訴訟契約の書き方
内装工事会社Xと飲食店会社Yが、残代金200万円のうち80万円を払う代わりに残り120万円は訴えないと合意した後、Xが訴えた事例を素材に、明文の無い訴訟上の合意が許される2つの要件、不起訴合意の公序良俗審査、合意に反する訴えの扱い(私法契約説)を答案の順に確認し、自白契約と、裁判所の事実認定を縛る合意との書き分けまで見ます。
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ゼロから民事訴訟法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
事例
図:原告のX、被告のY
事例から入ります。登場するのは、店舗の内装工事をする会社で原告のXと、飲食店を営む会社で被告のYです。Xは、Yの店の厨房の改装工事を、代金600万円で請け負い、工事を終えて引き渡しました。Yは400万円を支払いましたが、残りの200万円は、資金繰りが苦しいとして払っていません。工事の出来も、代金の額も、残りが200万円であることも、争いはありません。引き渡しから2か月ほどたった秋に、XとYは、それぞれの代理人の弁護士を通じて話し合い、1通の合意書を作りました。両社の代表者が、署名押印しています。
図:合意書
合意書の中身は、2つです。Yは残りの代金のうち80万円を払う。Xは、残る120万円について、訴えを起こさない。要するに、確実な80万円を早く受け取る代わりに、残りは裁判で取り立てない、という約束です。ただし、120万円の債務そのものは、免除されていません。Yが自分から払うのは自由です。合意書を作るとき、Xは、訴えを起こす道を手放すことになると、代理人から説明を受けています。そのうえで、強制的に回収するより、確実な80万円を早く受け取るほうを選んだのです。Yは、期限までに80万円を払い、Xは受け取りました。ところが、翌年の春になって、Xは、Yに対し、残代金120万円の支払を求めて、訴えを起こしました。Yは、合意書を示して、Xは訴えないと約束したはずだ、と主張します。Xは、そんな約束は法律のどこにも書いていない、と反論しました。
図:事実の整理:ア・イ・ウ・エ
記号で整理します。事実アは、合意の対象が、この工事の請負契約に基づく残代金債権で、特定された1つの金銭債権であること。Xの訴えは、その一部の120万円です。合意は、訴えの前に、書面でされています。事実イは、いま見た合意書の内容と、Xが、訴えの道を手放すことの説明を受けていたことです。事実ウは、XもYも事業者で、双方に弁護士がついていること。見返りは、確実な80万円の早期回収で、Yはそれを払い済みです。事実エは、Xが訴え、Yが合意書を示して争っていることです。
図:この事例で問うこと
問うのは1つです。原告のXの訴えを、裁判所はどう扱うか。Xの、法律のどこにも書いていないという反論が通るかどうかを、順に確かめていきます。
訴訟上の合意と検討の順番
図:訴訟上の合意(訴訟契約)とは
まず、この約束が何なのかを確かめます。XとYの合意は、訴訟上の合意、訴訟契約と呼ばれるものです。当事者が、訴訟法上の効果を生じさせることを目的にする合意のことです。ふつうの契約は、お金を払う、物を渡すといった、権利と義務のやり取りを決めます。訴訟上の合意は、訴えを起こせなくする、証拠を出せなくするといった、訴訟のほうの扱いを動かそうとします。本件の合意は、訴えを起こすという訴訟行為をしない約束です。狙う効果は、訴えが起こせなくなる、起こしても却下される、ということです。訴えない約束のほかにも、訴訟上の合意はあります。法律が、その合意を認めて、要件と効果まで書いている場合です。2つ開きます。
条文民事訴訟法11条1項・2項
民事訴訟法11条(管轄の合意)
当事者は、第一審に限り、合意により管轄裁判所を定めることができる。
前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
11条です。どの裁判所で裁判をするかを、当事者が合意で決められます。第一審に限ること、一定の法律関係に基づく訴えであること、書面でしなければならないこと。要件が、条文に書いてあります。
