民訴ゼロから民事訴訟法 論文

訴訟上の和解の既判力と争い方の書き方

看板の事故の損害賠償訴訟で、解決金を保険金で賄えると思って和解した被告のYが、保険の対象外と知って和解を取り消し、預金の差押えを申し立てられた事例を素材に、和解に既判力が生じるか、保険についての勘違いが取消しの原因になるか、取消しをどの手続で主張し差押えにどう対処するかを、答案の順に確かめます。

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ゼロから民事訴訟法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事例

看板の事故をめぐる、原告のXと被告のY 図:看板の事故をめぐる、原告のXと被告のY

登場するのは、隣どうしで店を営む2人です。自転車店を営む原告のXと、隣でカフェを営む被告のYです。どちらも個人事業主で、弁護士は付けず本人で訴訟をしています。令和7年10月20日の月曜日に強風で、Yのカフェの前に出ていた大型のスタンド看板が倒れました。Xの店先に展示していた電動アシスト自転車が1台壊れて、修理もできません。令和8年1月15日に、原告のXは被告のYに対して、損害賠償として180万円の支払を求め、地方裁判所に訴えを起こしました。内訳は、展示中の自転車の時価120万円と、休業の損害60万円です。被告のYは、看板は重りで固定していた、強風は予見できなかったと言って争いました。

この事例では、2人の間の関係が3つ出てきます。1つめは、被告のYから原告のXへの、130万円を支払うという和解です。和解は、互いに譲歩して争いをやめる合意です。2つめは、被告のYから原告のXへの、和解を取り消すという書面です。3つめは、原告のXから被告のYへの、預金の差押えです。時間の順に、1つずつ見ていきます。

時系列(1):事故から和解まで 図:時系列(1):事故から和解まで

まず、被告のYの保険です。Yは店舗総合保険に入っていて、代理店はZです。この保険は令和7年4月1日の更新で、施設賠償責任の特約が外れていました。ところが、Zは更新のときにそのことをYに伝えていません。事故が令和7年10月20日で、提訴が令和8年1月15日です。令和8年6月9日、Yは看板の件は保険で出るかとZに問い合わせました。Zは、特約が付いているので対象になる、と誤って答えました。そして6月23日の和解期日で和解が成立しました。裁判所書記官が電子調書を作成して、ファイルに記録しています。なお、Zは和解の当事者ではありません。

事実の整理:ア・イ・ウ 図:事実の整理:ア・イ・ウ

和解の中身を、記号で整理します。事実アは、和解条項です。条項は2つあります。1つめは、YがXに対し、解決金の130万円を令和8年8月28日までに支払うこと。2つめは、Xがその余の請求を放棄することです。請求は180万円でしたから、Xが放棄したのは差額の50万円分です。電子調書に、保険の記載はありません。

事実イは、和解の席でのやりとりです。Yは、解決金は保険金で賄えるのでそのつもりで応じると述べました。Xも、保険から出るならと応じました。調書には載っていない口頭のやりとりです。Yには、自己負担で130万円を払うことになるなら和解には応じなかった、という事情があります。Yは、保険が出ると思ったから、130万円で手を打った、ということです。

事実ウは、訴訟で争われていた中身です。Yに損害賠償責任があるか、あるならいくらかでした。

時系列(2):和解のあと 図:時系列(2):和解のあと

和解のあとの経過です。令和8年8月4日に、保険会社が、特約は更新時に外れていて本件事故は対象外だとYに通知しました。Yはここで初めて知りました。8月11日に、Yは錯誤、つまり勘違いを理由に和解を取り消す旨の書面をXに送りました。この書面は、同じ日にXに届いています。8月28日の支払期限に、Yは支払いませんでした。9月15日に、Xは和解調書(電子調書の記録事項証明書)を債務名義として、Yの預金債権の差押えを申し立てました。現在は9月18日です。

