釈明義務と法的観点指摘義務の書き方
土地の名義人Xが、その土地に自宅を建てて住むYに建物の収去と土地の明渡しを求めた訴訟で、Xが別の人Zに土地を売っていた事実が証言にだけ出た事例を素材に、主張のない事実を判決の基礎にできるか、裁判所はYに尋ねるべきだったか、誰も言っていない権利濫用の構成で判断するならXに示すべきかを、判決を書く順に、答案の形で確かめます。
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事例
図:土地の名義人Xと、その土地に自宅を建てて住むY、請求の向き
登場するのは、土地の名義人、Xと、その土地に自宅を建てて住む、Yです。どちらも弁護士を付けず、自分で訴訟を進めています。令和7年5月13日、Xは、Yに対して、所有権に基づいて、建物の収去と土地の明渡しを求める訴えを起こしました。Yは、答弁書で、こう言っています。「平成24年4月、Xから、この土地を代金600万円で買い、全額を支払った」。契約書も領収書もありません。Xは、売買を否認しています。Yの言い分は、土地はもう自分のものだから、建物は壊さない、というものです。Xが、もう所有者でなければ、所有権に基づく請求は、成り立ちません。Yのこの売買の主張を、Xが所有権を失った、という抗弁と呼びます。Xが土地の所有者だったことと、Yが建物を所有して土地を占有していることは、争いがありません。
図:取引から提訴まで
Yは、平成24年に、この土地の上に建物を建てて、住み始めました。Xは、建築を知りながら、異議を述べませんでした。平成25年からは、毎年12月に、Yが、12万円をXに渡し、Xは受け取ってきました。その趣旨には、争いがあります。Yは、登記がXの名義のままで、固定資産税がXに課されるので、買主として、その分を毎年渡してきた、と言っています。Xは、年末の挨拶として受け取ってきただけで、土地とは関係がない、と言っています。建築を知っていたことと、12万円の受け渡しは、Yが、売買があったことを推し測る事情として述べ、Xも認めています。買っていなければ、他人名義の土地の税の分を毎年払う理由は乏しい、という推測の筋です。この2つは、あとの検討で、もう一度使います。
図:訴訟の経過
令和7年7月8日に、Yが答弁書を出し、売買の抗弁を主張しました。9月2日の弁論準備手続で、争点は売買の成否だけだと確認され、調書にも書かれました。11月18日に、証人尋問があります。証人は、Xが申請した、司法書士、Wです。Y本人の尋問もあり、この日で審理を終える、つまり、弁論を終結する予定です。Xの狙いは、Xの土地の売買はいつも司法書士を通すのに、Yとの売買には司法書士が関わっていない、と示すことでした。ところが、Wは、別の事実を証言しました。
図:Wの証言と、裁判所の問い
Wが証言したのは、こうです。令和6年2月16日に、Xは、別の人、Zに、この土地を、代金1,200万円で売る契約をしていました。Wの事務所で契約書を作り、手付は200万円で、解除はなく、登記は、まだXの名義のままです。この話を、Xも、Yも、主張していません。Yは、証言を聞いても、その場では何も言いませんでした。Xは、この証言の内容を争っていません。Zとの契約書も、Xの手元にあります。証言のとおりなら、Xは、Zと契約をした時に、所有権を失っています。土地の所有権は、原則として、売る契約をした時に、買主へ移るからです。登記がXの名義のままでも、同じです。裁判所の心証では、Yの売買は、認められません。他方で、Zとの売買は、証拠から出ています。裁判官は、判決を書こうとしています。何を理由にできるのか、そして、黙って書いてよいのかが、ここでの問いです。
検討の順番
図:判決を書く順に、3つの問い
判決を書く裁判官が考える順に、検討します。1つめは、Zとの売買の事実が使えるか、です。当事者が主張していない事実は、判決の基礎にできません。この決まりが、弁論主義です。2つめは、使えないとして、黙って判決をしてよいか、です。裁判所が当事者に尋ねることを、釈明と呼びます。Yに尋ねるべきだったかを考えます。3つめは、事実は出ているのに、法律構成を誰も言っていない場面です。裁判所が、その構成を示すべきかを考えます。どうして、この順番なのでしょうか。使える事実かどうかが決まらないと、問うべきかを考えられないからです。3つめの場面のように、事実が使えるときは、裁判所が法律構成を示すべきかが残ります。釈明の根拠は、149条1項です。条文を開きます。
