民訴ゼロから民事訴訟法 論文

相殺の抗弁と二重起訴の書き方

ビルのオーナーXの賃料300万円の請求に対し、入居者のデザイン会社Yが報酬債権250万円で相殺を主張する事例を素材に、同じ債権を相殺の抗弁と別の訴えの両方に使えるかを、報酬の訴えが先の場面・報酬の一部だけを訴えている場面・相殺の抗弁が先の場面の3つに分けて、142条の趣旨から答案の順に確かめ、反訴という出口まで見ます。

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ゼロから民事訴訟法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事例

X・Yと、賃料債権・報酬債権 図:X・Yと、賃料債権・報酬債権

登場するのは、ビルのオーナーのXと、そのビルの事務所に入居している、デザイン会社のYです。令和6年4月1日に、Xは、Yに事務所を貸しました。賃料は、月額30万円で、毎月末日払いです。Xは、令和7年4月分から令和8年1月分までの、10か月分の賃料、合計300万円が未払いだと言います。最後の月の弁済期は、令和8年1月31日です。これが、オーナーのXがデザイン会社のYに持つ、賃料債権です。一方、令和7年3月に、Xは、ビルのエントランスの内装デザインを、報酬250万円で、Yに頼みました。Yは、同年6月に完成させて、引き渡しました。弁済期は令和7年7月31日で、Yは、Xが払っていないと言います。これが、デザイン会社のYがオーナーのXに持つ、報酬債権です。

債権と訴訟|賃料債権と報酬債権 図:債権と訴訟|賃料債権と報酬債権

二つの債権と、二つの訴訟を整理します。賃料債権は、オーナーのXがデザイン会社のYに持つ300万円で、Xが、その支払を求めて、A地方裁判所に起こす訴えを、賃料訴訟と呼びます。報酬債権は、デザイン会社のYがオーナーのXに持つ250万円で、Yが、その支払を求めて、B地方裁判所に起こす訴えを、報酬訴訟と呼びます。相殺をするのは、Yだけです。賃料訴訟で、Yが、自分の報酬債権を持ち出して、Xの賃料債権とぶつけ、同じ額のところまで、互いに消します。これが相殺です。このとき、消される側の賃料債権が受働債権、ぶつける側の報酬債権が自働債権です。民法505条1項の要件は満たしていて、どちらの債権も、弁済期が来ています。Yは、賃料の支払義務そのものも争っていて、そのうえで、念のため、予備的に相殺を主張します。

そうすると、同じ報酬債権が、賃料訴訟では相殺の材料に、報酬訴訟では請求の対象になります。この二重の使われ方が、いつ許されるのかが、ここでの問いです。どちらの訴訟が先に係属したか、つまり、先に裁判所の審理にかかったかで変わりますから、三つの場面を並べます。

3つの場面の時系列 図:3つの場面の時系列

一つめは、報酬訴訟が先に係属した場面です。令和8年2月10日に、デザイン会社のYが、報酬250万円の全額を求める報酬訴訟を、B地方裁判所に起こしました。同年3月10日に、オーナーのXが、賃料訴訟を起こします。同年5月、Yは、賃料訴訟で、報酬債権250万円を自働債権にして、相殺の抗弁を出しました。

二つめは、報酬訴訟が、報酬債権の一部だけを請求している場面です。令和8年2月10日、Yは、報酬訴訟の訴状に、「報酬250万円のうち、本訴ではその一部の100万円を請求する」と、はっきり書いて起こしました。資金繰りのために、当面100万円だけ先に回収したかったからで、この時点で、Xから賃料の請求は、来ていませんでした。同年3月10日に、Xが賃料訴訟を起こし、同年5月、Yは、賃料訴訟で、報酬債権の残りの150万円を自働債権にして、相殺の抗弁を出しました。報酬債権は、一つの請負契約から生じた1個の債権で、100万円と150万円は、その一部と残りです。報酬訴訟は、賃料訴訟が起こされた時も、同年5月にYが相殺の抗弁を出した時も、まだ第1回口頭弁論の前でした。

三つめは、賃料訴訟が先に係属した場面です。令和8年3月10日に、Xが賃料訴訟を起こしました。同年4月、Yは、賃料の存在を争いつつ、予備的に、報酬債権250万円で相殺の抗弁を出します。同年6月、Yは、同じ報酬債権250万円の支払を求める報酬訴訟を、B地方裁判所に起こしました。

