死者名義訴訟の書き方
ビルのオーナーXが借り主Eに未払賃料を請求する訴状を出した2日後にEが亡くなり、同居の子Fが黙って出頭して争い、判決が確定してから「被告は死者だったから無効だ」と言い出した事例を素材に、当事者の確定、訴訟係属の時期、却下の原則、124条1項1号の類推と相続人の信義則による修正、判決の効力の順に検討します。あわせて、提出の前に亡くなっていた場合と、訴訟代理人のいる原告が亡くなった場合を対比し、答案の形にまとめます。
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ゼロから民事訴訟法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
事例
図:X・E・Fと賃料の請求
Xは、ビルのオーナーです。令和6年5月1日、Xは、4階の事務所を、個人でデザインの仕事をしている、借り主のEに、賃料月額22万円で貸しました。Eの自宅は別にあって、Eは、子のFと同居しています。Eの配偶者は、Eより先に亡くなっていて、Eの相続人は、子のFだけです。Eは、令和7年4月分から7月分までの4か月分、合計88万円の賃料を、払いませんでした。令和7年10月6日、月曜日に、Xは、Eを被告として、未払賃料88万円の支払を求める訴状を、地方裁判所に提出しました。訴状の被告欄には、Eの氏名と、Eの自宅の住所が書かれ、請求の原因には、「オーナーのXと、借り主のEの間の賃貸借契約」と書かれていました。
図:事件の時系列
Eは、令和7年10月8日に、亡くなりました。訴状の提出の、2日あとです。子のFは、同じ日に、そのことを知りました。裁判所は、訴状の副本と、第1回口頭弁論期日の呼出状を、E宛てに郵送しました。令和7年10月14日、同居のFが、これを受け取っています。Fは、Eが亡くなったことを、裁判所にも、Xにも、知らせませんでした。令和7年11月19日の第1回口頭弁論期日に、Fが出頭して、「4月分と5月分は、Eが現金で払った。6月分と7月分は、払っていない」と述べ、4月分と5月分の弁済を争いました。審理では、Fが証人として、Eの生前の支払の様子を話しています。
相続人は、相続が始まったことを知った時から3か月の間、相続を受けるかどうかを選べます。この3か月を、熟慮期間といいます。相続を放棄すれば、初めから相続人でなかったことになります。限定承認なら、相続で得た財産の限度でだけ、借金を負います。どちらもしないまま3か月がすぎれば、そのまま相続人になります。Fは、放棄も、限定承認も、しませんでした。Eの死亡を知った10月8日から3か月、令和8年1月8日に、熟慮期間は満了しています。
令和8年2月4日に、判決が言い渡されました。主文は、「被告は、原告に44万円を支払え。その余の請求を棄却する」です。6月分と7月分を認めて、4月分と5月分は、弁済があったと認めました。判決書の当事者欄は、「被告E」のままです。判決書は、令和8年2月6日に、E宛てに送達されて、Fが受け取りました。控訴は出されず、控訴期間は、送達を受けた日から2週間ですから、末日の令和8年2月20日が過ぎて、令和8年2月21日に、判決は確定しました。
令和8年4月13日、Xが、判決に基づく強制執行の準備をしたとき、Eの死亡が分かりました。すると、Fは、こう言い出しました。「Eは、訴状が届く前に、亡くなっていた。第一審の判決は無効だ。払わない」。問いは、Fの主張は認められるか、判決はFに効力を持つか、です。Eが亡くなったのは、訴状を出した2日あとです。それでも、被告が死んでいる訴えは、だめなのでしょうか。これが、この事例の本題です。死亡の時期が、いつなのかを、日付で特定して、順に考えます。
検討の順番
図:当事者から、裁判の内容まで
順番を決めます。まず、当事者はだれかです。当事者が決まらないと、その人が亡くなっているかどうかが、言えません。次に、その人に、訴訟係属が生じたかを見ます。死亡の時期と、係属の時期の、どちらが先かが、分かれ目になります。係属の前か後かで、結論が変わるからです。係属が生じていなければ、原則を立てて、そのうえで、原則を修正できないかを考えます。最後に、裁判の内容、つまり判決がどうなるかを決めます。訴状を提出した日と、被告に送達された日。この二つの日付を一本の線に並べて、死亡が、その前か、あいだか、あとかを見ます。それでは、ここまでの事件を事件1と呼んで、被告の側から、順に検討します。
