは、当事者の主張に現れていなければなりません。公序良俗に反する、とまで書かなくても、事実さえ書いてあれば足ります。判決の言う、事実の陳述さえあれば、というのは、そういう意味です。ただ、事実の陳述が全くないときまで、同じに扱えるかは、判決は述べていません。

90条の主張とD1とD2:判断の基礎にできる 図:90条の主張とD1とD2:判断の基礎にできる

あてはめます。まず、90条の主張です。Xは、90条と言っていません。しかし、それは法の適用の主張で、要りません。判断の妨げにはなりません。次に、事実のD1と事実のD2です。どちらも、Xが準備書面で主張していて、第7条が90条に反するかを基礎づける事実です。弁論に現れていますから、判断の基礎にできます。事実のD1は、説明のないまま署名欄を示した点で、事実のD2は、故意や重大な過失の場合まで免責する文言になっている点で、公序良俗に反するという評価を根拠づけます。事実のD2は、契約書という証拠にも出ています。しかし、判断の基礎にできる理由は、主張があることです。契約書に出ていることは、事実を認める証拠の話で、主張とは別です。

E:弁論に現れていない事実は、使えない 図:E:弁論に現れていない事実は、使えない

最後に、事実のEです。第7条の効力を考えるうえで関係する、具体的な事実ですが、X本人の尋問で出てきただけで、弁論には現れていません。尋問で、原告のXが自分で話したのに、Xの主張にならないのですか。なりません。尋問は、証拠を調べる手続です。準備書面などで主張して、初めて、判断の材料になります。事実の主張が要るとする立場によれば、事実のEは、この判断には使えません。

結論:D1とD2を基礎に、第7条の効力を判断できる 図:結論:D1とD2を基礎に、第7条の効力を判断できる

結論です。裁判所は、事実のD1と事実のD2を基礎に、第7条が90条に反するかを、判断できます。事実のEは、事実の主張が要るとする立場によれば、使えません。判断の結果は、ここでは問いません。答案では、第7条の効力が否定される場合には、損害額の判断に進む、と書いて、3つめの場面につなぎます。第7条が有効なら、Yは責任を負いません。

第3 損害額と過失相殺

損害額の事実:誰が主張し、何が証拠から出てきたか 図:損害額の事実:誰が主張し、何が証拠から出てきたか

3つめの場面です。第7条の効力が否定されて、Yが賠償責任を負う場合の、損害額を考えます。Yは、3月17日の準備書面で、事実のFを述べました。Xが、打合せのとき、店の排水の流れが以前から悪いと知っていたのに、Yに伝えなかった、という事実です。Yは、水漏れの原因は自分の作業ではない、という趣旨で述べていて、減額を求めてはいません。事実のGは、作業の終わりに、Yが「試運転して、水が流れるか確認してほしい」と求めたのに、Xが「忙しいから結構」と断った、という事実です。証人のZの証言で出てきましたが、XもYも、主張していません。

条文民法722条2項

民法722条2項(過失相殺)
被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。

722条2項です。被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる、と定めています。709条や90条と同じく、ここも、条文を読めば出てくることで、規範ではありません。ここで、問いです。Yは、過失相殺をしてくださいとは、一言も言っていません。損害の減額も求めていません。それでも、裁判所は、Xの落ち度を考えて賠償額を減らせますか?条文は、裁判所が、考慮して額を定めることができる、と書いていて、Yの申立てを条件にしてはいません。そこで、問題は2つです。1つめは、Yが求めていなくても、裁判所が過失相殺をできるか。そして2つめは、主張のない事実のGを、Xの過失の認定に使えるか、です。

規範と答案の型|過失相殺と主張の要否 図:規範と答案の型|過失相殺と主張の要否

規範は、判例と、有力な見解を、組み合わせて作ります。まず、判例の内容を、整理して読みます。被害者に過失があると認めるべき場合には、裁判所は、職権をもってこれをしんしゃくすることができる。賠償義務者から過失相殺の主張のあることを要しない。もっとも、過失は規範的要件です。そこで、被害者の過失を基礎づける具体的な事実は、当事者の主張に現れていなければならない、と解する見解が有力です。この判例は、市長が振り出した約束手形を取得した人が、市に損害賠償を請求した事件です。原審は、取得者の調査不足を過失として、賠償額を減らしました。取得者は、過失相殺にも弁論主義が適用される、と争いましたが、最高裁は、これを退けています。判例の原文を見ます。