条文民事訴訟法149条1項
民事訴訟法149条1項(釈明権等)
裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。
149条1項は、裁判長は、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる、と書いています。条文が書くのは、できる、という権限までです。尋ねるべきだったのに尋ねなかった判決が、違法になるのかは、条文から出てきません。そこは、解釈で立てる規範です。2つめの検討で扱います。
第1 所有権の経過と主張の要否
図:所有権の経過:誰が主張し、何が証言にだけ出たか
1つめの検討です。拾う事実は、3組あります。1組めの事実AとBは、Xが土地の所有者だったことと、Yが建物を所有して土地を占有していることです。Xが主張し、Yも認めていて、請求原因として争いがありません。2組めの事実Cは、Yが答弁書で主張した、Xとの売買です。Xが否認していて、証拠もなく、裁判所は、認められないと考えています。3組めの事実Fは、Xと、Zの売買です。Wの証言にだけ出ていて、XもYも、主張していません。記号がCからFに飛ぶのは、事実DとEを3つめの検討で、事実Gを2つめの検討で使うからです。主要事実とは、権利が生まれる、消える、という効果を、直接基礎づける事実です。証拠調べで出ただけの主要事実は、判決の基礎にできません。当事者が弁論で主張して、訴訟資料にならない限り、使えないからです。そこで、問題です。裁判所は、事実Fを理由に、Xの請求を棄却できるでしょうか。
図:規範と答案の型|所有権の経過と主張の要否
規範は、判例の言葉と、通説の整理を組み合わせて作ります。1文めは、弁論主義の規範です。証拠調べによって現れた主要事実は、当事者が弁論で主張して訴訟資料とならない限り、判決の基礎とすることができない。2文めです。所有権に基づく請求では、所有権喪失の原因となる事実は、相手方が抗弁としてこれを主張立証すべきものです。当事者が口頭弁論で主張しないその事実を認定して判決の基礎とすることは、弁論主義に違反します。2文めの言葉は、最高裁の判決から取りました。ただ、その判決は、このあと1つめに見る、相続の事案です。所有権の喪失一般に広げるのは、通説的な整理です。主要事実という言葉も、判決にはなく、通説の言い方です。答案に入れる理由の一文は、こうです。所有権を失った経過が変われば、争点も反証も変わります。主張されない経過で判断すると、相手方の不意打ちになるからです。
図:所有権の経過を、主張なしに認定した2つの判決
判例を2つ見ます。1つめは、相続の事案です。原告らは、亡くなった父が買った土地を、共同で相続したと主張し、被告に持分の移転登記を求めました。被告は、夫が買って相続した、と主張しただけでした。原審は、亡くなった父から被告の夫への死因贈与を認めて、請求を棄却しました。最高裁は、死因贈与は被告が抗弁として主張していない、として、破棄して差し戻しました。2つめは、原告が、所有権移転登記の抹消を求めた事案です。被告は、代物弁済による取得を主張しました。原審は、被告の代物弁済による取得は認めました。そのうえで、原告が、その後に買い戻して、第三者に譲渡担保として譲渡したと認定し、原告の請求を棄却しました。最高裁は、その譲渡は当事者の主張のない事実だとして、破棄して差し戻しました。
判例最判昭和55・2・7 民集34巻2号123頁
最高裁判所判決(所有権喪失の原因は、相続による取得を争う者が主張立証すべきとした事件)
相続による特定財産の取得を主張する者は、(1) 被相続人の右財産所有が争われているときは同人が生前その財産の所有権を取得した事実及び (2) 自己が被相続人の死亡により同人の遺産を相続した事実の二つを主張立証すれば足り、(1)の事実が肯認される以上、その後被相続人の死亡時まで同人につき右財産の所有権喪失の原因となるような事実はなかつたこと、及び被相続人の特段の処分行為により右財産が相続財産の範囲から逸出した事実もなかつたことまで主張立証する責任はなく、これら後者の事実は、いずれも右相続人による財産の承継取得を争う者において抗弁としてこれを主張立証すべきものである。