第1 被告側 Fの主張は認められるか
図:当事者はだれか
一つめは、被告はだれか、です。訴状には、被告のEが書かれています。ところが、実際に出頭して争ったのは、Eの子のFです。被告は、Eなのか、Fなのか。現に争ったのはFですが、実際に争った人が当事者、とは決まりません。当事者は、訴状の当事者欄を中心にして、請求の趣旨と請求の原因も含めて、合理的に解釈して決めます。この決め方を、実質的表示説といいます。あてはめます。被告欄には、Eの氏名が書かれ、住所は、Eの自宅で、請求の原因は、オーナーのXと、借り主のEの間の賃貸借契約です。すべてが、Eを指しています。Fは、訴状のどこにも、被告として書かれていません。Fは、Eの子として、訴状を受け取り、手続に出たにすぎません。したがって、被告はEです。
二つめは、訴訟係属がいつ生じたか、です。訴訟係属が生じるのは、訴状を提出したときではなく、被告に送達されたときです。提出しただけでは、生じません。条文を確認します。
条文民事訴訟法138条1項
民事訴訟法第138条(訴状の送達)第1項
訴状は、被告に送達しなければならない。
図:訴訟係属はいつ生じるか
138条1項です。訴状は、被告に送達しなければならない。ここは、条文どおりの成立要件です。条文に書いてあることは、答案では、条文番号を示せば足ります。これに対して、訴訟係属がいつ生じるかは、条文に書いてありません。訴訟係属は、被告に訴状が送達された時に生じる、というのが、通説的な考え方で、こちらは、理由を添えて書きます。送達によって、原告と被告が向き合う、二当事者対立構造が、初めてできるからです。
あてはめます。訴状の副本が届けられたのは、令和7年10月14日です。Eが亡くなったのは、10月8日で、その前です。10月14日に書類を受け取ったのは、同居のFで、被告のEは、もうこの世にいません。亡くなった人に、訴状を届けることはできませんから、被告に送達された、とは言えません。向き合う相手がいないままですから、訴訟係属は、生じていません。この10月14日を、以下でも送達の日と呼びますが、Eに届いたわけではない、という点を押さえてください。
ここで、時期を整理しておきます。送達のあとに亡くなったのなら、係属中の死亡ですから、124条1項1号がそのまま当てはまり、手続をいったん止めて、相続人に受け継がせる、中断と受継の話になります。事件1は、それではありません。提出と送達の、あいだの死亡です。当事者の死亡は、訴えを起こす前の死亡か、訴訟が始まったあとの死亡か、の二つに分けるのが出発点です。事件1では、そのあいだに、訴状は出したが、送達はまだ、という三つめの時期が入ります。
図:原則と、判決の有効無効
三つめは、原則です。条文を確認します。
条文民事訴訟法140条
民事訴訟法第140条(口頭弁論を経ない訴えの却下)
訴えが不適法でその不備を補正することができないときは、裁判所は、口頭弁論を経ないで、判決で、訴えを却下することができる。
140条です。訴えが不適法で、不備を補正できないときは、裁判所は、口頭弁論を経ないで、判決で、訴えを却下できます。ここも、条文どおりです。送達の前に被告が亡くなっていたなら、被告となる者が、そもそも存在せず、二当事者の対立が、できていません。ですから、訴えは不適法で、原則は却下です。第一審の訴訟行為は、死者に対するものとして、無効になります。判決も、当事者を欠くものとして、無効が原則と考えられます。事件1も、この原則に当てはめれば、Eは送達の前に亡くなっているので、訴えは却下で、判決は無効、となります。Fの言い分と、同じ結論です。
図:原則どおりでは、困ること
四つめは、原則を修正できないか、です。原則どおりだと、何が困るのかを、考えます。Xは、Eの死亡を知らないまま、令和7年10月6日に訴えを提起して、判決まで受けました。却下で、判決が無効なら、手続の積み重ねは無駄になり、Xの地位が害されます。一方で、Fは、出頭して、証人にもなって、弁済を争う機会を、現に使っています。しかも、Eの死亡を、裁判所にも、Xにも、告げていません。その人が、判決が出てから「死者が相手だったから無効だ」と言うのは、どうなのか。これが、問題提起です。原則を修正する道は、ないのでしょうか。二つあります。一つは、124条1項1号を類推する考え方で、もう一つは、相続人の信義則で、こちらは判例があります。まず、一つめから検討します。