問いは、この三つの場面で、Yの相殺の抗弁や、報酬訴訟が許されるか、です。報酬債権や賃料債権が、本当にあるかどうかは、本案の問題で、ここでは問いません。同じ債権を二か所で使うのは、どの場面も、まずいように見えます。三つの場面で違いが出るのは、同じ事件を、二つの裁判で重ねて審理させない、という民事訴訟法142条の考え方が、どこまで及ぶかです。順番を決めるところから、始めます。

検討の順番

142条から、場面ごとの結論まで 図:142条から、場面ごとの結論まで

順番は、まず、142条が直接あてはまるかです。次に、あてはまらないなら、142条の趣旨が及ぶかを考えます。最後に、場面ごとに結論を出し、許されないときの出口まで書きます。条文の文言を先に当てると、直接あてはまらない部分が、そのまま問題の所在になります。そこから趣旨に戻って判断する流れが、答案としていちばん自然です。直接あてはまらないと分かってから、趣旨を考えるわけです。まず、条文を読みます。

条文の読み

142条は、相殺の抗弁にあてはまるか 図:142条は、相殺の抗弁にあてはまるか

相殺の抗弁に、142条が直接あてはまるかを考えます。条文を確認します。

条文民事訴訟法142条

民事訴訟法第142条(重複する訴えの提起の禁止)
裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。

142条は、音読すれば出てくる条文で、条文どおりの成立要件です。答案には、条文番号を示せば足ります。要件は二つです。係属する事件があること。そして、その事件について、更に訴えを提起したことです。一つずつ、当てます。

まず、更に訴えを提起したか、です。報酬訴訟が先に係属している、一つめの場面と、二つめの場面で、Yが賃料訴訟で相殺の抗弁を出すことは、新しい訴えを起こすことではありません。賃料訴訟の中で、Xの請求に対抗する、防御の方法です。ですから、訴えの提起にあたりません。

次に、係属する事件と同じ事件か、です。賃料訴訟が先に係属している、三つめの場面では、Yは、報酬訴訟という訴えを、実際に起こしています。ただ、先に係属している賃料訴訟の事件は、賃料債権の請求です。報酬債権は、賃料訴訟では、相殺の抗弁の材料にすぎず、請求の対象として係属してはいません。事件が同じかどうかは、当事者の同一性と、審判対象の同一性で判断しますから、賃料債権と報酬債権で審判対象が違う以上、同じ事件ではありません。

もっとも、142条が直接あてはまらなくても、相殺の抗弁が142条の問題から外れるわけではありません。ここで、もう一つの条文が効いてきます。

条文民事訴訟法114条2項

民事訴訟法第114条第2項(既判力の範囲)
相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

114条2項です。これも、条文どおりの成立要件です。意味は、こうです。賃料訴訟で、Yが報酬債権250万円を持ち出し、裁判所がそれを判断したら、報酬債権があるか、ないかの判断に、判子が押されます。訴えていないのに、既判力が生じるのです。そうすると、同じ報酬債権が、賃料訴訟では、既判力の生じる判断の対象になり、報酬訴訟でも、判断の対象になります。審理が重なり、食い違う判断が並ぶおそれがあります。これは、142条が防ぎたい事態と、同じ種類です。そこで、問題の所在は、142条は直接あてはまらないが、その趣旨が及ぶか、になります。

この場面を、類推適用という言い方で習うことがあります。しかし、判決の言葉は、趣旨に反する、趣旨を及ぼす、です。類推適用とは、述べていません。ですから、答案には、直接あてはまらないが、趣旨が及ぶか、と書きます。

別訴先行型

報酬訴訟が先に係属している場面 図:報酬訴訟が先に係属している場面

一つめの場面です。報酬訴訟が先に係属していて、Yが、あとから賃料訴訟で、同じ報酬債権250万円を自働債権にして、相殺の抗弁を出しました。すでに係属している訴訟で、請求の対象、つまり訴訟物になっている債権を、別の訴訟で自働債権に使うこの形を、別訴先行型と呼びます。問題は、Yの相殺の抗弁が、142条の趣旨に反しないか、です。規範を確かめます。

