訴えの交換的変更と再訴禁止の書き方
厨房機器のレンタル会社Xが、控訴審で業務用オーブンの引渡請求を損害金の請求に取り換えて判決が確定した後、もう一度引渡しを訴えた事例を素材に、請求の取換えが訴えの取下げに当たるか、取下げが終局判決の後か、当事者と訴訟物が同じ訴えがすべて262条2項の「同一の訴え」に当たるかを、答案の順に確かめます。
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事例
図:原告のX、被告のY
事例から入ります。登場するのは、厨房機器のレンタルを営む会社で原告のXと、飲食店を何店舗か営む会社で被告のYです。Xは、自社が所有する業務用の大型オーブンを、期間2年の約束でYに貸しました。以下、本件オーブンと呼びます。契約には、期間が満了したあとも返還が遅れたときは、遅れた期間について1か月あたり50万円の損害金を支払う、という定めがあります。期間が満了しても、Yは本件オーブンを返しません。Yは、契約は更新された、と言います。そこでXは、賃貸借契約の終了に基づいて、本件オーブンの引渡しを求めて訴えました。以下、この訴訟を前訴と呼び、この請求を引渡請求と呼びます。第一審の裁判所は、契約の更新の有無を審理して、更新はなかったとして、引渡請求を認める判決をしました。Xの勝訴です。Yは控訴しました。
図:前訴の経過と今回の訴え
事例の山場は、控訴審です。控訴審で、Yは、本件オーブンは第一審判決の前に取引先のAに売って引き渡した、もう手元にはない、と主張しました。Xの担当者がYの中央厨房を見に行きましたが、本件オーブンは見当たりませんでした。Xは、Yが占有を失ったのなら、引渡しを命じる判決は得られないと考えました。そこでXは、書面で、引渡請求に代えて、期間満了の日から、YがAに引き渡したと主張する日までの12か月分の損害金、600万円を求めるものとして、訴えを変更しました。以下、この請求を損害金請求と呼びます。Xは、引渡請求を取り下げる、とも、請求を放棄する、とも述べていません。Yは、この変更に異議を述べず、損害金請求について応訴しました。控訴審は損害金請求を認める判決をして、確定しました。判断されたのは、期間満了後の12か月分の損害金の支払だけです。ところが、前訴の確定後、Yの担当者がXに、Aへの売却は、Aの資金の都合で成立しなかった、本件オーブンは中央厨房とは別の倉庫に置いたままだ、このまま使わせてほしい、と申し入れました。Xが確認すると、倉庫に本件オーブンがありました。XはYに、賃貸借契約の終了に基づいて、本件オーブンの引渡しを求めて、改めて訴えました。以下、本件訴えと呼びます。当事者も訴訟物も、前訴の引渡請求と同じです。Yは言います。Xは前訴の控訴審で引渡請求を取り下げた、第一審の判決の後に取り下げた者は同じ訴えを起こせない、本件訴えは却下されるべきだ、と。
図:この事例で問うこと
問うのは1つです。Yの主張の根拠を明らかにしたうえで、その主張が通るかを答えます。それでは、条文と最高裁の判決で確かめていきます。取り換えただけで本当に取下げになるのか、取下げになるとして出し直しはどこまで禁じられるのか。順に答案の形にします。
第1 根拠と検討の順番
図:Yの言う却下の根拠
最初にやるのは、Yが何を根拠に却下を言っているのか、を特定することです。Yの主張は、取り下げた者は同じ訴えを起こせない、というものでした。これを定めているのが、訴えの取下げの回で読んだ、民事訴訟法262条です。
条文民事訴訟法262条
民事訴訟法262条(訴えの取下げの効果)
訴訟は、訴えの取下げがあった部分については、初めから係属していなかったものとみなす。
2 本案について終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起することができない。
1項は、訴えを取り下げると、その部分は初めから裁判所に係属していなかったものとみなす、と定めます。ですから、取下げがあれば、第一審の判決も効力を失います。せっかく得た判決を、自分の取下げで無駄にする。ここが、2項の出発点です。2項は、本案について終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起できない、と定めます。この条項に反する再訴は、却下されます。2項の要件は3つです。1つめは、本案について終局判決があった後であること。2つめは、訴えを取り下げたこと。3つめは、提起した訴えが同一の訴えであること。ここは条文に書いてあるとおりに読む所で、覚える規範ではありません。読めば出てきます。
