民訴ゼロから民事訴訟法 論文

相殺の抗弁と既判力の書き方

冷凍設備を卸すXの売買代金480万円の請求に、惣菜店のYが弁済と、貸金400万円による予備的な相殺を出し、90万円の支払を命じる判決が確定した事例を素材に、裁判所が弁済と相殺をどの順に判断するか、訴求債権と自働債権のどの額に既判力が生じるか、確定後の2つの訴えがどうなるかを、答案の順に確かめます。同じ物差しを、別件の2つにも当てます。

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ゼロから民事訴訟法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事例

原告のXと被告のY、債権の向き 図:原告のXと被告のY、債権の向き

登場するのは、業務用の冷凍設備を卸す個人の原告のXと、個人で惣菜店を営む被告のYです。どちらも弁護士は付けず、本人で訴訟をしています。令和6年4月1日に、YはXに、運転資金として400万円を貸し付けました。弁済期の12月27日に、Xは返しませんでした。この貸金については、のちの訴訟で言い分が分かれます。Yは、貸金400万円の全額が存在すると主張し、Xは、貸金のうち150万円は返した、と言います。令和6年9月2日には、XがYに、冷凍庫とショーケース一式を、代金480万円で売って引き渡しました。支払期限は、令和7年1月31日です。Yは代金を払っていません。ただ、Yは、令和6年11月29日に、内金として140万円をXの口座に振り込んだ、と言っています。この140万円は、Yの言い分です。XとYの間には、債権が2本あります。1つめは、XからYへの売買代金480万円です。2つめは、YからXへの貸金400万円です。時間の順に見ていきます。なお、利息や遅延損害金は考えません。

時系列(1):提訴まで 図:時系列(1):提訴まで

令和7年4月15日に、原告のXは、売買代金480万円の支払を求めて、訴えを起こしました。これを前訴とします。被告のYは、2つのことを主張しました。1つめは、内金140万円を払った、という弁済の抗弁です。2つめは、それでもなお残りがあるなら、Xに貸した400万円の貸金債権で、対当額で相殺する、という予備的な相殺の抗弁です。予備的とは、1つめの抗弁が通らなかった場合に備えて出す、という意味です。ここで、言葉を整理します。原告のXが請求している売買代金は、訴求債権です。相殺から見ると、受働債権にあたります。Yが持ち出した貸金は、自働債権です。

これに対して、Xは、140万円は受け取っていない、と言いました。そして、貸金のうち150万円は返した、とも言いました。裁判所は、証拠を調べて、こう判断しました。売買契約は成立していて、代金は480万円です。Yの弁済140万円は、認められます。貸金400万円は、250万円だけが存在していて、残りの150万円は、Xが返済済みです。貸金については、150万円は返した、というXの言い分が、認められたことになります。

事実の整理:ア・イ・ウ 図:事実の整理:ア・イ・ウ

記号で整理します。事実アは、訴求債権の売買代金480万円です。売買契約の成立は、認められています。事実イは、Yの弁済の抗弁です。内金140万円で、認められています。事実ウは、Yの予備的な相殺の抗弁です。貸金400万円を主張しましたが、裁判所が存在を認めたのは、250万円です。

時系列(2):判決から後訴まで 図:時系列(2):判決から後訴まで

令和8年2月10日に、判決が言い渡されました。主文は、「Yは、Xに対し、90万円を支払え。Xのその余の請求を棄却する。」です。2月12日に、XとYの双方に送達されて、令和8年2月26日で控訴期間が満了し、判決が確定しました。確定のあとに、2つの訴えが起こされます。1つめは、令和8年5月19日のことです。Yが、貸金のうち150万円の返還を求めて、Xを訴えました。これを後訴①とします。この150万円は、400万円から、認められた250万円を引いた額です。2つめは、令和8年6月23日で、これが現在です。Xが、前訴で棄却された売買代金の残り390万円の支払を求めて、Yを訴えました。これを後訴②とします。390万円は、480万円から、認容された90万円を引いた額です。

事実の整理:エ・オ・カ・キ 図:事実の整理:エ・オ・カ・キ

続きの整理です。事実エは、主文と確定です。事実オは、後訴①で、事実カは、後訴②です。事実キは、前訴の審理の様子です。Yは、貸金400万円の全額が存在すると主張しました。Xは、返済を主張して争い、裁判所は、全額について、存在するかどうかを判断しています。