規範と答案の型|別訴先行型 図:規範と答案の型|別訴先行型

規範は、こうです。重複起訴の禁止の趣旨は、審判の重複による不経済、既判力の抵触の可能性、被告の応訴の負担の防止にあります。相殺の抗弁は訴えではありませんが、自働債権の成立又は不成立の判断が、相殺をもって対抗した額について既判力を有するので、この趣旨が及びます。したがって、係属中の、別訴において訴訟物となっている債権を、自働債権として、他の訴訟において、相殺の抗弁を主張することは、許されません。趣旨の三つのうち、被告の応訴の負担は、判決が挙げたものではなく、学説の整理です。

判例最判平成3・12・17 民集45巻9号1435頁

最高裁判所判決(別に請求中の売買代金債権を、控訴審で相殺の抗弁に使った事件)
係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されないと解するのが相当である

これが、判決の原文です。別に請求している売買代金債権を、控訴審で相殺の抗弁に使った事件で、最高裁は、許されない、と述べました。理由の部分は、この判決の続きと、のちの別の事件の判決が、述べています。

判例最判平成10・6・30 民集52巻4号1225頁

最高裁判所判決(一部だけ請求している債権の残りを、別の訴訟の相殺に使えるかが争われた事件)
…審理の重複による無駄を避けるとともに、同一の請求について異なる判決がされ、既判力の矛盾抵触が生ずることを防止する点にある。そうすると、自働債権の成立又は不成立の判断が相殺をもって対抗した額について既判力を有する相殺の抗弁についても、その趣旨を及ぼすべきことは当然であって、既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することが許されないことは、原審の判示するとおりである

こちらの判決は、142条の趣旨として、審理の重複による無駄を避けること、既判力の矛盾抵触を防止することを挙げ、自働債権の判断が既判力を有する相殺の抗弁にも、その趣旨を及ぼすべきだ、と言います。ここが、直接あてはまらない142条の趣旨が、相殺の抗弁に及ぶ、決め手の部分です。

どこまでがこの規範にあたるのか、境界を、例で見ます。Yが相殺に使うのが、報酬訴訟で請求している、その同じ250万円なら、規範にあたります。けれども、たとえば、報酬訴訟では請求していない、まったく別の仕事の報酬債権なら、二つの訴訟で重なる債権がありませんから、規範は及びません。決め手は、同じ債権が、二つの訴訟に出ているかどうかです。

あてはめ、報酬訴訟が先の場合 図:あてはめ、報酬訴訟が先の場合

あてはめます。Yが賃料訴訟で相殺に使うのは、報酬債権250万円で、その同じ250万円を、Yは、すでに報酬訴訟で請求しています。報酬訴訟は、B地方裁判所に係属中です。同じ債権が、報酬訴訟では訴訟物に、賃料訴訟では自働債権に、なっていて、審理が二重になります。引渡しの完成度や報酬額を、二か所で調べることになるからです。賃料訴訟で相殺が判断されれば、対抗した額250万円の判断に既判力が生じ、報酬訴訟の判決と食い違うおそれがあり、Xも、二か所で応訴します。したがって、係属中の別の訴訟で訴訟物となっている債権を、自働債権とする相殺の抗弁にあたり、許されません。相殺が使えませんから、賃料訴訟では、その賃料債権300万円の存否だけが判断されます。300万円から250万円を引いて、50万円に減ることは、ありません。ただし、相殺に使えないだけで、報酬債権そのものは消えず、報酬訴訟で、請求を続けられます。

二つの裁判を、同じ裁判所に併合してもらえばよいのではないか、という疑問が出ます。しかし、二つの事件を、一つにまとめて審理する、併合審理でも、許されないという結論は同じだ、と判決は述べています。

判例最判平成3・12・17 民集45巻9号1435頁

最高裁判所判決(相殺の抗弁が控訴審で初めて出され、両方の事件が併合審理された事件)
…既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出する場合にも同様に妥当するものであり、このことは右抗弁が控訴審の段階で初めて主張され、両事件が併合審理された場合についても同様である

