民訴ゼロから民事訴訟法 論文

訴訟物の特定の書き方

落ちてきた枝で腕を骨折したヴァイオリン講師が、治療費・休業損害・慰謝料の合計300万円を請求した事例を素材に、費目が三つあるとき訴訟物は何個か、慰謝料を原告の示した額より多く認めた一審判決は246条に反しないか、前訴で請求しなかった慰謝料や壊れた楽器の損害を別の訴えで請求できるかを、完成答案まで順に書きます。

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ゼロから民事訴訟法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事例

原告のXと被告のY、2つの請求 図:原告のXと被告のY、2つの請求

事例から入ります。登場するのは、個人でヴァイオリン教室を営む講師の原告のXと、街路樹の剪定を請け負う造園業者の被告のYです。図の線は2本あります。1本めは、人の損害の請求で、前訴と呼びます。2本めは、壊れたヴァイオリンの損害の請求で、こちらは第4で使います。まず1本めから見ます。事故は、市道沿いの街路樹の剪定中に起きました。Yは、切り落とした太い枝を、下に人がいないか確かめないまま、歩道へ落としました。歩道を歩いていたXの右肩に枝が当たり、Xは右前腕を骨折しました。Xは手術を受け、入院は2週間、通院は4か月に及びました。その間、Xは、教室のレッスンの大半と、予定していた演奏会3件を取りやめています。事故のとき、Xが肩に掛けていたヴァイオリンのケースも枝に打たれ、楽器が壊れました。時価は80万円です。ただし、この楽器の損害は、前訴には入れていません。

時系列:事故から提訴まで 図:時系列:事故から提訴まで

Xは、事故のあと、Yを被告として提訴しました。請求の趣旨は、Yは、Xに対し、300万円を支払え、です。この300万円が、Xが申し立てた総額です。Xは、損害の全部を請求していて、一部だけだとは示していません。訴状の請求の原因には、損害の内訳が書かれています。治療費は60万円。休業損害は150万円で、教室のレッスンの収入が、事故の前は月平均50万円あり、その3か月分の落ち込みを求めたものです。慰謝料は、事故の態様、傷害の程度、入院と通院の期間、演奏活動を休んだことを挙げて、少なくとも90万円が相当、と書いてあります。60万円と150万円と90万円を足すと、ちょうど300万円になります。総額の300万円と、内訳の三つの金額は、役割が違います。300万円は、請求の趣旨に書いた申立てです。内訳は、請求の原因の中で、その申立てを説明する金額です。この区別は、あとで効いてきます。Yは、枝を落としてXにけがをさせたことを認めました。争ったのは、休業損害の額だけです。Xの収入の落ち込みは、月50万円ではなく、月35万円程度だ、と主張しました。治療費と慰謝料の額は、争っていません。

費目の表:示した額と認めた額 図:費目の表:示した額と認めた額

一審判決の主文は、Yは、Xに対し、295万円を支払え、Xのその余の請求を棄却する、でした。内訳を、表で確かめます。治療費は、示した60万円と同じ額が認められました。休業損害は105万円です。レッスンの一部は口頭の指導で続けられました。収入の落ち込みは、月35万円で3か月分と認められました。Xが示した額は150万円でしたから、それより45万円少ない額です。慰謝料は130万円です。Xが示した90万円より、40万円多い額です。合計は295万円で、請求の趣旨の300万円より5万円少なく、その5万円は、その余の請求として退けられています。

時系列:判決から控訴まで 図:時系列:判決から控訴まで

この判決に、Yが控訴しました。理由は、慰謝料の130万円は、Xが請求の原因で示した90万円を超えている、これは申し立てていない事項について判決をしたもので、246条に反する、というものです。Xは控訴していません。

事実の整理:ア・イ・ウ・エ・オ 図:事実の整理:ア・イ・ウ・エ・オ

記号で整理します。事実アは、Yの落とした枝でXが右前腕を骨折したこと。一つの事故で、一つの身体傷害です。楽器も壊れています。事実イは、請求の趣旨が300万円で、内訳が、治療費60万円、休業損害150万円、慰謝料は少なくとも90万円であること。Xは損害の全部を請求しています。事実ウは、Yが休業損害の額だけを争ったこと。事実エは、一審が、治療費60万円、休業損害105万円、慰謝料130万円の合計295万円を認めて、その余を棄却したこと。事実オは、Yの控訴の理由が、慰謝料が示した額を超えるから246条に反する、というものであることです。