この事例で問うこと 図:この事例で問うこと

この事例で数えるのは、判決が確定したあと、争えなくなる額です。問うのは、3つです。1つめは、前訴の裁判所は、弁済と相殺を、どの順に判断すべきか。2つめは、判決が確定したとき、訴求債権と自働債権のどの額に、何についての既判力が生じるか。3つめは、後訴①と後訴②は、認められるか、です。

条文と検討の順番

検討の順番 図:検討の順番

検討の順番は5つです。1つめは、前訴の裁判所の判断の順序。2つめは、訴求債権の既判力。そして3つめは、自働債権の既判力です。4つめは、2つの後訴への作用。最後に、別件に同じ物差しを当てます。このうち1つめを第1、2つめと3つめを第2、4つめを第3、最後を第4で検討します。この順番にする理由は、自働債権に生じる既判力の額が、どの額の訴求債権に対して相殺が判断されたかで決まるからです。先に判断の順序を確かめて、そのうえで既判力の額を数え、最後に後訴で何が言えなくなるかを見ます。訴求債権の既判力と自働債権の既判力は、別々に考えます。訴求債権は民事訴訟法114条1項、自働債権は114条2項で、根拠の条文も中身も違います。混ぜないでください。条文を開きます。

条文民事訴訟法114条

民事訴訟法114条(既判力の範囲)
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
2 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

1項は、原則です。既判力は、主文に包含するものに限って生じます。判決理由中の判断には、生じません。2項が、唯一の明文の例外です。相殺のために主張した請求、つまり自働債権の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について、既判力を有します。ここまでは、条文に書いてあります。条文が書いていない部分、たとえば、対抗した額とは何か、が規範になります。

条文民法505条1項

民法505条1項(相殺の要件等)
二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。

相殺の要件は、民法505条1項です。双方の債務が弁済期にあれば、対当額で債務を免れます。本件では、貸金の弁済期が12月27日で、代金の支払期限が1月31日です。令和7年1月31日には双方が弁済期にあり、前訴の提起より前から、相殺ができる状態でした。

第1 前訴の裁判所の判断の順序

弁済も相殺も認められるとき、先に判断するのはどちらか 図:弁済も相殺も認められるとき、先に判断するのはどちらか

第1の検討です。裁判所は、Yの弁済も、相殺も、認められる、という心証です。どちらを先に判断しても、主文は同じ90万円になります。それでも、先後は自由でしょうか。主文が同じなら、どちらを先にしても変わらない気がします。順番を決める意味があるのか、という疑問です。実は、先後で変わるものが1つあります。主文ではなく、既判力が及ぶ額です。そこが、そのまま問題です。弁済や免除のような他の抗弁は、判断しても、理由中の判断にとどまり、既判力は生じません。だから、他の抗弁どうしの順序は自由です。ところが相殺の抗弁だけは、114条2項で、判断に既判力が生じます。だから、相殺をいつ判断するかの順序が、結論を左右します。

規範と答案の型|相殺の抗弁の審理順序 図:規範と答案の型|相殺の抗弁の審理順序

規範は、通説の考え方で立てます。判例が、この順序を言葉にしたわけではありません。相殺の抗弁は予備的な抗弁であり、裁判所は、訴求債権の存在を確定し、弁済など他の抗弁を判断したうえで、最後に、残った額について相殺の抗弁を判断する。相殺は認められると被告が自分の債権を失い、その判断に既判力が生じるからである。

この規範の決め手は、3つあります。1つめは、相殺だけが、被告に自分の債権を失わせることです。弁済や免除が認められても、被告は何も失いません。ところが、相殺が認められると、被告は、自分の貸金債権を、その分だけ失います。訴求債権が存在しないのに、あるいは弁済で消えているのに、先に相殺を認めてしまえば、被告は、失わなくてよい債権まで失います。すでに支払い済みの分にまで、手持ちの商品券を出して払ってしまえば、その券は戻ってこない、ということです。弁済で消える分を先に引いておかないと、相殺で使う額が膨らむ、ということです。数字で見ます。