図:3つの要件と設例の対応
設例に当てると、こうなります。終局判決の後、というのは、第一審の引渡請求を認めた判決のことです。取下げ、というのは、控訴審で引渡請求から損害金請求に取り換えたことです。同一の訴え、というのは、今回の引渡請求の訴えです。Yは、この3つがそろっていると言っているわけです。
図:検討の順番
検討の順番は4つです。1つめは、根拠の特定で、いま済みました。2つめは、請求の取換えが、訴えを取り下げたことに当たるか。3つめは、その取下げが、本案について終局判決があった後か。4つめは、本件訴えが同一の訴えか。そのあとに、同じ枠組みで禁止される別件を見ます。この順番の理由です。取下げがなければ、あとの要件は問題になりませんから、2つめが一番の前提です。3つめは、事実から直ちに決まります。4つめは、条文の文言だけでは決まらず、解釈が要る最後の関門です。前提、事実で決まるもの、解釈が要るもの、の順に当てます。
第2 請求の取換えは取下げか
図:第2:取り換えただけで取下げか
第2です。請求を取り換えただけなのに、なぜ、取り下げたことになるのでしょうか?取り換えただけに見えるのは確かです。しかし、裁判所に残っている請求は、損害金請求だけにしたい、というのがXの意図です。引渡請求も残したまま審理を求めるなら、損害金請求を付け加えるだけで足ります。Xは引渡請求に代えて、と書面に書きました。引渡請求の審理は、もう求めていません。では、その引渡請求の係属は、どうなるのでしょうか。
図:取換えが取下げを含む理由
取り換える前の引渡請求を旧請求、取り換えた後の損害金請求を新請求と呼びます。さて、請求の取換えが取下げに当たる理由です。新請求だけの審理を求めるなら、旧請求の係属を消さなければなりません。ところが、新請求を出してよいか、という訴えの変更の許否と、旧請求の係属が消えるか、は別の問題です。原告が、自分の意思だけで旧請求の係属を消すには、訴えの取下げか、請求の放棄によるしかありません。訴えの変更の回で読んだ最高裁の判決(最判昭和32年2月28日)も、旧請求の係属は、取下げか請求の放棄がなければ消えない、という考えを示しています。このうち、請求の放棄は、原告が自分の負けを認めて終わらせる道で、請求を棄却する判決が確定したのと同じ効力が残ります。放棄するとも述べていない原告が、そこまで引き受けたとは見られません。そうすると、残るのは取下げです。請求を取り換える行為の中に、旧請求の取下げが含まれていなければ、旧請求は係属したまま残ってしまいます。だから、取換えは、取下げを含むと考えます。このように、旧請求に代えて新請求を立てる変更を、訴えの交換的変更と呼びます。次に、控訴審で請求を変えられるのか、を確かめます。
条文民事訴訟法143条1項
民事訴訟法143条(訴えの変更)1項
原告は、請求の基礎に変更がない限り、口頭弁論の終結に至るまで、請求又は請求の原因を変更することができる。ただし、これにより著しく訴訟手続を遅滞させることとなるときは、この限りでない。
条文民事訴訟法297条
民事訴訟法297条(第一審の訴訟手続の規定の準用)
前編第一章から第七章までの規定は、特別の定めがある場合を除き、控訴審の訴訟手続について準用する。ただし、第二百六十九条の規定は、この限りでない。
143条1項は、請求の基礎に変更がなく、手続を著しく遅らせない限り、訴えの変更ができると定めます。297条により、この規定は控訴審にも準用されます。設例では、引渡請求も損害金請求も、同じ賃貸借契約の終了をめぐる紛争ですから、請求の基礎は変わりません。また、変更で手続が著しく遅れる事情もありません。ですから、控訴審での変更は、適法にできます。
図:取下げなら、Yの同意が要るか
取換えが取下げを含むなら、取下げの決まりが掛かります。ここで、前の知識を1つ呼び出します。訴えの取下げに、相手方の同意が要るのは、相手方が何をした後でしたか?本案について準備書面を提出し、弁論準備手続で申述をし、または口頭弁論をした後です。条文を確かめます。