図:規範と答案の型|訴訟係属の前の死亡
規範は、こうです。訴訟係属は、被告に訴状が送達された時に生じます。送達の時に当事者が死亡していれば、係属は生じず、訴えは却下されるのが原則です。ただし、訴状の提出のあとに死亡して、相続人が訴訟を追行しているときは、係属後の死亡に準じて、124条1項1号を類推し、相続人が受け継いだものとして扱えると考えられます。前半は、ここまでに確かめた原則です。後半の、類推する、という部分は、判例が述べた規範ではなく、学説の考え方です。答案では、判例の主語にせず、と考える、と書きます。
条文民事訴訟法124条1項1号
民事訴訟法第124条(訴訟手続の中断及び受継)第1項
次の各号に掲げる事由があるときは、訴訟手続は、中断する。この場合においては、それぞれ当該各号に定める者は、訴訟手続を受け継がなければならない。
一 当事者の死亡 相続人、相続財産の管理人、相続財産の清算人その他法令により訴訟を続行すべき者
124条1項です。当事者の死亡があるときは、訴訟手続は中断して、相続人などが、訴訟手続を受け継ぎます。ここは、条文どおりの成立要件です。ただし、これは、係属中の死亡の規律です。送達の前の死亡には、係属がありませんから、直接は当てはまりません。当てはまらないのに、使ってよいのでしょうか。そこで、類推なのです。係属中の死亡と似ている点が、二つあります。
一つめは、原告の側です。Xが訴状を出した10月6日には、Eは生きていました。Xは、生きている相手を訴えていて、自分でするべきことは、済ませています。残っていたのは、裁判所が訴状を送達する、という手続だけです。送達が、死亡より先に済んでいれば、係属中の死亡として、124条1項1号が、そのまま使えました。裁判所の手続に何日かかったかで、却下になるか、相続人が受け継ぐかが分かれるのは、釣り合いがとれない、と考えられます。これを、訴訟が始まる入口には立っている、と言い表しておきます。
二つめは、相続人の側です。124条1項1号が、手続をいったん止めて、相続人に受け継がせるのは、新しく当事者になる人に、自分で争う機会を確保するためです。事件1では、Fが、現に出頭して、弁済を争っています。争う機会は、確保されています。この二つがそろうので、係属後の死亡に準じて扱ってよい、と考えるのです。
条文民事訴訟法124条3項
民事訴訟法第124条(訴訟手続の中断及び受継)第3項
第一項第一号に掲げる事由がある場合においても、相続人は、相続の放棄をすることができる間は、訴訟手続を受け継ぐことができない。
124条3項です。相続人は、相続の放棄ができる間は、訴訟手続を受け継げません。放棄すれば、初めから相続人でなかったことになるので、放棄するかどうかが決まる前に、手続を任せるわけにはいかないからです。事件1では、判決の時点で、この点は問題になりません。熟慮期間は、令和8年1月8日に満了していて、判決は2月4日だからです。
図:あてはめ、124条1項1号の類推
あてはめます。Eが亡くなったのは10月8日で、提出の10月6日の、2日あとです。Xが訴状を出した時には、Eは生きていて、残っていたのは、裁判所の送達だけでした。入口に立ったあとの死亡です。Fは、唯一の相続人で、放棄も限定承認もせず、熟慮期間は満了しています。そして、Fは、第1回期日から出頭して、自分で弁済を争っています。したがって、124条1項1号を類推して、Fが受け継いだものとして扱え、被告はFになると考えられます。
図:規範と答案の型|相続人の信義則
二つめの道は、相続人の信義則です。規範は、こうです。第一審、第二審を通じて、みずから進んで訴訟行為をした相続人が、いまさら、訴訟の当事者である被告が死者だったとして、みずからの訴訟行為の無効を主張することは、信義則のうえから許されません。これは、判例が示した規範です。
判例最判昭和41・7・14 民集20巻6号1173頁
最高裁判所判決(訴状の提出のあと、送達の前に被告が死亡し、相続人が受継の手続をとって、第一審と第二審の訴訟を続けた事件)