この事例で問うこと 図:この事例で問うこと

問うのは、2つです。1つめは、一審判決は、慰謝料をXが示した額より多く認めていますが、これは、申し立てていない事項について判決をしたことにならないか、です。それを判断するために、Xが訴えで主張している権利、つまり訴訟物が何個なのかも、決める必要があります。2つめは、前訴で足りなかったものがあったとき、後の訴えで足せるのか、です。こちらは、このあとで確かめます。

条文と検討の順番

検討の順番 図:検討の順番

検討の順番は5つです。1つめは、訴訟物を数える基準。2つめは、Xの損害賠償請求権は何個か。3つめは、一審判決は246条に反しないか。4つめは、前訴で請求しなかった慰謝料を、後の訴えで足せるか。5つめは、同じ事故で壊れたヴァイオリンの損害です。この順番にする理由は、246条の言う申立ての範囲も、既判力の及ぶ範囲も、訴訟物が決めるからです。だから、先に、訴訟物が何個かを決める必要があります。個数が決まれば、判決が申立てを超えたかどうかと、後の訴えが遮断されるかどうかが、同じ個数から出てきます。最後に、個数が分かれる側を見て、2つめで使う物差しが、逆向きにも働くことを確かめます。先に、条文を開きます。

条文民事訴訟法246条

民事訴訟法246条(判決事項)
裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。

246条です。裁判所は、当事者が申し立てていない事項については、判決ができません。条文に書いてあるのは、ここまでです。申立ての範囲を何で測るかは、書いてありません。申し立てた範囲は、何の請求かを表す訴訟物と、どれだけの額かを表す、請求の趣旨の量で測ります。だから、訴訟物の個数が先に問題になります。条文を音読すれば出てくる内容は、成立要件です。条文番号を添えて書けば足ります。条文に書いていない基準を、判例や解釈で立てるものが、規範です。この事例で条文どおりなのは、246条と、あとで開く114条1項と、民法の709条、710条です。規範は2つです。訴訟物を数える基準と、同じ事故による財産上の損害と精神上の損害の賠償請求権の個数です。

第1 訴訟物は何個か

訴訟物の個数は、何を単位に数えるか 図:訴訟物の個数は、何を単位に数えるか

第1は、訴訟物の個数です。まず、数え方の基準です。訴訟物の個数は、条文のどこにも書かれていません。何を単位に数えるのでしょうか。

規範と答案の型|訴訟物を数える基準 図:規範と答案の型|訴訟物を数える基準

規範は、実務が運用の基礎にしている考え方で立てます。訴訟物は、実体法上に成り立つ請求権を、1本ごとにそのまま1個の訴訟物として数える。これが旧訴訟物理論です。理由は、実体法の要件と一致するので、基準が明確で、被告の防御の目標も定まるからです。何が訴えられているのかが、実体法の請求権の形で、はっきり見えます。たとえば、同じ事故について、不法行為に基づく請求権と、債務不履行に基づく請求権の両方が成り立つ場合を考えます。請求権が2本なら、訴訟物は2個です。あてはめは短く済みます。Xの請求は、Yの不法行為に基づく損害賠償請求権です。訴訟物の個数は、この請求権が何本あるかで決まります。そこで、次の問題に進みます。

請求権は、費目の数だけあるか 図:請求権は、費目の数だけあるか

ここからが、この論点の中心です。Xが請求しているのは、治療費、休業損害、慰謝料の三つの費目です。損害賠償を求める権利は、費目の数だけあるのでしょうか?治療費と休業損害は、財産上の損害と呼ばれます。慰謝料は、精神上の損害と呼ばれます。この二つを、別々の請求権と見るか、一つの請求権と見るか。ここで見方が分かれると、訴訟物の個数が変わり、あとの結論が変わります。条文は、請求権の個数を書いていません。そこで、財産上の損害と精神上の損害の賠償請求権の個数が、問題になります。最高裁の判決を、事件の中身から見ます。被害者が交通事故でけがをして、療養費、逸失利益、慰謝料という費目に分けて、損害賠償を請求しました。逸失利益は、事故がなければ得られたはずの収入のことです。一審が認定した財産上の損害は、被害者が請求の中で財産上の損害として示した額を超えていました。それでも、総額では、請求した全額を認容しました。控訴審も、財産上の損害は示した額を超えて認め、慰謝料は示した額より少なく認めて、全体では請求の範囲内に収めました。最高裁は、費目の額が示された額を超えていることを認めたうえで、次のように判断しました。