判断の順序と、使われる貸金の額 図:判断の順序と、使われる貸金の額

貸金400万円が、仮に全額認められたとします。弁済を先に判断すると、訴求債権は480万円から、340万円に減ります。相殺で使う貸金は340万円までで、60万円は手元に残ります。相殺を先に判断すると、訴求債権は、まだ480万円です。貸金は400万円まで使い切られて、60万円を余計に失います。本件でも、違いが出ます。認められたのは250万円です。ただ、自働債権に生じる既判力の額は、どの額の訴求債権に対して相殺が判断されたかで決まります。だから、既判力が及ぶ額は、弁済を先にすれば340万円、相殺を先にすれば400万円です。相殺を先にすると、認められなかった150万円の全部に、既判力が及んでしまいます。

決め手の2つめは、相殺の判断に、114条2項の既判力が生じることです。いったん失った債権は、あとから取り戻せません。だから、失う額を、必要な範囲に絞る順序が要ります。

決め手の3つめは、手続保障です。相殺は、他の抗弁が通らなかった場合、つまり他の抗弁で消えずに残った額がある場合に備えて予備的に出されて、最後に審理されます。弁済で全部が消えれば、相殺には入りません。この順序が保障されているから、判決理由中の判断でも、既判力を認めてよいのです。順序を崩せば、例外を認める土台が崩れます。

順序を守ると、本件では、貸金400万円のうち60万円には、既判力が生じません(額の数え方は、第2で確かめます)。ただ、Yがあとでこの60万円を請求しても、前訴で決着した事項の蒸し返しは、信義則で許されないことがあります(第3で見ます)。信義則の根拠は、当事者は信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない、という民事訴訟法2条の、当事者の責務です。そうすると、順序を守っても、既判力の外に出た60万円の請求が、あとで信義則で止まるなら、順序は無意味では、と思うかもしれません。既判力で止まるのと、信義則で止まるのとの違いは、確実さです。既判力は、事情を問わず、確定的に及びます。信義則は、前訴での争われ方しだいで、止まるかどうかが決まります。順序で既判力の額を絞る意味は、この確実さの違いにあります。

境目も見ておきます。売買契約が成立しないとされたなら、訴求債権が存在しないので、請求が棄却されて、相殺の判断には入りません。Yは、自分の債権を使わずに勝てるからです。この場面は、第4で当てます。

あてはめ:前訴の判断の順序 図:あてはめ:前訴の判断の順序

あてはめます。事実アです。売買契約の成立が認められるので、訴求債権の存在が、まず確定します。相殺に入る前提が、そろいます。事実イです。弁済140万円は認められます。相殺より先に判断されて、訴求債権は、480万円から340万円に減ります。事実ウです。貸金は、弁済のあとに、残った340万円に対して判断されます。対抗した額は340万円になりますが、これは第2で確定します。主文の90万円は、この順序だと、次のように出てきます。弁済で480万円が340万円になり、その340万円に対して、貸金250万円が相殺で認められます。340万円から250万円を引いて、90万円の支払です。結論です。裁判所は、売買の成立、弁済、相殺の順に判断します。主文は、Yは90万円を支払え、です。

第2 前訴判決の既判力

既判力が生じるのは、何についての判断か 図:既判力が生じるのは、何についての判断か

第2に入る前に、原則を確かめます。既判力が生じるのは、原則として、主文に包含するもの、つまり、訴訟物の存否についての判断です。理由中の判断には、生じません。これを前提に、訴求債権から見ます。

訴求債権480万円の内訳と、主文の判断 図:訴求債権480万円の内訳と、主文の判断

主文は、90万円を支払え、その余の請求を棄却する、です。訴求債権は、売買代金480万円です。そのうち90万円が存在して、残りの390万円は存在しない、というのが主文の判断です。114条1項で、この判断に既判力が生じます。390万円の内訳は、弁済で消えた140万円と、相殺で消えた250万円です。でも、弁済で消えた、相殺で消えた、という理由は、理由中の判断です。原則どおり、既判力は生じません。生じるのは、主文の、390万円は存在しない、という判断です。

自働債権の判断に、既判力は生じるか 図:自働債権の判断に、既判力は生じるか

次は、自働債権の話をします。貸金400万円は、前訴の訴訟物ではありません。相殺のために、理由の中で判断された債権です。原則なら、理由中の判断に既判力は生じません。条文を、もう一度見ます。