判決は、相殺の抗弁が控訴審で初めて主張され、両方の事件が併合審理された場合も、同様だと述べています。併合すれば許される、とは書けません。

もっとも、反対の見方もあります。相殺には、相手方と簡易に決済できる、担保的な機能があり、それを軽く見ているという指摘です。また、予備的な相殺の抗弁は、審理の順序が決まっていて、自働債権が必ず判断されるとは限らないので、既判力の抵触を心配しすぎだ、という指摘もあります。それでも、同じ250万円が、両方の訴訟でまるごと重なる以上、判断が食い違うおそれは残ります。ですから、答案では、許されないと書きます。

一部請求の残部

報酬訴訟が、一部だけの場合 図:報酬訴訟が、一部だけの場合

債権の一部だけを請求する訴えを、一部請求と呼びます。一部だと明示して訴えたときは、明示した一部だけが、訴訟物になります。既判力も、その一部にだけ及んで、残りの部分には及びません。二つめの場面は、この一部請求が、報酬訴訟の側にあるときです。報酬訴訟は、報酬250万円のうち、100万円だけを明示して請求していて、Yは、賃料訴訟で、その残りの150万円を自働債権にして、相殺の抗弁を出しました。別訴先行型の場面と違って、残部の150万円は、報酬訴訟の訴訟物に入っていません。それでも、142条の趣旨に反しないでしょうか。規範を確かめます。

規範と答案の型|一部請求の残部による相殺 図:規範と答案の型|一部請求の残部による相殺

規範は、こうです。一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合において、その債権の残部を自働債権として、他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは、債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り、許されます。理由は、相殺の抗弁が、訴えの提起と異なり、相手方の提訴を契機として防御の手段として提出されるもので、相手方の訴求する債権と、簡易迅速かつ確実な決済を図る機能を持つからです。

判例最判平成10・6・30 民集52巻4号1225頁

最高裁判所判決(一部だけ請求している債権の残りを、別の訴訟の相殺に使えるかが争われた事件)
一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合において、当該債権の残部を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは、債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り、許されるものと解するのが相当である

判例最判平成10・6・30 民集52巻4号1225頁

最高裁判所判決(一部だけ請求している債権の残りを、別の訴訟の相殺に使えるかが争われた事件)
こと相殺の抗弁に関しては、訴えの提起と異なり、相手方の提訴を契機として防御の手段として提出されるものであり、相手方の訴求する債権と簡易迅速かつ確実な決済を図るという機能を有するものであるから、一個の債権の残部をもって他の債権との相殺を主張することは、債権の発生事由、一部請求がされるに至った経緯、その後の審理経過等にかんがみ、債権の分割行使による相殺の主張が訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存する場合を除いて、正当な防御権の行使として許容されるものと解すべきである

この二つが、判決の原文です。別訴先行型のところで、142条の趣旨の部分を読んだのと、同じ判決です。注意点が三つあります。一つめ。判決は、上の引用のほかに、まず、分割して行使された債権は、実質的な争点が共通で、審理の重複が避けにくく、事実上の判断が食い違う可能性もあるから、残部での相殺が当然に許されるわけではない、と述べています。ですから、一部請求なら必ず許される、とは書けません。二つめ。そのうえで、相殺は防御の手段で、簡易迅速な決済の機能があるから、発生事由、一部請求に至った経緯、その後の審理経過を見て、特段の事情がなければ許されます。三つめ。この事件で最高裁が相殺を許すと判断したのは、数量的な一部の残りではなく、別の種類の損害による相殺でした。判決の一般論は、残部と広く述べていますから、本設例のような数量的な一部と残りにも及ぶと考えられます。

別訴先行型は許されないのに、残部だと許されるのは、なぜでしょうか。相殺が、Xの賃料請求を契機とした防御で、簡易に決済できる価値があることは、別訴先行型でも同じでした。違いは、反対側にある弊害の大きさです。別訴先行型では、同じ250万円が報酬訴訟の訴訟物になっていますから、既判力のある判断が二つ出て、正面から食い違うおそれがありました。残部の150万円は、報酬訴訟の訴訟物に入っていませんから、既判力は抵触しません。残る弊害は、審理が一部重なることと、事実上の判断がずれる可能性にとどまります。弊害がここまで小さくなるので、相殺の価値のほうが、重く見られます。ただし、境界があります。賃料請求を見越して、相殺だけを狙って、報酬債権をあえて二つに割ったのなら、濫用が問題になる、と考えられます。