判例最判昭和41・6・21 民集20巻5号1078頁

最高裁判所判決(手形取得者の過失を考慮して、賠償額を減らした原判決が維持された事件)
この規定によると、被害者の過失は賠償額の範囲に影響を及ぼすべき事実であるから、裁判所は訴訟にあらわれた資料にもとづき被害者に過失があると認めるべき場合には、賠償額を判定するについて職権をもつてこれをしんしゃくすることができると解すべきであつて、賠償義務者から過失相殺の主張のあることを要しないものである。

判決の言う、この規定とは、722条2項のことです。判決は、被害者の過失は賠償額の範囲に影響を及ぼすべき事実だから、と理由を述べています。そのうえで、賠償義務者から過失相殺の主張がなくても、職権でしんしゃくできる、としました。しんしゃくは、考慮に入れる、という意味です。なお、債務不履行の過失相殺でも、債務者の主張がなくても、職権でできるとされています。他方、被害者の過失を基礎づける事実の主張が要るかどうかは、この判決は、直接は述べていません。答案に入れる理由の一文は、こうです。事実の主張がないまま減額すると、被害者のXが、過失の評価を争う機会のないまま、賠償額を減らされる、不意打ちになるからです。

過失相殺の主張は要らないのに、事実の主張は要るという形は、第2の90条と同じです。ただ、90条の判例は、事実の陳述さえあれば、と述べていました。過失相殺の判例は、訴訟にあらわれた資料にもとづき、と述べていて、基礎づける事実の主張が要るかを、はっきりとは述べていません。事実の主張も要らない趣旨に読む見解もあります。そのため、事実の主張が要るとする点は、過失相殺では、有力な見解にとどまります。答案でも、そう書き分けます。

過失相殺の主張と、基礎づける事実 図:過失相殺の主張と、基礎づける事実

線を、例で確かめます。「Xの落ち度を考えて、賠償額を減らしてください」は、過失相殺という法の適用の主張です。判例によれば、要りません。「Xは、排水の流れが悪いと知っていたのに、Yに伝えなかった」は、Xの過失を基礎づける具体的な事実です。こちらは、有力な見解によれば、当事者の主張に現れていなければなりません。事実の主張が要るのは、過失が規範的要件だからです。722条2項も、被害者に過失があったとき、と書くだけです。何が過失にあたるかは、具体的な事実に評価を下して決まります。この点は、709条の過失と同じです。ですから、有力な見解は、被害者の過失でも、評価を根拠づける具体的な事実が主要事実で、弁論主義が及ぶ、つまり当事者の主張が要る、と考えます。

過失相殺の主張とF:過失相殺の基礎にできる 図:過失相殺の主張とF:過失相殺の基礎にできる

あてはめます。まず、過失相殺の主張です。Yは、求めていません。しかし、それは法の適用の主張で、要りません。過失相殺の妨げにはなりません。次に、事実のFです。店の排水の流れが悪いと知っていたのに、Yに伝えなかったことは、Xの過失を基礎づける具体的な事実で、Yが準備書面で主張しています。弁論に現れていますから、過失相殺の基礎にできます。Yは、減額を求めるためではなく、原因は自分の作業ではないと言うために述べました。それでも、使えます。事実が弁論に現れているかどうかで決まります。どんな目的で述べたのかは、問われません。

G:弁論に現れていない事実は、使えない 図:G:弁論に現れていない事実は、使えない

事実のGです。Yが試運転の確認を求めたのに、Xが断ったことは、Xの過失を基礎づける具体的な事実です。しかし、証人のZの証言で出てきただけで、XもYも、主張していません。弁論に現れていませんから、有力な見解によれば、Xの過失の認定に使えません。使えるかどうかは、主張されているかで決まります。主張がないまま使えば、Xは、断った事情を述べて争う機会を、持てません。

結論:Fを基礎に過失相殺ができる 図:結論:Fを基礎に過失相殺ができる

結論です。裁判所は、事実のFを根拠に、Xの過失を考慮して賠償額を定めることができます。事実のGは、有力な見解によれば使えません。過失の割合は、ここでは問いません。