判例最判昭和41・4・12 民集20巻4号548頁
最高裁判所判決(当事者の主張のない事実で請求を排斥した原判決を破棄した事件)
……原判決は、当事者の主張のない事実により上告人の前記請求を排斥したものというべく、右の違法は判決に影響があること明らかであるから
2つめの判決の引用にある上告人は、原告のことです。1つめの判決を、言い換えます。相続した側は、亡くなった人の取得と、自分の相続を言えば足ります。その後に所有権が失われた事情は、争う側が、抗弁として主張するものです。2つの判決は、どちらも、当事者が主張していない事実を理由に、請求を退けた判決を、違法としました。
図:あてはめ:A、C、Fの仕分け
あてはめます。事実Aは、Xが主張し、Yも認めていて、請求原因です。判決の基礎にできます。事実Cは、Yが答弁書で主張した、所有権喪失の抗弁で、主要事実です。弁論に出ているので判断の対象ですが、証拠が足りず、認められません。事実Fは、Xの所有権を失わせる、別の原因です。買ったのがZでも、Xが所有者でなくなる点は、事実Cと同じです。事実Cと同じ位置にある主要事実で、売った相手も時期も違います。Cの言い換えではありません。ここで、線を確かめます。毎年12万円の受け渡しは、売買があったことを推し測る事情で、間接事実です。証拠と同じ働きをするので、主張がなくても使えます。事実Fは、売買を推し測る材料ではありません。Xの所有権が消える効果を、直接基礎づける事実です。だから、主張が要ります。
証言で出て、内容に争いもないのに、それでも使えないのでしょうか。使えません。事実Fの内容が真実でも、同じです。抗弁を主張するのはYの役割で、Yが主張していない以上、Fを理由にした棄却はできません。
図:結論:Fを理由に棄却できない
結論です。裁判所は、事実Fを理由に、Xの請求を棄却することはできません。事実Fを理由にされると、困るのは、Xです。Xは、Yとの売買があったかどうかだけを、争ってきました。Zとの契約を理由に負けると知らされていれば、その契約の効力について、主張や証拠を準備できたはずです。事実Cも認められないなら、このままでは、Xの請求が認められることになります。Xの請求が認められる結論は、Zへの売買が証拠に出ている実体と、合いません。この食い違いをどうするかが、次の問いです。裁判所は、Yに何も尋ねなくてよいのでしょうか。
第2 積極的釈明をしない判決の違法
図:消極的釈明と積極的釈明の仕分け
2つめの検討です。事実Fを使えないまま判決をすると、証拠から見て、実体に合わない判決になります。裁判所は、Yに、Xが、令和6年にZへ売った事実を、抗弁として主張するか、と尋ねるべきだったのでしょうか。尋ねずに判決をしたら、違法でしょうか。尋ねるといっても、2種類あります。1つは、この訴訟で、もう済んでいます。事例の経過には出てこなかった事実で、事実Gと呼びます。Yの準備書面は、Xから買ったという売買の時期を、平成24年4月と同年5月の2か所で書いていました。期日に裁判所が尋ね、Yは4月と答えました。不明瞭や矛盾を正すので、消極的釈明で、裁判所が尋ねることに、限界はありません。もう1つが、事実Fです。事実Fを主張するか確かめるのは、まだ出ていない主張を、新しく足すことになります。積極的釈明で、裁判所が尋ねることに、限界があります。その限界を、3つの検討要素で判断します。
図:規範と答案の型|積極的釈明をしない判決の違法
規範は、学説の整理と、判例の言葉を組み合わせて作ります。まず、学説の整理です。積極的釈明をしないまま判決をしたことが違法となるかは、3つを考慮して判断します。1つめ、釈明をすれば、判決の結論が変わる見込みがあるか。2つめ、釈明がなくても、当事者が自分の力で気づき、適切に主張立証できると言えるか。3つめ、釈明により、相手方に不公平が生じたり、手続が大きく遅れたりしないか、です。次に、判例の言葉を使って、こう書きます。釈明すべきであったのにしなかったときは、釈明権の行使を怠り、審理不尽の違法がある。3つの要素は、判例が定式として述べたものではなく、個々の事案を積み上げた、学説の整理です。答案に入れる理由の一文は、こうです。言い落とした当事者を黙って負けさせない必要がある一方で、裁判所が一方に主張を教えすぎると、中立を害するからです。