あてはめ、残部150万円の相殺 図:あてはめ、残部150万円の相殺

あてはめます。まず、明示です。報酬訴訟の訴状には、「報酬250万円のうち、本訴ではその一部の100万円を請求する」と書いてあり、一部請求だと明示されています。ですから、報酬訴訟の訴訟物は、100万円だけです。その残りの150万円は、訴訟物に入らず、既判力が抵触することはありません。

次に、特段の事情を、三つの視点で拾います。発生事由は、一つの請負契約から生じた1個の報酬債権で、100万円と150万円は、その一部と残りです。経緯は、Yが、資金繰りのために、当面は、100万円を先に回収したかった、というもので、提訴の時点で、Xから賃料の請求は、来ていませんでした。賃料訴訟は、報酬訴訟のあとに起こされていて、Yは、賃料の請求を見越して、債権を割ったのではありません。審理経過は、Yが相殺の抗弁を出した時点でも、報酬訴訟が、まだ第1回口頭弁論の前だった、というものです。報酬訴訟の審理が進んだあとで、残部を持ち出して、争いを蒸し返した、という経過ではありません。

争点は共通で、審理の重複は、多少避けられません。けれども、相殺は、Xの賃料請求を契機とした防御で、賃料300万円から150万円を、簡易に差し引けます。分割行使に、濫用といえる事情は見当たらず、特段の事情はありません。したがって、Yの、残りの150万円による相殺の抗弁は、許されます。認められれば、賃料訴訟は、300万円から150万円を引いた、150万円をYが払う判決に、報酬訴訟は、100万円をXが払う判決になります。150引く100で、差し引き、Yが50万円を払う計算です。全額の250万円で相殺した場合の、300引く250の50万円と、同じです。

抗弁先行型

賃料訴訟が先に係属している場面 図:賃料訴訟が先に係属している場面

別訴先行型は、許されない、でした。では、順序が逆で、相殺の抗弁を出したあとに、同じ債権を請求する別の訴えを起こしたら、同じ結論でよいのでしょうか。順番が違うだけで、同じ債権を二か所で使うことは同じですから、結論の方向は、別訴先行型と同じく、許されない側になりそうです。ただ、別訴先行型の判例を、そのまま使うことはできません。この順序の場面には、最高裁の判例が見当たらないからです。

三つめの場面です。賃料訴訟が先に係属していて、Yは、令和8年4月に、報酬債権250万円で相殺の抗弁を出し、同年6月に、同じ報酬債権250万円を求める報酬訴訟を、B地方裁判所に起こしました。この形を、抗弁先行型と呼びます。142条は、直接あてはまりません。報酬債権は、賃料訴訟に係属していないからです。そこで、趣旨が及ぶかが問題になります。下級審の裁判例も、見解が統一されていません。学説も、分かれています。別訴先行型と抗弁先行型の両方を許す見方、両方を許さない見方、抗弁先行型では別の訴えを許さず、反訴に限る見方があります。反訴は、被告が、同じ手続の中で、原告に対して起こす訴えです。

判例がなく、見方が分かれているときは、どれか一つを選んで、自分で規範を立て、理由を書きます。ただし、判例の言葉と、自分の考えは、はっきり分けます。答案には、最高裁の判例は見当たらない、と示したうえで、「と考える」と結びます。

規範と答案の型|抗弁先行型 図:規範と答案の型|抗弁先行型

規範です。ここは、判例の規範では、ありません。考え方です。抗弁先行型でも、自働債権の判断には、対抗した額について既判力が生じます。審理の重複と、応訴の負担も生じます。ですから、142条の趣旨が及ぶと解し、別訴は許されないと考えます。そのうえで、Yは、相殺の抗弁を維持したまま、強制執行のもとになる債務名義が欲しければ、同じ手続の中に、反訴で請求する道があると考えられます。ですから、相殺への期待は損なわれません。

もっとも、相殺の抗弁は予備的で、賃料債権が認められなければ、自働債権は判断されません。それでも別の訴えを封じるのか、というのが、反対の見方です。既判力が生じるかどうかが不確定なのだから、別の訴えまで封じるべきでない、という考えです。これに対する批判は、既判力が生じる可能性が残る以上、食い違いのおそれは否定できず、不確定でも防ぐ必要がある、というものです。答案には、この批判を添えて、規範の理由づけとして書きます。