このように、第一、二審を通じてみずから進んで訴訟行為をした前記上告人三名が、いまさら本件訴訟の当事者(被告)が死者であるDであつたとしてみずからの訴訟行為の無効を主張することは、信義則のうえから許されないものと解するのが相当である。
判決の原文です。この最高裁判決は、訴状を提出したあと、送達の前に、被告が亡くなった事案です。相続人が、自分から受継の手続をとって、異議を述べずに、第一審と第二審の訴訟を続けました。そのあとで、被告は死者だったと言い出したので、最高裁は、信義則上許されない、としました。原文の上告人三名は相続人で、Dは、亡くなった被告です。事件1は、この事案と、同じではありません。判例では、相続人が受継の手続をとっていますが、Fは、手続をとらず、自分で争っただけです。判決が、そのまま事件1の事案を判断したわけではありません。ただ、この規範の趣旨は、自分で進んで争っておきながら、結果が悪くなったら死者名義を持ち出す、という態度を許さない点にあります。
条文民事訴訟法2条
民事訴訟法第2条(裁判所及び当事者の責務)
裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
条文の手がかりは、民事訴訟法2条です。当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。信義則の根拠は、この条文に求められます。
図:あてはめ、相続人の信義則
Fは、受継の手続をとっていません。それでも、判例の相続人と同じになるのでしょうか。さきほどの判決の原文に戻ります。最高裁が、許されない理由として書いているのは、第一審と第二審を通じて、みずから進んで訴訟行為をした、という点です。その前に、判決は、相続人が自分から受継の手続をとって、異議を述べずに手続を続けたことも、事実として挙げています。相続人は、被告が亡くなったことを前提に、受継の手続をとり、そのうえで、自分から争いました。受継の手続は、死亡を知って、自分から訴訟に入ったことを示す事実の一つです。ですから、決め手は、手続をとったという形よりも、死亡を知りながら、自分から進んで争ったことにある、と考えられます。
Fに当てはめます。Fは、Eが亡くなった令和7年10月8日に、その死亡を知っていました。それなのに、告げずに出頭して、証人にもなって、弁済を争い、判決まで受けました。控訴もしませんでした。受継の手続こそ、とっていませんが、死亡を知って、自分から訴訟に入り、争った点は、判例の相続人と変わりません。みずから進んで訴訟行為をした、と言えます。ですから、今になって、「Eは死者だから無効だ」と言うことは、信義則上許されないと考えられます。判例の事案と違う点があるので、判例の主語で断定せず、と考える、と書きます。
図:結論、判決の効力と表示
五つめは、裁判の内容です。結論は、Fの主張は認められない、と考えられます。類推の道でも、信義則の道でも、Fは判決の無効を言えず、判決はFに対して効力を持ちます。残るのは、判決書の当事者欄が、「被告E」のままだという点です。条文を確認します。
条文民事訴訟法257条1項
民事訴訟法第257条(判決の更正決定)第1項
判決に計算違い、誤記その他これらに類する明白な誤りがあるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、いつでも更正決定をすることができる。
257条1項です。判決に、誤記その他これらに類する明白な誤りがあるときは、裁判所は、いつでも更正決定ができます。ここも、条文どおりです。実質は、亡くなったEの相続人であるFが被告なのに、「被告E」と書いてあるのは、表示の誤りです。これを更正決定で直せるかは、見方が分かれうるところです。当事者の名前を書き換えるのは、表示の直しを超える、という見方もあるからです。ただ、類推によって、Fが受け継いだものとして扱うのなら、被告は、実質的にはFで、現に争ったのもFです。直すのは、名前の欄だけで、44万円を支払え、という判断の中身は、変わりません。ですから、表示の誤りとして、直せると考えられます。
第2 提出の前の死亡なら
図:変形:Eが提出の3日前に亡くなっていた