判例最判昭和48年4月5日 民集27巻3号419頁

最高裁判所判決(同一事故による財産上の損害と精神上の損害)
本件のような同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである。

原因事実とは、損害のもとになった出来事のことです。被侵害利益とは、その出来事によって侵害された、被害者の利益のことです。

規範と答案の型|財産上の損害と精神上の損害の賠償請求権の個数 図:規範と答案の型|財産上の損害と精神上の損害の賠償請求権の個数

規範は、この最高裁の判決の言葉で立てます。同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個である。そして、ここから、申立ての範囲は、費目ごとではなく、請求の趣旨の総額で見ることになります。なぜ一個になるのか。決め手は、2つの共通点です。1つめは、原因事実です。治療費も、休業損害も、慰謝料も、もとになったのは、Yが枝を落とした、同じ一つの事故です。2つめは、被侵害利益です。三つの費目は、どれも、Xの身体という同じ利益が傷つけられたことから生じた損害です。引っ越しの見積書に、運搬代、梱包代、保管料と、項目が分かれて並んでいても、頼んだ仕事は、引っ越し一つです。損害の費目も同じで、お金の項目に分けて眺めているだけです。出来事も、傷つけられた利益も、一つなのです。もう1つ、民法の条文の組み立てからも、同じ方向の説明ができます。条文を開きます。

条文民法709条

民法709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

条文民法710条

民法710条(財産以外の損害の賠償)
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

709条は、不法行為をした者の損害賠償責任を定めています。710条は、709条の規定により責任を負う者は、財産以外の損害にも、賠償しなければならない、と定めています。条文を読むと、慰謝料は、別の責任原因から生まれるものではありません。同じ709条の責任の下で認められる、損害の一部と読めます。反対側からも確かめます。費目ごとに別の請求権で、別の訴訟物だとしたら、どうなるでしょうか。申立ても費目ごとに分かれます。慰謝料を示した額より多く認めるたびに、申し立てていない事項について判決をした、と言われかねません。また、費目ごとに別々の訴えを起こせて、別々に確定判決が出ることになり、一つの事故をめぐる紛争が、費目の数だけ割れてしまいます。この二つの困りごとは、第2と第3で使います。

あてはめ:請求権の個数 図:あてはめ:請求権の個数

あてはめます。事実アです。Yの落とした枝で、Xが右前腕を骨折しました。一つの事故で、一つの身体傷害です。治療費も、休業損害も、慰謝料も、この骨折から生じた損害ですから、同一の事故による同一の身体傷害を理由とする、財産上と精神上の損害にあたります。原因事実は、この事故一つです。侵害された利益は、Xの身体です。したがって、損害賠償請求権は一個です。三つの費目をあわせて請求していますから、訴訟物は一個になります。結論です。本件請求の訴訟物は、不法行為に基づく損害賠償請求権の一個です。どこまでが同じ利益の侵害なのか、その境目は、第4で、壊れた楽器を使って確かめます。

第2 一審判決は246条に反しないか

一審判決は、246条に反しないか 図:一審判決は、246条に反しないか

第2に入る前に、復習を1つ。246条は、何を単位にして、申し立てた範囲を測るのでしたか?申立てを測る単位は訴訟物で、量は請求の趣旨の額です。本件の訴訟物は一個。これが第1の結論でした。ここから問題に入ります。一審は、慰謝料として130万円を認めましたが、Xが請求の原因で示した慰謝料は90万円でした。認めた額が、示した額を上回っています。費目ごとに示された額を超えて認めることは、申し立てていない事項について判決をしたことにならないのでしょうか。ここで確かめるのは、申立ての範囲だけです。先ほどの最高裁の判決は、この問いにも答えています。費目の額が示された額を超えていた事件で、こう述べました。

判例最判昭和48年4月5日 民集27巻3号419頁

最高裁判所判決(費目の額が示された額を超えていた事件・申し立てない事項)
したがつて、第一審判決は、……一個の請求のうちでその求める全額を認容したものであつて、……申し立てない事項について判決をしたものではなく、……