理由づけを、三つの利益と突き合わせて確かめます。一つめは、相殺への期待の保護です。Yは、抗弁として相殺を維持できますから、保たれます。二つめは、債務名義を取る利益です。いま述べた反訴の道があると考えられますから、取る道は残ります。三つめは、相手方との衡平です。Xが、同じ報酬債権について、二か所で応訴するのは、不公平です。反訴なら、Xが応じる場所は、A地方裁判所の一か所で済みます。

境界も、見ておきます。Yが報酬訴訟で請求するのが、相殺の抗弁に使った、まさにその250万円なら、この考え方にあたります。仮に、抗弁に使っていない別の債権なら、重なりがありませんから、この考え方は及びません。

あてはめ、抗弁先行型 図:あてはめ、抗弁先行型

あてはめます。事実は、この節の初めに見た三つめの場面のとおりで、賃料訴訟での相殺の抗弁が先、報酬訴訟があとです。Yは、賃料の存在も争っていて、相殺の抗弁は、予備的です。同じ250万円が、賃料訴訟では自働債権として、既判力の生じうる判断の対象に、報酬訴訟では訴訟物に、なっています。判断が食い違うおそれがあり、Xは、二か所で応訴します。

数字で見ると、ずれの大きさが分かります。賃料訴訟で250万円が相殺されれば、300引く250で、Yが50万円を払います。さらに、報酬訴訟でも250万円が認められれば、Xが250万円を払います。差し引きで、Xが200万円を払う形になり、Yが、同じ250万円を二重に取ることになります。

一方、Yは、相殺の抗弁を維持したまま、債務名義が欲しければ、賃料訴訟と同じ手続の中に、反訴で請求する道があると考えられます。ですから、相殺への期待は、損なわれません。したがって、趣旨が及び、報酬訴訟は、許されないと考えられます。最高裁の判例は見当たらず、見解が分かれる領域ですから、答案では、判例がないことを示して、理由づけで書き切ります。

3つの場面の対比 図:3つの場面の対比

三つの場面を並べます。分かれ目は、自働債権が二つの訴訟で重なっているかどうかと、結論の根拠が判例か、考え方か、です。別訴先行型と抗弁先行型は、250万円がまるごと重なりますが、前者は判例があり、後者は判例が見当たりません。一部請求の残部は、残りの150万円が重ならず、判例が、特段の事情がない限り許される、としています。

出口

反訴なら、142条に反しないのはなぜか 図:反訴なら、142条に反しないのはなぜか

Yの報酬債権250万円は、賃料訴訟で、相殺の抗弁に使われています。これを反訴で請求するなら142条に反しないのはなぜか、を確かめます。

報酬訴訟が許されなくても、反訴なら同じ手続に入る 図:報酬訴訟が許されなくても、反訴なら同じ手続に入る

反訴なら142条に反しないのは、同じ手続の中に入って、係属は、一つのままだからです。審理の重複、既判力の抵触、応訴の負担という三つの弊害が、起きにくくなります。ですから、Yは、報酬訴訟が許されなくても、報酬債権そのものは失いません。出口があります。条文を確認します。

条文民事訴訟法146条1項

民事訴訟法第146条(反訴)第1項
被告は、本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求を目的とする場合に限り、口頭弁論の終結に至るまで、本訴の係属する裁判所に反訴を提起することができる。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
一 反訴の目的である請求が他の裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属するとき。
二 反訴の提起により著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき。

146条1項です。被告は、本訴の目的である請求や防御の方法と関連する請求であれば、口頭弁論の終結に至るまで、本訴の係属する裁判所に、反訴を提起できます。本訴は、もとの訴えのことです。これも、条文どおりの成立要件です。あてはめます。Yは、賃料訴訟の被告です。報酬債権の請求は、Yが出した、相殺の抗弁という防御の方法と関連し、提起する先は、賃料訴訟の係属するA地方裁判所で、口頭弁論の終結前です。専属管轄に属する事情や、手続を著しく遅らせる事情も、事例にありません。したがって、Yは、A地方裁判所に、反訴として、報酬債権を請求できます。同じ手続に入るので、審理は、一つで済み、既判力の食い違いも起きにくいと考えられます。