条文民事訴訟法281条1項
民事訴訟法281条(控訴をすることができる判決等)
控訴は、地方裁判所が第一審としてした終局判決又は簡易裁判所の終局判決に対してすることができる。ただし、終局判決後、当事者双方が共に上告をする権利を留保して控訴をしない旨の合意をしたときは、この限りでない。
281条1項です。控訴は、第一審の判決に不服があるとき、上級の裁判所に申し立てる手続です。ただし書は、判決のあとで、双方が、上告をする権利を残したまま、控訴をしないと合意したときは、控訴ができない、と定めています。あくまで、この形の合意です。控訴をしない合意なら何でも、ではありません。ほかに、紛争を裁判ではなく仲裁人の判断に任せる仲裁合意も、仲裁法が認めています。どれも、法律が、できる合意と、その要件と、その効果を、書いている例です。XとYの合意は、このどれにも当たりません。この点は、第1で確かめます。
図:検討の順番
検討の順番は5つです。1つめは、何の約束か、明文に当たるか。2つめは、明文が無い場合の許容基準。3つめは、その基準へのあてはめで、不起訴の合意が有効かどうか。4つめは、合意に反した訴えの扱い。5つめは、ほかの合意への当てはめです。この順番にする理由です。明文があれば、要件と効果は条文に書いてあるので、基準を立てる必要がありません。1つめで明文が無いと確かめて、はじめて2つめの基準が必要になります。また、合意が有効かどうかが決まってから、はじめて、それに反したときの扱いが問題になります。無効な約束に反しても、何も起きないからです。5つめは、4つめまでに作った道具を、種類の違う合意に当て直す場面です。
第1 原則と、明文に当たらないこと
図:第1:訴えない約束は認められるか
第1です。Xの訴えを、合意が左右できるのか。まず、原則から確かめます。訴訟の手続は、当事者の合意で、自由に変えることができない。これが原則で、任意訴訟の禁止と呼ばれます。納得しているのは当事者だけで、手続を使うのは、裁判所とそのほかの人たちだからです。理由は3つあります。交差点で考えます。
図:任意訴訟の禁止の理由
1つめは、画一的な処理です。交差点では、全部の車が同じ信号に従うから、大勢の車をさばけます。2台のドライバーが、私たちだけは赤でも進む、と約束しても、交差点は回りません。裁判所も同じで、多数の事件を同じ手続で処理するから、成り立ちます。当事者ごとに手続が違えば、処理できません。2つめは、手続の安定です。ほかの車は、2人の約束を知りません。信号が青なら安全に進めるという見通しが、崩れます。訴訟も、相手方や裁判所が、手続の先を見通せることが必要です。3つめは、進行の主導です。信号を切り替えるのは、ドライバーではなく、交通を管理する側です。訴訟も、進行を主導するのは裁判所で、前に見た職権進行主義です。裁判所は、進行についての当事者の合意に、原則として縛られません。あてはめます。XとYの合意は、訴えを起こすかどうかという、訴訟上の効果を目指す合意です。11条にも、281条1項ただし書にも、当たりません。訴えを起こさない約束を書いた規定は、ないからです。つまり、明文のない訴訟上の合意です。結論です。原則どおりなら、明文のない合意は認められません。けれども、当事者に任せてよい場面も、あるはずです。それを第2で確かめます。
第2 明文の無い訴訟上の合意の許容基準
図:第2:約束すれば何でも変えられるか
当事者どうしが約束したと言えば、訴訟の進め方は、何でも変えられるのでしょうか?この問いを、2つに分けて考えます。1つめは、なぜ認めてよい場面があるのか。2つめは、なぜ歯止めが要るのか、です。訴訟は、私的な権利をめぐる争いです。そこで、訴えを起こすかどうか、何を求めるか、どう終わらせるかは、当事者が決めます。これが、前に見た処分権主義です。判決の基礎になる事実と証拠を出すのも、当事者です。これが、前に見た弁論主義です。この範囲は、もともと当事者が自分で決める事柄です。自分の財布の使い道を、自分で決めるのと同じです。そこでの合意は、尊重してよいのです。一方で、歯止めが要る理由です。訴訟上の合意は、裁判が始まる前や、進んでいる最中に、将来の訴訟の進め方を、前もって縛ります。契約書の小さな字を読まずに判を押して、あとから、そんなつもりではなかった、と気づく。そういう不意打ちの不利益を負わせるおそれがあります。ですから、何を失うのかが、合意の時点で、はっきり見通せなければなりません。