条文民事訴訟法261条1項・2項(3項以下は省略)
民事訴訟法261条(訴えの取下げ)1項・2項
訴えは、判決が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる。
2 訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。ただし、本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げについては、この限りでない。
1項は、判決が確定するまで、訴えを取り下げられると定めます。2項は、相手方が本案について口頭弁論などをした後は、相手方の同意が要る、と定めます。設例のYは、前訴の第一審から控訴審まで、本案について口頭弁論をしています。ですから、引渡請求の取下げには、Yの同意が要ります。取下げがあると、訴訟は初めからなかったことになり、Yは、請求を退ける判決を得る機会を失います。取下げは、Yが勝つ見込みまで一緒に消してしまうからです。この結論を、判決の言葉で確かめます。
判例最判昭和41年1月21日 民集20巻1号94頁
最高裁判所判決(訴えの交換的変更)
いわゆる訴の交換的変更とは、新訴の提起と旧訴の取下であるところ、上告人は、所有権確認を求める新訴の追加については異議を述べたが、所論訴の交換的変更には異議なく応訴しており、かかる場合においては、旧訴の取下について暗黙の同意をしたものと解するのを相当とする……から、旧訴について判断しなかつた原判決は正当である。
かみ砕きます。いわゆる訴えの交換的変更とは、新請求の提起と、旧請求の取下げである。そして、相手方が、交換的変更に異議を述べずに応訴したときは、旧請求の取下げについて、暗黙の同意をしたものと考える。第4で読む最高裁の判決も、控訴審でされた交換的変更の場合には、旧請求について取下げがあったものと認めるべきだと述べていて、同じ考え方です。
図:規範と答案の型|訴えの交換的変更の性質
この判示が、答案の規範になります。同意は、口に出さなくても、行動から認められます。判決は、交換的変更に異議を述べずに応訴したという行動から、取下げへの暗黙の同意を認めています。あてはめでは、書面で何を求めたか、相手方はどう応じたか、の事実を拾います。控訴審でされた交換的変更を取下げと認めたと、はっきり述べているのは、第4で読む判決です。第一審でされた場合に同じ判示が及ぶかは、判決は述べていません。ただ、旧請求の係属を消すには取下げか放棄しかない、という理由は、第一審でも同じように当てはまると考えられます。本件は控訴審ですから、そのまま使えます。
図:あてはめ:請求の取換えは取下げか
あてはめます。まず、新請求の提起です。Xは、書面で、引渡請求に代えて損害金請求を求めました。控訴審でも、143条と297条により、変更はできます。次に、旧請求の取下げです。Xは、引渡請求の審理を求めず、損害金請求だけの審理を求めています。請求の放棄をする旨も述べていません。ですから、この変更は、損害金請求の提起と、引渡請求の取下げです。最後に、Yの同意です。Yは、本案について口頭弁論をしていましたから、取下げにはYの同意が必要です。しかし、Yは、損害金請求への変更に異議を述べず、応訴しました。ですから、引渡請求の取下げについて、暗黙の同意をしたものと考えられます。結論です。Xは前訴の控訴審で、引渡請求について、訴えを取り下げたといえます。
第3 取下げは終局判決の後か
図:第3:判決の前後関係
第3は、短く済みます。引渡請求の取下げが、本案について終局判決があった後にされたか、です。本案についての終局判決とは、請求に理由があるかどうかを判断して、その審級の審理を終える判決のことです。第一審は、契約の更新の有無を審理して、更新はなかったとして、引渡請求を認めました。これは請求の当否の判断ですから、本案についての終局判決です。取下げがされたのは、その後の控訴審で、第一審の判決が確定する前です。261条1項のとおり、判決が確定するまでは取り下げられます。控訴審での取下げでも、その前に第一審の本案判決があれば、262条2項の要件を満たします。第2で理由に引いた最高裁の判決も、もし第一審判決を経た後の控訴審での取下げだったなら、この条項により同じ訴えを起こせなくなる、と述べています。ですから、引渡請求の取下げは、本案について終局判決があった後にされたものです。一言だけ、広げておきます。第一審の判決が、訴えを却下する訴訟判決だったなら、請求の当否を判断していませんから、本案ではありません。その場合、262条2項は及びません。設例では、第一審が請求の当否を判断していますから、この点は問題になりません。