事実の整理:エ・オ・カ・キ 図:事実の整理:エ・オ・カ・キ

続きの事実を整理します。事実エは、Yが確認できなかった事情です。Zは、特約が付いていると誤って答えました。Yは更新後の保険証券や特約の有無を自分では確認していません。確認できる書面は、Zから送られていませんでした。事実オは、8月4日に初めて知ったYが、8月11日に取消しの書面をXに届けたことです。事実カは、Yが支払期限に払わずに、Xから預金の差押えを申し立てられたことです。事実キは、Yの望みです。和解を白紙に戻して、賠償責任の有無から争い直したい。同時に、預金の差押えを止めたい、というものです。Yは、責任の有無から、もう一度やり直したいのです。

この事例で問うこと 図:この事例で問うこと

ここまでをまとめます。Yは、錯誤を理由に和解を取り消しました。しかしXは和解調書を持っています。和解には、確定判決と同一の効力があります。Yは、和解に縛られたまま払うしかないのでしょうか。争えるとしたら、どの手段で争えばよいのでしょうか。

条文と検討の順番

和解を争うときの、検討の順番 図:和解を争うときの、検討の順番

検討の順番は、次の4つです。まず、和解の効力は何か。次に、その効力に既判力は含まれるか。そして取消しの原因はあるか。最後に、どの手続で争うかです。答案では、1つめと2つめを第1にまとめ、3つめを第2、4つめを第3として書きます。この順にする理由は、既判力が入口になるからです。既判力は、確定した判断の中身を、もう争い直せなくする力です。これが生じるなら、合意に傷があると言い立てても、取り消せるかを考える前に、主張そのものが入口で遮られてしまいます。だから、まず入口の既判力を確かめます。そのうえで取り消せるかを確かめ、最後にどの手続で主張するかを決めます。差押えを止める手段も、最後の手続の選択で考えます。出発点の条文を開きます。

条文民事訴訟法267条1項

民事訴訟法267条1項(和解の効力)
裁判所書記官が、和解又は請求の放棄若しくは認諾について電子調書を作成し、これをファイルに記録したときは、その記録は、確定判決と同一の効力を有する。

電子調書をファイルに記録すると、その記録が確定判決と同一の効力を持つと書いてあります。和解にも、確定判決と同一の効力が生じる。ここが出発点で、この効力に既判力まで含まれるかが、問題になります。もう1つ、強制執行の条文です。

条文民事執行法22条7号

民事執行法22条7号(債務名義)
強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
七 確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)

強制執行は、債務名義により行います。7号が、確定判決と同一の効力を有するものを挙げています。和解調書は、この7号の債務名義にあたります。だからXは、和解調書をもとにYの預金の差押えを申し立てられたのです。

第1 和解の効力と既判力

和解に既判力があるとしたら 図:和解に既判力があるとしたら

第1の検討です。和解は、267条1項により、確定判決と同一の効力を持ちます。この効力に、既判力まで含まれるでしょうか。既判力は、確定した判断の中身を、当事者も裁判所ももう争い直せなくする拘束力です。では、和解に既判力があるとしたら、Yは錯誤だったと言って和解を争えるでしょうか。既判力は争い直せなくする力ですから、争えなくなります。既判力があると、合意に錯誤があってもそれを理由には争えません。再審事由、たとえば刑事上罰すべき他人の行為による強迫で和解させられたような、限られた極端な場合にしか争えなくなります。話し合いで決めた和解に、そこまでの力を認めてよいのか。そこで、和解に既判力が生じるかが問題となります。

既判力をめぐる3つの説 図:既判力をめぐる3つの説

この問題には、学説が3つあります。答案で使う名前を付けて、順に見ます。

1つめは、無制限説です。和解にも既判力を制限なく認めます。条文が確定判決と同一の効力と書いているので、その文言どおりに考える立場です。和解で終わらせた争いの蒸し返しも、防げます。ただ、合意に錯誤や強迫の傷があっても判決並みに縛られます。Yも再審事由に当たらない限り争えません。