結論

3つの場面の結論:使える事実と使えない事実 図:3つの場面の結論:使える事実と使えない事実

3つの場面の結論を並べます。判決の基礎にできるのは、事実のAと事実のCと事実のD1と事実のD2と事実のFです。基礎にできないのは、事実のBと事実のEと事実のGです。使える事実の中で、主張がないのは、事実のCだけです。事実のCは、間接事実で、主要事実のAを推し測る材料だからです。それ以外の使える事実は、すべて、弁論に現れています。使えない3つは、評価を根拠づける具体的な事実なのに、弁論に現れていない、という点が共通です。弁論に出ていれば、誰が出したかは、問われませんでした。ただ、理由の立て方は、場面ごとに違います。事実のBは通説、事実のEは、事実の主張が要るとする立場、事実のGは有力な見解、という位置づけです。

まとめ

完成答案:第1 Yの過失(問題の所在・規範) 図:完成答案:第1 Yの過失(問題の所在・規範)

こちらが、完成答案です。図と同じ文面を、本文でも置きます。それぞれの文面の前に、読むときに見てほしいところを、先に挙げます。第1は、Yの過失です。事実のAだけが主張されていて、事実のBと事実のCが証言にだけ現れていることを、問題の所在にして、そこから規範へつなげている流れを、見てみてください。規範が、評価根拠事実が主要事実だという通説の部分と、主張されない主要事実は使えないという部分の2つに、分けて書かれているところにも、注目です。

第1 Yの過失(709条)

1 問題の所在

 Xは、Yの過失を根拠づける事実として、排水ホースをつなぎ直さないまま作業を終えたこと(事実A)だけを主張した。証人Zの証言には、洗浄液を規定量の約3倍使ったこと(事実B)と、予定の約半分の時間で作業を切り上げたこと(事実C)が現れたが、X・Yとも主張していない。そこで、これらを過失の認定に使えるかが問題となる。

2 規範

 ア 過失などの規範的要件では、規範的評価それ自体ではなく、評価を根拠づける具体的事実が主要事実である(通説)。評価それ自体を主要事実とすると、主張の内容が漠然とし、相手方にとって不意打ちとなるからである。

 イ 証拠調べによって現れた主要事実は、当事者が弁論で主張して訴訟資料とならない限り、判決の基礎とすることができない。

完成答案:第1 Yの過失(あてはめ・結論) 図:完成答案:第1 Yの過失(あてはめ・結論)

第1の続きで、あてはめと結論です。事実のAと事実のBと事実のCを、1つずつ拾っているところを、確かめてみてください。主要事実か間接事実かを評価してから、結論へ進んでいる流れと、事実のBと事実のCが同じ証言から出ていても、結論が分かれているところにも、注目です。

3 あてはめ

 (1) 事実Aは、Xが訴状で主張している。これは、過失の評価を根拠づける具体的事実にあたるから、主要事実であり、訴訟資料となっている。

 (2) 事実Bは、事実Aとは別の原因を根拠づける具体的事実であり、主要事実である。しかし、証言に現れたのみで、X・Yとも主張しておらず、訴訟資料となっていない。

 (3) 事実Cは、事実Aがあったことを推し測る材料にすぎず、間接事実である。そのため、主張がなくても、証拠から認定して用いることができる。

4 結論

 よって、事実BはYの過失の認定に使えない。事実Aを前提に、Yに過失が認められる。

完成答案:第2 第7条の効力(問題の所在) 図:完成答案:第2 第7条の効力(問題の所在)

第2は、第7条の効力です。まず、問題の所在です。Xが90条を主張していないことと、事実のEが本人尋問にだけ現れたことを、2つの問題として並べているところを、見てみてください。

第2 第7条の効力(90条)

1 問題の所在

 Yは、第7条の免責条項を主張した。Xは、公序良俗にも90条にも言及していないが、事実D1と事実D2を主張している。事実Eは、X本人の尋問に現れたのみで、X・Yとも主張していない。そこで、裁判所は、第7条の効力を90条により判断できるか、事実Eを使えるかが問題となる。

完成答案:第2 第7条の効力(規範) 図:完成答案:第2 第7条の効力(規範)