反訴で請求するとき、相殺の抗弁のほうを撤回しなければならないわけではなく、撤回せずに、反訴を出せると考えられます。手がかりは、本訴と反訴の間の相殺についての、最高裁の判決です。最高裁は、本訴と反訴が係属している間に、反訴の請求債権を自働債権として、本訴の請求債権と相殺する抗弁を出すことは、禁じられない、と述べました。反訴を起こした当事者が、別の意思を示さない限り、相殺について判断が示された部分は、反訴では請求しない、という趣旨の、予備的な反訴に変わるので、同じ債権が二重に判断されることはなく、重複起訴の問題は生じない、というのが理由です。ただ、これは、反訴を提起したあとに相殺を出す順序の事案で、先に相殺の抗弁を出してから反訴を起こす順序を、直接判断した判決ではありません。ですから、反訴の道は、考え方として書きます。

もう一つ、最高裁は、請負代金を求める本訴と、瑕疵修補に代わる損害賠償、つまり、仕事の欠陥を直す代わりの賠償を求める反訴が係属している事件で、本訴の請負代金債権を自働債権にして、反訴の請求と相殺する抗弁を、許しました。二つの債権は、互いに差し引いて清算することが強く求められる関係にあり、裁判所は、弁論を分離できない、つまり、二つの審理を切り離せないので、併合して審理される限り、142条の趣旨に反しない、というのが理由です。反訴のあとの弁論の分離は、一般には裁判所の裁量ですから、この場面に限った判断です。別の裁判所の別の訴えを許す判断ではなく、別訴先行型の結論は、変わりません。

結論です。Yは、報酬債権を、賃料訴訟の中に、反訴として出します。別の裁判所に、別の訴えとして出すことは、しません。

まとめ

完成答案:第1 別訴先行型(問題の所在・規範) 図:完成答案:第1 別訴先行型(問題の所在・規範)

こちらが、完成答案です。第1は、報酬訴訟が先に係属している場面で、まず、問題の所在と、規範です。142条は直接あてはまらない、と書いたうえで、趣旨が及ぶか、に進む流れになっています。図と同じ文面を、本文でも置きます。

第1 Yが賃料訴訟で、報酬債権による相殺の抗弁を出すことは許されるか

1 問題の所在

 報酬債権250万円は、Yが提起した報酬訴訟(B地方裁判所)で請求されており、先に係属している。相殺の抗弁は防御の方法であって訴えの提起ではなく、重複起訴を禁止する民事訴訟法142条は直接あてはまらない。しかし、自働債権の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する(同法114条2項)。そこで、142条の趣旨が及ぶかが問題となる。

2 規範

 142条の趣旨は、審判の重複による不経済、既判力の抵触の可能性、被告の応訴の負担の防止にある。相殺の抗弁も、自働債権の判断に既判力が生じるから、この趣旨が及ぶ。したがって、係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは、許されない(最判平成3年12月17日)。

完成答案:第1 別訴先行型(あてはめ・結論) 図:完成答案:第1 別訴先行型(あてはめ・結論)

第1の続きで、あてはめと結論です。報酬債権が二つの訴訟に出ている事実、審理の重複と既判力の抵触、結論の順に拾っています。

3 あてはめ

 (1)報酬債権250万円は、報酬訴訟(B地方裁判所)で訴訟物となり、係属中である。Yが賃料訴訟で自働債権とするのは、同じ報酬債権250万円である。

 (2)同じ債権が二つの訴訟に出ており、審理が二重になる。賃料訴訟で相殺が判断されれば、対抗した額250万円の判断に既判力が生じ、報酬訴訟の判決と食い違うおそれがある。Xも、同じ報酬債権について2か所で応訴することになる。

4 結論

 よって、Yの相殺の抗弁は許されない。

 ⇒ 別訴で係属中の債権→相殺の抗弁は許されない

完成答案:第2 一部請求の残部(問題の所在・規範) 図:完成答案:第2 一部請求の残部(問題の所在・規範)

第2は、報酬訴訟が一部に限られている場面で、まず、問題の所在と、規範です。判例の一般論が、特段の事情という枠で結ばれ、理由が最後に置かれています。

第2 報酬訴訟が一部の100万円に限って係属しているとき、残部150万円による相殺の抗弁は許されるか

1 問題の所在

 報酬訴訟の訴訟物は、明示された100万円のみであり、残部150万円は訴訟物に入っていない。それでも、142条の趣旨に反しないかが問題となる。

2 規範

 一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合において、当該債権の残部を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは、債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り、許される(最判平成10年6月30日)。相殺の抗弁は、相手方の提訴を契機として防御の手段として提出されるものであり、簡易迅速かつ確実な決済を図るという機能を有するからである。