2つめは、否定説です。和解は当事者の合意にすぎず、裁判所が中身を審査して下したものではないから、既判力は認めません。傷があれば、合意の無効や取消しを主張して、争えます。ただ、確定判決と同一の効力という条文の文言から、既判力を除くことになります。

3つめが、制限的既判力説です。和解の記録に既判力は認めます。そのうえで、合意に実体法上の無効や取消しの原因があるときは、既判力は生じないとします。条文どおりに既判力を認めつつ、合意に傷があるときだけ例外にする説です。

答案に書く規範を見ます。

規範と答案の型|和解に既判力は生じるか 図:規範と答案の型|和解に既判力は生じるか

規範は、制限的既判力説で立てます。訴訟上の和解は、確定判決と同一の効力として、既判力を有する。もっとも、和解は当事者間の合意に基づくものであるから、その合意に実体法上の無効又は取消しの原因があるときは、既判力は生じない。これが規範です。

決め手は2つです。1つめは、条文が確定判決と同一の効力と書く以上、和解の記録に既判力を認めるのが素直で、和解で争いを終わらせる実効性も保てることです。2つめは、和解は当事者の合意が拘束力の土台で、判決のように裁判所が内容を審査して下したものではないことです。合意に傷があるのに判決並みに縛るのは重すぎます。無制限説だと、再審事由に当たる極端な場合にしか争えず、硬直します。否定説だと、確定判決と同一の効力という文言から、既判力を削ることになります。制限的既判力説は、条文の文言と、合意という和解の性質の2つを両立させます。

説を選ぶとき、どの説が正しいかを、長くは論じません。制限的既判力説でも否定説でも、取消しが認められるなら争える点は同じです。答案では、選んだ説でこの事例の結論まで書き切ることが大切です。判例は、和解に既判力があるかという一般論を、言葉にしていません。ただ、最高裁判決の次の一文は、制限的既判力説と整合的と言えます。

判例最判昭和33年6月14日(民集12巻9号1492頁)

和解が要素の錯誤で無効なら実質的確定力を持たないとした判決
しかし、原判決は、本件和解は要素の錯誤により無効である旨判示しているから、所論のごとき実質的確定力を有しないこと論をまたない。

引用の中の「原判決」は、最高裁の前の段階の裁判所の判決のことで、引用にあるとおり、この和解は要素の錯誤により無効だと判示していました。「所論」は、上告の理由として出された主張のことです。この最高裁判決は、和解が要素の錯誤で無効なら、実質的確定力、つまり既判力にあたるものは無い、と述べています。旧法の事案ですから、錯誤は無効とされていました。無効の和解を取り消された和解に置き換えて考えるのは、制限的既判力説の整理であって、判決の言葉そのものではありません。

あてはめの前に、取消しの条文を2つ開きます。

条文民法123条

民法123条(取消しの方法)
取り消すことができる行為の相手方が確定している場合には、その取消し又は追認は、相手方に対する意思表示によってする。

取消しは、相手方に対する意思表示でします。

条文民法121条

民法121条(取消しの効果)
取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。

取り消すと、その行為は、初めから無効だったものとみなされます。

あてはめ:和解の既判力 図:あてはめ:和解の既判力

あてはめます。まず、事実アです。令和8年6月23日に、和解が電子調書に記録されました。267条1項により、確定判決と同一の効力が生じ、既判力が生じうる状態です。原則は、既判力ありです。次は、記号が少し飛んで、事実オです。Yは、錯誤を理由に取り消す旨の書面をXに送り、8月11日に届きました。相手方に対する意思表示ですから、123条のとおりです。取消しが認められれば、和解は初めから無効になります。

取消しが認められるかどうかで、既判力の有無が決まります。既判力は、取消しの原因が認められなければ生じ、認められれば生じません。認められれば、Yは再審の訴えによらなくても、和解の効力を争えます。そこで、Yに取消しの原因があるかを、第2の検討で見ます。