第4 本件訴えは同一の訴えか
図:第4:同じなら必ず同一の訴えか
第4です。本件訴えは、前訴の引渡請求と、当事者も訴訟物も同じです。それなら、同一の訴えに、当たるはずです。当事者と訴訟物が同じなら、必ず同一の訴えになるのでしょうか?条文の文言だけを見れば、本件訴えは、同一の訴えに当たると読めます。けれども、この規定が何のためにあるのか、から考えます。2項の狙いは2つあります。1つは、せっかく判決を得ておきながら、自分で取り下げて、裁判を無駄にしたことへの制裁です。もう1つは、同じ紛争を、何度でも蒸し返すことの防止です。では、取り下げたあとに、新しく訴える必要が生まれたときはどうでしょう。取下げのあとに、新しい事情が出てきて、もう一度裁判所の判断が要る。そういう場合にまで、一律に裁判の道を閉ざすことは、2つの狙いのどちらも求めていません。この考えを、訴えの取下げの回でも読んだ最高裁の判決の言葉で、今度は答案に書く目で確かめます。
判例最判昭和52年7月19日 民集31巻4号693頁
最高裁判所判決(262条2項の趣旨と同一の訴え)
民訴法二三七条二項は、終局判決を得た後に訴を取下げることにより裁判を徒労に帰せしめたことに対する制裁的趣旨の規定であり、同一紛争をむし返して訴訟制度をもてあそぶような不当な事態の生起を防止する目的に出たものにほかならず、旧訴の取下者に対し、取下後に新たな訴の利益又は必要性が生じているにもかかわらず、一律絶対的に司法的救済の道を閉ざすことをまで意図しているものではないと解すべきである。したがつて、同条項にいう「同一ノ訴」とは、単に当事者及び訴訟物を同じくするだけではなく、訴の利益又は必要性の点についても事情を一にする訴を意味し、たとえ新訴が旧訴とその訴訟物を同じくする場合であつても、再訴の提起を正当ならしめる新たな利益又は必要性が存するときは、同条項の規定はその適用がないものと解するのが、相当である。
かみ砕きます。この規定は、判決を得たのに取り下げて、裁判を無駄にしたことへの制裁であり、同じ紛争を蒸し返す不当な事態を防ぐためのものである。取下げの後に、新しい訴えの利益や必要が生じているのに、一律に裁判の道を閉ざすことまでは、求めていない。だから、同一の訴えとは、当事者と訴訟物が同じというだけでなく、訴えの利益や必要性の事情も同じ訴えをいう。訴訟物が同じでも、出し直しを正当とする新しい利益や必要があるときは、この規定は適用されない。なお、判決に出てくる237条2項は、当時の条番号で、現在の262条2項です。
図:規範と答案の型|262条2項の趣旨と同一の訴え
答案では、この判示を、趣旨、同一の訴えの意味、適用されない場合、の3つに分けて書きます。ここで、判決の枠組みだけでなく、事実の拾い方まで見ておきます。この判決は、新たな必要を、どんな事実から認めたのか。事案を、詳しく見ます。設例のオーブンの話とは別の事件です。土地の所有者が、建物の所有者を相手に、建物を取り壊して土地を明け渡すことを求めて訴え、第一審で勝訴しました。その控訴審で、建物の所有者から、建物は借りていた人たちの増改築で現状が著しく変わり、実在しなくなった、という主張が出ました。土地の所有者は、建物の取壊しを求める請求は維持できないと誤って考えて、土地の賃借権がないことの確認を求める請求に、訴えを変更しました。その判決が確定したあと、建物の所有者が、従前の主張を変えて、貸していた建物部分は自分の所有だと主張するに至りました。そこで土地の所有者は、改めて建物の取壊しと土地の明渡しを求めました。最高裁は、訴訟物が同じでも再訴の新たな必要がある、として、再訴を許した原審を是認しました。
判例最判昭和52年7月19日 民集31巻4号693頁