第2の規範です。規範は、アとイの2つに分けて書いてあります。アに書いた判例の言葉と、イに書いた、解されるとしている部分が、分けて書かれているところを、見てみてください。イのあとに、公益性と相手方の防御という理由を、短く添えているところにも、注目です。

2 規範

 ア 裁判所は、当事者が特に民法90条による無効の主張をしなくとも、同条違反に該当する事実の陳述さえあれば、その有効無効の判断をなしうる(最判昭和36年4月27日)。

 イ 一般条項は、法の適用そのものの主張を要しないが、適用を基礎づける具体的事実は、当事者の主張に現れていなければならないと解される。一般条項は公益性が高い一方、事実が主張に現れていないと、相手方が防御できないからである。

完成答案:第2 第7条の効力(あてはめ・結論) 図:完成答案:第2 第7条の効力(あてはめ・結論)

第2の続きで、あてはめと結論です。90条の主張が要らない点を先に処理してから、事実のD1と事実のD2、事実のEを、拾っているところを、確かめてみてください。結論で、損害額の判断につないでいる点にも、注目です。

3 あてはめ

 (1) Xは90条を主張していないが、法の適用の主張は要しない。

 (2) 事実D1と事実D2は、Xが準備書面で主張しており、第7条が90条に反するかを基礎づける具体的事実として、弁論に現れている。

 (3) 事実Eは、同様に90条の評価を基礎づける具体的事実であるが、X本人の尋問に現れたのみで、弁論に現れていない。

4 結論

 よって、事実D1と事実D2を基礎に、第7条の有効無効を判断できる。事実Eは、上記の立場によれば使えない。第7条の効力が否定される場合には、損害額の判断に進む。

完成答案:第3 過失相殺(問題の所在) 図:完成答案:第3 過失相殺(問題の所在)

第3は、過失相殺です。まず、問題の所在です。Yが過失相殺を求めていないことと、事実のGが証言にだけ現れたことを、問題として並べているところを、見てみてください。

第3 過失相殺(722条2項)

1 問題の所在

 Yは、過失相殺を求めていない。Yは、Xの過失を基礎づける事実F(排水の流れが悪いことをYに伝えなかったこと)を主張しているが、事実Gは、証人Zの証言に現れたのみで、X・Yとも主張していない。そこで、裁判所は、過失相殺をできるか、事実Gを使えるかが問題となる。

完成答案:第3 過失相殺(規範) 図:完成答案:第3 過失相殺(規範)

第3の規範です。ここも、規範は、アとイの2つに分けて書いてあります。アに書いた判例の言葉と、イに書いた有力な見解が、分けて書かれているところを、見てみてください。イのあとに、不意打ちになるからという理由を、短く添えているところにも、注目です。

2 規範

 ア 被害者に過失があると認めるべき場合には、裁判所は、職権をもってこれをしんしゃくすることができ、賠償義務者から過失相殺の主張のあることを要しない(最判昭和41年6月21日)。

 イ もっとも、過失は規範的要件であるから、被害者の過失を基礎づける具体的事実は、当事者の主張に現れていなければならないとする見解が有力である。そうしないと、被害者が過失の評価を争う機会のないまま、減額される不意打ちとなるからである。

完成答案:第3 過失相殺(あてはめ・結論) 図:完成答案:第3 過失相殺(あてはめ・結論)

最後は、第3のあてはめと結論です。過失相殺の主張が要らない点を先に処理してから、事実のFと事実のGを、拾っているところを、確かめてみてください。事実のGの結論に、有力な見解によれば、という限定が付いているところにも、注目です。

3 あてはめ

 (1) Yは過失相殺を求めていないが、法の適用の主張は要しない。

 (2) 事実Fは、Yが準備書面で主張しており、Xの過失を基礎づける具体的事実として、弁論に現れている。

 (3) 事実Gは、Xの過失を基礎づける具体的事実であるが、証人Zの証言に現れたのみで、弁論に現れていない。

4 結論

 よって、事実Fを基礎に、722条2項により過失相殺ができる。事実Gは、有力な見解によれば使えない。

最後に、全体を通して、3つの場面で事実ごとに、主張されているかを問い、結論まで1本の線でつながっているかを、見直してみてください。

参照条文

  • 民法709条
  • 民法90条
  • 民法722条2項

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