図:釈明権を行使しないまま抗弁を退けた判決
判例を1つ見ます。約束手形金を請求された事件です。被告は、相殺の抗弁として、自分の債権は、時効で消える前に、相殺できる状態にあったと主張していました。記録には、相殺できる状態になった時期をうかがわせる、買戻しの記載がありました。ところが、原審は、その点を被告に尋ねないまま、抗弁を退けました。最高裁は、釈明権を行使して主張立証を尽くさせるべきだったとして、破棄して差し戻しました。5人のうち1人は、反対意見でした。
判例最判昭和51・6・17 民集30巻6号592頁
最高裁判所判決(釈明権を行使せずに抗弁を排斥した原判決を破棄した事件)
……原審はこれをすることなく上告人の右主張を斥けたものであり、原判決には釈明権不行使、審理不尽の違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである
引用にある上告人は、抗弁を退けられた被告のことです。判決は、記録に、時期をうかがわせる記載があり、結論に影響することを挙げて、判断しています。多数意見の言葉は、釈明権不行使、審理不尽の違法です。学説や実務は、これを釈明義務違反と呼びます。答案は、判例の言葉で書きます。
図:あてはめ:3つの検討要素
3つの検討要素は、全部そろうことが必要な要件ではなく、考慮して判断する要素です。事例の事実を、1つずつ当てます。1つめは、勝敗転換の蓋然性、つまり、結論が変わる見込みです。Yが、事実Fを抗弁として主張すれば、Xは、もう所有者ではありません。事実Fの内容に、争いはありません。Fの主張で、結論が逆になるので、見込みは、あります。2つめは、独力での是正です。Yは本人訴訟で、法律の知識がありません。Wの証言を聞いても、その場で何も言いませんでした。争点も、売買の成否だけと確認されています。Yは、事実Fが自分に有利な事実だと分かっておらず、抗弁にできると、気づける状況にありません。独力での是正は、期待できません。3つめは、不公平と遅れです。FはXが申請した証人から出た事実で、Xは知っています。Zとの契約書も手元にあり、次回期日1回で足ります。Yに尋ねると、裁判所がYの味方に見えるおそれは残りますが、Xの防御の機会は十分で、このおそれは、判断の決め手にはなりません。
図:結論:Yに尋ねるべきだった
結論です。裁判所は、Yに、事実Fを抗弁として主張するか確かめる、積極的釈明をすべきでした。これをしないまま判決をすれば、釈明権の行使を怠った違法があり、上級審で、破棄の理由になります。決め手は、1つめと2つめです。結論が変わるのに、本人訴訟のYが、自分では気づけないからです。3つめは、妨げになりません。Yに弁護士が付いていれば、2つめが逆に傾くことがあるので、結論は変わりえます。この結論は、事例の事実に支えられた判断です。もう1つ、大事な線があります。事実Fを使えないことと、Yに尋ねなくてよいことは、別です。使えないのは、Yが主張していないからです。Yが主張すれば、判決の基礎にできます。だから、主張するかどうかを、Yに確かめる必要があるのです。
第3 法的観点の指摘
図:権利濫用の構成:使える事実と使えない事実
3つめの検討です。ここでは、Yが、事実Fを主張しなかったとして、裁判所が、別の理由を考えます。
条文民法1条3項
民法1条3項(基本原則)
権利の濫用は、これを許さない。
考えるのは、権利の濫用です。民法1条3項は、権利の濫用を許さない、と定めています。権利があっても、使い方によっては、行使が認められない、という決まりです。Xは、Yの建築を知りながら、異議を述べませんでした。しかも、10年以上、毎年12月に、Yからお金を受け取ってきました。それなのに、今さら、建物の収去と土地の明渡しを求めるのは、権利の濫用ではないか。これが、裁判所の考える構成です。