最高裁判所判決(新たな必要の認定)
控訴審においてされた訴の交換的変更の場合には旧訴については訴の取下があつたものと認めるべきであるから……被上告人が建物の附合関係等につき誤認して前記のように訴の変更をしたのには無理からぬところがあつたものというべく、しかも、別件訴訟の確定後に至つて、Dが従前の主張を変えて……自己の所有であると主張するに至つた以上、被上告人としては、Dを相手方として、……本訴を提起し維持する新たな必要があるものというべきである。
文中のDは、建物の所有者のことです。附合関係というのは、増改築で付け足された部分が、元の建物の一部になったかどうか、という関係のことです。この判決が新たな必要を認めた事情は、2つです。1つめは、土地の所有者が、誤って考えて訴えを変更したのに、無理からぬところがあったこと。2つめは、別件訴訟の確定後に、建物の所有者が従前の主張を変えたこと。つまり、取換えの経緯と、取下げ後の事情の両方を、事実から拾っています。射程にも注意します。判決が新たな必要を認めたのは、この2つの事情があった事案です。2つがそろわなければ必要が認められない、とまでは、判決は述べていません。答案では、この2つの視点で事実を拾いますが、判例が一般基準として述べたものではない、と心得ておきます。片方の事情しか無い事案では、制裁と蒸し返しの防止という2つの狙いに戻って、出し直しを正当とする新たな必要があるかを判断します。
図:あてはめ:本件訴えは同一の訴えか
設例にあてはめます。1つめは、当事者と訴訟物が同じかです。本件訴えは、XとYの間で、賃貸借契約の終了に基づく本件オーブンの返還請求権を訴訟物としています。前訴の引渡請求と、当事者も訴訟物も同じです。ただし、これだけでは同一の訴えと決まりません。2つめは、取換えの経緯です。Xが引渡請求を損害金請求に取り換えたきっかけは、Yが控訴審で、本件オーブンを取引先のAに売って引き渡した、と主張したことです。Xは、Yの中央厨房を確認しても、本件オーブンを見つけられませんでした。Yが占有を失ったのなら、引渡しを命ずる判決は得られないと考えて、請求を取り換えたことには、無理からぬところがあります。ですから、判決を得たうえで取り下げて、裁判を無駄にした、と責められる場合ではありません。制裁の懸念は、当たりません。3つめは、取下げ後の事情です。前訴の確定判決が判断したのは、期間満了後の12か月分の損害金の支払だけで、本件オーブンの返還は、何も解決していません。しかも、前訴の確定後、Yは、Aへの売却は成立せず、本件オーブンを倉庫に置いたままだと述べて、従前の主張を変えました。そうすると、XがYを相手に、本件オーブンの引渡しを求めて、本件訴えを提起し維持する新たな必要があります。同じ紛争の蒸し返しではありません。蒸し返しの懸念も、当たりません。結論です。本件訴えは、同一の訴えに当たらず、262条2項は適用されません。したがって、本件訴えは却下されず、Yの主張は通りません。
損害金請求の判決が確定しているのに、また引渡しを求めて、二重取りにならないか、という点です。損害金は、返還が遅れた分の金銭ですから、引渡しを求めても、二重取りにはなりません。前訴の確定判決が判断したのは、期間満了後、YがAに引き渡したと主張する日までの損害金だけで、請求の中身が違います。本件オーブンの返還そのものは、判断されていません。前訴の判決によって、本件訴えが遮断される形でもありません。
別件 禁止される場合
図:設例と別件の対比
同じ枠組みで、出し直しが禁止される場合を見ます。前訴の第一審までは、設例と同じです。引渡請求を認める判決があり、Yが控訴しました。控訴審で、Yは、契約は更新する合意があった、とする覚書を出しました。Xは、このまま控訴審で争うと、負けるかもしれない、いったん取り下げて出し直そう、と考えました。そして、控訴審で引渡請求を取り下げ、Yは同意しました。Yが本件オーブンを持っていることも、契約の事情も、何も変わらないまま、数か月後に、Xは同じ引渡請求の訴えを起こしました。まず、取下げがあったかです。この取下げは、明示的にされ、Yも同意していますから、訴えの取下げです。次に、終局判決の後かです。取下げは、第一審の本案判決の後に、控訴審でされました。最後に、同一の訴えかです。取下げの理由は、負けるかもしれないから、という自分の都合です。Yの主張を誤って信じたわけでもありません。取下げの後、Yが主張を変えたことも、判決で何かが決まらないままだったことも、ありません。事情が何も変わっていませんから、出し直しを正当とする新たな必要はありません。ですから、この訴えは、判決を得ておきながら取り下げて、裁判を無駄にし、同じ紛争を蒸し返すものです。同一の訴えに当たり、262条2項により、却下されます。