第2 取消しの原因(錯誤取消し)

保険で賄えるという勘違いは、取消しの原因か 図:保険で賄えるという勘違いは、取消しの原因か

第2の検討です。Yは、解決金を保険金で賄えると思って和解に応じました。実際は特約が外れていて、保険金は出ません。この勘違いは、和解の取消しの原因になるでしょうか。先に言葉を確認します。錯誤は、現行の民法では、無効ではなく取消しです。95条1項が、取り消すことができる、と書いています。答案は、この現行法の言い方で、取消しと書きます。

では、勘違いなら、何でも取り消せるのでしょうか。そこが問題です。和解は、互いに譲歩して争いをやめる合意です。勘違いと言えば何でも覆せるなら、和解で争いをやめた意味がなくなります。そこで、和解の錯誤取消しに、どんな線引きがあるかが問題となります。条文から確かめます。

条文民法695条

民法695条(和解)
和解は、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる。

和解は、互いに譲歩をして、争いをやめることを約する契約です。続けて696条です。

条文民法696条

民法696条(和解の効力)
当事者の一方が和解によって争いの目的である権利を有するものと認められ、又は相手方がこれを有しないものと認められた場合において、その当事者の一方が従来その権利を有していなかった旨の確証又は相手方がこれを有していた旨の確証が得られたときは、その権利は、和解によってその当事者の一方に移転し、又は消滅したものとする。

言い回しが難しいので、かみ砕きます。争いの目的である権利について、一方が持つ、または相手方が持たないと和解で決めたとします。そのあとで実は逆だったという確証が出ても、その権利は和解によって移転し、または消滅したものとして扱うという条文です。つまり、争いの目的にした事項は、あとで逆の証拠が出ても和解のとおりに確定します。その事項を勘違いしていたと言って取り消せるなら、この条文の意味がなくなります。ここから規範を立てます。

規範と答案の型|和解の錯誤取消し 図:規範と答案の型|和解の錯誤取消し

規範は、和解の確定効の範囲から立てます。確定効とは、696条のように、争いの目的を和解のとおりに確定させる効力です。和解は当事者が互いに譲歩して争いをやめる合意であり、争いの目的である事項は和解によって確定します。したがって、争いの目的である事項についての錯誤を理由に、和解を取り消すことはできません。他方、争いの目的ではなく、和解の前提とされた事情についての錯誤は、民法95条の要件を満たす限り、取消しの原因となります。

争いの目的とは、和解で当事者が互いに譲歩して決着をつけた事項です。前提とは、争いの対象にならず、当事者が当然のこととして和解の基礎にした事情です。決め手は、この確定効の及ぶ範囲です。確定効は、争いにして互いに譲歩した部分にだけ及びます。争いにしていない前提事実まで確定させる理由はなく、前提が違うのにそのまま合意を維持するのは、不公平だからです。

境界を、この事例で確かめます。まず、仮の話です。たとえば、Yが和解のあとで、あの日の強風は予見できない規模だったと分かって、やはり自分に責任はなかったと言い出したとします。責任の有無は、まさにこの訴訟で争い、互いに譲歩して決めた事項です。争いの目的ですから、取り消せません。責任の有無を争ったのに、あとから責任はなかったとは言えない、ということです。他方、この事例で実際にYがした勘違いは、解決金を保険金で賄えるかどうかです。責任の有無とも額とも別の、払うための事情です。争いの目的の外にある和解の前提です。

争いの目的を蒸し返す道は閉じて、前提の勘違いにだけ道を開いておく。それがこの線引きです。

前提の勘違いが取消しの原因になるかは、民法95条の要件で決まります。ここは条文どおりです。

条文民法95条1項・2項

民法95条1項・2項(錯誤)
意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
 一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
 二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。

1項は、錯誤が重要なときに取り消せると定め、2号で、基礎とした事情の認識が真実に反する錯誤を挙げています。2項は、その事情が基礎とされていることが表示されていたときに限る、と定めます。