対比として、事件1の事実を一つだけ変えます。Eが亡くなったのは、令和7年の10月3日で、訴状の提出の、3日前だったとします。訴状の記載と、Fの訴訟追行は、事件1と同じです。以下、この場合を変形と呼びます。問いは、この場合も、124条1項1号の類推は使えるか、です。死亡が、提出の2日あとから、3日前に変わっただけで、そんなに違うのでしょうか。違います。類推の足場は、二つでした。Xが訴状を出した時には、Eが生きていて、残っていたのは裁判所の送達だけだったこと。そして、相続人が、現に争っていたこと。変形では、一つめが欠けます。10月6日に訴状を出した時、Eは、3日前に亡くなっています。Xは、初めからいない人を訴えたことになり、送達がどれだけ早くても、Eに届くことは、ありませんでした。入口にも、立っていないのです。ですから、124条1項1号の類推は、使えないと考えられます。原則どおり、訴えは却下で、判決が出ていれば、判決は無効です。
救う道が、全くないわけではありません。大審院の判例には、提出の2年前に亡くなっていた被告あての訴状を、同居の妻が受け取り、相続人が欠席のまま、原告勝訴の判決が出た事案で、実質上の被告は相続人で、ただ表示を誤ったにすぎない、として、却下した原審を破棄し、被告の表示を相続人に訂正させて、手続を進めるべきだとしたものがあります。この判例は、信義則は、使っていません。事件1の訴状に当てはめます。被告欄も、住所も、請求の原因も、すべてEを指していて、相続人のFを読み取れる記載が、ありません。実質上の被告が相続人だと、読めませんから、表示の訂正で救うのは難しいです。
提出の前に亡くなっていて、判決の確定前にそれが分かり、相続人が応訴した場面は、任意的当事者変更、つまり、被告を、亡くなった人から相続人に取り換える手続で直す、と考えます。これに対して、この変形は、判決が確定してから死亡が分かった場面ですから、そこでの出発点は、原則は却下、判決が出ていれば無効、です。ただ、取り換えで直すのか、表示の訂正で足りるのかは、見方が分かれます。どの見方でも、この出発点は変わりません。答案では、124条1項1号の類推は使えず、原則は却下で、判決は無効だ、と書きます。
もう一つ。ここで比べたのは、一つめの道の、類推が使えるかどうかだけです。二つめの道の信義則は、死亡が提出の前でも、相続人が、死亡を知りながら自分から争っていたのなら、問題になりえます。
図:死亡の3区分
整理します。死亡の時期は、3つに分かれます。提出の前、提出と送達のあいだ、送達のあとです。送達のあとなら、係属中の死亡で、124条1項1号が、そのまま当てはまります。提出と送達のあいだなら、124条1項1号を類推する考え方と、判例のある、相続人の信義則です。提出の前なら、類推は使えないと考えられ、原則は却下で、判決が出ていれば無効です。この三つは、日付だけで見分けます。事実の中から、提出の日と、送達の日と、死亡の日を拾って、線の上に並べる。そこから、答案は始まります。
第3 原告側 Xの却下の主張は認められるか
図:X・G・H・訴訟代理人と工事代金の請求
次は、原告側です。事件1とは、別の事件です。前提を一つ確かめておきます。当事者が亡くなっても、訴訟代理人がいる間は、訴訟手続は、中断しません。124条2項です。それに、訴訟代理権も、当事者が亡くなっても消えません。条文は、あとで確認します。
では、事件2です。個人で内装工事をしているGは、令和7年6月に、ビルのオーナーXの依頼で、ビルの共用部の内装工事を、代金96万円で請け負いました。工事は、同年7月25日に完成して、Gは、引き渡しています。Xは、代金を、払いませんでした。Gは、令和7年10月28日に、弁護士に訴訟を委任しました。弁護士は、令和7年11月4日に、Gを原告、Xを被告として、工事代金96万円の支払を求める訴状を、地方裁判所に提出しました。ところが、Gは、令和7年11月6日に、急病で亡くなります。提出の2日あとです。Gの子のHが、同じ日に、そのことを知りました。Hは、Gの唯一の相続人です。
図:事件2の時系列