図:規範と答案の型|明文の無い訴訟上の合意の許容基準
条件は2つです。1つめは、処分権主義、弁論主義が及ぶ範囲内であること。当事者が決めてよい事柄に限る、ということです。2つめは、その合意の効果として、どんな不利益を受けるのかが、はっきり予測できること。不意打ちを防ぐための条件です。この2つがそろえば、明文が無くても、訴訟上の合意は有効です。
図:許容基準の2つの要件
明文のある合意との違いも、ここで確かめます。11条や281条の合意は、要件と効果が、条文に書いてあります。ですから、2つめの予測できるか、という点は、法律で確保されています。明文が無い合意だけが、2つめを、事実で確かめなければなりません。
1つめの条件を満たす合意は、ほかにもあります。たとえば、書証、つまり文書の証拠だけで審理する、という約束です。証拠の出し方は、当事者が決める事柄だからです。
第3 あてはめ 不起訴の合意は有効か
図:第3:不起訴の合意は有効か
第3は、不起訴の合意のあてはめです。2つの要件を満たすか。さらに、公序良俗に反しないか。公序良俗とは、社会の基本的なルールのことで、これに反する約束は無効になります。後半を決める判決を、先に見ます。最高裁が、不起訴の合意の有効性そのものを判断した判決です。
判例最判令和6年7月11日 民集78巻3号921頁
最高裁判所判決(不起訴合意の有効性)
特定の権利又は法律関係について裁判所に訴えを提起しないことを約する私人間の合意(以下「不起訴合意」という。)は、その効力を一律に否定すべきものではないが、裁判を受ける権利(憲法32条)を制約するものであることからすると、その有効性については慎重に判断すべきである。そして、不起訴合意は、それが公序良俗に反する場合には無効となるところ、この場合に当たるかどうかは、当事者の属性及び相互の関係、不起訴合意の経緯、趣旨及び目的、不起訴合意の対象となる権利又は法律関係の性質、当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情を総合考慮して決すべきである。
判決の言葉を、かみ砕きます。訴えを起こさない約束は、一律に無効とはしない。けれども、裁判を受ける権利を手放す約束なので、慎重に判断する。公序良俗に反すれば無効で、反するかどうかは、5つの事情を総合して決めます。当事者の属性と相互の関係。合意の経緯。趣旨と目的。対象になった権利の性質。当事者が被る不利益の程度です。この判決の事案は、設例とは全く別です。宗教団体に長年多額の献金をしてきた高齢の信者が、団体の信者らの主導で、献金について無条件に訴えを起こさないと約束させられました。最高裁は、この不起訴合意を、公序良俗に反して無効としました。ただし、この判決が判断したのは、不起訴合意の有効性です。約束に反して訴えが起こされたときの扱いは、判断していません。それは第4で扱います。
図:規範と答案の型|不起訴合意の公序良俗審査
規範は、この判決の言葉で立てます。では、本件にあてはめます。まず、2つの要件です。
図:あてはめ:許容基準の2つの要件
1つめの要件です。事実アです。合意の対象は、本件工事の請負契約に基づく残代金債権で、Xが自由に処分できる、特定された金銭債権です。訴えを起こすかどうかは、処分権主義の領域です。誰かが訴えなければ、裁判は始まらないからです。ですから、範囲内にあります。2つめの要件です。事実イです。合意書は、80万円の支払と並んで、残り120万円は訴えない、債務は免除しない、と明記しています。Xは、代理人から、訴えの道を手放すことの説明を受けて、署名押印しています。ですから、訴えによる強制的な回収の道を失うという不利益が、合意の時点で見通せます。明確に予測されます。2つの要件を、満たします。
