基準時後の形成権行使と既判力の書き方
造園業のXの請負代金請求の訴訟で、運送業のYが出した相殺が時機に後れたとして却下され、判決が確定した後に、Yが改めて相殺の書面を送った事例を素材に、却下された相殺の効果は残るか、確定後の相殺は既判力で遮断されるかを、答案の順に確かめます。同じ物差しを、詐欺取消しと建物買取請求権にも当てます。
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ゼロから民事訴訟法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
事例
図:造園業の原告のXと運送業の被告のY、債権の向き
登場するのは、造園業を営む原告のXと、軽トラックで運送業を営む被告のYです。どちらも個人で、弁護士は付けず本人で訴訟をしています。令和7年3月14日に、XはYの自宅の庭の造園工事を完成させて引き渡しました。請負代金は120万円で、支払期限は4月30日です。Yは払いませんでした。一方で、XにもYへの未払いがあります。Yは令和7年7月から10月まで、Xの資材を運ぶ仕事を月30万円で引き受けていました。運賃は毎月末日払いの約束でしたが、Xは一度も払っていません。4か月分の120万円が未払いで、最後の弁済期は10月31日です。XとYの間で押さえるものは、3つあります。1つめは、XからYへの請負代金120万円の債権で、のちに確定判決になります。2つめは、YからXへの運賃債権120万円です。3つめは債権ではなく、Yがあとで送る、確定後の相殺です。時間の順に、1つずつ見ていきます。なお、利息や遅延損害金は考えません。
図:時系列(1):提訴から基準時まで
令和7年6月10日に、原告のXは請負代金120万円の支払を求めて、地方裁判所に訴えを起こしました。これが前訴です。被告のYは、庭の植栽の出来が約束と違うと言って争いました。このとき、相殺は出していません。そして令和8年3月3日の、第6回の口頭弁論期日です。Yは初めて、運賃債権120万円と請負代金債権を、対当額で相殺すると陳述しました。対当額とは、2つの債権が重なり合う金額で、その分だけ両方が消えます。Yは、運賃が払われないことを令和7年11月以降ずっと知っていたのに、出していませんでした。裁判所は、民事訴訟法157条1項により、故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃防御方法で、訴訟の完結を遅延させるとして、却下の決定をしました。そして同じ期日に、口頭弁論を終結しました。既判力の基準時は、この3月3日です。既判力とは、確定判決の判断に、当事者があとで逆らえなくなる力です。基準時とは、当事者が判決の前に主張できる、最後の時点です。Yは、相殺は出したけれど、中身は見てもらえなかったことになります。
ここまでを、記号で整理します。
図:事実の整理:ア・イ・ウ
事実アは、2つの債権です。請負代金は4月30日が期限、運賃債権は最後の分が10月31日が弁済期でした。基準時の3月3日には、どちらも弁済期にあったことになります。事実イは、3月3日の陳述です。時機に後れたとして却下され、同じ日に口頭弁論が終わりました。相殺の中身は、判断されていません。事実ウは判決です。令和8年4月14日に、Yは120万円を支払え、という判決が言い渡されました。4月16日にYに送達され、Yは控訴せず、4月30日に確定しました。
図:時系列(2):確定のあと
確定のあとの経過です。令和8年6月2日に、Xは確定判決にもとづいて、Yの預金債権の差押えを申し立てました。6月9日に、Yは、運賃債権の120万円で、請負代金債権120万円と相殺するという書面をXに送りました。同じ日にXに届いています。条件も期限も付けていません。現在は6月12日です。Yは請求異議の訴えを起こして、差押えを止めたいと考えています。Xは、相殺は前訴で却下された、もう争えない、と言っています。
図:事実の整理:エ・オ・カ
続きを記号で整理します。事実エは、6月2日の差押えの申立てです。事実オは、6月9日に、運賃債権による相殺の書面が届いたことです。事実カは、Yの運賃債権の出どころです。資材を運ぶ仕事から生じた債権で、請負代金とは別の取引です。前訴の請求権、つまり工事の代金の発生原因とは、無関係です。