分かれ目は、取下げの理由と、取下げ後の事情に、新しい利益や必要があるかです。設例の取換えは、相手方の主張を信じたからで、確定後に相手方が主張を変えました。別件の取下げは、自分の都合で、その後に何も変わっていません。範囲を一言で確かめます。当事者が違う訴えや、訴訟物が違う訴えは、そもそも同一の訴えではありません。また、第一審の判決が訴え却下の訴訟判決なら、本案ではありませんから、262条2項は及びません。
まとめ
図:完成答案:第1 Yの主張の根拠
こちらが、完成答案です。第1の、Yの主張の根拠です。図と同じ文面を、本文でも置きます。
第1 Yの主張の根拠
1 問題の所在
Xは、本件オーブンの引渡しを求めて本件訴えを提起した。Yは、前訴の控訴審でXが引渡請求を損害金請求に取り換えたことを理由に、本件訴えは却下されるべきであると主張している。そこで、Yの主張の根拠となる条文とその要件が問題となる。
2 規範
民事訴訟法262条2項は、本案について終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起することができないと定める。したがって、同項により本件訴えが却下されるのは、(1)本案について終局判決があった後に、(2)Xが訴えを取り下げ、(3)本件訴えが同一の訴えに当たる場合である。
3 あてはめ
Yは、Xが前訴の控訴審で引渡請求を損害金請求に取り換えたことが、第一審の判決の後にされた引渡請求の取下げに当たり、本件訴えは引渡請求と当事者も訴訟物も同じであると主張している。これは、262条2項の(1)から(3)までを主張するものである。
4 結論
よって、Yの主張の根拠は262条2項であり、その当否は、同項の各要件を検討して決まる。
図:完成答案:第2 請求の取換えは取下げか(1/2)
第2の、請求の取換えが取下げに当たるかです。問題の所在と規範を、読んでみてください。
第2 請求の取換えが「訴えを取り下げた」ことに当たるか
1 問題の所在
Xは、前訴の控訴審で、引渡請求に代えて損害金請求を求めるものとして訴えを変更したが、訴えを取り下げる旨も請求を放棄する旨も述べていない。そこで、このような訴えの交換的変更が、引渡請求について「訴えを取り下げた」ことに当たるかが問題となる。
2 規範
(1) 訴えの交換的変更は、新請求に係る訴えの提起と旧請求に係る訴えの取下げであると解する(最判昭和41年1月21日)。新請求のみの審理を求めるときは旧請求の訴訟係属を消滅させる必要があり、原告が一方的な意思で旧請求の訴訟係属を消滅させるには、訴えの取下げ又は請求の放棄によらなければならないからである(最判昭和32年2月28日参照)。
(2) 訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない(民事訴訟法261条2項)。もっとも、相手方が訴えの交換的変更に異議なく応訴したときは、旧請求の取下げについて暗黙の同意をしたものと解する(最判昭和41年1月21日)。
図:完成答案:第2 請求の取換えは取下げか(2/2)
第2の、あてはめと結論です。Xの書面とYの応じ方を、確かめてください。
3 あてはめ
(1) Xは、前訴の控訴審で、書面により、引渡請求に代えて損害金請求を求めるものとして訴えを変更した。Xは、引渡請求の審理を求めず、損害金請求のみの審理を求めており、請求の放棄をする旨も述べていない。よって、この変更は、損害金請求に係る訴えの提起と引渡請求に係る訴えの取下げである。
(2) 引渡請求と損害金請求は、同じ賃貸借契約の終了をめぐる紛争であって、請求の基礎に変更がない。また、この変更によって著しく訴訟手続を遅滞させることもない(同法143条1項)。よって、控訴審でも訴えの変更をすることができる(同法297条)。