訴状の副本は、令和7年の11月12日に、被告のXに送達されました。ふつうなら、係属が生じるのは、この日です。Xは、取引先からGの死亡を聞いて、12月10日の答弁書で、「Gは訴状の提出の2日後に亡くなっている。訴えは却下されるべきだ」と主張しました。12月17日の第1回口頭弁論期日で、弁護士は、こう述べました。「Gは亡くなった。唯一の相続人はHで、Hは相続を放棄していない。Hのために、この訴訟を続ける」。Hは、この期日の前に、弁護士に、訴訟を続けてほしいと伝えています。熟慮期間は、令和8年2月6日までです。裁判所は、次の期日を、令和8年2月25日と指定しました。問いは、Xの却下の主張は認められるか、です。原告はだれか。弁護士は、だれのために訴訟を続けるのか。
事件2も、前半は、事件1と同じです。当事者、係属、原則の三つの段は、事件1の道筋を、原告側に当てるだけです。原告は、訴状の当事者欄のG。係属は、被告のXに送達された11月12日で、Gの死亡の11月6日は、そのあとではなく、前です。ですから、係属は生じていません。原則は、訴えは不適法で、却下。Xの主張は、ここまでは正しいのです。違いが出るのは、修正の道です。原告側には、訴訟代理人がいます。
図:条文で見る、訴訟代理人がいるとき
条文を確認します。
条文民事訴訟法58条1項1号
民事訴訟法第58条(訴訟代理権の不消滅)第1項
訴訟代理権は、次に掲げる事由によっては、消滅しない。
一 当事者の死亡又は訴訟能力の喪失
58条1項1号です。訴訟代理権は、当事者の死亡によっては、消滅しません。
条文民事訴訟法124条2項
民事訴訟法第124条(訴訟手続の中断及び受継)第2項
前項の規定は、訴訟代理人がある間は、適用しない。
124条2項です。前項の規定、つまり中断と受継の規定は、訴訟代理人がある間は、適用しません。これらは、条文どおりの成立要件です。ただし、124条2項が言っているのは、手続を止めない、ということだけです。だれが当事者になるかという承継と、手続を止めるかという中断は、別の問いです。訴訟代理人がいても、当事者が相続人に替わること自体は、2項は妨げないと考えられます。止めなくてよいのは、代理人が、替わった相続人のために、そのまま続けられるからです。
また、事件1で読んだ124条3項は、相続人は、相続の放棄ができる間は、訴訟手続を受け継げない、というものでした。事件2は受継の手続をとる場面ではありませんが、放棄すれば、初めから相続人でなかったことになるので、Hが原告だと言い切れるのは、Hが相続を承認したときか、放棄がないまま、熟慮期間が過ぎたときです。この趣旨は、事件2でも考える必要があると考えられます。
図:規範と答案の型|本人の死亡後の提訴と訴訟代理人
規範は、こうです。訴訟代理権を授与した本人が死亡したあとに、代理人が本人を原告として訴えを提起したときは、旧民訴法85条と208条の規定を類推適用して、提訴は適法で、本人の相続人が訴訟を承継したと解するのが相当です。旧85条は現在の58条1項1号に、旧208条は現在の124条にあたります。これは、判例が示した規範です。
判例最判昭和51・3・15 集民117号181頁
最高裁判所判決(訴訟代理権を授与した本人が死亡したあとに、代理人が本人を原告として訴えを提起し、相続人が承継の申立てをした事件)
民訴法八五条、二〇八条の規定を類推適用して、本訴提起は適法なものであり、亡Dの相続人において本訴を承継したものと解するのが相当である。
判決の原文です。亡Dは、本人です。この判決の事案は、本人が、訴状の提出の前に、亡くなっていた事案です。代理人は、死亡を知らないまま、本人を原告として訴えを提起して、相続人が承継の申立てをしました。委任の後、提訴の前に亡くなっていた場合です。事件2は、少し違います。Gが亡くなったのは、提出のあとです。判例の事案より、係属に近い時期です。提出の前に亡くなっていた場合ですら、適法とされたのですから、提出のあとなら、同じ処理が及ぶと考えられます。判決が、提出のあと、送達の前の事案を、直接判断したわけではありません。
判例の事案とは違うのに、同じ処理でよいのでしょうか。判例の処理を事件2にも当てられる決め手は、代理人がいて、代理権がGの生前に有効に与えられていたことです。代理権は、本人の死亡で消えず、手続も止まりません。これは、提出の前でも、あとでも変わりません。ですから、提出のあとなら、なおさら、相続人が承継して、続けられると考えられます。