図:この事例で問うこと
ここまでをまとめます。Yは、前訴で相殺を却下されました。確定したあとで、改めて相殺の書面を送りました。Xは、もう争えないと言います。問うのは、Yの請求異議は認められるか、です。
条文と検討の順番
図:基準時後の形成権行使を検討する順番
検討の順番は、次の5つです。まず、後訴の器、つまりYが差押えを止めるためにとる手段と、基準時です。次に、Yの相殺はいつ効力が生じたのか。3つめは、前訴の陳述の効果は残るか。4つめは、確定後の相殺は遮断されるか。最後に、別件に同じ物差しを当てます。このうち3つめを第1、4つめを第2、最後を第3で検討します。後訴の器から確かめます。Xは確定判決をもとに、差押えを申し立てました。これを止めるYの手段が、請求異議の訴えです。条文を開きます。
条文民事執行法35条1項・2項
民事執行法35条1項・2項(請求異議の訴え)
債務名義(第二十二条第二号又は第三号の二から第四号までに掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。
2 確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る。
1項は、債務者が、債務名義による強制執行を許さないことを求めて、請求異議の訴えを起こせると定めています。確定判決は、債務名義の代表です。大事なのは2項です。確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る、とあります。基準時のあとに生じた事由なら、請求異議で争える。その根拠がこの2項です。基準時の前の事由が通らないのは、既判力が働くからです。既判力とは、確定判決の判断に、当事者があとで逆らえなくなる力です。判決が判断したのは、基準時の時点で、請求権があるかどうかです。基準時より前の事由を持ち出すのは、その判断を蒸し返すことになるので、許されません。これを、既判力により遮断される、と言います。2項が、異議の事由を口頭弁論の終結後に生じたものに限っているのは、その裏側にあたります。本件の基準時は、令和8年3月3日です。
この順番にする理由は、Yの相殺がいつ効力を生じたかで、入口で止まるかどうかが決まるからです。もし3月3日の陳述で相殺の効力が生じていたなら、請負代金債務は基準時前に消えていたことになります。基準時のあとの事由ではなく、2項で争えません。だから先に、3月3日の陳述の効果を確かめます。前訴の陳述による相殺の効果が残らないと分かって初めて、確定後の6月9日の相殺が遮断されるかを検討します。
第1 前訴で却下された相殺の効果
図:3月3日の陳述で、運賃債権は消えたのか
1つめの検討です。Yは、訴訟の中で、相殺しますと陳述しました。でも裁判所は、その相殺を判断しないまま終わりました。Yの運賃債権は、この陳述で消えたのでしょうか。それとも、残っているでしょうか。相殺しますと言った以上、消えたようにも思えます。でも、見てもらえなかったのに消えるのも、おかしい気がします。判断されずに終わった相殺の陳述で、債務が消えたと見るのか。そこが、そのまま問題です。説によって、答えが分かれます。
なぜ重要か。もし3月3日の陳述で効果が生じていたなら、請負代金債務は3月3日に、つまり基準時前に消えています。基準時前に消えた債務を、確定後に持ち出す形になり、請求異議で主張できません。しかも運賃債権は、前訴で使い切ったことになります。確定後に、改めて相殺することもできません。相殺の条文を開きます。
条文民法506条
民法506条(相殺の方法及び効力)
相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。
2 前項の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼってその効力を生ずる。