図:あてはめ:公序良俗の総合考慮
次に、公序良俗です。事実ウを、5つの事情に当てます。当事者は、ともに事業者で、双方に弁護士がついています。対等に判断できる立場です。経緯は、弁護士を通じた話し合いで、一方的に迫られた形ではありません。趣旨と目的は、Yの資金繰りを助け、Xは確実な80万円を早く得ることで、不当な点はありません。対象は、特定された1つの金銭債権です。不利益の程度は、失うのが訴訟による強制的な回収だけで、債務は免除されず、任意の支払は受けられます。大きな不利益とは言えません。ですから、いまの判決の事案とは違い、Xが合意をするかどうかを合理的に判断することが困難な状態を利用して、一方的に大きな不利益を与えるものとは言えません。公序良俗に反しません。
決め手は、5つの事情に当てたときの中身です。あちらは、高齢の個人が、団体の主導で、多額の献金について、訴える道を無条件に手放しました。こちらは、対等な事業者が、弁護士を通じて、見返りを得て、特定の債権だけを手放し、債務は残っています。同じ訴えない約束でも、事情に当てれば、分かれます。結論です。本件の不起訴合意は、有効です。
第4 合意に反する訴えの扱い
図:第4:合意に反して訴えたら
第4に入る前に、復習を1つ。不起訴の合意は、被告の申立てで初めて調べる事項と、裁判所が自分で気づいて調べる事項の、どちらでしたか?被告の申立てで初めて調べる事項でした。名前は、抗弁事項です。これが、これから効いてきます。有効な不起訴合意があるのに、Xが訴えました。却下するかどうかを決めるのは、裁判所です。それなのに、なぜ、Yが言い出すのを待つのでしょうか?不思議に見えるのは、もっともです。けれども、合意は、訴訟の外で、私人どうしがした約束にすぎません。それが訴訟の結論に影響するのはなぜか。その説明が、合意をどういう性質のものと見るかで変わります。見方は2つあります。
図:合意の法的性質:2つの見方
1つめは、私法契約説です。合意は、訴訟の外でされた契約ですから、本来、私法のルールに従います。契約から直接に生じるのは、訴えを起こさないという義務です。裁判所に対する効果ではありません。訴訟に影響が出るのは、義務に反して訴えられた相手方が、合意があると主張したときに、間接的に、です。友人どうしで、返済の催促は半年しない、と約束したとします。半年以内に催促されても、周りの人が約束を取り上げることはありません。催促された本人が、約束したよね、と持ち出して、はじめて約束が効きます。2つめは、訴訟契約説です。合意が、直接に、訴訟法上の効果を生じさせる、という見方です。答案は、私法契約説で書きます。合意が、訴訟の外で、私人の契約としてされるからです。裁判所の関与しない場でされた合意だけで、直接に訴訟上の効果が生じるとすると、裁判所の知らないうちに訴訟の状態が変わり、手続が不安定になるおそれがあります。ですから、合意は当事者間の義務を生むにとどまり、相手方が訴訟に持ち出して初めて訴訟に影響する、と考えます。これが有力な見解です。
私法契約説では、Yが何も言わなければ、裁判所は、合意を取り上げません。訴えの利益、つまり判決を出す意味があるかどうかは、裁判所が自分から調べる事柄です。意味のない訴えに裁判所の場を使わせないことは、順番を待つ、ほかの利用者みんなのための話だからです。不起訴の合意は、そこが違います。訴えない約束で守られるのは、被告のY、1人です。催促しない約束を持ち出すかどうかを、催促された本人が決めたのと同じで、訴えない約束を使うかどうかは、Yが決めます。Yが約束を持ち出さずに、訴訟で決着をつけるつもりなら、裁判所が先回りして却下する理由はありません。ですから、訴えの利益に関わる事情でも、不起訴の合意は、Yが持ち出して初めて、裁判所が調べます。これが、抗弁事項です。
図:規範と答案の型|合意に反する訴えの扱い
規範は、この見方で立てます。合意により、実体法上の義務が生じる。その違反に対して、相手方が、訴えを退けるための言い分として合意の存在を主張することで、間接的に訴訟上の効果が生じる。その効果が、どう出るのかを、最高裁の判決で見ます。