条文民事訴訟法114条2項

民事訴訟法114条2項(既判力の範囲)
相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

自働債権の成立又は不成立の判断には、対抗した額について、既判力が生じます。では、対抗した額とは何か。条文は、その中身を書いていません。ここから先が、規範です。規範に入る前に、1つ考えます。相殺が認められても、認められなくても、既判力が生じます。それは、なぜでしょうか。認められた場合は、消えたはずの貸金をまた請求すれば、二重取りになります。認められなかった場合は、存在しないと判断された貸金を、もう一度争うことになります。どちらの向きでも、判断を固定しないと、同じ債権で蒸し返せてしまうのです。

規範と答案の型|114条2項の既判力の範囲 図:規範と答案の型|114条2項の既判力の範囲

規範は、条文の文言と、通説の整理で立てます。判例が、この切り分けを述べたわけではありません。自働債権の成立又は不成立の判断には、相殺をもって対抗した額について既判力が生じる。これは条文どおりです。対抗した額とは、受働債権、つまり他の抗弁で消えずに残った額と、自働債権の主張額のうち、小さいほうの額である。その額のうち、認められた部分は相殺で消滅したことに、認められなかった部分は存在しないことに既判力が生じ、対抗した額を超える部分には既判力が生じない。

受働債権は、事例の整理では、売買代金の480万円でした。ただ、弁済で消えた140万円は、相殺の相手になりません。ここで数える受働債権は、弁済のあとに残った340万円です。

貸金400万円の切り分け 図:貸金400万円の切り分け

この規範の決め手は、3つあります。1つめは、既判力が及ぶのは、訴求債権と打ち消し合う関係に入った額だけ、ということです。相殺の抗弁として判断を求められて、最後に審理されるという手続保障を受けたのは、訴求債権と向き合った額までです。レジで340円の会計に、400円分の商品券を出すとします。使われるのは340円分までで、残りの60円分は、券として手元にあります。訴求債権を超える部分は、防御のために使う必要がなく、相殺の抗弁としては、判断を求められていません。2つめは、条文が、対抗した額、と限っていることです。自働債権の全額、とは書いていません。3つめは、認められた場合だけでなく、認められなかった場合も、同じ額に生じることです。先ほど見たとおり、存在しない、という判断も固定しないと、二重取りも蒸し返しも防げないからです。

自働債権の主張額が340万円以下なら、全額が対抗した額になります。主張額が300万円なら、300万円が全部、対抗した額の内側です。主張額が400万円なら、内側は340万円まで、外側は残りの60万円です。境目は、受働債権の340万円です。仮に弁済が認められなかったなら、受働債権は480万円のままで、小さいほうは貸金の400万円です。第1で弁済を先に判断した結果が、ここに効きます。

あてはめ:自働債権の既判力 図:あてはめ:自働債権の既判力

あてはめます。事実アとイです。弁済後の訴求債権は340万円です。受働債権が340万円、自働債権の主張額が400万円で、小さいほうの340万円が、対抗した額です。次に、事実ウの、認められた部分です。貸金400万円のうち、250万円が存在すると判断されました。この250万円は、相殺で消滅しています。消滅したことに、既判力が生じます。続いて、事実ウの、認められなかった部分です。対抗した額は340万円で、そこから250万円を引いた残りの、90万円です。この90万円は、Xが返済済みで、存在しない、と判断されました。存在しないことに、既判力が生じます。最後に、事実ウの、対抗した額を超える部分です。400万円から340万円を引いた、60万円です。対抗した額を超えるので、既判力は生じません。

250万円は、存在した貸金なのに、既判力の中身は不存在なのか、と思うかもしれません。250万円が存在した、と認められたのは、相殺に使う前提です。判決の時点では、相殺で消えて、いまは存在しません。既判力の中身として答案に書くのは、その結果の、相殺で消滅したこと、です。だから、Yがあとでこの250万円を請求しても、認められません。

事実エの主文は、訴求債権の側で見たとおりです。結論です。訴求債権は、90万円の存在と、390万円の不存在に、114条1項の既判力が生じます。自働債権は、340万円の不存在に、114条2項の既判力が生じます。60万円は、既判力の外です。なお、判断されなかった相殺や、却下された相殺には、114条2項の既判力は生じません。