相殺は、当事者の一方から相手方への意思表示でします。訴訟の外で書面を送るなら、相手に届いた時に、確定的に効果が生じます。では、訴訟の中で同じ意思表示をしたとき、裁判所に判断されないまま、本件のように却下されたり、訴えが取り下げられたりして終わったら、どうなるのか。そこが問題となります。
図:訴訟上の相殺をめぐる4つの説
説は4つあります。1つめは、私法行為説です。訴訟の中でも、相殺は私法上の意思表示で、陳述した時に効果が生じます。却下されても、効果は残ります。2つめは、訴訟行為説です。訴訟上の相殺は、攻撃防御方法という訴訟行為にすぎず、裁判所が判断して初めて効果が生じます。却下されたなら、効果は生じません。3つめの併存説は、私法行為と訴訟行為が併存して、それぞれ私法と訴訟法に従うとします。却下されても、私法上の効果は残ります。4つめの条件説は、新併存説とも呼ばれます。併存を前提にしながら、訴訟行為として失効するときは、私法上の効果も生じないとします。裁判所の判断が条件になるわけです。
4つの説を、本件のYに当てます。私法行為説と併存説なら、Yの運賃債権は前訴で消えて、請求異議は通りません。訴訟行為説と条件説なら、運賃債権は存続します。説で、結論が変わるのです。訴訟行為説と条件説は、結論が同じです。ただ、訴訟行為説では、陳述は訴訟行為にすぎず、民法の相殺の意思表示がありません。そのため、相殺が認められたときに、債権が実体上も消える根拠を、民法506条に求めにくくなります。答案では、このあと読む最高裁の判決の言い方に、そのまま合わせられる、条件説で書きます。規範を確かめます。
図:規範と答案の型|却下された相殺の効果
規範は、最高裁判決が言う、条件の考え方で立てます。訴訟上の相殺の意思表示は、その意思表示によって確定的に効果を生ずるものではなく、当該訴訟において裁判所により相殺の判断がされることを条件として、実体法上の相殺の効果が生ずる。したがって、却下や訴えの取下げにより相殺の判断がされずに終わったときは、相殺の効果は生じず、自働債権は消滅しない。ここでの自働債権は、相殺に使った債権、本件ではYの運賃債権のことです。
決め手は2つです。1つめは、訴訟上の相殺が、請求が認められるときに備えて予備的に出す防御方法だということです。Yの意思は、裁判所に判断してもらえるなら相殺する、にとどまります。たとえば、請求を受けた人が、届いた請求書に、もし払う義務があると言われるなら、私の貸しと帳消しにしてください、という付箋を付けて、係の人に出したとします。係の人は、訴訟でいえば裁判所にあたります。係の人が付箋を取り上げずに、時機に遅れたと言って外したなら、付箋を付けた人の貸しだけが消えるのは、おかしいでしょう。付箋を読んでもらえて初めて、帳消しの効果が働きます。
2つめは、遅れたのは本人の落ち度ではないか、という点です。時機に後れたのはYの落ち度だから、債権が消えても仕方ないのではないか、という疑問です。時機に後れた不利益は、却下という形で、すでに受けています。却下の趣旨は、審理の遅延を防ぐことで、債権を奪うことではありません。判断を受けられなかったのに、自働債権だけが消えるなら、訴訟上の不利益に加えて、実体上の不利益まで負わせます。当事者の意思にも反します。私法行為説や併存説では、この2つの決め手、つまり当事者の意思と却下の趣旨の、どちらの点も満たせません。条件の考え方なら、満たせます。
境目も、確かめます。同じ陳述でも、裁判所が相殺の抗弁を取り上げて、判断を示していたなら、条件は成就して、効果が生じます。却下は、中身の判断ではありません。だから本件は、効果が生じない側に入ります。判決の言葉を、読みます。
判例最判平成10年4月30日(民集52巻3号930頁)
訴訟上の相殺の効果を、裁判所の判断を条件とした判決
訴訟上の相殺の意思表示は、相殺の意思表示がされたことにより確定的にその効果を生ずるものではなく、当該訴訟において裁判所により相殺の判断がされることを条件として実体法上の相殺の効果が生ずるものである
この判決は、被告の訴訟上の相殺に対して、原告が相殺の再抗弁を出せるか、という事案で、この考え方を理由に述べました。結論は、再抗弁は出せない、です。ですから、却下や取下げの場合の効果を、この判決が直接判断したわけではありません。判断されなければ、条件が成就せず、効果は生じない。この帰結は、答案で自分で導きます。