事件1の、124条1項1号の類推も、事件2で使えます。あの条文には、手続を止める部分と、亡くなった人の立場に相続人が入る部分の、二つがありました。止める部分は、訴訟代理人がいるので、2項で外れます。事件2で借りるのは、Gの立場に、Hが入る、という部分です。Gは、提出の時には生きていて、残っていたのは裁判所の送達だけでした。Hの側も、弁護士を通じて、現に訴訟を続けています。類推の足場は、事件1と同じです。
図:あてはめ、訴訟代理人がいる原告側
あてはめます。Gは、提出の7日前の10月28日に、弁護士に訴訟を委任しました。委任は、Gの生前になされ、有効です。Gは、提出の2日後に亡くなりましたが、58条1項1号により、代理権は消えません。唯一の相続人のHは、相続を放棄しておらず、熟慮期間は、令和8年2月6日までです。弁護士は、第1回期日で、Hのために続けると述べました。Hは、弁護士を通じて、手続に関与していて、Xも、請求の内容と主張を、弁護士を通じて受けています。したがって、訴えは却下されず、原告はHになると考えられます。弁護士は、Hの訴訟代理人として続けます。
結論です。Xの却下の主張は、認められません。判例の言葉でいえば、HがGの訴訟を承継して、原告として続けます。訴訟代理人がいて、手続が止まっていないときは、止まった手続を動かし直す受継の手続は、出番がありません。事件2でも、弁護士が、そのままHのために続けます。ただ、弁護士は、第1回期日で、死亡と相続人を明らかにしています。相手方にも裁判所にも、事情が分かる形になっています。124条3項の趣旨との関係では、熟慮期間は令和8年2月6日までで、次の期日の2月25日より前です。Hが放棄しないまま、その日をすぎれば、Hが原告であることは、動かなくなります。判決では、原告として、Gの相続人であるHが表示されることになります。なお、共同原告の一人が亡くなった場合は、固有必要的共同訴訟かどうかで、訴えの適法性が変わります。事件2は、原告が一人の場合です。
まとめ
図:3つの場面の結論
結論を、振り返ります。事件1では、送達の前の死亡ですが、提出のあとだったので、124条1項1号の類推でFが受け継いだと扱え、Fの無効の主張は、信義則上許されないと考えられます。判決は、Fに効力を持つと考えられます。提出の前の死亡なら、類推は使えないと考えられ、原則どおり却下です。事件2では、訴訟代理人がいるので、Hが承継して、原告となり、訴えは却下されません。
図:完成答案:第1 被告側(1問題の所在・2規範)
こちらが、完成答案です。答案の第1は、被告側で、Fの、判決は無効だという主張が認められるかを書いています。提出の前に亡くなっていた場合は、第1の結論の下に添えるので、原告側は、答案では第2になります。まず、第1の、問題の所在と規範です。規範は、係属の時期、類推、信義則の3段で並びます。図と同じ文面を、本文でも置きます。
第1 Fの主張(判決は無効である)は認められるか
1 問題の所在
被告欄に記載されたEは、訴訟係属が生じる訴状の送達(令和7年10月14日)の前である令和7年10月8日に死亡していた。この場合に、訴えは却下され、判決は無効となるのかが問題となる。
2 規範
(1)訴訟係属は、被告に訴状が送達された時に生じる(民事訴訟法138条1項参照)。送達の時に当事者が死亡していれば係属は生じず、訴えは却下されるのが原則である(同法140条)。
(2)もっとも、訴状の提出の時に被告が生存していれば、原告は存在する者を訴えており、残るのは裁判所による送達だけである。相続人が現に訴訟を追行していれば、相続人が争う機会も確保されている。そこで、訴状の提出のあとに死亡し、相続人が訴訟を追行しているときは、係属後の死亡に準じて、同法124条1項1号を類推し、相続人が受け継いだものとして扱えると考える。
(3)また、みずから進んで訴訟行為をした相続人が、被告が死者であったとして自己の訴訟行為の無効を主張することは、信義則上許されないと考える(最判昭和41年7月14日参照)。
図:完成答案:第1 被告側(3 あてはめ)
第1の、あてはめです。四つの段になっています。当事者はE、係属せず、類推でFが受け継ぐ、そして信義則、という順に、事実を拾っています。日付に注目して、読んでみてください。