訴訟物は一個だから、第一審判決は、一個の請求のうちで、被害者の求める全額を認容したものであって、申し立てない事項について判決をしたものではない、と最高裁は述べました。判決が述べたのは、ここまでです。ここから、費目の額の位置づけを、答案では次のように整理します。

費目の額は、訴訟物を画さない 図:費目の額は、訴訟物を画さない

申立ての範囲は、訴訟物と、請求の趣旨に示された総額で決まります。訴訟物が一個のとき、費目ごとに示された額は、訴訟物を画するもの、つまり、訴訟物の範囲を区切るものではありません。請求を理由づける事実の主張にとどまります。だから、請求の趣旨の総額を超えない限り、ある費目を示された額より多く認めても、申し立てていない事項について判決をしたことにはなりません。請求の原因に書いた費目の額は、申立てそのものではなく、申立てを説明するための事情です。Xが申し立てたのは、300万円を、不法行為に基づく損害賠償として支払え、という一つの請求です。裁判所は、その一つの請求について、いくらが相当かを、証拠から判断します。たとえば、証拠で積み上げた財産上の損害が足りないとき、慰謝料の額を調整して、全体として相当な賠償額にすることもできます。慰謝料は、裁判所が事情を見て評価する額だからです。ただし、動かせるのは、申立ての総額の枠の中だけです。

あてはめ:総額300万円の枠 図:あてはめ:総額300万円の枠

あてはめます。事実イとエです。Xの申立てである請求の趣旨は、300万円でした。一審が認めたのは、次の三つです。治療費は60万円です。休業損害は105万円です。慰謝料は130万円です。合計は295万円で、300万円を超えていません。慰謝料は、Xが示した90万円を40万円上回りますが、休業損害は、示した150万円を45万円下回り、治療費は同額です。費目ごとの額は、訴訟物を画さない事実の主張ですから、この上回りと下回りは、申立ての範囲の問題になりません。費目を一つずつ取り出して見れば、確かに超えています。けれども、246条が測るのは、申し立てた事項の範囲です。見る単位は、費目ではなく、訴訟物一個と、その総額の300万円です。最高裁が扱った事件も、費目の額は示された額を超えていましたが、総額は請求の範囲内に収まっていました。本件も、295万円は、300万円の範囲内に収まっています。結論です。一審判決は、申し立てていない事項について判決をしたものではなく、246条に反しません。Yの控訴理由は、費目ごとに申立てを数えている点で、前提が誤っています。総額が上限であることも、確かめておきます。事実カとして、一審が、慰謝料を180万円と判断すべきだと考えたとします。治療費が60万円、休業損害が105万円、慰謝料が180万円で、合計は345万円。請求の趣旨の300万円を超えます。この場合に命じられるのは、300万円までです。主文は、Yは、Xに対し、300万円を支払え、となります。費目の入れ替えは自由でも、総額の枠は超えられません。

第3 前訴で請求しなかった慰謝料

事実の整理:キ 前訴と後訴 図:事実の整理:キ 前訴と後訴

第3に入る前に、復習を1つ。一部であることを示さずに請求して勝訴した原告は、残りの分を、あとの訴えで請求できましたか?できません。債権の全部が訴訟物になって、既判力が残りの分にも及ぶからです。その知識を使う場面です。場合を変えて、事実キとします。前訴でXは、治療費60万円と休業損害150万円の合計210万円だけを請求し、慰謝料には訴状で触れなかったとします。請求どおり認容の判決が確定したあと、Xが慰謝料の130万円を、別の訴えで請求しました。これを後訴と呼びます。前訴の訴状には、慰謝料を別に請求する、という記載はありません。損害賠償請求権が一個なら、前訴で慰謝料を請求しなかったXは、あとで慰謝料だけを別の訴えで請求できるのでしょうか?