図:あてはめ:前訴の陳述の効果
あてはめます。まず、事実イです。3月3日の陳述は、時機に後れたとして却下され、相殺の中身は判断されていません。裁判所による相殺の判断がされていないので、条件が成就していません。実体法上の相殺の効果は、生じていないことになります。次に、事実アです。運賃債権120万円は、前訴の陳述では使い切られていません。自働債権は消滅しておらず、存続しています。却下された時点で、Yの運賃債権は、手つかずのままです。
1つ付け加えます。相殺の判断が示されていないので、民事訴訟法114条2項の既判力、つまり相殺に使った債権の判断に生じる既判力も、生じません。これは既判力の客観的範囲の話で、いつ行使したかを問う時的範囲とは、別の話です。前訴が取り下げられて終わった場合も、同じです。取下げは民事訴訟法261条に定めがあります。取り下げられれば、相殺の抗弁も判断されずに終わり、効果は生じません。Yは運賃債権を、別の訴えで請求することもできます。
結論です。前訴の陳述の効果は、残りません。Yの運賃債権は存続しています。では、確定後の相殺は、遮断されるでしょうか。第2で見ます。
第2 基準時後の相殺と既判力
図:既判力の基準時とは、いつか
まず、既判力の基準時を確かめます。既判力の基準時とは、事実審の口頭弁論が終わる時です。当事者が判決の前に主張できる、最後の時点です。本件では、令和8年3月3日です。この日に、運賃債権と請負代金債権は、どちらも弁済期にありました。互いに弁済期にあれば、民法505条1項により、相殺ができる状態になります。つまりYの相殺権は、基準時の前に、すでに生じていました。それを、基準時のあとの6月9日に行使したのです。形成権とは、意思表示ひとつで、その場で効果が生じる権利です。相殺権も取消権も、その仲間です。基準時前に生じていた形成権を、基準時後に行使したとき、既判力で遮断されるでしょうか。
ここで、疑問が1つ出ます。相殺は、適状の時、つまり相殺ができる状態になった時にさかのぼって効力が生じます。それなら、基準時前に消えていたことにならないか、という疑問です。この、相殺の遡及効と基準時の関係は、あとで答えます。先に、物差しを立てます。結論を先に置くと、取消しは遮断されて、相殺は遮断されません。分かれ目は、前訴の請求権に付着した瑕疵か、独立の別個の権利か、です。その分かれ目を、規範にします。理由は、規範のあとで確かめます。
図:規範と答案の型|基準時後の形成権行使
規範は、判例の積み重ねから立てます。基準時前に生じていた形成権でも、基準時後に行使したとき、前訴の請求権の発生原因に付着した瑕疵に基づく権利、つまり取消権や解除権は、前訴で行使できたのだから、既判力により遮断される。前訴の請求権とは独立の別個の権利、つまり相殺権や建物買取請求権は、行使の効果が基準時後に生じたものとして、請求異議の異議の事由となり、遮断されない。判例は、この一般論を言葉にしていません。形成権ごとの判断が積み上がっていて、その整理から、この規範を立てます。
決め手は、何を犠牲にして主張する権利か、です。取消しは、前訴の請求権そのものの成否を覆す主張です。前訴の攻防の延長にあります。出せたのに出さなかった責任を、前訴で負います。たとえば代金を請求された買主が、詐欺だったと分かっていたのに、前訴で言わなかった場合です。請求原因を争うなら、取消しは、同じ土俵で出せる言い分でした。相殺と建物買取請求権は違います。建物買取請求権は、借地の期間が終わって更新がないとき、借地人が地主に建物を買い取らせる権利です。相殺も建物買取請求権も、自分の別の債権や、自分の建物を犠牲にして防御する方法です。相殺と建物買取請求権が遮断されないのは、自分も損をする防御方法だ、という理由からです。請求原因を争う被告に、前訴での行使を強いるのは、酷です。だから、既判力で自己責任を負わせる根拠が、及びません。判決の言葉を、読みます。
判例最判昭和40年4月2日(民集19巻3号539頁)
基準時後の相殺の意思表示による異議を許した判決