3 あてはめ
(1)訴状の被告欄・住所・請求の原因は、いずれもEを指しており、被告はEである。Fは訴状に被告として記載されていない。
(2)訴状の副本は令和7年10月14日に交付されたが、Eの死亡(同月8日)はその前であり、被告への送達があったとはいえず、訴訟係属は生じておらず、原則は訴えの却下である。
(3)もっとも、Eの死亡は訴状の提出(同月6日)のあとであり、唯一の相続人のFは、熟慮期間(令和8年1月8日)の経過後も放棄も限定承認もせず、第1回期日から出頭して争った。よって、民事訴訟法124条1項1号を類推し、Fが受け継いだものとして扱えると考える。
(4)Fは、Eの死亡を知りながら、告げずに出頭して証人となり、弁済を争い、判決を受け、控訴もしなかった。今になって無効を主張することは、信義則上許されないと考える。
図:完成答案:第1 被告側(4 結論・提出の前なら)
第1の、結論です。判決がFに効力を持つことと、表示を更正することを書いています。その下に、提出の前に亡くなっていた場合の対比を、短く添えています。
4 結論
よって、Fの主張は認められず、判決はFに対して効力を持つと考える。判決書の「被告E」の表示は、更正決定により、「亡E相続人F」と直すことができると考える(同法257条1項)。
提出の前に死亡していた場合
Eが提出の前に死亡していたなら、訴状の提出の時に被告が存在せず、124条1項1号の類推の足場がなく、原則どおり訴えは却下され、判決が出ていれば無効となる。ただし、訴状の記載から実質上の被告が相続人と読めるときは、被告の表示を訂正して手続を進めるべきである。
図:完成答案:第2 原告側(1問題の所在・2規範)
答案の第2は、原告側で、Xの、訴えを却下せよという主張が認められるかを書いています。まず、問題の所在と規範です。事件1と同じ筋の規範と、訴訟代理人についての規範が、あわせて並んでいます。
第2 Xの却下の主張は認められるか
1 問題の所在
原告欄に記載されたGは、訴状がXに送達される(令和7年11月12日)前の同月6日に死亡していた。この場合に、訴えは却下されるのかが問題となる。
2 規範
(1)訴訟係属は被告への訴状の送達の時に生じ、送達の時に当事者が死亡していれば、訴えは却下されるのが原則である。ただし、提出のあとの死亡については、民事訴訟法124条1項1号を類推し、相続人が受け継いだものとして扱えると考える。
(2)訴訟代理権は当事者の死亡によって消滅せず(同法58条1項1号)、訴訟代理人がある間は中断の規定は適用されない(同法124条2項)。
(3)本人の死亡後に代理人が提起した訴えは、これらの規定を類推適用して適法であり、相続人が訴訟を承継したと解する(最判昭和51年3月15日)。
図:完成答案:第2 原告側(3 あてはめ・4 結論)
第2の続きで、あてはめと結論です。原告側は、日付に加えて、訴訟代理人への委任の日と、代理権が消えないことを、事実として拾っています。結論の「⇒」の向きも、確かめてみてください。
3 あてはめ
(1)原告はGである。訴状の送達は令和7年11月12日で、Gの死亡(同月6日)はその前であるから、訴訟係属は生じておらず、原則は訴えの却下である。
(2)もっとも、Gの死亡は訴状の提出(同月4日)のあとであり、唯一の相続人Hは、熟慮期間(令和8年2月6日)内であるが、次の期日(令和8年2月25日)・判決より前に満了する見込みであり、同法124条3項の趣旨にも反しない。同法124条1項1号を類推し、Hが受け継いだものとして扱えると考える。
(3)Gは提出の前の令和7年10月28日に訴訟代理人に有効に訴訟を委任しており、Gの死亡によっても代理権は消滅せず、手続は中断しない。訴訟代理人は、第1回期日で、Hのために訴訟を続けると述べている。
4 結論
よって、Xの却下の主張は認められず、原告はHであり、訴訟代理人はHのために訴訟を続ける。⇒訴えは却下されない。⇒判決では、Gの訴訟を承継したHが、原告として表示される。
参照条文
- 民事訴訟法138条1項
- 民事訴訟法140条
- 民事訴訟法124条1項1号
- 民事訴訟法124条3項
- 民事訴訟法2条
- 民事訴訟法257条1項
- 民事訴訟法58条1項1号
- 民事訴訟法124条2項