使える事実は、事実Bと、異議を述べなかった事実D、毎年12万円の事実Eです。事実Bは、Xが主張して、Yが認めています。事実Dと事実Eは、Yが主張して、Xが認めています。どちらが主張した事実でも、弁論に現れていれば使えます。事実Dと事実Eは、売買との関係では、間接事実でした。ここでは、権利濫用を直接基礎づける事実なので、主張に現れていることを確かめました。事実Fは、弁論に現れていません。権利濫用を基礎づける事実は、当事者の主張が要る、という整理に立てば、事実Fは、ここでも使えません。
図:争点と、裁判所の構成
そして、Yは、権利の濫用だ、とは一言も言っていません。争点も、売買の成否だけと確認されています。それでも、裁判所は、権利濫用を理由に、Xの請求を退けてよいでしょうか。事実が主張に出ているなら、構成は、裁判所が考えてよいはずです。法の適用そのものの主張は要らず、基礎づける事実が主張に現れていればよい、という整理です。弁論主義が当事者の主張を求めるのは、主要事実です。事実にどの法律を当てはめるかは、裁判所が自分で決めること、つまり専権なので、弁論主義違反の問題は生じません。問題は、黙って判断してよいかです。149条1項は、事実上の事項だけでなく、法律上の事項についても、問いを発することができる、と書いていました。構成を示して意見を聞くことも、釈明の1つの場面です。2つめの検討では、Yに、主張を足すかを尋ねました。ここでは、裁判所が自分で選んだ構成を、不利になるXに示します。だから、見るのは、Xが予測できたかと、反論の機会があったかです。
図:規範と答案の型|法的観点の指摘
規範は、有力な見解と、判例の言葉を組み合わせて作ります。まず、有力な見解です。当事者が主張していない法律構成を判決の基礎とするときは、その点を指摘して、反論や反証の機会を与えなければならないと解する見解が有力です。有力な見解は、これを、法的観点指摘義務と呼びます。次に、判例です。当事者双方が主張していない、信義則違反の構成について、判決の言葉をつないで読みます。最高裁は、従前の訴訟の経過等からは予測が困難であり、十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断をすべきであるのに、これをしなかったことは、釈明権の行使を怠った違法である、としました。判例が判断したのは、信義則の事案です。法的観点指摘義務という一般的な義務を、判例が認めたわけではありません。一般化は、有力な見解です。答案に入れる理由の一文は、こうです。法律構成が変われば、争うべき事実も反証も変わり、事前に知らされないと、その機会を失う、不意打ちになるからです。
図:双方が主張していない信義則違反で判断した判決
判例の事案です。大学を運営する学校法人から、定年により職を解く辞令を受けた教授が、定年は80歳とする合意があったと主張して、地位の確認と賃金を求めました。争点は、合意があったかどうかだけでした。原審は、合意を認めませんでした。ただ、原審は、信義則違反は双方とも主張していなかったのに、学校法人は定年退職の効果を主張できないとして、教授に賃金の一部を認めました。最高裁は、破棄して差し戻しました。
判例最判平成22・10・14 集民235号1頁
最高裁判所判決(双方が主張していない信義則違反で判断した原判決を破棄した事件)
……従前の訴訟の経過等からは予測が困難であり,このような法律構成を採るのであれば,なおさら,その法律構成の適否を含め,上告人に十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断をすべきものといわなければならない
引用にある上告人は、学校法人のことです。判決は、予測が困難な構成を採るなら、なおさら、十分な反論と反証の機会を与えるべきだ、と述べています。予測が困難であることを、義務の絶対の条件とまでは、言っていません。
図:あてはめ:生の事実・予測・反論の機会
あてはめます。まず、権利濫用を基礎づける事実が、主張に現れているかです。事実Bは、Xが主張し、Yが認めています。事実Dと事実Eは、Yが主張し、Xも認めています。いずれも弁論に現れているので、弁論主義の問題は生じません。次に、予測です。争点は、売買の成否だけと確認されています。Yは売買しか主張せず、Xは本人訴訟で、権利濫用を言われるとは、思っていません。従前の訴訟の経過からは、予測が困難で、不意打ちのおそれが大きい場面です。最後に、反論と反証の機会です。Xは、12万円は年末の挨拶で、Yの土地利用を認める趣旨で受け取ったものではない、と争う余地があります。建築を知りながら異議を述べなかった事情も、権利濫用との関係で争えます。今は、何も反論していません。Xは、売買の成否だけが争点と思って準備してきました。権利濫用が理由になると知らされなければ、それに応じた主張立証ができません。有力な見解に立つと、Xに、機会を与えるべき場面です。