相殺は当事者双方の債務が相殺適状に達した時において当然その効力を生ずるものではなくて、その一方が相手方に対し相殺の意思表示をすることによつてその効力を生ずるものであるから、当該債務名義たる判決の口頭弁論終結前には相殺適状にあるにすぎない場合、口頭弁論の終結後に至つてはじめて相殺の意思表示がなされたことにより債務消滅を原因として異議を主張するのは民訴法五四五条二項の適用上許されるとする大審院民事連合部明治四三年一一月二六日判決(民録一六輯七六四頁)の判旨は、当裁判所もこれを改める必要を認めない。
前訴で債権者が勝訴して確定したあと、債務者が別の損害賠償債権で相殺して、請求異議を起こした事案です。判決の言うところは、こうです。相殺は、意思表示をすることによって効力を生ずる。口頭弁論の終結前には、相殺適状にあるにすぎなかったなら、終結後の意思表示による異議は許される。判決に出てくる旧民訴法の545条2項は、今の民事執行法35条2項にあたります。
ここで、相殺の遡及効と基準時の関係に答えます。相殺は、民法506条2項で、適状の時にさかのぼって効力を生じます。でも、相殺適状になっただけでは、債務は消えません。債務を消す出来事は、意思表示です。さかのぼるのは、消えたものとして扱う時点だけです。基準時の3月3日には、まだ効力のある意思表示がなく、請負代金債務は残っていました。債務を消した出来事は、6月9日の意思表示です。だから、異議の事由になるかは、意思表示をした時で決まります。判決が、意思表示によって効力を生ずる、と言うのは、この意味です。
ただし、この判決は、相殺権の事案です。取消権や建物買取請求権の振り分けは、別の判決と合わせて見ます。時期だけで見れば、取消しも同じです。取消しも、意思表示をして初めて効果が生まれ、さかのぼります。だから振り分けは、時期ではなく、先ほどの決め手、何を犠牲にして主張する権利かで決まります。
図:あてはめ:基準時後の相殺
あてはめます。まず、事実カです。運賃債権は、資材を運ぶ別の取引から生じた債権で、請負代金の発生原因に付着した瑕疵ではありません。前訴の請求権とは独立の別個の権利で、遮断されない類型です。次に、事実オです。相殺の意思表示は、6月9日に到達しました。基準時の3月3日より後です。条件も期限も付けていないので、民法506条1項のとおり、有効な意思表示です。行使の効果は、基準時後に生じています。民事執行法35条2項の異議の事由になります。最後に、事実アとイです。前訴で相殺を出したのに、却下されたという事情があります。第1のとおり、判断を受けておらず、運賃債権は存続していました。時機に後れた責任は、却下という形で負っています。それ以上に、前訴の結果を自己責任で負わせる事情は、ありません。だから、遮断しません。
Xの言う、却下されたからもう争えない、という言い分は、成り立ちません。時機に後れた主張の却下は、中身の判断ではありません。争えない根拠にはなりません。
図:結論:Yの請求異議
結論です。Yの基準時後の相殺は、遮断されません。請負代金債務120万円は、運賃債権120万円と全額が対当で、相殺により消滅します。Yの請求異議は認められ、強制執行は許されません。民事執行法35条1項です。請求異議の訴えを起こしただけでは、判決が出るまで差押えは進みます。差押えを止めるには、執行停止の申立ても併せてします。民事執行法36条1項です。
第3 同じ物差しを別件に当てる
図:第3の確認:結論が分かれる理由は何か
第3です。造園工事の件とは別の件で、同じ物差しを当て直します。XとYという記号は同じですが、人物も金額も、別物です。取消しからです。
図:売主のXと買主のY、庭石の代金の向き
別件の1つめです。売主のXが、庭石一式を90万円で買主のYに売りました。売主のXは、奈良産の天然石だと偽りましたが、実際は加工した外国産で、売主のXはそれを知っていました。詐欺です。買主のYは、代金を払いません。売主のXが、90万円を請求して提訴しました。
図:別件の経過:庭石の売買