条文民法95条3項

民法95条3項(錯誤)
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
 一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
 二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。

3項は、重大な過失、つまり普通の人なら気づけたのに、その注意を著しく欠いたときは取り消せないとして、相手方が知っていた場合などを例外にしています。

あてはめ:争いの目的か前提か、基礎事情と表示 図:あてはめ:争いの目的か前提か、基礎事情と表示

あてはめます。まず、争いの目的か、前提かです。争いは、Yに賠償責任があるか、あるならいくらか、でした。保険金で賄えるかは、そこに含まれません。払うための事情ですから、和解の前提です。前提についての錯誤ですから、取消しの原因になりえます。

次に、95条1項2号と2項です。Yは、和解の席で、保険金で賄えると述べ、Xも応じています。基礎とされた事情が表示されていました。実際は特約が外れていました。基礎とした事情の認識が真実に反しています。この2つは満たします。では、和解の席で口に出したことが、調書に無くても大丈夫なのでしょうか。2項が求めるのは、表示されていたことです。調書に書かれていることまでは、条文は求めていません。Yが和解の席で述べ、Xも応じていますから、表示されていたと言えます。

あてはめ:重要性と重大な過失 図:あてはめ:重要性と重大な過失

続けて、95条1項の柱書の重要性です。1項の冒頭の文が求めているとおり、錯誤が、法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要でなければなりません。Yには、自己負担で130万円を払うなら和解には応じなかった、という事情があります。保険で賄える前提が崩れると、和解の中身が大きく変わりますから、重要と言えます。

最後に、3項の重大な過失です。Yは更新後の保険証券や特約の有無を自分では確認していません。ただ、確認しようにも、確認できる書面はZから送られておらず、手元にありませんでした。Zに問い合わせても、誤った回答を受けています。Yが確認を怠ったと評価できる事情がなく、自分で確認しなかったとしても、重大な過失とは言えません。重大な過失がないので、取り消せない場合に当たらず、3項各号の例外を検討する必要はありません。

結論です。Yの錯誤は取消しの原因になります。Yは8月11日に取消しの意思表示をしていますから、和解は初めから無効です。第1のとおり、取消しが認められるなら、和解に既判力は生じません。

射程を一言。たとえば相手にだまされたり脅されたりして和解に応じたなら、民法96条1項で取り消します。錯誤で取り消す場合と、構造は同じです。争いの目的についての勘違いは、先ほどのとおり、取り消せません。では、この取消しをどの手続で主張するか。第3の検討です。

第3 和解を争う手続の選択

Yの2つの望みと、手続の問い 図:Yの2つの望みと、手続の問い

第3の検討です。取消しが認められるとして、それをどの手続で主張するかを決めます。Yの望みは2つです。1つめは、賠償責任の有無から争い直したい。2つめは、預金の差押えを止めたい、です。

では、和解が取り消されたとして、それを主張する手続は、条文のどこに書いてあるのでしょうか。和解の取消しを主張する手続を定めた条文は、見当たりません。書いていません。だから解釈で決めます。取消しの主張はどの手続でできるかが問題となります。手続の根拠になる条文を、2つ開きます。

条文民事訴訟法93条1項

民事訴訟法93条1項(期日の指定)
期日の指定及び変更は、申立てにより又は職権で、裁判長が行う。

期日の指定は、申立てによってもできます。終わったはずの訴訟の期日を指定して、従前の訴訟手続を続けるよう求めるのが、期日指定の申立てです。訴えの取下げの効力を争うときも、再審の訴えを起こさなくても、この期日指定の申立てで元の訴訟に戻れます。同じ期日指定の申立てが、和解でも出てきます。

条文民事執行法35条1項

民事執行法35条1項(請求異議の訴え)
債務名義(第二十二条第二号又は第三号の二から第四号までに掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。