第3 後訴への作用

後訴①と後訴②は、どこまで争えるか 図:後訴①と後訴②は、どこまで争えるか

第3は、後訴です。後訴①から見ます。Yは、貸金のうち150万円を請求しています。まず、既判力の及ぶ額を数えます。150万円は、400万円から、認められた250万円を引いた額で、認められなかった部分にあたります。このうち90万円は、対抗した額の内側です。存在しない、という判断に既判力があり、Yは争い直せません。残りの60万円は、対抗した額を超えているので、既判力は及びません。それなら、Yは60万円を請求できるようにも見えます。でも、そこで終えると、半分で止まった答案になります。既判力が及ばないことと、請求が通ることは、別です。60万円は、前訴で、同じ貸金の存否、つまり返済があったかどうかが、争われて判断された部分です。Yは前訴で、400万円の全額が存在すると主張していました。既判力の外でも、前訴で決着した事項の蒸し返しは、信義則で許されないことがあります。条文を開きます。

条文民事訴訟法2条

民事訴訟法2条(裁判所及び当事者の責務)
裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。

後半の、当事者の責務が、信義則の根拠です。ただ、蒸し返しは許されない、とは書いていません。許されない、という判断は、判例が、事案の事情を挙げて示したものです。

あてはめ:後訴①の60万円 図:あてはめ:後訴①の60万円

60万円の請求が信義則で止まるかは、判例が考慮した3つの要素で当てます。1つめは、後訴が、前訴の蒸し返しか。2つめは、前訴で、後訴の請求をすることに、支障がなかったか。3つめは、相手方の地位を、不当に不安定にしないか。中心は、1つめです。

1つめの、蒸し返しか、から当てます。前訴で、Yは貸金400万円の全額を主張して、Xの返済の主張と争い、裁判所が全額を判断していました。60万円の請求は、決着した争いの出し直しです。2つめは、前訴で請求できたか、です。Yは前訴で全額を主張していたので、支障はありません。3つめは、相手方の地位です。Xは、返済があったかどうかを前訴で争い、確定判決を得ています。確定を信じて、仕事を組み替えた、という事情は、事例にはありません。それでも、決着した同じ争いに、もう一度応じさせれば、Xの地位を不安定にします。この3つめは、1つめを支える事情として書きます。答案では、判例の3つの要素を、判例の事案とは違うこの場面に当てた考え方として書きます。

後訴①の結論です。後訴①は、全部認められません。90万円の部分は、既判力で遮られて、請求棄却です。60万円の部分は、信義則に反して不適法で、訴え却下です。既判力は、食い違う主張を遮ったうえで、請求を判断するので、棄却です。信義則は、訴えそのものを許さないので、却下です。

あてはめ:後訴②の390万円 図:あてはめ:後訴②の390万円

後訴②です。Xは、前訴で棄却された、売買代金の残り390万円を請求しています。前訴の主文で、390万円は存在しない、と判断されて、確定しました。114条1項の既判力です。後訴②の請求は、前訴の訴訟物の一部で、この判断と食い違います。後訴②で、Xが、140万円は実は受け取っていない、と言い直して、弁済の事実を争い直しても、結論は変わりません。基準になるのは、理由ではなく、主文の、390万円は存在しない、という判断です。弁済の理由は、理由中の判断なので、既判力はありません。でも、140万円が未払いだから代金は存在する、という主張は、390万円は存在しない、という判断と食い違うので、遮られます。後訴②の結論です。後訴②は、請求棄却です。

第4 別件で同じ物差しを当てる

第4の確認:別件に、同じ物差しを当てる 図:第4の確認:別件に、同じ物差しを当てる

第4です。冷凍設備の件とは別の件で、同じ物差しを当て直します。XとYという記号は同じですが、人物も金額も、別物です。別件は2つあります。1つめから見ます。

原告のXと被告のY、売掛金と貸金の向き 図:原告のXと被告のY、売掛金と貸金の向き

別件Aです。原告のXが、被告のYに、売掛金260万円の支払を求めて訴えました。Yは、Xに対する貸金180万円で、相殺を主張しました。弁済など、ほかの抗弁はありません。裁判所は、売掛金260万円の存在を認めました。貸金は、存在しない、と判断しました。主文は、Yは260万円を支払え、です。確定のあとに、Yが、貸金180万円の支払を求めて、Xを訴えました。