経過を見ます。売買は令和6年10月7日です。買主のYは、令和7年1月20日に偽りに気づきました。令和7年4月8日に、売主のXが提訴しました。買主のYは、前訴で、石の品質が違うから代金を減らせ、と争いました。でも、取消しは主張しませんでした。令和8年2月10日に口頭弁論が終わり、基準時になります。3月17日に判決が言い渡され、控訴期間が過ぎた4月2日に、確定しました。6月4日に、買主のYは、詐欺を理由に売買を取り消すという書面を、売主のXに送りました。同じ日に届いています。買主のYは、請求異議で取消しを主張します。
条文民法96条1項
民法96条1項(詐欺又は強迫)
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
詐欺による意思表示は、取り消すことができます。成立要件は、条文どおりです。この取消権を、確定後に使ってよいかが、問題です。
図:あてはめ:別件の取消し
あてはめます。まず、取消権の性質です。詐欺は、売買契約そのものの瑕疵です。前訴の請求は、売買代金90万円ですから、その発生原因に付着した瑕疵にあたります。次に、前訴での行使です。買主のYは、前訴の前から偽りに気づいていて、取消権を行使して主張できたのに、しませんでした。だから、既判力により遮断されます。買主のYの請求異議は、認められません。品質が違うと争った買主のYは、取消しも出せました。同じ土俵で出せた言い分です。出せたのに出さなかった責任を、前訴で負うのです。最高裁の判決を読みます。
判例最判昭和55年10月23日(民集34巻5号747頁)
取消権を行使せずに確定した場合に、後訴で取消権を行使して争うことを許さないとした判決
売買契約による所有権の移転を請求原因とする所有権確認訴訟が係属した場合に、当事者が右売買契約の詐欺による取消権を行使することができたのにこれを行使しないで事実審の口頭弁論が終結され、右売買契約による所有権の移転を認める請求認容の判決があり同判決が確定したときは、もはやその後の訴訟において右取消権を行使して右売買契約により移転した所有権の存否を争うことは許されなくなるものと解するのが相当である。
この判決の事案は、売買を請求原因とする所有権確認で、確定したあとに、売主が詐欺取消しを主張したものです。請求異議の事案ではありません。答案では、この判決の考え方を、請求異議の場面に当て直して使います。解除権も、取消権と同じく遮断される、とするのが通説です。答案でも、判例ではなく、通説として書きます。
図:地主のXと借地人のY、建物の向き
別件の2つめです。地主のXと、借地上に建物を持つ借地人のYです。造園工事の件とも、庭石の件とも、別の件です。令和7年3月31日に、建物所有目的の土地賃貸借の期間が満了し、更新はありませんでした。地主のXが、令和7年7月15日に、借地人のYに建物収去土地明渡しを求めて、提訴しました。
図:別件の経過:借地の明渡し
借地人のYは、前訴で、更新があったと争いました。建物の買取請求は、出しませんでした。令和8年2月17日に口頭弁論が終わり、基準時です。3月24日に判決が言い渡されて、4月9日に確定しました。5月12日に、借地人のYは、建物を買い取るよう求める書面を、地主のXに送りました。同じ日に届いています。借地人のYは、請求異議で、この建物買取請求を主張します。
条文借地借家法13条1項
借地借家法13条1項(建物買取請求権)
借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。
借地権の期間が満了して、更新がないとき、借地権者は、借地権設定者に、建物を時価で買い取るよう請求できます。借地人のYの、この請求権が、建物買取請求権です。
図:あてはめ:別件の建物買取請求権
あてはめます。まず、権利の性質です。建物買取請求権は、明渡請求権の発生原因に付着した瑕疵ではありません。別の制度目的と原因で生じる、独立の権利です。遮断されない類型です。次に、行使の効果です。5月12日の買取請求で、建物の所有権が地主に移り、建物収去の義務が消えます。この効果は、基準時より後に生じました。民事執行法35条2項の異議の事由です。借地人のYは、前訴で、更新があったと争っていました。借地を続けると言いながら、同時に建物を手放す買取請求を出せと求めるのは、酷です。前訴での争い方と、正反対の主張になってしまうからです。だから、出さなかった責任を、前訴で負わせる根拠が及びません。借地人のYの請求異議は、認められます。最高裁の判決を、読みます。判決が適用したのは、旧借地法4条2項で、今の借地借家法13条にあたる権利です。