完成答案:第2 一部請求の残部(あてはめ・結論) 図:完成答案:第2 一部請求の残部(あてはめ・結論)

第2の続きで、あてはめと結論です。明示と、特段の事情の三つの視点が、それぞれ事実に対応しています。結論が、許される、であっても、特段の事情の検討は省いていません。

3 あてはめ

 (1)報酬訴訟の訴状には「報酬250万円のうち、本訴ではその一部の100万円を請求する」と明示されている。したがって、訴訟物は100万円のみで、残部150万円は訴訟物に入らず、既判力の抵触は生じない。

 (2)特段の事情の有無を検討する。発生事由は、一つの請負契約から生じた1個の報酬債権の一部と残りである。一部請求の経緯は、資金繰りのため当面100万円の回収を求めたもので、提訴時にXから賃料の請求は来ておらず、賃料訴訟は報酬訴訟のあとに提起された。相殺の抗弁を出した時点でも、報酬訴訟は第1回口頭弁論の前であった。審理の重複は避けられないが、相殺は賃料請求を契機とする防御手段で、簡易迅速に決済でき、相殺を狙った分割行使といえる事情はない。

4 結論

 よって、特段の事情はなく、残部150万円による相殺の抗弁は許される。

 ⇒ 特段の事情なし→相殺の抗弁は許される

完成答案:第3 抗弁先行型(問題の所在・規範) 図:完成答案:第3 抗弁先行型(問題の所在・規範)

第3は、相殺の抗弁を出したあとに、報酬訴訟を起こした場面で、まず、問題の所在と、規範です。最高裁の判例は見当たらない、という一文が、規範の前に入っています。そこが、判例の部分と、考え方の部分の分かれ目です。

第3 賃料訴訟で相殺の抗弁を出したあとに提起した報酬訴訟は許されるか

1 問題の所在

 報酬債権250万円は、賃料訴訟では相殺の抗弁として主張され、報酬訴訟では訴訟物とされている。賃料訴訟に係属する事件は賃料債権の請求であり、報酬債権は係属していないから、142条は直接あてはまらない。この場面について、最高裁の判例は見当たらないが、142条の趣旨が及ぶかが問題となる。

2 規範

 自働債権の判断には、相殺をもって対抗した額について既判力が生じ(114条2項)、審理の重複と応訴の負担も生じるから、142条の趣旨が及ぶと解し、別訴は許されないと考える。相殺の抗弁を維持したまま、債務名義が欲しければ同じ手続の中に反訴で請求する道があると考えられるから、相殺への期待は損なわれない。

完成答案:第3 抗弁先行型(あてはめ・結論) 図:完成答案:第3 抗弁先行型(あてはめ・結論)

第3の続きで、あてはめと結論です。数字で、二重に使われるずれを示し、反訴の道まで書いて、結論に至ります。

3 あてはめ

 (1)Yは、令和8年4月に賃料訴訟で報酬債権250万円による相殺の抗弁を出し、同年6月に同じ報酬債権250万円を求める報酬訴訟を提起した。

 (2)同じ250万円が、賃料訴訟では自働債権として既判力の生じうる判断の対象となり、報酬訴訟では訴訟物となっており、審理が重なり、判断が食い違うおそれがあって、Xは2か所で応訴することになる。賃料訴訟で相殺が認められればYが50万円を払い、報酬訴訟でも認められればXが250万円を払うことになり、Yが同じ250万円を二重に取る形になる。

 (3)Yは、相殺の抗弁を維持したまま、146条1項により、賃料訴訟の係属するA地方裁判所に反訴として請求する道があると考えられるから、相殺への期待は損なわれない。

4 結論

 よって、報酬訴訟は許されないと考える。Yは、報酬債権を反訴で請求すべきである。

 ⇒ 趣旨が及ぶ→別訴は許されない→反訴で請求

参照条文

  • 民事訴訟法142条
  • 民事訴訟法114条2項
  • 民事訴訟法146条1項

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