判例最判昭和44年10月17日 民集23巻10号1825頁
最高裁判所判決(訴えの取下げの合意)
しかして、原判示のような訴の取下に関する合意が成立した場合においては、右訴の原告は権利保護の利益を喪失したものとみうるから、右訴を却下すべきものであり、これと結論を同じくする原審の判断は相当である。
権利保護の利益は、いまの言い方で、訴えの利益のことです。この判決は、訴えを取り下げる合意が成立した場合の判決です。不起訴の合意そのものを判断したものではなく、合意をどういう性質と見るかにも、触れていません。ここでは、合意が成立すれば、原告は訴えの利益を失い、訴えは却下される、という結論の手本として使います。
図:あてはめ:合意に反するXの訴えの扱い
あてはめます。事実ウとエです。Yは、約束どおり80万円を払い、合意書を示して、Xの訴えを争っています。Yが、合意の存在を主張し、立証すれば、合意に反するXの訴えは、訴えの利益を欠きます。訴えの利益は、前に見た関門でした。Xは、残りは裁判で取り立てないと、自分で約束しています。その約束をYが持ち出した以上、約束を破ってまで判決を求める正当な利益は、Xにありません。注意するのは、棄却ではなく、却下になることです。却下は、訴えという入口で扉を閉める判断で、債権があるかどうかの中身には触れません。棄却は、請求に理由がないと、中身を判断することです。本件では、Xの残代金債権は、免除されていません。実体は消えておらず、Yが任意に払うことも妨げられません。ですから、請求を棄却するのではなく、訴えを却下します。結論です。Yが合意を主張し、立証すれば、Xの訴えは訴えの利益を欠き、却下されます。Yが主張しなければ、裁判所は合意を取り上げません。
第5 自白契約
図:原告のX、被告のY(追加工事)
別の事例に移ります。同じXとYです。Xは、Yの2号店で、カウンターの増設工事を行ったとして、追加代金90万円の支払を求め、年明けにYを訴えました。請求の理由の中心は、Yが、前の年のうちに、Xにカウンターの増設を注文した、という事実です。請負契約の成立にあたる、主要事実、つまり請求を成り立たせる中心の事実です。Yは、当初から、追加は頼んでいない、と争っていました。訴訟が続いている春に、XとYは、裁判所の外で、それぞれの代理人の弁護士が同席して、協議書を作りました。両社の代表者が、署名押印しています。
図:協議書
協議書の中身です。第1項は、Yが、注文の事実を、訴訟で争わない。第2項は、見返りに、Xが遅延損害金を請求しない。第3項は、裁判所は、Xが出す見積書の記載を真実と認めて、事実を認定する、です。第1項と第2項は、当事者どうしの約束です。第3項だけが、裁判所に向けた約束で、種類が違います。第3項は、第6で見ます。その後の夏の口頭弁論で、Yは、注文はしていない、と述べ、注文を否定する従業員の証人尋問を申し出ました。Yは、見積書の内容も、事実と違うと言います。Xは、協議書の存在を主張しました。ただし、Yは、期日で注文を認めたわけではありません。ここにあるのは、裁判の外の約束だけです。記号を足します。事実オは、協議書の第1項と第2項で、訴えの後に、裁判所の外で、書面でされた約束です。事実カは、注文が主要事実であることと、Yが期日では認めず、否認して証人尋問を申し出たことです。事実キは、協議書の第3項です。
図:第5:Yは注文の事実を争えるか
第5に入る前に、復習を1つ。当事者が裁判所で認めた事実について、裁判所は何をしなければならなかったでしょうか?条文で確かめます。
条文民事訴訟法179条
民事訴訟法179条(証明することを要しない事実)
裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。