(3) Yは、前訴の控訴審で本案について口頭弁論をしていたから、取下げにはYの同意が必要である。しかし、Yは損害金請求への変更に異議を述べず、これに応訴した。よって、Yは引渡請求の取下げについて暗黙の同意をしたものと解される。
4 結論
よって、Xは前訴の控訴審で、引渡請求に係る訴えを取り下げたものといえる。
図:完成答案:第3 取下げは終局判決の後か
第3の、取下げが終局判決の後にされたかです。短い所ですが、確かめてください。
第3 取下げが「本案について終局判決があった後」にされたか
1 問題の所在
引渡請求の取下げが、262条2項の「本案について終局判決があった後」にされたものかが問題となる。
2 規範
本案についての終局判決とは、請求に理由があるかどうかを判断して、その審級の審理を終える判決をいう。控訴審における取下げであっても、その前に第一審の本案についての終局判決があれば、同項の要件を満たす(最判昭和32年2月28日参照)。
3 あてはめ
前訴の第一審は、賃貸借契約の更新の有無を審理したうえで、更新はなかったとして引渡請求を認める判決をした。これは請求の当否についての判断であり、本案についての終局判決である。引渡請求の取下げは、その後の控訴審で、第一審の判決が確定する前にされた。
4 結論
よって、引渡請求の取下げは、262条2項の「本案について終局判決があった後」にされたものである。
図:完成答案:第4 同一の訴えか(1/2)
第4の、同一の訴えかです。問題の所在と規範を、読んでみてください。
第4 本件訴えが「同一の訴え」に当たるか
1 問題の所在
本件訴えは、引渡請求と当事者も訴訟物も同じである。もっとも、同項の「同一の訴え」が、当事者と訴訟物が同じであれば足りるのかが問題となる。
2 規範
(1) 262条2項は、終局判決を得た後に訴えを取り下げることにより裁判を徒労に帰せしめたことに対する制裁的趣旨の規定であり、同一紛争をむし返して訴訟制度をもてあそぶような不当な事態の生起を防止する目的に出たものである。同項は、取下げの後に新たな訴えの利益又は必要性が生じているにもかかわらず、一律絶対的に司法的救済の道を閉ざすことまでを意図しているものではない。
(2) そこで、同項の「同一の訴え」とは、単に当事者及び訴訟物を同じくするだけではなく、訴えの利益又は必要性の点についても事情を一にする訴えを意味し、取り下げた訴えと訴訟物を同じくする場合であっても、再訴の提起を正当ならしめる新たな利益又は必要性が存するときは、同項の規定はその適用がないと解する(最判昭和52年7月19日)。
図:完成答案:第4 同一の訴えか(2/2)
第4の、あてはめと結論です。事実の拾い方を、目で追ってください。
3 あてはめ
(1) 本件訴えは、XとYの間で、賃貸借契約の終了に基づく本件オーブンの返還請求権を訴訟物とするから、引渡請求と当事者及び訴訟物が同じである。
(2) Xが引渡請求を損害金請求に取り換えたのは、Yが控訴審で、本件オーブンを取引先のAに売って引き渡したと主張したためである。Xは、Yの中央厨房を確認しても本件オーブンを見つけられなかった。Yが占有を失ったのであれば引渡しを命ずる判決は得られないと考えて請求を取り換えたことには、無理からぬところがある。よって、Xが引渡請求を取り下げたことは、判決を得たうえで裁判を徒労に帰せしめたことに対する制裁を科すべき場合とはいえない。
(3) 前訴の確定判決が判断したのは、期間満了後の12か月分の損害金の支払だけであり、本件オーブンの返還は実現していない。しかも、前訴の確定後、Yは、Aへの売却は成立せず、本件オーブンを倉庫に置いたままだと述べ、従前の主張を変えた。そうすると、XがYを相手方として本件オーブンの引渡しを求めるため、本件訴えを提起し維持する新たな必要がある。よって、本件訴えは、同一紛争を蒸し返して訴訟制度をもてあそぶものではない。
4 結論
よって、本件訴えは「同一の訴え」に当たらず、262条2項の規定はその適用がない。したがって、本件訴えは却下されず、Yの主張は理由がない。
参照条文
- 民事訴訟法262条
- 民事訴訟法143条1項
- 民事訴訟法297条
- 民事訴訟法261条