結論から言うと、できません。順に確かめます。後訴が許されるかは、前訴の確定判決の既判力が、慰謝料に及ぶかどうかで決まります。条文を開きます。

条文民事訴訟法114条1項

民事訴訟法114条1項(既判力の範囲)
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。

114条1項です。確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有します。主文に包含するものとは、訴訟物の存否の判断のことです。だから、前訴の訴訟物がどこまでだったのかが、問題になります。第1で見たとおり、損害賠償請求権は一個です。ですから、慰謝料を除いて請求した前訴は、一個の請求権の一部を請求したことになります。金額を区切った場合でも、費目を丸ごと除いた場合でも、一個の請求権の一部であることは変わりません。一部であることを明示していなければ、請求権の全部が訴訟物となり、前訴の確定判決の既判力は、残部にも及びます。一部であることを示さなければ、被告は、損害の全体を相手に争うことになるからです。明示していたなら、既判力は残部に及びません。分かれ目は、残りの請求が、前訴の訴訟物の中に含まれているかどうかです。

あてはめ:慰謝料の後訴は許されるか 図:あてはめ:慰謝料の後訴は許されるか

あてはめます。事実キです。前訴は、治療費と休業損害の210万円だけを請求していて、慰謝料には触れていません。損害賠償請求権の一部を請求した、ということです。前訴の訴状には、慰謝料を別に請求する旨の記載がなく、一部であることの明示がありません。だから、前訴の訴訟物は、損害賠償請求権の全部です。前訴は請求どおり認容されて確定していますから、既判力は、慰謝料の部分にも及びます。結論です。後訴の慰謝料請求は、前訴の既判力で遮断されて、請求棄却になります。対比として、同じように認容された前訴の訴状に、慰謝料は別に請求する、と書いて明示していたなら、既判力は慰謝料に及ばず、残部として請求できます。ここで、訴訟物を一個と見る利点を整理します。1つは、第2で見たとおり、費目の額を入れ替えても、申立ての範囲で足りることです。もう1つは、同じ事故をめぐる紛争を、一度で決着させて、蒸し返しを避けられることです。被告のYも、応訴を一度で済ませられますし、被害者のXにとっても、費目の額の見通しが外れたときに、全額を一度の訴えで受けられます。費目ごとに別の訴訟物とすると、第1の最後で見た二つの困りごとが、そのまま出てきます。

第4 壊れたヴァイオリンの損害

事実の整理:ク ヴァイオリンの損害の訴え 図:事実の整理:ク ヴァイオリンの損害の訴え

第4に入る前に、復習を1つ。確定判決の既判力は、どの判断に生じるのでしたか?既判力は、前訴の訴訟物の判断に生じます。この物差しで、最後の場面を見ます。前訴の判決が確定したのち、Xは、事故で壊れたヴァイオリンの時価80万円の賠償を求めて、Yを被告に、別の訴えを起こしました。事実クです。この訴えを、後訴と呼びます。Yは、前訴で終わった話だ、と争います。前訴の確定判決の既判力は、ヴァイオリンの損害に及ぶのでしょうか。それは、ヴァイオリンの損害賠償請求権が、前訴の損害賠償請求権と、同じ一個の請求権かどうかで決まります。もう1つ、最高裁の判決を見ます。先に断っておくと、この判決は、時効についての判決です。訴訟物や既判力を、直接判断したものではありません。事案は、被害者が交通事故で、身体傷害と車両の損傷の損害を受け、両方の賠償を一つの訴えで求めたものです。加害者は、車両損傷の賠償請求権は、短期消滅時効、つまり、被害者が損害と加害者を知った時から進む、期間の短い時効にかかっている、と主張しました。争点は、その時効がいつから進むかです。最高裁は、車両損傷の請求権は、身体傷害の請求権とは別の請求権だから、時効の起算点、つまり時効が進み始める時点も、請求権ごとに別に判断する、として、車両損傷の部分について、時効の完成を認めました。判決の文面は次のとおりです。

判例最判令和3年11月2日 民集75巻9号3643頁

最高裁判所判決(身体傷害と車両損傷の損害賠償請求権・短期消滅時効の起算点)
車両損傷を理由とする損害と身体傷害を理由とする損害とは、これらが同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても、被侵害利益を異にするものであり、車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は、身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なる請求権であると解されるのであって、そうである以上、上記各損害賠償請求権の短期消滅時効の起算点は、請求権ごとに各別に判断されるべきものであるからである。

判決の言葉に注目します。車両損傷を理由とする損害と、身体傷害を理由とする損害は、同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても、被侵害利益を異にするものであり、異なる請求権だと解される、とあります。第1と同じ、被侵害利益という言葉です。原因事実が同じ事故でも、被侵害利益が違えば、請求権は別になります。第1で使った物差しの、逆向きです。