179条です。裁判所で当事者が自白した事実は、証明が要りません。争いのない事実は、証拠を調べずに判決の基礎にできる、ということです。本件の協議書は、これとは別のものです。裁判上の自白は、裁判の期日で、相手方が主張した、自分に不利な事実を、Yが自分の口で認めることでした。協議書は、訴訟の外で、あらかじめ、争わないと約束するものです。これを自白契約と呼びます。狙う効果は、合意された事実を、訴訟で争えなくすることです。自白契約も、明文がありません。第2の基準で有効かを確かめます。有効なら、Yが争ったとき、裁判所がどう扱うかを、第4の見方で確かめます。
図:あてはめ:自白契約の有効性と合意違反
あてはめます。1つめの要件です。事実カです。注文は、請求の理由の中心になる主要事実です。主要事実を出すか、争うかは、当事者が決める事柄で、弁論主義の対象です。範囲内にあります。2つめの要件です。事実オです。協議書は、注文の事実という1つの事実を特定して、訴訟では争わないと明記しています。見返りに、Xが遅延損害金の請求をやめています。Yは、弁護士の同席のもとで署名押印しました。注文を争えなくなる、つまり相手の主張する事実について、裁判所の確信を揺るがす証拠を出す反証もできなくなる不利益が、見通せます。明確に予測されます。ですから、自白契約は有効です。合意に反したときです。Yは、注文を否認して、証人尋問を申し出ています。第4と同じ見方で考えます。協議書から生じるのは、注文を争わないという、Yの義務です。Xが、協議書の存在を主張し、立証すれば、義務に反するYの否認は、退けられます。すると、注文の事実は、争いのない事実と同じ扱いになります。179条で見たとおり、争いのない事実は、証拠を調べずに判決の基礎にできます。179条がそのまま当たるのではありません。同じ考え方で、証明が要らなくなります。証明の要らない事実について、証拠を調べる必要はありません。ですから、注文の事実に関するYの証拠の申出は、却下されます。
証拠の申出が却下されるのは、Yが期日で認めたからではありません。裁判の外でした約束をXが持ち出して、Yの否認が退けられたからです。
図:不起訴の合意と自白契約の書き分け
結論です。自白契約は有効で、Yは注文の事実を争えません。その事実に関するYの証拠の申出は、却下されます。第4の不起訴の合意との違いは、効果の出る場所です。不起訴の合意は、訴えそのものを、却下に導きます。自白契約は、審理の中で、争う主張と証拠を、退けます。同じ基準と同じ見方で、結論が出る場所が違います。
第6 対比 裁判所の事実認定を縛る合意
図:第6:協議書第3項は有効か
残るのは、協議書の第3項です。見積書の記載を真実と認めて、事実を認定する、という約束です。第1項と、何が違うのでしょうか。出された証拠を信用するかどうかも、当事者の約束で決められるのでしょうか?分かれ目は、条文にあります。
条文民事訴訟法247条
民事訴訟法247条(自由心証主義)
裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。
247条です。裁判所は、口頭弁論の全趣旨と、証拠調べの結果を踏まえて、自由な心証で、事実についての主張を真実と認めるかどうかを判断します。料理コンテストで考えます。出場者は、何の料理を出すかを決められます。けれども、審査員に、必ずおいしいと言ってください、と約束させることはできません。おいしいかどうかを決めるのは、審査員です。訴訟も同じです。事実と証拠を出すのは、弁論主義のもとで、当事者の役割です。出された証拠を信用して、事実を真実と認めるかは、裁判所が自由な心証で決める領域で、当事者の処分が及びません。
図:第1項と第3項の分かれ目
あてはめます。事実キです。第3項は、甲1号証、つまりXが出す見積書の記載を信用して、真実と認めて、事実を認定するよう、裁判所の判断そのものを縛る約束です。当事者が処分できる事柄ではありません。ですから、1つめの要件を満たしません。結論です。第3項は、訴訟上の効力を認められません。裁判所は、第3項に縛られず、甲1号証を信用するかどうかを、自由な心証で判断します。Yが見積書の内容は事実と違うと言っている点も、その判断の中で見ることになります。約束の対象が、当事者が出す事実か、裁判所の評価か、です。
まとめ
図:完成答案:第1 不起訴の合意に反するXの訴え(1/4)