請求異議の訴えは、債務名義による強制執行を許さないことを求める、別の訴えです。和解調書も債務名義ですから、この訴えの対象になります。

手続は、条文を開いた2つのほかに、もう1つあります。和解無効確認の訴えです。条文に定めがなく、和解が無効であることの確認を求める別の訴えです。

規範と答案の型|和解を争う手続の選択 図:規範と答案の型|和解を争う手続の選択

規範は、選択を認める有力な立場で立てます。和解を争う方法について、和解の内容である契約を債務不履行で解除する場合なら新しい訴え、無効や取消しなら期日指定の申立てと整理し、そのうえで無効や取消しは新しい訴えも選べる、とする立場です。規範はこうなります。和解の無効や取消しは、期日指定の申立てによって従前の訴訟の続行を求める方法でも、別訴を提起する方法でも主張することができ、どの方法によるかは当事者が選択できます。別訴とは、和解無効確認の訴えと、請求異議の訴えです。

決め手は3つです。1つめは、和解が初めから無効なら、和解で訴訟が終わるという効果も、なかったことになることです。訴訟は係属したままですから、期日指定の申立てで続けられます。2つめは、新しく訴えを提起する道を閉ざす理由もないことです。3つめは、手続ごとに利点が違うことです。一方に絞るより、事情に応じた選択を当事者に任せるのが妥当です。では、利点は、どう違うのでしょうか。

3つの手続の比較 図:3つの手続の比較

3つの手続を比べます。

まず、期日指定の申立てです。根拠は93条1項です。利点は、従前の訴訟状態や資料をそのまま使えることです。新しく訴状を出す必要もありません。注意は、和解の有効無効を、前の訴訟が係属していた審級で判断することです。和解が控訴審で成立していたなら、有効無効が控訴審で初めて審理される点が、別訴と違います。期日指定の申立てのあと、裁判所が和解の有効無効を審理します。

次に、和解無効確認の訴えです。条文はなく、確認の訴えです。新しい訴訟ですから、三審級を使えます。ただ、確認の利益が問題になります。また、確認の訴えは、差押えの手続に直接働きかける訴えではありません。条文が用意している止め方は、和解の効力がないことを宣言する判決が確定し、その正本を出すことです。民事執行法39条1項2号です。時間がかかります。

最後に、請求異議の訴えです。根拠は民事執行法35条1項で、強制執行を止める直接の手段です。ただ、訴えを起こしただけでは、判決が出るまで執行は進みます。そのあいだ執行を仮に止めてもらうのが、執行停止の申立てです。民事執行法36条1項です。注意は、争点が、和解という債務名義の効力であって、賠償責任の有無そのものを確定する訴訟ではないことです。

あてはめ:賠償責任の有無から争い直したい 図:あてはめ:賠償責任の有無から争い直したい

あてはめます。まずは、事実キの1つめの望み、賠償責任の有無から争い直したい、です。和解は第一審で成立していて、第一審の訴訟資料が揃っています。期日指定の申立てなら、従前の訴訟資料を使えて早く進みます。第一審での和解ですから、審級の利益、つまり第一審から順に裁判所の判断を受けられる利益を失う問題も出ません。だから、期日指定の申立てが適します。

では、期日指定の申立てをすれば、差押えも止まるのでしょうか。止まりません。期日指定の申立ては、元の訴訟を続けてもらう申立てで、差押えの手続には働きかけません。差押えの手続は、和解調書という債務名義があれば進み、和解が取り消されたかどうかをそこでは調べないからです。

あてはめ:預金の差押えを止めたい 図:あてはめ:預金の差押えを止めたい

次に、事実キの2つめの望み、預金の差押えを止めたい、です。ここで使う事実は、記号が1つ戻って、事実カです。9月15日に、預金の差押えが申し立てられています。差押えが進めば、預金が拘束されます。執行を許さないという判決を求めるのが、請求異議の訴えです。判決までのあいだに差押えが進まないよう、Yは、請求異議の訴えを提起して、執行停止も申し立てます。民事執行法35条1項と、36条1項です。差押えを止めたいなら、期日指定の申立てとは別に、請求異議の訴えという道を使うわけです。