あてはめ:別件A 図:あてはめ:別件A

あてはめます。判断の順序は、売掛金の存在を確定して、ほかの抗弁はなく、相殺を判断します。受働債権は260万円、自働債権の主張額は180万円で、小さいほうの180万円が、対抗した額です。認められた部分はゼロです。認められないのは180万円です。超える分はゼロです。180万円が存在しない、という判断に、既判力が生じます。Yの後訴の請求は、遮られます。貸金が存在しないと判断されただけでも、つまり相殺が認められなかったときにも、既判力は生じます。認められなかった場合も同じ額に生じる、という規範のとおりです。もし生じないなら、Yは、同じ貸金を、何度でも請求し直せてしまいます。

原告のXと被告のY、売買代金と貸金の向き 図:原告のXと被告のY、売買代金と貸金の向き

別件Bです。冷凍設備の件とも、別件Aとも、別の件です。原告のXが、被告のYに、売買代金210万円を請求しました。Yは、売買は成立していないと争いました。さらに予備的に、貸金130万円で相殺を主張しました。裁判所は、売買の成立を認めず、請求を棄却しました。貸金が存在するかどうかは、判断していません。確定のあとに、Yが、貸金130万円の支払を求めて、Xを訴えました。

あてはめ:別件B 図:あてはめ:別件B

あてはめます。判断の順序は、訴求債権の存在を確定するところで止まります。売買が成立しないなら、訴求債権が存在しないので、相殺には入りません。相殺の判断が示されていないので、114条2項の既判力は、生じません。Yは、貸金を失っていません。後訴で、貸金130万円を請求できます。Yは、相殺を主張したのに、貸金を使わないで済みました。相殺を最後に判断する理由の、裏返しです。Yは、自分の債権を使わずに勝てるのだから、先に失わせる必要がありません。別件の2つをまとめます。相殺の判断が示されて、対抗した額になった額には、既判力が生じます。判断が示されなかったなら、生じません。

まとめ

完成答案:第1 前訴の裁判所の判断の順序(問題の所在・規範) 図:完成答案:第1 前訴の裁判所の判断の順序(問題の所在・規範)

こちらが、完成答案です。図と同じ文面を、本文でも置きます。それぞれの文面の前に、読むときに見てほしいところを、先に挙げます。第1は、前訴の裁判所の判断の順序です。規範の最後の1文で、順序の理由を、被告が自分の債権を失うことと、既判力から書いているところを、見てみてください。

第1 前訴の裁判所の判断の順序

1 問題の所在

 Yは、前訴で、弁済の抗弁と、予備的に相殺の抗弁を主張した。どちらも認められる心証のとき、裁判所は、どちらを先に判断するか。相殺の判断には既判力が生じる(民事訴訟法114条2項)ので、順序が既判力の額を左右する。そこで、相殺の抗弁の審理順序が問題となる。

2 規範

 相殺の抗弁は予備的な抗弁であり、裁判所は、訴求債権の存在を確定し、弁済など他の抗弁を判断したうえで、最後に、残った額について相殺の抗弁を判断する。相殺は認められると被告が自分の債権を失い、その判断に既判力が生じるからである。

完成答案:第1 前訴の裁判所の判断の順序(あてはめ・結論) 図:完成答案:第1 前訴の裁判所の判断の順序(あてはめ・結論)

第1の続きで、あてはめと結論です。数字が、480万円、340万円、90万円と進んでいくところを、確かめてみてください。

3 あてはめ

 (1) 売買契約の成立が認められ、訴求債権480万円の存在が確定する。

 (2) 弁済140万円が認められ、訴求債権は340万円になる。

 (3) 残った340万円に対して、貸金による相殺を判断する。貸金は250万円が存在し、主文は90万円の支払となる。

4 結論

 よって、裁判所は、売買の成立、弁済、相殺の順に判断する。

完成答案:第2 前訴判決の既判力(訴求債権・問題の所在・規範) 図:完成答案:第2 前訴判決の既判力(訴求債権・問題の所在・規範)