図:結論:Xに指摘すべきだった
結論です。有力な見解に立つと、裁判所は、権利濫用の構成を採るなら、Xに指摘して、反論や反証の機会を与えるべきでした。その見解に立てば、指摘しないまま棄却すると、釈明権の行使を怠った違法があります。最高裁も、信義則の事案で、釈明権の行使を怠った違法としています。ただ、法的観点を指摘する一般的な義務を認めた、とまでは、言えません。この3つめの検討は、事実Fを、Yが主張しなかった、という前提でした。裁判所に尋ねられたYが、事実Fを主張すれば、権利濫用の構成は要りません。
結論
図:3つの問いの結論
3つの結論を並べます。1つめ、事実Fは、主張のない所有権喪失の経過なので、判決の基礎にできません。2つめ、この事例では、裁判所は、Yに尋ねるべきでした。3つめ、権利濫用で判断するなら、有力な見解に立つと、Xに指摘して、反論の機会を与えるべきでした。判決の基礎にできないことと、尋ねなくてよいことは、別です。使えないからこそ、Yが主張するかを、確かめる必要がありました。3つの検討は、1つの根でつながっています。主張のない事実で、負けさせない。言い落としただけの人を、黙って負けさせない。知らない構成で、不意打ちしない。どれも、当事者に防御の機会があったかを、問うています。
まとめ
図:完成答案:第1 所有権の経過(問題の所在・規範)
こちらが、完成答案です。図と同じ文面を、本文でも置きます。それぞれの文面の前に、読むときに見てほしいところを、先に挙げます。第1は、所有権の経過と弁論主義です。証言にだけ現れた事実Fと、Yが主張した事実Cを、問題の所在で分けているところを、見てみてください。規範が、アの弁論主義の第1文と、イの所有権喪失の原因事実の2つに、分けて書かれているところにも、注目です。
第1 Fを理由に請求を棄却できるか
1 問題の所在
Wの証言から、XはZに本件土地を売っていた(事実F)と分かったが、X・Yとも主張していない。Yが主張した売買(事実C)は、認められない。そこで、事実Fを理由に、Xの請求を棄却できるかが問題となる。
2 規範
ア 証拠調べによって現れた主要事実は、当事者が弁論で主張して訴訟資料とならない限り、判決の基礎とすることができない。
イ 所有権に基づく請求では、所有権喪失の原因となる事実は、相手方が抗弁としてこれを主張立証すべきものであり、当事者が口頭弁論で主張しないその事実を認定して判決の基礎とすることは、弁論主義に違反する(最判昭和55年2月7日参照)。喪失の経過が変われば争点も反証も変わり、主張のない経過で判断すれば不意打ちとなるからである。
図:完成答案:第1 所有権の経過(あてはめ・結論)
第1の続きで、あてはめと結論です。事実Cと事実Fを、1つずつ拾っているところを、確かめてみてください。事実Fが、事実Cの言い換えではなく、別の原因事実だと評価してから、結論へ進んでいる流れにも、注目です。
3 あてはめ
(1) 事実Cは、Yが答弁書で主張した所有権喪失の抗弁であるが、認められない。
(2) 事実Fは、売った相手も時期も事実Cと異なり、所有権喪失の別の原因事実であるから、主要事実である。しかし、Wの証言に現れたのみで、X・Yとも主張しておらず、訴訟資料となっていない。
4 結論
よって、事実Fを理由に、Xの請求を棄却することはできない。
図:完成答案:第2 釈明(問題の所在・規範)
第2は、裁判所の措置です。問題の所在と規範です。使えないことと、尋ねなくてよいことが別の問題として、問題の所在に立てられているところを、見てみてください。規範で、学説の整理である3つの検討要素と、判例の言葉が、アとイに分けて書かれている点にも、注目です。イの末尾に書いてある最判昭和44年6月24日は、イの言葉の出どころの判決で、第2で事案を見た昭和51年の判決とは別の判決です。
第2 裁判所の措置(釈明)