こちらが、完成答案です。答案の第1の、問題の所在と、規範の前半から見ていきます。図と同じ文面を、本文でも置きます。
第1 不起訴の合意に反するXの訴え
1 問題の所在
XとYは、訴えの提起前に、残代金のうち120万円についてXが訴えを提起しない旨の合意(以下「本件不起訴合意」と呼ぶ)をした。本件不起訴合意は、訴えの提起という訴訟行為について訴訟法上の効果の発生を目的とする訴訟上の合意であり、これを認める明文の規定はない。そこで、明文のない訴訟上の合意が許されるか、許されるとして、合意に反して提起された訴えがどう扱われるかが問題となる。
2 規範
(1) 訴訟手続は、多数の事件を画一的に処理し、手続の安定を図る必要があるから、当事者の合意で任意に変更することができないのが原則である。
(2) もっとも、処分権主義及び弁論主義が妥当する事項は、当事者の決定に委ねられており、その限りで当事者の合意に効力を認めてよい。ただし、訴訟上の合意は、後の訴訟での行動をあらかじめ縛るから、合意をした者が思わぬ不利益を被るおそれがある。そこで、明文のない訴訟上の合意は、①合意の対象が処分権主義、弁論主義の妥当する範囲内にあり、かつ、②その合意によって訴訟上どのような不利益を受けるかが、合意の時に明確に予測される場合に限り、有効と解する。
図:完成答案:第1 不起訴の合意に反するXの訴え(2/4)
答案の第1の、規範の後半です。読んでみてください。
(3) 特定の権利又は法律関係について訴えを提起しないことを約する不起訴合意は、その効力を一律に否定すべきものではないが、裁判を受ける権利を制約するものであるから、その有効性は慎重に判断すべきである。そして、不起訴合意は、公序良俗に反する場合には無効となり、これに当たるかは、当事者の属性及び相互の関係、合意の経緯、趣旨及び目的、合意の対象となる権利又は法律関係の性質、当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情を総合考慮して決する(最判令和6年7月11日)。
(4) 訴訟上の合意は、訴訟法上の効果に向けられてはいるが、裁判所の関与しない場で当事者どうしが結ぶ契約であるから、まず私法の規律に服する。そこで、合意から直接に生じるのは、合意どおりに行為し、又は行為しないという実体法上の義務にとどまり、これに反する訴訟行為がされたときは、相手方がこの合意を抗弁として主張して初めて、訴訟上の効果が間接的に生じると解する。なお、訴えの取下げの合意が成立した場合に、原告は権利保護の利益を喪失したものとみうるとして、訴えを却下すべきとした判例がある(最判昭和44年10月17日)。
図:完成答案:第1 不起訴の合意に反するXの訴え(3/4)
答案の第1の、あてはめの前半です。事実の拾い方を、ゆっくり読んでみてください。
3 あてはめ
(1) 本件不起訴合意の対象は、本件工事の請負契約に基づく残代金債権という特定された金銭債権である。訴えを提起するかどうかは、処分権主義の下で当事者が決める事柄であり、Xは金銭債権を自由に処分することができる。よって、①処分権主義が妥当する範囲内にある。
(2) 合意書は、Yが80万円を支払うことと並んで、Xが残りの120万円について訴えを提起しないこと、及びこれが債務を免除するものではないことを明記している。Xは、代理人弁護士から、訴えを提起する道を手放すことの説明を受けて署名押印している。よって、②訴えによる強制的な回収の道を失うという不利益が、明確に予測される。
(3) X及びYはいずれも事業者であり、それぞれの代理人弁護士を通じて話し合っている。Xは、確実な80万円を早期に受け取ることを選んだものであり、Yの資金繰りを助けるという合意の趣旨及び目的にも不当な点はない。また、Xが失うのは訴訟による強制的な回収の道にとどまり、債務は免除されておらず、Yが任意に支払うことは妨げられない。したがって、Xが合意を締結するかどうかを合理的に判断することが困難な状態にあることを利用して、一方的に大きな不利益を与えるものとはいえず、公序良俗に反しない。
図:完成答案:第1 不起訴の合意に反するXの訴え(4/4)