同じ事故の二つの請求権 図:同じ事故の二つの請求権

答案の規範は、こう立てます。同一の事故による損害であっても、身体傷害を理由とする損害と物の損傷を理由とする損害とは、被侵害利益を異にするから、その損害賠償請求権は別個の請求権である。そのうえで、旧訴訟物理論では、請求権が別なら、訴訟物も別です。既判力は、前訴の訴訟物についての判断に生じますから、別の訴訟物には及びません。あてはめます。事実アとクです。前訴の損害は、Xの身体傷害を理由とするものです。ヴァイオリンの損害は、Xが所有する物の損傷を理由とするものです。同じ事故による損害ですが、侵害された利益が、身体と所有する物とで異なります。結論です。ヴァイオリンの損害賠償請求権は、前訴の損害賠償請求権とは別個の請求権で、訴訟物も別です。前訴の確定判決の既判力は及ばず、後訴は適法に審理されます。

対比:身体の中と、人と物の間 図:対比:身体の中と、人と物の間

逆の場合も確かめます。もしXが、人の損害とヴァイオリンの損害を、最初から一つの訴えにまとめて請求していたなら、どうなるでしょうか。一つの訴えにまとめることはできますが、訴訟物は二つです。申立ては訴訟物ごとに測りますから、人の損害が345万円と認められる場合でも、人の損害の申立ては300万円ですから、命じられるのは300万円までです。ヴァイオリンとして80万円を申し立てていて、その枠が余っていても、そこから回すことはできません。身体傷害の中では、費目の額を入れ替えられます。けれども、人の損害と物の損害の間では、入れ替えられません。その線を引くのが、被侵害利益です。

まとめ

完成答案:第1 訴訟物の個数(問題の所在・規範) 図:完成答案:第1 訴訟物の個数(問題の所在・規範)

完成答案です。第1の、問題の所在と規範から見ていきます。図と同じ文面を、本文でも置きます。

第1 訴訟物の個数

1 問題の所在

 本件で、Xは、治療費、休業損害及び慰謝料の賠償を、一つの訴えで請求している。一審判決が民事訴訟法246条に反するかは、申し立てた事項の範囲によって決まり、その範囲は訴訟物を単位に測られるから、本件請求の訴訟物が何個かが問題となる。

2 規範

 (1) 訴訟物は、実体法上に成り立つ請求権を、一本ごとにそのまま一個の訴訟物として数える(旧訴訟物理論)。実体法の要件と一致して基準が明確であり、被告の防御の目標も定まるからである。

 (2) 同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである(最判昭和48年4月5日)。

完成答案:第1 訴訟物の個数(あてはめ・結論) 図:完成答案:第1 訴訟物の個数(あてはめ・結論)

第1の続き、あてはめと結論です。

3 あてはめ

 (1) Xの治療費、休業損害及び慰謝料は、いずれも、Yが落とした枝でXが右前腕を骨折したという、同一の事故による同一の身体傷害を理由とする損害である。

 (2) 原因事実はこの事故一つであり、侵害された利益はXの身体である。

 (3) したがって、損害賠償請求権は一個であり、三つの費目をあわせて請求しても、訴訟物は一個である。

4 結論

 よって、本件請求の訴訟物は、不法行為(民法709条、710条)に基づく損害賠償請求権の一個である。

完成答案:第2 一審判決と民事訴訟法246条(問題の所在・規範) 図:完成答案:第2 一審判決と民事訴訟法246条(問題の所在・規範)

続いて、第2の、問題の所在と規範です。

第2 一審判決と民事訴訟法246条

1 問題の所在

 一審は、慰謝料として130万円を認めたが、Xが請求の原因で示した慰謝料は90万円であり、認めた額が上回っている。そこで、費目ごとに示された額を超えて認めることが、申し立てていない事項についての判決にあたらないかが問題となる。

2 規範

 (1) 裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない(民事訴訟法246条)。

 (2) 申立ての範囲は、訴訟物と、請求の趣旨に示された総額で決まる。訴訟物が一個であるときは、費目ごとに示された額は、訴訟物を画するものではなく、請求を理由づける事実の主張にとどまる。したがって、請求の趣旨の総額を超えない限り、ある費目を示された額より多く認めても、申し立てていない事項について判決をしたことにはならない(最判昭和48年4月5日参照)。

完成答案:第2 一審判決と民事訴訟法246条(あてはめ・結論) 図:完成答案:第2 一審判決と民事訴訟法246条(あてはめ・結論)