1 問題の所在
事実Fを使えないまま判決をすれば、実体に合わない判決となる。そこで、裁判所がYに、事実Fを抗弁として主張するか尋ねなかったことが、違法となるかが問題となる。
2 規範
ア 積極的釈明をしないまま判決をしたことが違法となるかは、①釈明をすれば判決の結論が変わる見込みがあるか、②釈明がなくても、当事者が自分の力で気づき、適切に主張立証できると言えるか、③釈明により、相手方に不公平が生じたり、手続が大きく遅れたりしないか、を考慮して判断する(学説の整理)。
イ 釈明すべきであったのにしなかったときは、釈明権の行使を怠り、審理不尽の違法がある(最判昭和44年6月24日参照)。
図:完成答案:第2 釈明(あてはめ・結論)
第2の続きで、あてはめと結論です。3つの検討要素に、事例の事実を1つずつ当てているところを、確かめてみてください。決め手になる要素を意識して、結論へ進んでいる流れにも、注目です。
3 あてはめ
(1) 事実Fを抗弁として主張すれば、Xは所有者でなくなり、結論が逆になる。事実Fに争いはない。
(2) Yは本人訴訟で法律の知識がなく、Wの証言を聞いても何も言わなかった。争点も売買の成否だけと確認されており、自分で事実Fを抗弁にできると気づく状況にない。
(3) Xは事実Fを知っており、契約書も手元にあって、次回期日1回で足りる。大きな不公平も遅れもない。
4 結論
よって、結論が変わる見込みがあり、Yの独力での是正も期待できない本件では、裁判所はYに尋ねるべきであった。尋ねないまま判決をすれば、釈明権の行使を怠った違法がある。
図:完成答案:第3 法的観点の指摘(問題の所在・規範)
第3は、法的観点の指摘です。問題の所在と規範です。使える事実が弁論に現れていて、足りないのは構成だけだと、問題の所在に書いているところを、見てみてください。規範は、アとイに分かれています。そのイの前半が、解する見解が有力である、という限定付きで、後半の判例の言葉と、分けて書かれている点にも、注目です。
第3 権利濫用の構成(法的観点の指摘)
1 問題の所在
事実Bは、Xが主張しYが認めており、事実D・事実Eは、Yが主張しXも認めていて、いずれも弁論に現れている。しかし、権利濫用の構成は、X・Yとも主張していない。そこで、裁判所が指摘せずにこの構成で判断できるかが問題となる。
2 規範
ア 権利濫用を基礎づける事実は主張を要すると解するが、それが弁論に現れていれば、法の適用の主張は要らない。
イ 当事者が主張していない法律構成を判決の基礎とするときは、裁判所はその点を指摘して反論・反証の機会を与えなければならないと解する見解が有力である。判例は、当事者双方が主張していない信義則違反の構成について、従前の訴訟の経過等からは予測が困難であり、十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断をすべきであるのに、これをしなかったことは釈明権の行使を怠った違法であるとした(最判平成22年10月14日)。
図:完成答案:第3 法的観点の指摘(あてはめ・結論)
第3の続きで、あてはめと結論です。生の事実、つまり権利濫用を基礎づける事実と、予測、反論の機会を、1つずつ拾っているところを、確かめてみてください。結論に、有力な見解に立つと、という限定が付いているところにも、注目です。
3 あてはめ
(1) 事実B(Xが主張)と事実D・事実E(Yが主張)は、いずれも相手方が認めており、権利濫用を基礎づける事実が弁論に現れている。
(2) 争点は売買の成否だけと確認されており、Xは本人訴訟で、権利濫用を言われるとは思っていない。従前の訴訟の経過等からは予測が困難である。
(3) Xは、事実Eの12万円の趣旨や事実Dの事情を、権利濫用との関係で争う余地があり、構成が示されれば主張立証を変えられる。
4 結論
よって、有力な見解に立つと、裁判所は、権利濫用の構成をXに指摘して、反論・反証の機会を与えるべきであった。指摘せずに棄却すれば、釈明権の行使を怠った違法がある。
最後に、全体を通して、主張されているか、尋ねるべきか、構成を示すべきかが、1本の線でつながっているかを、見直してみてください。
参照条文
- 民事訴訟法149条1項
- 民法1条3項