では、和解無効確認の訴えは、使わないのでしょうか。選べます。ただ、新しい訴訟になりますし、差押えを止める手段としては請求異議の訴えほど直接ではなく、時間がかかります。Yの望みに照らすと、期日指定の申立てと請求異議の訴えが中心になります。差押えを受けていない段階なら、急いで請求異議を使う必要はありません。和解が控訴審で成立していたなら、期日指定の申立てでは、和解の有効無効が控訴審で初めて審理されますから、別訴との比べ方が変わります。

射程:解除では訴訟は復活しない 図:射程:解除では訴訟は復活しない

最後に、射程を一言。和解の内容である契約を、債務不履行で解除する場合は、取り消す場合とは別です。解除しても、和解で一度終了した訴訟が復活するわけではない、と最高裁は判断しています。この事例のYは、解除ではなく、錯誤による取消しです。取り消せば、和解は初めから無効になる点で、解除とは違います。

結論:Yが採る手続 図:結論:Yが採る手続

結論です。Yは、期日指定の申立てと和解無効確認の訴えと請求異議の訴えのいずれも選べます。そのうえで、賠償責任の有無から争い直すなら、期日指定の申立てです。差押えへの対処は、請求異議の訴えと執行停止の申立てです。決め手は、争い直したいという望みと、和解が第一審で成立している点と、差押えは期日指定の申立てだけでは止まらない点です。

まとめ

完成答案:第1 和解の効力(問題の所在・規範) 図:完成答案:第1 和解の効力(問題の所在・規範)

こちらが、完成答案です。図と同じ文面を、本文でも置きます。それぞれの文面の前に、読むときに見てほしいところを、先に挙げます。第1は和解の効力、既判力の有無です。規範は、アとイの2つに分けて書いてあります。規範の2文めに当たるイで、例外を立てているところを、見てみてください。

第1 和解の効力(既判力の有無)

1 問題の所在

 和解は電子調書に記録され、確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法267条1項)。この効力に既判力は含まれるか。含まれるなら、Yは合意の錯誤を主張して争えなくなるのではないか。そこで、和解に既判力が生じるかが問題となる。

2 規範

 ア 訴訟上の和解は、確定判決と同一の効力(267条1項)として、既判力を有する。

 イ もっとも、和解は当事者間の合意に基づくものであるから、その合意に実体法上の無効又は取消しの原因があるときは、既判力は生じない。条文の文言に沿って紛争解決の実効性を保ちつつ、合意に傷があるときまで判決並みに縛るのは重いからである。

完成答案:第1 和解の効力(あてはめ・結論) 図:完成答案:第1 和解の効力(あてはめ・結論)

第1の続きで、あてはめと結論です。取消しの原因があるかどうかが、結論を分けているところを、確かめてみてください。

3 あてはめ

 (1) 本件和解は、令和8年6月23日、電子調書に記録されたから、確定判決と同一の効力を有し、既判力が生じうる。

 (2) Yは、同年8月11日、錯誤を理由とする取消しの意思表示を書面でXにし、同日到達した(民法123条)。取り消された和解は初めから無効となる(民法121条)。

4 結論

 よって、Yの取消しが認められるなら、和解に既判力は生じず、Yは再審事由に限られず、和解の効力を争える。

完成答案:第2 取消しの原因(問題の所在・規範) 図:完成答案:第2 取消しの原因(問題の所在・規範)

第2は取消しの原因です。ここは問題の所在と規範です。規範は、アとイの2つに分けて書いてあります。争いの目的と和解の前提を分けて、取り消せるものとそうでないものを書いているところを、見てみてください。

第2 取消しの原因(錯誤)