第2の、あてはめと結論です。

3 あてはめ

 (1) 本件の訴訟物は一個であり、Xの申立てである請求の趣旨は、300万円の支払である。

 (2) 慰謝料の額は、請求の原因に示された90万円を上回るが、費目ごとの額は、請求を理由づける事実の主張にとどまり、訴訟物を画さない。

 (3) 一審が認めた額は、治療費60万円、休業損害105万円、慰謝料130万円の合計295万円であり、請求の趣旨の300万円を超えない。

4 結論

 よって、一審判決は、申し立てていない事項について判決をしたものではなく、民事訴訟法246条に反しない。

完成答案:第3 前訴で請求しなかった慰謝料の請求(問題の所在・規範) 図:完成答案:第3 前訴で請求しなかった慰謝料の請求(問題の所在・規範)

次は、第3の、問題の所在と規範です。

第3 前訴で請求しなかった慰謝料の請求

1 問題の所在

 仮に、Xが、前訴で治療費と休業損害の合計210万円だけを請求し、慰謝料に触れないまま請求認容の判決が確定したとして、Xは慰謝料を別の訴えで請求できるか。後訴の適否は、前訴の確定判決の既判力が慰謝料に及ぶかで決まるから、前訴の訴訟物の範囲が問題となる。

2 規範

 (1) 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する(民事訴訟法114条1項)。

 (2) 損害賠償請求権は一個であるから、慰謝料を除いて請求した前訴は、一個の請求権の一部を請求したものである。一部であることを明示していないときは、請求権の全部が訴訟物となり、前訴の確定判決の既判力は残部にも及ぶ。

完成答案:第3 前訴で請求しなかった慰謝料の請求(あてはめ・結論) 図:完成答案:第3 前訴で請求しなかった慰謝料の請求(あてはめ・結論)

第3の、あてはめと結論です。

3 あてはめ

 前訴の訴状は、治療費と休業損害を請求しているだけで、慰謝料を別に請求する旨を明らかにしていない。一部であることの明示がないから、訴訟物は損害賠償請求権の全部であり、前訴の確定判決の既判力は慰謝料にも及ぶ。

4 結論

 よって、後訴の慰謝料請求は、前訴の確定判決の既判力により遮断され、請求棄却となる。なお、前訴で慰謝料を別に請求する旨を明示していたときは、既判力は慰謝料に及ばない。

完成答案:第4 壊れたヴァイオリンの損害(問題の所在・規範) 図:完成答案:第4 壊れたヴァイオリンの損害(問題の所在・規範)

最後の、第4です。まず、問題の所在と規範です。

第4 壊れたヴァイオリンの損害

1 問題の所在

 仮に、前訴の判決が確定したのち、Xが、同じ事故で壊れたヴァイオリンの時価80万円の賠償を、別の訴えで請求したとして、前訴の確定判決の既判力は及ぶか。ヴァイオリンの損害賠償請求権が、前訴の損害賠償請求権と同じ一個の請求権かが問題となる。

2 規範

 (1) 同一の事故による損害であっても、身体傷害を理由とする損害と物の損傷を理由とする損害とは、被侵害利益を異にするから、その損害賠償請求権は別個の請求権である(最判令和3年11月2日参照)。

 (2) 旧訴訟物理論では、請求権が別であれば、訴訟物も別である。既判力は、前訴の訴訟物についての判断に生じるから(民事訴訟法114条1項)、別の訴訟物には及ばない。

完成答案:第4 壊れたヴァイオリンの損害(あてはめ・結論) 図:完成答案:第4 壊れたヴァイオリンの損害(あてはめ・結論)

第4の、あてはめと結論です。

3 あてはめ

 (1) 前訴の損害は、Xの身体傷害を理由とするものである。

 (2) ヴァイオリンの損害は、Xが所有する物の損傷を理由とするものである。

 (3) 同じ事故による損害であるが、侵害された利益が、身体と所有する物とで異なる。

4 結論

 よって、ヴァイオリンの損害賠償請求権は、前訴の損害賠償請求権とは別個の請求権であり、訴訟物も別であるから、前訴の確定判決の既判力は及ばない。

参照条文

  • 民事訴訟法246条
  • 民事訴訟法114条1項
  • 民法709条
  • 民法710条

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