第2は、前訴判決の既判力です。ここは、訴求債権と、自働債権の問題の所在と、規範です。規範は、アとイとウの3つに分けて書いてあります。規範のアとイとウで、対抗した額の意味と、3つの切り分けが、条文の文言から順に出てくるところを、見てみてください。

第2 前訴判決の既判力

1 訴求債権

 主文は、Yは90万円を支払え、その余の請求を棄却する、である。確定判決は、主文に包含するものに限り既判力を有する(民事訴訟法114条1項)ので、訴求債権のうち90万円の存在と、390万円の不存在に既判力が生じる。弁済や相殺で消えたという理由中の判断には、既判力は生じない。

2 自働債権の問題の所在

 相殺のために主張された貸金400万円は、前訴の訴訟物ではない。その成立又は不成立の判断に、どの額の、何についての既判力が生じるか。そこで、民事訴訟法114条2項の既判力の範囲が問題となる。

3 規範

 ア 自働債権の成立又は不成立の判断には、相殺をもって対抗した額について既判力が生じる(民事訴訟法114条2項)。

 イ 対抗した額とは、受働債権(他の抗弁で消えずに残った額)と自働債権の主張額のうち、小さいほうの額である。

 ウ その額のうち、認められた部分は相殺で消滅したことに、認められなかった部分は存在しないことに既判力が生じ、対抗した額を超える部分には既判力が生じない。訴求債権と打ち消し合う関係に入り、手続保障を受けた額に限るからである。

完成答案:第2 前訴判決の既判力(あてはめ・結論) 図:完成答案:第2 前訴判決の既判力(あてはめ・結論)

第2の続きで、あてはめと結論です。340万円を、2つに切ります。250万円と、90万円です。そして、60万円を外に置くところを、確かめてみてください。

4 あてはめ

 (1) 弁済後の訴求債権(受働債権)は340万円、自働債権の主張額は400万円であり、小さいほうの340万円が対抗した額である。

 (2) このうち、認められた250万円は相殺で消滅したことに、認められなかった90万円は存在しないことに既判力が生じる。

 (3) 対抗した額を超える60万円(400万円から340万円を引いた額)には、既判力は生じない。

5 結論

 よって、訴求債権は90万円の存在と390万円の不存在に(民事訴訟法114条1項)、自働債権は340万円の不存在に(民事訴訟法114条2項)既判力が生じ、60万円には生じない。

完成答案:第3 後訴 図:完成答案:第3 後訴

第3は、後訴です。既判力の外の60万円を、信義則で止めているところを、見てみてください。

第3 後訴

1 後訴①(Yの貸金150万円の請求)

 150万円のうち90万円は、対抗した額の内側にあり、存在しないことに既判力が生じるから、Yは争えない。残る60万円には、民事訴訟法114条2項の既判力は生じない。しかし、Yは前訴で貸金400万円の全額の存在を主張し、Xの返済の主張と争って、裁判所が全額を判断している。前訴で決着した事項の蒸し返しであり、Xの地位を不安定にするから、信義則(民事訴訟法2条)に反して不適法である。よって、後訴①のうち90万円の部分は請求棄却、60万円の部分は信義則に反し不適法として却下となる。

2 後訴②(Xの代金390万円の請求)

 前訴の主文で、390万円は存在しないと判断され、確定している(民事訴訟法114条1項)。Xは、この判断と食い違う主張をすることができない。よって、後訴②は請求棄却となる。

完成答案:第4 別件 図:完成答案:第4 別件

第4は、別件です。ここでのXとYは、別件Aと別件Bのそれぞれの原告のXと被告のYです。Aは、認められなかった額にも既判力が生じ、Bは、相殺の判断がなければ生じないという、2つの結論を、同じ物差しから出しているところを、確かめてみてください。

第4 別件

1 別件A

 訴求債権260万円・自働債権の主張額180万円で、小さいほうの180万円が対抗した額である。貸金は存在しないと判断されたから、認められなかった180万円が存在しないことに既判力が生じる。よって、Yの後訴は遮断される。

2 別件B

 売買が成立しないから訴求債権が存在せず、相殺の判断には入らない。相殺の判断が示されていないから、民事訴訟法114条2項の既判力は生じない。よって、Yは貸金130万円を請求できる。

参照条文

  • 民事訴訟法114条
  • 民法505条1項
  • 民事訴訟法114条2項
  • 民事訴訟法2条

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