答案の第1の、あてはめの後半と、結論です。結論の一文まで、目で追ってください。
(4) 以上より、本件不起訴合意は有効である。
(5) Yは、約束どおり80万円を支払い、合意書を示してXの訴えを争っている。Yが本件不起訴合意の存在を主張、立証すれば、合意に反するXの訴えは、訴えの利益を欠く。なお、Xの残代金債権は免除されていないから、請求を棄却するのではなく、訴えを却下すべきである。
4 結論
よって、Yが本件不起訴合意の存在を主張、立証すれば、Xの訴えは訴えの利益を欠き、却下される。
図:完成答案:第2 自白契約に反するYの争い(1/2)
続いて、答案の第2の、自白契約です。問題の所在と規範を確かめてください。
第2 自白契約に反するYの争い
1 問題の所在
XとYは、訴訟の係属後に、訴訟外で、Yがカウンターの増設を注文した事実を訴訟において争わない旨の合意(以下「本件自白契約」と呼ぶ)をした。本件自白契約も、これを認める明文の規定がない。そこで、本件自白契約が有効か、有効として、Yが合意に反して注文の事実を争った場合に、裁判所がどう扱うかが問題となる。
2 規範
第1の2(2)及び(4)の規範による。自白契約の効果は、合意された事実を争えなくなり、証明を要しなくなることである(民事訴訟法179条参照)。
図:完成答案:第2 自白契約に反するYの争い(2/2)
答案の第2の、あてはめと結論です。答案の第1の規範を使って、どう運んでいるかを目で追ってください。
3 あてはめ
(1) Yが注文した事実は、請求原因である請負契約の成立に当たる主要事実であり、弁論主義の対象となる事実である。当事者は、これを自由に処分することができる。よって、①弁論主義が妥当する範囲内にある。
(2) 協議書は、注文の事実を特定して、訴訟において争わないことを明記し、その見返りにXが遅延損害金を請求しないことを定めている。Yは、代理人弁護士の同席の下で署名押印している。よって、②事実を争えなくなるという不利益が、明確に予測される。
(3) 以上より、本件自白契約は有効である。
(4) Yは、口頭弁論で注文を否認し、従業員の証人尋問を申し出ている。Xが協議書の存在を主張、立証すれば、Yが注文の事実を争うことは合意に反するから、裁判所は、注文の事実に関するYの証拠の申出を却下する。
4 結論
よって、本件自白契約は有効であり、Yは注文の事実を争えず、その事実に関するYの証拠の申出は却下される。
図:完成答案:第3 対比 裁判所の事実認定を縛る合意(1/2)
最後の、答案の第3です。裁判所の事実認定を縛る合意の、問題の所在と規範、あてはめの前半を確かめてください。
第3 対比 裁判所の事実認定を縛る合意
1 問題の所在
協議書の第3項は、Xが提出する見積書の記載内容を真実と認めて事実を認定することを裁判所に求める合意(以下「本件認定合意」と呼ぶ)である。本件認定合意が有効かが問題となる。
2 規範
第1の2(2)の規範による。裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する(民事訴訟法247条)。
3 あてはめ
(1) 弁論主義は、判決の基礎となる事実と証拠を当事者が提出することを求めるものであり、当事者はこれらを自由に処分することができる。
図:完成答案:第3 対比 裁判所の事実認定を縛る合意(2/2)
答案の第3の、あてはめの後半と、結論です。最後の一文まで、目で追ってください。
(2) しかし、提出された見積書の記載を信用して事実を真実と認めるかどうかは、裁判所が自由な心証により判断する事柄であり、当事者が処分することができない。本件認定合意は、この裁判所の判断そのものを拘束しようとするものである。よって、①処分権主義、弁論主義が妥当する範囲内にあるとはいえない。
4 結論
よって、本件認定合意は、訴訟上の効力を認められず、裁判所はこれに拘束されることなく、見積書の記載を信用するかどうかを自由な心証により判断する。
参照条文
- 民事訴訟法11条
- 民事訴訟法281条1項
- 民事訴訟法179条
- 民事訴訟法247条