判例最判平成7年12月15日(民集49巻10号3051頁)
買取請求権を行使せずに確定しても、後に行使して請求異議を主張できるとした判決
借地上に建物を所有する土地の賃借人が、賃貸人から提起された建物収去土地明渡請求訴訟の事実審口頭弁論終結時までに借地法四条二項所定の建物買取請求権を行使しないまま、賃貸人の右請求を認容する判決がされ、同判決が確定した場合であっても、賃借人は、その後に建物買取請求権を行使した上、賃貸人に対して右確定判決による強制執行の不許を求める請求異議の訴えを提起し、建物買取請求権行使の効果を異議の事由として主張することができるものと解するのが相当である。
確定判決のあとに、建物買取請求権を行使して、請求異議で、その効果を異議の事由にできる、と述べています。判決の理由の骨子は、3つです。1つめは、発生原因に内在する瑕疵に基づく権利とは違って、別の制度目的と原因で発生する権利であること。2つめは、行使しなくても、既判力で遮断されないこと。3つめは、行使の効果が、35条2項の異議の事由になること、です。
図:形成権ごとの比較
結論を、形成権ごとに見比べます。取消権は、前訴の請求権に付着した瑕疵で、遮断されます。解除権も、取消権と同じ扱いにするのが通説です。相殺権と建物買取請求権は、独立の別個の権利で、遮断されません。分かれ目は、結論の暗記ではなく、付着した瑕疵か独立の権利か、そして前訴で行使を求められる立場だったか、です。
形成権ごとの比較には、もう1つ、白地手形の補充権が並びます。白地手形とは、金額などを空けたまま振り出し、あとで書き込ませる手形で、その空欄を埋める権利が補充権です。前訴で行使できたのにしなかった原告の補充権は、特段の事情のない限り、遮断される、と最高裁が判断しています。被告が請求異議で主張する場面とは別ですから、ここでは確かめるだけにします。
最後に1つ。形成権の種類だけで、機械的に決まるわけではない、という考え方もあります。たとえば庭石の件で、買主のYが基準時のあとに初めて偽りに気づいたなら、前訴で取消しを出せとは言いにくいでしょう。前訴で出すことを期待できたかを、個別に見る考え方です。
まとめ
図:完成答案:第1 前訴で却下された相殺の効果(問題の所在・規範)
こちらが、完成答案です。図と同じ文面を、本文でも置きます。それぞれの文面の前に、読むときに見てほしいところを、先に挙げます。第1は、前訴で却下された相殺の効果です。規範は、アとイの2つに分けて書いてあります。規範のイで、却下や取下げの帰結を、自分で導いているところを、見てみてください。
第1 前訴で却下された相殺の効果
1 問題の所在
Yは、前訴の令和8年3月3日の口頭弁論で相殺を陳述したが、時機に後れた攻撃防御方法として却下された。この陳述により相殺の効果が生じていたなら、請負代金債務は基準時前に消滅していたことになり、請求異議で主張できない。そこで、訴訟上の相殺が判断されずに終わったとき、相殺の効果は生じるかが問題となる。
2 規範
ア 訴訟上の相殺の意思表示は、その意思表示によって確定的に効果を生ずるものではなく、当該訴訟において裁判所により相殺の判断がされることを条件として、実体法上の相殺の効果が生ずる。
イ したがって、却下や訴えの取下げにより相殺の判断がされずに終わったときは、相殺の効果は生じず、自働債権は消滅しない。判断を受けられないのに自働債権だけが消えるのは、当事者の意思に反し、却下の趣旨にも反するからである。
図:完成答案:第1 前訴で却下された相殺の効果(あてはめ・結論)
第1の続きで、あてはめと結論です。条件が成就していないことから、運賃債権の存続へ進むところを、確かめてみてください。
3 あてはめ
(1) Yの3月3日の陳述は、時機に後れたものとして却下され、相殺の判断はされていない。よって条件は成就せず、実体法上の相殺の効果は生じていない。
(2) したがって、Yの運賃債権120万円は消滅せず、存続している。なお、相殺の判断が示されていないから、民事訴訟法114条2項の既判力も生じない。