1 問題の所在

 Yは、解決金を保険金で賄えると誤信して和解した。この錯誤は、和解の取消しの原因になるか。和解は争いをやめる合意であり、錯誤で何でも覆せるわけではない。そこで、和解の錯誤取消しの線引きが問題となる。

2 規範

 ア 和解は、当事者が互いに譲歩して争いをやめる合意であり、争いの目的である事項は和解によって確定する(民法695条・696条)。したがって、争いの目的である事項についての錯誤を理由に、和解を取り消すことはできない。

 イ 他方、争いの目的ではなく、和解の前提とされた事情についての錯誤は、民法95条の要件を満たす限り、取消しの原因となる。和解の確定効は、争いにして互いに譲歩した部分にだけ及ぶからである。

完成答案:第2 取消しの原因(あてはめ・結論) 図:完成答案:第2 取消しの原因(あてはめ・結論)

第2の続きで、あてはめと結論です。要件を1つずつ拾って、取消しの原因ありと結論するまでの流れを、確かめてみてください。

3 あてはめ

 (1) 本件の争いは、Yに賠償責任があるか、あるならいくらかであり、解決金を保険金で賄えるかは、そこに含まれない和解の前提である。

 (2) Yは和解の席で保険金で賄えると述べ、Xも応じており、基礎とされた事情が表示されている(民法95条2項)。実際は特約が外れており、認識が真実に反する(同条1項2号)。

 (3) Yは自己負担なら和解に応じなかったから、錯誤は重要である(同条1項柱書)。

 (4) Yは代理店Zに確認して誤回答を受け、自分で確認できる書面もなかったから、重大な過失とは言えない(同条3項)。

4 結論

 よって、Yの錯誤は取消しの原因となる。Yは取消しの意思表示をしたから、和解は初めから無効となり(民法121条)、第1のとおり既判力は生じない。

完成答案:第3 Yが採りうる手続(問題の所在・規範) 図:完成答案:第3 Yが採りうる手続(問題の所在・規範)

第3は手続の選択です。ここは問題の所在と規範です。条文に定めがないことから、選択を認める規範につなげているところを、見てみてください。

第3 Yが採りうる手続

1 問題の所在

 取消し(無効)の主張方法を定めた条文はない。Yは、賠償責任の有無から争い直したい。預金の差押えも止めたい。そこで、どの手続で和解の取消しを主張できるかが問題となる。

2 規範

 ア 和解の無効・取消しは、期日指定の申立て(民事訴訟法93条1項)によって従前の訴訟の続行を求める方法でも、別訴(和解無効確認の訴え・請求異議の訴え)を提起する方法でも主張することができる。

 イ どの方法によるかは当事者が選択できる。和解が初めから無効なら訴訟は係属したままで期日指定ができ、別訴の道を閉ざす理由もなく、各手続の利点も異なるからである。

完成答案:第3 Yが採りうる手続(あてはめ・結論) 図:完成答案:第3 Yが採りうる手続(あてはめ・結論)

第3の続きで、あてはめと結論です。争い直す望みと差押えを止める望みを、別々の手続に当てているところを、確かめてみてください。

3 あてはめ

 (1) 和解は第一審で成立し、第一審の訴訟資料が揃っているから、賠償責任の有無から争い直すには、期日指定の申立てが適する。

 (2) 預金の差押えは、期日指定の申立てだけでは止まらない。そこで、請求異議の訴え(民事執行法35条1項)を提起し、執行停止(民事執行法36条1項)を申し立てる。

4 結論

 よって、Yは、期日指定の申立てで訴訟を続行し、差押えには請求異議の訴えで対処できる。

最後に全体を通して、和解の効力、取消しの原因、手続の選択が、1本の流れでつながっているかを、見直してみてください。

参照条文

  • 民事訴訟法267条1項
  • 民事執行法22条7号
  • 民法123条
  • 民法121条
  • 民法695条
  • 民法696条
  • 民法95条
  • 民事訴訟法93条1項
  • 民事執行法35条1項

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