4 結論
よって、前訴の陳述の効果は残らず、Yは改めて運賃債権を相殺に使える。
図:完成答案:第2 基準時後の相殺と既判力(問題の所在・規範)
第2は、基準時後の相殺と既判力です。問題の所在と規範です。規範は、アとイの2つに分けて書いてあります。規範のアとイで、遮断される権利と遮断されない権利を分けて、理由を添えているところを、見てみてください。
第2 基準時後の相殺と既判力
1 問題の所在
運賃債権による相殺権は、基準時(令和8年3月3日)前に相殺適状にあり、すでに生じていた。Yは、これを基準時後の6月9日に行使した。基準時前に生じていた形成権を基準時後に行使した場合、既判力により遮断されるか。そこで、基準時後の形成権行使と既判力が問題となる。
2 規範
ア 基準時前に生じていた形成権でも、基準時後に行使したとき、前訴の請求権の発生原因に付着した瑕疵に基づく権利(取消権・解除権)は、前訴で行使できたのだから既判力により遮断される。
イ 前訴の請求権とは独立の別個の権利(相殺権・建物買取請求権)は、行使の効果が基準時後に生じたものとして、請求異議の異議の事由となり、遮断されない(民事執行法35条2項)。自分の別の債権や建物を犠牲にして防御する方法であり、前訴での行使を強いるのは酷だからである。
図:完成答案:第2 基準時後の相殺と既判力(あてはめ・結論)
第2の続きで、あてはめと結論です。要件を1つずつ拾って、請求異議を認める結論に至るまでの流れを、確かめてみてください。
3 あてはめ
(1) 運賃債権は、請負代金とは別の取引から生じた債権で、前訴の請求権の発生原因に付着した瑕疵ではない。独立の別個の権利である。
(2) Yは、6月9日、条件・期限を付けない相殺の意思表示をXにし、同日到達した(民法506条1項)。基準時の3月3日より後であり、行使の効果は基準時後に生じた。
(3) 前訴の相殺は却下され判断を受けておらず(第1)、運賃債権は存続していた。Yに前訴の結果を負わせる事情はない。
4 結論
よって、Yの相殺は遮断されず、請負代金債務120万円は相殺により消滅する。Yの請求異議は認められ、強制執行は許されない(民事執行法35条1項)。
図:完成答案:第3 別件・取消し
第3は別件です。1つめの取消しです。ここでのXとYは、庭石の売買の売主のXと買主のYです。第2の規範を、そのまま当てているところを、見てみてください。
第3 別件(1) 詐欺取消し
1 問題の所在
Yは、基準時後の令和8年6月4日に、詐欺を理由とする取消しの意思表示をXにした(民法96条1項)。基準時前に生じていた取消権の行使は、既判力により遮断されるか。
2 規範
第2の2のとおり、前訴の請求権の発生原因に付着した瑕疵に基づく権利は、前訴で行使できたのだから既判力により遮断される。
3 あてはめ
詐欺は売買契約そのものの瑕疵であり、前訴の請求権(代金)の発生原因に付着した瑕疵にあたる。Yは前訴の前から偽りに気づいており、取消権を行使して主張できたのにしなかった。
4 結論
よって、取消権の行使は遮断され、Yの請求異議は認められない。
図:完成答案:第3 別件・建物買取請求権
第3の続きで、建物買取請求権です。ここでのYは、借地人のYです。取消しと結論が分かれる理由を、あてはめで、確かめてみてください。
第3 別件(2) 建物買取請求権
1 問題の所在
Yは、基準時後の令和8年5月12日に、借地借家法13条1項の建物買取請求権を行使した。基準時前に生じていた建物買取請求権の行使は、既判力により遮断されるか。
2 規範
第2の2のとおり、前訴の請求権とは独立の別個の権利は、行使の効果が基準時後に生じたものとして、請求異議の異議の事由となり、遮断されない。
3 あてはめ
建物買取請求権は、明渡請求権の発生原因に付着した瑕疵ではなく、別個の制度目的と原因で生じる独立の権利である。行使により建物の所有権が移り、建物収去義務が消滅する効果は、基準時後に生じた。
4 結論
よって、建物買取請求権の行使は遮断されず、異議の事由となる(民事執行法35条2項)。
参照条文
- 民事執行法35条
- 民法506条
- 民法96条1項
- 借地借家法13条1項